天使で悪魔





毒婦






  天使で悪魔。
  私は自らを、そう定義する。
  善人でもあり、悪人でもある。中間はない。私はあくまで極端に、生きてる。
  誰よりも馬鹿に善行を行う。
  誰よりも残酷に悪行を行う。
  さて私の属性はどちら?
  人はたまに、私をこう呼ぶ。忌々しそうにね。
  ……毒婦と。

  まっ、そんな風に呼んでくれたお方にはもれなく不幸をプレゼントしていますけどね。
  ほほほー♪







  「いい加減、寝飽きたなぁ」
  ハックダートに潜んでいた闇を払い、私はコロールに。
  結局、あの村にいたのがどんな悪魔だったのかも分からない。
  まあ、よくある話だ。
  この世界タムリエルと悪魔達の世界オブリビオンの間には魔力障壁があり、双方干渉出来ないとされている。
  しかし、何かの拍子にこっちに悪魔が侵入する事もある。
  ハックダートにいたのがそんな類の奴だとは充分に考えられる。
  それなりに高位で、知能もあるので自分を勘違いしていた悪魔の1人だろう。
  まっ、私が始末したけどね。
  そこはいい。
  「ああ、退屈」
  今いる場所は、コロール。
  陸路で言えば、帝都の西の玄関口。
  他の都市に比べて、どことなく牧歌的な感じのする街。緩やかな気風が魅力的な街だ。
  ハックダートの一件を終え、私はこの街に。
  一応、ハックダートではアリスと会ったし、ハックダートで別れたっきりというのもどうかと思い報告の為にここまで来た。
  しかしまさか、こんな事になるとはなぁ。
  漫画家ではないものの私は現在、缶詰状態。
  3日だよ、3日。
  食事も豪勢だし、居心地も良いものの……あんまり待遇良過ぎて閉じ込められてばかりいると太るんだよなぁ。
  ここは戦士ギルドが管理している、客人用の屋敷。
  元々この街に住んでいたフランソワ・モティエールの屋敷を戦士ギルドが、ギルドの客人や保護すべき依頼人を護るのに
  最適な為にこの屋敷を買い取ったのだ。
  今、私はそこにいる。
  客は私だけ。
  元々はスキングラードに向ってた私だから、とっとと家に帰りたい。
  アンは私の旅程知ってるし、心配するだろう。あの子も私に少し遅れて、スキングラードに戻ってるはずだし。
  モドリン・オレインだ。
  戦士ギルドの幹部であるあのモヒカン男が、たまには仕事しろとここに押し込んでいるのだ。
  仕事の内容?
  アリスのお守りよ。でもあの子は今、ハックダートで救って親友のお見舞いとかで忙しい。
  それが終わるまでは私はここから動けない。
  しかも仕事の先はシェイディンハル。
  スキングラードに帰れるのは、しばらく後になりそうだ。
  一応《黒の乗り手》に頼んで、スキングラードの自宅にその旨の手紙を送った。
  ……。
  黒の乗り手、とは私の家に居候している暗殺者達が始めた配達業者だ。
  既に大繁盛。
  ここにもその支部がある。本部はスキングラード、本社はそこのサミットミスト邸。
  この街の支部の連中はただの雇われであり、暗殺者とは関係ない。
  さて。

  「ふぅ」
  巡り合せって奇妙なものだ。
  フランソワ・モティエールの屋敷で夜を明かす、か。
  運命なんて信じないけど……これも運命なら、悪趣味な神様なことで。
  この屋敷の主人は私が始末した。随分前にね。
  「あーあー。何やってんだろ、私」
  ベッドに寝転びながら考える。
  お人好しにもほどがある。
  たまたま戦士ギルドの幹部《ガーディアン》だからって何も好んで仕事を背負うことは……はて……?
  何故に戦士ギルドの幹部だっけ?
  ……。
  ……ああ、そうか。
  ゴブリンに絡まれてたアリス助けた事がきっかけだっけ。
  ついでにその時コロールに来た理由がフランソワ・モティエール絡みだっけ。本来は借金王の彼を逃がすのが目的だったけど、
  個人的に奴とは性格合わなかったから生きたまま棺送りの刑に処してやった。
  もう大分前の話だ。
  アダマス暗殺叫んでた頃も、気がつけばもう大分前の話だ。
  ふぅん。世の中の流れって速い。
  「はふ」
  寝飽きました。
  私が待機している意味は、要はアリス待ち。
  あの子の保護者的な立場として、シェイディンハルに行くらしい。
  まあ、そこはいい。
  問題は……。
  「娯楽ないんだよなぁ、コロール」
  牧歌的な雰囲気の街。
  のんびり暮らす人向け、かな。私には刺激がなさ過ぎる。
  当然酒場はあるものの、別にそこまでお酒好きじゃないから行く気はない。それに、社交的に見えるけど実はその逆だからわざ
  わざ人がごった返す場所で飲んだり食べたりは苦手。
  ……。
  まあ、ハンぞぅに拾われるまでは人の顔色窺って生きてきたから、その名残かな。
  「本も読み飽きたしなぁ。……い、いかん。刺激少なすぎ。あー、暇過ぎて気が狂いそうだー」
  フランソワ・モティエール邸は二階建て。地下室もある。
  広い。
  広すぎる。
  一人で過ごすには、結構寂しいものだ。寝室、つまり今私がいるのは二階。
  「ふぅ」
  カタン。
  ……。
  邸内に、何かの音が響いた。
  今ここにいるのは私だけ。
  何の音だろう?
  身を起こし、ベッドから出る。剣だけは手に取る。服装は、寝巻き姿だ。
  廊下に出る。
  戦士ギルド関係なら何か言うはずだ。つまり、不法侵入かただの風の音か。どの道大した事はない。
  私を誰だとお思い?
  ほほほー♪
  「気のせいか。……寝よ」
  部屋に戻るべく、廊下を逆戻り。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  背を向けた瞬間、金属が飛んできた。咄嗟に剣を抜き放ち、弾いてからそれがナイフだと気付いた。
  「強盗? 殺し屋? ……どっちにしろ生きては帰さないけどね」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  続け様に三つ、ナイフが飛んでくる。
  返答代わりという事か。
  もっとも全て弾いた。床に落ちたナイフを見る。刃が怪しく濡れて、光っている。……毒か。
  「くぅっ!」
  ナイフに目を落としたのがいけなかった。
  右腕に痛みが走る。
  「解毒魔法を……」
  「無駄よ無駄。その毒、未知の毒ってやつなの。解毒魔法では解けないわ」
  「あんた誰?」
  「私は奪いし者。あんたの始末を命じられたわ、この毒婦め」
  「毒女には言われたくないわね」
  解毒魔法は……駄目だ、本当に効かない。
  解毒魔法も、解毒薬と同じ。万能ではない。つまり、解明されている毒に対してしか効果がない。未知の毒に対応するには、それを
  踏まえた魔法構成にしないと駄目だ。
  タタタタタタタタタタタッ。
  階段を駆け上がってくる暗殺者達。
  闇の一党か。
  くっそ、どうして私の位置がこんなに正確に分かるのだろうか?
  まあ、ともかく……。
  「お前ら殺すよ」
  「この数をどう潰す? 毒に感染してるのに? ……無理よ、無理。大人しく……」
  「煉獄っ!」
  「……気は確かっ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  毒女が叫ぶ。
  そりゃそうだ。屋内で炎の魔法を使うのは普通は躊躇う。
  自分自身も焼け死ぬ可能性もあるからだ。
  でも、だから何?
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「水っ! 水ぅーっ!」
  「……ううう……」
  闇の一党の暗殺者は炎に焼かれて次々と倒れ伏す。
  炎を逃れた者達も一気に士気が下がる。
  「こ、こいつどうかしてる……はぐぅっ!」
  テンションも下がった暗殺者の1人に、ナイフを投げつけた。喉元に深く刺さり、そのまま倒れる。
  また一丁上がりっ!
  「さぁて、お次はどなた?」
  『……』
  炎に怯える暗殺者達?
  私に怯える暗殺者達?
  さてさて、どちらでしょうね?
  まっ、多分両方だろう。
  余裕の笑みを浮かべ、暗殺者達を見据えるものの……体力は次第に落ちて来ている。
  毒だ。
  毒の影響だ。
  さっきから何度か解毒魔法を掛けているものの、効果がない。
  発動しないのではなく効果がない。
  ……未知の毒は、嘘ではないわけか。
  にやりと笑う、毒女。
  「ふふふ」
  確実に私が毒に蝕まれているのを確認し余裕を取り戻しつつある。
  確かに、私の方が分が悪い。
  懐から一つの薬瓶を取り出した。緑色の、液体だ。
  「苦しそうね。解毒の薬、欲しくない?」
  「いくら払えばくれる?」
  「お前の命を代価に払えばあげてもいいわ」
  「言うと思った」
  つまり、私に死ねと言っているのだ。
  薬をくれる気は当然ない。
  ならば何故解毒薬を持っているのか?
  答えは簡単だ。
  万が一自分が毒に冒された場合の保険だ。
  ……ああいや、もしかしたら自分が追い込まれた際の保険かもしれない。毒女が追い詰められた時、薬を私に手渡して助命を
  願い出る。当然、私はまず解毒薬を飲む。でも実は解毒薬ではなく、毒だった。
  ……まあ、それもありえるわね。おそらくあれはフェイクだ。
  ただ少なくとも、あの瓶の中身が毒にしても、毒女は解毒薬を所持している。
  こいつ自身が冒された場合の保険として持っている必要がある。
  「まさかこんなところで炎を使うなんてね……お前正気?」
  「んー、自信ない」
  「お前には三つ選択肢がある。我らに殺される、炎で焼かれる、毒で死ぬ。……それにしても、炎ねぇ……」
  「気にしないで。ここ私の家じゃないし」
  睨み合う。
  持久戦はまずい。
  私もまずいけど、屋敷もまずい。
  ……。
  モドリン・オレイン、怒るかなぁ?
  まっ、怒る方に金貨を賭けておきましょうかね。
  「殺せっ!」
  『はっ!』
  毒女の号令の元、暗殺者達が突撃してくる。
  馬鹿めっ!
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  天井に炎の球を叩きつける。
  炸裂し、爆発。
  無数の小さな炎と天井の瓦礫が降り注ぐ。
  ……暗殺者達の上に。
  『うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  一網打尽完了っ!
  バリィィィィィィィィィン。
  追加が登場。
  窓ガラスを破り、闇の一党の暗殺者達が飛び込んでくる。
  コロールの衛兵はどうしたの衛兵はっ!
  ……。
  まあ、いても役に立つまい。
  それに、来ないんじゃなくて来られないのだろう。
  帝都タロス広場地区での一件を見る限りでは、まず手始めに衛兵から血祭りにあげてるし。
  さて。
  「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  雷をエンチャントして魔法剣を振るう。
  振るう度に、暗殺者の首や腕が飛ぶ。剣で防御しても無意味、そのまま両断。
  数回剣を交えただけで、暗殺者の山を築いていた。
  「はぁっ!」
  「……ひっ……」
  脳天に剣の一撃を叩き込み、追加の暗殺者最後の一人を沈める。
  わずか数分で制圧完了。
  ふぅん。闇の一党の暗殺者、本気で質が落ちてるなぁ。
  少なくとも今までのトータルで100や200は私、暗殺者消してるんじゃない?
  んー、今までカウントはしてなかったけど……うん、100は確実に潰してる。虐殺しちゃってるなぁ、結構。
  その時、暗殺者の増援が屋敷に入ってくる。
  「殺せっ!」
  『はっ!』
  毒女、援軍に命令を下す。
  いやいや幾らなんでも動員し過ぎではないですか?
  もしかして闇の一党、暗殺業務放棄して私オンリーで動いてる?
  ……。
  ……何気にそれ、ありえるなぁ。
  私、清く正しき慎ましく生きてきたのに何で暗殺者なんかに狙われなきゃいけないのよーっ!
  ぷんぷんっ!
  「裁きの天雷ぃーっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  電撃で消し飛ばす。
  しかし向こうも案山子ではない。
  この援軍はそれなりに使える連中らしい。テーブルを盾にしたり手近なモノで電撃をやり過ごそうとする。
  ……まあ、テーブルごと暗殺者どもを粉砕したけど。
  「はあはあ。くっそ」
  息が苦しくなってくる。
  毒か。
  体が熱い。だるい。動きも鈍い。
  毒女がさらに暗殺者を繰り出してくる。おそらくこれが、最後の援軍だろう。幾らなんでも、これ以上動員出来る権限はこいつには
  ないはずだ。総力戦。これをやり過ごせば……なんだけど、体が少し、まずい。
  「くっそ」
  私は踵を返し、走る。追う暗殺者達。
  階下に急ぐ。
  階下に急ぎ、そこで迎え撃とう。
  相手が階段を降りている時を狙えば、迎え撃ち易い。
  「はあはあ」
  くそ。
  体さえ本調子なら、こんな奴らに負けないのに。
  幸い、まだ体は動く。
  タタタタタタタタタタタタタタタタタタっ。
  私は全力で階段まで走った。
  「……えっ!」
  階段を一歩降りる瞬間、私は思わず声を上げた。
  階下では暗殺者6名が矢をつがえて待機していた。降りる瞬間を狙う、私と同じ手を考えていたか。
  駄目だ。
  今さら、回れ右して戻るには、全力で走り過ぎた。それにこの間合、矢は避け切れない。
  ……ならばっ!
  「やああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  『……っ!』
  私は、飛んだ。
  階段を思いっきり躊躇いもなく飛んだ。
  飛翔感は束の間で、すぐに落ちていく。
  放たれた矢は全部外れ。私には当たらない。むしろ、階段まで追ってきた暗殺者達を矢は襲う。
  バタバタと倒れる。
  新たに矢をつがえ、私に狙いをつける暗殺者達に向って……。
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  粉砕っ!
  さらに。
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  階段まで追ってきた暗殺者達も、粉砕。
  前門の虎、後門の狼は壊滅。後顧の憂いはなくなったわけだ。
  ただ、まあ、万々歳ではない。
  階段からジャンプしたわけだから、私は階下に叩きつけられた。何かが砕ける音が、リアルに耳に響く。
  「……っ!」
  脂汗。
  悲鳴を噛み殺す。唇から血が出ていた。それだけ、絶叫を噛み殺すのが容易ではないという事だ。
  「……っ!」
  確かめるまでもない。
  両足が折れてる。本来ならば向かない方向に、足は曲がっていた。
  「……っ!」
  両足に回復魔法を施す。
  あまり回復系は得意ではないものの、このぐらいの骨折なら何とかなりそう。
  重度の複雑骨折の場合は、私は治せないけど。
  「あぅっ!」
  ドサ。
  その場に私は、仰向けに倒れた。
  右肩にナイフが刺さっている。その刺さった衝撃で、倒れたらしい。
  手でナイフの刃を触ってみる。
  刃はヌメヌメしている。毒のナイフ、つまり毒女が投げたものか。
  「毒の回った身でここまで動くとはね。……本当、やってくれたわ」
  「はあはあ」
  階段の一番上から、私を見下ろしている。
  部下は従えていない。
  どうやらさっきので打ち止めらしい。
  ただ、今の私は足が折れてる。魔法とはいえ瞬時に回復するわけではない。骨折だからね、すぐには治らない。
  つまりは動けない。
  ……こいつ倒すならカウンターか。
  「掛かってきなさいよ」
  「遠慮するわ。このままお前が毒で死ぬのを、ここで待つ」
  「そりゃ用心深い事で」
  「ありがとう」
  ……少し、まずい?
  ……まずいねぇ……。
  解毒は出来ない。未知の毒らしく、解毒魔法の効果がない。
  ただ生命力を奪う毒のようだから、その都度回復魔法で生命力を回復していけば毒の進行を一時的に消せる。
  つまり毒の効力を回復魔法で相殺する。
  そこはいい。
  問題は、屋敷の状態だ。
  私が放火したとはいえこれ以上ここに長居すると私は焼け死ぬ。
  逃げようにも毒女がきっと邪魔をする。
  それと、繰り返すけど折れた骨は瞬時には治らない。邪魔さえなければ這ってでも逃げるけど……無理でしょうね。
  ただ、毒女も問題を抱えているらしい。
  完全に有利な状態ではないようだ。
  「笑いなさい」
  「はっ?」
  「笑って、死になさい」
  「はっ?」
  「聞こえし者からの勅命。お前の微笑んだ首がご所望なのだ」
  「あー、そりゃ無理でしょ。いくら私が寛容でも、笑って毒死するのは無理っす」
  マラーダでもそう要求されたな、確か。
  首ねぇ。私の首でも飾るつもり気?
  ……首?
  ……。
  んー、首を飾る……何か引っ掛かるなぁ。
  「笑えっ!」
  「あぅっ!」
  ドサ。
  せっかく起き上がったのに、またナイフが刺さる衝撃で倒された。
  ……笑えないって、この状況で。
  カラン。カラン。
  体に刺さった毒ナイフを2本、床に捨てた。
  グググググッ。
  力を込め、何とか身を起こす。
  体内に入った毒の分量が増した為か、眩暈を感じた。魔法で回復している以上のダメージが蓄積されていく。
  ……まずい。
  ……結構、まずいなぁ、この状況。
  「はあはあ」
  「ふふふ。苦しそうね」
  毒女、距離を保ったまま動かず。
  この距離なら魔法で消し飛ばす事は容易い。しかし解毒薬諸共消し飛ばすのは、当然出来ない。
  どうする?
  ……どうしよう……?
  「お前の罪を、裁く時が来たわね」
  「はっ?」
  何だこいつ?
  裁判官か神父のつもりか?
  ……余裕見せ付けやがって。腹が立つ。
  「お前の罪は熟知しているわ。虐殺と裏切りの連続。……お前のような奴を毒婦と呼ぶのよ。知ってる?」
  「暗殺者に説教されるほど落ちぶれたつもりはないですけどね」
  「どうしてそう冷静でいられる?」
  ドゴォォォォォォォォン。
  炎に包まれた柱が、倒れた。屋敷は炎に覆われている。あまり長居は出来ない。
  そろそろ決着をつける時のようね。
  毒女は、どうあっても私と一度接触しなくてはならない。つまり、首を落とす為にどうしても接近してくる。
  そこが狙い目だ。
  そこが……。
  「お前は死ぬよ、毒でね。なのにどうして冷静でいられる?」
  「さあ?」
  「まさかお前、自分が正義の味方で、神に愛されているとでも勘違いしてるのかな? ……はっきり言うけど、誰もお前を救いに
  来ないよ。むしろ世界はお前の死を望んでいる。裏切って殺して裏切って、その連鎖を続ける毒婦に居場所はない」
  「ああそうですか」
  「それにしてもお前、何故泣き叫んで慈悲を乞わない?」
  「あんたに? 神様に? ……いずれにしてもその声は届かないんだから、無意味。私は無意味な事は嫌いなの」
  「可愛くない女ね」
  「それが可愛げなら、そんなものいらない」
  「最後ぐらい神に祈りなさい。……それが人として正しい姿よ?」
  長話。
  説教。
  もしかしたらこいつの前身は聖職者なのかも。
  まあ、暗殺者だろうが聖職者だろが、どっちも嫌いだけど。
  それにしても暗殺者が口する正論ほど胡散臭いものはないわね。こいつ意識してるのかなぁ?
  「笑え。笑って首を落とされろ」
  「無理です」
  「……なら、いい。値が落ちるがシンプルに首を落とすとしよう」
  値が落ちる?
  またえらく面倒な展開ね。闇の一党、私の首に賞金掛けてるのか。どの程度の額かは知らないけど、躍起になって暗殺者どもが
  向ってくるわけだ。幾らぐらいかな、私の首の値段。普通に気になる。
  ほら、ステイタスみたいなものだし。
  コツ、コツ、コツ。
  近づいてくる毒女。ショートソードを引き抜く。炎に照らされた刃が、怪しく輝く。
  「……」
  「……」
  コツ、コツ、コツ。
  間合が狭まる。お互いに意識している、その動作に。
  私は護身用の短刀を握り締めていた。
  相手が極限にまで近づかないと、意味がない。何故なら私の足は骨折中。動けない。
  「……」
  「……」
  コツ、コツ、コツ。
  三歩分距離を保ち、毒女は止まった。視線が交差する。
  瞬間、毒女が動いた。
  「死ねブレトンっ!」
  「はぁっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  短刀で、相手の刃を弾く。
  相手の狙いは私の首。
  首を落とすのだから、突きでは来ないと踏んでいたので敏捷に弾き、そのまま前のめりに倒れながら相手の腹に……。
  ガッ。
  毒女、私を蹴飛ばす。
  体勢を崩した私はそのまま毒女に抱きつく形で倒れこんだ。当然、毒女もつられて倒れる。
  倒れた時、短刀を落としたらしい。
  私が這い蹲って探している内に、毒女は立ち上がって距離を保ち、後退していた。歩けない私では、攻撃出来ない。
  にやりと相手は笑った。
  「惜しかったわね。……それで、絶望感じた?」
  「……お、お願い、私まだ死にたくない……はぁっ!」
  「……っ! 小癪っ!」
  床に捨てた、私の血糊の付いたナイフを拾って投げる。
  毒女の方が一瞬反応が早かった為、わずかに頬をかすっただけだ。頬から流れる血を拭いながら、余裕の顔を保ったまま
  勝ち誇る。誰がどう見ても、相手の方が優勢だ。
  ……でも物事っていうのは色々な側面から見る事もお勧めする。
  ……何故って?
  ……それはね……。
  「最後の抵抗、お終い? 今度こそ絶望感じたでしょ?」
  「あんたが絶望感じると思いますけどね。体の具合、おかしくない?」
  「……何?」
  「投げたナイフ、見覚えあるんじゃないかなぁと思ってね。もうすぐあんたは死ぬね。可哀想可哀想」
  「……何?」
  状況を把握していないらしい。
  しかし説明するまでもなかった。突然、毒女は体の力が抜けたようにその場に膝を付く。
  ……。
  意外に即効なのね。
  魔法で進行を止めているから分からなかったけど結構強力な毒らしい。
  「ま、まさかさっきのは……っ!」
  「そうよ、あんたの毒ナイフ。私に投げつけた、ナイフの内の一本よ。……それで絶望感じた?」
  「う、うるさいっ!」
  懐から薬を取り出そうとする。
  やはり解毒薬は持ってるか。まあ、そりゃそうか。ナイフの取り扱い間違えて自分を傷つけた用に必要でしょうし。
  ただ、いくら探しても懐からは何も出て来ない。
  焦りはピークに達しているご様子。
  いい気味。
  「探し物はこれかな?」
  「……っ!」
  青い液体の入った瓶。
  緑の液体の入った瓶。
  私はそれを見せ付ける。毒女の眼はまるでそのまま落ちるんじゃないかというぐらい、大きく見開かれていた。
  「な、何故それをっ!」
  「スリにもなれそうね、私。……大概の事はなんでも出来るみたい」
  どっちかが毒だ。
  私は緑色の液体が毒だと踏んでいる。
  何故なら最初に解毒薬と称して見せたからだ。おそらくフェイク。
  追い詰められた際に、私に差し出す気だったはず。
  毒に冒され切羽詰った状況で、解毒薬と言われれば疑わずに信じるのが普通だろう。そこがこいつの魂胆だった。
  私は魔法で毒の進行抑えているから死なない。
  しかし、屋敷の方が臨終間際だ。
  手っ取り早く済ますとしよう。
  「どっちが毒? 解毒薬?」
  「……」
  「私は解毒薬は緑だと思う。……毒はいらない。青い液体は火の中に捨てるとしましょう」
  「ま、待てっ!」
  「はい、正直にありがとう」
  ポイ。
  緑の液体の入った小瓶を、火の中に捨てた。
  「どれだけ飲めば毒は消える? ……あんたの分、残しておいて欲しいでしょう?」
  「は、半分よ」
  「了解」
  ゴクゴク。
  蓋を開け、半分口に含む。
  ……。
  感触としては、さっきの毒ではなさそう。ヌメヌメ感がまるでないから。
  これで今飲んだ青い液体が、別の毒だったら私はご臨終。
  さて。
  「あんたの分、あげてもいいけどまずは質問タイムよ。……あんた達何者なの?」
  「や、闇の一党ダークブラザーフッド」
  まあ、そこは疑いようがないでしょうね。
  誰が仕切ってるのかは知らないけど確かにこの組織力は、ただの騙りではありえない。
  「誰が仕切ってるの?」
  「き、聞こえし者があんたの抹殺の指揮を執ってると聞いてる」
  「直々にとは痛み入るわ。それで、そいつは誰? 名前は?」
  「し、知らない。昨日昇格の辞令が来たばっかりなのよっ! 聞こえし者には会った事もないのっ!」
  「ふぅん」
  随分任命早いわね。
  この間マラーダでブラックハンドの幹部2人を潰し、帝都タロス広場地区でも幹部2人消した。
  ブラックハンドは10名。
  ここでこいつ殺せば半分潰した事になる、と思ってたのに……ふぅん、意外に回転早いわね。
  「つっ!」
  解毒したので、回復魔法を折れた両足に注ぐ。
  そろそろ潮時だ。
  「最後に一つ。私の首をどこに届けるつもりなの?」
  「……」
  「そろそろあんた毒で死ぬわね。言いなさい。ここで粘れば確実に死ぬ。誰が得するの? ……少なくともお前は無駄死にね」
  「……シェイディンハル」
  「シェイディンハルの何処?」
  「シェイディンハル聖域よ、そこに聞こえし者がいるっ! 早く、早く薬をっ!」
  「……あそこか……」
  帰りたくなかった。
  戻りたくなかった。
  家族を殺す勅命を無視したとはいえ、お芝居だったとはいえ、結構鬱になるのよね、浄化の儀式を思い出すと。
  そこに聞こえし者がいる、か。
  憂鬱だから行きたくないでは済まされないか。
  ……。
  戦士ギルドの任務も、シェイディンハルだ。
  まあ、丁度いい。
  オレインの顔を立てつつ、向こうにいけるわけだからね。
  「ほら、薬よ」
  「た、助かるっ!」
  毒女に投げる。
  震える手で蓋を開け、一気に残りを飲み干した。
  ……。
  意外に私、優しいでしょう?
  ほほほー♪
  「じゃあね」
  足も治った。
  さっさとここから離脱するとしましょう。
  私は立ち上がり、背を向けて歩き出す。殺戮は終わった。別の場所で、寝直そう。
  寝飽きていたものの、運動したから今は無性に眠たい。
  眠り溜めは出来ないものらしい。
  「ブレトン、感謝するっ!」
  「いいわ、別に」
  ギリギリギリ。
  後ろを見ずとも、何をしているかは分かる。
  ……ちっ。恩を仇で返すか。
  矢を引き絞る音。
  「何してるの?」
  「毒婦に制裁をっ! ……お前には感謝してるけどね、生きていられたら困るのよっ!」
  「やめといた方がいいわよ」
  「死ねっ!」
  ひゅん。
  放たれたと同時に私は右に倒れた。
  「……っ!」
  焼かれたような痛みが左腕を駆け巡る。毒は塗られてないはず。
  この矢は他の暗殺者が使ってた物だし、あいつは毒はもう所持していない。……解毒薬もね。
  私のその場に倒れながらも床に落ちているナイフを手に取る。
  毒ナイフだ。
  「はぁっ!」
  右手で投げたナイフが寸分違わず、毒女の腹に吸い込まれた。
  ガクッと両膝を付いてその場に蹲る。
  「……う、嘘……」
  「毒で死ぬか出血で死ぬか……ああ、焼け死ぬってのもあるわね。三つの選択肢から好きな死に方選びなさいな」
  せっかく見逃してあげようと思ったのに。
  私を誰だと思ってるの?
  「身の程知らずって、怖いわね」






  翌日。
  戦士ギルド会館、ギルドマスターの執務室。
  ここコロールは戦士ギルドの本部がある街。つまり、この会館は本部施設なわけだ。
  訓練場を内包していたり大規模ではあるものの、内装や調度品、家具は至ってシンプル。飾らない気風らしい。
  「申し訳ないっす。弁償しますんで告訴は許してください」
  昨晩の顛末を語った。
  フランソワ・モティエールの屋敷(現在は戦士ギルド来賓用の宿舎……だった。過去形っ!)は全焼。
  そこからポコポコと黒焦げの焼死体は出てくるわで大問題。
  普通なら大量殺人。
  ただ、目撃者が多数いる。暗殺者達が武装して屋敷に入る姿をね。
  帝国の法律では正当防衛は何よりも重視される。
  おそらく私は罪にはならないはず。
  ……多分。
  「闇の一党ですか」
  「ええ」
  ギルドマスターであるヴィレナ・ドントンは顔をしかめる。
  あれだけ大規模に狙われる。どう考えても私とお付き合いしてると物騒。追放処分かな?
  まあ、別にいいけど。
  「実に剛毅ですね、気に入りました」
  「はっ?」
  「ヴィレナ、こいつを幹部にして良かっただろう?」
  「はっ?」
  モヒカンダンマーはともかく、理知的に見えるヴィレナ・ドントンも私を絶賛する……こ、こいつら頭の中どうなってんの?
  まあ、両雄とも戦士としての名声は高い。
  暗殺者に狙われる=名声の度合い、と考えているのだろうか?
  「それで? 何故狙われているのですか?」
  ヴィレナは瞳を輝かせている。
  モヒカンダンマーも然り。
  ……。
  確かヴィレナ・ドントンは長男が亡くなって喪中じゃなかったっけ?
  こういう話は血がたぎるのかな?
  「私の首が欲しいみたいなんですよ」
  「それは、殺したいという意味合いでの首が欲しいですか?」
  「どうも首を飾りたい……首を飾る……?」

  ……ああ、そうか。
  首を飾る。昨日毒女からそれを聞いて引っ掛かる思いがあったけど、あいつだ、マシウ・ベラモントだ。
  旧ブラックハンドの奪いし者。
  幼少時にルシエン・ラシャンスに母親を殺され、それ以来復讐の感情だけで生きてきた男。
  しかし人間、復讐だけでは生きられない。
  復讐を持続させる為に下した選択は、狂う事。
  まあ、マシウ・ベラモントの場合は母親が殺された場面を見た為に、そもそも心を病んでいたわけだけど。
  「あいつかぁ」
  旧ブラックハンドの幹部で唯一の生き残りが私。
  しかし、マシウ・ベラモントの死んだ場面を見たわけではない。
  確かにあいつは瀕死だった。
  つまり死に損なってただけで、死んだわけではないのだ。
  あいつが今、闇の一党を仕切ってる?
  ……。
  ……んー、ないな。
  あいつはあくまで夜母とルシエン、組織そのものに対する復讐の為に生きて来た奴だ。
  今更夜母に縋りつくだろうか?
  ……んー、ないな。
  取引の材料もない。
  マシウ・ベラモントが望むのはおそらく、母親の復活だ。
  しかし死者の蘇生なんてありえない。
  死霊術師でも匙を投げるでしょうね。
  まだ肉体があれば雑霊でも取り付かせて、肉体を動かす程度は出来るでしょうけど……まあ、蘇生じゃあない。別物だ。
  夜母に死者を蘇生する能力はあるまい。
  つまり興味を惹く代価はないわけだ。
  それにマラーダで襲ってきた幹部曰く《聞えし者は金髪の少女》らしい。マシウはむさいおっさんだ。
  この関連性はいかに?
  ……。
  マシウ・ベラモントが生きているとなると、闇の一党に残る幹部は奴だけだ。
  他の連中は死んでるわけだから必然的に奴がトップになる。
  だけど、ラストバトルで私があいつを半殺しにし、アークエンが瀕死にした。治癒したところで現役は無理。
  そこで《金髪の少女》を聞こえし者に抜擢し、操ってる?
  ……んー、ないな。
  そもそもマシウ・ベラモントが今更夜母に従うわけないし、夜母も裏切り者のマシウ・ベラモントを使うわけがない。
  結局、訳分からん。
  「あのー、いくら支払えば弁償になる?」
  「そうですね。……オレイン、額はどれぐらいですか?」
  「金貨15000だな。分割で構わんぞ。ああ、そうだ。積極的に仕事を引き受けてくれれば別に滞っても……」
  「ううん、大丈夫。即金で払う」
  これには2人、びっくりする。
  それだけの財産は私にはある。計算してないけど、推定金貨100000ぐらい持ってるし。
  あとでスキングラードからここに送るように手紙を書くとしよう。
  「失礼します」
  アリスが入ってくる。
  晴れやかな顔だ。親友は、どうやら立ち直ったらしい。
  モヒカンダンマーが雑談をやめ、幹部の顔になる。
  「よし、ではお前らシェイディンハルに向ってくれ。仕事の説明は、アリスから聞いてくれ」
  「了解」
  仕事は早々に切り上げて、聖域に行かないとね。
  ……あそこから、全ては始まった……。