天使で悪魔
闇の一党 〜虚無の海〜
闇の神シシス。
謎の多い神であり、九大神やオブリビオン16体の魔王とは別次元の存在と言われている。
一説では蛇神。
一説では破壊の魔王メルエーンズ・デイゴンと深い関わり合いがあるらしい。
いずれにしても風説。伝説。そして噂。
真実は分からない。
闇の神シシスの存在が世間に意外に浸透しているのは闇の一党ダークブラザーフッドの主神だからだ。
特に創設者である夜母は闇の神の伴侶とされており、構成員は闇の神の息子であり夜母の息子。邪悪な子宮から生まれた忌み子。
闇の一党は暗殺組織ではあるものの、宗教色が強く、より純粋にカルト教団としての側面がある。
暗殺した対象は闇の神シシスへの供物であり、その供物は虚無の海で永遠にシシスに貪られ続けると言う。
混沌と虚無はシシスの領域なのだ。
「ふぅ」
溜息。
歩けど歩けど幸運の老女像に到着しない。魔術師ギルドの建物からすぐの場所なのに到着しない。
まあ、途中からおかしいとは思ってたけどさ。
ここは闇の一党が用意した領域。
ブラヴィルのようではあるけどまったく別次元にある。距離がおかしいのもその為だろう。
ここは連中の世界。
空間を変に捻らせているのだろう。
おそらくはね。
次の対戦相手を選定するまでの時間稼ぎなのか、それとも歩き疲れさせようとしているのかは知らないけど進むしかない。禍々しい
気配は本来幸運の老女像がある方角から漂ってきている。
休憩したり相手の出方待ちは逆に疲れる事になる。
何故?
簡単よ。
ここは連中の世界。
待機したからといって私に有利になるわけでもないし、それに少々お腹が空いてきた。つまり空腹の概念は存在している。
長引かせ過ぎると餓死という結末もあるわけだ。
それは困る。
疲れるけど歩き回り、とっとと連中始末して私は楽になりたいのですよ。
闇の一党との《お遊戯》に付き合うのも飽きたし。
奥の手の1つである竜皮は二十四時間使えなくなったものの、連中を全部始末するスキルはまだまだある。
決着を付けてしまいしょう。
後腐れなくね。
「おっ」
歩く事数十分。
……いや数時間?
時間的感覚が薄れる太陽輝く闇の世界……んー、太陽輝き闇の世界って何って感じよね。
まあそこはいい。
ともかく時間的感覚がないのでどれだけ歩いたかは知らないけど世界の雰囲気が変わった。
まず地面が土から水になった。
漆黒の水。
そう深くはない。足首が浸かる程度だ。
そしてその黒い水の中に無数に立ち並ぶ墓。当然足を進めるとそんな墓の1つの方角に向かう事になるものの、墓には近づけない。
進む度に墓も遠ざかって行く。
何なんだこの世界?
いずれにしても気が滅入る世界観よね、うん。
「はあ」
溜息。
露骨に溜息。
ジャブジャブ。
私は黒い水の中を進む。正直な話《前進している》のかは不明。ただ背景が変わっているだけじゃないのかとも思えてしまう。
そして気付けば私は疲れて死亡……みたいな?
それはそれでありえるかも。
連中はこの世界を好きに弄れる可能性もゼロじゃあない。
好きに弄って私に不利になる世界観にしているのかもしれないし。ただまあ、私の有利にはならないわね。
ジャブジャブ。
黒い水の中を進む。進む。進む。
程なく私はついに目的の場所に到達した。
幸運の老女像の元に。
その地下には夜母の墓所があり墓穴があり聖域がある。
ここブラヴィルは闇の一党ダークブラザーフッドの中枢の街でもあるのだ。……誰も知らないけどさ。
黒い水は幸運の老女像の台座から溢れ出していた。
つまりここが終点。
つまりここが終着。
「ここから始まってここで終わるってわけだ。なかなか趣向凝らしてるわね」
私は呟く。
周囲には誰もいないけど……気配はする。
柄に手を掛け、いつでも抜刀出来る状態を維持する。そして魔法を放つ動作も円滑に出来るように構える。
それでも。
それでも視線は幸運の老女像に釘付け。
禍々しい気配が像からする。
お陰で潜んでいる敵の気配が散漫になる。
「……」
夜母の干渉は断ったはずだった。
夜母との関係が濃い聞こえし者ウンゴリムを消したし、夜母の存在を知る伝えし者アークエンも消した。幹部集団ブラックハンドその
ものも壊滅した。再起動するはずなかった。夜母は外界との接触が断たれ、存在しないも同然だった。
そのはずだった。
なのに再起動し今なお私を執拗に祟っている。
それは何故?
それは……。
「潰すまでよ」
まあいい。
いずれにしても敵対する者は誰であろうと殺すまで。
厄介な展開は引っくり返して私のペースに持ち込み叩き潰すまで。
それでいい。
それでいいんじゃない?
私は今までそうしてきたし今回もその手で行くとしよう。
雑魚雑魚な伝えし者は屠り、与えし者グリン・フィスも返り討ちに、集いし者アマンダも粉砕した。残りの幹部は7名。
終わりは近い。
終わりは……。
バッ。
来たっ!
姿を隠していた気配は動く。1つ、2つ……結構多いぞっ!
私は瞬時に身を退いた。
瞬間、さっきまで立っていた場所に無数の刃が降り注ぐ。破邪の剣を引き抜き、次の攻撃に備える。
感覚さえ研ぎ澄ませば飛来する刃も叩き落せる自信がある。
「……」
しばらく構えたまま周囲を窺う。
殺気は依然感じるものの攻撃は止まった。
気配は、少なくとも雑魚暗殺者が出せるレベルではない。つまりそこそこ強い、そしておそらくは幹部集団ブラックハンドの残りだ。
幸運の老女像から発せられる禍々しい邪気が邪魔して正確には読めないものの、気配は五つ以上。
新ブラックハンドの残り7名の可能性が高い。
なるほど。
一気に決着を付けるつもりか。
個々にそれなりに強いようだ。それが纏めて来るとなると結構やり辛いかもしれない。
……。
しかし。
しかし、こう考えてみると一番最初の伝えし者はただの数合わせのようだ。
今ここにいるであろう7人の気配はそこそこ強い部類。
アマンダは強かったし、グリン・フィスに関しては傑出し過ぎてた。
なるほどなぁ。
今まで刺客として放たれていた幹部の面々は露払い程度であり、今回出してくる幹部がそもそもの本命なのだろう。
だけどそれが何?
どっちにしても全部ここで綺麗に平らげてあげるわ。
くすくす♪
「出ておいで。殺されてはあげないけど、殺してはあげるわよ?」
無邪気に笑う。
残酷に。
冷酷に。
私は暗殺者よりも酷薄に振舞える。
天使で悪魔ですもの。
それに蹴ったとはいえ一応私は『聞こえし者』であり闇の一党ダークブラザーフッドの最高幹部。
ウンゴリムを初代だとしたら私は二代目、三代目は誰かしら?
ふふん。
その三代目を始末して闇の一党の歴史を終わらせてあげるわ。
永遠の厄介払いってわけ。
さて。
「待たせたわね」
『……』
黒衣の連中が立ち塞がる。
幹部集団ブラックハンドの生き残り7名。
「ようやく御出ましってわけね。残り全部一斉で出来てくれて助かるわ。全員いで掛かっておいで。その方が消すのが楽だから」
『……』
「死に行く身として何か遺言は? 聞いてあげるわよ? 1人ずつ特別にね」
『……』
「黙ったまま死にたいわけ?」
『……』
「あっそ。ご勝手に」
『……』
全員、無言。
愛想のない連中だ。
ただレベルとしてはそれなりに高い。つまり結構強い部類ではある。……世間一般のレベルではね。
私から見たら?
ふふん。大した事ないわ。
確かにブラヴィルで倒した伝えし者……名前なんだっけ……まあ、名前はいいか。ともかくあいつよりは強いけどアマンダよりは弱い。
グリン・フィス?
比べるまでもない。グリン・フィスの方が強いわ。
ともかく。
ともかく雑魚よりは強い、その程度だ。
7人いようと物の数ではない。
瞬殺してやる。
「ん?」
無言のまま1人が足を進める。
断るまでもないが全員がブラックハンドの法衣を纏っている。フードもね。顔が分からない。つまり何を考えているかは分からない。
まあいい。
多分妙な宣戦布告とかする気だろう。
始末するのは容易い。
しかしまあ、人として囀りだけでも聞いてやるのが義理だ。次の瞬間に死ぬとしてもね。
「お名前は?」
「……我らは7名。何か思い当たる事は?」
「はっ?」
「……」
何言い出すんだこいつ?
始末するか。
いやまあ、やっぱ囀りは聞かなきゃねぇ。
で?
七つの数に何か思い当たり?
「んー」
考える。
考える。
考える。
「んっ!」
心当たりあるぞその数にっ!
まままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままさかっ!
「ドラゴンボールでしょっ!」
「……」
「いでよ神龍そして願いを叶えたまえーっ! ギャルのパンティおーくれ♪ ……みたいな?」
「……」
すいませんなんか私思いっきり滑った気がするんですけど気のせいでしょうか?
出来れば何らかのコメントをください。
……ちくしょう。
「それでその数が何よっ!」
吼える。
逆切れかよって?
うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!
……どちくしょう。
「七の数」
「ん?」
「それはお前の罪の数」
「罪?」
「そう」
「まさか七つの大罪とか言う気?」
「……」
怠慢。
嫉妬。
憤怒。
怠惰。
強欲。
暴食。
色欲。
それはつまり……。
「違う」
「ああ、そうですか」
心の中での説明は無駄な方向ですかそうですか。
ちっ。
相変わらずペース崩しやがるわ、こいつ。
「で? 結局何?」
「ふふふ。家族の数」
「家族?」
「貴女から暗殺を取り上げられた可哀想な家族の数、それは七つじゃなくて?」
「……何?」
家族の数?
暗殺云々だから元シェイディンハル聖域の家族の事だろう。
アントワネッタ・マリー。
ヴィンセンテ。
テレンドリル。
ゴグロン。
ムラージ・ダール。
テイナーヴァ。
オチーヴァ。
なるほど。確かに7名だ。しかしそれが何だと言うんだ?
こいつ何が言いたいんだ。
「それでお前ら誰?」
「あたしが分からないわけ? この声、分からないかなー? ……ふふふ」
「……」
声?
この声には確かに聞き覚えがある。
「くすくす♪」
焦らすように笑う。
タッ。
「はあっ!」
ブン。
私は間合を詰めて刃を振るう。刃は夜の闇を薙いだだけ。なかなか身のこなしの素早い事で。
「相変わらずせっかちねぇー」
「御託はお終い。お前殺すよ」
「フィー怖いー♪」
フードを外す。
その下の顔は金髪の少女。見た事のある顔だ。
他の面々もそれに従う。
見た顔だ。
「これは何の冗談?」
「ふふふ♪」
私の家にいる暗殺者と同じ顔だ。
「どういうつもり? アン?」
「あたしが聞こえし者ってわけ。夜母の声をあたしは聞いた。そしてあたしは聞こえし者になった。……ふふふ。あたし達は暗殺が大好
きなわけだよ、フィー君。なのにそれを取り上げた。夜母も殺しの夢を奪われた。利害は一致した。お分かり?」
「……」
無言。
無言のままあたしはアンを見つめる。
正直、心は痛い。
しかし妙な『ずれ』を感じるのも確かだ。家族7人……いや幹部7人には微妙な『ずれ』がある。
この違和感は何?
「フィーはね、邪魔なのよ。今の生活であたし達が満足してると思う?」
「……」
「郵便配達なんて仕事やってられるかボケ。全てはカモフラージュ。まさかフィーがここまでしぶとく生き延びるとは思ってなかったけ
どさ。でもそれももうお終い。今からフィーはあたし達に復讐されちゃうの。そして虚無の海に沈めてシシスに食らわせる」
「……」
「お分かり?」
それが合図だった。一斉に家族達が動く。
ひゅん。
ひゅん。
ひゅん。
テレンドリルの矢を回避し、肉薄してくるゴグロンをやり過ごし、ヴィンセンテと刃を交え、ムラージの魔法を意にも介さずに受けつつ
私は連中を観察する。私は馬鹿ではない。違和感もじっくり観察すれば、それが何なのかが分かる。
なるほどなぁ。
つまりはそういう事か。
余裕が出てくる。
対処法が分かったからだ。
それを口にしようとした瞬間、観察するのに少し集中し過ぎたのに気付いた。背後に生まれた気配に対応できなかった。
2つの気配が後ろにある。
ガッ。
両腕を押さえつけられる。
しまったっ!
「くっ」
『……』
グググググググググっ。
トカゲの双子のテイナーヴァとオチーヴァが無言で腕を掴んで地面……足場は水なんだけど……ともかくその場に引き据える。
ボチャン。
破邪の剣が黒水に浸かる。
油断した。
アンがそんな私の前に仁王立ちする。
冷徹な笑みを浮かべていた。
ふぅん。
考えてみれば『家族』としての顔は見た事あるけど純粋に『暗殺者』としての顔は見た事がなかった。
その顔がこう言うのだ。
「フィー、知ってた? あたしがフィーの事を軽蔑してたって事を。ふふふ。フィーなんて大嫌い、死ねばいいよ、死ねば」
「……」
無言のまま私はうなだれる。
両腕は左右からテイナーヴァ、オチーヴァに押さえつけられて、その場に跪くような体勢だ。
ジャブジャブ。
背後からゴグロンが斧を片手に近寄ってくる。
何をしに?
……わざわざ確認するまでもなく、その意味は手を取るように分かる。
アンは無邪気に笑った。
はしゃいでいる。
「フィー今から死刑にしてあげるからね♪」
「……」
「判決」
「……」
「フィーはあたし達から暗殺を取り上げた罪により、調子に乗った罪により、ここで斬首に処す♪ ……命乞いしたらー?」
「……」
ガンっ!
引き据えられた体勢の私の頭をアンは踏んだ。
「ほらぁー? 無様に命乞いしなよ。泣き叫びながらさ。そしたらあたし勿体無くなって殺さないかもよ?」
「……」
「お口がないのかなフィーは?」
「……」
「あーあ。無様に命乞いしたら飼ってあげてもよかったのに。ここで死刑だね。でも痛くないように殺してあげる。その為には……」
「……」
足を頭から退けて私の顔に近づけた。
「靴、綺麗に舐めてよ。くすくす、今のあたしはSの女王様♪」
「……」
「ほぉらー? 靴舐めたらあっさりと殺してあげるよ? 嬲り殺しが好きなの? フィーってば物好きだねー♪」
「……」
「ほぉらー?」
「……」
私は静かに口を開いた。
靴に口を近づける。
「そうよそれでいいの」
「……」
視線が頭上から降ってくる。確認する必要はない。アンは楽しそうに微笑んでいるのだろう。
私は舌を……。
「ほぉらー?」
「炎帝っ!」
ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!
『……っ!』
両の手のひらから発せられる炎。
ゼロ距離魔法『炎帝』。
触れなければ発動しないものの、この業火に触れたモノは瞬時に炎上する。今回も例に違わず燃え上がる。トカゲの双子はあっという
間に火だるまとなった。両腕の戒めはなくなる。
私はさらに動く。
戸惑うアンはまだ足を私の顔に近づけたまま。
ゴキッ。
その足首を掴み、私は捻った。足首は本来向かない反対方向を向いている。子供でも骨折しているのが分かるはず。
私は舌は出さなかった。
出したのは魔法の発動の言葉であり、ついでに手も出しちゃったわけだ。
「ゴグロンっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
アンの叫びに答えるが如くゴグロンが背後から叫ぶ。
斧を振り上げている。
黒水に手を突っ込み破邪の剣を拾い上げる。
そして……。
「はあっ!」
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
私は破邪の剣を引き抜き、斧の柄の部分を切断して武器を破壊した。ゴグロンは私の次の一撃を身を翻して回避し、腰の剣を抜き
放って対峙する。意外に素早い。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
魔法が私に降り注いだ。
放ったのは吸血鬼とネコ。避けるまでもない。私は平然と受けつつ相手を見据える。その程度の魔法なんか効くか。
ギリギリ。
ボズマーの女は弓矢を構えたままの体勢を維持している。。
「くぅぅぅぅっ」
ズルズル。
痛そうに足を引き摺りながら私から離れるアントワネッタ・マリー。彼女がリーダーなのは確かなようだ。
他の者達は彼女の言葉を待っている。
そして……。
「フィーっ! どういうつもりっ!」
「どういう? ……雨が降れば傘を差す、それと同じよ。身の危険を感じたから排除した、それだけの事よ」
「家族を……っ!」
「家族ね」
トカゲの双子は焼死体になっている。
これで生きてたら生物やめた方がいい。トカゲは完全に沈黙している。この先もね。つまりは永遠に物言わぬ死骸に過ぎない。
私は肩を竦めた。
「問題ないわ。こいつら家族じゃないもの。あんたらもね」
「な、何を……」
「手を出したのはそちら。殴られるのが嫌なら殴らない事ね。既に賽は投げられた、殺戮タイムは開始。私もまたそれに習って殺す、
ただそれだけの事よ。それにあんたらは家族なんかじゃない。だって偽者だもの」
「に、偽者?」
「そう、きっと私の家族のそっくりさん。……んー、ホムンクルスね、きっと。ふふふ。私の家族は家にいるわ、あんたら殺して私は家
に帰る。そして殺したのがやっぱり偽者だったと気付く。ふふふ。お前ら偽者だもん、殺してあげる」
『……』
沈黙する残り5人の幹部。
アントワネッタ・マリー、ヴィンセンテ、ムラージ、テレンドリル、ゴグロン。
半分の幹部は消えた、残りもすぐに終わる。
終わらせてやる。
「ふふふ」
「……こいつ気が触れてる……」
誰かが呟いた。
誰かが……。