天使で悪魔





帝都の腐敗




  『死霊術師に関する最終報告書』

  『統率者であるレイリンは迷子の洞窟から逃走後、近くの森で刺殺され死亡』
  『周辺を探索したバトルマージの報告の結果、盗賊のアジトがあり、盗賊に刺殺されたものと断定』
  『なお盗賊は一掃した』

  『レイリン達が崇めた虫の隠者ヴァンガリルは大学が派遣した魔術師とバトルマージの部隊により撃破』
  『洞窟に潜伏していた死霊術師達も殲滅』
  『また各地にあった拠点も完全制圧』
  『しかし押収した資料を元に導き出された首謀者であり元シェイディンハル支部長であったファルカーとその同志であるセレデインの消息は不明』
  『現在追っ手を放ち捜索中』
  『動機などの謎を残しつつも一連の事件の最終報告を終了する』


  『ラミナス・ボラス』





  帝都で骨休め。
  骸骨野郎を倒して骨休め……まっ、親父ギャグの類よね……。
  「今日は何して遊ぼうかなぁー♪」
  さすがは世界最大都市。楽しみは尽きない。
  食べ歩きにお洒落三昧、種族も色々だからなかなか話をするだけでも楽しかったりする。
  お店で値切り交渉とかもね。
  私は生まれてこの方……はまあ、悲惨か。言い直そう。ここ最近はお金に苦労した事がない。
  錬金術で薬精製しててそれを売ればかなりの大金が元金ゼロで転がり込むしストレス解消&知識向上の為に洞
  窟や遺跡に潜ればお宝あるし盗賊の類がいれば身包み剥ぎます♪
  変な話、儲かるのだ。
  錬金術師と冒険者は。その両方を両立している私は……分かるでしょ?
  おーっほっほっほっほっほっほっー♪
  人生左団扇、右団扇よー♪
  「はいよお嬢ちゃん」
  「ありがと」
  露店で苺とバナナの入ったクレープを買い、それを食べながら私は帝都をぶらぶら歩く。
  いやぁ今日も良い天気で観光日和(帝都に住んでるんだけどさ、私)ですなぁ。
  みすぼらしい女性が近づいてくる。
  「そこの美しいお方、惨めな私にどうぞお恵みを」

  ちゃりんちゃりーんと、物乞いに金貨を渡す。
  「なぁ。少し金を恵んでくれないか」
  「はいは……いー?」
  物乞いとは違う、明らかに裕福な類の……まあ中流階級の出身と思われるオークが私に金をせびっている。
  ルロング、そうオークは名乗った。
  「あんたはお金に困ってないでしょうが」

  「文無しには違いないさ」
  「あのねぇ……」

  「最近じゃ衛兵の姿を見るだけでどうも落ち着かなくてね。もう家に出るのも嫌になっちまった」
  「はっ?」
  「あの野郎は俺の財布の中身を全て没収しやがったっ! 名前は分からんが、顔ははっきり覚えてるぜ」
  帝都兵の汚職?
  別に珍しくもないと思うけど全衛兵が潔癖です、とは私も言わない。
  私だって潔癖じゃないですもの。
  そもそも巡察隊に入ったのも『公的権力振るえるのよ私。あれれー逆らってもいいのかなぁー♪』というお茶目心からだし。
  まっ、私の場合は汚職の域じゃないだろうけどね。
  私は市民からお金を巻き上げるというようなせこい真似はしない。盗賊のアジト襲った方が儲かるし。
  ルロングは初対面の私に不満をぶちまける。
  何故に?
  こ、これは私が請け負わなければならない責務?
  「ルスラン……俺の友人だが、そいつとジェンシーンの店で買い物してたらいきなりあの衛兵野郎が俺達を泥棒扱いしやがったんだ。俺達は服まで
  脱いで身の潔白を訴えだがあいつは聞きやしねぇっ!」
  ジェンシーン……あー、あのおばさんか。
  「俺達は結局野郎の要求する『罰金』を支払ったよ。さまなきゃ俺達の身が大変な事になるとほざきやがってよ」
  ジェンシーンの店。
  確か中古品の販売店だった気がする。なかなかケチな女性の経営する店。
  「ジェンシーンは何も言ってくれなかったの?」
  「そりゃ無理だ。あの衛兵は商業地区にある店から因縁つけて金をせびっていやがる。断れば営業停止に追い込むとか言ってな。ジェンシーンだって
  口にするのすら怖いんだろうよ」
  「なるほどねぇ」
  散々言いたい事を言ったオークは、まだ話したがっていたが私にはもう興味がない。
  死霊術師の一件も終わった事だし。
  帝都軍も休職中だしね。
  まっ、余計な事に首突っ込まずにのびのびとやらなきゃねー♪



  ……で、こうなると。
  何故に?
  「いらっしゃい。……ああ、あんたか」
  「ハイ、ジェンシーン」
  馴染み、というほどの客ではないけど彼女とは何度も値段の交渉でやり合った仲だ。
  印象も深いだろう。一応、顔は覚えてもらってたみたい。
  「帝都兵の横暴について調べてるんだけど」
  「……」
  さっと顔色が変わる。

  彼女は……いや私の顔を出す店は基本的に私を帝都軍とは知らないだろう。鎧着て街を歩く事はないし。
  私は帝都軍巡察隊の一員。
  外回り、それも帝都の外の管轄だから、ジェンシーンは私が帝都軍とは知らないはずだ。
  「な、何でそんな事……」
  「んー、まぁジャーナリストみたいなものよ」
  嘘。
  しかし好奇心で一応は責任感もありますけど、それではあまり手を出すには事件が微妙に厄介だ。
  帝都軍を告発するんだからね。
  「あんたは信用できそうね。オーデンスって奴よ。あいつは毎月店に来ては上納金を要求するのよ」
  「何故……」
  「言いたい事は分かるさ。でも私に何が出来るの? あいつは帝都軍よ、しかも商業地区の衛兵隊長なんだ。あいつを逮捕出来るのはあいつの上役
  だけだけど身内を逮捕する『善良な帝都軍』は存在しないのさ」
  衛兵隊長。
  なるほどねぇ。
  雑魚の衛兵よりは階級が上、告発は無謀ね。



  帝都軍総司令官の立場にあるのがアダマス・フィリダ。
  全ての帝都軍は彼の管理下にある。
  巡察隊である私も、末端ではあるが傘下にあり、その部下だ。
  アダマス・フィリダ。
  正義感の強い男として有名であり、勇猛で思慮深いその性格は帝都軍外からも慕われている。その威名、シロディールに鳴り響いている。特に有名に
  なったのが、例の公約だ。『私は闇の一党の壊滅を約束する。そして幹部達を裁きの場に引き摺りだしてみせるっ!』と公言した。
  さて闇の一党。
  前にも述べたけど暗殺者達のギルド。
  宗教が下地にあるからその結束は強く、また全てを見通すと言われる指導者である夜母の存在により、チンピラの殺し屋とは次元の違う集団。
  その根絶を謳い、職務に遂行するハゲおっさん。
  しかし、公約通りに闇の一党の暗殺者を何度も捕らえ、それに恨みを抱いた組織の刺客も返り討ちにしたりと名は一段と高まった。
  そのアダマス・フィリダに報告するのが一番の上策だろう。
  ちょうど直属の部下を引き連れているアダマスに遭遇した。
  私は最敬礼。
  自分は帝都軍巡察隊員である事を名乗り……この間監獄で会ったのは当然の事ながら覚えてないようだけど……アダマスに不正があると報告した。
  これで終わり。後は帝都軍が調査するだろう。
  「帝都軍の衛兵隊長が不正を?」
  「はい。閣下」
  「君がそれを調べているのか?」
  「はい。市民の声を聞くのが帝都軍の勤めですから」
  「……嘘だな」
  「はい?」
  「君はあまり賢明ではないらしい。そのような不正が帝都軍にあってはならないのだ。……まあそれを告発したのが帝都軍の君であるならば答えは
  簡単だ。衛兵っ! この者は不敬罪にて私にたった今告発されたっ! 捕らえよっ!」
  『はっ!』
  な、なにぃっ!
  こ、こいつ私の口を封じる気か、汚職を揉み消す気かっ!
  私を取り巻く、アダマス直属の兵士。
  アダマスが鍛え上げた精鋭の12人。階級的には普通の衛兵と同じではあるもののアダマス付きという事もあり一等上に見られている連中。しかし私から
  言わせれば張子の虎、虎の威を狩る狐。まやかしだ。
  抜刀している者もいるが私は平然とそれを黙殺。
  「どういう事?」
  「強く厳然たる存在、それが帝都軍。君のその虚偽の告発は帝都軍に対する反逆であり、また軍を統べる私に対する不敬罪により君はすべての権利を
  剥奪され、牢獄にて腐る行く事だろう」
  「ふぅん」
  権威の為の生贄。
  建前の為の犠牲。
  こいつ私を犯罪者にして身内を護る気か。衛兵隊長の不正と巡察兵、それも帝都軍にとって異端の女性兵士。
  どちらを切るか、明白だ。

  「アダマス・フィリダ」
  敬意も何もない……こうまでされてあるわけないけど……私は帝都軍総司令官に向けて言い放つ。
  目を見据えながら。
  「これは私に対する宣戦布告と見て間違いないのよね?」
  「……っ!」
  こうあからさまに反抗されるのは慣れていないらしい。
  傍目から見ても分かる。アダマス・フィリダはワナワナと震え、それから次第に込み上げる怒りを私にぶちまけた。
  「獄舎で腐るがいい、犯罪者っ!」
  がんっ。
  途端、頭に強烈な痛みが後ろから襲った。帝都兵が不敬な私に対してお見舞いしたのだろう。
  薄れ行く意識の中で私はただ考えていた。
  ……こいつ殺してやる……。