恋愛小説家だと言っていた。
その嘘が君の優しさだと今は知っている。
色々な事があって。
色々な事を乗り越えて。
まだ、戸惑いや躊躇いがあるものの一緒に暮らす事を決めた。

まるで違う環境に生まれ、育ち。
そして今は健常者と障害者。
目の見えない俺と、小説家の君。
それぞれの生活があって。
それぞれに家族があって。

妹夫婦を説得するのに骨が折れるかと思っていた。
けれど…。

「参ったなぁ…ここまでされちゃうと、反対も出来ないじゃない」
「よく考えられているな。この家」

一緒に暮らすまでの二ヶ月間。
平日はアパートで過ごし、週末は光司の家へ。
それが、いつの間にか逆になっていた。
いや、逆になったんじゃない。ひと月も経たないうちに、自分のアパートへ
は着替えなどの荷物を取りに戻るだけの、半同棲生活になっていた。
そして。
光司の家に帰る度、何処かが、何かが変わっていた。

最初は、壁や階段に手摺りが付いた。

次にリビングのドア横の電話台に置かれていたFAXがカウンターテーブル
に移動し、キャットタワーの周囲には猫のトイレや爪とぎなどが纏められ、
大型のジョイントサークルで囲われた。

いつの間にか全室のフローリングの床に敷かれていたラグ・マットや絨毯
が外され、滑り辛く掃除のし易いコルク材が床を覆い、その一部分が点字
ブロックの役目を果たしているのを知った。
ドアや窓への道標。躓(つまづ)かないように、でも、スリッパでも解るように。
微妙な高さの標(しるべ)。
それは、室内だけではなく廊下にも続く。

気が付くと、リビング・ダイニングも、キッチンも、寝室も、仕事部屋も。
必要最低限の家具だけを置き、足元の危険を極力減らされている。
俺の知らぬうちに無くなっていく物たち。
光司が自分の力で手に入れた物だったはずなのに。

「光司……ここまでしなくても……」
「俺たちの家なんだから、明さんが暮らし易くなかったら意味ないよ」
「でも」
「全部、高校時代からの友人に頼んだから大丈夫。実家が工務店なんだ
けど、最近仕事が減ってるからって喜んでたよ」

それが嘘なのか、本当なのか、俺には確かめる術すらない。

「安心して。借金はないから」
俺の腰を抱き寄せ、耳元で光司が笑う。
「まず、妹さん夫婦に認めてもらわなくちゃ。俺、年下だし」
首筋を食む唇。
「心配しないで、明さん。俺、明さんのご両親にも安心してもらえるように
頑張るし」
そんな事じゃない。
俺が心配しているのは、俺が不安なのは、そんな事じゃないんだ。

解ってるのか、光司。
君はいつか結婚して、暖かい家庭を持つんだ。
可愛い奥さんと、子供と。
笑い声の絶えない家族を作るんだ。
俺は、それまでの……。

そう思っているのに。
そうなるべきだと解っているのに。
与えられるだけの、言葉にならない愛情に溺れそうになる。

「明サン……」
「…あ…」

優しい接吻けに心が蕩けて行く。
抱き寄せられた腰から下が、熱い。
一階にあった仕事部屋を、俺の為に態々寝室にしてくれた。
窓の外には、小さいけれど庭があって。
金木犀の甘い香りに包まれて。

「あっ…」
ベッドが軋む。
肌を這い回る唇。
「ふぅ……」
騒ぎ出した欲望が、光司の手の中で熱く息づく。
「明サンが欲しい……身体だけじゃなく……心も、人生も、全部欲しい」
掠れた声の囁き。
耳朶を甘く噛み、耳裏に舌を這わせ、激しく深い接吻けに酔わされる。
「欲張り……だ」
「うん」
「光司……もっ…と」

あと数時間で妹夫婦が訪ねて来るというのに。
一度暴走を始めた身体は、満足するまで光司を放さない。

「んっんっ、くっ…明サ…ん…いぃ?」
「あっ、ひぁっ、はっぁ……ぅん」
「ゴム…着け、ようか…」
「い…あっ。ゃだ…。ぬ…くなぁ…あっあっ」

激しく突き上げられ、掻き回され、昇り詰める。
すっかり自分のナカに馴染んでしまった光司の分身。
熱くて…猛々しくて…生々しくて。
ヌメった水音が聴覚ごと身体を犯す。

「あぁっ」
繋がったまま背に回された腕に抱き起こされて、必死に光司の首に縋り
ついた。
激しく揺さぶられる。
汗で濡れた髪に指が差し込まれ、下から突き上げられながら息が出来
ないほどの接吻けに襲われる。
眼の眩むような欲望。
飲み込み切れない二人分の唾液が、顎の先から鎖骨の下へと流れて
落ちる。

「光司っ…光司っ…もっと…もっと、激し、くっ」
何があっても、忘れないように。
人の運命なんて…自分にも。
誰にも解らないのだから。

「俺の…もの、だ…アキ・ラさんっ…俺だけの…っ」
「コウ・ジっ」

例えば明日。
光司の心が俺から離れてしまっても。
きっと。
二人で過ごしたこの時間だけは忘れない。
きっと、きっと。
心も、身体も、覚えていていられるように。

だから…もっと…。
もっともっと、壊れるくらいに。

「コウ…ジッ。いッ…ぃくぅっ」
「明…サン…っ」

何もかも奪ってくれ…。
俺からは何も与えられないから。

生き残ってしまった罪も。
視力を失った罰も。
生きる意味も。
死ねない理由も。
喜びも。
悲しみも。

何もかも、全部…。

「光司っ…ああぁっ!!」

光司と出逢ったのは、運命だったのかな。
夢見ていた未来とは違う、もうひとつの未来に溺れて。
君が、過去になってゆくよ…麗華…。
それは、赦される事なのかな。
怖いよ。怖いんだ。

麗華…麗華…れい…か…。
君の笑顔が、今は、懐かしいだけだ…。


「光司は…有言実行型だと思ってたのに、違うんだな…」
「そうかな?」
「しっかりきっぱり無言実行型だよ。まったく」
「だって、明さんに捨てられたくない」
「…何だよ、それ」
「気配りの男。良いと思わない?」
「ばか。無駄遣いの男の間違いだろ?」
「……。」
「こうじ?」
「無駄なんかじゃないよ、明さん。俺だけが幸せなんて、意味ないんだ。
俺の傍にいる事、明さんに後悔して欲しくない。だから二人の家を、二人
の為にリフォームしてるんだ。無駄なんかじゃない」
「…光司…」
「俺、無駄遣いなんてしてない。してないよ、明さん」

眼の見えない俺には、言葉だけで充分なのに。
ばかだなぁ…光司は…。


「こ…腰が痛い…」
「明さん。そろそろ妹さんたちが来る時間だよ」
「お、起きれない…うそ…」
「取り敢えず、シャワー浴びよう? それからリビングのソファに座ってて。
それだけでいいよ。後は俺がやるから」
「あ…当たり前だろっ!! ヤりたい放題ヤったのは光司なんだからなっ」
「だって…もっと激しくって強請るから…」
「う…うるさいっ!!」

何だっ、この体力の差はっ!!
シャキシャキ俺を抱き上げバス・ルームに運んで行くのは、さっきまで俺
と一緒にベッドで乱れていたヤツだぞっ。
まったく。

「妹さんたち、この家気に行ってくれるかな」
「あいつらが住む訳じゃない」
「そうだけど。やっぱり遊びに来て欲しいし」
「口煩いだけだ」
「それ、八つ当たりでしょ。明さん」
「うるさいうるさいっ」
「ふふ」

こうして、日々が過ぎてゆくのだろうか。
二人の時間は、何処まで続くのだろう。

夢は、必ず覚めるものなのだと知っているのに。
今だけは、自分を抱き締めるこの腕を失いたくないと願ってる。

って、人が折角シリアスに浸っているのに…。
「…光司…」
「んー?」
「この手は何だ…」
さっきから不埒に蠢く光司の手。
「…解したら、気持ち良いかと思って…ゴム着けてなかったし」
「なっ」
「ナカ、今夜の為に綺麗にしておかないと…」
「光司っ!!」

前言すべて撤回っ!!
絶対別れてやるっ!!
光司なんて捨ててやるーっ!!