天使で悪魔







闇の一党 〜夜母







  長かった因縁。
  それが今日終わりを迎えつつある。
  私が終わるのか、それとも……。

  執拗に私を祟る闇の一党ダークブラザーフッド。
  結末は今日紡がれる。
  結末は……。






  「ほほほ」
  おかしそうに笑うプレトンの少女。先程までアマンダと名乗っていた少女。
  しかしそれは仮の姿。
  真の姿?
  「まさかあんた自身が私に直接祟ってくるとはね、夜母」
  「ほほほ」
  そう。
  集いし者アマンダ、実は夜母。
  闇の一党ダークブラザーフッドの創設者であり、首領であり、闇の神シシスの伴侶。夜母の名を聞けば普通は腰を抜かすのがオチだ。
  夜母の正体は実は亡霊ですらないただの残滓。
  殺しを永遠に楽しみたい。
  その歪んだ願いを叶える為に闇の神シシスに縋りこの世界に永遠に存在し続ける結果となった。
  物理的にこちらから干渉出来ないものの、逆に向こうからも出来ない。
  結果としてただの残滓。
  絞りカス。
  「どうしてあんたがそんなに若くなってるわけ?」
  「まあ、その話は後でよかろう」
  「後で?」
  「そうじゃ」
  アマンダの声ではあるものの口調は以前の『ババア☆』に戻っている。
  今更取り繕う必要もないってわけか。
  謎明かしの開始らしい。
  その真意はこれでお終いという事だ。これ以上の付き合いはない。つまり本日限りで闇の一党との付き合いは終了。
  お疲れ様でしたー♪
  「ほほほ」
  アマンダの視線は私から聞こえし者に移る。
  まずはそっちか。
  なるほど。邪魔するつもりはない。
  好きになさいな。
  好きにね。
  「い、偉大なる夜母」
  「……」
  「貴女様のお力とお慈悲により復讐の機会を得ました。た、確かに失敗はしました。こ、この女にしてやられました」
  「……」
  「ですが、い、今一度チャンスをお与えくださいっ!」
  「……」
  「偉大なる夜母っ!」
  「……」
  悲痛な叫び。
  対照的にアマンダは、いや夜母は静かな笑みを浮かべている。
  私は咄嗟に気付いた。
  夜母に慈悲?
  そんなものありはしない。
  「見限るか」
  私は呟く。
  展開を見るまでもない。予想通りの流れになるはずだ。
  そして夜母は冷たく微笑。
  「消えろ」
  「夜母っ! 今一度、今一度っ!」
  黒い水の一部が漆黒の触手状となりアントワネッタ・マリー……中身はルシエン・ラシャンスなんだけど……ともかく、その肉体を
  触手が絡め取る。見苦しいまでにルシエンはジタバタするものの触手は緩まる様子はない。
  それどころか次第に引きずり込もうとしている。
  ルシエンは黒い水に取り込まれつつある。
  響く絶叫。
  「お助けをっ! 偉大なる夜母っ! 今一度お慈悲をーっ!」
  「ほほほ」
  「嫌だぁっ! 虚無の海で魂を貪られるのは、もう嫌だぁーっ! だ、誰か、助けてくれぇーっ!」
  「ほほほ」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「ほほほ」
  そのまま引きずり込まれ消える。
  黒い水面は波紋が広がる。
  ただ、それだけ。
  夜母は既に失敗者の事は綺麗さっぱり忘れているし私は私で気にしてはいない。
  ルシエンは過去の存在。
  ローズソーン邸の家族も元にしたホムンクルスの肉体に寄生していた旧ブラックハンドの連中は私にとっては終わった事。
  今更気にしても仕方ないでしょう?
  いずれにしても夜母は死に損なっていたとはいえ自分の仲間を始末してくれた。
  感謝感謝。
  さて。
  「本題に入りましょうかねアマンダ。……あー、夜母」
  「いつ気が付いた?」
  「あんたが夜母だって事?」
  「そうじゃ」
  「ついさっき」
  ルシエン達旧ブラックハンドの面々と遭遇した時に気付いた。
  本当にさっきだ。
  正直、アマンダは夜母に近い立場の存在ではあるとは思ってた。夜の母とか、色々な場面で夜母の意向を受けて行動しているような
  節があった。だから側近だとは思ってたけど夜母だとは思ってなかった。
  しかし。
  「ルシエンが聞こえし者だと知ってね。気付いたわけよ」
  「本当についさっきじゃな」
  「悪いか」
  つまり。
  つまりだ。
  ウンゴリムが聞こえし者でないのが不思議だった。
  何故ルシエンが聞こえし者だったのか、その際に違和感を覚えた。闇の一党は今まで『未完の浄化の儀式』を達成すべく為に動いて
  いた節がある。つまりルシエンの汚名返上的な感もある。
  要は志半ばで果てた、裏切り者の烙印を押されて果てたルシエンの挽回としての側面がある。
  だからこそ最高幹部聞こえし者に抜擢されていたのではあるまいか。
  でも誰に?
  「夜母。私はあんた自身かあんたの影響下にある奴がルシエン達をホムンクルスの肉体に寄生させたと想定した」
  「ふむ。それで?」
  「実際問題、あんたが夜母なのかどうなのかは、正直な話で半信半疑。そこまで自信はなかった」
  「適当じゃな」
  「ほっとけ」
  「ほほほ」
  「いずれにしてもあんたが介入してるのは気付いた。そこで思うわけよ。もしもあんたが介入してるなら、どこにいるのかなってね」
  「ふむ。それで?」
  「ルシエン達は当然、省くわ」
  「ん?」
  「夜母の化身かどうかよ」
  「ほほほ。なるほどな」
  「前哨戦で出した伝えし者も省く。あれは雑魚過ぎ。与えし者グリン・フィスは強かったけど……除外ね。夜母臭がしなかった。消去法で
  行くとアマンダが残る。つまりアマンダが夜母。……まあ、苦しい言い訳? でも何でもいいわ。あんたが夜母で決定。おっけぇ?」
  「ほほほ」
  幹部集団ブラックハンドに夜母が混じってる。
  それはそれほど突飛な発想ではない。
  直接指揮を執っている可能性はゼロではなかったのだから。
  ……いや。
  幹部の大半を旧ブラックハンドで固めている以上、ホムンクルスに寄生させる以上、夜母は正体を隠す必要はない。
  何故?
  だってホムンクルスに寄生させるには夜母がリアルに関わるわけよ。
  虚無の海に捧げられた(暗殺者も死ねば虚無の海に捧げられるっぽい)ルシエン達の魂を再利用するなんて芸当、夜母しか出来ない。
  おそらく夜母が直々に魂を回収し、肉体に付与したのだろう。
  他の誰かに出来る芸当じゃあない。
  夜母にしか出来ない。
  だから関わっていると踏んだ。そして旧ブラックハンドの蘇生。
  夜母直々にね。
  つまりルシエン達も夜母の正体(アマンダ)を知っている事になる。蘇らせたのは夜母なのだから。当然知るだろう。
  夜母も以前のように正体を隠す必要はない。
  一幹部として振る舞い、その実色々と細かく画策していたのだろう。……多分ね。
  まさか肉体を得ているとは思ってなかったけどさ。
  「違う?」
  「ほほほ」
  肯定ってわけだ。
  今更向こうも隠す必要性はないわけだし。
  いずれにしても。
  いずれにしても幹部集団ブラックハンドは全て沈めた。雑魚も全部始末した。雑魚はもう打ち止めでしょうね。
  私は夜母を引っ張り出した。向こうも出し惜しみも隠し事もするまい。
  これが最後。
  最後だ。
  「亡霊もどきのあんたがルシエン達をホムンクルスに寄生させた。それを可能にするのにはあんたは肉体が必要になる」
  「ふむ」
  「だけどまだ分からないのよね」
  「何がじゃ?」
  「何で肉体持ってるわけ?」
  「ほほほ」
  「いや笑ってても分からないから」
  夜母は絞りカス。
  にも拘らず本物の肉体を有している。その理由だけが私にはどうしても分からない。
  「どうしてなの?」
  「あの状況を思い出すがよいわ」
  「あの状況?」
  前回の夜母とのラストの状況?
  最後の幹部アークエンを始末し、夜母の手足となる事を私は拒否した。それと……。
  あっ。
  「まさかマシウ・ベラモント?」
  「左様」
  瀕死のマシウ・ベラモントを夜母の墓所であり墓穴であり聖域に放置した。それがあいつの望みだった。
  夜母に転んだ?
  いやそれはありえない。
  つまり……。
  「そういう事か」
  「ほほほ」
  夜母は自らの肉体と5人の魂を闇の神シシスに捧げる事により、亡霊状態になった。化け物以外の何者ではないものの、少なくとも
  永遠不変の無敵の存在になった。夜母は今回それと同じ事をしたのではないだろうか?
  つまり。
  つまりはマシウ・ベラモントを闇の神シシスの生贄にした?
  「ほほほ。お前の考えている通りじゃ」
  「ちっ」
  「温情で奴を生かしたのはお前の甘さじゃな。生きたまま奴を闇の神シシスの贄にした。そして肉体を得たっ!」
  「ブレトンのね」
  なかなか頭がよろしいですね、このババア。
  私が同じ立場でもブレトンを選ぶ。
  色んな意味で平均的。いや平均的と言うよりはオールマイティと言うべきか。他の種族とは異なり突出した能力はないものの使い
  勝手がいいのは確かだ。若い肉体と万能の肉体。そして夜母はアマンダという存在を創り上げた。
  「くそ」
  マシウ・ベラモントを私は殺さなかった。
  それが今回の闇の一党再起動の要因となった。
  つまり私の甘さか。
  「ふん」
  それを繰り返すつもりはない。
  こいつを殺す。
  能力的にはそう怖くはない。少なくとも今まで相対した限りでは、そう怖い相手ではない。召喚能力は大したものだけど怖くはない。
  「夜母。登場して早々で悪いけどお前殺すよ」
  「ほほほ」
  一歩。
  一歩。
  一歩。
  夜母は滑るように後退。
  実際に滑ってるのだろう。足は水面に浸っていない。ギリギリのところで宙に浮かんでいる。
  あれ?

  「……?」
  黒い水面が揺れ始める。
  小波を立てるように。
  次第にそれは強まっていく。漆黒の水面はバシャバシャと揺れ、振動も激しくなっていく。
  な、何?
  さすがの私も動揺……いやいや、そこまでは行ってないか。戸惑いって感じかしらね。
  まあ、いずれにしても平静ではないのは確かだ。
  「ほほほ」
  ただ1人。
  ただ1人アマンダは、夜母は不敵な笑みを浮かべていた。
  そりゃそうか。
  ここはこのババアの世界。
  この世界で起こる事は夜母の意思通りであり計画的な事。戸惑いも動揺もあるまい。
  バシャバシャ。
  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴっ!
  水面は揺れ、振動は響く。
  まともに立っていられなくなり私は体勢を崩す。
  バシャ。
  ……あーあ。転んだ。体濡れちゃったなぁ。
  「ほほほ」
  「笑うなババアっ! 裁きの……っ!」
  逆切れ……いえいえ、先制攻撃をしようとするものの私は動きを止めた。
  水の中で何かが私の足に触れた為だ。
  何かが通り過ぎた。
  何かが……。
  「ちっ」
  立ち上がり周囲を見渡す。
  何かが黒い水の中にいるのは確かだ。
  まったく深くはないものの、先程アントワネッタ・マリーのホムンクルスに寄生していたルシエン・ラシャンスは黒い水に引きずり込ま
  れた。そこから考えるとこの水に深さはさほど関係ない。つまりどうにでもなるのだろう。
  浅くも深くもね。
  この黒い水は虚無の海。
  闇の神シシスに捧げられた狩られし魂が集う場所。
  何でもありなのだろう。
  何でもね。
  「……」
  目を凝らす。
  すらり。
  破邪の剣を引き抜き身構える。
  深紅のドレスを着込んだアマンダは腕組みしたまま私を楽しそうに眺めていた。
  ……。
  ……あいつから始末してやろうか?
  なんかムカつく。
  だけど魔法は効かないだろう。さっき交戦した時は魔法が効かなかった。
  夜母自身が何らかの加護(闇の神シシスとかの加護)で魔法が無効化されるのか、もしくはあの趣味の悪いドレス&無数のルビーで
  魔法耐性を増幅しているのか。そのどちらかだ。いずれにしても魔法は効かない。
  なら斬り伏せてやろうか?
  ふふふ。
  それはそれで楽しいかもねぇー☆
  始末するとしよう。
  「夜母、まずはあんたから……っ!」
  
バシャアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!
  「うひゃっ!」
  何かが水の中から飛び出した。
  黒い水を盛大に跳ね飛ばしては巨大な物体が現れたのだ。
  さすがの私もびびった。
  「な、何?」
  それは夜の闇よりもなお深い、漆黒の存在。
  しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
  威嚇。
  それは漆黒の大蛇。
  蛇は闇の神シシスの化身。
  目の前の漆黒の大蛇がシシスの使いなのか、シシス自身なのかは私は知らない。いずれにしてもこの漆黒の大蛇は闇の神シシス
  の力を持っているのは疑いようがない。
  ……。
  今年、私は運が悪い。
  迷惑魔術師アンコターのお陰で運が霧散した。その結果、運が最悪。
  それはいい。
  それはいいのよ。
  「……はぁ」
  ただ神様相手に喧嘩しなきゃいけないほどの運の悪さはないだろうよ。
  闇の神シシスと戦えと?
  一体どんな運の悪さだーっ!
  ……ちくしょう。
  シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!
  一際高く威嚇の声の大蛇。
  鎌首もたげて私を金色に輝く瞳で睨み据える。まるで闇で出来ているような蛇だ。鱗がない。闇を凝縮したような大蛇。
  それが私を睨み据える。
  「はいはい。相手すりゃいいんでしょ」
  この状況で拒否ったところで、どうせ喧嘩する羽目になるわけだし、拒否するのは時間の無駄。
  それに見逃してくれるわけでもなさそうだし。
  ……。
  びびった方がいい?
  いえいえ。私は可愛げのない女の子ですのでね。幼少時に邪教集団にオブリに転送されて、オブリで暮らしてたという過去もあるから
  さほど驚くという感情はない。地獄や悪夢を見て育っているので驚きません。
  まっ、まったく驚かないとは言わないけどさ。
  少なくとも取り乱しはしない。
  少なくともね。
  「ほほほ」
  夜母は哄笑した。
  これが闇の一党ダークブラザーフッドが有する最後にして最強の奥の手。まさか闇の神シシスがこの戦いに介入してくるとは思わな
  かったけど、これ以上の奥の手は夜母にはあるまい。
  闇の神シシス。
  神相手にどこまで私が出来るかは知らないけど、やれるだけやるだけ。
  取り乱しなんかしない。
  何故なら私は最高に格好良いヒロイン。
  神相手に張り合う?
  ふふん。楽しそうじゃないの。自分の限界を知る良い機会だ。
  さて。
  「私はフィッツガルド・エメラルダ。闇の神シシス、お相手願えますか?」
  「シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!」
  ラストバトル開始っ!