天使で悪魔







ウォーターズエッジの惨劇






  その悪意は確実に育っていた。
  確実に?
  確実に。

  育ち切る前に悪意の芽を摘み取ろう。
  しかし私は知っている。
  芽が全てではない。
  地中深くに悪意の根があるのだ。その根は確実に地中深く巣食い次の芽を伸ばそうとする。その根が何者なのかはまだ私は知らない。

  だけど。
  だけど真に悪いのが何かも私は知っている。
  悪意の芽?
  悪意の根?
  いいえ、それは間違い。
  真に悪いのは悪意の土壌。その土壌とはタムリエルを統一している帝国。
  全ては帝国の腐敗が原因なのだ。





  「んー」
  お日様ピカピカ。
  あの豪雨が嘘みたいに晴れてる。気持ちの良い一日なんだけど釈然としない思いが頭の中で渦巻いている。
  シャドウメアに跨り私はレヤウィン北に移動中。
  今の私はブラックウッド団の新兵。
  新兵数名とともに任務に向っている最中。この任務を達成するのがおそらく入団テストなのだろう。ベテランは誰もいない。いるのは新兵のみ。
  私だけ馬上で、他の連中は徒歩。
  私は特別待遇?
  いえいえ。
  私がただ持ち馬を有しているだけに過ぎない。
  「んー」
  考える。
  考える。
  考える。
  「んー」
  「うるせぇぞっ!」
  悩む私が煩わしいのか新兵の1人が叫ぶ。無視する。
  今の私は疑惑で一杯。
  ブラックウッド団が発した命令は《ゴブリンに占拠されたウォーターズエッジの解放》なのだけど……時間的にありえないでしょうよ。
  逆算すると私が村に滞在していた頃にゴブリンに襲撃された事になる。
  もしかしたら発った後に襲撃された?
  そうかもしれない。
  電撃的に占拠されたなら意味は通る。意味は通るんだけど……時間的には無理なのだ。私を追い越して依頼がブラックウッド団に届いた事になる。
  そもそも私が到着した時には新兵を派遣する用意が既に整っていたのがおかしい。
  裏がある?
  そう見るのが普通よね。
  「んー」
  もちろんそれならそれでいい。
  ビーン・アメリオンが心配なのも確かだからだ。安否を確かめたい。
  とっとと先行するのも手だけど、ブラックウッド団の内規として集団行動が原則。そしてそれ以上に命令は絶対。今の私はブラックウッド団を信用さ
  せる為に活動中。ここは穏便にしなければならない。だからトロトロと行軍中なわけだ。
  もっとも。
  実はブラックウッド団に来た依頼が悪戯の可能性もあるわけだ。
  それはそれであると思う。
  まあいいさ。
  直にウォーターズエッジだ。
  自分の目で確かめればいい。それが一番確実だし手っ取り早い。
  「おっ」
  ウォーターズエッジが見えて来た。


  タロン社だー……と叫びそうなぐらいのテンションで奇声を上げて突撃するブラックウッド団の新兵達。
  手には当然抜き身の武器。
  静かな村ウォーターズエッジは突然戦闘に包まれる。
  「へー」
  シャドウメアに跨ったまま私は村を見る。
  なるほど。
  確かにゴブリンが徘徊している。武器も何も持っていない。防具も何も身に付けていない。……どこの下級部族だこのゴブリン。
  ゴブリンには様々な部族がある。
  部族によって能力はまったく異なる。武具の概念もまったく異なる。
  私は今まで様々なゴブリンと相対してきたけど武器すら持っていないゴブリンを見たのはこれが初めてだ。
  ……。
  ……そもそも武器すら持っていないゴブリンが村を占拠?
  それはそれでおかしいなぁ。
  ゴブリンの対応もおかしい。団員達の奇声を聞いて『何事だろう?』というような感じでこちらを見た。そして次の瞬間には逃げ惑う。
  平和主義のゴブリン?
  少なくとも戦闘に恐怖を感じているように見える。
  だけど平和主義なら村を襲撃なんかしないだろうし。んー、謎。

  「ゴブリンを殺せーっ!」
  「俺達は正義、ブラックウッド団万歳っ!」
  「全部狩り尽くせぇーっ!」

  新兵どもはエキサイト。
  無抵抗に逃げ惑うゴブリン達を次々と屠っていく。ブラックウッド団は容赦なく刃を振るい、メイスで振るい、矢を放つ。
  バタバタと倒れるゴブリン達。
  この村にいるのは全てゴブリンとは聞いてたけど……こんな弱い部族は初めて見た。
  なんだこいつら?
  よくこんな軟弱で村を占拠出来たわね。
  ウォーターズエッジは確かに小さな村だ。多分武器の類もそれほどなかっただろう。だけどこんなゴブリン相手なら鍬とか脱穀用の農機具でも
  充分対応出来るだろう。犠牲者を出さずにだ。このゴブリンから察するに、力を見せ付けたら成す術もなく逃げるだろう。
  何故ビーン達は村を放棄したのかな?
  村一番の勇士(私的にはこの村で一番まともな奴程度の認識だけど)にブルセフの魔力剣を渡せば簡単に勝てたはずなのに。
  何故だろう?
  「まさかこれって訓練?」
  なるほど。
  それはありえるかも。
  つまり任務に見立ててはあるもののブラックウッド団が用意した演習。模擬戦。
  ボズマーの中には知能の低いモノを支配する奴がいる。深緑旅団はその方法でトロルを仕切っていた。旅団のメンバーは全てボズマー。ともかく
  そういう手段でゴブリンを操って演習用に利用してるのだろう。
  なるほどなぁ。
  ……。
  ……ああ、そういえば噂ではアルトマーはゴブリンを飼い慣らせるんだっけ?
  ともかくそんな感じでゴブリンを操ってるんだろう。
  ビーン達?
  演習の為に村を貸してるんじゃないのかな。
  ウォーターズエッジはレヤウィンの管轄。レヤウィンを仕切るマリアス・カロ伯爵はブラックウッド団の後見役。伯爵の権限で村を一時的に接収し
  ているのだろう、安い見返りでね。
  そもそも全て狂言か。
  任務→訓練。
  「だったら好きになさいな」
  溜息。
  知った事じゃない。
  無抵抗のゴブリンを殺して度胸を付けるまでもない。
  だって私は皇帝でも殺せといわれれば普通に殺せるもん。……いやまあ皇帝は既にいないんだけど。
  私は暗殺者よりも暗殺者。
  そう自負していますわ。
  ほほほー♪
  「だとしたらヒストは何?」
  惨劇を見ながら私は馬上で呟く。
  ヒスト。
  飲んだものの特に何の支障もない。興奮剤の類なのかな?
  ブラックウッド団はエキサイトしてる。だけど私は冷めてるから興奮剤ではないのかな?
  特に支障はない。
  だとしたら何?
  まあいいか。
  「ふわぁぁぁぁぁぁぁっ」
  欠伸。
  退屈だ。眠くなって来た。
  眠く……。
  「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ助けてフィッツガルドさんっ!」






  「……?」
  天井があった。
  木製の天井。どこだここは?
  「……?」
  考えると頭がズキズキした。
  「つっ!」
  何だこの痛みは?
  二日酔いというかそんな感じだ。悪酔いした感じ。てかいつお酒飲んだ?
  ハチミツ酒飲んだら大暴れの設定をことごとくも無視してる私がいつお酒飲んだって……って意味不明だ。駄目だ、頭が混乱してる。
  ここはどこ?
  その時、突然モヒカンダンマーが視界に入る。
  「うおっ!」
  思わずびっくり。
  寝覚めに見るにはインパクトある髪型でした。
  モドリン・オレインだ。

  「ようやくお目覚めか。お前は王子様のキスを待ち望んでる眠り姫かよ。……まあ冗談はいいか。少し心配になってたとこだ」
  「……ここはどこ……?」
  「俺んちだ」
  コロール?
  コロールにいる?
  「何故ここに私がいるわけ? てかなんでベッドインしてるわけ私?」
  頭が急速に活動し始める。
  なるほど。
  ここは確かにオレインの家だ。つまりはコロール。しかし何故私はここにいるんだ、レヤウィンにいたはずなのに。
  記憶がない。
  体を起こす。特に体には不調はない。
  頭は痛いけど。
  「どうして私がここに?」
  「お前は意識不明だったんだよ」
  「はっ?」
  意識不明?
  「血塗れのお前の愛馬がよ、意識不明のお前を背に乗せてこの街まで来ていたんだ」
  「血塗れ……シャドウメアが?」
  「厩舎に預けてある。全部……」
  「返り血でしょ」
  「よく分かったな」
  「まあね」
  シャドウメアは不死の馬。
  どういう経緯なのかは知らないけど不死なのだ。多分死霊術の産物なのだろう。……かといって死体じゃないのよね。人参食べるし。
  だけど血は流さない。
  返り血と断定したのはその為だ。
  「馬には矢が刺さっていたよ。傷は抜いたら自然と治ったが……」
  「特別な馬なのよ」
  「そうか」
  矢だとぉー?
  ゴブリンは武器を持っていなかった。
  つまり矢を放ったのはブラックウッド団か?
  返り血は……そうね、そうなると新兵どもの返り血だろう。私に危害を加えない限りは温厚なシャドウメアが新兵をデストロイする事はない。
  だとしたら連中は私を襲ったのだ。
  流れが分からないけど私を始末する気だった?
  ……。
  誤解じゃ済まないだろうなぁ。
  ブラックウッド団の内偵失敗。今更戻れない。どっちにしても任務放棄&領域離脱だしね。
  何故私が意識失ったかは不明。
  だけど前後を考えるとヒストか。他の連中は何ともなかった。少なくとも意識不明にはならなかった……私が意識を失うまではね。ブレトンだと
  悪影響があるのだろうか。だから意識不明になった。それはそれでありえるだろう。
  まあいいさ。
  連中の内情はそれなりに掴めた。
  「うー」
  「大丈夫か?」
  「頭痛い」
  「大丈夫なのか?」
  「ええ。二日酔いみたいな感じだけど大丈夫。それよりも報告があるわ」
  「ウォーターズエッジの件は既に知っている」
  「……?」
  何故オレインがそれを知っている?
  苦虫を噛み潰したような顔だ。
  「私が報告した事とは別のようだけど……あれ、ウォーターズエッジの演習を知ってるの?」
  「演習だと?」
  「うん。ゴブリン退治」
  「……」
  「何よ、言いたい事は言ってよ」
  「……何も知らんのだな」
  「はっ?」
  「まあいい。ともかくお前の掴んできた情報の報告をしてくれ」
  意味分からん。
  オレインは何かを隠している。演習の件は多分別の同調者を使って知ったのだろうけど……何を隠しているのだろう?
  「報告しろ」
  「はいはい。連中、ヒストの樹液を使ってるわ。私も飲んだけど」
  「ヒストだと?」
  「うん」
  へぇ。
  オレインはヒストを知っているらしい。となると植物学に精通しているわけだ。
  ちょっと意外。
  「お前今ヒストと言ったのか?」
  「ええ」
  「ヒストと言ったんだな?」
  「くどい。その通りよ」
  「奴らヒストの樹液をシロディールに持ち込んでいるのか?」
  「正確には原木を持ち込んでる」
  「持ち込んでる? 確かか?」
  「ええ。それが一体どうしたのよ?」
  「……分からんか?」
  「はっ?」
  「ヒストの原木は伝説級だ。現代ではブラックマーシュにしか原生していない。しかもそう数は多くない。当然ながらアルゴニアン王国が管理し
  ている。徹底的にな。そいつを持ち込むとなると話はでかくなるだろうが」
  「アルゴニアン王国の全面的なバックアップを受けている?」
  「そうだ」
  「……」
  迂闊だった。
  そうよ。
  そうなのよ。そんな原木を持ち込むのだからアルゴニアン王国と親密ってわけだ。そしてヒストの原木の移譲は国王の裁可が必要になる。
  待て待て待て待て待てっ!
  となるとあいつらは噂通りにアルゴニアン王国の尖兵かっ!
  一斉蜂起ってそういう事?
  呼応している兵力って……シロディールに入り込んでる別のグループか、もしくは帝国の部隊……。
  おいおいおいっ!
  話がでか過ぎるぞっ!
  これは戦士ギルドとの利権争いじゃない、反乱だ。
  「ヒストの樹液か。お前飲んだんだな?」
  「えっ? ええ」
  「あれは古来からアルゴニアンの身体能力を上げる効力があった。しかし他の種族には別の意味を与えるらしい。それが何かは知らんが……」
  「……」
  やっぱいっ!
  そうよアルゴニアンに毒は効かない。多分ヒストの樹液は連中にとっては興奮剤の類なのだろうけどアルゴニアン以外には別の効力があるに相違
  あるまい。そしてそれを知った上で私に飲ませた。いやいや正確には新兵達にも飲ませた。
  何の為に?
  「……」
  頭がすっきりとしてくる。
  いや痛みはまだあるけど思考はすっきりしてくる。
  オレインはウォーターズエッジの一件を既に知ってる。《演習》という受け止め方はしていないようにも思える。
  そして思い出す。
  ビーンの悲鳴を聞いたような記憶があるのだ。それが私がウォーターズエッジで覚えている最後の記憶。
  心臓が冷たい何かに鷲掴みされたような感覚に陥る。
  嫌な感じがする。
  「ウォーターズエッジはどうなったの?」
  私はベッドを降りる。
  「寝てろ」
  「……」
  「寝てろよっ!」
  「……」
  「待て行くなウォーターズエッジには行くなっ!」
  行かなければならない。
  行かなければ。
  私はあそこにいたのだ、リアルタイムでいたのだ。つまりこれは私の責任なのだ。
  「じゃあね」
  「待て絶対に行くな俺が許さんぞっ! 俺が……ぐふぅ……」
  「悪いわね」
  「……」
  麻痺の魔法《毒蜂の針》を叩き込むとオレインはその場に倒れた。
  行かなきゃ。





  再びウォーターズエッジに。
  シャドウメアの爆走で今回は1日で到達。私は食事抜きのまま、休息抜きのままここにやって来た。
  「……」
  馬を降りて村を歩く。
  村?
  いいえここは墓場よ。ウォータズエッジという名の墓場。
  惨劇の地。
  「……」
  村の奥。
  そこは羊小屋があった場所だ。そこにはたくさんの死体が置かれている。見知った顔もあった。……頭が半分なくなったビーン・アメリオンだ。
  死体は全て凄惨だった。
  徹底的にしてある。
  確実に殺すべく武器を振るった結果だろう。羊も全て斬り殺されていた。
  「……」
  あの時。
  あの時あの場にいたのは無抵抗のゴブリンなんかじゃない。
  あの時私が聞いた悲鳴は空耳じゃない。
  「……」
  つまりはこういう事か。
  ヒストは暗示剤なのだ。ブラックウッド団はそれを知った上で使用している。おそらく団員の主流であるアルゴニアンには能力増強の意味合いが
  あるのだろう。次に多いカジートにも暗示以外の効力があるのかもしれない。ガジートにとって麻薬スクゥーマは飲料水程度でしかないからだ。
  亜人系の連中には能力増強。
  トカゲとネコには解毒能力があるからだ。
  暗示の効力は、人体に害のある効力は自然と除外される。
  しかしそれ以外の者達にとってヒストは暗示性の強いモノとなる。
  副指令は《村にいるのは全てゴブリン》だと言った。ヒストを摂取した私はそれを脳に刻み込んだ。
  だからゴブリンに見えた。
  人も羊も。
  なら何の為にそんな事をした?
  連帯感だ。
  連中はヒストを摂取させて残虐な行為をさせ団員としての連帯感を作ろうとしている。罪悪感が連帯感へと変わる。
  次第に罪悪感も麻痺して正式な団員となる。
  ヒストを持ち込んだのはそういう意味合いなのだ。私が意識を失ったのは肉体的な拒絶からであって突発的な副作用なのだろう。団員が意識を
  失った私を襲って逆にシャドウメアに返り討ちにあった経緯は分からないけど……ヒストとは暗示性の強い代物。
  「……」
  私は刃は振るってない。
  しかし助けを求めたビーンを見捨てたのは私だ。
  絶望の中ビーンは私に助けを求めながら惨殺されたのだ。彼女が最後に見たのは私だったに違いない。
  私に助けを求めながら死んだ。
  私に……。
  「くそぉっ!」
  叫ぶ。
  叫ばずにはいられない。
  私を利用しやがったあの連中っ!
  何より許せないのは私は間抜けにも惨劇に気付きすらしなかった。そんな自分が許せなかった。
  「……」
  「……あんたは?」
  初老の男性が私を見つけ近寄ってくる。
  疲れ果てた顔だ。
  この村での唯一の生き残りだろうか?
  私は名乗る。
  「私はフィッツガルド・エメラルダ。私は……」
  「ああ、戦士ギルドの人だね。知ってるよ。娘から貰った手紙にその名が記されていた。ワシはマルセル・アメリオン。ビーンの父親だ」
  「あっ」
  「あんたの事は聞いてるよ。ワシの借金を返す手伝いをしてくれた人だ。感謝してるよ」
  「……」
  ビーン・アメリオンの父親。
  借金取りに連れられて消息不明だった父親だ。ビーンが近々戻ってくると言ってた、父親だ。
  その父親が今、私の目の前にいる。戻ってきたばかりなのだろう。
  惨劇を免れたのだ。
  惨劇を……。
  「皆殺されちまった」
  「……」
  「借金取りから解放されてさっき村に戻ってきたんだ。そしたら皆死んでた。……娘もね」
  遠い目で彼は語る。
  視界に私が入っているものの私を見てはいない。
  虚ろな瞳。
  「ビーンはっ!」
  突然叫び出す。
  私は沈黙。
  「ビーンは誰も傷付けた事のない心根の優しい子だったっ! 村人達も純朴で良い奴らだったっ!」
  「……」
  「どんなバケモノがこんな酷い事をっ! ……いや皆刃で切り裂かれているから盗賊かもしれん。しかし何故だ? ここには盗む物なんて何も
  ないのに。皆日々を懸命に生きていただけなのにっ! 一体何が欲しくてこんな事を? 一体何故だ?」
  「……」
  「……悪いがもう行ってくれ。娘達を埋葬しなければならん。終わったらワシも出て行くよ。1人で生きるにはここは広過ぎる……」
  「……」
  言葉もなかった。
  直接は手を下していないけど間接的に私も加担した。
  罪悪感は消させない。
  しかし心にわだかまる不快な念は消す事が出来る。そして私はその方法を知っている。
  この苛立ちを消すにはブラックウッド団を潰すしかない。





  再びシャドウメアを駆ってコロールに。
  オレインに会う為に。
  「悪かったわね。麻痺の魔法なんか掛けて」
  「……」
  「見たわ、全部ね」
  「……見ちまったんだな、結局」
  「ええ」
  お互いに沈黙。
  気まずい空気が流れる。数分後、オレインは口を開いた。
  当たり障りもない台詞。
  「お前が自分を責める理由はよく分かる。お前が直接手を下したかは知らんよ。しかしいずれにしてもヒストの所為だ。お前は悪くない」
  「私が悪いのよ」
  「違う」
  「違わない」
  「違うっ!」
  「無用な議論は省きましょう。私は自分の今の考えを改めるつもりはない。だから無駄よ。それでどうする?」
  全ての根本はヒストにある。
  ヒストを利用して連中は勢力を伸ばしたと言っても過言ではない。
  しかし私はそれでは終わらせない。
  力の源を取り上げる?
  甘い。
  もしもオレイン、あんたがそう思ってるなら甘い。
  「どうする?」
  「ヒストか、あれは悪意だな。あれこそが連中の力の秘密なのだ」
  「そうね」
  「ヒストの原木を切り倒す必要がある。別の手を考えなければならんな」
  「別の手?」
  甘かったわね、オレイン。
  既に段階的にはそんな段階じゃあない。ヒストをどうにかして止まるような連中ではない。連中はほぼ確実に蜂起するだろう。既に事態は奔り
  始めている。今更1本の木を切り倒したところで終わらない。取り上げる必要はあるがそれでは甘い。
  甘いのよ。
  私は哄笑した。
  「あっはははははははははははははっ!」
  「何がおかしい?」
  「今更そんな手ぬるい方法は必要ないわ。オレイン流はもうお終い。ここからは私のやり方でやらせてもらうわ」
  「エメラルダっ!」
  「ここから先は私の領分よ。皆殺しは私の領分なの。……聞こえし者である私のね」
  「聞こえし……お前は闇の一党なのかっ!」
  「ふふふ」


  闇の神シシス。
  今回ばかりはあんたに味方してあげるわ。今回だけなんだけどさ。今からたくさん魂を送ってあげる。
  だからお願いがあるの。

  ……今から送る魂、永遠に虚無の海で貪れ……。