私は天使なんかじゃない
爪と牙
太古の、孤高の狩人。
「ウルフに会ったことあるって聞いたけど」
「まあね」
シルバーの問いに私はお酒を飲みながら答えた。クライムタウン出身のハンターは瞬く間に名声を得ているようだ。
ここはゴブ&ノヴァ。
メガトンだ。
相変わらずの私の行き付けです、はい。
まあ、考えてみたらメガトンって娯楽って他にないもんなー。
いつも通りカウンター席で飲み、いつも通りゴブの美味しい料理食べつつお酒を飲み、いつも通り朝のこの時間帯はお客がいない……わけではないか、テーブル席に3人いる。
この時間帯にしては珍しい。
飲み食いに来ただけだしメガトンは私のホームだ、平服で来てます。
腰のホルスターには44マグナムが2丁あるけど他の武装は自宅。さすがに地元で遊ぶ際には武装は解いてる。
「どう? イケメン?」
グイグイと聞いてくるな、シルバー。
リベットシティから帰った来たのが昨日。ノヴァ姉さんは疲れたのかリベットで風邪でも貰ったのか今日は寝込んでて部屋にいる。
変な病気じゃなきゃいいけど。
「教えてよ、ウルフのこと」
「そんなに有名なの?」
「そりゃそうよ」
スプリングベール小学校でウルフドッグに襲われたところを助けられた際には聞いたこともない名前だったけど、今じゃ有名人だ。
僅か短期間でね。
それはつまりそれだけ腕が立つってことだ。
「今じゃ赤毛の冒険者と同等ぐらいの知名度よ」
「へー」
赤毛の冒険者、つまりは私のことだが……私ってそもそもどの程度の有名人なんだろ。
リベットの酒場では私がミスティだと分かるとそれなりにリアクションあったから有名と言えば有名なのかなぁ。
うーん。
「そもそもシルバーはどうしてそんなにウルフら御執心なのよ」
「イケメンなんでしょ?」
顔を思い浮かべる。
まあ、整った顔立ちだとは思う。
気障だけど。
人によってはそこが受け付けないって感じかな。
「イケメンだけど」
「やっぱり」
「イケメンだけど、彼女いるわよ」
ニーナ。
まだ2度しかウルフには会ってないけど、ウルフとニーナはセットと考えた方が良いようだ。
一緒に行動してるし。
「ゴブ、何かお勧めない?」
「そうだなぁ」
カチ。
椅子から私は転げ落ち、転げ落ちつつテーブル席の方を見る。
手には44マグナム。
転げ落ちる際に引き抜いてある。
ボルト101出た直後の素人じゃない。
奴らも銃を持っていた。
馬鹿め。
カチッと撃鉄起こす音が聞こえたんだよ。
「そこっ!」
撃つ。
撃つ。
撃つ。
銃を持った利き腕にそれぞれパワフルな銃弾を叩き込む。全員その場に腕を抑えつつ転がり回った。
「お、おいおい、ミスティ」
「ごめん。お店汚した」
「い、いや、それは掃除すればいいんだが……何だって撃ったんだ?」
「撃鉄起こしたから」
もちろんそれだけではない。
3人とも銃を手にしていた。というか店の中でわざわざ撃鉄起こす正当な理由って何だ?
ないだろ、そんなの。
「シルバー、大丈夫?」
「え、ええ」
蒼褪めてる。
悪いことしたな。
「シルバー、悪いけど市長にこのこと伝えてきてもらえる?」
「え、ええ、分かったわ」
店を出て行った。
ここにいるよりはルーカス・シムズの元に行っている方が気分転換になるだろう。行っている間に気も落ち着くだろうし。
さて。
「あんたら誰? 強盗?」
強盗、ではないな。
銃口はいずれも私を向いていた。強盗するにしても、ゴブとシルバーには何の牽制もせず、私にだけ銃口が集中するのはいささかおかしい。
そうなるとこいつらは……。
「私の首狙ってた?」
「……」
黙秘、か。
別に構わんけどさ。
大体の察しは付いてるし、その察しが外れていても問題はない。当たるも外れるも私の好奇心を満たす為だけのモノであって、それ以上でも以下でもないからだ。
レイダー連語の殺し屋だろう、こいつら。
ピットにいた際に差し向けられたデリンジャーの同類だ。もっともデリンジャーとこいつらの腕は格段の差があるわけですが。
……。
……ま、まあ、私としましてはデリンジャー級の奴らを差しけれられるのは嫌ですけどね。
怖いから?
違う。
面倒臭いからだ。
ともかく最近私の首を狙って殺し屋が大量に差し向けられてる。ソロで対応するとなると悲惨なまでに面倒なんだけど、レギュレーターはこの機を利用してキャピタルの殺し屋を一掃しようとしている。
つまり?
つまり、私は餌ってことだ。
基本的に向こうが勝手に対処してくれるけど今回みたく私に到達してしまう連中もいる。
レギュレーターとしてはブラックリストに載ってる有名どころ以外の末端は把握しきれていないのだ。だからレギュレーターの監視網から外れて私のところに飛び込んでくるのが結構いる。
「お、俺らをどうする気だ?」
「さあ?」
私に聞かれましてもね。
返り討ちでお仕置きした連中は市長に引き渡してる。とはいえこの街に法律とか留置所とか裁判所はない。
裏世界の末端の雑魚殺し屋とはいえレギュレーターが見逃すか?
いやぁ。
縛り首がいいとこだろ。
だから私が殺さないという判断しても結局処刑されてる。だから見逃しても殺しても結局死ぬわけです。
殺さなかったのは店の中に死体を転がすと悪いかなっていう配慮だ。
「そいつらか。後はこっちで引き継ぐ」
シルバーが連れてきたのは2人。
カウボーイハットに、コート、44マグナム、レギュレーターの基本的な装備だ。私の知らない連中。ソノラに言われてこの街に駐屯している構成員だろう。
敵だらけな私としては味方という形でお近付きになれたのはラッキーだ。
その分雑用もあるけどさ。
いずれにしてもレギュレーターという組織の後ろ盾はありがたい。
殺し屋たちを連行していく。
レイダー連合め、どれだけの数を差し向けているんだ?
面倒この上ない。
「ゴブ、シルバー、ごめんねお店汚して」
「別にミスティの所為じゃないさ」
店が血で汚れてしまった。
出血の跡が凄い。
レギュレーターは特に止血もせずに連行して行ったけど……生かしておく気はないんだろうなぁ。
どういう処理をするんだろ。
気になるところだ。
「シルバー、客が来ない内に掃除してしまおう」
「分かったわゴブ。モップ持ってくる」
「というわけだミスティ、少し店閉めるからまた後で来てくれよ」
「手伝うけど」
「気にしないでくれよ、ミスティ。これも、経営者の仕事ってやつさ」
そこまで言われたら無理に掃除するのも失礼か。
私はゴブとシルバーにバイバイして店を出た。
くっそー、レイダー連合の所為だ。
私の憩いの時間奪いやがって。
「はぁ」
酒場はメガトン2層目にある。
この街は巨大な壁で覆われていているので街は横に伸びることが出来ず結果として縦に伸びるとかない。メガトン共同体として、共同体の中心地であるこの街は発展していくだろう。そうなると
今後は人口増加の対策とかも出てくるんだろうな。縦に伸びるにも限度がある、となると壁を壊して街を拡張するのだろうか。
落下防止用の柵に体を預けて街の様子を見る。
良い街だと思う。
ちょっとごみごみしてるけどさ。
リベットシティの方が都会なんだろうけど、空母が街っていうのがなぁ。育ちはボルトだからボルトもリベットも似たようなものなんだけど、あの艦内の閉鎖空間は今の私には趣味じゃない。
「何だ、殺す気満々じゃないか」
柵から眼下を見ているとさっきのレギュレーターの2人が殺し屋たちを門の外に連れて行くのが見えた。
どっかに収容する?
ないない。
街の外で殺して埋めるんだろう、多分ね。
レイダー連合が何故組織力で私を狙ってこないのかが謎。現在のところ殺し屋たちを差し向けるという行為に終始してる。前金で幾らか払ったうえでけし掛けてるんだろうけど、一応レイダー連合の
前金分損をしていることになる。このノリで財政悪化して潰れてくんないかな、無理か、無理ですよね。
「誰がチクったのやら」
レイダーの集団は幾つか潰してきた。
その中のどれかがレイダー連合に泣きついたんだろう。
面倒なことだ。
ただ、レギュレーターが全面協力してくれてるからその点はありがたい。レギュレーターが殺し屋たちを狩ってくれずに全部ダイレクトに私に来られたら泣くぞ、本当に。
さてさて。
「これからどうしようかな」
家に帰る?
それでもいいけどなぁ。
「暇なら付き合ってよ」
「インジー」
新たに仲間になった・・・・・いや、正確には、新しくチームを組んでいるっていうのが正しいのかな。
打倒ウルフを目指す女性。
もっと言うのであれば最強の座を求める女性。
妖炎のイングリッドなんて聞いたことなかったけど、少なくともマディ・ラダーでの乱闘振りを見る限りでは腕力は十二分にある模様。
「付き合うって?」
クリスみたいなノリじゃないことを祈る。
最近会ってないけど。
「何か依頼はないの?」
「ああ」
付き合うって、そっちか。
「ないわね」
「つまらないよ、本当に」
「勝手に依頼受けてこなしてくれば?」
「赤毛の冒険者の戦いが見たいんだよ。あんたは最近じゃ冒険野郎よりも有名だ、そんなあんたの戦い方を見て勉強したいんだ」
「ふぅん」
弟子か、この人。
そういうノリ?
「私の戦い方ねぇ」
「見せてよ」
そう言われましても。
「インジー、率直な疑問なんだけど最強になってどうするの?」
「頂点に立つのさ」
「ふぅん」
答えになってないような。
最強に頂点も果てもない気がする。最強証明書でもあるのか?
私より年上だと思うけど私よりもシンプルな考え方するんだな。褒めてるか褒めてないかと聞かれれば、微妙な評価です。
「ミスティ、街の外に行こう」
「何で?」
「あんたの射撃が見たいんだよ」
「ウルフ倒すのが目的よね?」
「ああ。それが?」
ウルフ、パッと出のハンターだけどクライムタウンとやらで揉まれた人物らしく腕が立ち、キャピタルでも確固たる地位を得つつある。インジーは意識し、越えることを考えている。
つまり自分より上だと思ってる。
まあ、そこはいい。
問題はインジーは私もインジーより上だと思ってる、そこは勝手に評価すればいいんだけど……これ、最後に私にも掛かってくるパターンじゃないか?
シスの師弟関係かよ、私らの関係。
返り討ちにする自信はある。
私が嫌なのは仲間内で戦うってことだ。襲ってくる場合は、つまりインジーはそういう関係だと思ってないってことになるんだろうけど、私的には仲間意識あるんだよなぁ。
最強を目指すのは良い。
んー、精神的な成長も私が促さなきゃダメか?
「どうしたんだい?」
「別に」
人柄は嫌いではないんだけどな。
杞憂の可能性がある。
まあ、そう願いたいものですね。
「聞いたところではレイダーどもが外を徘徊しているらしい。。そいつらを蹴散らしに行かないかい?」
「レイダーねぇ」
最近の私はかなりの大物だ。
名士です。
名刺だから戦わなくてもいいってわけではないし、そういう考えはないけど、メガトンを中心に各地は手を組み、強化されつつある。人手が足りないならともかく私がわざわざ出張るほどか?
もちろんインジーの思惑は私の手並みの確認だ。
実力を見定めようとしているのだろう。
やれやれ。
有名人は疲れるものだ。
「ん?」
メガトンは大きくなった、ある意味でキャピタルの中心地と言っても過言ではない。
商人や旅人の往来は激しい。
薄汚れたコートの人物……男かな、そいつが門をくぐってよろよろと歩いている。それが目に入った。なんてことはないんだけど、何か気になるな。
そいつはちらりとこちらを見た。
やっぱ男だ。
赤毛の男。
門を通るには警備兵の目が光ってる。保安官助手の目もだ。特に取り調べが行われるわけではないけど大抵の人間ははそれで委縮して街の警備体制を思い知るし、ルーカス・シムズや
ビリー・クリール以外のレギュレーターも平服着て駐屯してるから仮にレイダー連合が差し向けた殺し屋や妙な輩もまず排除される。街の安全は確保されている。
「どうしたんだい?」
「何でもない」
そいつから目を離した。
ここから門まで数十メートルはある。
「シャーっ!」
「うわっ!」
そらした瞬間、何かが私に襲い掛かってきた。
ぶんっと頭の上を何かが通り過ぎる。
現在生きているのは今までの経験の賜物だ。そうでなければ初撃で私の首はなくなってる。
しゃがんで回避しつつ右手で44マグナムを引き抜き刺客に向かって撃つ。
……。
……いや、撃つ、はずだった。
「何だこいつ」
思わず呟く。
バッ。
そいつは、先程のコートを纏っているからさっきの男なんだろうけど……着ているのは人間ではなかった。
ともかくそいつは後ろに大きく飛ぶ。
私が一瞬対応が遅れたからだ。
対応が遅れたのは警備兵たちも同じだった、そして遅れたままでいるべきだった。何とか取り押さえようと銃を向けて誰何した瞬間、その男は、いやケダモノは鋭い爪と鋭い牙で
警備兵たちを八つ裂きにした。
一瞬で。
「こんのぉーっ!」
ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。ドン。
6連発っ!
弾丸は2発奴の左肩と右足に当たったものの屈せず、新たに駆けつけてきた兵士たちを大きく跳躍し、建物の上に上ることでかわし、屋根と屋根の上を飛び移りながら内壁に達する。
追い詰めた。
私たちはそう思い、追いかける。
だがそのケダモノは内壁に爪を突き立て登っていく。
「何なのよ、あいつは」
もう1丁の44マグナムを引き抜く、照準を定めて連打。
門の上にある監視台に詰めていた保安官助手のストックホルムもスナイパーライフルで撃ってはいるものの、ケダモノはそのまま内壁を乗り越えて消えた。
逃げられた、か。
「追えっ!」
いつの間にか指揮を取りに来ていた市長が叫ぶ。
「駄目よっ!」
それを私が押しとどめた。
あいつは異常だ。
追うべきではない。
「市長、駄目よ」
「しかし……」
「あんなの追いかけても無駄に犠牲を出すだけよ。私のマグナムは全弾ではないけど当たってた、なのに動いてる、倒せるかもだけど……犠牲が増すばかりだわ。それに、多分逃げられる」
「そう、だな。追わなくていい。周辺の警備を徹底しろ。共同体の他の街にも伝えるんだ」
『はっ!』
それでいい。
「……ははは」
乾いた笑いを漏らしたのはインジーだった。
ああ。
そういえばいましたね。
きつい言い方するようだけど、思ってたよりは新米だったな、この人。
まあ、さっきのは化け物だ。
人間ではなかった。
爪と牙の化け物。
人型ではあったけど、あれは……何だっけな、ボルトにいた頃に図鑑で見たことがあるフォルムだったけど。
PIPBOY3000の博識な生物図鑑殿はだんまりを決め込んでる。
「どうしたの、インジー」
「あたしが最強になるには、それなりに障害が多そうだ」
「そうね」
ウルフにしても私にしても、自分のことを最強だとは思ってない。少なくとも私はそうだ。
最強なんて自称するものではなく、生き残っているから周囲がそう言うわけであって、自称する奴は胡散臭い奴だと思ってる。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
インジーの最強伝説に付き合っている場合ではないのだ。
「市長」
「なんだ」
「あいつは何なの? 門から入ってくるのは見てた、赤毛の人間だった」
「ああ。俺もたまたま巡察してたからな、見てたよ」
「だけど目を離した瞬間に肉薄し、見た瞬間には化け物だった」
「そのようだ」
「そのようだって……」
「顔をうつむいた、次の瞬間にはさっきの化け物だった、とか言い様がない。物凄い速さでお前さんを一直線に襲い掛かってたな。友達か?」
「私も友達ぐらい選ぶわ」
肩を竦めて苦笑する。
彼なりのジョークだろう、私の気分をほぐそうとしているのだ。
だけどそれに乗るほどの余裕がない。
見た瞬間には化け物、ね。
つまり変身でもしたのか?
何ミュータントかは知らないけどそんなのがいるのか?
……。
……面倒だな、これ。
人間から化け物に変身、ね。
どう対処しろと?
さっきの速度だ、十数メートルを一瞬で詰める?
逃がすべきではなかった。
だけど追わせれば多分追っては壊滅に近い損害となるだろう、マグナムを数発耐えてあの逃げ足だ。
「やれやれ」
「安心しろミスティ、奴の顔は覚えた。人間の時の顔も化け物の時の顔もな。次は街に入れんよ」
「そう願うわ」
不安はある。
奴は今度は外壁をあの爪で突き刺しながら登ってくることも出来るのだ。
市長もその危惧は察しているとは思うけど何も言わなかった。
私に不安を感じさせないために言わないのだろう。
これは彼なりの厚意なのだ。
私は危惧に気付かない振りをした。
「では巡回に戻る。ソノラにも報告しておく」
「分かった。またね」
グリン・フィスが近くにいなかったのは私の痛手だったかな。
あいつが何者であれどんな化け物であれ一直線に私を襲い掛かってきたのであればまた来るだろう、その時は、必ず仕留める。
あの爪と牙の化け物をね。
「ブレード・トゥースが失敗すると珍しい。やはり彼女が、我々のキャピタル・ウェイストランド侵攻の妨げとなるわけですね」