天使で悪魔





死を呼ぶ絵筆




  ここ最近、どうも闇の一党ダークブラザーフッドに狙われている。
  タムリエルにおいて最強最悪の暗殺集団。
  当初はただの残党だと思っていた。
  しかし、組織的に私を狙ってる。それも正確に的確に。
  どうするかって?
  関わった以上は、潰すわ。
  私に喧嘩を売った以上は等しく不幸になってもらわないとね。くすくす♪

  それにしても、誰が仕切ってる?
  私は今、疑問を持っている。そして疑惑も。
  元シェイディンハル聖域の面々がまるで関わっているような状況証拠が多数ある。
  もしも現在私の自宅であるローズソーン邸に居候している暗殺者の家族達が関わっているのであれば。
  私は彼ら彼女らを殺せるだろうか?
  私は……。

  ……まっ、その時はその時考えましょう。
  それまでは考えない事だ。
  考えた事柄が、答えには決してなるわけではないのだから。






  シェイディンハルに着いた時、夕方だった。
  コロールからの旅路。

  数日掛かったものの、何とか無事に到着。
  「ようやく着きましたね」
  「そうね。とりあえず、今日は宿を確保。本格的に人探しするのは明日からにしましょうか」
  「はい。フィッツガルドさん」
  ダンマーの少女は、元気よく答えた。
  何故か私を尊敬しているアイリス・グラスフィル……愛称アリスは、妙に気合が入っている。
  仕事が楽しいらしい。
  彼女は戦士ギルドの見習いメンバー。
  一応、私はガーディアン。立場的にどの程度の位置かは知らないけど、私は幹部。
  ……。
  気付けば所属組織多いわね。
  経歴的には様々な組織に属しているなぁ。首になったりしたのもあるけど、結構多い。
  魔術師ギルド。
  戦士ギルド。
  帝都軍巡察隊。
  高潔なる血の一団。
  闇の一党ダークブラザーフッド。
  縁を切ったのが帝都軍と闇の一党、現在進行形で所属しているのが魔術師ギルド&戦士ギルド&高潔なる血の一団。
  どんだけ掛け持ちしてるんだ私は。
  魔術師ギルドでは評議員待遇(正式には評議会に名を連ねていないものの権限だけは与えられている)。
  戦士ギルドではガーディアン。
  高潔なる血の一団では名誉会員。
  ほほほ、どんな組織でもこの有り余る才能で上位に位置するとは……私の才能、怖いねぇ。
  ほほほー♪
  さて。
  「まっ、今回私は保護者的な役目らしいから、好きに動きなさいな。聞きたい事はある?」
  「あの、人探しの基本は何ですか?」
  今回シェイディンハルまで来たのは人探し。
  レイナルド・ジェメインとかいうブレトン男の偽者探し、らしい。
  概要はあまりよく聞いていないものの、コロール在住のレイナルド・ジェメインのそっくりさんがシェイディンハルにいるらしい。
  だからどうした、という感じの依頼よね、うん。
  ただそのそっくりさんが煩わしいらしく、依頼人は偽者の素性を調べるように依頼したとかしないとか。
  ……。
  ……はぁ。調べてどーする。
  似てるからって罪にはならんでしょうに。
  そもそもその理屈で行けば、向こうから見たらレイナルド・ジェメインも自分そっくりの偽者になる。
  アリス何気にどうでもいい仕事押し付けられてない?
  なんか可哀想。
  「人探しの基本ね。まっ、何か食べながら話そうか」
  「はいっ!」
  元気優良印ね、この子。
  何気に私、色々と懐かれてる。フォルトナとか、アンとか。
  人望だろうか?
  ……。
  ……ただのトラブルメーカーでしかないと思うなぁ、私。
  おおぅ。



  「シェイディンハル随一の酒場へようこそ。デルヴェラ・ロマレンです」
  ニューランド山荘。
  デルヴェラ・ロマレンというダンマーの女性が経営する宿。
  しかしどちらかというと、酒場の側面の方が強いようだ。
  少し早めの夕食をカウンターで取りながら、私は旅の疲れを癒す一時を堪能していた。
  私が注文したのはベーコンとチーズを豪快に挟んだサンドイッチ。魚介類のスープ。ハチミツ酒。
  アリスはシンプルなカレーに舌鼓を打っていた。
  客はまだ疎ら。
  飲んで浮かれ騒ぐには、まだ早いらしい。
  ……。
  それにしても、シェイディンハルか。
  浄化の儀式以降、出来るだけ来ないようにしてたんだけどな。
  まさかこんな形でまた来る事になるとは。
  こんな形とはアリスの仕事の事ではない。再び闇の一党絡みで、という意味だ。
  何だって再起動するかな、闇の一党。
  ここに至るとただの残党じゃなくて完全に再建されてると認識するのが正しいだろう。確実に組織的に私を狙ってる。
  誰が?
  何故?
  はふ。色々と心当たりがあり過ぎて、誰が狙ってるのかも何故狙われるのかも分からない。
  まあいいわ。
  全部潰す。
  そしたら、再び動く事はないでしょうよ。
  ……だけど面倒だなぁ。
  「はぁ」
  「お疲れですか、フィッツガルドさん」
  「色々とね」
  人探しかぁ。
  一応、モドリン・オレインにも頼まれているから保護者的な役目はこなすとしよう。
  その後でこの街にある闇の一党の聖域、以前の私の居場所を潜るとしよう。
  コロールで始末した毒女(階級は奪いし者)曰く、この街に聞こえし者が来ているらしい。一気にヒットしてやるとしよう。
  後腐れなくね。
  「ところで明日はどうしましょうか?」
  「とりあえず歩きましょう」
  「聞き込みはしないんですか?」
  「無意味」
  「そう、なんですか?」
  「いい、アリス。レイナルド・ジェメインの偽者、まあ、そっくりさんでもいいわ。その人を見ませんでしたか、なんて聞いて回って
  も意味はないでしょうよ。ただ似てるだけ、それだけよ。聞き込みは無意味」
  「なるほど。……確かにレイナルドさん、ただの酔っ払いみたいですし偽者なんていないのかもしれませんね」
  「いっその事、調査終了する? 報告の内容はアリスが考えればいいじゃない。その方が楽だし」
  「それは駄目です。仕事は仕事、ちゃんとこなさなくては意味がありませんっ!」
  「……変なところで堅いのね、アリスって」
  まあ、いいけど。
  熱血一直線な戦士娘アリス。世の中、色んなタイプの人間がいるものだ。
  ごくごくごく。ぷはぁー。
  ハチミツ酒は最高ですなぁー♪
  「あっ、お代わり注文しましょうか?」
  「やめとく。一本超えると私、記憶飛ぶみたいだから」
  「へー。なんか意外ですね」
  「どんなところが?」
  「フィッツガルドさんってどんな時でも冷静に見えますし」
  「んー、一緒に飲んでた人が言うにはね、私ってば冷静に暴れてるみたい。……アリスも経験しておく?」
  「……で、出来れば遠慮の方向で」
  「何よそれ」
  くすくすと笑い、それから弾ける様に2人で笑った。
  アンと食事するのも楽しいけど、アリスと食事するのも楽しい。先輩の立場になるからかな、アリスといると。
  それが、たまらなく新鮮で楽しい。
  そういえば今まで後輩なんていなかったし。
  アルケイン大学でも私は一等上の存在に見られてて、立場的に後輩の面々は私に近づかないし。
  「お客さん、どうぞ。私の奢り」
  女将が私のコップにハチミツ酒を満たす。
  「いやあんまり飲むと私暴れるから」

  「ここはダークエルフである私が経営する酒場。嘘泣きに唾吐きに罵詈雑言、何でもご自由にどうぞ」
  「はっ?」

  「喧嘩もどうぞご自由に。文句を言う客は誰もいませんよ、私もそうです。まあ、衛兵が駆けつけてくると牢獄行きか罰金で
  しょうけど、そこは私の知った事ではありません」
  「……」
  ダンマーは総じて、天邪鬼。
  意地が悪いと言うか何と言うか。邪悪に見られる所以は、ダークと呼ばれる意味合いはそこにある。
  別に悪い種族じゃない。
  九大神よりもそれに敵対するオブリビオンの魔王達を信仰する傾向が強いものの、別にそれは罪ではない。
  口が悪い。それがダンマーが付き合い難いと感じられる理由だ。
  「あの」
  「どうしたの同族のお嬢さん」
  「あの、聞きたい事があるんですけど」
  「力になれる事なら」
  「レイナルド・ジェメインという名をご存知でしょうか?」
  「レイナルド・ジェメイン?」
  「ええ。そうなんです」
  ……仕事熱心な事で。
  確かに情報収集なら、酒場が一番手っ取り早い。情報が多く行き交う場所だからだ。
  まあ、大抵はゴミのような情報でしょうけど。
  女将はしばらく考え、首を捻る。
  「そんな奴知らないね。ギルバート・ジェメインなら常連客だけどね」
  「ギル……えっ??」
  同じジェメイン繋がり?
  親族か何かだろうか。
  ふぅん。アリスの仕事熱心、役に立ってるってわけだ。この情報はなかなか大きい。
  「ああ丁度いいよ。今、来た奴がそうさ」
  振り返る。
  あっ、そんな小さな呟きをアリスは洩らした。
  そこに立っていたのはブレトンの青年。
  私はそもそもレイナルドの顔すら知らない。だから、この青年が件の偽者なのかは分からないけど……アリスの表情から察
  するに、レイナルドに似ているのだろう。それも言葉を失うほど、そっくりに。
  女将は彼に言葉を掛ける。
  「丁度よかったよギルバート。この人達が用があるってさ。用は……逆ナン?」
  「違いますっ!」
  力一杯否定のアリス。
  うーん。面白いキャラよね、この子も。
  「私に何か御用ですか」
  「えっと、ギルバート・ジェメインさん……でしたっけ?」
  「ええ、そうです」
  うっわ物腰柔らかな青年だ。好青年ってやつ?
  まあ、私のタイプじゃあないけどね。
  話はアリスに任せよう。あくまで私は保護者、後見的な存在として同行しているに過ぎない。
  「あの、不躾ですけどレイナルド・ジェメインという名をご存知でしょうか?」
  「レイ……」
  「顔立ちがそっくりなんです」
  「彼が……彼が生きてるのか……?」
  「……?」
  「母には双子の弟は幼い時に事故で死んだと聞かされていたんだっ! まさか生きているとはっ!」
  ……な、なんと安易な……。
  双子か。
  ふぅん。そっくりなのは、その為か。
  生き別れの兄弟ってやつか。
  「君は、一体……?」
  「あたしは戦士ギルドの者です。その、レイナルドさんに探すように依頼されました」
  「そ、それで弟は今何処に?」
  「コロールです」
  「コロールか。会いに行かなくてはっ!」
  「道中は危険です。あたし達もコロールに戻ります。よろしければ、護衛として同行いたしますが」
  「よろしくお願いします」
  へー。
  アリスって意外に丁重な言葉遣い出来るんだなぁ。
  私は苦手っす。いやはや面目ない。
  「再会か。……人生最高の喜びだっ!」
  明日、一緒に出立する事をアリスが伝えると、瞳を輝かしながら彼はここを後にした。
  おそらく出発の準備をするのだろう。
  ミッション終了。
  「ねぇアリス。ここで別れましょう」
  「……?」
  「少しシェイディンハルに用があってね。私はそれを終わらせてからコロールに戻るわ。別の依頼を手伝うから、悪いけど先に
  帰っててもらえない?」
  「分かりました」
  元々ここに来た最大の理由は、聖域に行く事だ。
  アリスには悪いけど、人探しはあくまでついでだ。そしてその人探しも終わった。
  ここからは私の自由時間にさせてもらおう。
  それに別に誰かに狙われるような依頼ではない。街道歩いててモンスターや賊に襲われる事はあっても、誰かに付け狙われる
  依頼ではない。
  アリスだけでも問題ないだろう。
  でもまあ、一応保護者としてやれる事だけはやっておくとしよう。
  「ねぇ、剣見せて」
  「剣ですか?」
  「そう」
  「どうぞ」
  アリスが差し出す剣を受け取り、軽く抜き、刀身を見る。
  魔法剣か。
  それも込められている属性は火。
  それなりに強い力が込められているものの、強力な代物ではない。
  「……あー、そういえば流浪の魔剣はゲットできた?」
  「あれは……無理ですよ、人外のものでしたし」
  「ふぅん」
  「あたしのその剣は、ダゲイルさんに貰った剣なんです。炎上のロングソードです」
  「ダゲイルねぇ」
  レヤウィン魔術師ギルド支部長だ。
  預言者として有名。
  わざわざアリスにあげるとは……何か見えたのかな、彼女の未来が。
  まあ、いいか。
  「私のと交換しない?」
  「フィッツガルドさんの剣と?」
  「そう。私のは雷を込めてあるわ。剣の名前は、特に付けてないけど……伝説級の剣を除いたら、大陸でもトップクラスの威力
  を秘めた魔力剣よ。ただまあ、強力過ぎるから加減間違えると相手簡単に死んじゃうけどさ」
  「……でも、いいんですか?」
  「気にしないで。私は新しいのを自分で作ればいいだけなんだから。まあ、大学まで足運ぶのは面倒だけどね。一緒にコロール
  帰れないから、まっ、お詫びというか保険というか。ともかく、この剣があれば大抵の連中は一太刀で仕留めれる」
  「……」
  少し、戸惑うアリス。
  剣士として強力な剣に惹かれる想いと、私に対する遠慮……かな?
  まあ、金額にしたら結構元手掛かってるけどね、この剣。
  金貨2000枚ぐらい投じてるかな、この剣の開発に。
  「アリス」
  「でも、その」
  「いいのよ別に気にしなくても。……一生私に跪いてくれたらさー♪」
  「はぅぅぅぅぅぅっ」





  アリスと別れ、私は街を歩く。
  夕刻。
  明日に回してもいいかとも思ったけど、聞こえし者がここに来ているらしい(毒女談)。
  明日に回すのは、やめるべきよね。
  さっさと接触するに限る。
  ……。
  正直、アリスの乗った馬に合わせたからシェイディンハルに来るまで結構時間を食った。
  私の愛馬シャドウメアは不死身。
  しかしアリスの乗った馬は、普通の馬だ。休息も必要。
  そんなわけで時間が掛かったのよ。
  「……はぁ」
  廃屋。
  また一段と荒れ果ててますなぁ。
  ギィィィィィっ。
  扉を開き、中に入る。外装もそうだけど、内装も完全に荒れている。かびた臭い。外の空気を持ち込んだ私が気に入らないのか、
  何かの生き物が暗がりに逃げた。
  ……何の生き物かは確認するのはやめておこう。うん。
  奥に進む。
  崩れた石の壁。そこからさらに地下に進む。
  「……」
  そして扉に行き着いた。
  このセンスだけはどうも馴染めない。
  深紅の光を発する、扉。
  そこには刃を持つ女性が赤子を抱き、四人の子供に迫る姿が刻まれている。
  これが夜母の姿。
  闇の神シシスに、夜母は自らの5人の子供を生贄として捧げ、自らをも生贄にして力を得た。
  ……。
  んー、夜母が絡んでるのかなぁ?
  だけど夜母の本当の姿を、居場所を知る奴はいないはず。旧ブラックハンドは私が全て潰したから。
  夜母は全てを見通せるけど、外界には介入出来ない。
  まあ、いい。
  全部殺してから考えるとしよう。
  「夜の色とは何色だ」
  「……」
  扉が発してる声、かな。
  最初の時は、聖域内にいた誰かが発した声だと思ってたけどどうも違うらしい。
  ここに入る為の鍵であり認証システム。幸い、私は合言葉を知っている。
  「サングイン。我が同志よ」
  ギギギギギギギギギっ。
  軋みながら扉は開く。
  「……」
  コツ、コツ、コツ、コツ、コツ。
  私は無言で進む。
  ここに来るのは、どのくらいぶりだろう?
  浄化の儀式以降、来ていない。そもそもシェイディンハルすら避けていた。
  懐かしいという感覚はない。
  あまり、ここには戻って来たくはなかった。正直ね。
  腰にある剣に手を当てる。
  炎上のロングソード。結局アリスと交換した。
  この剣の威力はまだ使ってないから分からないけど、感じとしては私の手製の剣よりかなり劣る。
  まあ、ないよりマシだ。
  新しいのを作ったら、ローズソーン邸に飾るとしよう。
  「……」
  ここに最初に来た時を思い出す。
  オチーヴァが迎えてくれた。とてもフレンドリーに。
  正直、これが本当に悪名高き闇の一党の聖域の一つ(聖域=支部)なのかと思ったけど……どうやらオチーヴァ達が
  特例的な存在だったらしい。
  おそらく配属されたのがここじゃなかったら、今頃こんな面倒にはならなかったはずだ。
  今更斬り捨てられない関係だもの、いつの間にか。
  「……」
  当然、ここにはオチーヴァ達はいない。
  追憶はいつまでも私の心を和ませてはくれなかった。
  ざわり。
  背筋に何か悪寒が走る。瞬時に剣を抜き、周囲に視線を巡らせる。
  囲まれている。
  黒い皮鎧の集団。今更確認するまでもない、闇の一党の暗殺者どもだ。
  ……罠か、やっぱり。
  「大勢引率で恐縮ですなぁ。……お前ら全員殺すよ」
  「はっ、生意気な女ねっ!」
  まるでこの場に似合わない、蒼いドレスの女が暗殺者達を掻き分けて前に出てくる。
  たくさんの宝石で自らを飾りつけている、金髪の少女。
  社交界ですか、今から?
  ……。
  そんな感じの服装じゃないわね。
  宝石多過ぎ。
  それも全部ルビー。ここまで身に付けていると、悪趣味でしかない。
  ……こいつが聞こえし者?
  少なくとも、アンではない。
  「おやおや可愛い子供ね。……あまり未成年は相手にしたくないんだけど。ほら、世論がうるさいし」
  「あんたにそんな余裕があるのかなー?」
  なんだこの女。
  高飛車にもほどがあるぞ。
  「私はアマンダ。階級は……さて、何でしょう? くすくす」
  「……」
  私の心を読んでるつもりか?
  今のところ、聞えし者は《少女》で《金髪》。少女っぽい容貌という系統も含めばアンが該当する。金髪もね。
  そしてこいつも外観としては聞えし者。
  それを踏まえて、私をからかっているのか?
  ……。
  どうもアン達が絡んでいるのではないか、という疑惑と疑問を闇の一党が煽っている気がしてならない。
  何か意味があるのか?
  まあ、いい。
  「お前殺すよ」
  「おっほほほほほー♪ そりゃ無理よ、ズィヴィライっ!」
  「なっ!」
  あまりの事に私は一瞬、我を忘れる。
  こいつ高度な召喚技能を有してるっ!
  ……。
  ズィヴィライ。
  悪魔達の世界オブリビオンの中でも高位に位置する悪魔。
  容姿は、青鬼っぽい。
  炎に耐性があり、特殊能力として50%の確率で魔法を吸収する。耐久力や攻撃力も高く、電撃魔法を操る。
  正直、私が召喚するデイドロスより強力だ。
  よっぽどの技量の召喚師でなければ召喚&使役は出来ない。
  私?
  まあ、少し勉強したら召喚できますわー♪
  私ってば優等生だし。
  ほほほー♪
  「アマンダ様に逆らった事、後悔なさいっ!」
  「はいはい」
  ブーストブーストブーストブーストブーストブーストっ!
  魔力を増幅。
  一時的に私の魔力は最強の魔術師ハンニバル・トレイブン数人分に匹敵する。
  増強すると高揚感が凄いんだけど醒めると辛い。落差が激しいのよ、かなり。
  ともかく、一気に一掃してやるぅーっ!
  ……。
  ああ、補足。
  ズィヴィライは電撃に弱いです。
  というかオブリビオンの悪魔達は基本的に電撃に弱い。まっ、こんなインフォいらないか。
  いっくぞぉーっ!
  「神罰っ!」
  
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  電撃が聖域内を舐める。
  こういう限定空間では避けようがない。
  暗殺者達は一網打尽。
  電撃が止んだ時、炭化していた。ズィヴィライも例外には洩れず。
  「ぜぇぜぇ」
  辛い。
  醒めるのが辛い。
  ドーピングして魔力を増幅し、その魔力を使い切ると……正直、倦怠感が凄い。私を容赦なく襲ってくる。
  足がガクガク震える。
  タタタタタタタタタタタタタタタッ。
  「に、逃げるんじゃないんだからねっ!」
  「……あの女、逃げやがったー……」
  どういう原理で無事なのかは知らないけど、アマンダは回れ右して逃げて行った。
  ありゃハズレね。
  召喚師としては凄いけど、少なくとも組織を纏めるタイプじゃないっぽい。
  伝えし者か、聞こえし者か。多分どっちかだ。
  ……。
  でも、強いわね。
  マラーダで消した幹部2人、タロス広場地区で消した幹部2人、フランソワ・モティエール邸で消した毒女。
  いずれも雑魚だった。
  人材なの無さを露呈しているようなものねと嘲笑してたけど、アマンダは少なくともアルケイン大学の召喚師よりも腕は上だ。
  そうそうズィヴィライを召喚&使役できるのは、いない。
  「……くっそ、労働嫌いなのにー……」
  疲れた体に鞭打って、私は追った。



  「何処行きやがった、あのツンデレ暗殺者」
  廃屋の外に出たものの、それらしい姿はない。
  逃げ足めちゃくちゃ速い。
  ……。
  最近、妙に強い相手ばかりよねぇ。
  マラーダに出張ってきたあの盗賊ギルドの女もそうだけど、ここ最近は《フィーちゃん最強伝説♪》が崩れて困るなぁ。
  瞬殺が私のモットーなのに。
  アマンダも、そこそこ強い。
  純粋な戦闘能力は知らないけど、オブリの高位悪魔を召喚する手並みから判断すると、召喚師としては上級だ。
  暗殺者としては知らないけどね。
  まあ、深い付き合いになる前に始末しちゃうんだけどさ。
  くすくす♪
  「んー」
  どうすっかなぁ。
  夕暮れ時とはいえ、人の往来は激しい。
  紛れてしまえば分からない。
  誰彼構わずにアマンダの容姿を元に聞き込めば分かるかもしれないけど……今からアマンダ殺すんだよ?
  自分から犯人は私です、と触れ込むようなものだ。
  あまり足のつく事はしたくない。
  「……また、人探しかよ……」
  面倒だ。
  私がアマンダなら、追われる立場ならどうする?
  ……。
  往来にいて、人に紛れれば敵は手出しできないだろうけど……見つかれば最後、監視される。そして隙を突かれてアウト。
  うん。それじゃあ意味がない。
  ならばどうする?
  「街を離れる、か」
  人通りの激しい往来を避け、街を脱出する。
  街さえ出れば足取りは不透明となり、まず見つからない。……絶対とは言わないけど。
  少し寂しい……というか、静かな区画に足を向けた。
  



  「……あかん。完全に見失った……」
  おそらくもう街にはいないのだろう。
  私は閑静な区画を歩きながら、そう考えた。私が向こうの立場なら、今頃もう街にはいない。
  逃げたのだろう。
  「ちっ」
  舌打ち。
  あいつが聞こえし者だとは到底思えない。
  強い。
  強いには強いけど……なんか聞こえし者のイメージじゃないのよねぇ。
  ……。
  ま、まあその理屈ならアンもまったくイメージじゃないけどさ。
  誰が闇の一党仕切ってるのかは知らないけど、確実に《闇の一党》として動いてる。つまり、組織を完全に掌握してる。
  ここまでの撃破数は軽く200を超えてる。
  これだけ動員出来る以上、組織一丸となって私を狙ってる。
  騙りでここまで動員は出来まい。
  まっ、全部潰せばいいんだけどさー。
  「……あれ?」
  人通りも少なく、静かな区域を歩いていると……何処からか金切り声が聞こえてきた気が……。
  何処だろう?
  空耳?
  「……」
  いえ、本当に聞える。
  何かに驚いた程度の声じゃない。声の質からして、悲鳴だ。それも女性。
  タタタタタタタタタタタッ。
  私は走る。
  もしかしたらアマンダがどっかの家に押し入って、立て籠もっているのかもしれない。
  走る事数分。
  この家だ。二階建ての、大きな家。
  ここだと断定するのには当然理由がある。扉が蹴破られているのだ。
  私は家に入った。
  「どうしたの?」
  おろおろとしているダンマーの女性に声をかける。
  一応、設定としては《悲鳴を聞きつけてやって来た気の良い冒険者のフィーちゃん♪》なのでよろしくー。
  向こうも私の行為を親切だと思ったらしい。

  「主人がっ! 主人がっ!」
  「どうしたの?」
  ここにアマンダが逃げ込んだのだろうか?。
  まさかとばっちり?
  ……。
  誰が死のうと生きようと関係ないけど、やはり寝覚めは悪くなる。
  女性は、必死に自分の感情と折り合いをつけて、冷静に話そうと試みている。
  「わ、私の夫の名はライス・ライサングス。お礼はします、たくさんします、だから夫を……っ!」

  ライス・ライサングス?
  確かどこかで……ああ、そうそう、有名な画家の名前だ。なるほど、確かシェイディンハルに自宅を構えてると聞いた事がある。
  ここがそうなのか。
  風景画の天才らしい。確かそう聞いた。
  まあ、いい。
  「誰かが数分前に駆け込んできたんです。そいつは私の制止を無視して夫のアトリエにっ!」
  「……」
  「揉み合う様な音がしたんです。でも、私が恐々見てみると2人ともいませんでした」
  「……いない?」
  「はい」
  「それでその不法侵入者は……女だった? 金髪の?」
  「い、いえ、そこまでは。気が動転してましたし。……ただ、男性でした」
  「……男性」
  ハズレか。
  ただの押し込み強盗か。
  しかし《じゃあお元気で♪》では通じそうもない。
  いずれにしてもアマンダはもう見つかるまい。
  ……はぁ。
  ……こういう強制参加のイベントは好きじゃないのにー。
  「あの、冒険者の方ですよね?」
  「うん」
  冒険者=何でも屋。これ世間一般の常識論。
  「夫を探してもらえないでしょうか?」
  「衛兵には知らせないの?」
  「こ、この街で衛兵は敵なんですよ」
  「……?」
  よく意味が分からない。
  「新任の衛兵隊長が……い、いえ、そんな話してる場合じゃないですね。多分、この家のどこかにいると思うんです。アトリエには
  窓がないし、出る場所なんてない。一緒に探してもらえないでしょうか?」
  「武器持って、安全な場所にいなさいな」
  賊は武器を持ってるかもしれない。
  わざわざ奥さんが探す必要はない。乗りかかった船だ。私が面倒見てあげよう。
  ……。
  それに、完全に闇の一党の暗殺者絡みではない、とは断言は出来ないし。
  アマンダではないにしても暗殺者の可能性はある。
  私の責任の範疇だ。
  「それでアトリエは何処に?」



  「なるほど」
  確かにアトリエには、窓は一切ない。
  壁はレンガ製。
  ぶち破った形跡はない(まあ、当然ですけど)し隠れれるような場所もない。所狭しと、絵が置いてある。
  描きかけの絵が、イーゼルにある。
  風景画だ。
  何処の風景だろう?
  そこまでは分からないけど……季節は秋かな。紅葉が描かれてるし。
  賊が押し入った時、これを描いてたらしい。
  「ふぅん」
  特に他意はない。
  何となく絵に触ってみた。瞬間、私は絵の中に引きずり込まれた。





  「な、何ここ?」
  一瞬、状況判断が出来なかった。
  何処なの?
  見渡す限りの木々。焼け付くような赤土。こんな場所、シロディールにあったかな?
  結構旅をしているもののこんな場所はまだお目に掛かった事がない。
  ……。
  いやいやいやっ!
  問題はそこじゃないわね。シェイディンハルに、街中に、家の中にいたはずの私がどうしてこんな場所に?
  ま、まさかマジで絵に吸い込まれた?
  「……」
  ありえないとは言わない。
  タンスからナルニアに行けたりテレビの中に別の世界があったりするご時世だ……って何の話……?
  い、いかん。完全に動揺してる。
  「出口は何処? てか何っ! 何で私ってばこんな厄介ばっかーっ!」
  ……冷静に冷静に……。
  「アンコターだあいつの所為だっ! あいつの所為で私の運は低下してるんだからねーっ! あいつ絞めころーすっ!」
  ……冷静に冷静に……。
  ……冷静にてー……。
  「なれるかゴラァーっ!」
  うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  清く正しく美しく生きてる私がどうしてこんな目ばっかりあうのよっ!
  ……ちくしょう。
  「き、君は……?」
  「えっ?」
  ダンマーだ。ダンマーの男性がいる。
  誰だこいつ?
  「君は一体何処から来たんだ? 見たところ本物のようだが……」
  「本物?」
  何の事だろう。
  「……そうか外から来たんだなっ! 助かった、ありがたいっ!」
  「はっ?」
  意味が分からない。
  ダンマーはそんな事はお構いなしに、延々と喋り続ける。
  「味方が来てくれたのは嬉しいが、実は状況は最悪だ」
  「状況ねぇ」
  まあ、聞くしかないか。
  挨拶省いたものの、挨拶はさほど問題ではない。
  ここがどこか知りたいし。
  「君もここから出られない。永久に私とここで暮らす事になるだろう」
  「……それ最悪じゃん……」
  説明抜かしていきなり結末かよっ!
  それとこんなおっさんと、得体の知れない場所で永遠に永久に永劫にー?
  ふざけんなーっ!
  「ど、どういう意味? てか、ここは何?」
  「こんな結末を伝えるのは心苦しかったが、全てはあのボズマーの盗賊の所為なんだ」
  「……」
  ボズマーの盗賊?
  普通は暗殺者と盗賊の区別なんてつかない。それが当然だ。一緒くたに考えるのが自然だ。
  しかし何気に闇の一党とは無縁な気がする。
  またただのトラブルかよ。
  ……ちくしょう。
  「私の画家としての成功の秘密は、ある絵筆のお陰なんだ」
  「絵筆?」
  「私の愛用の絵筆は数年前に、396年のアルネシア戦争で戦った芸術家の物なんだ」

  「ふーん」
  話が見えて来ない。
  ちなみに現在は第三紀の434年。
  「その芸術家は戦争中に両腕を失ってな。だが彼は絵への情熱を失わなかった。彼は九大神のディベラの敬虔な信者でな、
  今一度自らを表現したいと熱心に祈り続けた」
  「それで、女神様は願いを聞き届けたわけね。まっ、よくある話ね」
  「ただの与太話ではない。その画家とは、私の父だ」
  「ふーん。で、その筆には凄い力があるって言うの?」
  「ここがその結晶だ」
  「……つまりここは絵の中?」
  「そうだ」
  「……」
  ど、どんな魔道技術よこれっ!
  絵の中に入れる?
  そんな馬鹿な……。
  「これが私の画家として成功した秘密だ。筆を使えば、絵の中に入れる。私は絵の中に入り、細かい描写を繊細に描いてきた」
  「で、でも貴方の父親は手が……まさか描くって……」
  「そう。絵筆を持って頭の中で思い浮かべるだけでいい。思い浮かべた物が絵となるのだ」
  「……」
  それはつまり画家としては虚名ってこと?
  他の熱心に勉強してる画家が聞いたら怒りそうな話ね。
  それを察したのか、彼は弁解がましく言う。
  「も、もちろん普通に絵筆を振るう事の方が私は好きだぞ。画家はやっぱり、実力と感性だろう。はは、はははー」
  「で? その筆を、侵入者に奪われた?」
  「そうだ。揉み合ってる内にこちら側に来てしまった。入れるのは絵に触れさえすればいいのだがな、出るには筆が必要なのだ。私
  がここにいる、つまりは……奪われたと察してくれるよな?」
  「ええ」
  とりあえず色々と聞こう。
  「絵に触れれば引きずり込まれる……つまり、あなたの絵ってそんなに危険なもの?」
  「いや、少し意味が違う。ティベラの筆で描いている最中に、絵に入れるんだ。しかし君は描いていないのに入って来れた。私も原理
  はよく知らんのだが、おそらく空間がまだ安定していなかったのだろう。売り物の絵は、危険じゃないよ」
  「ふぅん」
  分かったような分からんような。
  次に何を聞こうか……。
  「……?」
  「……ああ、やばいっ!」
  何だ?
  何かの唸り声が聞える。ライスは慌てて木陰に隠れた。
  何なんだ?
  「き、君っ! 私が風景画しか描かないのは、そいつが理由だっ!」
  「そいつ……うおっ!」
  褐色のトロルが迫ってくる。
  通常のトロルは緑色。
  それにしても何処からこいつ来たんだ?
  四足で失踪してくるトロルに向って……。
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  炎が弾ける。
  トロルは炎に包まれ、絶命……せずになお向ってくるっ!
  「嘘っ!」
  トロルは炎が弱点のはず。
  なのに効かない?
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  二発は耐えられないだろうと思ったものの甘かった。
  幾分かスピードを落としながらも向ってくる。次の一撃でしくじれば、向こうの間合に入る。まあ、白兵戦でもいいけど。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  威力は煉獄よりも高い。
  それでも、煉獄二発に耐えただけでも凄い。どんなスーパートロルだ、こいつ。
  トロルは電撃に焼かれ、ふっと消えた。
  不自然な消え方だ。
  炭化して、塵となった……のではない。消えたのだ。
  まさか……。
  「今のって、絵なの?」
  「そうだ」
  「な、何でトロルなんて描くのよっ!」
  「私ではない、ボズマーの盗賊だ。筆の力に気付いたそいつは、ボディーガードとしてトロルを描いたんだ。しかし私が風景画
  しか描かない理由をそいつは知らなかった。盗賊はここから先の場所で、死体になってるよ」
  「つまり……制御出来ないわけ?」
  「そういう事だ」
  「ふぅん」
  敵も味方もデストロイか。
  ……何て迷惑な筆。
  「あんたその場にいたんでしょう?」
  「トロルを描いた時、私もその場にいたんだが……ダッシュで逃げた。盗賊が殺されるのを見たが筆を取り戻すのも出来なかった。
  トロルがうろついていたしな。途方に暮れている所に、あんたが来たんだ」
  「ふぅん」
  描いたモノが具現化する。
  しかし完全にではない。
  盗賊もトロルを描いた時、別にスーパートロルにしたかったわけではないだろう。
  つまり、姿だけは描いたものではあるものの、中身は別物だ。
  あのトロルの異常な耐久力はオブリに住まう二足歩行ワニの悪魔デイドロスよりも高い。
  「描いたのは今のだけでしょうね?」
  「そうだ」
  「じゃあ筆を回収に行きましょう。……筆さえあれば出れるんでしょうね……?」
  「当然だ。さあ行こう」



  「おー。死んでる死んでる」
  筆を取り戻す為に私達は、盗賊の亡骸が転がる荒涼な大地に辿り着いた。
  絵の中、意外に広い。
  果てはあるのだろうか?
  「こいつが盗賊かぁ」
  「……? 何か問題があるのかね?」
  「いえいえ別に」
  「……?」
  不思議そうなライス。
  まあ、私の事情を説明は出来ないわね。曖昧に、笑って誤魔化す。
  ……。
  死体はボズマー。
  服装は茶色の皮の鎧。少なくとも、闇の一党の暗殺者ではない。
  つまり完全に別件だ。
  別件なのに一生懸命働いた、そこが問題なのですよ。私ってば労働嫌いなんだけどなぁ。
  「不思議な死に方」
  ボズマーは正座したまま、半ば首が千切れていた。
  殺したのは自ら描いたトロル。
  どんな殺され方をしたら、こんな風に死ぬんだろう?
  まあいい。
  私はボズマーが強く握っていた筆をもぎ取り、しげしげと眺めた。何の変哲もない筆に見える。
  この盗賊はこの筆欲しさに押し入ったのではないだろう。
  こんな物騒な筆、ライスも隠匿してるだろうし、つまり誰にも知られるわけがない。盗賊はきっと絵画専門のケチな奴。
  それがこんな風に死ぬ。
  「巡り合わせが悪いわね」
  そう思う。
  少し余計な行動を起こしたばっかりに死ぬ事になるんだからさ。
  「これがティベラの筆なの?」
  「そうだ。親父が言うには、女神ティベラの髪で作られているらしい」
  「ふぅん」
  眉唾だなぁ。
  九大神は基本、直接的には人間の前には現れない。というか介入出来ない。だからいつも間接的。
  魔法のアイテムや恩恵を与えるだけで済まそうとする、結構放置主義な神々。
  ……。
  皇帝が身に付けている王者のアミュレットはアカトシュが与えた物。
  アイレイド文明に乱立した王の中でもっとも恐れられた魔術王ウマリルを倒した勇者ベリナルの聖なる武具も九大神の贈り物。
  旱魃に苦しむ領民を救うべく旅立ち、非業の死を遂げた勇者ギャリダンに同情し救いの雨を降らせたのはマーラ。
  意外に、九大神絡みは多い。
  しかしどれ見ても《叡智は与えた後は任せたぞー》的で正直、好きじゃない。
  まあ、いい。
  私は元々無神論者だ。
  「これって願えば具現化するのよね?」
  「キャンパスに限るがな」
  「あー、お絵描き専門なわけね。……じゃあ絵の外でトロルを思い浮かべたら?」
  「キャンパスに描かれるだけだ。しかし絵の中に入ると襲われる」
  「ふーん」
  つまりこの筆、絵の中で使えば万物を司れるわけだ。
  絵の外ではただのお絵描きキット。
  アンがいなくてよかった。
  もしも絵の中に入り、アンがこの筆を手にしたら……きっと凄い世界を創造するでしょうねぇ……。
  「フィー好きぃー♪」
  「はっ?」
  アンが、いる。
  ……えっ?
  「何してるんだ君はっ! 具現化したぞっ!」
  ……やば。
  アンの事を考えたからか。
  筆を手にし手いる時に思い描いたモノが、この世界では現実となる。そして全てを祟る敵となるのだ。
  ……ちっ。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  問答無用でアンを吹き飛ばす。
  こいつはただの絵、そして敵でしかない。別にアンと同じ姿してるからといって、攻撃の手は緩めない。そんなの意味ないし。
  ただの絵。
  ただの敵。
  それだけだ。ライスは叫びながら、話す。
  「ともかく筆持って君も来るんだっ! 絵の敵がどれだけ強靭か、トロルで学んだだろうっ!」
  「……そ、そうね」
  電撃の洗礼を受け、吹き飛んだアンがゆっくりと立ち上がる。
  口元には妖艶な笑み。
  「ふぅん。フィーはこんなオイタをするんだぁ。……お仕置きしないといけないよね、姉の務めだよねぇ……?」
  「……っ!」
  ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
  ぞわぞわぞわーと何かが私の心臓に這い上がってきた感触。
  恐怖か、これが恐怖かーっ!
  ……ま、負けたら何される……?
  ガクガクブルブル。
  「ま、待ってーっ!」
  私はライスの後を追う。



  森の中まで逃げる。
  ライス、逃げ足速っ!
  ただ置いてけぼりにはならないだろう。筆を持ってるのは、私だ。
  もっとも私は筆を持っているものの脱出の仕方が分からない。ライスと合流する必要がある。
  その時……。
  「……っ!」
  寒気がして、私は咄嗟にその場に倒れこんだ。
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  な、なんだぁっ!
  木が滅茶苦茶に砕け、倒れ、土煙が上がった。
  その土煙の中にアンがいる。
  「もうフィー、どうして私の愛のダイブから逃げるのぉー? キスしたかったぞ、このぉー♪」
  「……」
  キスか?
  今のキスか?
  あ、あんなもんまともに受けたら全身粉々っ!
  「フィー、私の愛を受け止めてーっ!」
  「……」
  「お仕置きは何したらいいかな? ……でも最後には愛で結ばれるから何してもいいよねー……?」
  「……」
  やばいですよ、これやばいですよーっ!
  負けたら……(自主規制♪)……みたいな、きっとすごい事を無理矢理されるに決まってるっ!
  ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
  「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  本日二回目ではあるものの、そんな事は構ってられないっ!
  ブーストブーストブーストブーストブーストっ!
  魔力を増幅。
  「神罰っ!」
  
バチバチバチィィィィィィィっ!
  ……。
  心なしか、聖域で放ったのより強力な気がする。
  貞操の危機が生んだ力なのだろうか?
  で、でも出来れば愛と勇気と友情とかが生んだ力が宿って欲しかった気もする。
  ま、まあいい。
  森は消し飛んだいた。アンもろともね。
  ライスを探さないと。
  あいつしか出方が分からない。もっとも、筆は私の手にあるから最悪試行錯誤したら出られるでしょう。
  「あいつも消し飛んでなきゃいいけど」







  ボズマーの盗賊は自ら生み出したトロルに殺され死亡。
  結局、闇の一党とは関係なし。
  アマンダにはまんまと逃げられたわけだ。
  まあ、いい。
  私は連中には用はないけど、連中は私に用がある。
  放っておいてもいずれまた目の前に現れるだろう。……まあ、出来れば関わりたくないけどさ。
  「あなたっ!」
  「おお愛しき妻よっ!」
  抱き合う2人。
  筆の力は本物だった。私達はファンタジーな絵の中から、リアルな現実世界へと戻ってきた。
  で、ここはライスの自宅。
  まあ、闇の一党とは結局無関係だったけど、たまには無償の人助けもいいものだ。
  最近闇の一党の暗殺者ばっかデストロイしてるし、人助けの味を忘れてた。うんうん、感謝されるとやはり嬉しい。
  フィーちゃんは優しい善人です♪
  ほほほー♪

  「どうお礼を言っていいか分からないよ。君は優しい心の持ち主だな。生涯、感謝を忘れないよ」
  「いいわ、別に」
  「それと、絵筆の事は秘密にしてくれないか?」
  「そうね。それが、一番でしょうね」
  「ありがたい。この事が広まれば、ケチな盗賊ではなく暗殺者にも狙われる事になるからな」
  画家としての名声云々の問題ではない。
  ある意味で完全犯罪になり得る代物だ。殺したい相手を絵の中に放り込む。
  マヨナカテレビ並に物騒な代物。
  闇の一党が関わってなくて、むしろよかったのかもしれない。
  使い方次第だけど、物騒な筆にもなるのだから。
  ドンドンドン。
  扉を乱暴に叩く音。
  大団円に水を差す。一体誰だ?
  奥さんが私に一礼し、そのまま来客の応対に出て行く。私とライスが雑談を始めてすぐに、奥さんが走って戻ってきた。
  顔が蒼褪めている。
  ……何なの?
  「あなた、玄関にウルリッチ隊長が来ているわっ! ……多分、盗賊が押し入ったのを誰かが見てて通報したのねっ!」
  「……まずいな」
  ウルリッチ隊長?
  ……?
  「まずい? 誰なの?」
  「ウルリッチ・レイランド。この街の衛兵隊長だ。……私と口裏を合わせてくれ。お互いの為だ」
  「……?」
  意味が分からない。
  意味が分からないが……どうやらまだ、この街を離れられないようだ。なんなとなくそんな予感がした。
  ……やれやれ……。