私は天使なんかじゃない
金輪際フィットネス
金輪際グループ。
戦前に存在した、小さな島国の巨大企業。
DC残骸。
かつてのアメリカ随一の都市であると同時に、現在のキャピタル・ウェイストランドで復興不可なまでに荒廃した瓦礫と廃墟の場所。
全面核戦争時に集中的に吹き飛ばされた結果ホワイトハウスは跡形もなく消滅している。
また、リンカーン記念館、アンダーワールド、ライリーレンジャーの宿舎、議事堂等を内包するエリアのこと。
「ここ?」
「みたいね」
目的の場所、金輪際フィットネスに到着。
外観は普通な。
大きな建物だ。200年も放置されていたにしてはまともな外観だと思う。
……。
……中にいるのがまともな奴らかは知らないけど。
今回の同行者に私は聞く。
「本当に入るの?」
「ええ」
美容とは、命を張るモノらしい。
気は乗らない。
気は乗らないけどこれは仕事だ。
依頼人であり護衛対象者はノヴァ姉さん、今回の私のパートナーだ。
仲間は相変わらず不参加。
拒否られたというか全員が全員それぞれの理由でメガトンに不在。
まあ、ビリー・クリールは頼めば来てくれたのかもしれないけどマギーと水入らずで微笑ましく過ごしているのを見てさすがに誘えませんでした。
「ミスティ」
「……」
「ミスティ」
「ああ、ごめん、この展開は想定してなかったから」
酔いがまだ抜けてません。
あの後。
あの後、すぐにメガトンを旅立ってここまで来たからまだ酔ってます。とはいえワイン一杯とピール一本だ、決定的なまでに酔っているわけではない。
大丈夫、必ずしも戦闘ってわけではないのだ。
もちろん、手放しに無警戒でいられるほどウェイスランドに無知ってわけでもない。
「落ち着いた?」
「うん」
武装は完全装備。
いつも通りの装備です。
ノヴァ姉さんはいつもの服装の上にレザーアーマーを着て、10oサブマシンガンを携帯してる。少し前なら軽装だとは思うけど、何だかんだでスーパーミュータントもタロン社もDC残骸から
姿を消してるし、奴隷商人もハンニバルとの一件でフルボッコにした、ピットでもね。ここまで出張る力はもうあるまい。重武装ってわけではないけど、充分だとは思う。
入る前に少し確認しておくか。
「ノヴァ姉さん」
「ん?」
「正気で信じてるわけではないですよね?」
「正気、ああ、フィットネスクラブ?」
「ええ」
「そこにフィットネスクラブの建物があるってだけだからね、ビリーからの又聞きで知った内容はね。別にインストラクターがいて、高い契約金が必要で、とかいう話は出てない。私としてはここに
ある機材が欲しいのよ、それを見定めに来たの。あれば、の話だけど。あくまで話はここにそういう建物があるってだけ。ウィストランドの廃墟に精通はしてないけど、常識ぐらいはあるわ」
「だけどそれから私に言えば1人で来ましたけど?」
「私がどれが欲しいか分かる?」
「あー、分かりません」
「正確に言うと私も分からないのよ。だから見定めたいの、ミスティがいればここまで来れると思ったし。信頼してるのよ?」
「どうも」
確かに欲しいモノを言われても私には分からないし、ノヴァ姉さん的にも分からない、だからここまで来たってわけだ。
別に過信はしてないけど私は大抵何でも出来るし。
それに前述に戻るけど敵勢力はここから姿を消してる、何よりどの勢力も結構な痛手を受けてる。
邪魔は入るまい。
……。
……未だ関与していない敵組織とかは、別でしょうけど。
嫌だなぁ。
「それでノヴァ姉さんはどうしてそんなものが欲しいんですか?」
「太ったのよ、最近」
「そうですか?」
まじまじと見る。
服の上からでは分からないな。
変わらないような?
「脱がしてくれたら、分かるわよ?」
「じゃ、じゃあちょっとそこの物陰に……」
「……」
どきどき。
「さっさと行くわよ、キャップ分働いてね」
「はーい」
冗談だった模様。
あれ、何気にクリス的な考え方だった?
へこむわー。
「マッスルカテドラルにようこそ。ここは我々筋肉聖教の拠点となっております。見学の方ですか?」
「はっ?」
金輪際フィットネスに入り、エントランスを抜けた直後に私たちは囲まれた。
レイダーに?
いや、何というか、マッチョな方々に。
敵か?
男は黒いビキニパンツ、女は黒いレオタード、どいつもこいつも限界まで極めたであろう筋肉の集団だ。数にして6人。大した数ではないけど、こっちにはノヴァ姉さんがいる。非戦闘員だ。こいつらが
敵なのかただここを拠点にしているだけの無害な集団なのかは分からないけど下手なことをするとノヴァ姉さんが危ない。筋肉の塊連中だ、手刀だけでこっちの首がへし折れる。
「マッスルカテドラル? ここって金輪際フィットネスではないの?」
「それは過去の建物の名前です。現在はマッスルカテドラル、我々筋肉聖教がここで日夜修行をしている場です」
「へー」
と答えるものの私は全く聞いていない。
こいつ武器は持ってない。
肉体が最高の武器ってやつ?
周囲の状況を確認する、これなら逃げれるか。いきなり取り囲まれたんだ、話し合いをするにはこちらが不利な立場なままだ。何とかうまいこと言い訳してこっちのペースに持ち込みたいところだ。
マッチョの1人が言う。
「見学ですか?」
「ええ、そうね」
本心は全くそんなことはないけど、一応そう答えておく。
違うと言えば出れるのか?
どうだろうな。
まだ何とも言えない。
こんな時代だから向こうが警戒しているだけかもしれないし、いきなり取り囲んできたわけだから敵予備軍として捉えておいた方がいいのか、今のところは何とも言えない。
「見学でしたら武器をこちらに渡してください」
「武器を?」
丸腰にする気か?
何故?
「失礼ながら逆の立場の場合、あなたは全く警戒せずにいられますか?」
「まあ、そうね」
確かにそうだ。
だがだからといって馬鹿正直に渡すのはどうかと思うけどね。
問題は今のところこいつらを判断する材料が全くないということだ。レギュレーターも何も言って来てないから完全に無害なのか、無害ではないけどレギュレーターがまだ知りえていない組織なのか。
あー、もうっ!
裏を読むのは疲れるから嫌なのにっ!
せっかくのオフなのになぁ。
「はい、ご苦労様」
「お気遣いに感謝です。しっかりと保管させていただきます」
「……」
ため息を飲み込む。
護衛対象者は銃を渡してしまいました。
仕方ない。
私も渡すか。
わざわざ話し合いで済まそうってわけだし、今のところは従っておこう。
信用?
信用はしてない。
ただ、問答無用で襲い掛かってきてたら多分私でも捌き切れてなかったと思う、肉弾で来られたら、不意打ちで一斉に来られたら私でも負けるしかない。
それは向こうも分かってるだろう。
なのにそうしなかった。
犠牲が出るのが嫌だから武装解除してから襲う?
かもしれないけど、判断材料がなさ過ぎる。
問答無用で撃つほど私は過激ではない、少し様子を見るとするか。
「大切にしてよ」
「勿論です」
私の武器を渡す。
これで丸腰だ。
護身用のナイフは隠し持ってるけど、こんなものでどこまで対抗できることやら。
「こちらにどうぞ。ちょうど教祖様の教義の時間です」
「教祖、ね」
何か胡散臭いなぁ。
オアシスで神様とか預言者とかいう単語出てきたけど、今回は教祖ですか。
マッチョの1人に連れられて私たちは通路を進む。
ふぅん。
建物自体は悪くないな、綺麗だ。
「それで、筋肉なんちゃらって何?」
「己の筋肉でこの末世を生き抜く宗教ですよ」
「ふぅん」
「見ての通り私たちって筋肉とは無縁なんですけど」
私は戦闘するからある程度は鍛えてるけど、筋肉質ってわけじゃない。ノヴァ姉さんは私よりも華奢だし。
マッチョは振り返らずに言う。
「ご心配なく。健康や美容の為にトレーニングをする、というのも教義の1つでして」
「もう1つだけ」
「何ですか?」
「誰彼関係なく勧誘してるの?」
「我々は宗教団体です。説法をし、勧誘するのは日々の務め。ただ、当然ながら誰にでも選択の自由はありますよ」
「そうね」
短く私はそう返した。
選択の自由、ね。
問題は提示されている選択肢を必ずしも選べるわけではないってことだ。
今回はどうなのだろうね。
「こちらです」
「どうも」
扉が開かれ、中に入る。
ウォーキングマシンやダンベル等の置かれた、金輪際フィットネスの中枢だろう。ここで心身を鍛えるってわけだ。
異様な熱気に包まれている。
まるで古代の聖者のような白いヒラヒラした衣装を着た、頭に花の冠を巻いた巨漢の男がいる。その男を取り囲んで男女の集団が熱心にその話を聞いていた。この男女の集団はエントランスにいた
マッチョとは異なり程度の差はあれど普通の体型だ。マッチョが上級信者なら、ここにいる連中は鍛える前の下級信者ってところかな。
「ごめんね」
ノヴァ姉さんが耳元で囁いた。
「なんかおかしな展開になってて」
「よくあることです」
気付かない内にまったく訳分からん展開に足を踏み込んでた。
よくある話です。
世間的には、知らん。
だけど私的にはよくある話なのです。
嫌だなぁ。
教祖と思われる男が叫ぶ。
声は悪くない。
渋いな。
「この世は荒野だ、荒野を生き抜くには人は等しく体を鍛えるのがよろしい。健全で鍛えられた肉体には健全な精神が宿る。よって世界人類の皆が等しく肉体を鍛えればこの世は荒野ではなく、
平和で明るい未来になる。これが筋肉聖教の教義である。諸君らも健全な筋肉を培う為に修行を続けるがよろしい」
「ふぅん」
言ってることは特におかしくはないな。
言ってることは、ね。
肉体改造の為にDC残骸に籠ってるのは何か暑苦しいけど。
筋肉基準でしか考えられないのか、まったく。
どうすっかなぁ。
暑苦しい集団だとは思うけど別にカルトってわけでもなさそうだ。レキュレーターにも裁けないグレーゾーンがあるとルーカス・シムズは言ってたけど、これグレーゾーンでもないだろ。
帰るか。
「ノヴァ姉さん、帰りません?」
「……」
「ノヴァ姉さん?」
「でも、彼はどうするの?」
「放置です」
教祖、別に悪党ってわけではなさそうだし。
暑苦しいけど。
私の人生に絡まないのであればここで汗臭い場所に一生引き籠ればいいと思う。
「違う違う、彼のことよ」
「彼」
教祖のことではないらしい。
指差す方向を見る。
「……何やってんだ、あいつ」
ガク。
思わず力が抜ける。
教祖を取り囲み、異様に熱気を放つ信者たちの中にグリン・フィス君がいました。
えっと、修行ってこういうことか?
『マッスルっ! マッスルっ! マッスルっ! マッスルっ! マッスルっ! マッスルっ! マッスルっ! マッスルっ! マッスルっ! マッスルっ! マッスルっ! マッスルっ!』
叫んでますね、信者たち。
当然彼も。
あははー。
「帰ろ」
「彼、あんな性格じゃないでしょう? いいの?」
「関わりたくはないなぁ」
「ミスティっ!」
「わーかりましたよー」
嫌だなぁ。
こんな暑苦しい奴らに関わりたくないなぁ。
ただ、ノヴァ姉さんが言っていることは正しい。彼はこういう性格ではない、そもそも剣の修行で外に出てた奴が何でここでマッスルしてるんだ?
拉致られてここに来たってタイプではないだろう、グリン・フィス拉致れる奴なんていないと思う。
そうなると自発的にここに来た。
目的は知らん。
建物に入って、そして……。
「洗脳された」
あり得る話だ。
グリン・フィスは筋肉極めるタイプではない。
……。
……ま、まあ、そんな暑苦しい奴なら今の今まで行動はしてなかったと思いますけど。
筋肉は別に悪くない。
私の感性の問題だ。
さて。
「どうしたもんかな」
催眠術か何かで洗脳されている可能性は確かにある、ここの連中が物理的にグリン・フィスを何とかできるとは思えない。純粋な力では負けるにしてもグリン・フィスの機転の速さ、敏捷性、タフさ、
そのどれをとってもここの奴らに劣るとは思えない。物理を介さない洗脳、となるとやはり催眠術の類か?
何気に私らもやばくないか?
武器はない。
グリン・フィスの場合はともかくとして、丸腰の私は大した戦力ではない。
まずいな。
何とか武器を取り返さないと。
「失礼します」
「はい……うおっ!」
思わず飛び退く。
背後から声を掛けてきたのはさっきのマッチョの男。Kいビキニパンツだけっていうのはやめてくれ。視覚的にやはり慣れない。というか慣れたくはないけどなっ!
「何か?」
動揺してる私はと対照的に、微かに笑みすら浮かべて対応するノヴァ姉さん。
大人な感じですな。
「本日の教義はこれで終了し、後は信者の方々の鍛錬の時間となります。ご見学者様であるあなた方は一旦客室にて待機願います」
「分かりました」
そうね、頷くしかないね。
突っぱねるにしても武力という背景がないから下手な行動は出来ない。
仕方ない。
「こちらにどうぞ」
「どうも」
客室に追いやられて1時間後。
軟禁されているとも言う。
鍵掛かってる。
こちらからは開けれない、これってつまりここの連中が扉をそういう風に変えたってことなんだから、黒なのか、ここの奴ら。
レイダーには思えないけどな。
目的が分からない。
「……んー……」
カチャカチャ。
ノヴァ姉さんの使っていたヘアピンを1本貰い、ちょっと弄ってから鍵穴に差して開錠を試みる。
部屋が最悪だから逃げる?
そんなわけはない。
部屋自体は良い代物だ。
ユニットバスがあるし、トイレもあるし、ノヴァ姉さんと一夜を過ごす為のダブルベッドまである。
出来たらここに暮らしたいぐらいだ。
……。
……正確には、ここで暮らさなければならない羽目になりそうってことだ、現実問題。
グリン・フィスの件はやっぱりおかしい。
今まで過ごす限り、過ごしてきた時間は少ないけれども筋肉の為にここに居座るってタイプではない。
ユーモアの一環か?
だとしたら笑えないな。
「ねぇ、ミス・デンジャラス、考え過ぎってことはない?」
「そうかもしれません」
ベッドに腰掛けてノヴァ姉さんは言った。
少し未練がありそうだ。
洗脳された?
そうではないだろう、彼女的にはここの設備が気に入ったのだと思う。お湯が出るのだ、女なら、もしくはお風呂好きならここほど良い環境はないだろう。施設の設備自体も戦前と大差ない
ほどに生きてるし。唯一の欠点は筋肉聖教がいることと、そいつらの汗が臭いってことだけだ。
「よし」
カチャ。
開錠成功。
「ねぇ、もしかして教祖に何かするの?」
「しませんよ」
する理由がないし。
穏便に出たいだけだ。グリン・フィスと話した上でね。
グリン・フィスが純粋に筋肉大好き人間になっているのであれば別に私が止めるわけにはいかない。
「あの、もしかして私って力尽くで捻じ伏せるタイプに見えてます?」
「あら、違うの?」
「……」
「冗談よ」
「……そう願います」
あくまで今までの展開は全て向こうから絡んできたことであって、状況がそうなっただけで、私自ら喧嘩を売ったことはない。
もっとも、今では因縁深めまくってますけど。
「だけどミスティ」
「何ですか?」
「全部こっちの勘違いってこともあるでしょ? わざわざ鍵こじ開けて出る必要あるの?」
「鍵穴こっちで、内部ロックのつまみが通路側って時点で胡散臭くありません?」
「戦前の設計ミスかも知れないし」
「そうですけど」
ノヴァ姉さんはお人好しってわけではない、頭も回る。
だけど、やはり街の中で暮らしてきた人だからこういう際の警戒心が私よりも若干低いかな。私が前提を疑ってかかる、神経質な考え方だからかもしれないけどさ。
「悪い人じゃなかったら許してくれますよ、こじ開けても」
「まあ、そうね」
「ノヴァ姉さんはどうします? その、探検します?」
「ここで1人残っても仕方ないし行くわ。お風呂は、捨てがたいけどね」
「それは分かります」
力強く頷く。
蛇口を捻った限りではお湯は勢いよく出てた。メガトンだと頻繁に止まるからなぁ。もちろん飲み水の確保すらままならない世界なんだから、仕方ないとは思うけど。
パパの浄化プロジェクト、早く完成しないかな。
お風呂大好き人間としては今のウェイストランドの現状は困りものだ。
さて。
「あっ、このヘアピンどうします? 形が変になっちゃいましたけど」
「あげるわ」
「どうも」
探検スタート。