私は天使なんかじゃない






女ソルジャー






  彼女は強さの探究者。
  だが求めるべきものの価値を彼女は何も知らなかった。





  リベットシティ周辺。
  金輪際フィットネス……いや、マッスルカテドラルでの一件が終了し、私たちはリベットシティに向かっていた。
  メガトンに帰りたい。
  本音ではね。
  厄介なのは教祖に洗脳されていた連中の引率です。
  勝手に帰れない奴らが大半。
  なのでリベットまで引率。
  くっそー。
  アフターケアまで筋肉聖教にやらせるべきだった。
  面倒だ。
  「主」
  「何か用、裏切り者さん」
  「……」
  「ユーモアよ」
  「は、ははは、さ、さすがは主ですね」
  笑いが強張ってますぜ?
  別に根には持ってませんとも、ええ、持ってませんともー。
  ノヴァ姉さんが笑った。
  「意外に根に持つタイプ?」
  「自分で自分の性格論じるのってフェアじゃないから論じませんけど、そういうタイプなら多分もっと早くにパパ見つけれたと思います」
  「そうね、そのとおりね」
  かなり遠回りした感がある。
  クリス風に言うのであれば、地元民を助けてもキリがないってことになるのかな。
  だけど私はそうはしなかった。
  何故かは不明。
  パパの教育の賜物なんっすかね。
  「それで? グリン・フィス、何?」
  「彼らはどうするんですか?」
  「リベットまで護衛して、そこまで。後は知らないわ。別にそこまで面倒見る義理ないし。リンカーンは嫌、アンダーワールドは嫌、リベットまで連れて行けの後に面倒も見てくれ何て言った
  日にはさすがに私も切れるわ。厚かまし過ぎる。そう思うわない?」
  「確かに」
  救出任務でもなければ仲間でもない、たまたま居合わせただけ。
  親切は自発的にしてるから親切なのであって、強要されたらそれは既に親切ではないし、こちらの気分も害します。
  今の気分?
  害してはないけど面白くはないです。
  これ以上私の不愉快ポイントを加算しないでいただきたいものですね。
  「ところでグリン・フィス」
  「はい」
  「裏切り者」
  「……」
  「ユーモア」
  「で、ですよね、ははは」
  「で本題なんだけど、どうしてあんたとこにいたの? いやまあ、修行の一環であの辺りにたまたまいたんだろうけど、どうやって洗脳されたの?」
  グリン・フィスほどの男を洗脳する。
  凄いスキルだと思う。
  あの教祖、洗脳とかやってたけど根は善人なのだろう。
  まあ、洗脳をする根は善人な奴ってなんか変だけど、もっと悪徳やろうと思えばできたけどやらなかったんだから、それなりに真っ当なのだろう。
  今後はあそこに引き籠って有志でマッスルして欲しいものですね。
  私に干渉しないなら無問題です。
  一応、メガトンに帰ったらその旨をルーカス・シムズに報告でもしておくか。
  「洗脳方法、ですか?」
  「そう」
  「30pほどの紐に2つのボールが付いていて、それを目の前でカチカチされてたら、いつの間にか意識が……」
  「……」
  「主?」
  「……アメリカンクラッカーで洗脳されるってあんたどういう精神構造してんの?」
  「申し訳ありません」
  いや待て。
  引率してる連中も洗脳されていたわけだから効果あるのか?
  いずれにしても教祖があくどくやろうと思えば悪のカルト教団的な立ち位置にもなれたってわけか。
  「自分はボルト77の男を倒したかったんですよ、主」
  それで修行なのか。
  勝敗未決らしいし、プライドが刺激されているのか。
  「ボルト77ですって?」
  「ノヴァ姉さん知ってるの?」
  「ウェイストランドで知らない人はいないんじゃないかしらね。有名な昔話よ。子供の時は怖かったのを覚えてるわ」
  「昔話? 子供の時?」
  私たちが遭遇した奴は若かった。
  昔話ってどういうことだ?
  「どういう話なの?」
  「全面核戦争直前にボルト77に収容された男の話。そこにはたくさんの人形があるだけのボルトで、男は孤独に苛まれていた。でも外は放射能、出れるわけもない。男は次第に人形と話し、まるで
  生きているかのように接していった。そんなある日、王様の人形が壊されているのに気付く。彼が左手に装着していたマペットが言うの、君が殺した、逃げろと」
  「それで、どうなったんです?」
  「各地を放浪し、自分に絡んできた奴隷商人たちを素手でバラバラに引き裂いたの。物語の教訓は、ボルトは必ずしも住民を護る為のモノではなかったってオチ」
  「へー」
  確かに。
  確かに私が今までの旅で知ったボルトはどれも碌でもなかった。
  ボルト92、106、108、112、32、どこも酷かった。
  そう考えると私が住んでたボルト101って監督官の管理が酷かったけどまともだったんだな、誕生会にはロールケーキ食べてたし、自由もあったんだなぁ。
  もちろんジョナスをボルトの統制は絶対だという見せしめの為に処刑した事に関しては許せませんがね。
  それにしても……。
  「主、全面核戦争とやらはいつの話なのですか?」
  「そこなのよ」
  少なくとも200年前ってことになる。
  まあ、あいつが昔話の主人公を演じているだけでボルト77とはまるで関わり合いがないのかもしれないけどさ。
  ボルト77、か。
  それぞれのボルトには実験目的があったようだけど、何の実験なんだろ。
  「グリン・フィス」
  「何でしょうか?」
  「次は勝てるわ」
  「ありがとうございます」
  気休めではなくそう思う。
  前回は装備がシシケハブだったけど今回は刀剣、ショックソードだ。
  振りも切れ味もショックソードの方が上。
  勝てるだろ、これなら。
  
  「おー、リベットシティだ」

  引率組の1人が叫ぶ。
  やれやれ。
  これでお守りは終われるってわけだ。
  本来ならここには用がなかったけど、既にここまで来てしまった。このまま回れ右してメガトンに帰るには疲れ過ぎてる。
  泊まっていくかな。
  もちろん彼女の意向もあるから聞いてみないとな。
  「ノヴァ姉さん、急ぎでメガトンに帰らないとまずいですか? 店とか」
  「別にいいと思うわ、ゴブだけで回るはずよ。シルバーもいるし。久し振りにメガトンの外に出たけど、ここまで長旅をするとは思わなかった。それも1日の間に。泊まっていきましょ、お礼も兼ねて奢るわ」
  「お礼は体でいいな☆」
  「じ、自分も拒みませんが?」
  「……あなたたち良いコンビね」
  褒められてる?
  褒められてないっすね、ノヴァ姉さんドン引きだーっ!
  ユーモアって難しい。
  おおぅ。



  リベットシティ。
  座礁している戦前の空母を利用した、キャピタル・ウェイストランド随一の規模を誇る都市。
  水上に位置しているので艦橋を通らねば入れないし独自のセキュリティ部隊が駐屯しているので防衛的に優れている。またDr.マジソン・リー率いる科学者チームもおり科学力が高く、物流や
  人口においても大都市に相応しい規模を誇っている。都市の運営はリベットシティ評議会が決定し、戦後のウェイストランドにおいて戦前基準の都市らしい都市。
  とはいえ近年メガトンは発展している。
  単独では敵わないにしてもメガトンを中心に各街々は連携し共同体構想を実現。
  共同体にリベットシティは参加していない。
  リベットは、そういう街。
  「良いホテルね」
  ノヴァ姉さんはウェザリーホテルの借りた部屋のベッドに腰掛け、嬉しそうに笑った。
  確かにここのベットのふかふかさはメガトンより上だ。
  私もベッドの上で無駄にはしゃいでみる。
  うん、柔らかい。
  スプリング軋まないし。
  こんなに柔らかいと寝ている間に沈んでしまいそうな感覚に陥りそうだな。
  さて。
  「主」
  ノック音。
  当然ながら野郎は別の部屋です。
  女性陣は相部屋。
  あの後。
  あの後、引率組と別れて私たちはリベットシティに入った。ハークネスが警備隊長を辞め、ダンヴァー司令って人が警備隊長を兼任しているらしいけど、警備兵同士に齟齬があるのか方針が変わっ
  たのかは分からないけど滞在許可の認証が下りるまで結構掛かった。移動式の艦橋がリベットシティと連結されるまで、30分ぐらい待ったな。
  「主」
  「どうぞ」
  入室を許可。
  女の園にようこそ。
  「主、そろそろ行きませんか?」
  「そうね」
  どこに行く?
  お酒飲みに行く。
  44マグナムはホルスターに差したままだけど、インフェルトレイターは置いてく。コンバットアーマーもだ。現在の服装はアーマーの下に着ていたバラモンスキンの服で防御力などない。
  まあ、飲むのに防御力など要らんだろ。
  「ノヴァ姉さんは本当に行かないの?」
  「疲れたからやめとく。食事はルームサービスでも取るわ。楽しんでらっしゃい」
  「じゃあ、お言葉に甘えて」
  「主、デートですね。送り狼になっちゃうぞ」
  「……」
  「あの、ユーモアです」
  「死ね」
  辛辣ですか、私?
  最近彼のこの手のジョークがうざいんです。
  ユーモアなのか、これ?
  うーん。
  「行きましょう、グリン・フィス」
  「御意」
  デート、ではないな。
  受け答えに御意とか言う彼氏ってどうよ?
  リベットシティの通路を歩く。
  向かう先は酒場、今回は飲みをメインにしたいのでゲイリーズ・ギャレーではなくマディ・ラダーに向かってます。前者はどちらかというと食堂で、後者は酒場。マディ・ラダーはまだ行ったことないけどさ。
  というかリベットにはあんまり来てないな、あれだけウェイストランド歩いてるのに。
  まあ、基本メガトンで事足りるもんなぁ。
  「主、前にフェロモン頼まれてませんでしたか?」
  「あー」
  女王アリのフェロモンだっけ?
  アンジェラに頼まれてたな。
  ゲイリーズ・ギャレーに行けば催促されるだろうし行かなくて正解かな。
  自己弁護だけど依頼として受けてるわけではありません。
  あくまで手に入れたら持ってくる、要は気に留めておいてねってレベル。
  大体女王アリなんてどこにいるんだ?
  たぶんあれだろ、実物は知らないけどジャイアント・アントの女王版なんだろう。でかいんだろうな、きっと。アンタゴナイザーあたりに聞けば分かるのかもしれないけど、そこまでお人好しする気もない。
  さて。
  「ここ、かな?」
  「ホテルの従業員に聞いた順路だと、そうですね、おそらくこの扉の先ですね」
  「飲み過ぎないようにね、明日はメガトンに帰るんだし」
  「ご安心を。我を忘れるほど飲むつもりはありませんので」
  「あはは。まあ、楽しく飲みましょ」
  「御意」
  扉を開ける。
  扉を開けると、客でごった返していた。
  「マジか」
  満員だ。
  カウンター席は全て埋まってる。
  一瞬そこにいた連中がトンネル・スネークかと思うものの、そんなわけないか、ブッチ率いるチンピラどもは閉鎖されているボルト101の中だ。カウンター席を占領しているのは黒い革ジャンの一団だ。
  しかもリーゼント。
  背中に蛇のマークがあればまんまトンネル・スネークだ。
  テーブル席はその他大勢の客。
  おそらく地元民、それと旅人かな。
  「何でしょうね、主。客が区分けされてますが」
  「そうね」
  客層が明確に線引きされてるな。
  カウンター連中は何者なのだろう、地元民ってわけではなさそうだけど。
  テーブル組はカウンター組を恐れているような印象を感じる。
  「あのー」
  手近にいたテーブル席のおっさんに声を掛けてみる。
  地元民ってぽいな。
  「何だい、お嬢さん」
  「あの連中って何なんですか?」
  カウンター席のことだ。
  おっさんは声を潜めて私に言った、忠告めいている。
  「どっから来たか知らないが乱暴者のチンピラが徒党を組んで勝手し放題なんだよ、最近ね。リベットシティ評議会も当てにならないし、どうしようもないんだ」
  「ふぅん」
  レイダーみたいなものか?
  それにしてもあれは余所者なのか。よそ者の定義が、キャピタルの外から来たってことなのか、リベット周辺外から来たのかがよく分からないけど、よそ者らしい。
  どうすっかな。
  「グリン・フィス、市場の区画でお酒でも買って部屋で飲む?」
  「よろしいので?」
  「座れないし、オフの時は喧嘩したくない」
  「なるほど」

  「そこのあんた」

  「……?」
  短く刈り上げた金髪の女性が声を掛けてくる。
  緑の迷彩柄のズボンを履き、肩紐なしの、これも迷彩柄のスポーツブラをしている女性だ。
  随分とラフな格好だな。
  ただ腹筋はかなり割れてる。
  「えっと」
  周囲をきょろきょろ見る。
  「そこのあんただよ」
  ああ、私か。
  初対面だけど、何か用かな。
  彼女は腰にデザートイーグルを差してるだけだ、私みたく武装は部屋にでも置いているんだろう。ソロで旅をするには軽装だからだ。
  「何?」
  「座れないんだろ」
  「ええ、まあ」
  「あたしに1杯奢ってくれるっていうなら席を空けてあげてもいいけどね」
  彼女はテーブル席に1人で座ってる。
  相席するのに1杯奢れってことか。
  まあ、いいだろ。
  「分かった。奢るわ」
  「決まりだ」
  彼女は席を立ち、カウンターに向かう。
  何か飲み物を頼むのだろう、早速奢り酒ってところか。
  私とグレン・フィスは座る。
  その時、彼女が嘲笑った。
  「そこのカウンターで飲んでる腰抜けどもっ! よく聞きなっ! ここにいる赤毛の彼女がね、あんたたちのことをアホで間抜けのウスラトンカチだってさっ!」
  「はっ?」
  いやいやいやっ!
  何言いだしてんのさこいつっ!
  私の心の叫びとは裏腹に彼女はなおも続ける。
  「だからあたしは言ってやったのさ。そんな良いものじゃない、奴らはサイテーのクソッタレヤローだってねっ!」
  「あんだとコラァーっ! おめぇら喧嘩売ってんのかっ!」
  違います違います。
  私は別に売ってません。
  「やっと分かったのかい? あんたたちみたいなのはね、マナーを守らない面汚しなんだよっ!」
  お前もなー。
  私を巻き込むなよちくしょうめっ!
  「さあ、掛かっておいでっ! まとめてリベットシティから叩き出してやるよっ!」
  「おい、てめぇらっ! 乱暴者に酒飲ませるとどうなるか知ってるか? もっと乱暴になるんだよっ! やっちまうぞっ!」
  カウンター席の革ジャン集団、一斉に戦闘態勢に。
  ……。
  ……あれ?
  何気に私たちも敵認定されてる?
  嫌だなぁ。
  「主、どうされますか?」
  「どうされますと言われても……」
  敵の数は10人。
  手にはそれぞれナイフ、たった今割った瓶等が握られ、敵意の視線を向けている。
  こちらにもだ。
  「やれやれ」
  一応助かるのが問答無用に銃を抜いたバンバン撃つタイプではないということかな、少なくとも喧嘩の範疇で終わらせたいようだ。それもそうだろう、さすがに銃撃戦になったらリベットシティの
  セキュリティ部隊が介入してくる。ただし喧嘩程度ではその限りではない。
  つまり?
  つまり連中は介入してきてほしくないのだ。
  それなりの配慮はある模様。
  争いをしないという発想に至る脳ミソは内容だけど。
  あの女ソルジャーにしても、私的にはチンピラと同類だ。ただし身に降りかかる火の粉だけは退ける必要がある。
  「おらぁーっ!」
  「はぐぅっ!」
  女ソルジャーの拳がチンピラの顔に決まる。
  へぇ。
  なかなか強い。
  完全に乗り気ではない私らなわけだから女ソルジャーは敵を全部受け持ってるのに、女ソルジャーが攻め勝ってる。とりあえずこの女に側に付いていた方が得策か。
  「グリン・フィス、殺さないようにね」
  「御意」
  悠然とした足取りで彼は進み、直後にチンピラたちを次々と沈めていく。
  ど素人だな、このチンピラども。
  結局グリン・フィスが6人倒し、女ソルジャーが4人倒した。
  私?
  私は見物人です。
  「ち、ちきしょうっ! ワルゲリョの兄貴にこのこと報告するからなっ!」
  「ワルゲリョ?」
  誰だそれ。
  チンピラたちは痛む体を押さえながらそのまま酒場から逃走。
  客たちは拍手喝采、というわけではなく。
  うさん臭そうな、それでいてさっきチンピラたちに向けていた視線を私らに向けている。
  喧嘩両成敗ってことですかね。
  気持ちは分かる。
  私もいきなり暴れる連中は好きではない。
  ただ、弁解するならこっちは巻き込まれただけだ。ある意味であのチンピラたちも、女ソルジャーの攻撃衝動に巻き込まれたに過ぎない。
  「何だい。どいつもこいつも腰抜け揃いだね。もっと楽しめると思ったのにさ」
  忌々しそうに彼女は呟き、カウンター席に残されているさっきの連中の飲みかけのグラスを掴み一気に飲み干した。
  強い、かな。
  あのチンピラたちは弱かったけど、それでもあの数だ、私らが加勢したとはいえ彼女は強い。
  だけど何でかな。
  脅威だと思える、強さではない。
  弱いってわけじゃない、全然怖くない、何故か大したことがないようにも思える。
  何故だろう。
  そのことを小声でグリン・フィスに聞いてみた。
  小声の意味は、聞かれると面倒だからだ。
  逆上してこっちに喧嘩売られても困る。
  「どう思う、グリン・フィス?」
  「信念のなさ、だと思います」
  「信念」
  「はい」
  そういうものなんだろうか。
  酒場の客はこちらを遠巻きに見ている。チンピラたちを恐れ、嫌ってはいたが、それに等しい視線をこちらに向けている。
  私らに対してもですか?」
  嫌だなぁ。
  こりゃ当分ここには出禁ですかね。
  まあ、わざわざリベットに来るメリットが私にはないから別にいいんですけどね。
  メガトンが私の活動拠点だし。

  「リベットシティ評議会に頼まれて来てみたら、キャンキャンうるさい狂犬が吠えてるじゃないか」

  赤い髪の、金色のパワーアーマーの部位を纏った男が酒場に入ってくる。
  1人の女性を伴って。
  「ふっ」
  あっ、あいつウルフだ。
  スプリングベール小学校で会った余所者ハンターのウルフだ。それとニーナさんか。
  頼まれて来てみた、か。
  おそらくリベットの評議会にでも頼まれて酒場の掃除に来たのだろう。さっきのチンピラどもの排除が目的で来てみたってところか。既にチンピラはいないけど、それに近い者はいる。
  荒れている彼女のことだ。
  「ウルフ、穏便にね」
  「分かってる、ニーナ。弾丸使うのも勿体ない、安い依頼だしな。さて、じゃれ合っているところを悪いが俺はうるさい犬は嫌いでね。吠えるのには庭だけにしてもらおうか」
  荒れている女はウルフに詰め寄る。
  あー、これは退く気はないですね。完全に彼女は戦いを求めてる、何が彼女を駆り立てるのかは知らないけど、完全にさっきの戦いでは欲求不満なのだろう。
  ウルフを軽く突き飛ばす。
  「このキザ野郎、ぶっ飛ばしてやるっ!」
  完全にあんたがマナー守らない面汚しじゃないですかヤダー。
  同類項にはされたくないな。
  「グリン・フィス、見物しよ」
  「御意」
  ウルフは銃を使う気はないらしいし、あの女は血が滾っているとはいえ銃を使いはしないだろう。何というか腕っぷしにモノを言わせて暴れたい、そんな感じに見える。
  さすがにどちらかが銃を使えば仲裁する。
  今?
  今は見物です。
  ウルフにとっては仕事のようだし、仕事ならそっちで勝手にしておくれ。
  私は介入しない。
  「さあ、掛かっといでっ! 勝負してやろうじゃないのっ!」
  「邪魔だ。どけ」
  「……あっ」

  ドサ。

  ワンパン、だった。
  たった一撃で女はその場に膝を付き、お腹に手を当てたまま倒れた。
  動かない。
  「グリン・フィス、どう見る?」
  「何者ですか、彼は」
  「ウルフって名乗ってたな。それで、どう見る?」
  「かなりの使い手ですね」
  「やっぱり」
  グリン・フィスが認めるんだ、やはり強い、か。
  ウルフは這いつくばる女ソルジャーに興味などないように、実際興味などないんだろうけど、無視してして私の方を見る。
  「また会ったな。ミスティ、だったか」
  「ええ」
  「有名人だとは思わなかったよ」
  「どうも」
  店内がざわめく。

  「おい、あいつミスティって言ったぞ?」
  「どこかで聞いたよな……」
  「ちょっ! あいつ赤毛の冒険者だっ! 赤毛の冒険者のミスティだっ!」
  「GNRで最近有名な、ボルトの女か」
  「ああ、聞いたことがある。最近じゃ冒険野郎の冒険譚が霞むぐらいなら冒険をしてるって奴だな」
  「あんなに若いとは意外だったぜ」

  ふぅん。
  口々に私の噂話をする客たち。私も有名になったもんね。
  興味ないけど。
  「ま、まだ、終わって……ないよ……」
  一瞬とはいえ酒場の客から存在そのものを忘れられた女ソルジャーが呻き、立ち上がろうとする。
  ガッツは大したものだけど体はそれに応えようとはしない。
  無理だ。
  実力差は明確だ、勝てるわけがない。
  ウルフは鼻で笑う。
  「よく吠える犬だ。だがいつまでもそんなんじゃ飼い主が見つからないぜ? 仕事はお終いだ、行くぞ、ニーナ」
  「ええ。またね、ミスティさん」
  手を振ってくれたので私も振り返す。
  酒場の客の女ソルジャーを見る目が畏怖から厄介者に代わっている、ついでに嘲笑の的にもなっている。
  最初のチンピラ退治は、まあ、百歩譲って許すよ。私らも巻き込んだこともさ。
  だけどその後がいただけない。
  暴れたいだけ暴れるのではチンピラと同じじゃないか。しかも喧嘩吹っかけなければチンピラたちは暴れなかった可能性だってあるのだ。まあ、あいつらもそれなりの悪党だったと思うけど。
  「ミスティって、あのミスティ、だよね?」
  「えっ? まあ、多分、あのミスティ」
  「あんた、あたしとチームを組んでおくれっ!」
  「はあ?」
  「戦って戦って戦ってっ! 今よりめちゃくちゃ強くなっていつかあの野郎をぶっ飛ばしてやるんだっ!」
  「……」
  狂犬っていうのは間違ってないのかもね。
  彼女には明確な理由がない。
  何かを護りたいとか、誰かを探す為に力が欲しいとか、そんなんじゃない。強くなるのだけが目的だ。それはそれで悪くないけど、方向性間違えればレイダーと同じになってしまう。
  「どう思う、グリン・フィス?」
  「クリスチームは不在、アカハナたちは主の指示で共同体の仕事をしている、自分がいるにしても戦力的にいささか不安があります。手駒を増やすのがよろしいかと」
  「手駒って……」
  どストレートに言うなぁ。
  まあいいや。
  「そうね、よろしく。ただ、今回みたいなのは困る。同じことしてみなさい、私が月の彼方まで吹っ飛ばすわよ」
  「本当かい、クソ、やったぜっ! あたしの名は妖炎のイングリッド、さあ、パーッと派手に暴れようじゃないのっ!」
  「……あの、私の言ってること理解してくれた?」
  いやぁ。微妙かも。
  おおぅ。

  「あのー」

  「ん?」
  「強いんですね、実は依頼があるのですけど……その、私って超不幸なんで、やってもらいたいことがあるんですけど……」
  「はあ」
  クリスがいたら怒るな、この流れ。
  地元民なんてほっとけ、か。
  「それで? 依頼って?」
  「実は……」