天使で悪魔





女神の寵愛





  九大神。
  魔王。
  市民達は明確な線引きが出来ていると思い込んでいるものの、実はその線引きは曖昧そのその。

  何故か?
  答えは簡単。
  全ての価値観は帝国が制定したもの。そもそも皇帝一族セプティム家は九大神の主神アカトシュの恩恵を受けている。
  だからこそ九大神は神として君臨しているのだ。
  もちろん。
  もちろん、九大神の末席に位置するタロスが元々はタイバー・セプティム……つまりは皇族だから、という意味でもある。

  魔王が魔王たる所以。
  確かに邪悪ではある。しかしその属性は人間の欲望を色濃く表現してもいる。
  だからこそ魔王を人々は憎むのだろう。
  映し鏡のようだから。

  魔王。
  実はその中にも九大神以上に慈愛に満ちた者がいるのだから、世の中侮れない。
  その名は……。






  「さて。帰るか」
  鉄の鎧を着込み、腰にはアンヴィルで手に入れた破邪の剣。強力な雷属性の魔力剣だ。
  旅路に必要な食料品&飲料水。当然ながら用意しました。
  さらに。
  「結構実入りがよかったなぁ」
  カリウス隊長、報酬を用意してくれた。金貨1200枚。……ああ、また財産が増えてしまった。アンコターのお陰で運が落ちて
  いるものの、金運は絶好調みたい。
  恋愛運?
  ま、まあ、同性愛のお姉様に迫られちゃったりしたけど……これはこれで、恋愛運よね?
  あっはっはっはっはっ。
  今年は恋愛運も絶好調ですなー♪
  ……ちくしょう。
  「よし」
  準備完了。
  私が今この瞬間まで泊まっていた宿屋オラブ・タップの清算も済んだしここに留まる必要はどこにもない。
  当初の予定だった『高潔なる血の一団からの依頼である偽吸血鬼ハンター退治』は終了。
  留まる必要はない。
  てか留まると厄介そうね。新手の組織である『黒の派閥』が出張って来た。
  今のところ最面倒組織。
  質が落ちまくりの闇の一党より面倒。あの3人……セエレ、バロル、黒き狩り人は強い。負けるとは言わないけど、勝てるけど、私も
  多少は痛い目に合う。痛い目に合うのは嫌いなのよ。出来れば喧嘩したくはない。
  それでも関わってきたら?
  その時は消すわ。
  私に喧嘩を売る連中は等しく不幸になってもらわないとね。
  ふふふ♪
  コンコン。
  「はい?」
  ガチャ。
  扉が開く。入って来たのは店主のノルドだった。オラブだ。
  「もう出発か?」
  「うん」
  「じゃあこれを持って行きな。たった今焼いたばかりのパンだ。日持ちするように焼いてある。旅路のお供にな」
  「ありがと」
  「いいって事よ」
  白い布に包まれたパンをありがたく頂く。
  食料は足りてるけど……いやまあ不死の馬シャドウメアの脚力なら近場の街シェイディンハルにゆっくり行っても2日で到達する。
  だからあまり大袈裟な食料を持参しているわけではない。
  パンは必要?
  まあ、なくても死なないけど……好意はありがたく受けるのが人間だ。
  それに大いに越した事はない。
  ほら、私って今年の運は最悪だし。
  「じゃあな、お嬢ちゃん」
  「ええ。またね」
  ……あまりブルーマには来たくはないけど。
  私はかつて闇の一党の暗殺者としてここでベインリン始末しちゃったし。過去の関係で居心地の良い街ではないでしょうね。

  いやまあ、だからって過去を悔いてるわけじゃないけど。
  私は天使で悪魔。
  悔いるぐらいなら最初からそんな事はしません。
  だってその場合、殺した人に悪いでしょう?
  もっとも。
  この街に来たくない本当の理由は寒いからなんですけどね。
  「バイバイ」
  そして私はブルーマを後にした。


  ……といけば問題なかったんだけどね。
  ブルーマの城壁の外にある厩舎。
  シャドウメアに食料やら飲料水を括り付けたしシャドウメアの世話をしてもらっていた人にも報酬を支払った。
  馬に跨り、さあ出発。
  その瞬間でした。
  「もし。貴女に是非ともお願いがあるのですが」
  「……」
  来たよ来たよ。
  強制お仕事イベントがキターっ!
  ……まあ、いいですけど。
  「へぇ」
  声を掛けてきた女性を見て私は思わず感嘆の声を上げた。
  薄い深紅色のローブに身を包んだ女性。フードを目深に被っているので顔はよく分からないものの、美しいという印象を受ける。
  しかし私の心は警告の発していた。
  フードを目深に被る。
  そういう相手は大抵秘密めいた依頼をお願いしてくるのは明白。
  まあ、聞くだけは聞いてあげるけどさ。
  ほら、私は気の良い女だし。
  「よっと」
  馬から降りる。
  「よろしく」
  「了解でさぁ」
  馬を世話役に預ける。
  街に戻るのも面倒だ。どこで話そうか?
  ああ。厩舎係の小屋を借りるのもいいだろう。……余計な手間賃が必要になるけどさ。
  それでも。
  それでも、外で話すのより全然いい。
  外は寒いし。
  「中で話さない? 寒いし」
  小屋を指差す。
  女性は左右に首を振った。気を使ってくれているのだろうか?
  ごめんなさい。
  気を使ってるわけではなく私が寒いだけなんです。
  さむぅーっ!

  「貴女の名は知っていますよ、旅の者よ」
  「それはどうも」
  確かにそれなりには名が売れてるわね、うん。
  闘技場のグランドチャンピオンだし。
  「それで?」
  「薄明かりの中で囁かれているのを聞きました。貴女に頼みたい事があります。……名声と報酬が伴う依頼です」
  「薄明かり……はっ?」
  奇妙な言い回しをする人だ。
  怪訝そうな私を無視して彼女は話を続ける。考えようによっては押しの強い人だ。私置いてけぼりだし。
  まあ別にいいですけどね。
  話は進むわけだし。

  「貴女はアズラの名を知っていますか?」
  「アズラ?」
  オブリビオン16体の魔王の1人。
  女性の魔王だ。
  慈愛に満ちた魔王として有名。その慈愛は九大神の慈愛よりも深く、広い。女神として崇拝する者も多い。
  「アズラを知っているようですね?」
  「まあ、常識程度には」
  「では話を進めましょう。……数年前、彼女の信者5人が吸血王ドラティクと眷属達を討伐しました。しかしその代償は大きかった。
  吸血王と眷族は滅んだものの、信者達はその影響下に堕ちました」
  「感染したわけ?」
  「そうです」
  「暴走したそいつらの討伐?」
  「それは違います」
  「……?」
  「彼らは自らの呪われた運命を悟りました。理性が飛ぶ前に彼らは自らを『荒廃した鉱山』に閉じ込めました。そう、封印したのです」
  「ふーん」
  「どうか彼らを救ってください」
  「意味は分かってるわけよね? 救済とは……」
  「理解しています。魂の救済をお願いしたいのです。信者達に永遠の安らぎを」
  「……ふむ」
  不思議な魅力を持つ女性だ。
  アブノーマルな性癖を私は有してはいないものの、何故か……こう、この女性を見ていると心がときめく。
  何なんだ、この人は?
  ……。
  ちなみにアブノーマルな性癖云々の突っ込みはご容赦ください(泣)。
  アンの事は持ち出さないでーっ!
  「お力をお貸し願えませんか?」
  そして……。



  アズラ。
  オブリビオン16体の魔王の1人。司る属性は『暁』。
  慈愛に満ちた女王。
  もちろん、その慈愛は無条件に与えられるわけではない。信仰する者にだけだ。
  さすが魔王は利己的?
  いいえ。
  それは九大神にしても同じ。
  信じる者は救われる、という言葉がある。それはつまり信じない者は救われない、もっと言えば救わない……わけだ。
  九大神とて絶対的な慈愛の保持者ではない。

  魔王と九大神に明確な線引きはない。
  存在する領域が違うので、そういう意味合いでの線引きはある。しかし善と悪の線引きはないのだ。
  あくまで帝国が信奉しているから九大神が善であるに過ぎない。
  ただ、それだけ。
  ただ……。

  オブリビオン。
  それは悪魔達の世界の総称。魔王の数だけ、オブリビオンが存在する。
  アズラが統治するオブリビオンの世界はバラの匂い香る美しい世界らしい。有翼の者達がアズラの従者として侍っているらしい。

  有翼の者達。
  タムリエルに住まう有翼人フェザリアンはアズラをそういう関係で神として崇めている。
  ……いや。崇めていた、が正しいだろう。
  帝国の殲滅政策で滅亡したから。
  帝国がフェザリアンを滅ぼした理由。それは万が一フェザリアンがその気になれば、空飛べる彼ら彼女らの前に帝国の城壁が意味
  を成さなくなる。だから滅ぼした。
  そしてもう1つ。
  それがフェザリアンが魔王アズラを信仰していたから。

  帝国は九大神を神として崇め、敵対する者達を滅ぼして来た。魔王信仰を逆手に取り、邪教の手先として討伐して来た。
  神と魔王の線引きはそういうところにもある。
  ……だからといって魔王が素晴しいとは、私も別に言わないけれども。
  さて。
  お仕事お仕事。





  荒廃した鉱山。
  シャドウメアでここまで駆けた。とりあえず荷物の類は厩舎係に預けた。小屋に置いてあるはずだ。
  寒い地方に来て、寒い雪山に登る。
  はっきり言って罰ゲームっ!
  シャドウメアの脚力がなければこんなところには絶対に来ないっ!
  わずか一時間で目的の場所に到着。
  もちろんそれはシャドウメアだからだ。私の足なら半日以上は掛かるし、そもそも途中で挫折してる。
  さて。
  「ふぅ」
  少なくとも鉱山の中は乾燥していた。
  私はシャドウメアを外で待たせ、鉱山に侵入。
  左手で松明を持ち、右手は剣の柄に。抜いて歩くのもいいんだけど、狭い。あまり剣戟には適さない。挑まれたら居合で殺す、距離
  が保たれているのであれば魔法で倒す。
  その戦法で行こう。
  私にとって剣など相手を殺す手段の1つに過ぎない。スキルはいくらでもある。剣に固執する必要などないのだ。
  出来る女は違うのさ♪
  コツ。コツ。コツ。
  鉱山内部を静かに進む。
  松明は闇を削る。
  視界は充分。
  「血血血血血血血血血血血血血血血ぃーっ!」
  鉱山内に響き渡る声。
  おいでなすった。
  人格崩壊してる吸血鬼の叫び。血にのみ興味を示し、渇きを潤す事にしか興味のない叫び声。下位吸血鬼だ。
  飛び掛ってくる。
  ふん。吸血鬼化したノルドの女だ。私を押し倒して血を啜るか。
  下らない。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィっ!
  最強の一撃っ!
  私を組み伏そうとしていた吸血鬼はそのまま吹き飛び、天井にぶち当たる。一丁上がりっ!
  ムクリ。
  「はっ?」
  平然と立ち上がる。
  なんですとぉーっ!
  いやまあ、厳密には平然ではない。ふらついてはいる。しかし、起き上がるか普通っ!
  吸血鬼とは何度も戦って来た。
  下位の雑魚はもちろん、高位吸血鬼のヒンダリルも屠った事がある。確かに高位は強い、強いけど……この信者は完全に自我も
  理性も吹き飛んでる下位吸血鬼。それに高位だって裁きの天雷一発で昇天する。
  何だこいつっ!
  フラフラ。
  ふらつきながらも、私を見据えている。飛び掛ってくる気だろう。
  焦げ付いた肉体は次第に治癒していく。
  再生しているのか。
  「裁きの……っ!」
  放とうとしてやめる。
  我を忘れているようだ。裁きの天雷に耐えた理屈は分からないけど、魔力の消費量が少ない煉獄に切り替えるべきだ。この方が連発
  が利くし、それに吸血鬼には炎に耐性がない。炎の魔法なら倍加してダメージを与えられる。
  覚悟っ!
  「血血血血血血血血血血血血血血血血血ぃーっ!」
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  爆炎に包まれて吸血鬼は吹き飛ぶ。
  一匹目っ!
  「あぅっ!」
  ガン。
  背後から殴られる。倒れつつ私は見る、吸血鬼二匹が肉薄していた。
  そのまま私に群がる。
  私の体に牙を突きつけて血を啜っちゃう気なのだろう。私は倒れつつも、その内の1人に抱きつく。当然向こうには影響はない。その
  まま押し倒して私の血を啜ればいい。願ったり叶ったりの状況だ。
  ……でもね?
  「炎帝っ!」
  ごぅっ!
  ゼロ距離の炎の魔法を放つ。
  私には魔法は効かないものの吸血鬼はそうではない(魔法耐性を施さない限りは)。しかも炎にはめっきり弱い。
  断末魔の叫びすらなく燃え尽きる。
  ドサ。
  私が倒れた時には、既に灰になっている。
  「二匹目っ!」
  「血血血血血血血血血血血血血血血血血ぃーっ!」
  カプ。
  もう1人が私の腕に齧りついた。
  これで感染した?
  ふふん。甘い。私には吸血病は効かないのだよ。出来る女を舐めるなよーっ!
  「三匹目っ!」
  「……っ!」
  メキャ。
  首を捻る。吸血鬼の首は一回転する。体術は苦手だけど、この程度の事は出来る。
  「ふぅ」
  首の骨をへし折ってやった吸血鬼の死骸を放り投げる。いかに吸血鬼とはいえ、生物の法則からは逃れられない。つまり首折られ
  れば死ぬし、心臓貫かれれば死ぬ。それにプラスして太陽光でも死ぬわけだから、デメリットの方が大きい。
  吸血鬼になる事で決して強くなるわけではない。
  ……。
  まあ、あれよね。
  どんな状況になったにしても、自分の能力をフルに活用出来る奴が最後に勝つのよ。私みたいにね。
  「煉獄」
  ドカァァァァァァァァァァンっ!
  暗がりの向こうから駆けて来た四匹目、撃破。
  この鉱山内にいる吸血鬼は強い。何故か知らないけど強過ぎる。ただし弱点がある以上は、苦戦しない。弱点を突けばいいだけの話。
  さて。
  残り一体。倒すとしましょうか。
  ……。
  しかしまあ、この鉱山に私の前に誰かが踏み込んでいたら話は変わる。
  吸血鬼は獲物の血を吸い切って殺すか、半殺しにして眷属にするかのどちらかだ。増えてない事を祈るわ。
  結構面倒だもの。
  しかしそれは杞憂だったみたい。
  鉱山の最深部。
  ここに至るまで他の吸血鬼はいなかった。最奥には、最後の一体がいた。
  オークの吸血鬼だ。
  「くっくっくっ。久方振りのゲストだな。今宵、我が牙は血塗られる。今宵、我が喉は熱き血潮を感じるだろう」
  「おめでとう」
  オーク、流暢に話す。
  自我は崩壊していないらしい。
  大抵の吸血鬼は渇きに負けて自我が崩壊する。
  それを乗り越え、血の渇きを理性で抑えれる者が高位吸血鬼。つまりヴィンセンテお兄様やハシルドア伯爵もそこに含まれる。
  こいつもそうだ。
  ……。
  ちなみに。
  理性がある=高位吸血鬼、ではない。
  つまり渇きを理性で抑えれない者もいる。自我こそあり理性もあるものの、食欲を理性で抑えられない……闇雲に血を求める吸血鬼
  は理性や自我があろうが下位吸血鬼に位置する事になる。
  いやまあ、どうでもいい情報だけど。
  こいつの場合?
  こいつは高位よ。
  だってここは長い間人が踏み込まなかった。つまり餌がない。にも拘らず理性や自我があるのだから、渇きを抑えられてる。高位だ。
  たまたま足を踏み入れる者すらいなかったみたい。
  死体がどこにもないからだ。
  死体は大抵手駒のつもりなのかアンデッドモンスターに作り変えてるし、吸血して半殺しの場合は犠牲者は吸血鬼の眷属になる。
  吸血鬼に変じた信者は5名。
  この鉱山にいるの吸血鬼も5名。餌は今までなかったと見るべきだ。
  だから高位吸血鬼だと判断した。
  いやまあ、本当にどうでもいい情報だけどさ。
  さて。
  「あんたが最後よ」
  「くっくっくっ。お前は運が良い。お前のような強く美しい女を、待っていた。我が伴侶に相応しい」
  「はっ?」
  「我が后となれ。この、吸血王ドラティックの妻となるのだ」
  「吸血……はっ? 穴蔵生活で頭腐った?」
  その名は信者達に討伐された吸血鬼の親玉の名前。
  もちろんこの世界の全ての吸血鬼を仕切ってるわけじゃないだろう。吸血王など、自称に過ぎない。どう名乗るのかは本人の自由。
  だけど負けても恥かしくない名称の方がいいと思うけどねー。
  だって吸血王だよ?
  負けた時に恥かしいじゃないの、そこまで吼えて負けるなんてさ。
  もちろん、今から死ぬんだから名前なんて関係ないか。
  誇りもね。
  「私を妻に? ……それ笑える。吸血鬼風情が図に乗るな」
  「我をただの吸血鬼だと思うてか」
  「勝手に吼えろ。今から死ぬからって私が優しくすると思わない事ね」
  「この肉体を我は乗っ取ったっ! そして永遠に復活し続けるだろうっ! 我は永遠、我は不滅、我に傷付けられた者は我のモノと
  なるのだっ! ふはははははははははははははっ! 我こそは吸血王ドラティックなりっ!」
  「単純ばぁか」
  「くくく。貴様を辱めてやるっ!」
  「煉獄っ! 煉獄っ! 煉獄っ! 煉獄っ! 煉獄ぅーっ!」
  
ドカァァァァァァァァァァンっ!
  煉獄五連発。
  洞穴という閉鎖空間での爆発。避けようがない。
  爆音。
  爆炎。
  爆煙。
  耳に轟音が響く。
  くぅぅぅぅぅっ。自分でやっときながらなんだけど、鼓膜破れるぞこんちくしょうっ!
  全てが収まった時。
  「ふふん」
  そこには何もない。
  灰すらも全て吹き飛んだ。
  私は微笑。
  「さすがは吸血王。よく燃えるわね」





  洞穴内には手紙があった。
  半ば朽ちた羊皮紙。
  そこにはこう記されていた。それは信者達の最後の言葉。


  『我が名はゴラ・グロ=マズゴル』

  『連れの者達の名はアラナルダ、エルフの娘ニル、アヴィータ・カッシアナ、そしてウマル・グラ=カール』

  『我々はこの手で吸血王ドラティックに死をもたらした。だがその代償は甚大だった。我らは呪いにより吸血鬼に直に変じる事に
  なるだろう。我々を看取ってくれる者に感謝し、その高潔なる厚意に祈りを捧げたい』

  『我々はアズラ様の信奉者。この最後の言葉を我々の最後を看取って下された見ず知らずの方よ、どうかアズラ様へ捧げて
  欲しい。我々はこの身全てを捧げてアズラ様を讃えている』

  『我々は吸血王の呪いにより、魂も理性もやがて消え去り、永遠に失われる』

  『誰もが運命には逆らえない。人は事象に流され続ける。それでも、アズラ様の御心の中に我々は生きていたい』

  『ただ宿命によってあらゆる命に終わりがあり、ただ偶然によって終わりを迎えるのが私の命。我らの信仰は常にアズラ様と共に』


  そこに記されていたのは怨嗟と呪詛ではなく自らが信仰した女神への敬愛。つまりアズラへの信仰心だった。
  どんな逆境でも。
  どんな結末でも。
  信者達はアズラを最後の瞬間まで愛していた。
  ……いや。
  死んだ今でも敬虔たる信者なのだ。
  だからこそ。
  だからこそアズラも彼ら彼女らを愛した。今なお愛し続けている。
  信者達が彼女を愛しているように。
  彼女もまた信者達を深い愛に包み安らぎを与え続けているのだ。
  信者達は女神の寵愛に護られながら逝った。それはとても美しい事だと私は思った。私は神様なんて信じない。信じないわ。
  ……けれど。
  「幸せね、あんた達」
  少し私の心は震えた。





  「彼らの苦悩は私の苦悩。……どうか彼らに魂の救済を」
  そう言って彼女は祈りを捧げる。
  いや。依頼人前にしていきなり祈り捧げないでよ。
  まあいいですけど。
  吸血鬼化した信者達を討伐し、ブルーマに舞い戻った。ブルーマ市内ではなく、城壁の外にある厩舎。つまり最初の場所。
  この人、寒くないのだろうか?
  もちろんここでずっと待っていたわけじゃないだろうけど。
  「あの」
  「ありがとう小さき者よ」
  「小さき……」
  なぬ?
  聞き捨てならんぞその言葉。私はチビ女だとでも言いたいのか。
  確かに私はブレトン。
  種族として肉体的に小柄な者が多い。だけどチビはないだろチビは。もちろんチビとは明言してないけど、同じ事でしょうよ。
  しかし私はそれを口にしない。
  何となくこの女の正体を気付き始めていた。
  「……」
  瞳。
  瞳だ。
  初めてマジマジと見るけど、その瞳は全てを超越したところを見ている気がする。漠然とし過ぎる感想だけど、それが印象だ。
  こいつ人じゃない。
  何者?
  ただ言えるのは信者に関係している女だ。
  吸血王の関係者?
  いや逆にこいつは……。
  「彼らの魂は救済を得ました。私はこの後、存在する限り彼らの魂の安息を願い続けるでしょう。それが私の想いなのです」
  「よかったわね、アズラ」
  「いつそう名乗りました?」
  「さあ?」
  「……」
  「ふふふ」
  「この後、世界は闇に包まれるでしょう。深紅の空に包まれる」
  「……はっ?」
  カマ掛けたのにいきなりこいつ話を変えやがったぞ?
  何言ってんだこいつ?
  「この世界は貴女が思うよりも脆いモノ。現に私も介入している。他の者達も、虎視眈々と機会を窺っています。他の王達は破壊を
  司る者の権勢を恐れ直接的には介入してこないでしょうが……この状況は、良くない」
  「良くない?」
  「メリディアに気をつけなさい。彼女は行動的です。破壊の王を恐れてもいない」
  「メリディアって……」
  オブリビオン16体の魔王の名前。
  古代アイレイド文明の王である『魔術王ウマリル』の願いを受け入れた女王で、ウマリルを魔人に転生させ、さらに指揮下の悪魔
  である『オーロラン』達を軍勢として貸し与えた……謎の魔王。
  そもそもウマリルに加担した意味すら不明。
  もちろん推測は出来る。
  魔術王ウマリルを使ってタムリエル進行の足掛かりを作ろうとした。うん。そんな感じでしょうね。
  さて。
  「あのさ、私は……」
  「運命など信じない。分かっていますよ、小さき者よ。しかし用心は必要です。貴女は、この世界にとって大切な存在ですから」
  「はっ?」
  「手を」
  「はっ?」
  「手をお出しなさい。報酬を差し上げます」
  「はあ、それはどうも」
  右手を出す。すると彼女は首を振った。両手を出せって事か。なるほど、両手を出す。
  そういや報酬の約束はしてなかったな。
  迂闊?
  まあ、それはそれで確かにそうなんだけど……彼女の不思議な魅力に魅了されていた感じで依頼受けたし。
  この女は本当に何者だろ?
  「どうぞ」
  「……?」
  なんじゃこりゃ?
  一振りの短剣に、これはー……ヒトデの玩具か?
  「短剣は『生命の短剣』。手にした者、刺した者に活力を与えます。殺傷能力はありません。刃で心臓を突かれても死にません。与え
  るのは死ではなく安らぎ。奪うのは命ではなく苦痛」
  「はあ、なるほど」
  回復魔法がエンチャントされているのか。
  よくある武器ではある。
  ただし、この短剣には高位魔術師が作り出す代物より遥かに高度だ。私も魔術師、手にすれば込められた力の強大さがよく分かる。
  で、このヒトデは何?
  「もう1つの報酬は『アズラの星』。魂を封印するモノ」
  「魂を?」
  「そう。人の魂以外を封印します」
  「へー?」
  要領を得ない。
  そんなアイテムに何の意味がある?
  人の魂以外を封印とかはどうでもいい。私は死霊術師ではないから、問題ない。
  何故こんな代物を報酬に?
  一般人には使い道がさほどあるとは思えない。死霊術師なら言い値で買い取るだろうけどさ。
  「いつか必要になります」
  「いつか?」
  「いつか」
  「……」
  「運命は嫌いでしたね。しかし、予備として持っておくといいでしょう。……運命は嫌い?」
  「嫌い」
  「小さき者よ。運命は存在し、存在しない。貴女の道は貴女だけのモノ。しかし世界には必ず起こる運命が用意されています。それ
  を回避する事は神や魔王ですら不可能。必ず起こる絶対的運命。それを見通す事が私には出来ます」
  「……」
  「お持ちください、この2つの報酬を。いつか必ず役に立つ」
  「……私は、私達は定められてる道を歩いているに過ぎないと?」
  「いいえ。絶対的運命が訪れる時、道が1つになる……とでも表現するべきでしょうか。しかし歩くのは貴女。好きに歩けばいいのです
  よ。運命という言葉に固執する必要はない。貴女は貴女の歩き方で進みなさい。それでいいのですよ、小さき者よ」
  「……そうね」
  私は微笑した。
  皇帝の預言は押し付けで嫌い。
  ダゲイルの預言は押し付けではないので嫌いではないけど、好きではない。ダゲイル自身は好きだけどさ。
  この女性の預言は?
  ……。
  んー、嫌いではない。
  運命という言葉を使いながらも、私の自主性も重んじている。
  嫌いではないわね。
  気に入った。
  「さようなら小さき者よ。貴女の慈愛の心、私は忘れませんよ。……永遠に」
  「待って」
  「何か?」
  「貴女の名前は? まだ聞いてないんですけど」
  「さようなら。小さき者よ」
  「はっ?」
  「ふふふ」
  「……」
  透き通るような微笑み。
  その笑みのまま彼女は背を向けて歩き出す。私の問いには答えずに、そのまま歩き去る。声を掛けづらい。
  私は何も言えないまま見送るしかなかった。
  私は何も……。