私は天使なんかじゃない
幸せの青いワニ
幸せの定義。
「それで?」
「まずは自己紹介を。私はラッキーナと言います」
リベットシティの酒場マディ・ラダー。
新しく仲間となったイングリッドは暴れた際に散らかった酒場内を掃除しており、グリン・フィスもまたそれを手伝っている。ワルゲリョとかいう奴らの手下たちは既に逃げ帰り、カウンター席が空いたので
客たちはテーブル席の客たちの一部がそちらに流れたので、私はテーブル席に座って依頼人と話している。
依頼、本来は聞く気はないんですけどね。
だけどアカハナたちを私の給料を私が払うことになるのであれば稼いでおく必要がある。
「私は……」
「ミスティ、ですよね。さっき聞こえました」
「そう」
まあ、既にこの場を後にしたウルフが私の名前を言ったのがそもそもの発端だ。
この依頼人、目のやり場に困るな。
女の私にしても、だ。
長いブロンドの髪、青い目、それは別にいいんだけど……ピンク色のへそ出しTシャツに赤いホットパンツ、扇情的だ。
実際客の何人かは鼻伸ばしてこっちを見てる。
まったく。
男って奴は。
「それで、オシリーナさん」
「オシリーナって何よっ! あなた今、私のお尻見て言ったでしょっ!」
「ごめんなさい、ウッキーナさん」
「猿じゃないんだからっ!」
「えっと、ワッキーナさん」
「人を脇の下みたいに言わないでっ!」
「冗談」
面白い人だな。
ノリがいい。
「ラッキーナさん」
「凄く運が良さそうな良い名前でしょ? なのに、なのに……何故私はこんなに不幸なのっ! 出会う男出会う男、ダメ男ばっかり……」
「そうっすか」
何なんだこの人。
人生相談?
恋愛は管轄外なんだけどなぁ。
「それで依頼とは?」
「私の為に幸せの青いワニの尻尾を手に入れてきた欲しいの」
「青い、ワニ?」
「ああ、あなたワニを知らないのね」
「それは知ってますけど」
幸せの青いワニって何だ?
謎だ。
「青いワニの尻尾を持っていればたちまち幸せになれるっていう話を聞いたことがあるの」
「へー」
ラッキーアイテム的な感じなのか?
それにしてもワニ、か。
どこにいるんだろ。
「見つけてきて、くれるわよね?」
「報酬は?」
彼女はきょとんとした顔をし、それから微笑した。
甘い甘い微笑み。
な、なんだぁ?
「不幸な女が支払う報酬って言ったら、アレに決まってるでしょ?」
「はっ?」
「ヤボなことは聞かないのっ!」
何か怒られた。
まあいいや。
最近はハードな展開が多かった、奴隷商人と戯れたり、ピットに強制的な社内旅行的なノリで拉致られたり、ボルトテックの残党とスポーツしたり、忙しかった。
たまには酔狂な依頼もいいだろう。
「分かったわ」
正確な報酬について聞けなかったけど、ワニについてはちょっと興味あるな。
ウェイストランドにいるのだろうか?
探してみるのもまた一興。
「ここで待ってるわ、ミスティさん。出来るだけ急いでね、私がもっと不幸になっちゃう前に。青いワニよ、青いワニの尻尾。よろしくね♪」
「つまりそれはデイドロス、ということですね」
「はっ?」
グリン・フィスの言葉はたまに意味が分からない。
デイドロスって何だ?
酒場の面々はワニのことを知らなかったので私、グリン・フィス、新規仲間のイングリッドはリベットシティ市場を歩き、情報収集中。
ここはリベットで一番人が集まる場所だ。
誰か何か情報があるといいな。
「なあ、ミスティ」
「何、イングリッド。あー、インジーでもいい? そっちの方が呼びやすいから」
「それは構わないけどいつもこんなことしてるのかい?」
「何が?」
「雑用だよ」
「ああ」
戦うことがメインの傭兵みたいだし、私はどちらかというと何でも屋だ、スタンスの違いが受け入れがたいのだろう。
雑用発言にグリン・フィスが何か言いかけたけど私が目で制した。
元々の立場が違うんだ。
仕方ない。
「雑用と言っても意外性に満ちてるものよ」
「例えば?」
私は肩を竦めて笑った。
半ば諦め、半ば自嘲的に。
「何故か最後はバンバン撃ってる」
「何それ」
「そういう展開ばっかり。まともに終わったことってあったっけ、グリン・フィス」
「記憶している限りありませんね」
「ほらね」
「だとしたら興味深いね。つまり不意打ち的なモノが来るんだろ? 常に臨戦態勢で挑むよりも、平時でいきなり不意打ちされた方が鍛錬にはなりそうだ。面白い、雑用頑張ろうじゃないの」
「あはは」
クリスとはまた別のタイプだな。
初めてのノリのタイプかも。
「へっへっへっ。そこのお嬢さん」
「ん?」
男に声を掛けられた。
地元民って感じはしないな。
「旅人か何か? 悪いけど依頼遂行中だから、別の依頼は受けない」
「実は掘り出し物があるんですよ。珍しいワニの……」
「ああ、いた、良かった、まだいたっ!」
「ん?」
今度は何だ?
話に割り込んでくる男性。
「どうも」
「ええ、どうも。それで?」
「研究区画まで来ていただけますか? その、Dr.マジソン・リーがあなたにお話があると。私は彼女の使いの者です。いやぁ、探しましたよ。リベットを出る前に見つけれてよかった」
「Dr.リーが私を呼んでる?」
「はい」
それは断るわけにはいかないだろう。
何しろパパの友人で、研究仲間、私のママの出産立会人。パパは浄化プロジェクトの再開にDr.リーを勧誘したがってたし、ここで恩を売るというのも悪くない。
話したいだけならこんなに血相変えた使いは来ないだろうし。
十中八九依頼だろう。
同時進行は面倒だけど、これは避けるわけにはいかないな。
「分かった、行きましょう」
「はい、こちらです、こちら。案内します」
「悪いわね」
掘り出し物云々を言って来て商人風の男にそう言って、私は使いの男に付いていく。
さてさて。
どんな話なのかな。
「よく来てくれたわね」
「お久し振りです」
Drリーの研究室。
来たのはまだ2回目だ。
「お父さんは、ジェームスは見つかりそう?」
「はい?」
パパらしいというか何というか。
わりといい加減。
知らせてないのか。
「今はメガトンに住んでます。再会したのは、少し前ですね」
「まったく。彼らしいわ」
ですよね。
元研究仲間で、現在も協力を取り付けたいって人が連絡しないってどんなよ?
それともある程度形になった上で言うつもりなのか?
あ、あれ?
そういえばここ最近直接的なパパの出番はないな。
最後の台詞はボルト92のパソコン探して来てくれで、その後ピット編とかオアシス絡みとかボルトテック残党絡みとかあったけどパパ登場してないな。
「グリン・フィス」
「はい」
「私ってパパと暮らしてるよね?」
「はい……はい?」
「何でもない」
一瞬ボルト112のトランキルンレーンからパパを助けたのが夢だったのかと疑ってしまった。
「それでDr.リー、何か頼みがあるんですよね?」
「ふふふ」
「ん?」
何故笑う?
「勇ましい女の子になったのねと思ったまでよ。この間会った時は、まだ頼りなかった」
「どうも」
父の研究仲間で、友人。
私的には叔母みたいな人だろうか。
「ミスティ、実は下層デッキの一部にミュータントが住み付きました」
「下層デッキ?」
「そうよ。基本的には使われていない区画だから別にいいんだけど、そこは水没している部分があってね。そのミュータントがそこに留まり続けるとは、限らないわけよ」
「両棲類のミュータントってことですか?」
「その通りよ。そこでミスティに討伐を願いたいの。変に繁殖されても困るし、リベットシティって結構ガタが来ててね、私たちが把握していない、水没している箇所があるかもしれない。このまま
放置しておくと神出鬼没な感じでリベット内部を動き回る可能性があるわ。だからお願いしたいの」
「わざわざ私に言うわけだから、多分無理なんでしょうけど、セキュリティ部隊は?」
「評議長選が近くてね、それどころじゃないのよ」
「何それ」
議会制は議会制で腐敗してるってことか。
一長一短なんだな、統治方法って。
「分かりました」
「ありがとう、助かるわ。あなたが去っていたら傭兵やハンターを募る必要があったけど、あなたに頼めるなら一番安心だわ。腕にしても、情報統制にしても」
「情報、ああ、知らせてないんですね、この件」
「ええ。騒動になるからね。それに評議会知らせても動かないし。笑えるでしょ、服屋や薬屋の店主がリベットの先行きを語り、政治を動かし、この街の舵取りしてるってこと。ピンカートンが評議会
を嫌ったのがよく分かるわ。私も評議会に席があるけど、研究以外はどうでもいいと思うわ」
「ピンカートン」
誰だそれ。
「それで、依頼の条件を色々と詰めたいんですけど。何というか私も今は部下たちがいたりしますし」
「安心して、忌々しい評議会だけど私も評議員だから動かせる金額は結構あるの。3000キャップ払う、どうかしら?」
「3000」
結構良い値段だ。
とりあえず私ら3人で分けるにしても1人頭1000キャップ、悪くない話だ。
仲間たちに同意を求める。
「私が決めるけどいい?」
「御意」
「構わないよ、良い値段だ」
額が折り合った。
インジー的に見ても良い値段らしい。私の報酬の相場って、今までわりといい加減だったもんなぁ。
「分かりました、受けます」
「ありがとう」
「それでDr.リー、肝心の盗伐対象は?」
「ワニよ」
「ワニ」
「青い、ミュータントワニ」
思わず私の顔に笑みがこぼれる。
私って前世でどんな功徳を施したんだ、ラッキーすぎるだろ。