真夏の夜の風物詩


暑い日が続くと、いくらクーラーのある部屋とはいえウンザリしてしまうのは
誰しも同じ。
それも、毎日パソコンに向かう事が仕事の小説家にとってはウンザリ+イラ
イラな毎日だ。
そんなある日、ふと息抜きに窓の外へ目をやってソレを見た。
「浴衣、か…」
中学生くらいだろうか。可愛いカップルが仲睦まじく手を繋ぎ、お揃いの浴
衣を着て歩く姿は初々しく、午後の陽射しの中だというのにとても涼しげだ
った。
「そうか、子供達はみんな夏休みか。…ああ、そういえば」
今日は花火大会があったんだな…。
小説家の家からそう遠くはない川沿いで毎年開催される大花火大会。
今年は不景気が手伝って規模を縮小するとか言っていたが、それでも大勢
の観客が楽しみにしているだろう。
この部屋からも、大きな打ち上げ花火が見える。
けれど…。
「気分だけでも夏を味わってもらうか…あ、そういえば浴衣…」
小説家が共に暮らす恋人は盲目だ。
美しい花火も、溢れる人混みも見る事は叶わない。ただ、去年は大きな音
に怯える愛猫を膝に抱き、記憶を頼りに夏の風物詩に耳を傾けていた。楽
しんでいたかどうかは謎だが。
そんな恋人に少しでも夏を楽しんで欲しいと思う。
それには…。
「コレだろう。コレ」
いそいそとクローゼットの奥に押し込んであった荷物を引っ張り出し、小説
家は悪戯を思い付いたようにニッと笑った。


浴衣の裾が乱れる様を堪能しながら、遠くに響く花火の音を聴いている。
大きく開いた襟の間には、音に怯えた愛猫が蹲っていて、白い肌を濡らす
汗に長い毛がはり付いていた。
少量とはいえ、久しぶりのビールに盲目の恋人は笑い上戸全開だ。胸元
で震える愛猫を撫でてやりながら、浴衣が乱れれば乱れるほど上機嫌に
なってゆく。
「これが目的だったのか、光司」
「明さんだって満更でもないクセに」
ソファに横たわり、片脚だけをダラリと床に落として明は笑う。その内太腿
を器用な光司の指先が滑る。風呂上がりの身だ。お互い下着など着けて
いない。
「風呂場で手を出して来ないと思ったら」
「必死で我慢した」
「このっ」
「ね、明さん。そろそろ」
「だめ」
「どうして?」
「花火が終わらないと、アンジェリーナが可哀そう」
ふるふると震える毛の塊を撫でながら、明の膝は無防備に晒されている。
乱れた浴衣の裾も、もう少しで腰の辺りまで開いてしまうだろう。光司にと
っては蛇の生殺し状態だ。
どぉーんどぉーん、と打ち上げ花火が破裂する度に、アンジェリーナは明の
胸元に縋りつく。流石に爪は立てないものの、明の鎖骨の辺りに顔を乗せ、
光る汗に長い毛を濡らしているのは結構淫猥な光景だ。
「明さん…」
「もう少し」
「アンジェリーナと俺、どっちが大事」
「アンジェ」
「ひどっ」
「くっくっくっ。光司の焼き餅ヤキ」
ばかだな…抵抗している訳じゃないのに…。
そんな明の声も吐息も聴こえてはいるが、それでも無理強いしないのが
光司だ。盲目の明にとって、いつも傍にいるアンジェリーナは大切な精神
安定剤のようなもの。そのアンジェが怯えているのに、不埒な欲望を暴走
させる訳にはいかない。
床に座り込んだまま、明の薄い腹の上に頬を乗せると、そっと白い脚を撫
でながら、光司はジッと花火大会が終わるのを待つ。
「光司。ビール」
「ん」
ビールと言いながら起きる気配もないのは、口移しのおねだりか。
明の熱い肌に指を這わせながら、恋人の望むままにビールを口に含む。
重ね合わせた唇の中で酔った舌が絡み合う。
「ん…ふぁ…コウ、ジ」
「凄い寝姿だよ、明さん」
明の浴衣はもう、帯が帯の役目を放棄してしまっている。
「くぅ…んっんっ」
光司の悪戯な指が遠慮もなく明の内に侵入を始めた。生理的な涙が明の
目尻から零れて落ちる。アンジェリーナはまだ明の胸元にいたが、もう、
二人共に限界らしい。
「あきらサン…」
耳元で光司が甘く囁けば、ゆっくりと明の脚が大きく開かれてゆく。汗に濡
れた片膝を立て、蠢く指先を受け入れる。
「コ…ゥ…ジッ」
くちゅり…ぬちゅり…。
「んっ…ふぁっ…あぁっ」
指先の卑猥な動きに、明の膝も踊る。身体が自然に揺れ、奥へ奥へと光司
の長い指先を飲み込んでゆく。
「こ…光司…もうっ」
「待って…今…」


遠くで花火大会の終わりを告げる大玉が弾けた。
けれど、光司と明の耳に響くのはソファの軋む音だけだ。
「はっ…んっ…くっ」
「あぁっ、あぁっ、コウ・ジっ」
光司の両肩に脚を引っ掛けた明の腰が激しく揺れる。
行為に慣らされた明の内部が蠕動し、光司の硬い熱を銜え込んで離さない。
「あっ…くぅっ…あ、きら、サンッ、もうっ」
「光司っ、光司っ、俺、もっ」
激しく深く明の腰を打ちつける光司の額から汗が滴り落ちる。
明の瞳から溢れる涙が黒髪を濡らす。
「もう…っ」
「ああぁーっ!!」
光司の深い突き上げに、明が甲高い悲鳴を上げた。
光司だけが触れる事を許された果肉の奥に、実る事のない種が注がれる。
熱い。
そして。
気持ちいい。
身体が震えるままに、明は蕩けた熱に焼かれながら光司の腹筋をヌメる種
で濡らす。
「あぁ…光司…イィ」
「明さん…俺も…」
「まだ…このままで」
「うん。ずっとこのまま抜かない」
「ばか…」


気が付くと、床に脱ぎ捨てられた二人分の浴衣の上で、アンジェリーナが
気持ち良さそうに眠っている。それを眺めながら、光司は明を抱き上げ寝室
へと足を向けた。

二人の夜は、これから始まる。