天使で悪魔







闇の一党 〜全ての夜を統べる者〜








  価値観は人それぞれ。
  善意もそれは所詮自分の価値観での感情であり行為でしかない。
  他人にしてみれば余計なお節介の場合は多々ある。
  何故?
  何故、善意が悪意として受け取られる?
  答えは簡単。
  別の人間だからだ。別の人間の深層心理は理解出来るものではない。察する事は出来ても理解場出来ない。
  だからこそ不具合が生じる。
  善意は悪意に。
  悪意は善意に。
  人はそれぞれ独自の解釈でそれを受け止める。
  同じ価値観などありえない。
  だからこそ時として善意は仇となる。





  「あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」
  『……』
  高笑い。
  いやより純粋に哄笑?
  あまりのショックに気が触れたと思っているのだろう、家族達は一歩下がった。
  ……家族?
  いえいえ。訂正します。偽者の家族です。
  こいつらは偽者。
  こいつらは偽者。
  こいつらは偽者。
  本物の家族はスキングラードのローズソーン邸にいるわけですよ。
  「お前らは結局ただの偽者でしかない」
  「な、何言ってるの? あたし達は……っ!」
  「偽者」
  「フィーっ!」
  足をへし折られたアンは虚無の海に浸けたまま、つまりは尻餅を付いたままそう叫ぶ。
  テレンドリルは矢を構えているし、ヴィンセンテは背負っていた魔力剣を抜き放っている、ムラージ・ダールは魔法を放てる体勢を維持
  したままだしゴグロンは私の背後で剣を大きく振り上げている。
  いずれもすぐにでも行動可能な状態を維持。
  アンの言葉待ちの模様。
  何しろアンが聞えし者だからね。出世したもんだ。
  残りの敵は5人。
  既にオチーヴァ&テイナーヴァは焼死体。
  幹部集団ブラックハンドの半分が既に滅した。残り半分もそろそろ狩るとしよう。
  躊躇いなんてない。
  何故?
  だってこいつらは家族の顔をした別人。
  ホムンクルスに違いない。
  「お前ら殺すよ」
  「正気なのっ! フィーっ!」
  「ホムンクルスが偉そうに」
  絶叫するアンを受け流す。
  それに。
  「そもそも襲ってきたのはあんたらよ? 今更『家族の愛を思い出してー☆』みたいな事を言うつもりなら手遅れ。争うのが嫌なら喧嘩
  なんて最初から売らない事ね、お分かり? それに偽者風情に指図されるのは好きじゃない」
  「何故偽者と決め付けるのです」
  言ったのはアンではなくヴィンセンテ。
  知識の面ではシェイディンハル聖域でも随一だ。
  ……。
  なるほど。
  一応は『家族のそれぞれの役柄』を考慮した上での、偽者らしい。ヴィンセンテが知恵袋なのは実際にそうだし。
  まっ、こいつも偽者だけど。
  「我々がホムンクルス?」
  「ええ」
  「ホムンクルスは人格を持たない肉を持つ人形。我々は確固たる意思がある。妹よ、貴女は過ちを犯している」
  「ふふふ」
  肩を竦めた。
  過ち、ね。
  「私を責めるのは筋違いでしょうよ。喧嘩吹っ掛けてきてるのはあんたら」
  そう。
  そうなのよ。
  あっさりとオチーヴァ&テイナーヴァを始末した途端に私の情に訴えかけて来た。
  「さあ。続けましょうか? 家族殿? ふふふ」
  『……』
  ふむ。
  私の態度が予想していたものと大きく異なるらしい。
  大方ガクブルして欲しかったのだろう。
  例えば『私は家族と戦えない。お願い、謝るから許して』みたいなのを予想していたのだろうよ。にも拘らず私はあっさりとトカゲの双子
  を始末した。アンの足をへし折った。躊躇いなんてない。私は殺意を純粋に表現した。
  それが連中を凹ませた模様。
  物事は予想は出来ても必ずしもその通りに進むとは限らない。予想なんて誰でも出来るものよ。そこで軌道修正出来るか出来ない
  かが人間の大きさに関わってくる。
  私は出来る女。
  お分かり?
  「断言する。お前らホムンクルス。家族は家にいる。理由? それは家族が私を裏切るわけないもの」
  「……愚かな」
  「愚かは貴方よ偽者のヴィンセンテお兄様」
  「自分の価値観が無条件で正しいなどと傲慢だっ!」
  「私を責めるわけ?」
  やれやれ。
  自己中かこいつは。
  「勘違いしないでね。喧嘩売って来たのはあんたら。私は買ったに過ぎない。家族の姿形をして出てきたからって私がガクブルすると
  思うのは不愉快。私は最高に格好良いヒロインなの。この程度の策略に引っ掛かる私じゃないわ」
  「聞こえし者っ!」
  ヴィンセンテは叫ぶ。
  指示を求めているのだ。私が絶望しガクブルしない以上、実力行使で抹殺に掛かるらしい。
  馬鹿め。
  数で勝ってるしそれなりに技量のある連中で幹部を固めてるんだから、そのまま数で押せばいいのに妙な小細工を弄するから実力を
  発揮できずに終わる事になる。無駄死にってわけね。それも『二度』も。
  私の前歴舐めるなよ。
  不出来ではあったものの見れば『ずれ』てるぐらい分かるのよ。
  そして理解する。
  連中が言った七の数の意味を。
  家族の数?
  違う。そうじゃない。
  七の数、それは……。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  まずは振り向きオークの戦士に雷の洗礼。
  こいつが一番厄介。
  私には魔法は効かないものの、巨漢の戦士の剣をまともに受けて平然として入れるほど丈夫ではない。私はか弱い女のだし。
  だからまず一気に仕留める。
  オークの戦士、絶叫も上げずに絶命。戦士の戦死……山田君、座布団二枚持って行ってー。
  さて。
  「ふふん」
  タッ。
  走る。尻餅付いてるアンを通り抜けて弓矢おばちゃんに。次の標的はテレンドリルだ。
  猟犬の如く私は駆ける。
  次に厄介なのはテレンドリル。ともかく物理的な攻撃能力を有しているのは最優先に始末すべき。魔法は無効化出来るけど物理攻撃
  は無効化できない。竜皮の魔法は既に使っちゃったし。
  「くっ!」
  ひゅん。
  ひゅん。
  ひゅん。
  続け様に矢を三本放つ。私は矢を切り落しつつ肉薄する。
  テレンドリルなかなか腕は立つものの、状況が悪い。
  私は絶好調。
  対してテレンドリル、ヴィンセンテ、ムラージ・ダールは流されるままの状況。聞こえし者からの指示も行き届いていない。こいつらの
  そもそもの誤算は私が『家族でも躊躇わず攻撃しちゃった♪』という事だ。
  そこで予定が狂った。
  ガクブル希望だったのに、ごめんねー。
  ついでに謝ろう。
  「殺してごめん♪」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ザシュっ。
  テレンドリルの首が飛ぶ。
  ドォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  その時、私の背中に冷気の魔法が直撃する。ネコの魔法だ。
  馬鹿め。
  その程度の威力は私には効かないんだよ。魔法で私を殺すつもりならアークメイジかハシルドア伯爵ぐらいの魔術を操ってみろ。
  それが最強の魔術師である私に対する礼儀でしょう?
  「絶対零度っ!」
  「ひぃっ!」
  煉獄。
  裁きの天雷。
  絶対零度。
  私は炎、雷、氷の三属性の魔法を自在に操れる。しかもどれも最高にまで威力を高めてある。
  直撃を受けてまともに生きてる奴は……まあ、いないとは言わないわ。私と同じ原理で魔法耐性増幅してる奴も少数ながらいるで
  しょうよ。しかしネコはそこには含まれない。直撃を受けてそのまま倒れた。
  冷気が心臓を止めたのだ。
  残ったのは足折れてるアンと吸血鬼のヴィンセンテ。
  幹部集団ブラックハンド残り2人。
  「悪いけど躊躇いなんてないわよ。家族を騙ったお前ら殺すよ」
  「おのれぇっ!」
  バッ。
  ヴィンセンテ、動く。
  シェイディンハル聖域のメンバーの中では一番安定した能力者だと私は思っている。
  魔術と剣術。
  その双方を兼ね揃えている。魔法剣士タイプだ。
  まっ、適当にあしらってあげましょう。
  偽者だし。
  「はあっ!」
  「やあっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  交差する魔力剣と魔力剣。
  「ふぅん」
  なかなかやる。
  ……そうか、こいつは吸血鬼だもんねぇ。能力が増強されているのか。
  ホムンクルスはその者の遺伝子を使われている。
  つまりヴィンセンテのコピーである以上、こいつも吸血鬼の特性を受け継いでいるわけだ。
  まあいい。
  その特性、逆手にとって上げましょう。
  「煉獄」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  至近距離の一発。
  まともに炎上するヴィンセンテ。
  吸血鬼は炎に対する耐性がない。なさ過ぎる。あっという間に灰になった。
  まあ、吸血鬼じゃなくとも至近距離での一撃なら普通は死ぬけど。
  さて。
  「これで2人で話が出来るわね、お姉様♪」
  「フィー、あんたは……っ!」
  「その呼び方は気に障るわねー。偽者の分際でさ」
  「あたしは本物よっ!」
  「ホムンクルス」
  剣を鞘に収める。
  聞こえし者には攻撃手段はないに等しい。足がへし折れてて動けない……事はまあ、ないか。動ける。動けるけど機敏には無理。
  つまり俊敏に踏み込んで私に斬り掛かる芸当は不可能。
  魔法も使えないらしい。
  何故?
  使えるのであれば足を治癒しているはず。だけど攻撃魔法は使えるかも?
  それもないでしょうよ。
  いつでも背後から魔法を投げ付ける機会はあったけど、聞こえし者は仲間の援護は一切しなかった。ただ尻持ちついてただけ。
  こいつの攻撃手段は剣だけ。
  それも足の損傷で封じられている以上、ただの怪我人だ。
  ……。
  まあ、すぐに怪我人から死体に変えてやるんだけどさ。
  くすくす♪
  「予定と予想。あんたらが画策してた結末。……悪いわね、私はそれをことごとく否定したわ」
  「くっ」
  「残念無念かな、ホムンクルス?」
  「あたしはアントワネッタ・マリーだっ!」
  「はいはい」
  出来る女を舐めるなよー。
  見れば分かるんだよ。
  しかし相手はあくまで『アントワネッタ・マリーです♪』と名乗る。仕方あるまい。あまり好きではないけど講義の時間だ。
  親切丁寧に講義してあげよう。
  授業料はお命頂戴♪
  ほほほー♪
  「ホムンクルス。それは肉体を持つ人形。学習もするし命令も受けるだけの知能もあるものの人格はない。意思はない。喋らない」
  「そ、そうよ。だからあたしは本物……っ!」
  「人格等が皆無なのは魂がないから」
  戯言を黙殺して講義続行。
  ホムンクルスを人格等が有する状態で生み出す。それは帝国の宮廷魔術師達の夢。
  ちなみに魔術師ギルドは倫理的な問題からホムンクルスには手を出さないし民間の機関等は資金的な問題から手を出せない。
  創造には莫大な費用がかかるのだ。
  ともかくホムンクルスは潤沢な資金を提供されている宮廷魔術師達の専売特許(資金力のある魔術師が手を出している場合もある。
  死霊術師ファウストは自身のコピーを創造していた)なのだ。
  ホムンクルス研究没頭30年。
  それでも人格を有する事は成功していない。
  そもそも理論が間違ってる。
  魂の創造は誰にも出来る事ではないのだ。
  しかし、しかしだ。
  裏技がある。
  もっともそれは既にホムンクルス創生技術とは無縁の、別のジャンルの技法なので宮廷魔術師が望むものではない。
  それは……。
  「死霊術」
  「……」
  「ゾンビやスケルトンの製造法と同じ。あれは怨念で動いているわけではなく死霊術師が自我のない低級霊を憑依させて動かして
  いる。ホムンクルスも結局は新鮮な肉体を持つ人形。魂がなければ、憑依させればいい」
  「そ、それがあたし達だと……?」
  「ええ」
  「……」
  「ホムンクルス創生とアンデッド創造、2つの技術を組み合わせれば自我のあるホムンクルスにする事は可能。あんたらの場合は自我
  のある魂を憑依させているのでしょうけど、まだまだ甘いわね。私も元死霊術師。不出来な死霊術師だけどね」
  「……」
  「それでも肉体と魂の『ずれ』ぐらいはすぐに分かるわ」
  「……」
  だから殺した。
  躊躇いなくてね。
  正体も何となく分かっている。七という数だ。それは家族の数でもドラゴンボールの数でもない。
  その数は目の前にいるアンの正体ともリンクしている。
  それは……。
  「私が消したブラックハンドの数よね。正確には六だけど、あんたの死因も私に含まれちゃってるわけだ。まあいいですけどね」
  「……」
  思ったとおりの顔だ。
  思ったとおりの顔を聞こえし者はした。
  ゾクゾクしちゃう。
  恐怖に凍った顔は素敵ですなー。私は暗殺者よりも冷酷なる暗殺者。派手な死を演出するのは造作もない事だ。
  どう始末しちゃおうかしら?
  「私が関与した旧ブラックハンドの幹部は7名」
  「……」
  「ジュガスタ、シャリーズ、アルヴァル・ウヴァーニ、ハヴィルステイン・ホア=ブラッド、ウンゴリム、アークエン」
  「……」
  「そしてルシエン・ラシャンス、これで計7名よね?」
  「……」
  他の幹部は私が始末したわけではないので除外。
  あれはマシウ・ベラモントが始末した幹部だし、当の本人も除外。これで計7名。始末に関与した幹部と家族の数が同じとは、なかなか
  楽しい偶然よね。
  「相変わらず演技が下手ね、ルシエン」
  「……」
  「そうだ。聞こえし者に昇格したみたいね。おめでとう☆」
  「……」
  「どの体にどの魂が憑依していたかまでは知らんけど……ウンゴリムやアークエンではなく聞こえし者になれるなんてやるじゃないの」
  「……いつ気付いた?」
  「見た瞬間にね。取り乱したようには見えなかったでしょ、私」
  「……」
  「その体にルシエンが憑依しているのにはすぐに気付いた。演技下手だからね。だからあんたがルシエンなのは気付いたわ」
  「……」
  「だけどあんたは違う」
  「何?」
  感覚を研ぎ澄ませる。
  いる。
  この空間に奴はいる。
  聞こえし者に確かに昇格したかは知らないけどルシエンに全てを画策するのは不可能だ。魂をホムンクルスに憑依させる技術はそう
  難しくない。やろうと思えばある程度の能力者なら出来るだろう。
  しかしルシエンには無理なのだ。
  こいつを含めて幹部は全て死んでる。マシウ・ベラモントはあの時、瀕死ではあったものの今更夜母には転ぶまい。
  つまり。
  つまり夜母の遺志を継ぐ者がいない。
  ……当人でない限りはね。
  「あんたはただの駒。夜母の操る駒でしかない。そして私は既にそこまで理解している。アンの自慢の妹は名探偵だからねー♪」
  「な、何を……」
  「既に正体はばれてるのよ」
  ルシエンは無視。
  私は闇を見据えて冷たく声を張り上げる。
  「出てらっしゃい」
  「……相変わらず生意気ね」
  しばらくの間。
  その後、虚無の海を滑る様に現れる深紅のドレスの少女。新生ブラックハンドの1人である集いし者アマンダ。
  ……いや。
  「あんたが夜母だったとはね、気付かなかったわ」
  「ふふふ」



  ……それは全ての夜を統べる者……。