天使で悪魔







潜入





  時は進む。
  決して留まる事なき時間。総仕上げはそこまで迫って来ている。
  私はまだ気付かない。
  その総仕上げは戦士ギルドを覆う明暗を決する戦いではあるものの、シロディールの命運を決する戦いではない事に気付いていない。
  大局から見れば小事。
  ……まだ、始まりの終わりですらない。

  ……まあ、気付くわけなどないのだが。
  神ではない私が知るわけもない。






  「潜入?」
  「そうだ」
  コロール。モドリン・オレインの自宅。
  チャンピオンに昇格したもののコロールの本部会館の立ち入りは禁止されてたりする、私。守衛に阻まれたもん。
  気持ちは分かるけどね、ヴィレナ・ドントンの気持ちはさ。
  逆撫でしないようにしよう。
  それに本部会館には入れようが入れまいがどうでもいいのだ、実際。階級もね。
  まあいい。
  ともかく今はオレインの家で作戦会議中。
  「前回のアジャム・カジンの尋問で色々と分かったものの、内情は今だ不明だ。外からはこれが限度だろう。次は内からだ」
  「内偵するって事?」
  「そうだ」
  「ふーん」
  思い切った行動ね。
  内偵。
  なるほど確かに情報をゲットするには最適だけど、内偵の任務を帯びているのがばれたら即終了。消されちゃいます。
  効率的ではあるもののリスクは高い。
  思い切ったなー。
  「さすがはオレインね。追放されてる今なら向こうも怪しまないでしょうね」
  「お前が内偵するんだ」
  「へー……って、おいっ!」
  「何だ?」
  「勝手に決めないでよ勝手にっ!」
  「俺とお前は既に一蓮托生だろうが。がっはははははははははははははっ!」
  「……豪快に笑えば良いってもんじゃないでしょうよ」
  まったく。
  そもそも私はチャンピオンに昇格したばかりだ。どう考えても怪しまれるだろうに。
  何か考えがあるんだろうか?
  聞いてみよう。
  「私はチャンピオンよね?」
  「ああ。まだ話は通してないがな」
  「はっ?」
  「守衛に阻まれただろ、本部会館で」
  「よく知ってるわね」
  見てた?
  いや今だ隠然たる権力を保持してるオレインの事だ。たぶん同調者がいるのだろう。ブラックウッド団の調査には直接関わらないもののオレインを
  手伝う者は多いのだろう。シェイディンハル支部長のバーズとかアンヴィル支部長のアーザンとかもね。
  おそらく本部にも同調者がいて、そいつがその事を伝えた。
  なるほどなー。
  「それで? 阻まれたから何? てか話を通してないって何?」
  「ヴィレナにはチャンピオン昇格の申請はしていないんだよ、バーズもアーザンもな。申請の書類は俺が手元で止めてある」
  「なにぃーっ!」
  「事が終わればこれをヴィレナに通す。今のお前は暫定チャンピオンだ」
  「……なんじゃそりゃ……」
  「成功報酬だよ。内偵が無事に済めばこいつをヴィレナに通す。チャンピオン昇格が報酬だ」
  ニヤリと笑うオレイン。
  チョイ悪親父、なかなかに策士です。
  「はぁ」
  溜息。
  何となく話が分かったわ。
  「手の混んだ事をするわね」
  「んん? 何の事だ?」
  「オトボケはやめてよ」
  「まったく何の事か分からんな」
  「つまりこういう事でしょ。私はシェイディンハルで大口の仕事を二件もこなした。でも本部はその功績を認めず、またギルドマスターはそれを労
  いもせずに門前払い。有能なのに認められない私はブラックウッド団に鞍替え。……そんな感じ?」
  「飲み込みがいいな。さすがだ」
  「ふん。ほざけ」
  勝手に計画に組み込みやがって。
  そもそもシェイディンハル行きもこの布石かよ。チャンピオン昇格も私を自動的に本部に足を運ばせる為。昇格した以上はヴィレナにも許されたと
  思うしね。そして訪ねに行って守衛に門前払い。だって本当は昇格してないんだもん。つまり立ち入り禁止は撤回されてない。
  ヴィレナは何も知らんわけだし。
  だから門前払い。
  ……。
  豪快な見た目に騙されると痛い目見るな、こりゃ。
  こいつ策士だ。
  「分かったわよ。私が戦士ギルドを裏切るわ」
  「頼むぜ裏切り者」
  「……」
  「知ってると思うがレヤウィンの戦士ギルド支部は閉鎖されている。しかし孤立無援というわけではない。シンゴールという戦士ギルドメンバーが
  自警団を結成している。表向きは深緑旅団戦争で荒れた街の治安維持の為の私設団体だが、俺が向こうに残した戦力でもある」
  「……」
  「万が一の際にはそいつらを頼れ。いいな?」
  「はいはい」
  オレインの計画の根幹は私が監視されている事が前提。
  戦士ギルド本部で門前払いも監視しているブラックウッド団のメンバーが見ている事が前提。……団員につけられてる?
  うーん。
  微妙。
  私は殺気や敵意を帯びていない限りは気配読むの得意ではない。
  アンは得意なんだけどさ。
  まあいいさ。
  大体の事はブラックウッド団も情報収集してるから知ってるはずだ。私の戦士ギルド内においての現在置かれている状況もね。
  ヴィレナの逆鱗に触れて降格されました……そこまでは掴んでいるはず。
  それに万が一の際には自力で脱出できる。
  ……。
  ……いやいや。
  万が一の際にはレヤウィンのブラックウッド団本部ごと粉砕できる。てかその方が一番楽なんだけどなぁ。
  一撃必殺。私の信条です。
  「今すぐ発ってくれるか?」
  「了解」
  レヤウィンか。
  アリスはまだ意識不明なのだろうか?
  少なくとも何の報告も来ていない。まあ魔術師ギルドの支部会館にいる限りは無事だ。さすがのブラックウッド団も魔術師ギルドまで敵に回すはず
  はあるまい。魔術師ギルドは魔術師ギルドで死霊術師と揉めてはいるものの、戦力的には戦士ギルドよりも上。
  それに2つの組織を同時に敵に回すほど思い上がってはいないだろうさ。
  結果アリスは無事。
  レヤウィンに行ったら会って……は無理か。余計な行動はブラックウッド団の目に止まる可能性もある。
  ストレートに連中の懐に飛び込むか。
  「じゃあねオレイン」
  「頼んだぞ」
  「まっ、疲れない程度に頑張るわ」
  南方都市レヤウィン。
  ブラックウッド団の支配する領域に飛び込むとするか。
  「お仕事お仕事」
  「内偵がばれて連中に殺されたら立派な墓を立ててやるぞ。頑張って来いよ。がっはははははははははははははははははははっ!」
  ……ちくしょう。





  不死の愛馬シャドウメアに跨り私はレヤウィンに……向ってたんだけど途中で集中豪雨。
  すぐ近くまで来てたんだけどね。
  コロールを経って2日。あと数時間の距離まで来てたんだけど豪雨に遭遇して進行不可能。シャドウメアは休憩知らずで走れるから問題ないん
  だけど雨で視界が完全に遮られているので移動は危ないと思った。
  シャドウメアは不死でも私は不死じゃないからね。
  事故死はお断り。
  「ふぅ。助かったわ」
  「いいえ。こちらこそその節はありがとうございました」
  たまたま近くにあった村ウォーターズエッジ。
  主に畜産と農業が生きる糧の村。
  以前ここに立ち寄った際に借金を肩代わりした。今雨宿りさせてもらっている家の女性ビーン・アメリオンとはそういう繋がりだ。
  借金額金貨1000枚。
  まあ、私には大した額じゃあない。……というか街の外で稼ぐ冒険者とか戦士にとって大した額ではないのだ。
  街や村で暮らすと高額だけどさ。
  さて。
  「しばらく雨宿りさせてね」
  「どうぞ」
  はにかむ美女。
  ビーン・アメリオンは美人。
  外は豪雨で声は外に漏れない。ここには2人っきり。向こうは私を信頼していて無防備。つまりは騒ごうが泣き喚こうが……げっへっへっ……。
  ……。
  ……いかん。最近はアンのノリをそのまま受け継いでしまっている。
  私はノーマルなのにっ!
  うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ最近疲れてるのかなこんな発想するなんてーっ!
  駄目だ。
  ブラックウッド団関連が片付けたら休養しよう。てかどこか旅行にでも行こう。
  アンヴィルでバカンスもいいな。泳いだりしてさ。
  「紅茶でもどうですか?」
  「ありがとう」
  「あと、これタオルです。お使いになってください」
  「ありがとう」
  好意に甘えさせてもらおう。
  タオルを受け取り髪を拭く。さすがに鎧脱いで服まで脱いで体拭くのはまずいだろう。
  シャドウメアは羊小屋に収容してもらった。
  羊相手に暴れる子じゃないから問題はないだろう。羊も結構根性あるのかシャドウメアには何の関心も示していないし。
  「ふぅ」
  参った。
  さすがの私も大雨には勝てない。大雨を止ます事は不可能。
  まあいいさ。
  ブラックウッド団への偽装入団は急ぐ事はない。それにそんなに雨も続かない……と思う。
  「紅茶です」
  「ありがとう」
  ビーン・アメリオンは椅子に腰掛けて自身も紅茶を啜る。
  私も座って紅茶を飲む。
  んー。温かい。
  濡れて冷たい体に温かい紅茶は格別ですなー。
  「フィツガルドさんはレヤウィンに行くんですか?」
  「ええ」
  「お仕事?」
  「まあ、そんなとこ」
  「あの節は本当にありがとうございました」
  「お父さんは?」
  借金を返せたのであれば戻って来ているはずだけど姿が見えない。
  「父はまだです」
  「はっ?」
  「借金は返済したんですけど、その、借金返済の為にドレス・カンパニーに強制的にマグロ漁船に乗せられてまして」
  「マ、マグロ?」
  「ともかくそんな関係で今はすぐに戻って来れる場所にいないんですよ。借金完済したから、マグロ漁船で働いた分はキャッシュバックしてくれ
  るようです。明日か明後日には戻ってくるはずですけど……」
  「そう。ともかくよかったわ」
  「あの……」
  「ん?」
  ガタ。
  椅子から立ち上がり、ベッドの下から何かを取り出す。
  一振りの剣だ。
  「これ差し上げます。その、借りてたお金をモノが返済するのはおかしいですけど……」
  「何この剣?」
  「あの後、祖父の墓所から持ち出したんです。フィッツガルドさんにお礼する為に」

  「へー。これがブルセラ?」
  「ブルセフですっ!」
  「ああ。失礼」
  謝ってから剣を貸してもらう。手にとってよく調べる。
  ブルセフの剣。
  冷気属性の魔力剣か。結構強力よね。
  ふーん、刀剣マニアなら言い値で買い取るでしょうよ。コレクターでなくともこの剣は戦士や冒険者……つまり自らの剣術に自負心を覚える連中
  なら喉から手が出るほど欲しい代物だろう。私は別に、だけどさ。
  「はい」
  彼女の手に返す。
  「えっ?」
  「お祖父さんのでしょ? 先祖代々大切になさいな。……ただお父さんには見せない事ね。ほら、ギャンブルの資金にするかもしれないし」
  「だけどこれは貴女へのお礼……」
  「私はこの剣で足りてるわ」
  雷の魔力剣を見せる。
  自作の剣で当然無銘だけど、人の造れるものでは10本の指に入る切れ味の名剣だと自負している。ブルセフの魔力剣もかなり高度ではあるも
  のの私にはさして興味はない。私の持つ魔力剣の方が強力だからだ。
  貰ったところでローズソーン邸に飾るだけ。
  どうせ飾るなら先祖代々伝えてる人の家に置く方が断然良い。
  「貴女の家の家宝よ。大切にしてね」
  「本当にありがとう。何から何まで」
  「ただし条件あるわ」
  「条件、ですか?」
  「お昼御飯ご馳走して。シャドウメアの分も。……この条件、飲める?」
  「喜んで」





  結局。
  結局昼食だけではなく夕食、さらには朝食まで食べてからレヤウィンに到着した。ビーンの家に一泊しました。
  集中豪雨が深夜まで続いたからね。
  泊めて貰ったものの嫌な顔はされなかったなぁ。
  内心では嫌がった?
  んー、そんな事はないと思うよ。
  私は顔色窺って生きてきたから人の内面読むの得意だし。……まあ、あまり誉められたスキルじゃあないわね。

  ビーン・アメリオンの家での会話。
  「宿泊料金は金貨1000枚。私は泊めてもらった。これで貸し借りなし。今度は友達ってわけだから、よろしく」
  「……はい」

  泣かれるの弱いんだよなぁ。
  まあいい。
  ともかく私はレヤウィンに到着。厩舎にシャドウメアを預けてブラックウッド団の本部を目指す。
  魔術師ギルド?
  無視した。
  アリスの容態を見たいのは山々だったけどここは既にブラックウッド団の地盤。今から潜入捜査するのに疑われるような行動はするべきじゃ
  あない。だからスルーした。シンゴールとかいう自警団のリーダーとも接触せず。必要ないので。
  ブラックウッド団の本部に直行。
  さて。
  「こんにちはー」
  本部の建物に入る。
  ……へー。
  儲かってるからか内装は豪奢そのもの。同じ本部でも戦士ギルドの本部とはまったく掛け離れている。コロールの本部会館の内装は質素だもん。
  まあ豪奢過ぎても落ち着かんけどさ。
  「何だお前?」
  取り巻きのトカゲ2人を引き連れてネコが出てくる。
  顔つき悪いぞこいつ。
  裏通り歩いてたら因縁つけてきそうなタイプの顔つきだ。……いやまあ顔つきでそこまで判断するのは偏見だろうけど、こいつは間違ってない。
  ガラ悪過ぎ。
  「何だお前?」
  もう一度繰り返す。
  ここに訪ねてくるって事は加盟希望か依頼人しかいないでしょうに……その口調、問題ありでは?
  ニコニコと私は微笑する。
  「加盟希望よ」

  「我々ブラックウッド団に加盟したい?」
  「ええ」
  「確かお前は……」
  ふーん。
  私を知ってるのか。
  まあそうね。私はいきなりガーディアンに抜擢された。当然前例がない。ブラックウッド団は戦士ギルドの幹部の顔と名前と情報は得ているはず。
  この顔を知っていてもおかしくない。
  ならば先手を打つか。
  白を切っても無意味。むしろ面倒になる。
  先手あるのみ。
  「前歴は戦士ギルド。これからはそっちに乗り換えるわ」
  「ふふん。また沈み掛けた泥舟から犬がこちらに逃げてきたか。実に結構っ! 新兵は大歓迎だ。特に経験のある新兵はな」
  「どうも」
  「俺はジャファジール隊長」
  「隊長?」
  「第一級特務部隊を率いるのが役目だ。まあ、ブラックウッド団の精鋭部隊の隊長だな」
  「へー」
  軍隊ごっこかこいつら?
  なかなか楽しい部隊も存在しているようだ。どれだけ精鋭なのか試してみたい誘惑に駆られるものの、抑える。
  「お前、名を何と言う?」
  「フィッツガルド・エメラルダ」
  「……」
  「ん?」
  「お前の噂は同志マグリールから聞いているぞ。戦士ギルドで売り出し中だとな。確か幹部に……」
  「今の私は最下級。頭脳狂ったヴィレナ・ドントンに降格されたのよ。頼みの綱のオレイン・モドリンは追放。……それに仕事もないし」
  「仕事がない? はっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
  久し振りに楽しいジョークを聞いたというようにカジートは大爆笑。
  うるさい。
  「何が楽しいの?」
  「仕事がないなど言うからさ。シロディールを見ろ、仕事なんざ腐るほどあるっ! ……まあ、その腐るほどの仕事は我々ブラックウッド団が独占
  しているのだがな。仕事が欲しいのか、いいだろうとも。仕事を提供しよう。今日からお前は我々の同志だ」
  「そいつはどうも」
  「ジータム=ジー副指令が新兵を直々に指導に当たっておられる。会って来るといい」


  訓練場にいるという。
  私は会いに行く。
  ネコ隊長が言うジータム=ジーの役職は副指令らしい。つまりは指令は多分リザカールだろう、ジータム=ジーはその副官だ。
  だとするとアジャム・カジンは参謀とかいう感じかな。
  アザニ・ブラックハート?
  あいつは係長程度でしょ。雑魚だったし。
  面白いのは戦士ギルドのような編成と役職ではないという事だ。どこまでも実戦的。戦士ギルドの実務的とは意味が異なる。根本が違う。
  だとしたら亜人版戦士ギルドでは終わらないわね。
  さて。
  「貴方が副指令?」
  訓練場に向かう途中、前を歩いていたトカゲを呼び止める。
  上等な鎧を纏ってたからそんな気がしただけで確証はないけど間違ってはないらしい。
  「副指令は私だ。ブレトンお前は誰だ?」
  ビンゴ。
  副指令は小さな木箱を持っている。中には薬瓶みたいなのが数本は入ってる。ポーションかな?
  ともかくこいつが目的の人物らしい。
  偽装とはいえ上官だ。
  私は一礼する。
  「私はフィッツガルド・エメラルダ。隊長殿に加盟を許されたから、貴方を探してたのよ」
  「そうか。同志よ、よくぞ入った。喜んで迎えよう」
  「ありがとうございます」
  「お前は運が良い」
  「ん?」
  「丁度今から仕事があるのだ。訓練場に来い。……お前は実についてる。丁度新兵用の仕事なのだ」
  歩き出す。
  私はジータム=ジーの後ろを少し離れて歩く。
  立場的に肩を並べて歩くのは不自然だと思った。その為の配慮だ。
  歩きながら仕事の話。
  「ウォーターズエッジがゴブリンの集団に襲撃、占拠された」
  「はっ?」
  思わず素っ頓狂な声を上げる。
  ウォーターズエッジ?
  ついさっきまで滞在していた村だ。
  ……ええー?
  ゴブリンに襲撃されたですって?
  そりゃその可能性はゼロじゃないでしょうよ。村を囲む塀なんてないんだから。だけど時間的に無理だ。私は一直線にブラックウッド団本部に
  足を運んだ。どんなに救援の依頼を急いだにしても、依頼が私より早くブラックウッド団に届くなんてあるか?
  いいえ。ありえない。
  そうよ無理がある。
  倍速で動いても無理だ。三倍速なら……まあありえるかもだけど……。
  副指令は続ける。
  「住人は既に全員退去した。我々は村の奪還を依頼されたのだ。……新兵達は既に準備が整っている。しかし飛び入り参加のお前はまだだ」
  「準備?」
  よく分からん。
  準備云々もだけど依頼の事も意味不明だ。
  朝食を一緒にビーン・アメリオンと食べたばっかりよ?
  食べたばっかりと言っても数時間前だけどさ。
  それでもゴブリンに襲われる、依頼をブラックウッド団に出す、村を放棄して逃げ出す。この一連の流れはおかしい。だって私がここに来た時点
  で既に依頼が届いていた計算でしょう?
  意味不明。
  「準備って何?」
  「新兵は戦闘の際に混乱するものだ。混乱は指揮系統を乱す。元戦士ギルドの女、お前は有能だが我々のやり方は知らない。つまりここでは
  素人だ。我々のやり方になれる為にはまずこれを飲むのだ。他の新兵は既に摂取済みだ」
  「……」
  薬の瓶を1つ私に手渡す。私は足を止めた。トカゲも足を止める。
  しげしげと手渡されて物を眺める。
  毒か?
  まさか私の内偵の為の潜入は実は露見してて毒殺するつもりか?
  「何これ?」
  「ヒストの樹液さ」
  どこかで聞いた名前だ。ヒスト?
  樹液と言うぐらいだから木から出るものなのだろう。ヒストの樹液。どこかで聞いた……そうか、大学の講義で習った記憶がある。
  「ヒスト、ヒスト、ヒスト」
  「何を言ってる新兵?」
  「んー」
  記憶を検索中。
  思い出す。
  「えっと確かヒストって……太古にあったとされる原初の木?」
  「そうだ」
  確か古代のシャーマン達がトランス状態になる為に使ったとか使わなかったとか。
  ある意味でドーピング飲料?
  ただ実在しないとされていた。大学ではそう教えてた。既に過去の産物でしかないと。ヒストの育成環境は亜熱帯。大昔に気候変動があって全て
  全滅したとされている。アイレイド文明の際の魔道実験で気候変動して滅したとされている。つまり完全に伝説の時代。
  ヒストは幻の存在。
  だけどもしかしたらブラックマーシュでは原生してるのかな?
  あそこは昔の気候が色濃く生きてるらしいし。
  「ブラックマーシュからわざわざ取り寄せてるの?」
  「馬鹿を言うな。そんな手間の掛かる事はせん。これはアルゴニアン王国から賜ったヒストの原木から精製した代物だ。ヒストは母なる恵みの
  ように我々にこの神秘的な樹液を与えてくれるのだ」
  「ふーん」
  「……まあ、ロマンを壊す言い方をするならば我々の魔術師が魔術と機械で樹液を原木から汲み取っているのだ」
  「へー」
  ヒストの講義終了。
  しかし肝心の樹液の影響が分からない。
  飲んだらどうなる?
  純粋に能力を増強するだけかもしれないけど私は薬物による増強は好きではない。そもそも魔力のブーストでもあんなに疲れるのにわざわざ
  薬で能力を増強しようとは思わない。薬による増強は体内に悪影響を残す場合もあるからだ。
  それに毒殺の可能性も捨てきれない。
  露見してる場合、能力増強だ飲めよ的な流れで飲ませて始末する可能性もある。
  私が躊躇っていると副指令は急かす。
  「とっとと飲め。こいつは戦闘能力を引き上げくれる。我々はよくこれを使う。こいつはとてもイイモノだぜぇー」
  「……」
  嬉々として語る。
  その顔は本当に嬉しそうだ。むしろ『俺が飲むっ!』とか言いそうな顔でもある。
  なるほど。
  こいつは麻薬的な感じでもあるのか。
  依存性?
  まあブラックウッド団の全員がジャンキーなら今頃ここまで勢力を伸ばす事はない……いやいや、団員を薬物で縛ってるのか?
  ヒスト中毒になった団員はヒスト欲しさに何でもするのか?
  それはそれで怖いなー。
  「飲むんだ」
  「……」
  ええい仕方ないっ!
  私は瓶に口をつけ舌で液体に触れる。……特に何の味もしない。私は錬金術師でもあるから大抵の毒の味は分かる。無味無臭でも微かな匂いと
  味で判別できる。だけどこれは完全に味がない。毒ではない。少なくとも私が知る毒ではないのは確かだ。
  ゆっくり。
  ゆっくり。
  ゆっくり。
  私は飲み干す。軽率だったかな?
  「……?」
  飲み切ったものの特に何の支障もない。というか何の影響もない。
  能力のアップもダウンも前兆すらない。
  何だこれ?
  特に毒でもないようだけど……まあ、遅効性の毒ならアウトよね。飲んだ事で信頼得る結果となったのは確かだ。
  トカゲは微笑する。
  なるほど。
  こいつは試金石か。飲む事が入団に必要な儀礼的な事柄なのだろう。
  ブラックウッド団を信じてれば飲める、飲んだ奴はブラザー俺達は同志だぜぇー、的なノリなのだろうよ。
  多分ね。
  「ようこそブラックウッド団へ。歓迎するぞ同志よ。さあウォーターズエッジに行け。あの村にいるのは全てゴブリンだ。同志達と蹴散らしてきたまえ」
  「了解。ボス」
  ヒストねぇ。
  何の効力あるかは知らんけど、ともかくゴブリン退治に行くとしよう。
  もっと信頼を得て情報引き出さなきゃね。
  お仕事お仕事。