天使で悪魔







闇の一党 〜闇は囁く〜







  禍根。
  災厄の起こる原因。不幸の元凶。





  「はぁ」
  溜息。
  私はブラヴィルに向かう途中、本日何度目かの溜息を吐いた。
  シャドウメアは草原で草を食んでいる。
  私は太陽を仰ぎ草原に寝そべっていた。今日も良い天気だ。
  「はぁ」
  スキングラードでの任務は終了。
  魔術師ギルドの思惑。
  それがどこにあるかは知らないけど、どうも私とハシルドア伯爵がここ最近の死霊術師達の活発な動きと連動しているのではないか
  と疑っていたらしい。そのあぶり出しの為のスキングラード行きであり、その為の私と伯爵の接触だった。
  つまり?
  つまり私は上層部に死霊術師だと疑われているわけだ。
  信用されてない。
  まあ、私はレイリン叔母さんに死霊術を叩き込まれている。……そっち方面にはあまり素質がなかったみたいでスケルトン召喚師か
  出来ないけど、それでも一応は元死霊術師のカテゴリーに含まれるわけだ。
  上層部はここ最近の死霊術師の活性化は内通者の影響があると見ているのだろう。
  その筆頭として私が疑われた、みたいね。
  そしてハシルドア伯爵も。
  ……。
  当然ながら面白くないけど、どうしようもない。
  何故?
  スキングラードからの任務終了後、帝都のアルケイン大学に戻ったらラミナスが何故か謹慎処分になっていた。
  面会は許可されていない。
  ハンぞぅにも会えない。評議会が忙しいらしい。
  ター・ミーナには会えたけど彼女の関心は本のみ。政治的な見解は求めても無意味。
  魔術師ギルドは内部で問題を抱えている。
  それも急速に。
  居心地の悪さを感じた私は、スキングラードでの任務の間に完成した魔術師の杖を向け取り、ブラヴィルに向かう事にした。
  魔術師の杖はブラヴィル支部長であるグッドねぇからの依頼。
  渡す義務が私にはある。
  ……大学が妙に居心地悪かったしね。
  そして今に至るというわけ。
  「はぁ」
  空を仰ぐ。
  良い天気で良い気候。本来ならお弁当を広げてピクニック気分でもいいんだけど……風情はないわねー。
  何故?
  それは鼻孔をくすぐる血の匂い。
  私とシャドウメアの周囲には死屍累々。性懲りもなく襲ってきた闇の一党の暗殺者達の死体だ。
  「いい加減しつこいなぁ」
  ぼやく。
  大概温厚な私でも、さすがにここまで無駄に無意味に襲われるのは好きじゃない。
  雑魚よ雑魚。
  数揃えたところで私に勝てるかボケ。
  正面切って戦えば暗殺者は怖くない。向こうは『暗殺』に特化している存在。真正面からでは威力は半減。あくまで暗殺者であり戦士
  ではないのだ。もちろん暗殺も怖くない。私はオブリで数年過ごした。悪魔達の世界でだ。
  感覚が常に研ぎ澄まされている。
  ……大抵はね。
  まっ、ともかく奇襲されようがそれほど慌てない。それにここ最近の闇の一党は質が悪いし。
  幹部にしてもそうだ。
  伝えし者も奪いし者も雑魚に毛が生えた程度の質。
  幹部集団ブラックハンドも最近は欠番したらすぐに任命されちゃうぐらい超適当。なかなか妥当な人材はいないみたいだ。
  むしろ次第に質が悪くなる?
  そうね。
  それはあるかな。
  いずれにしても虫の隠者とか名乗るリッチを出して来る死霊術師達の方がよっぽど面倒。
  そう考えると闇の一党、形骸化しているのかも。
  「そろそろ決着つけたいわね」
  聞こえし者は誰なのか?
  夜母は関与しているのか?
  誰が黒幕なのか?
  疑問は尽きないけどそろそろ幕を引きたいところだ。
  「シャドウメア、行こう」
  愛馬の首筋を撫でると嬉しそうに嘶いた。愛馬に跨ると、ゆっくりと歩き出し次第にスピードを速め、駆ける。
  拝啓。闇の一党ダークブラザーフッドの皆様。
  うざいから壊滅してください♪
  くすくす♪





  ブラヴィル。
  シロディールで一番治安が悪い街として有名ではあったものの、現在は第二位に転落した。
  首位はレヤウィン。
  深緑旅団戦争で荒れ果てたレヤウィンは今だ再興していない。結果として治安は悪化の一途だ。
  まあ、だからといってブラヴィルがお上品な街ではないんだけれども。
  「幸運の老女様、我らに加護を」
  『加護を』
  ……。
  妙な宗教団体がブラヴィルに登場したものだ。
  私はそいつらを横目に魔術師ギルドのブラヴィル支部に足を進めた。妙な宗教団体の設立理由がそもそも分からない。
  まあ別にいいですけど。
  関わるつもりはないし。……まあ、気になる符号ではあるけれども。
  闇の一党に関係してるんでしょうね、きっと。
  粗末な符号ですこと。
  この街での変化点はそれだけではなく、レヤウィンで基盤を固めたブラックウッド団がここまで進出している事だ。
  ブラックウッド団の正式装備をしたトカゲやネコが多い。
  そういやマグリールも転職したんだっけ?
  あれは良い厄介払いだと思うけどさ。
  マグリール君は無能ですので。
  ほほほー♪
  「ただいまー」
  ブラヴィル支部の建物に入る。
  「お帰り」
  トカゲの姉はお待ちかねだった模様。
  私は杖を手渡す。
  手渡すと彼女はホッと安堵する。同じ所属者でも私は立場が違う。構成員は努力をしてギルドに入れたのだ。規約に反すると即追放な
  わけだから神経質になるのも分かる。私は特に追放とか所属には興味がない。所属に至るまでの過程が自然違うからだ。
  まあいいや。
  「これで満足?」
  「ありがとうエメラダ坊や」
  満足そうに微笑する。
  支部長であるグッドねぇは自分の部下達を可愛がっている。護る事も辞さない。
  その為なら彼女は何でもするだろう。
  身贔屓と取るか面倒見が良いと取るかは人それぞれだけどさ。
  「じゃあ私は飲みに行ってるわ」
  「こんな時間から?」
  「うん。チビチビと飲みながらさ」
  正直、大学での居心地の悪さが頭から離れない。
  飲んで管を巻くとしよう。
  ……いえ。冗談。
  管は巻かないにしても飲みたい気分なのは嘘じゃない。そこでふと思い出す。
  「戦士ギルドとの提携はどうなったの?」
  「ちゃんと申請しておきましたよ、大学にね。二つ返事で了承してくれましたよ、エメラダ坊や」
  「よかった」
  アリスとの約束を反故にはしたくなかったからね。
  本当によかった。
  「ところでグッドねぇ」
  「なんだい?」
  「……私の過去、封印してくれるんでしょうね? ちゃんと約束の魔術師の杖、調達してきたんだからさ」
  「もちろん」
  彼女には過去の弱みを色々と握られている。だから逆らえないわけだ。
  前回はオモラシ王女。
  今回は全裸王女。
  次回は……?
  「今日は泊まるんでしょう? エメラダ坊や?」
  「うん」
  「じゃあ淫乱王女、また夜に会いましょうねぇ」
  「……すいませんその過去には心当たりがないんですけど……」
  「くっくっくっ。ばらしてもいいのかねぇ?」
  「……なんだか知らないけど、仰せには従いますわお姉様……」
  「悪いねぇ。なんか色々と厄介を押し付けるようで」
  「いいえとんでもないですわーっ!」
  ……ちくしょう。



  「……良い心地ー……」
  ギルゴンドリンの宿でハチミツ酒を飲み、良い心地で私は夜のブラヴィルを歩く。
  宿屋は大抵酒場を兼ねているのだ。
  ……まあ、今更の説明よね。それにしても私の設定、活かせてないじゃないのよ。ハチミツ酒一瓶空けたらで暴れる設定はどこに?
  ……。
  いやー、設定って何?
  酔っててフィーちゃん意味不明ー♪
  「うー」
  飲んだ飲んだ食べた食べた。
  良い心地。
  これでスキングラードでの一件も、アルケイン大学で感じた妙な居心地の悪さも嫌な余所余所しさも忘れる事がで来た。
  お酒まさに万能だ。
  鎧を脱ぎ、剣を差したままの平服で私はお酒を満喫♪
  人生最良の夜。
  お酒らぶー♪
  あっはっはっはっはっー♪
  ……。
  ……なわきゃあるかー。
  ……ちくしょう。
  「お酒で忘れられれば苦労はないか」
  お酒は万能?
  いいえ。
  たくさん飲めば忘れた気になる……というか頭が混濁するだけ。嫌な事が癒されるわけではないし、忘れるわけでもなかった事になる
  わけでもない。もしもそんな癒される効果があるなら私はとっくに嫌な過去を忘れている。
  ふん。
  忘れていない以上、そんな万能効果はないわけだ。
  まあ気分転換程度だ。
  「とっとと寝るかなー」
  部屋を取っていればそのまま宿に泊まったけど、あいにく満室。それにそもそもブラヴィル支部に泊まる気でいた。
  グッドねぇにもそう言ったし。
  あんまり遅いと心配される。とっとと戻るとしよう。
  「んー」
  ひゅぅぅぅぅぅぅっ。
  風が酔って火照った頬を撫でる。
  ニベイ湾が近いからか、どこか涼しくて気持ち良い。ほろ酔いには気持ち良い涼風だ。
  それにしても。
  「今年は面倒だなぁ」
  皇帝暗殺。
  皇族抹殺。
  帝国の治世は根本から崩れつつある。軍部と元老院は悪戯に反目し合い、政治の立て直しを図らずに政争を繰り返している。
  まあ、それはいい。
  元々帝国の治世は矛盾だらけだ。
  崩れるのは妥当だろう。
  それ以外にも色々と面倒が起きている。死霊術師もそうだし……。
  「あんたらもね」
  ざわり。
  空気がざわめいた気がした。戸惑いは殺気へと変貌していく。私は囲まれていた。闇を引き剥がし、無数の人影が浮かび上がる。
  数は13。
  思ってたよりも少ない。
  そろそろ残数少ないんじゃないかしらね?
  「狙いは私よね?」
  鎧はブラヴィル支部に置いてある。私は普段着。防御力なんてはっきり言ってない。刃を防ぐ防御力なんて皆無。
  破邪の剣はいつも通り腰に差してあるけど、敵さんは調子に乗ってる。
  私の格好を見て油断してる。
  ……馬鹿め。
  油断できる立場かお前らは。
  大陸最強最悪の闇の一党ダークブラザーフッドの天敵だぞ私は。
  趣旨が違うのよ、狩るのは私。狩られるのはあんたら。
  獲物を狩るかのごとく。
  「ふふふ」
  いえいえ。
  獲物じゃないか、雑草を刈るように始末してやる。
  くすくす♪
  「フィッツガルド・エメラルダだな?」
  「ええ。左様にございますわ」
  茶目っ気を含めて微笑。
  ……アホかこいつら。
  もしも標的じゃなかったらどうする気だ?
  ここまで雰囲気出して登場して置きながら人違いだったらお互いに救われないじゃないか。
  まあ、こいつらは救われないんだけどさ。
  「何か用?」
  「我こそは伝えし者ドォベンジャー」
  「覚える気はないわ」
  「偉大なる聞えし者の勅命により貴様をここで始末する」
  「そりゃすごい。いつやるの?」
  「俺を今までの幹部と同じと思うなよ。何故なら俺に魔法は効かん。つまりお前の得意分野は封じられているのも同義」
  「そりゃすごい」
  私は魔法が効かない。
  かといってそれは私の専売特許ではない。ブレトンは生まれながらに魔法に対する抵抗力が高い。さらに私は身に付けている装飾品
  に魔法を施してある。その為、魔力&耐性を増幅してある。だからこそ魔法が効かない。
  私以外にも出来るかって?
  魔力&耐性の増幅は、エンチャント技術があれば誰にでも出来る。……私ほどの高みには登れないだろうけど。
  エンチャント技術は作成者の技量に大きく影響される。
  私ほど完璧で強力なエンチャントが出来るのは……そうね、ハンぞぅかカラーニャぐらいでしょうね。
  ハシルドア伯爵?
  さあ、それは知らない。彼の専門分野が分からないから。
  いずれにしても目の前の伝えし者はよっぽどエンチャント技術に自信があるのか、どっカからそれなりに強力な魔道アイテムを購入して
  身につけているのかは知らないけど、よっぽど魔法に対して自信があるらしい。
  わざわざ自慢するぐらいだし。
  で?
  だから何?
  「単純ばぁか」
  「……がっ……」
  ひゅん。
  闇を裂き、私の手から投げ放たれた銀色の一条の光が男の頭を貫いた。
  魔法が効かないにしても刃物は無理みたいね。
  ナイフを額に突き刺したまま男はそのまま大きな音を立てて大地に転がった。
  冷笑。
  「魔法なんて殺す手段の1つなだけよ。お分かり?」
  剣術。
  魔術。
  それに機転も行動力も私の誇れる武器だ。まだまだ他にスキルはある。
  魔法が効かない?
  だったら物理的に始末するだけの話よ。
  『おのれぇーっ!』
  憤り一斉に襲い掛かってくる暗殺者ども。
  「ふふん」
  鼻先で笑う。
  馬鹿め。
  正気で私に勝てると思ってるの?
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァンっ!
  深紅の火球が弾け、闇を一瞬消した。そして炎とともに弾け飛ぶ暗殺者の面々。
  滑稽なまでに吹き飛んだわね。
  殺気は消えた。
  気配は消えた。
  生命は消えた。
  私に歯向かう愚か者は消した。全部、全部ね。
  で?
  誰を殺すって?
  まあいいや。
  邪魔する連中は全て排除するまで。私は善人ではないので、わざわざ殺されてやる義理はない。
  ごめんね。私は優しくない女なの。
  ほほほー♪

  「はぁ」
  溜息。
  昨日からどれだけの溜息を吐いているのか、既に分からない。
  分かっているのは心を彷徨う憂鬱感だ。
  そして……。
  「煩わしい」
  幸運の老女像は、ブラヴィルの街のシンボル。観光名所の1つ。この街の案内本にも掲載されている。
  何故幸運なのか。
  何故老女なのか。
  聞いた事があるような気がしたけどあまり印象は残っていない。
  いずれにしてもそれは闇の一党が巧妙に流布したデマでしかない。何が幸運だ、幸運なものか。この像はカモフラージュ。像の下には
  地下墳墓がある。夜母の墓所であり墓穴であり、聖域。
  旧ブラックハンドの聞こえし者ウンゴリムは幸運の老女像から指令を受けていた。
  つまりこの像こそが夜母と世界を結ぶ、境界線。
  ある意味この街こそが闇の一党の本拠地と言っても過言ではない。
  今、この街には黒衣の聖母と呼ばれる奴がいるらしい。
  このタイミング、おかしいでしょう?
  夜母の存在するこの街に現れた黒衣の聖母。よっぽど想像力の欠落しているものでない限りはおかしいと思う。闇の一党の事情を知
  る私にしてみれば黒衣の聖母の存在はおかし過ぎる。
  夜母=黒衣の聖母。そう宣伝しているのと同じ事だ。事実は知らないけど興味は惹かれる。
  そしてそれは行動に変わる。
  「はぁ」
  溜息。溜息。溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息溜息っ!
  疲れた。
  もううんざりだ。
  それを終わらせるには1つしかない。
  そう、1つだけ。
  「この街で最後の戦いをする必要性があるみたいね」
  夜母の干渉。
  夜母の禍根。
  いずれも断つ、それが私の頭が回答した最善の答えだ。模範解答。
  ……闇の一党を終らせる必要がある。
  「私に喧嘩を売った以上、等しく不幸になってもらわないとね」
  くすくすと笑い声を立て、闇を見据える。
  闇の中に無数の影。
  闇の一党の刺客どもだ。
  第二波というわけだ。
  連中も焦ってるのかな。少なくとも既に300は消してる。私は連中よりも虐殺を振り撒いてるわけだ。
  「ふふふ」
  私は可愛らしく笑い声を立てながら剣を引き抜き、周囲の気配を全身で感じ取る。この瞬間も夜母は私を見ているに違いない。
  自らが満たせない殺戮を愉しむのだ。
  殺せ殺せと、けしかける。


  ……そして闇は囁く……。