”ユーリ、ユーリ”
”ねぇ、どこにいるの、”
”ユーリ”
ひとりきりの復活の宴
必死で探した、深い海の色。今もまだ瞳の奥でくすぶる、絶望がまるでそこにあるようにちらついて離れない。あの色は、忘れもしない。死をも見せ付けた、あの色は。
砂塵が消え去って、そこにいると思ってた君が。君がいないと分かったときのあの感情を君は知らないだろう。ねぇ。
------そうして僕はあの日から、片目を、片足を片腕を、心臓の半分を失ってしまったよ。
私室のカーテンを閉めなくなってからどのくらい経ったか。開かれたままのそこから、四角い枠に沿って広がってぼやけた月明かりが室内を静かに照らしている。
鍵すらかかっていない、窓の向こう側、月白の浮かぶ夜空が変わりなく存在している。きっと窓をも開ければ冷たい空気が入り込むのだろうとフレンは思う。その冷えた空気は以前は唐突に訪れるもので、今はそれすら懐かしく感じるのだけれどフレンはそれでもそうはしなかった。フレンが望んでいるものは自らの手が動く事じゃない。
結局閉ざされたままのガラスの先に視線を漂わすだけで、指先で外界とを隔てる透明な壁をなぞった。
普段はそんなことしやしないからそこから十分に伝わる冷たい温度を、フレンは今まで知らなかった。知りたくもなかった。早く無残にフレンを一人浮かび上がらせる月明かりを遮ってくれる黒い影がほしかった。いつも好き勝手にこの窓を開け放つ存在が。外の冷気を身にまとっては一瞬でぬくもりをくれる温かさが。
闇に溶け込むような色をしているくせに、その全てがフレンにとっては夜に君臨るす月の様だった。
恋しいよ。
唇を震わせてフレンはうつむいた。
恋しいよ、例えばいつも傍にいなくたってあの衛星の様に確かにいると分かっていればよかったのに。半ば羨望の眼差しで捉えていた球体から目をそらして、後ろ髪ひかれながらも窓際から離れた。そのままベッドに倒れこむ。
予想以上に凍った温度をシーツから感じ取って、身をすくめた。けれどそれ以上動く気にはなれなくて、フレンは中途半端にベッドの隙間をうめて自分の体温を吸っていくのを待った。
このまま無機質な薄っぺらい物質に全ての温度を奪われていったなら、あの男は助けにきてくれるだろうか。
フレンって名前を呼んで、優しいその腕で抱き上げてくれるのか。もしそうならフレンはいつまでもこうして待っているのに。凍った身で半身が戻るのをいつまでも願っているのに。
でも、決してそうはならないだろうと知っている。だからフレンは夢に無理矢理意識をおとしてしまうことを選んで、目を閉じた。
◇
”フレン”
はっと気付いたらいつも通りの部屋で、フレンはベッドから上体を起こそうとした。呼ばれた気がしたから。
しかしその意図に反して身体は重く、ベッドに縫い付けられたままでフレンは困惑した。何でこんなに不自由なんだろう。唯一開いた視界も天井の方向しか見ることは叶わず、その時には既に指一本動かせないことも理解した。それでも薄暗い筈の部屋は視界に問題ない程に明るくて、これはきっと夢なんだと思った。
「フレン」
「……!」
次の瞬間、今度は鮮明な音で男の声が聞こえた。それから少し色がかげって天井の代わりに男の顔が覗き込むようにあらわれて。
「ユー…リ…」
記憶通りの飄々とした表情で男はフレンを見下ろす。そして少しばつの悪そうなはにかんだ笑みで格好を崩したかと思うと、フレンの金色の髪を優しく撫でた。前髪に触れる指先は丁寧で、労わるように。けれど男はかわらない。かわってなどいなかった。
そう感じて、あぁやっぱり夢なんだと知る。
男が触れても、フレンが漸く得た自由は半分だけだった。そう理解してから、視界の片側が見えなくなった、片腕だけをどうにか伸ばして男の頬に手を添えるとうっすらとぬくもりが皮膚を通してあるように思うけれど、それはきっと自分の記憶の回想が見せる幻なのだろう。
「ユーリ」
早くきて。夢じゃなくて、本当にその顔で悪かったって笑って言って。
「ユーリ」
こちらの言葉に反応したかの様にそこにいる男が困った顔で微笑んだ。そうしてフレンは片腕だけでその身体を抱き、完全に目を閉じた。
早く僕の半分を戻して、欠けたままでは寂しいよ。
そうだろう?ユーリ。