天使で悪魔





暗殺姉妹の午後 〜自慢の妹は名探偵〜






  闇の一党ダークブラザーフッドの組織構成。
  頂点に夜母。
  その下には夜母の意向を聞き、指示を下す《聞えし者》。
  聞えし者の命令を各聖域(支部のようなもの)に伝達するのが《伝えし者》。
  任務の中でも機密性の高いモノは、伝えし者の直属の暗殺者である《奪いし者》が遂行する。
  そして聞えし者&伝えし者&奪いし者が闇の一党の幹部達であり、その幹部達の総称を《ブラックハンド》。

  私は全て潰した。
  夜母の干渉を遮断しブラックハンドを全滅させた。
  本来なら闇の一党は二度と再起動するはずではなかった。
  なのに今、稼動している。

  動かしているのは誰なのか。
  黒幕は?
  新生ブラックハンドは傘下の暗殺者を引き連れて所構わず私を襲撃してくる。
  あまりにも多いので途中で回数を数えるのはやめたし、倒した暗殺者の数も既にカウントしていない。
  少なくとも200は殺している。

  黒幕は誰?
  犯人は誰?
  目的は何?
  目的は……。






  「……んー……」
  ベッドの上でゴロゴロ。
  朝が来たー。
  窓から差し込む太陽が眩しい。
  シェイディンハル生活3日目。ここは宿だ。
  アンコターの魔法は解けた。あの後、解いてもらいに洞穴に戻ったからね。やっぱり自分の体じゃないと、落ち着かない。
  ……。
  ……。
  ……。
  べ、別にアンと体を交換してたら、私の体で変な事する懸念があって落ち着かないとかいう18禁的(きゃー♪)な理由ではない。
  断じてない。
  まあ、そうかといってアンを全面的に信じてもいないけどさ。
  「……んー……」
  私の懸念。
  要は暗殺者がいつ襲ってくるか分からない以上、魔法が使えないのは困るという意味だ。
  本来なら使えるんだけどアンコターの実験はまだ未完成。
  どういう意味かって?
  簡単な話。
  つまり体交換した。それはつまり、当然の事ながら知識を収める脳も交換したという事。なのに私は私の、アンはアンの記憶をちゃん
  と保持してたし知識も自分達のものだった。
  魔術師ギルドの研究では、知識は魂に刻まれるらしい。
  魂から脳へと知識が伝達されているに過ぎない。だから私が魂に刻んだ(勉強して知識を得た、というニュアンス)魔法のスキルは
  誰の体であろうと使用できるのだ。本来ならね。
  まあ、魔力は肉体に宿るものだから、アンの体の場合は私の体の時に比べると魔力の量は大分下がるはず。
  ともかく。
  ともかく、魂と肉体が完全にリンクしていたら魔法が使えたはず。なのに使えなかった。
  それは魂と肉体が少々ずれていたから。
  アンコターの実験が未完成だったから。だから、魂と体がずれていた為に魔法が使えない。
  ……。
  長くなったけど、魔法が使えないから襲われた時に厄介……それが結論。
  落ち着かない理由もそれ。
  さて。
  「……起きるー……」
  自分で自分に念を押しながら、私は眠い眼を擦りながら起床。
  一応、仕事はしてる。
  偽吸血鬼ハンター(登録していないだけの可能性もあり)探しは難航している。
  そもそも種族すら分からないのにどうやって突き止めろと言うんだローランドっ!
  帝都に住む《高潔なる血の一団》の責任者ローランドに手紙だそうかと思うものの、手紙のやり取りするほどシェイディンハルに
  いるつもりはない。
  適当にやって、適当に帰るとしよう。
  「ふわぁぁぁっ。あー。寝た」
  部屋は二部屋とってある。
  女性2人で一部屋。
  男性2人で一部屋。
  「いないみたいね」
  ホッと一息。
  アンがいると楽しいけど、私は基本的に雰囲気ほど社交的ではない。姉妹に社交的は必要ないけど、結構静かを好む人物な
  わけよ私ってば。たまには静かに眼を閉じて、色々と思いに耽りたい時もある。
  賊に家族を殺されてからずっと悲惨。
  前は人が怖かった。
  今は、それほどでもないけど。
  アンはいない。
  仕事かもしれないなと思った。
  アントワネッタ・マリー、テイナーヴァ、ゴグロンは郵便配送会社黒の乗り手の役職者。
  今回シェイディンハルに訪れた最大の理由は、この街にある支社が業績不振であり、それの改善の為だ。
  ……。
  まあ、私の護衛でもあるらしい。
  オチーヴァが指示したとか言ってたなぁ。
  「よお。起きたのか」
  「ハイ。ゴグロン」
  「あんな仕事……おっと、オチーヴァやヴィンセンテに聞かれると怒られちまうか。ははは。だが俺には向かんみたいだ」
  「何かしたの?」
  「ハッピーハッピーハンティング♪」
  「はっ?」
  「それで察してくれ。追い出されちまった。がっはっはっはっはっ!」
  「……」
  豪快に笑うオークのゴグロン。
  しかし今ので察しろ?
  無茶言うな。
  「それで何か用?」
  「用? 追い出されて暇してるから話に来ただけだ。迷惑か?」
  「そうでもないけど」
  考えてみればゴグロンとはあまり話をした事がない。
  もちろん挨拶とかはする。
  つまり、じっくり話し合った事がない。
  性格は豪快だし、見た目も豪放で《俺はオークっ! オークなんだっ!》と全身で誇示しているような典型的なオーク。
  口で喋るより拳で会話だぜー、的な奴だから今までじっくり話した事はなかった。
  良い機会かな。話してみよう。
  「今の生活は不満?」
  「不満じゃねぇよ。家族が一緒だしな。聖域から今の家に皆してそっくり移ったわけだから、不満はねぇ」
  「仕事は?」
  「仕事か。俺には向かんよなぁ」
  「何なら戦士ギルドの掛け持ちもしてみる? 私は一応幹部だから、口利きはできるけど」
  「いや。遠慮しておく」
  あっさり断った。
  何故に?
  「こんな俺でもオチーヴァやヴィンセンテは必要としてくれてるからな」
  変に家族なのよね、元シェイディンハル聖域の面々は。
  クヴァッチ聖域のフォルトナに聞くところでは、クヴァッチ聖域では家族愛なんてなかったらしい。
  特殊なんだろうなぁ。
  ここまで、本物の家族以上に家族してる連中は。
  「じゃあゴグロン。たまに手伝ってくれるだけでもいいのよ? 自分の都合でさ。たまには暴れたいんじゃないの?」
  「それはそうだが……」
  「今、戦士ギルドは人材不足。アルバイト感覚でも構わないわ」
  「マジか? ははは。それならオッケーだぜ。ハッピーハッピーハンティング♪」
  「ところでゴグロン。黒の乗り手での役職名は?」
  「企画部長」
  「……」
  このパワフルオンリーの戦士君に何を企画しろと?
  意味不明です。
  ……。
  アンはアンで、広報部長だしね。あいつが何を広報するんだ?
  何気に適当?
  ……そんな気もするなぁ。
  おおぅ。
  「そうだゴグロン。闇の一党、長いよね?」
  「ん? まあ、あのメンツの中じゃ中間だな。古くもなければ新しくもない。そうそう、面白い話が……」
  「それは後で聞くわ。朝食の時にね」
  「直に夕食だ」
  「嘘っ!」
  窓から外を見る。
  ……すげぇ私はどれだけ寝てたんだあれは既に夕日だー……。
  「がっはっはっはっはっはっ! アントワネッタとの愛の営みで寝不足かよ?」
  「殺すわよっ!」
  「がっはっはっはっはっはっ!」
  「はぁ」
  襲撃ですよ襲撃。
  い、いやっ!
  別に毎夜毎夜アンに襲撃されてるわけじゃ……うがああああああああああああああああああああああああ弁解面倒くせぇーっ!
  ともかくっ!
  夜散歩する度に闇の一党に狙われ、襲われる。
  今のところ全て撃退してる。
  そりゃそうか。
  撃退できてなかったら、ここにいるわけがない。
  ちなみに撃退=デストロイ♪
  さて。
  「ゴグロンは夜母をどう思う?」
  「正直な話か?」
  「うん」
  「よくは知らんよ。闇の一党の邪悪な母。殺しを指示し、達成後の金払いが良い、暗殺者の親玉。接触したんだろ?」
  「まあね」
  幽霊ですらなかった。
  あれは残滓。
  闇の神シシスに、自らの命と、5人の子供の命を捧げて永遠に殺しの饗宴を楽しむ存在になったクソババア。
  種族は不明。
  輪郭は朧で、判別出来なかった。
  夜母の正体と所在を知る者は全て殺した。夜母はこの世界への干渉方法を失ったはず。
  なのに何故動ける?
  「探偵みたいだなぁ。すげぇぜ、俺は頭悪いから感服するぜ」
  「探偵?」
  「色々な情報から様々な憶測を想定し、推理し事実を掴む。探偵じゃねぇか?」
  「名探偵よ。そこ間違えないでね」
  「がっはっはっはっはっ! 可愛い妹だ。抱きしめてやりたいぜっ!」
  「すいません貴方は幼少時に抱き締めた兎潰した武勇伝の持ち主ですよね?」
  殺されてたまるか。
  ……ちくしょう。


  「もうしばらく掛かりそうだぜ」
  「ふぅん」
  テイナーヴァがシロディールブランデーをチビチビと啜りながら、そう言った。
  黒の乗り手の仕事の事だ。
  しばらくはシェイディンハルに居続けるらしい。
  もちろん、私は私の都合がある。
  高潔なる血の一団の仕事だ。
  もっとも、調べようがないのも確かなのでテイナーヴァ達が帰る時には私もスキングラードに帰ろう。
  「フィー♪ はい、あーん♪」
  「自分で食べれるわ」
  皆揃っての夕食。
  あまり大勢での食事は好きではないけど、家族での食事は別物だ。
  ……。
  家族か。
  そもそも闇の一党に関わったのは、帝都軍司令官アダマス・フィリダの暗殺の為だけだった。
  あのおっさんは、部下の衛兵隊長オーデンス(最終的にはオーデンスを庇い切れずに逮捕投獄。脱獄したオーデンスは
  アダマスに殺された)護る為に、告発した私に罪を着せやがった。
  懲役30年。
  この私が監獄で腐る?
  ふん。まさか。
  報復の為に闇の一党に関わった。アン達とは聖域のただの同僚。
  それがいつの間にかこんな関係になってるなんてね。世の中って不思議。もちろん本当の意味で家族になったのが原因で闇の
  一党とぶつかる事になった。そして現在に至る。
  まっ。これはこれでいいわ。
  けりはつけるわ。
  あんまり私の人生にこれ以上関わってほしくないしね。
  「あたしは早くスキングラードのお家に帰りたいなぁ」
  「何で?」
  「聖域に近過ぎるから」
  「……ああ。なるほど」
  一同、食事の手が止まる。
  食事時の話題ではない。
  その沈黙を破るかのようにゴグロンが豪快に笑った。テイナーヴァもつられて笑った。
  私とアンも顔を見合わせて笑う。
  それでいい。
  それでいいのだ。
  少なくとも私達は家族なのだから、皆で考えればいい。
  それでいいんだ。
  ……最善の結末を。皆で導けばいいんだ。
  ……最善の結末を……。



  食事を終え、私は湯浴みも終えてベッドに転がっている。
  特に眠くない。
  ま、まあ起きたばっかだし。
  ペラ。
  寝そべりながら本を読んでいる。シシスや夜母に関する本だ。
  「……」
  街を出歩くと、人気がなくなるわずかな瞬間を衝いて闇の一党が襲ってくる。もちろん次の瞬間には返り討ちだけど。
  窓から身を乗り出しても駄目。
  矢で射られた。
  もちろん次の瞬間には魔法でウェルダンに炙ってやったけど。
  全方位で狙われてる。
  かといって宿を丸焼きにするというような事はしない。
  私だけを狙ってる。
  ……。
  まあ。私はこの街に恩を売っている。
  ギャラス衛兵隊長とは懇意だし、現在は《治安維持強化月間》らしく衛兵達がいつもより多い。
  襲われた次の瞬間には、衛兵達も加勢してくれる。
  「ふぅ」
  ゴキブリか闇の一党は。
  いい加減うざいぞ。
  完璧に頭潰さないと、しつこ過ぎる。特にシェイディンハルに来て以来、しつこさ大爆発だ。
  ギシ。ギシ。
  何かの音がする。
  途端、膨れ上がる殺意。
  「裏切り者めっ! 我こそは奪いし者……っ!」
  「はいはい」
  ガンっ!
  窓から侵入しようとした幹部クラスの暗殺者の頭に読み終わった本をぶつける。
  体勢が不安定。
  名乗りを挙げるなら完全に部屋に侵入してからにすりゃいいのに。
  「ああああああー……っ!」
  そのまま落下して行った。
  ちなみにここ二階。
  窓から身を乗り出して下を見る事はしなかった。死んでんじゃないの?
  しばらくして、剣戟の音。
  恐らくは潜んでいた手下の暗殺者どもが衛兵隊に見つかったんでしょうね。基本的に闇の一党、質が悪い。
  ……いや。
  暗殺が主体の面々だから、完全武装の衛兵隊には勝てない。
  今のところ衛兵隊の死傷者は聞いてない。
  「あーあー」
  パタン。
  読み終わった。本を閉じて、次の本を開く。
  「ふむ」
  熱心に読み耽る。
  記された文字を視認し、そこから脳に取り込み、知識として噛み砕いて知恵へと変換する。
  もちろん《夜母の企み》や《闇の一党を仕切ってる奴の名前は〜だ》とかの情報は当然ない。しかし何もしないよりましだと思った
  だけだ。それにそもそも闇の一党の情報を私はあまり知らない。
  創設者は夜母。
  自分の死後も殺しを愉しみたいと願った夜母は、闇の神シシスに縋りついた。
  結果、幽霊ですらない残滓になった。
  現世に残った絞りカスだ。
  夜母は部下達に指示して、その暗殺の様を見て殺しの衝動を満足させるのだ。夜母はこちらからは干渉出来ない反面、夜母から
  も干渉出来ない。
  出来る事はただ一つ、見る事だ。
  全ての事象を見る。
  今も私を見ているに違いない。
  「いっその事ブラヴィルまで行ってあいつの墓穴を粉砕しようかしら?」
  思わず口にする。
  そうね。
  あのババアの妄執ならば、拠り所を破壊するに限る。
  ギシ。ギシ。
  ……はぁ。またか。
  「我こそは伝えし者……っ!」
  「はいはい絶対零度」
  冷気の魔法で命を止めてやる。炎や雷なら、余波で宿を壊しかねないけど、冷気なら比較的安全だ。
  ……室内が少々冷えるけど。
  「ああああああああああああ……っ!」
  落下していく雑魚。
  最近幹部クラスも大安売りだ。欠番すれば、次の幹部が任命される仕組みなんだろうけど……闇の一党も質が落ちたなぁ。
  別に本気で寝込み襲われてもそれほど怖くはない。
  私はいつも熟睡はしてない。
  殺気を感じれば即座に対応できる。……オブリで暮らしてた頃に身につけた処世術。
  「フィー。良いお風呂だった♪ ……何してるの?」
  「夜這いの男を始末したとこ」
  「男?」
  「そー」
  「なぁんだ。じゃあ安心だね」
  「すいません私は一応はノーマルなんですけど女性しか興味ないような言い方やめて欲しいんですけど」
  ……ちくしょう。
  湯上りでポカポカしているのが気持ち良いのか、気分良さそうに金髪をタオルで拭いている。
  「やめてよ水滴が飛ぶでしょ?」
  「はぁい」
  素直に頷き、鏡台の前に座って櫛で梳き始めた。
  おやおや今日は素直な事で。
  「……また、疑った?」
  「はっ?」
  「だって、またあたしがいない時に襲ってきたでしょ?」
  「何となく法則分かってきたから問題ないわ」
  「法則?」
  梳く手を止める。
  不思議そうにこちらを見ている。私は微笑した。
  「そう。法則」
  「それってどんなの?」
  「どうもアンを聞えし者にしたいみたいね。少なくともそんな偽装はしてる。私に疑心暗鬼を与え、浄化の儀式を完結させたいみた
  いね。つまり私に皆を殺させようとしてる。そう。ルシエンに与えられた任務の完了が目的みたい」
  「ふーん」
  だから。
  だからスキングラードで襲われた時には私を殺さなかった。殺せる絶好の機会だったのにね。
  どうも毒女を始末してからは、そっち方面の計画に移行した感はある。
  何でもいいけどさ。
  向ってくる奴は全部敵。……それ以上でも以下でもない。
  「フィーは探偵みたいだねぇ」
  「ゴグロンにも言われたわ。そういえば」
  「あたしの自慢の妹はとっても頭良いんだね。羨ましいなぁ。叔母さんには、いつも頭が足りないんだからって叱られたなぁ」
  「……アン……」
  「ねぇ」
  「何?」
  「あたし、フィーの側にいても良いんだよね?」
  静かに微笑し、私は両手を広げた。
  飛び込んで来ようとするアン。
  そして……。
  「お断りします♪」
  「えー? そこは姉妹として受け入れてよー。そしてここから芽生えるフォーリングラブ♪」
  「芽生えん芽生えん」
  「ぶぅっ!」
  「やれやれ」
  私は本を読むのに戻り、アンは髪を梳くのに没頭する。
  しばらく無言。
  「ねぇ」
  「何?」
  「あたし別に怒ってないからね?」
  「はいはい」
  「それで、何の本を読んでるの?」
  「今はモロウウィンドの本。モラグ・トングって知ってる?」
  「モラグ・トング? 確かモロウウィンドの暗殺集団だよね。何か関係あるの?」
  「さあ? そこは私も知らない」
  何が関係あるのか。
  その見極めは難しい。
  「モラグ・トングか」

  闇の一党ダークブラザーフッドは大陸でもっとも凶悪な暗殺集団ではあるものの、ダンマー達の出身地であるモロウウィンド島では
  モラグ・トングと呼ばれる暗殺集団が幅を利かせている。
  その名は私も知っている。
  有名な組織だ。
  本を読み進める。


  『伝承通りであるのであれば、元々は同じ組織だったのです』

  『モラグ・トングの指導者は夜母』

  『やがて内部抗争が起き、組織は分裂。片方はそのままモロウウィンドでモラグ・トングを名乗り続け、片方は大陸に渡り闇の一党
  ダークブラザーフッドを名乗りました。どちらの組織の頂点も夜母。どちらが本流で分派かは調べようがありません』

  『ただ、組織の頂点が夜母を名乗る理由として挙げられるのは、双方が互いに意識し合った結果だと推測できます』

  『モラグ・トングは従来通りに経典の元に暗殺を繰り広げる手法を好み、闇の一党は報酬次第でどうにでも動く欲得の組織として認知
  されているものの、どちらも物騒な点では変わりがないのです』

  『基本的に関係は険悪。過去には抗争の事実もあるようです』


  「分派した、か」
  だとすると夜母はダンマーか。
  私が遭遇した夜母が、内部抗争の後に闇の一党を創設したのは間違いあるまい。
  だとするとダンマーだ。
  モロウウィンドはダンマーの出身地。
  基本的にダンマーは他種族を同等とは見ていない。組織を立ち上げれるぐらいだから、モラグ・トングでも幹部だったのだろう。
  もしかしたらそもそもモラグ・トングの内部抗争に敗北し、追放された首領なのかもしれない。
  ともかく、トップに近いのだからダンマーだろう。
  「ふむ」
  パタン。
  本を閉じる。
  闇の一党の壊滅に端を発した今回の騒動。
  私への刺客。
  まさかモラグ・トングが出張ってきているわけではないだろうけど……この本、それなりには役に立った。
  夜母はダンマー。
  夜の母は、夜だったし顔は分からなかったけど……わざわざあのタイミングでそういう呼称な以上それなりに関係がありそうだ。
  私の疑心暗鬼を誘っている感がある。
  アン達を殺させる為?
  そうする事で私が成さなかった《浄化の儀式》を完了させる腹か。
  まあ、いい。
  「そろそろ始めるか」
  闇の一党に接触するとしよう。
  闇の一党に……。
  「始める?」
  「えっ? ええ。始めるわ」
  「じゃああたし用意するね」
  「待て何を脱ごうとしてるのぶっ殺すわよあんたっ!」
  「裸にならないと愛は始まらない♪」
  「アホかボケーっ!」
  「えー? ノリが悪いなぁ」
  「はぁ。人生ノリだけでは生きられません」
  「ちぇっ」
  「ちぇっ、じゃないっ!」
  ……ちくしょう。






  「……」
  冷たい石畳の上に座り、私は眼を閉じていた。
  正座。
  「……」
  全身を鉄の鎧に身を包み、アンヴィルで購入した破邪の剣は腰から外して石の床の上においてある。
  破邪の剣はアリスに渡した手製のものとほぼ同等のはず。
  感じる魔力の波長から察するに、そんな感じだ。
  私の持つ武器としては申し分ない。
  だからここに来たのだ。
  「……」
  そう。
  シェイディンハル聖域に。
  二度と来ないと心に決めていたものの、この間も来たし、そして今またここにいる。
  アン達には出掛けて来るとしか言っていない。
  つまりは孤立無援。
  「気配消して近付こうとは思わなくていいわ。バレバレなんだから」
  正座し、瞑目したまま私は微笑を含みながら叫んだ。
  ざわり。
  無数の殺意が膨れ上がる。
  私の無礼に腹を立てているらしい。ふん。……無礼?
  ワラワラと毎度毎度襲ってくる方が無礼というものだ。正直うざったい以外の何物でもない。
  「掛かってらっしゃいな」
  「ブレトンっ!」
  ひゅん。
  カッと目を見開き、破邪の剣を掴んで剣を抜く。
  居合い。
  怒りに駆られて私の間合に飛び込んできたレッドガードの暗殺者の首が飛んだ。黒いローブを着込んでるところを見ると、ブラック
  ハンドなのだろうけど……んー、最近幹部も質が悪いなぁ。
  私が相手というのもあるけど一太刀でお終いか。
  雑魚め。
  「おのれよくもっ!」
  「伝えし者の仇は俺様が取るっ!」
  「いいや俺だっ!」
  「奴の首を取れっ!」
  「最大の手柄首だっ! 殺して聞こえし者に献じれば出世は思いのままだっ!」
  我先にと向ってくる暗殺者達。
  なるほどなぁ。
  こいつらはただのチンピラ程度のレベルだ。少なくとも出世に目の色変えて戦場に出て来るのはプロのする事ではない。
  別に出世が悪いとは言わない。
  ただ、こいつらはそれのみを考えている。
  大した相手じゃないわ。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  電撃。
  直接当たった奴は当然感電死するものの、直撃した際に余波が生じ近くの連中をただではすまない。
  一撃。
  たった一撃で闇の一党の暗殺者達は永遠に沈黙した。
  「口に入らない獲物には手を出すべきではないわ」
  冷笑を浮かべる。
  黒焦げ死体には興味がない。
  「わざわざやり易くしてやったんだから出て来たらどう? ……まさかこんな雑魚でどうにか出来る相手だとは思ってないでしょ?」
  「生意気ね相変わらずっ!」
  アマンダ登場。
  階級は知らないが、少なくともブラックハンドのメンバーであり、今まで出張ってきたエセ幹部とは比べ物にならない。
  召喚の能力だけいえばアルケイン大学の名のある召喚師よりも上回っている可能性もある。
  暗殺向きではない能力者。
  そう。実戦向き。
  私を殺そうと思うのであれば、アマンダのような能力者の方が適している。
  ……もちろん殺されてやる気はないけどねぇ。
  くすくす。
  「もう少し骨のある奴ら寄越したら? はっきり言って準備運動にすらならないんですけど?」
  「高飛車ね、裏切り者」
  「そりゃ失礼」
  「夜の母の偉大なるお力の前に歯が立たなかったのにもう立ち直ったのかしら?」
  「さあね」
  「今一度味わえっ! 夜の母、偉大なるお力をお見せてくださいっ!」
  ブォン。
  視界に、闇が広がった。
  完全に広がりきる瞬間に、私は見た。夜の母がいつの間にかアマンダの隣にいた。それはダンマーだった。
  つまりは夜の母が夜母?
  ……。
  ……なんてね。
  ふん。
  アンの自慢の妹の私は名探偵なんだぞ。この事件、私が33分もたせてやるっ!
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  天井に放つ。
  爆炎と爆音のコラボ。瞬間、私の視界が元に戻る。
  馬鹿が。
  二度も同じものが通じるか。
  あの時、タマネギ頭の熱狂的なファンが声を掛けて来ただけで解けた。多分、肩を叩くだけでも解けるはず。
  現実世界の音や感触に触れた瞬間に解ける幻術。
  所詮は脳に働き掛けて虚像や幻聴を起こしているに過ぎない。もちろんそれを否定する方法は、幻覚状態に陥れば陥るほど抜け出
  せなくなっていく。
  しかしそれは対処法さえ知っていれば問題ないのだ。
  完全に自由を奪われる前に煉獄を放ち、爆音が耳を駆け抜け、火の粉が舞って肌に刺激を与える。
  たったこれだけで幻術は回避できる。
  名探偵を舐めるなよっ!
  「悪いけど私は毛利小五郎よりも腕は上の名探偵よ?」
  「くっ!」
  歯軋りするアマンダ。
  夜の母の動きはない。悠然と……と言えば聞えはいいけど、ただボケーっと突っ立っているようにも見える。
  「そいつは何なの?」
  「夜の母よっ!」
  「それは知ってるわ」
  「夜の母は、夜母の現実世界でのお姿っ! この邪悪に尊いお姿を見て平伏せっ!」
  「単純ばぁか」
  「な、何?」
  「夜母は死んでんのよ、とうの昔にね。全てをシシスに捧げた。……なのに何故今更肉体がある?」
  ブラヴィルの幸運の老女像の下に夜母の墓所がある。
  そこには夜母の骸骨が転がっていた。
  生身があるはずがない。
  「夜母の偉大なるお力で肉体を取り戻して……っ!」
  「単純ばぁか」
  「な、何?」
  「偉大なるお力。まっ、仮にそれがあったとしましょう。絶対にないとは言わないわ。……さて、夜母はダンマー。わざわざダンマーの
  姿で現れるのはまあ理解出来るけど、どうしてわざわざ老女になってるの?」
  「……」
  「これは私にしてみれば大きな問題よ。どうせ肉体得るなら若い方が動き易いに決まってる。色々な意味でね。なのに老女。しかも
  わざわざダンマーの姿となると……これは偽装ね。あたかも夜母ですというイメージを作る為の偽装。なら何の為に?」
  「……」
  剣を収め、私は腕組みをした。
  アマンダは私の動きに警戒し、夜の母はあいかわらず無表情で動きすらない。
  「聞えし者はアンというイメージを作ろうとしたり、今ここに夜母のイメージの老女を引き連れている。つまりは私に対するプレッシャー
  と疑心暗鬼の為ね。そしてこれは決定的な推理よ。アマンダ、あんたは偽装するように指示されてる。つまり黒幕を知ってる」
  「……ふふふ」
  「あら当たり?」
  「面白い推理ね。だけどね名探偵さん。……お前はここで死ぬのよっ! やれセブンスっ!」
  セブンス?
  名前から察するに……なるほど、マリオネットか。
  それも12ナンバーシリーズのタイプか。
  人格有するタイプのはずだから、交渉次第では仲間につけられるでしょうね。
  しかし甘いっ!
  「裁きの天雷っ!」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィっ!
  飛び掛ってきた老女のマリオネットを粉砕。
  「マリオネットが魔法に弱い事ぐらい分かってんのよっ!」
  「くっ。相変わらず容赦ないのね」
  「哀れみは嫌いでね」
  「しかし分からない? 力で勝った者は、最後は力に平伏す事になる。どんなに強くても所詮は人間っ! 夜母様に敵うものかっ!」
  「じゃあ試す? 夜母を連れて来なさいな」
  「……ふふふ。今日は、このぐらいにしておいてあげるわっ!」
  タタタタタタタタッ。
  粉々になった夜の母には眼もくれずにそのままアマンダは逃走した。
  追い討とうとしたものの、やめた。
  誰が黒幕かは知らないけどアマンダはその黒幕を知った上で、色々と画策しているのだ。当分は泳がせよう。
  もしかしたらアマンダが聞えし者?
  その可能性もあるわね。
  いずれにしても進展はあった。
  謎の真相はまだ闇の向こうだけど、相手を相当追い込んではいると思う。
  闇の一党の構成員がどれだけいるかは知らないけど結構削っているしね。そろそろ総力戦を仕掛けてくるはず。
  まめて潰す。
  「それが得策よね。後腐れないしさ」