天使で悪魔







闇の一党 〜総力戦〜







  標的である私は今、ブラヴィルにいる。
  ある意味で闇の一党の影響の色濃い地に、今私はいる。
  暗殺者達は集結。
  最強の暗殺者である《与えし者》もこの街にいる。
  夜母の墓所であり墓穴であり聖域もこの街にある。つまり夜母もこの街にいるわけだ。

  何を待つ必要がある?
  何も待つ事などない、もはや躊躇いなど不必要。
  さあ、始めよう。
  長い長いこの争いに終止符を。

  ……総力戦を。






  「そうなの?」
  「そうよぉ」
  翌日。
  グッドねぇとの雑談中に私は正解に到達した。希望の教団についてだ。様々な問題の答えとは、そこら中に転がっているらしい。
  ともかく。
  ともかく希望の教団の事だ。
  幸運の老女像を崇拝している連中は教団化する前から存在しているのは知っていた。
  てっきり個人崇拝だと思ってた。
  しかし小規模ながら教団は存在していたらしい。
  ……。
  あー、いや。
  そういえば幸運の教団は元々あった組織を前身としていたとか言ってたわね、グッドねぇ。
  ともかくその前身の組織を統率していたのはアルトマーの女性。
  つまり?
  つまり黒衣の聖母はその人物だろう。
  かといって闇の一党と繋がりがないかといえばそうではない気もする。しつこく繰り返すけど、この街で黒衣の聖母なんて名乗るのは
  夜母との関連性を主張しているようなものだ。少なくとも私にはそう聞える。
  しかも幸運の老女像を大々的に崇拝する?
  これが偶然?
  ありえない。
  幸運の教団は伯爵の後見があるもののお金の流れはない。私は調べあげた。寄付も受け付けない。
  組織としてお金の流れがないなんてありえない。
  ……。
  いや、それはありえるか。
  つまり元々潤沢な資金力があれば成り立つのだ。闇の一党の隠れ蓑?
  そうかもしれない。
  それはもう一度聖堂の内部に入る必要がある。
  おそらく黒衣の聖母は飾りだろう。
  なら何の為に?
  「ふぅ」
  溜息。
  結局のところ、また意味が分からなくなった。まあいいわ。
  考えて動かなくても問題は解決できる。
  連中もそろそろ決着をつけたいでしょうしね。何もせずとも向こうが動くはず。それを待つのもまた一興。結局は私の勝ちなわけだし。
  果報は寝て待てってね。
  「なんだか面倒に首突っ込んでる?」
  「なんでもないわ、グッドねぇ」
  「だといいけど」
  私は与えし者との戦い&幸運の教団の資料漁りで不眠。
  グッドねぇは昨夜の火事騒ぎで徹夜。
  お互いに睡眠不足。
  「ふわぁぁぁぁ」
  眠い。
  仮眠でもしようか?
  それとも本でも読む?
  「グッドねぇ、お勧めの本は?」
  「お勧めねぇ」
  アルケイン大学のター・ミーナほどではないにしても、グッドねぇも本の虫だ。
  「ホムンクルスの本が最近の楽しみかねぇ」
  「ホムンクルスかぁ」
  あまり興味のないテーマの本だ。
  「エメラダ坊や、抜き打ちテスト」
  「はっ?」
  「ホムンクルスとはなんでしょう?」
  「ホムンクルスとは帝国の宮廷魔術師の提唱により始まった魔道技術。例えば私の遺伝子を使えば、私とまったく同じ複製が出来
  上がる。ホムンクルスは記憶するし学習をするものの、喋らないし自らの意思はない。言うならばフレッシュゴーレム」
  「よろしい」
  「……?」
  何なんだ?
  「これは今後の展開の伏線だから覚えておくよーに」
  「はっ?」
  意味不明だ。
  グッドねぇも寝不足でちょっと混乱しているようだ。そういや様子変だし。人間……いや、彼女はアルゴニアンか。ともかく人間だろうが
  亜人だろうが徹夜するとナチュラルハイになっているのだろう。脳内麻薬エンドルフィン全開なのだろう。
  「ふわぁぁぁぁ」
  いかん。
  私も眠い。
  かといってこのまま寝るのもなんか勿体無い。せっかく幸運の教団の内情が分かりかけてきたのに。
  果報は寝て待てだけど、やっぱ私は行動派。
  待つだけは嫌い。
  「よし」
  少し気分転換をしてくるとしよう。幸運の教団との関連性は知らないけど闇の一党はこの街に多数入り込んでいる。
  まさか真昼間から襲ってくるとは思わないけど、ありえない事ではない。
  鎧を着込んで散歩してくるとしよう。
  「ちょっと出てくるわ」
  「鎧着て?」
  怪訝そうなトカゲの姉。
  だからといって咎める事はしない。別に鎧を着込んで街を出歩く事は変な事ではないからだ。
  彼女は私の姉だ。
  親しいから分かる、彼女は私を心配している。
  詳しい事情は知らないだろうけど薄々は何かを感じ取っている。少なくとも厄介に首を突っ込んでいるのには気付いているだろう。
  私は微笑した。
  それだけ。
  口を開けば甘えてしまいそうだった。
  私も万能ではないからね、嘘は得意のつもりだけど親しい人への嘘は苦手。
  微笑を浮かべたまま外に出た。




  「はっ?」
  私は素っ頓狂な声を上げた。それはそうだろう、さすがの私にも意味が分からなかった。
  空は漆黒。
  つまりは夜……なのだけど、おかしな事に太陽は浮かんでいる。
  いや。
  そもそもまだ昼間だ。
  この状況はおかしいだろう。太陽は存在し、大地を照らしているので視覚的には何の支障もないけど……これは何の冗談だ?
  私は後ろ手で魔術師ギルドの建物のノブを回す。
  「……」
  ガチャ、ガチャ。
  鍵が掛かっている。
  しかしこれは純粋に鍵の問題ではないだろう。鍵が掛かっているなら魔法で開錠するか吹き飛ばせばいい。しかしそれも無理だろう。
  扉というよりは壁という感じがする。
  「幻術か?」
  低く呟く。
  それはそれでありえる。
  幻術、つまりは幻だ。脳に直接干渉する魔法。物理的な攻撃力はないものの、使い方によっては人を殺せる。
  「痛いのは嫌いなんだけど……」
  ガリ。
  指を思いっきり噛む。血が出るほどに。
  幻術は脳に干渉する。
  痛みは幻術を破る……つまり、現実に引き戻す最良の手段だ。
  痛い。
  にも拘らず空は夜のまま。
  そして周囲には誰もいない。つまりはこれは幻術ではない。
  だとすると何?
  「……空間に閉じ込められたわけか」
  どうやら別の空間に飛ばされたらしい。
  誰だ誰だ?
  こんな芸当が出来る奴は誰だ?
  空間使いか。
  まあ、誰が仕掛けた術かは知らないけどなかなか楽しい趣向ね。もちろん闇の一党の招待なのは分かってる。
  ここで決着を付ける気らしい。
  脱出方法?
  この次元を形成しているモノ(術者もしくは強力な魔道アイテム)を始末すればいい。もしくは強力な魔力で空間に干渉し、扉を開く。
  邪教集団にオブリな転送された昔ならともかく、今の私にはどちらもこなすだけの実力がある。
  「逃げるまでもないわね」
  殺す。
  殺す。
  殺す。
  ふふふ、全部殺せる良いチャンスじゃないの。
  誰が空間に飛ばしてくれたのかは知らないけど、私には想像は付いてる。アマンダだろう。あの召喚術のエキスパートの暗殺者。
  始末する絶好の機会だ。
  闇の一党は第一部で終わるってるのよ。にも拘らずしつこく登場しやがって。
  とっとと始末しないとね。
  「アンコールは嫌いなのよ」


  夜なのに昼。
  奇妙な感じがしたものの、私は歩く。
  どこに?
  さあ、どこだろうね。
  どこに向かうべきかは分からないものの異様な感覚を感じる。そこに向っている。それは幸運の老女像。
  異様な気配。
  おそらくこの空間を形成している者がそこにいるのだろう。
  その意味は分かる。
  何故なら幸運の老女像の地下には夜母の墓所であり墓穴であり聖域があるからだ。
  最後の決戦には相応しい場所だろうよ。
  最後の……。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  唐突に建物の影から襲ってきた一団を吹き飛ばす。視認はしなかった。
  問答無用で吹っ飛ばす。
  この空間にいるのは敵だけ。わざわざ確認するまでもない。
  途端、殺気が周囲を包む。
  「大勢で相手してくれるわけね。楽しくなりそう」
  バッ。
  無数の影が現れる。
  もはや気配を消そうとも存在を隠そうともしない。……まあ、質悪いから丸分かりなんですけどね、隠れててもさ。
  数にして50。
  わぉっ!
  フィーちゃん怖いーっ!
  「ふふふ」
  腕組みしたまま周囲を見る。
  「なるほど。皆で私を歓迎してくれるわけか」
  おそらくこれが動かせる全ての戦力なのだろう。闇の一党の全戦力かは知らない。しかしわざわざ空間に閉じ込めての襲撃だ、ここに
  至って出し惜しみをする必要はないはず。
  つまりこの状況で動員出来る全ての戦力を投入して来ているのは疑いようがない。
  総力戦ってわけだ。
  「フィッツガルド・エメラルダ。お前の悪運もこれまでだな」
  幹部集団ブラックハンドの法衣を纏った奴が一歩前に出てくる。
  昨日の与えし者ではない。
  声が異なる。
  ……。
  ……まあ、そもそもこいつは隙だらけで雑魚過ぎるから別人なのは丸分かりですが。
  伝えし者か奪いし者だろう。
  つまり今ここにいる暗殺者どもの指揮官。
  暗殺者達は私を包囲したまま動かない。手にはそれぞれショートソードが握られている。殺気を宿した瞳からしてとっとと私を殺したい
  に違いない。殺意が抑えられないのであればただの素人に過ぎない。こいつらはただのチンピラ程度の実力だ。
  血気に逸るようではプロじゃあない。
  何でもそうよ?
  いきり立って自制出来ない奴は戦士だろうが冒険者だろうが魔術師だろうがただの素人の域。
  闇の一党、質悪過ぎ。
  「大勢引率でご苦労様。で? 瞬殺するけどお前誰?」
  「我が名は伝えし者ヒルライン」
  「わざわざ自己紹介ありがとう。ヒル……えっと、なんだっけ?」
  「ヒルライン」
  「そうそう、ヒルレイン」
  「ヒルライン」
  「ごめんごめん。どうせ印象にも残らない雑魚的だから名前覚えるのも面倒なのよ。……雑魚の名前なんて興味なぁい♪」
  「この人数相手に勝てると思うてか?」
  「勝てるわ」
  「な、なに?」
  あっさりと言い放つ私に戸惑う。
  普通に雑魚だな、こいつ。
  「数揃えれば勝てると思うの? だとしたら愉快よね。この程度の数を動員したところで私を倒せるものか。……いやいや、訂正。数揃
  える前に剣の遣い方を知ってる連中を揃える事ね。大人と赤子ほどの戦力差があるわよ、悪いけどね」
  「き、貴様っ!」
  「吼えるな駄犬。それにしても私を舐めてくれるわ。……お前殺すよ」
  「殺せぇーっ!」
  大分逆上してるな。
  よしよし。
  それは指揮官の……誰だっけ?
  まあ、ともかく伝えし者だけではなく構成員達もそうだった。戦闘において大切なのは冷静さ。相手を逆上させるのは自分が有利に立
  つ為だ。逆上すると攻撃が執拗になる反面、柔軟に対応出来なくなる。
  闇の一党は猪突猛進。
  それに対して私は臨機応戦に立ち回れる。冷静さを維持しているからだ。
  正直な話、これだけの数を始末するのには骨が折れる。
  その為の挑発。
  ……。
  ふふん。
  私のスキルが攻撃系だけだと思うなよ。話術も得意なんだよこのボケども。
  一見すると戦闘に関係ないスキルも使い方一つで充分に役立つスキルに早代わりする。私の最大の武器は頭脳だ。
  それを理解していないあんたらは地獄行きっ!
  私は印を切る。
  「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  魔力を極限まで……いや、限界以上にまで高める。これは私だから出来る芸当であって他の奴らがやったらまず死ぬ。
  普通なら魔力を高め過ぎて体が爆ぜた宝石魔術師の末路になる。
  でも私は違う。
  「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  敵は一直線に私に殺到している。
  包囲しているの全てだ。
  中にはナイフを投げるモーションに入っている者もいる。
  いずれにしても逆上している暗殺者達は身を晒している。つまりは避けようがないというわけだ。
  それが命取りだ馬鹿めっ!
  「神罰っ!」
  
バチバチバチィィィィィィィィィっ!
  閃光が奔った。
  荒れ狂う雷は全ての物を容赦なく絡め取る。
  そこに慈悲などない。
  わずか数秒で周囲にある全ての生命体は雷の洗礼を浴び、炭化し、大地に痕跡を残す前に消し飛ぶ。
  無差別魔法『神罰』。
  例え魔力耐性を持つオブリの悪魔どもとはいえ、これを食らえばひとたまりもない。
  ましてや闇の一党の暗殺者が耐えられるはずがない。
  一撃。
  一撃だ。
  「はあはあっ!」
  ガッ。
  私は膝を付きながら、喘ぐ。
  雷は消えた。そこに残るモノは何もない。全ては一撃の元に粉砕された。
  逃げ場のない異空間に閉じ込める?
  そいつは結構。
  だけどもっとよく考えてみなさいよね。それはつまり私にも有利なわけだ。ブラヴィルの街を模ってはいるもののここは現実の街では
  ない。住人もいない。無差別魔法を使える状況にわざわざしてくれたようなものだ。
  「単純ばぁか」
  額の汗を拭いながら嘲笑。
  魔力が底を尽き、体も人を超えた限界で震えているものの、死ぬ事はない。
  数分は役立たずだけどさ。
  「はあはあっ!」
  一発で勝敗は決した。
  相手は出せる戦力は全て出し切ったはず。これで余計な雑魚は消えたわけだ。
  ……雑魚はね。
  「よっと」
  震える足で立ち上がる。
  雑魚は全て消した。
  しかし幹部はまだ残ってる。どういう数かは知らないけど、旧ブラックハンドは総勢で10名だった。残り9名まだ残ってる。
  その中には与えし者グリン・フィスも残っているだろう。
  そいつが一番厄介。
  にも拘らず私は最強魔法を使った。
  何故?
  魔力は使い果たしても回復する、自然とね。しかし体力の回復量には限界がある。やはり休養が必要となる。あれだけの数の雑魚
  をいちいち個々に撃破するのは体力の無駄遣い。だから一時的に無力になるものの、神罰を使用した。
  ペース配分的には突飛だったけど、一応は考えた結果だ。
  さて。
  「進もうかな、そろそろね」
  幸運の老女像へ。














  漆黒の水の中に佇む九つの影。
  周囲は完全なる闇。
  そして水は闇よりもさらに濃い闇。闇に照らされ黒いのではなく、水そのものがそもそも漆黒。
  九つの影は法衣を身に纏っている。
  ブラックハンドの法衣を。
  「与えし者グリン・フィス」
  「はい」
  女性の声だ。
  女性の幹部の前に恭しく頭を下げるのはフィーと互角に渡り合った与えし者グリン・フィス。
  そして女性は……。
  「フィッツガルド・エメラルダがここに来ます」
  「はい」
  「伝えし者ヒルラインは予想よりも早く倒されたようです」
  「はい」
  「所詮奴は数合わせ。勝てるわけがないのは予想していた、だから敗れるのは別にいい。しかし彼女の片慣らしにもならないのであ
  れば意味がない。闇の一党の最強の暗殺者として、その腕を存分に発揮しなさい」
  「はい」
  「殺せるのであれば殺して構わない」
  「はい」
  「仮に殺せないにしても計画に支障はない。いずれにしても予測範囲内」
  「……」
  普通ならここで怒る。
  与えし者グリン・フィスは怒らなかった。
  幼少から強さにのみ拘り生きて来た。孤児であった彼を拾ったのは闇の一党。手駒として仕立てげる為だけの養育であり、利用であ
  るのは承知しているものの受けた恩義は返さなければならない。グリン・フィスはそれを理解していた。
  捨て駒なのも承知している。
  しかし。
  しかしそれ以上に強い者と戦うのは彼にとって唯一の生き甲斐だ。
  恭しく頭を下げたまま彼は答えた。
  「私にお任せください。失望はさせません」
  「では行け」
  「はい。お任せください。必ずや奴に死を与えて見せましょう」