天使で悪魔







闇の一党 〜与えし者〜







  闇の一党ダークブラザーフッド。
  元々はモロウウィンドに存在している暗殺組織モラグ・トングから分派した者達。
  モラグ・トングが昔ながらの教義を元に暗殺するのに対して、闇の一党ダークブラザーフッドは金銭で動く。
  互いに反目し、対立し合うもののモラグ・トングはモロウウィンドのみを勢力化に置いているだけであり、それ以上の勢力は持って
  いない。闇の一党はそれ以外の領域で権勢を誇っている。
  結果として滅多にぶつかり合う事はない。
  台頭する領域が異なるからだ。


  闇の一党を束ねるのは夜母。
  夜母は闇の神シシスに自らの肉体と、自らの5人の子供を生贄にする事により、永遠の存在となった。
  しかし代償もある。
  こちらから干渉出来ないのと同時に夜母も干渉出来ない。
  殺しの欲望を満足させる為に夜母は自らが作り出した闇の一党を死後も操る。
  その結果、生まれたのがブラックハンド。


  幹部集団ブラックハンド。
  総勢10名で構成される闇の一党の頭脳であり、大幹部達。

  聞こえし者。
  幹部集団ブラックハンドの筆頭で、夜母の声を聞く事が出来る唯一の存在。
  生身を持つ者としては闇の一党の最高幹部。

  伝えし者。
  夜母の言葉を受けた聞こえし者から伝達される命令を、任務として各聖域に振り分け、各聖域の管理&運営をする者達。
  必要応じて陣頭指揮も任務の範囲内。

  奪いし者。
  伝えし者直属の暗殺者であり、幹部。
  機密的な任務の遂行の為に各地を暗躍する。幹部というよりは、より純粋に高位の暗殺者としての側面を持つ。

  そして。
  そして今新たに新生ブラックハンドに加わった役職がある。
  それは……。





  喧騒で眼が覚めた。
  殺意で眼が覚めた。
  様々な経歴の持ち主であり、悪魔の世界オブリビオンでサバイバルして生きてきた私は常に熟睡はしていない。
  だから。
  「エメラダ坊やっ!」
  ガチャ。
  グッドねぇが部屋に飛び込んで来た時には私は既に剣を持って立ち上がっていた。
  さすがに鎧を身に着けている場合ではない。
  何故?
  時間を掛けるのは得策ではないからだ。
  魔術師ギルドメンバーも直に動き出す、火が爆ぜる音がここまで聞えてくる。つまり放火されている。
  鎮火の為に飛び出すギルドメンバーを護る為にも悠長に鎧を纏っている場合ではなかった。
  殺意が溢れている。
  建物は包囲されている。
  「エメラダ坊やっ! 火事に……っ!」
  「分かってるわ」
  「分かってる?」
  「ええ」
  微笑。
  さすがに暗殺者云々は言えないけど、私は静かに微笑した。グッドねぇは小さく溜息。
  「無理しないように」
  「ええ」
  付き合い長いと、意思疎通は容易。
  微笑で『自分で片をつける』というのを読んだのだろう。もちろん何に片をつけるかまでは分かってないとは思うけどさ。
  さて。
  「片付けるとするか」


  魔術師ギルドの建物は燃えていた。
  ……お義理程度にね。
  放火犯どもは魔術師ギルドの建物が魔法で耐火処理されているのを知らないらしい。ボヤ程度の延焼だ。
  建物から飛び出した魔術師達の冷気の魔法で鎮火も間もなくだ。
  まあ、家事はグッドねぇ達に任せよう。
  私は離れた場所で……。
  「ぎゃっ!」
  「はぐぅぅぅぅぅっ!」
  「がっ!」
  「ひ、ひぃーっ!」
  「……っ!」
  容赦なく破邪の剣を振るう。
  鮮血は飛び散り、悲鳴が飛び交う。……悲鳴、ね。根性なしどもめ。だったら喧嘩を売るなよ、馬鹿め。
  深夜の街ブラヴィルでの一方的な殺戮。
  「はふ」
  疲れますわー。
  眠いし。
  「はふ」
  欠伸を噛み殺す。
  眠い。
  眠い。
  眠い。
  人気のない街の中、私を取り囲む闇の一党の暗殺者達。結局幸運の教団と関係あるのかないのかは知らんけど、ブラヴィルには
  闇の一党の勢力が多数入り込んでいるのは間違いないみたい。
  包囲している数は30ぐらいかな。
  「はふ」
  グッドねぇ達は消火に忙しいし、私が遊んでいる場所はそこから離れている。姉同然の人に厄介に首突っ込んでるのを知られるのは
  嫌だからね。それがばれる心配がない以上、躊躇いなく殺戮の天使として振舞えるわけだ。
  とっとと片付けるとしよう。
  いい加減一方的な殺戮も飽きて来た。
  「はふ」
  欠伸を噛み殺すのが気に食わないのか、数人がショートソードを手にして突っ込んで来た。
  うざい。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  雷の魔法。
  直撃を避けたとしても余波が周囲に及ぶ。いずれにしても黒焦げになるわけだ。私の予測通り黒焦げ死体が転がる。
  「で?」
  それが合図だった。
  いきり立った暗殺者達が殺到してくる。
  馬鹿め。
  「煉獄っ!」


  「ちっ。マラソンかよ」
  舌打ちしながら追撃。
  あの後。
  私の強力無比な攻撃力の前にあっという間に敵を粉砕。強力な魔法は敵の気勢を殺ぐのに充分すぎる効果をもたらす。
  結果として士気が低下した敵を粉砕。
  ……。
  ただまあ、士気が低下し続けて逃亡するのはいかがなものかと。
  追撃する私の身にもなれよー。
  どうせ最後は始末されるんだからさー。

  走る。
  走る。
  走る。
  黒い影達は私の少し前を前を疾走している。その数は八つ。
  ……ああ、いや……。
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァンっ!
  弾けるオレンジの光。
  「おおっと」
  走りながら、ジャンプして地面に転がった障害物を飛び越える。目の前を疾走する影は三つに消えていた。
  だらしない。
  「ちっ」
  ひゅん。
  舌打ちと同時に空気を裂いて物体が私に投げられる。
  キィィィィィィィィィィィィィンっ!
  さすがに立ち止まる私。
  腰の剣を引き抜き、殺意の込められた物体を弾き飛ばす。
  カラン。
  地面に転がるモノ。
  それは刃が全て漆黒に塗られているナイフだった。なるほど、夜間用の武器というわけか。闇夜で投げられるとまず見えないだろう。
  「小細工よね」
  ズブ。
  私は左腕に深々と突き刺さったナイフを引き抜き、捨てた。
  一本は弾いたもののもう一本は直撃したわけだ。
  「くっそ」
  痛みには弱いのに。
  ぽぅっ。
  私は剣を鞘に戻し、右手を左腕の損傷した部分に当てる。回復魔法だ。性格が破壊向きなのかあまり回復魔法は得意ではないものの、
  この程度なら回復可能だ。光が傷口に収束し、次第に傷口は塞がっていく。
  傷口が塞がると同時に痛みは引き、安らぎが体に浸透。
  回復していく。
  「……」
  私は無言のまま回復を施す。
  一心に治癒に専念。
  耳を澄まし、夜の街の音を聞き入る。さすがにあれだけの戦闘を繰り広げたわけだから衛兵達も事態の深刻さに気付き動き始めて
  いる。どこの街でも大抵衛兵の動きは鈍い。ようやくのお出ましかよ。
  しかしそれは私には適用されないだろう。

  「……」
  回復中。
  三つの気配は今だ近くにいる。
  私に一撃を加えたのでいい気になっているらしく、私をここで仕留めるべく虎視眈々と機会を窺っている。
  馬鹿め。
  とっとと逃げろといいものを。
  「……」
  回復中。
  私は強い。性格にしても能力にしても天使で悪魔と自負しているものの、残念ながら神ではない。つまり不死身ではない。
  ナイフの直撃もその結果だ。
  相手もそれに気付いた。
  私を殺せると。
  しかし甘い、まだまだ甘い。
  戦いとは純粋に能力で叩きのめすだけではない。相手の慢心を利用し、活用するのも戦略の一つだ。
  私は攻撃を受けた。
  相手は私を甘く見る。
  その裏を掻くのが本当の意味での、強さ。
  そして……。
  「……」
  ひゅん。
  ひゅん。
  ひゅん。
  ひゅん。
  ひゅん。
  無数の刃が空気を裂き、飛び交う。
  それと同時に……。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  私は自分の足元に雷を放つ。
  この雷は直撃した場所を中心に、雷は周囲に存在する全ての物を絡め取る。当然、ナイフもね。
  蒼い雷が荒れ狂う。
  暗殺者3人は範囲外にいるので影響はないものの、動揺しているのは確かだ。
  「デイドロス」
  ぼぅっ。
  オブリビオンの悪魔を召喚する。
  二足歩行のワニ型悪魔だ。
  「片付けて」
  グァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!
  咆哮は闇を裂く。
  雑魚はこの子に任せよう。
  タフさはオブリの悪魔の中でも高い。雑魚暗殺者が束になったところで……まあ、3人程度ではどうにもなるまい。
  「ん?」
  背後で物音がした気がした。
  瞬間、殺意が噴出。
  「くっ!」
  バッ。
  私は咄嗟に音のした方向にタックルする形で倒れ込む。
  「なっ!」
  驚きの声。
  それは私ではなく、襲撃者のものだった。
  ドサ。
  そのまま私、襲撃者は倒れる。同時に立ち上がり、今度は大きく飛び下がる。襲撃者は起き上がると同時に刃を振るうものの、私は既
  にそこにいない。最初の一撃の際に身を退いていたらおそらくはそのまま両断されていただろう。
  相手も退くと見越してた。
  だから。
  だから逆に突進されて戸惑い、一瞬対応が遅れた。
  「なかなかやるわね」
  「……」
  すらり。
  破邪の剣を引き抜く。相手に切っ先を向け、私は相手を牽制する。
  BGMはデイドロスに食い殺される暗殺者達。
  そんな中、静かに対峙。
  「……」
  「……」
  無言の対峙。
  無言。
  無言。
  相手は黒衣。そう、黒衣の聖母の格好。……いや、必ずしもそうではないか。一応は幹部集団ブラックハンドの格好。もちろん一概に
  はそうも言えないけどね。胸にドクロの刺繍を入れれば死霊術師だし、魔術師も好んでこういう格好をする。秘密めいた奴もね。
  しかしこの状況だとブラックハンドと認識した方がいいだろう。
  こいつは黒衣の聖母?
  ……。
  んー、違うと思うよ。
  背の高さは変わらないけど肩幅は彼女よりも広い。多分男性だろう。だとしたら別人だ。
  それにしても。
  「……」
  「……」
  剣を構えたままお互いに間合を保ったまま距離を狭めず広ずを維持する。
  一部の隙もない構え。
  ……参ったなぁ。
  闇の一党ダークブラザーフッドにはまだ本物の暗殺者も残っていたらしい。襲ってくるまで気配も殺気も意識して消していた。
  じりじり。
  私は数歩、下がる。それを追う様に黒衣の暗殺者は同じ歩数、近付いてくる。
  「はっ!」
  タッ。
  地を蹴り、間合いを一気に詰め、斬撃っ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  刃が交差。
  ちっ、防いだか。ならばっ!
  弾かれた反動を利用して一歩後退、腰を沈めてさらに斬り込む。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  数合斬り結ぶものの勝敗はつかず。
  剣術はなかなかのものだ。
  刃を交えながら私は相手の瞳を見る。暗殺者の眼だ。少なくとも黒衣の聖母と同じ瞳ではない。こいつの瞳に宿る感情も異なれば、
  そもそもアルトマーの瞳ではない。種族は知らないけど別人だ。
  「ちっ」
  舌打ち。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  今度は私は防戦に回る。
  敵はそのまま猛攻はしてこない、あくまで同じペース配分だ。私は体勢を立て直し、再び優勢的に斬り込むと同時に……。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「……シシスの冷たい手……」
  「……っ!」
  ゾク。
  敵は片腕で剣を操り、防ぎ、左腕を私に向ける。まるで私の体を掴もうという感じで。寒気がした。
  青く光る手。
  手に宿るのは魔法かっ!
  「炎帝っ!」
  ごぅっ。
  ゼロ距離の炎の魔法。相手とは属性が異なれど原理は同じ。
  触れさえしなければ発動しない。
  触れさえ……。
  相打ちは相手も嫌なのだろう、相手は退いた。私も退く。再び長い対峙の時間が訪れる。
  「……」
  「……」
  その時、無数の足音が近付いてくるのが分かった。
  ガチャガチャという鎧の触れ合う音。
  衛兵隊だ。
  「……邪魔が入ったみたいね。どうするの? まだやり合う?」
  「……」
  じりじり。
  ゆっくりと後退を始める。
  追い討とうと思うものの相手には付け入る隙がない。決して負けるとは言わないけど付け入る隙がないのは確かだ。
  グレイプリンスには劣るものの、この暗殺者は匹敵するほどの実力がある。
  ……いや。
  剣術だけならグレイプリンスに劣るかもしれないけど、この暗殺者には魔法がある。おそらくまだ奥の手もあるだろう。手の内が見えな
  い内はなんとも言えないけど、それでも強い事には変わりがない。
  刃交えれば戦いは長引く事になる。
  疲れる戦いは嫌い。
  それに衛兵隊、私にも干渉するに違いない。ここで戦闘を続ければ私にとっても面倒になる。
  お互いに潮時だ。
  「あんたの名前は?」
  「与えし者グリン・フィス」
  「与えし者?」
  なんだその階級?
  幹部集団ブラックハンドには『聞こえし者』『伝えし者』『奪いし者』の階級しかなかった。しかしそれはあくまで旧ブラックハンドのようだ。
  新生ブラックハンドには『与えし者』という階級が新設されたのだろう。
  立場的にどこに位置するかは不明。
  ただ言える事。
  ……文句なしに強い。
  「与えるは死。私はお前の抹殺の任務を与えられている」
  「ふぅん」
  つまり私専用の刺客であり称号。あたしに差し向けられた闇の一党最強の暗殺者というわけだ。
  なるほど。
  確かに私に匹敵するだけの強さはあるわ。それは認める。誰が仕切ってるのかは知らないけど、面倒な奴を仕向けたわね。
  「それで? ここで私に死を与えてみる?」
  「無理だ」
  「はっ?」
  「この状況下ではお前は倒せない」
  「……」
  「いずれ、また」
  「……」
  バッ。
  そのまま距離を取り、闇に走り去る。
  「……」
  私は魔法を叩き込もうと思うものの、やめた。逃げる敵にわざわざ戦闘続行を要求するようなものだ。あいつは強い。魔法を放った
  ところで死にはしないだろう。私には私のやる事がある。
  「分隊はここで展開っ!」
  『はっ!』
  衛兵が近い。
  私もまた闇を駆け、走る。とりあえずは戻るとしよう。
  魔術師ギルドのブラヴィル支部に。
  それにしても……。
  「逃げた、か」
  与えし者グリン・フィスはあっさりと撤退した。まともにぶつかり合う展開では勝てないと悟っての、撤退だ。
  その情報分析は正しい。
  「はぁ」
  私は溜息。
  ……面倒なまでに身の程を知ってる奴が刺客として差し向けられたわねー……。
  身の程を知り情報分析が出来る奴が一番面倒。
  次はどっちかが死ぬわね。
  まあ、わざわざ死んでやるほど善人ではないですけどね、私は。