天使で悪魔
闇の一党 〜幸運の教団〜
世の中、一度関わったら最後まで強制参加なモノが多い。
仮にそうでないにしても。
結末を知りたいと思うのは人の本能。
好奇心は抑えられるものではないのだ。例え一時抑えても、我慢出来なくなるのが人間というものだろう。
それば発展と繁栄に繋がる。
……そして破滅にも。
好奇心は身を滅ぼす。それでも私は知りたいと思う。
見届けてあげましょう。
全ての結末を。
全ての……。
「幸運の老女像を崇拝している教団の事?」
「うん」
ブラヴィル市内。
魔術師ギルドのブラヴィル支部。
支部長であり姉的存在でもある、私の人には話せない過去で脅迫してくる極悪トカゲ……いえいえ、アルゴニアンのグッドねぇと
朝食中にこの街で興った教団について訪ねた。
グッドねぇはコーヒーを一口啜る。
「詳しく知ってる?」
「ある程度はねぇ」
ここは支部長の私室。
グッドねぇは砕けた口調だ。自分の部下とはいえ、周りに他人がいないので打ち解けた口調だ。
私と彼女はある意味で姉妹。
当然ながら打ち解けた接し方が出来る。
さて。
「あの連中は昔からいたんだよ」
「昔から?」
ベーコンを頬張りながら私は聞き返した。
……痛。
少し頭痛がする。昨晩は飲み過ぎたし、闇の一党の雑魚どもを蹴散らした。二日酔いとデストロイを振り撒いたので体が疲れている。
まあそれはいい。
「昔からって?」
「小規模ながらも存在していたのよ」
「へー」
「幸運の老女像にあやかって……んー、幸運のお裾分けを望んでた連中が前身さ」
「前身?」
つまりそれは今、この街に存在する教団とは別物らしい。
厳密には別物。
前身、つまり小規模ながら以前から存在してた連中を母体として取り込む形で、現在は別物に発展した……というわけか?
……。
何故私がそれを気にするのか?
答えは簡単だ。
教団を仕切るのが国威の聖母とかいう謎の存在だからだ。普通の者ならさほど気にしないだろう。しかし私は違う。どう考えてもやはり
闇の一党ダークブラザーフッドとの関連性を疑ってしまう。
幸運の老女像を崇拝してるのも問題だ。
あの像の下には夜母の墓所があり墓穴があり聖域がある。
正確な関連性は知らない。
しかし疑うのは当然だろう。少なくとも私は鈍感でもなければ愚鈍でもない。自分が鋭い感性を持っているとは言わないけど、行動的で
はあるつもりだ。疑ったらそのままには出来ない。
出来る女って辛いわねー。
ほほほー♪
「急成長したのはいつぐらいから?」
「三週間ほど前だねぇ」
随分最近ね。
ブラヴィルにはここ最近はあまり来てないからよく分からないけど、聖堂を借り受けるぐらいだから結構な規模なのだろう。
それが勢力を誇っている?
何故?
「どうしてなの?」
「ブラヴィル伯が後押しをしたからだよ」
「……?」
伯爵が後押し?
また意味が分からない。
「何で?」
「この街はあまり観光名所がないからねぇ。治安もあまり良くないし。その為の後押しだよ、エメラダ坊や」
「つまりー……連中を支援する事で観光名所をアピールしたいわけ?」
「そうなるねぇ」
「ふーん」
ブラヴィルの有名なスポット。
それは幸運の老女像のみ。あれがいつから存在しているかは知らないけど、数百年は前だろう。歴史的価値もある。それを崇拝する
大規模な教団があり、その教団を後押しする事で『ブラヴィルの見所を宣伝』しているわけだ。
教団は教団で勢力が増す。
「なんて名前の教団?」
「名前はないんだよ。自らは名乗ってない。だから、この街の人々は『幸運の教団』と呼んでいるのさ」
「……普通」
「私に言われても困るよ、エメラダ坊や」
そりゃそうだ。
「規模は?」
「信者は多い。街の住人はほぼ大半が信仰してる。観光客も含めれば結構な数になるねぇ」
「取り巻きは? えっと……」
「黒衣の聖母」
「黒衣の聖母の取り巻きは?」
「20はいないと思うねぇ」
「そもそもそいつらは何してるわけ?」
「幸運の老女像を慕えば誰でも幸福になれる、そう説いているのさ。寄付金も求めてない。ただただ、説いて回ってる。このご時世だ、
不安定極める帝国の治世に恐怖を感じる者も多い。教団の存在を知った者は等しく信者、そう思っても間違いじゃないさ」
「なるほど」
うーん。
寄付金を必要としない……かといっていかがわしい物を売り付けるわけでもない。
霊感商法を生業とするカルト教団ではないようだ。
夜母との関連性は?
正直な話、よく分からない。
ただ気になる。
それだけ。
夜母が存在するこの街でわざわざ夜母を連想させるような『黒衣の聖母』を名乗り、夜母が地下に座す幸運の老女像を賛美する。
私はボンクラではないので当然ながら怪しく感じられる。
ともかく夜母はこの街に確かに存在しているのだ。
ならばどうする?
「接触してみようか」
触らぬ神に祟りなし。
あまり宗教系には関わりたくないものの、リアルな話として夜母は私に祟ってる。……まあ、あのババアは神ではなく亡霊だけど。
干渉と禍根を断つ為にも教団には接触する必要がある。
ふむ。
早速接触するとしよう。
「ご馳走様グッドねぇ」
「待って」
「デザートはいらないわ。お腹一杯」
「そうじゃない」
「……?」
「淫乱王女が何を急いでいるかは知らないけど、この口が世間に貴女がどんなに淫乱王女か口にしたくてウズウズしてる」
「……」
「そういえばポーションの納期が明日だっけ。……くっくっくっ……」
「ぜひとも手伝わせてお姉様♪ 無料で馬車馬の如く私は働いちゃうから♪」
「そうかい? なんか悪いねぇ。強要してるみたいで」
「滅相もありませんわー♪」
私の周りの連中はこんなんばっかかっ!
……ちくしょう。
幸運の教団。
教祖的な存在は『黒衣の聖母』と呼ばれる女性。
素性は不明。
常に目深にフードを被っている。その謎めいた雰囲気がフラヴィルの男どものスケベ心……失礼。ともかく妙に謎めいた雰囲気が興味
をそそるらしく瞬く間にカリスマ的な存在になった。
信者数は不明。
幸運の老女像を慕う者は等しく幸福になれると説いている。それはつまり『わずかな崇拝で見返りもなく幸福になれる』という意味合い
であり教団の存在を知る者は皆、信者になりえるのだ。
その為に正確な信者数は不明。
ただ黒衣の聖母の取り巻きは20名にも満たない、らしい。
本拠地はこの街の聖堂。
九大神を祀る聖堂側が何故連中に建物を貸し与えているかは不明。
ただ憶測は出来る。
教団が大規模化する後押しをしたのがこの街の伯爵。この街の観光の促進の為の材料として教団を後押しした。教団が大きくなり、
有名になればそれだけこの街唯一の観光スポットである幸運の老女像が有名になる。
伯爵にすれば客寄せの援助。
像を目当てにしろ教団への入信が目当てにしろ、いずれにしてもこの街に多額のお金を落とす。
それが目当てなわけだ。
つまりこれはそのままこの街の事業とも取れる。伯爵主導のね。だとしたら聖堂も文句は言えない。
聖堂側がいかがわしいカルト教団……まあ、カルトかは知らないけど新興宗教の団体に建物を貸し与えているのも伯爵が口利きした
可能性もある。
闇の一党との関連性。
それは何とも言えないけどここは闇の一党の総帥である夜母の色濃い影響がある。
この符号は何?
ただの偶然か、それとも……。
いずれにしてもこのままでは終われない。
調べる必要があるだろう。
調べる必要が……。
「あんの極悪トカゲめぇ」
ぼやきながら私は聖堂に向かう。
既に夕暮れ。
既に記憶にすらない『淫乱王女事件』をネタに今の今まで私はポーション作りに勤しんでいました。従事していましたともー。
魔術師ギルドの収入源の1つがポーションの販売だ。
例えばただ同然の材料が十倍以上の値になる。
どれだけ儲かるかお分かり?
……。
ついでに言うけど、別の収入源は簡単な魔法の伝授。
こっちも莫大な収益を生む。
どっちもさほど元ではかからずに収益だけを生むのだから、儲かるのは当然だ。
さて。
「人をこき使いやがって」
ブツブツと悪態。
姉同然の人とはいえ酷使し過ぎだろうが。
まったく。
ポーションを精製していたお陰で何の聞き込みも出来ずに夕刻だぞ夕刻。
ま、まあ、淫乱王女事件を封印してくれたからよしとしよう。
それはどんな事?
はっはっはっ。
裁判長黙秘しますぜこんちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
……。
……この逆切れは動揺から来るものだとご理解頂ければ幸いです。
……ちくしょう。
「失礼」
「なんだい?」
聖堂に向かう最中、すれ違った衛兵に声を掛ける。
情報収集はロープレの基本だ。
「幸運の教団ってどんな感じ?」
「ん? 君も入信希望かい?」
「でもないけど」
「ブラヴィル伯が公式に認定している教団だから、特に怪しい事はないよ。普通の宗教団体さ」
「ふーん」
伯爵が公式に認定しているから安全の意味が分からん。
ブラックウッド団だってレヤウィン伯のお墨付きがあるけど善人ってわけじゃないだろうに。
権威者の公認=正しい、ではないだろうに。
まあ衛兵にそれを愚痴っても仕方ない。
それに大した内容も聞けなかった。
「ありがとう」
「ではまた」
衛兵と別れる。
途中、住人にも聞いてみるもののさほど情報はない。
少なくとも教団はクリーンなイメージのようだ。寄付金も拒絶している。しかしそんなのおかしいでしょうに。組織として存在する以上、
どんなに小さな組織でも確実な収入源が必要だ。人間、どんなに高潔でも食べ物が必要。
個人でも食費が掛かるのに、それが大きな組織となれば尚更だ。
運営費はどこから出てる?
伯爵から?
そうかもしれない。
そうじゃないかもしれない。
いずれにしても聖堂による必要がある。黒衣の聖母とやらにもあってみなきゃ駄目だしね。
それにしても。
「ブラヴィル滞在、長引きそうね」
シロディールには九つの街がある。
そのうち帝都を除く全ての街に九大神の聖堂がある。……ああ、最近出来た街であるフロンティアにも聖堂はないか。
ともかく。
ともかく、それぞれの街には九大神を祀る聖堂があるのだ。
ブラヴィルにある聖堂。
九大神の1人であるマーラを祀っている。愛を守護する女神だ。
豊穣を司り、慈愛に満ちている。勇者ギャリダンの悲劇に涙した慈悲深い女神でもある。
何故そんな聖堂が新興宗教の拠点になっているのか?
何故……。
「ようこそ迷いし子羊よ。何をお望みですか?」
「……子羊……」
もうちょっとマシな文句はないのか。
内心では冷ややかに思うものの、顔には出さない。
ここはブラヴィルの聖堂。
内部に入るなり信者の1人に出迎えられた。接客役……ああいや、訪問した者の応対役と言ったところか。
ノルドの女性だ。
「んー」
見た感じ普通の女性だ。
裏の姿は闇の一党の暗殺者、というわけでもなさそう。
普通の人だ。……多分ね。
最近の闇の一党を見る限りでは、この人は普通の人だろう。表と裏の顔を使い分けられるほどの暗殺者を抱えているとは思えない。
暗殺者の質が悪いからね。
使い分けられるほどの遣い手はいないだろう。
それに。
「んー」
それに、血の匂いがしない。
使い分けられるにしても暗殺者には独特な『匂い』が染み付いてる。この人は暗殺者っぽくない。
まあいいや。
「黒衣の聖母には会える?」
「拝謁ですか?」
すっごい事を言うわね。拝謁か。生き神様に祭り上げられているわけ?
でも確か分かる気はする。
帝国にとって九大神は最高な神々。にも拘らずその聖域である聖堂の内装は一変していた。黒衣の聖母向けに内装が一新されたと
いっても過言ではない。これは聖堂を貸し与えているのでなく、与えたも同義だろう。
聖堂側がよく納得したものだ。
ブラヴィル伯の影響力?
それとも別の大きな力が働いているのだろうか?
大きな力、か。
どうか神様そんな力が働いていませんよーに。
私は神様なんて信じてないけど要望を叶えてくれるなら敬虔なる九大神の信徒になりますからよろしくお願いしますーっ!
厄介事嫌いなのーっ!
……。
まあ、無理でしょうとも無理でしょうとも。
何故なら私はアンコターのお陰で運が消失している状態。確実に厄介に関わってしまう疫病神的な体質。
結局私が関わるんだろうなー♪
……ちくしょう。
「申し訳ありません。黒衣の聖母には拝謁は出来ません」
「入信したら?」
「それでも無理です」
「無理?」
「黒衣の聖母は常に地下に籠もっておられます」
「地下、か」
聖堂は各都市、どれも同じ構造だ。内装は異なるけど作りは同じ。居住スペースは地下に存在している。
滅多に上にあがってこない。
つまり黒衣の聖母はヒッキーか。
「じゃあ貴女も会った事は?」
「遠目に一度だけ」
「ふーん」
攻め方を変えてみよう。
「どんな人?」
「常にフードを目深に被っておられるので……」
「ふーん」
人相も種族も分からない、か。
「あの」
「ん?」
執拗に質問する私に申し訳なさそうに女性は頭を下げた。
「その、私は信者であるんですけど、ボランティアなんです」
「ああ。そうなの」
つまり幸運の教団に盲従している……は表現悪いか。いずれにしても黒衣の聖母の側近ではなく身近に控えて面倒を見る使用人的
な信者ではなく、あくまで信仰心からボランティアしているに過ぎないわけだ。
ローテーションを組んでいるのだろう。
おそらく彼女は一定の時間が過ぎたら自宅に帰って生活を営む、そういう意味でのボランティア発言なのだろう。
なるほどなー。
「ありがとう」
「いえ。お役に立てずに申し訳ないです」
本当に申し訳なさそうに頭を下げる彼女の肩を親しげに叩き、私は踵を返して聖堂を後にした。
ここにいても出来る事がないからだ。
夜母との関連性?
普通に考える頭があったら、そして闇の一党と因縁ある私の身から見ればこの妙な符号は気になる。しかし今のところ、確実なる証拠
はない。だからいきなり魔法を連打して奥に押し入るのは少しだけ乱暴だからやめておこう。
くすくす。少しだけ、乱暴でしょ、それは?
ともかく。
ともかくその手は使えない。
ならばどうする?
「簡単な事よね。ふふふ」
翌日。
魔術師ギルドのブラヴィル支部。
「エメラダ坊や、それは何のコスプレだい?」
「コスプレって……」
グッドねぇの朝の第一声は、それだった。
また妙な事を始めたのねぇ、そんな顔だった。アルゴニアンの表情は読み辛いけど、親しい相手だと何となく分かるものだ。
絆ってやつね。
……。
……だとしたらスキングラードの双子トカゲとも絆が芽生えてるわけだ。
まあいいですよ、別に。
今更連中との繋がりを否定する気はない。
私の中では家族として息づいている。
さて。
「それは何のつもり?」
「気分転換」
「そうかい」
「ええ。気分転換」
私はにっこりと微笑むものの、相手には分かり辛いでしょうね。
何しろ私は黒いフードを目深に被っている。ついでにローブを着込んでる。剣は差してない、さすがにそれだと怪しまれる。
護身用のナイフは忍ばせてあるけどさ。
昨日の情報を総合したら実に単純な事だった簡単な事だった。
黒衣の聖母は正体不明。
顔分からない。
ついでにいうなら種族すらね。
……。
まあ、さすがにトカゲやネコではないだろう。オークでもないはずだ。亜人系ではないはず。
いずれにしても人間系かエルフ系のはずだ。
つまり?
つまりだ。
私はグッドねぇに笑い掛けて外に出る。
「あっ」
街に出ると突然が上がった。
驚愕と尊敬。
それが入り混じった声だ。声を上げたのは街を何気なく歩いていたダンマーの男性だ。私に対して羨望の眼差し。
次第に周囲の人々に伝わっていく。
熱っぽい視線。
んんー、悪くないですなー♪
私はアイドル、まさにアイドルよねー♪
ほほほー♪
「……」
無言で私は歩き出す。
その度に声は次第に強くなっていく。近付こうという者はいない。遠巻きに、一定の距離を保ったまま熱っぽい視線を私に注ぐ。
何故?
決まってる、何故なら私は黒衣の聖母だからだ。
聖堂の地下に潜るのは思えば簡単な事。
誰も黒衣の聖母の中身を知らないのであれば偽装する手はある。しかも滅多に外に……いや、姿を現さないのであれば尚更だ。
虎穴に入らずんば虎児を得ず。
聖堂の地下に潜るにはこれが一番最善だろう。
もし闇の一党と何も関係ないなら?
その時は穏便に脱出するわ。
……穏便にねー……。
「ふふふ」
私は天使で悪魔。
とはいえ関係ない奴までデストロイはしない。脱出の邪魔をする奴はちょっと再起不能にするだけの話さ♪
そして……。
……聖堂の地下に……。