天使で悪魔







闇の一党 〜黒衣の聖母〜








  幸運の教団。
  ブラヴィルの観光名所である幸運の老女像を崇拝する宗教集団。
  収集した情報では、カルト教団には思えない。
  しかし私にしてみればカルトだろうが何だろうが関係ない。関係あるのは闇の一党ダークブラザーフッドとの関連性。
  それだけだ。






  「……」
  羨望の視線を受けながら私はブラヴィルの聖堂に入る。
  潜入?
  隠密?
  別段隠れる必要はない。
  何故なら今の私は黒衣を纏いし者。つまりは黒衣の聖母なのだ。凛々しく、平然と歩いていればばれる事はない。本物は地下に閉じ
  篭っているのだから、素性を伏せているのだから俄か信者どもには見破れるはずがない。
  「これは黒衣の聖母」
  「……」
  昨日私を迎えてくれたボランティアの女性の脇を通り過ぎる。
  恭しく頭を下げる彼女に私は鷹揚に手を振った。
  気付かれた様子はない。
  実に結構。
  聖堂は内装こそ異なれど、構造そのものは基本的に同じ。一階は九大神を祀る礼拝堂。地下は居住区間と墓所。聖堂の作りぐらい
  は熟知しているので迷う心配はない。どこの街の聖堂も同じ作りなのだから。
  そのまま地下に降りる。
  当然墓所の方ではなく、居住区画だ。
  そこに黒衣の聖母がいる。
  ……。
  どうするかって?
  別に。
  どうもしない。
  黒衣の聖母と接触する、それが今のところ最大の目的だ。
  闇の一党と関係あるのかないのか。
  それを判明させる為の潜入。
  だってどう考えても関連性を疑っちゃうわけですよ、闇の一党の本拠地……ではないにしても夜母と関係色濃いこの地で、地下に夜母
  の墓穴がある幸運の老女像を崇拝する黒衣の聖母と名乗る女。
  疑うなっていう方がおかしい。
  はっきりはさせておこう。
  そうじゃないと気分的に気持ち悪い。
  黒衣の聖母が闇の一党と関わりがあえば消す、もしもないのであれば……穏便に脱出するとしよう。
  穏便にねー。
  くすくす♪


  「黒衣の聖母」
  「黒衣の聖母」
  「黒衣の聖母」
  「黒衣の聖母」
  「黒衣の聖母」
  ……以下略。
  ……。
  うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああうぜぇーっ!
  いちいち崇拝されるのもいかがなものかと。
  疲れるぞ、正直。
  居住区画に行くまでに私は何度頭を下げられただろう。
  数えるのも面倒だ。
  当初は良い気分ではあったもののここまで崇拝されるのも疲れるものだ。
  もっとも。
  「……?」
  居住区画に降りた途端、その言葉は止んだ。
  正体がばれた?
  違う。
  人の気配がなくなったのだ。
  誰もいない?
  少なくとも誰かがいるようには感じられない。黒衣の聖母は地下でヒッキーの如く引き篭もっているという情報だったけど、いないのか?
  それともこれは罠か?
  「そうねぇ」
  それはそれであるだろうよ。
  いや。
  もしもここが闇の一党の巣窟ならばそれが一番妥当だろう。地下で一気に始末する、私ならそうする。外部に漏れないだろうし。
  どう殺す?
  火責めという手もあるでしょうね。それともここ最近の流れ通りに人海戦術で来る?
  まあいい。
  どう来ようとも粉砕するまで。
  場合によっては聖堂ごと粉砕してやる。
  ほほほー♪
  ガチャ。バタン。
  私は居住区画にある一室に入る。誰もいない。
  「……」
  もしかして違うのか?
  闇の一党とまるで関係ない……可能性的には低いだろうけど、それはそれであるだろう。
  その時はどうする?
  その時は……。

  「何者です?」
  「……」
  声。
  女性の声だ。
  背後から投げ掛けられる言葉。私は瞬時に懐に手を入れ、短刀を引き抜くものの……ゆっくりと収めた。
  相手から殺意は感じられない。
  「……」
  ゆっくりと振り返る。
  黒衣の女性がいた。おそらく彼女が本物の、黒衣の聖母なのだろう。
  取り巻きはいない。
  部屋にいるのは私とこいつだけ。
  2人きり。
  人によっては争う場所によって力量が発揮出来ない場合がある。つまり室内の戦闘は苦手、という者もいる。魔術師が良い例だ。
  大きな魔法を使えば自分も巻き込まれる可能性もあるし、何より懐に飛び込まれればその場で終了。
  大抵魔術師は魔法オンリーな奴が多いし。
  だけど私は違う。
  間合なんて関係ない。向かい合ったら距離関係なく全てデストロイだ。
  ほほほー♪
  「……何者ですか?」
  「……」
  もちろんそれは敵の場合だ。
  さすがの私も敵味方ハッキリしない者をその場て殺すのは出来ない。しばらく様子をして、敵味方かはっきりさせないとね。
  デストロイしちゃえ?
  いえいえ。
  私ってほら、平和主義者だし。
  「貴女は何者なのですか? まさか泥棒? それとも……信者の方?」
  「……」
  相手はフードを外す。
  アルトマーの女性だ。アルトマーの外観的な特徴として少々目がきついものの、この人は充分に美しい。
  まあ、今世紀最高の美女たる私には劣るけどねー。
  ほほほー♪
  「私は黒衣の聖母。名は……」
  「……」
  「ふふふ。内緒」
  「……」
  敵意は感じられない。
  殺意は感じられない。
  てかこいつからは何も感じられない。この女、とぼけてるのか?
  ……。
  いやまあ、とぼけるという表現は変か。
  何というか私を欺いてる?
  「……?」
  「……」
  不思議そうな顔をアルトマーはした。
  不審さは感じられない。
  闇の一党と関係あると思っていたけどもしかしたらまったく関係ないのだろうか?
  だとしたら私は不法侵入になる。
  今までの経験上『くっくっくっ。よくぞ気付いたな。わらわこそが夜母ぞ。ほほほっ!』的な感じになるものだとばかり思ってた。
  もちろんただの当てずっぽうで侵入したわけでもない。
  それなりに考えはあった。
  幸運の教団=闇の一党。その方程式は必ずしも変ではない。闇の一党の内情を知る者としては妥当な判断だ。
  にしても外れ?
  ……。
  まあ、たまにはそういう事もあるか。
  もう一度アルトマーを見る。
  「……?」
  「……」

  お互いに数呼吸。
  じっくりと瞳を見つめ合う。相手は不思議そうな顔をしている。……やっぱり、らしくないわね。まるで暗殺者っぽくない。
  素人か、こいつ?
  「ごめんなさい」
  私は頭を下げた。
  「ぜひとも黒衣の聖母様に会いたくて、その、こんな事をしてしまって……」
  「いいのですよ」
  「……許して頂けるんですか?」
  「我々の教義は慈愛」
  「……」
  「悔いているのであればそれ以上は申しません。もうこのような事はしてはなりませんよ」
  「……ご慈悲、ありがとうございます……」
  頭を下げて謝る私に優しげな視線を投げかける黒衣の聖母。
  その動作。
  その視線。
  その気配。
  どれをとっても素人過ぎる。
  だとしたらこいつは……いや、断定は出来ないけど、この女は少なくとも暗殺者ではないだろう。
  これ以上ここに留まる理由はない、むしろ留まれば厄介になりかねない。
  相手は私を見逃す気でいる。
  粘着質的にここに居座れば当然厄介になるし、黒衣の聖母が鷹揚に私を見逃す気でいる以上は退散するのが懸命であり筋だろう。
  「それでは失礼します」
  私は立ち去る。
  闇の一党との関連性は分からないけど黒衣の聖母自身は関係ないのかもしれない。
  ……。
  ……それにしても、当てが外れた?
  ……私がねぇ……。






  「んー」
  当てが外れたかなぁ。
  黒衣の聖母は闇の一党とは関係なかった。
  何故それが分かるって?
  目が暗殺者のモノではなかった。まあ、私みたく使いを分けられるのかもしれないけどさ。だけど根本的に異なる点がある。
  血の匂いがしなかった。
  どんなに表と裏が使い分けられても体に染み付いた血の匂いは消せはしない。
  黒衣の聖母は血の匂いがしなかった。
  「んー」
  血の匂い。
  それは別に暗殺者に限った事ではない。戦士だろうと冒険者だろうと……いずれにしても『何かを殺した』事がある者には少なからず
  染み付いているものだ。だからアリスも血の匂いはする、わけだ。
  まあ、暗殺者の前身がある私だからこそ感じる印象よね、血の匂い云々。
  さて。
  「んー」
  どうしたものか。
  幸運の教団は……まあ、教団そのものが闇の一党と関係あるかは知らないけど、黒衣の聖母は無関係だ。
  少なくとも暗殺者ではない。
  少なくともね。
  ……。
  だけどこれ、どうするんだ?
  とりあえず関連性が消えたからこの件はこれでお終いでいいのだろうか?
  お終い?
  今までこんな展開なかったなぁ。
  何も発展せずに何も厄介にならずに終了だなんて……今までにないわねー。斬新な結末ってやつ?
  マンネリ打破?
  まあいいや。
  「エメラダ坊やっ! ポーション作る手が止まってるわよっ!」
  ……。
  現在、ブラヴィル支部で地獄の徹夜作業中。
  この街に来るたびにポーションを作らされているような気がするのは私の気のせいでしょうか?
  「エメラダ坊やっ!」
  「……」
  「……へぇ。無視? セクハラ王女の伝説、街中に話しちゃうおうかねぇ。……くっくっくっ……」
  「お姉様私なんでもしまーすっ!」
  「悪いねぇ。強要しちゃうようで」
  「いいえー」
  さすがはグッドねぇ。私が姉と慕うだけあって強敵ですねーっ!
  ……ちくしょう。



  明日、もう一度黒衣の聖母に接触するとしよう。
  謝る必要もあるし。











  ブラヴィル。深夜。
  人影はない。
  街は既に眠りに落ちている。そして衛兵のシフトもこの一瞬だけ空白となる。
  そこが狙い目立った。
  そこが……。
  「配置に」
  押し殺した声で誰かが呟く。
  闇夜を駆ける者達がいつの間にか魔術師ギルドのブラヴィル支部の建物を包囲していた。その数は……。
  「火を放て」
  「はい。偉大なる与えし者よ」
  そして……。