天使で悪魔




アイレイドの秘密




  アイレイド。
  有史以前、シロディールを支配した文明。
  強力な魔力を有した文明であり、その特権階級であり支配階級であるアイレイドエルフも強大な魔力を有していた。
  肉体的に奴隷である人間に劣るものの、知識でそれを補う。それが自立型戦闘人形マリオネット。
  長きに渡り人間を支配し栄華を誇っていた文明。

  しかしその文明の栄華も永遠ではなかった。
  王族同士の殺し合いによる内乱。
  奴隷である人間の反乱。
  二つが合わさり合い、結局アイレイド文明は衰退し、最終的には滅亡した。

  今なお現代を超越するアイレイド文明。
  数多の謎を秘められた、触れてはならない遺産。
  過去の扉を無理矢理こじ開けた時、その時世界は……。
  






  「戻ったか、我がトレジャーハンターよ」
  「ふん」
  色々とマラーダであったものの、ようやく私は帝都に舞い戻った。
  現在の居場所は帝都にあるタロス広場地区に豪邸を構える、ウンバカノの邸宅。そいつの、私室だ。
  ……。
  現在、私は1人。
  アンは外で監視している。
  つまり、ウンバカノが全面的に私を信じずに頻繁に監視をつけている為、その監視を撒く(方法は基本的に監視役を叩きのめす
  が主流らしい)のが役目だ。
  ウンバカノの監視が大学まで付いて来て、私が密偵だと気付くと面倒だからだ。
  これはラミナスの指示。
  「マラーダでは、随分と頑張ったらしいな」
  「さてね」
  既にクロード・マリックから報告を受けているらしい。
  レリーフ入手後、私とアンはフロンティアで数日を過ごした。足の怪我もあったし、ウンバカノを焦らしたかった。
  ふん。腹いせぐらいしたいわよ。

  「トリプルブッキングは、どういう意味かしら?」
  「トリプルブッキング? さて何の事かな?」
  「とぼけるな」
  「ははは」
  クロード・マリック。
  盗賊ギルド。
  私以外にもマラーダに眠るレリーフ探索に出張らせた。正直、不快だ。この私をゲームの駒にしやがって。
  ウンバカノは淡々と答える。
  ……その答えがまた、不快だ。
  「競争させると実に良い結果を生むものだ。私も楽しいし、君もレリーフ探索にやる気が出ただろう?」
  「そりゃ結構。楽しかったわ」
  ウンバカノのは馬鹿じゃない。
  少なくとも、富豪にありがちな人の気持ちが分からないほど思い上がっているわけでもない。
  むしろ心を読むのに長けている。
  私が内心では面白くないと思っているのも、察しているはずだ。
  察しながらも、私を嘲る。
  ……ふん。ただの能無し富豪よりもさらに性質が悪い。
  「そうそう。レリックドーンって何?」
  「アイレイドの遺産を漁るハイエナ集団ですよ。……既に帰還したクロードから報告は得ています」
  「ハイエナねぇ」
  同じ穴のムジナだと思いますよ、ミスターオーナー?
  ウンバカノは話を元の流れに直す。
  「それでレリーフはどうした? 手に入れたんだろう? 早く見せてくれ」
  「レリックドーンに売りました」
  「なにぃっ!」
  「冗談」
  「……」
  「これよ。受け取りなさい」
  蒼い、蒼く綺麗なレリーフを彼に手渡す。
  特に魔力は感じない。ただの芸術品なのだろうか。
  ……。
  ……もしくは何かとてつもない物を手に入れる為の、鍵の役目なのか。そこは知らない。私の領分じゃない。
  私はウンバカノの指示に従い、遺物を漁る。
  ストップは、ラミナスが発してくれる。ストップ掛かるまではトレジャーハンターとして活動する。
  それが私の任務だ。
  レリーフを手に取ると、ウンバカノは感嘆とも驚愕とも取れる声を発して叫ぶ。
  「素晴しいっ!」
  「それはどうも」
  報酬を支払ってやれ、ウンバカノは執事にそう命じる。
  銀盆に金貨の詰まった袋を載せ、私に差し出す執事。私は金貨の袋を慣れた手つきで懐に入れた。
  金貨1200枚。
  ああ、また財産が増えた。総資産合わせると、既に10年ぐらい働かなくても生きていける。
  元老院に献金して爵位でも買おうかしら?
  地位、名声、財産、そしてこの美貌。全てを併せ持つ女、それが私フィーちゃんです。ファンレター募集中♪
  ほほほー♪
  興奮したままウンバカノは喋る。
  「本来ならばここで祝杯、と行きたいのだが実はもう一仕事して欲しい」
  「ちょっと待ってよ。今帰ったばかりよ、私」
  「トレジャーハントではない、今回は交渉だ。それも帝都で事は済む」
  「交渉?」
  「ライバルの収集家が所蔵している品を私は買い取りたいのだ。……実は以前から何度も交渉しているのだがね、彼女は私の
  申し出を頑なに拒否している」
  「ふぅん」
  ……それが普通だと思いますけど。
  コレクション横流しにされたあんたは何をした?
  横流ししてた奴をリンチ(里帰りした、と言うもののおそらくは殺害した)して、横流しを唆していた別のコレクターを私に半殺しに
  させたじゃないの。
  コレクターの心理は、おそらく根本に物欲がある。それもかなり濃く、強くい。
  自分の大切なモノは大金積んだところで心は動くまい。
  「彼女は以前から私を嫌っていてね。ここぞとばかりに嫌がらせをしているようなものなのだよ」
  「私も貴方が嫌いです。命令を拒否します」
  「……」
  「冗談」
  「……」
  まあ、冗談でもないけど。
  「それで私にどうしろと?」
  「君は話術に長けている。私は嫌われているから無理だが、君なら彼女を説得出来るかもしれん」
  「クロードにでも行かせればいいじゃない」
  「奴に以前、交渉を頼んだが彼女に叩きのめされて追い出された」
  「あっははははははは」
  女傑、ってわけ?
  あのクロードがねぇ。ふふふ。笑える。
  「彼女の名前はヘルミニア・シンナ。帝都のエルフガーデン地区に住んでいる。買い取るものは王冠だ」
  「王冠?」
  「そう。アイレイド王家の王冠だ。これがその代金だ」
  執事に目で合図。
  執事は再び銀盆に金貨の袋を載せて、私に差し出す。
  「金貨1000枚ある。君の報酬は、そこから代金を差し引いた金額だ。方法は任せる。ただし条件は王冠を手にする事」
  「方法は任せる、ね」
  買い取ってもいいし、盗んでもいい……ともかく王冠を持って来いというわけか。
  つまり、持ち主を始末してもいいって示唆?
  まあ、殺しが発覚しても私を庇ってくれるとは思わないけどね。
  「それで誰の王冠?」
  「王冠の持ち主は、実は知られていない。アイレイド最後の王の物だといわれている」
  「ふぅん」
  「これで私はのコレクションは完成する。頼んだぞっ!」
  「嫌です」
  「……」
  「冗談」
  「と、ともかく任せたぞ」
  「了解。ボス」




  帝都エルフガーデン地区。
  別にエルフの居住区画、というわけではない。
  元々帝都の基本的な造りはアイレイドの名残。……いや厳密には、ここはアイレイドエルフの都市。
  アイレイド滅亡後、帝国は連中の都市であるここを再利用したに過ぎない。
  エルフガーデン、という名はその時の名残のようなものなのだろう。
  ちなみにこの区画もまた特権階級や上流階級が多く住まう。
  「ここ、か」
  巡回中の帝都兵に訪ね、家を探し当てる。
  髪を整え、息を整える。
  他人には社交的、と思わせるように振舞っているもののあまり私は人付き合いは得意な方ではない。
  すーはー。すーはー。
  息をさらに整え、笑顔を作る。
  ……。
  よしっ!
  社交的で、笑顔のフィーちゃん完成♪
  コンコン。
  ドアをノック。しばらく、待つ。待つ。……待つと……。
  ガチャ。
  扉が開き、女性が顔を出した。

  「どなた?」
  「私はフィッツガルド・エメラルダ。貴女が……ヘルミニアさん?」
  「ええ、そうですが」
  「単刀直入に申しますけど、王冠を購入したいのです。貴女が所持する、アイレイドの王冠を」
  「王冠を買いたい?」
  「ええ」
  「あれは売り物じゃない。それに価値なんか付けれるものじゃない。……ウンバカノもいい加減に理解して欲しいわね」
  「あっ、ばれました? 私がウンバカノの使いだって」
  「王冠を買いたいなんて考えるのはウンバカノぐらいよ。今までも何人も使いが来たし」
  多少、トゲが含まれた口調に変わる。
  私を怪しんでいる?
  まあ、それも当然だ。私も不躾で自分勝手な要求だと思ってる。コレクターにとって、収集品は宝物。
  冒険者が遺跡や洞穴で得る宝物、とはまた意味合いが違う。
  コレクターにとって宝物とは、命と同じ価値がある……と私は認識してる。それを売れという口上は、不躾で無遠慮で、厚顔無恥も
  いいところ。
  それでも、仕事は仕事だ。
  「幾らでも払ってくれるわよ、彼」
  「この王冠が彼の手に落ちるのだけは避けたい。……彼は貴女が思っている以上に、危険よ」
  「危険?」
  「そう。彼は普通のアイレイドコレクターや私のようなアイレイド研究者とは根本的に違う。彼の執着心は普通じゃない。彼の目的
  はただ一つ、アイレイド文明の強大な魔力の恩恵を受ける事だけなのよ」
  「……」
  また話が大きくなったわね。
  ハンぞぅやラミナスの危惧が当たったと見るべきか。
  確かにアイレイドの魔道技術は現在の文明を遥かに超えている。そんなモノを得たら……まあ、世界征服は無理にしても帝都を
  支配するぐらいは出来るかも知れない。皇帝不在で帝都軍の指揮も緩んでるし。
  まあ、帝国が滅びようが私の知った事じゃないけど。
  ……。
  それにしても彼女はアイレイド研究者、ね。コレクターじゃなかったわけだ。
  まあ、どうでもいいけど。
  「ウンバカノの思惑は確かなの?」
  「貴女はアイレイドの文明を何も知らないの? ……もしも欠片でも知っていればそんなに安穏とはしてられないはずよ」
  「そんなに王冠が危険?」
  「あれはただの古美術ではないわ。あれは強大な魔力を呼び出す為の鍵なのよ」
  「でも私が納得しても次の奴が来るだけよ?」
  「そうね。また別の奴が来るだけ。……多分今度は貴女の様に話の分かる人じゃないのを、寄こすでしょうね」
  私は頷く。
  ウンバカノの性格だ。
  多分今度は力尽くで来るはず。それに筋書きも何となく読める。
  押し込み強盗に彼女は殺される。その際、王冠は盗まれていつの間にかウンバカノのモノに。まあ、こんなところだろう。
  ただ盗めばいい?
  それは無理。
  既に彼女はウンバカノが王冠に執着している事を知ってる。
  ただ盗むだけなら、彼女を生かしておけばきっと騒ぐ。ウンバカノが犯人だと。彼がそんなリスク冒すだろうか?
  ……いいえ、そうは思わない。
  私がウンバカノの立場でも、彼女は殺す。その方が後腐れもなく、騒ぎ立てる者もいなくなる。
  さて、ならどうする?
  「このまま私が手ぶらで帰ればきっとヘルミニアさんは命はないわね」
  「……」
  沈黙する、ヘルミニア。
  こういう事はストレートに言うに限る。既に彼女の命は、カウント刻まれてるんだし。
  「ネナラタの王冠は渡せないわ。……でも別の王冠ならどう?」
  「別の?」
  「アイレイド文明は統一王朝だと思っている人も多いけど、実際には王族達が各地にせめぎ合う群雄割拠の時代だった。つまり
  王冠は各地に君臨した王族分あるってわけ。リンダイと呼ばれるアイレイドの遺跡に王冠があると私は研究の結果知ったわ」
  「つまり、その王冠を渡せと?」
  「ウンバカノは本物を見た事はないわ。だからきっと違いを見分ける事はできないはずよ」
  「……」
  「どちらにしても本物の王冠には違いないわ。貴女は詐称した事にはならないと思うけど……どうかしら?」
  「ふむ」
  彼女はネナラタの王冠は渡せないと言う。
  その王冠を使い、ネナラタの遺跡で《強大な魔力》をウンバカノに解放させたくはない、らしい。
  確かに危険だ。その危惧は、間違いではない。
  その代わりリンダイの遺跡に関する研究資料を提供すると、申し出ている。
  ……考えるまでもないか。
  「リンダイの王冠を彼に手渡す事にするわ」
  「よかった。これで枕を高くして眠れるよ」
  アイレイド文明の強大な魔力を私も認識しているものの、専門の研究者はそれをさらに理解している。
  だからこそその強大さを恐れる。
  「それでネナラタ最後の王って誰?」
  名は伝わっていない、強大な王らしい。
  有名どころのアイレイドの王は《魔術王ウマリル》《黄金帝》ぐらい。そいつらよりも強力だったのかしら?
  何しろ《最後の王》なんだから。

  「アイレイド最後の王は、名は分かっていません。ただネナラタに君臨していた王、というのは既に判明しています」
  「ネナラタ、ね」
  すぐ近くにあるアイレイドの遺跡。
  帝都の東にある。
  陸路を行けば一日掛かるものの、帝都を取り囲むルマーレ湖を船で横断すれば一時間で着ける。
  研究者である彼女は、興が乗ったのか続きを話し出す。
  ……講義を聞きに来たんじゃないだけどなぁ。
  ……昔から歴史学はあまり好きじゃない。
  「他のアイレイドの王が次々と滅んでも、彼は数世紀に渡ってネナラタの王として君臨していたようね。まあ、歴史書を信じれば、
  だけどね」
  「はあ、そうですか」
  「ネナラタの王は強大な力を持っていたわ。でも、アイレイド全体を統べる王ではなかった。そもそもアイレイド全体を仕切る王
  は存在しなかった。それぞれの都市に王が存在し、それぞれに軍勢があった」
  「はあ、そうですか」
  「ネナラタの王が、最後の王と呼ばれるのは結局ただ一つの理由でしかない。単に他の王が滅ぼされたり追放されたりしたから
  最後になったに過ぎない。とりわけ特別な王というわけではないわね」
  「はあ、そうですか」

  有史以前に君臨していたアイレイド文明。
  その際、人間はただの奴隷。
  結局奴隷が反乱を起こし、アイレイドは崩壊した。
  魔法を使える特権階級として君臨しながら。
  マリオネットという魔道兵器を開発しながら。
  今なお越える事の出来ない文明を築きながらも。
  何故滅びたかは、実に簡単だ。
  奴隷の反乱が滅亡の直接的な原因ではなかった。要は、王族同士の殺し合いが直接的な原因だ。
  それぐらいは私も知ってる。
  わざわざ歴史の講義を受けるまでもない。この辺は、常識だ。
  「じゃあ、私はこれで」
  「待って」
  「何?」
  「貴女の英断に感謝を」
  「……」
  アイレイド研究者でない私は認識が甘い、らしい。
  アイレイドの力を得ようとしているウンバカノに対する警戒心が私はおそらく彼女よりも甘い。
  ……先にラミナスに報告に行くか。






  「ほら。王冠だ」
  「はっ?」
  アルケイン大学に戻った私は、これまでの経緯をラミナスに報告した。
  報告後、ラミナスは数分中座し、王冠を手に戻ってきた。
  「これって、リンダイの?」
  「いや。最近ヴァータセンで入手した王冠だ。持って行け」
  ヴァータセン?
  聞いた事ない遺跡だ。
  何故都合よく王冠があるのか……まあ、ヘルミニアの言葉を借りるなら《統一王朝ではなかった》、わけだ。
  各地に君臨した王族分、王冠がある。
  古代文明の調査も権限の内である、魔術師ギルドなんだから王冠が一つや二つ、あったところでおかしくはない。
  それにしても……。
  「これが王冠?」
  初めて見る、アイレイドの王冠。
  純金で作られている=王冠、という方程式が私の中にあったけど……王冠というよりは、兜?
  「これが王冠なの?」
  「そうだ。アイレイドの王族にとって王冠とは儀礼的や権力を誇示するものではなかった。連中が求めたのは魔力。これは魔力を
  増幅する為の、兜だ。もっとも被れるのは王族だけだからな。王冠と呼称しても間違いではない」
  「ふぅん」
  「ウンバカノにはこいつを渡せ」
  「ハンぞぅの許可は?」
  「この一件に関しては、全権を与えられている。別に問題はないだろう」
  「ふぅん」
  アイレイドに詳しくないにしても、これは高価なものだ。
  ヘルミニア曰く《値段が付けられない》代物のはず。
  ……。
  ま、まあそんな代物を金貨1000枚で買い取って来い、というウンバカノは……馬鹿?
  あいつコレクター名乗る割には相場知らないんじゃないの?
  そう考えるとかなりいかがわしい奴だ、あのアルトマー。
  「あっ」
  ふと思い出す。
  以前、何故そこまでウンバカノを魔術師ギルドが警戒するかの真意についてラミナスは口を濁した。
  マラーダの一件解決後に話すとか言ってたわね。
  聞いてみるとしよう。
  「ウンバカノの何が心配なの?」
  「実はある秘密結社がある」
  「秘密結社?」
  「そう。デイドラ信仰の、秘密結社だ」
  「秘密結社ねぇ」
  真っ先に浮かんだのは《深遠の暁》。
  皇帝暗殺した集団であり、オブリビオンの魔王であり破壊を司るメイエールズ・デイゴンを信仰する集団だ。
  連中の事だろう。ウンバカノと繋がってるのか、と考えていると……。
  「蒼天の金色と呼ばれる秘密結社だ」
  「蒼天……?」
  聞いた事のない名前だ。
  まあ秘密結社なんだから普通は聞いた事ないでしょうけど……蒼天の金色、ねぇ。
  「何を信仰してるの?」
  「メリディアだ」
  オブリビオン16体の魔王の1体である、メリディア。司る属性が不明とされる、謎の魔王。
  ただアイレイドの王族の1人である《魔術王ウマリル》が魂を売った相手として有名。
  「ウンバカノがそいつらと繋がってる、と?」
  「当初はな。しかし王冠を求めるのであれば、まるで関係ないだろう。もっともウンバカノも捨てては置けんがな」
  「それで……何で蒼天なわけ?」
  「その連中が着込んでいるローブが蒼で統一されているからだ」
  「……ああ、そう」
  「天、という名を使ったのはメリディアの関係だろうな。奴は堕落した太陽の女神、つまり金色とは太陽であるメリディアを指す。
  蒼天、つまり青空は金色の太陽を引き立てるようなものだろう? 青空が広がれば広がるほど、太陽が際立つ」
  「自分達はメリディアに盲従してる、という意味合い?」
  「まあ、そうだな」
  「ふぅん」
  メリディアが太陽の女神の成れの果て、とは知らなかったけどハンぞぅがウンバカノを警戒し、内偵させた理由はそこにある
  わけだ。妙な秘密結社と繋がっているのを恐れたわけだ。
  なるほどなぁ。
  「それで、その秘密結社の目的は?」
  「よくは分からんが、その組織の幹部連中はアイレイドエルフの生き残り。そしてアイレイドの神官の末裔。……分かるだろ?」
  「アイレイドの復活?」
  「そうなるな」
  「誇大妄想じゃないの?」
  「だといいのだがな。……コロール支部では《黒の派閥》とかいうのとぶつかったらしいし、頭が痛いよ、本当」
  中間管理職のラミナスは、面倒が続いてる事に辟易しているらしい。
  それにしても……。
  「今年は色物が多いねぇ」
  深遠の暁。赤。
  蒼天の金色。蒼と金。
  黒の派閥。黒。
  深緑旅団。緑。
  ファルカーが組織化してた死霊術師達の服装の色。黒。
  ……。
  ……はぁ。
  次は何色が来るんでしょうねー。
  「でまあ、ウンバカノがその組織と関わってないにしても、王冠渡してもいいの?」
  「概ねの奴の思惑は把握している。王冠を求める以上、その王冠を鍵にしてネナラタに眠る魔力を我が物にする気だ」
  「でしょうね」

  「……推測するに……お前は貧乳だろう?」
  「はっ?」
  「この幼児体型めっ!」
  中間管理職であるラミナスは秀才だし、世間との折衝役だけあって人当たりも柔らかい。世間知らずの魔術師達の世話云々も
  彼の仕事の範疇だ。ストレスが溜まるのは分かるけど、私を弄らないで欲しい。
  ……ちくしょう。
  「そ、それで推測するに……何?」
  「推察では奴はネナラタの魔力を得るだろう。つまり、代理人ではなく自分で出向く」
  「ああ、そうね。その通りだと思う」
  「ネナラタ、か」
  腕を組み、ラミナスは考え込む。
  考える事数分。それから、ゆっくりと口を開いた。
  「この幼児体型めっ!」
  「……」
  「さて、冗談はやめにするか。いいよな、フィッツガルド?」
  「すいません私は今までに一度も冗談を求めた事ないんですけど」
  ……ちくしょう。
  「ネナラタのすぐ向いに、川向こうにキャドルー聖堂という今は打ち捨てられた聖堂がある」
  「はっ?」
  ああ。考え込んでいたのは地形を思い浮かべていたのか。
  記憶力抜群なのは、私が尊敬しているところだ。
  「そこにバトルマージを伏せておく。数は……20名ほどにしておくか。ネナラタに到着したらお前は理由を付けて聖堂に入れ。その
  後に一斉捕縛を開始するように、指示しておく」
  「ウンバカノ達を捕縛?」
  「そうだ」
  「王冠使って魔力を得る前……つまり犯行を犯す前に?」
  「そうだ」
  「そんな強硬手段……」
  「バトルマージは魔術師ギルドの直属の魔道兵。しかし、立場的には帝都軍と同等の権限が与えられている。つまり逮捕権も
  あると言うわけだ。さらに言うなら一昨年成立した魔道法に奴は違反している。逮捕は正当だろう」
  「王冠で強大な魔力を手にしようとした場合はね。違ったら……」
  「違ったら簡単だ。私が監獄に身を投じれば全てが丸く収まる」
  「……ラミナス……」
  「分かってる。お前は自分の身を犠牲にする気だな。……お前が代わりに地獄に落ちろ、ふはははははははははっ!」
  「鬼かお前は」
  ……ちくしょう。






  「これがネナラタの王冠?」
  「ええ」
  「……ふぅむ。文献で読んだのと多少形状は違うようですが……アイレイドの王冠、というのは間違いないですね」
  「……」
  こいつ実は品物を見る眼がないのか?
  ここまで買い漁りながらネナラタの王冠とヴァータセンの王冠の区別がつかんのか。
  ちなみにリンダイの王冠は近い内に魔術師ギルドが調査団を派遣して、入手する気らしい。
  さて。
  「……これが王冠……ふふふ、くくくくくくくく……」
  「……」
  「見なさいこの王冠の美しさをっ! この王冠は、見るだけで奴隷どもを死に至らせた高貴な代物っ! ……ふふふ……」
  「……」
  危ないから危ないから。
  なるほどなぁ。
  確かにこいつはただのコレクターじゃない。今更ながら頭がいっちゃってるでしょうよ、こいつ。
  「よかったわね」
  私は密偵から、囮捜査間に変更されてる。
  ネナラタにこいつが行く際にお供をし、バトルマージを手引きして逮捕させる。
  アイレイドの遺産復活は魔道法に違反している。
  逮捕するには充分過ぎる罪状だ。
  帝都軍に逮捕を要請したところで適当に流されるだけ。結局、帝都軍上層部と元老院はウンバカノに首根っこ掴まれてるし。
  ビバ財産、ってわけだ。
  ただし魔術師ギルドは違う。
  世間知らずで、世間と遮断しているのが幸いしウンバカノとはまるで繋がりがない。
  そして大学の直属の部隊であるバトルマージにも、帝都兵と同じ司法権が与えられている。逮捕する権利は有してる。
  そろそろウンバカノの任務もお終い。
  次で、お終いだ。
  「ネナラタに私は行く必要があります。貴女は護衛する気はありますかな?」
  「ええ」








  ウンバカノの邸宅を出ると、完全に夜だった。
  食事を一緒したのが遅くなった決定的な理由ね。
  月も雲に隠れて歩くのに心細い。今日はこのままタイバーセプティムホテルに泊まるとしよう。
  通りを横切る。
  お義理程度に飲んでいるので、気分が良い。
  ほんのりと朱を帯びている顔色が火照って、冷たい水を求めてる。
  ホテルで部屋借りたら、ゴロゴロしてよ。
  「んー。ねむぅー」
  大きく伸び。
  アンはまだ、私の護衛をしているのだろうか?
  結構気分屋だから任務離れて遊んでいる事もあるっぽいし。それに今日はウンバカノ邸で過ごした時間が長く、アンは邸宅の外
  で潜むのに飽きている可能性の方が高い。
  まあ、別にいい。
  気配ぐらいは私でも読める。殺気を帯びていれば、簡単に返り討ちに出来るぐらいの索敵能力はある。
  ウンバカノが私を殺すとは思わないけどね。
  ……うん。
  奴が殺し屋を放つとは考えられない。殺すなら最後の仕事が終わってからだ。今殺すのは、奴らしくない。
  「んー」
  変な事を思い出した。
  現在の闇の一党の聞えし者がアントワネッタ・マリーではないかという想像。
  マラーダで始末した幹部の遺言だと《アンかもなぁ》と思わせるニュアンスはあった。なお遺言喋り続けるそいつをアンは問答無用
  で始末したし。
  現実問題、あまりありそうもないけどね。
  ただ、流れとしては……一応、辻褄は合う。郵便配達人として各地を回るシェイディンハル聖域の面々。
  つまり、私の行方を探し当てるネットワークが既に形成されているわけだ。
  帝都スラム街、辺境の遺跡マラーダでの的確な二度に渡る襲撃。
  流れとしては怪しいのはシェイディンハル聖域の面々。つまり、私の家に居候どもだ。
  アンに関しては常にわたしの背後にいるわけだから疑わしさ100パーセント。
  「ありえないけど」
  私も馬鹿じゃない。
  あの連中がそんな事を画策するわけがない。
  それにあそこまでの組織力を私の家族達が纏めれるとは到底思わない。
  だから欠片しか疑ってない。
  ……。
  まったく疑わない、とは言わないわ。
  欠片は疑ってる。
  だって、流れ的に犯行はありえるもの。動機は、分からないけどね。
  「あれ?」
  人通りが、まるでない。
  既に夜遅い。
  別に夜間外出禁止令はないものの、皇帝が死んでから帝都軍は治安維持にうるさい。
  この時刻になると人通りが絶える。
  それはいい。
  だが、治安を維持する帝都兵がいないのはどういう事だ?
  「……」
  私は柄に手を掛け、音を立てて剣を抜き放った。
  気付かない事を取り繕う事もしない。
  立ち止まり、右手で剣を握り、左手でいつでも魔法を放てるようにする。静寂が、続く。
  ただ血の臭いだけが次第に充満してくる。
  ……先に帝都兵を始末したわけか。
  なかなか頭のよろしい事で。
  これで治安維持の為に帝都兵が介入してくるのを、しばらくは回避出来るだろう。
  何故?
  簡単よ。その治安維持の為の連中は、ここで死んでる。
  詰め所から次の連中がここに出張るまで、少なくとも10分は掛かる。
  ざわり。
  背筋に何かを感じた。
  私は経験よりも勘を信じる。咄嗟に振り返る。……瞬間、黒い皮鎧を着込んだボズマーの女と眼が合った。
  私は微笑。
  「ふふふ」
  「……っ!」
  一刀の元に切り伏せる。
  闇から無数に人影が躍り出た。向こうも殺意を隠す事すらしない。
  闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺者達だ。
  襲撃は完璧。
  完全にタイミングは合ってる。
  そして、私を護衛していたはずのアンは来ない。普通ならアンがこいつらを差し向けた、と察するだろう。
  それが一番流れ的にもおかしくないものの話が出来過ぎてる。
  まっ、あの子に組織を纏める才覚はないでしょうけど。
  別にアンを疑ってない。
  こんなアホを差し向けなくても、私の寝首掻くチャンスは幾らでもあったわけだしね。
  「最初に死ぬ奴は誰?」
  剣をだらりと下げたまま、私は問う。
  だれの差し金なんかはこの際どうでもいい。私に喧嘩売った以上、死んでもらうまでだ。
  ……等しくね。ふふふ。
  同時に暗殺者3人飛び掛かってくる。
  「はぁっ!」
  私が剣を振るうと、首が、胴が、右腕が飛ぶ。
  鮮血が路上に溢れた。
  仲間が斬られた事になど動じずに突っ込んでくるものの……連携がまるでなってない。
  ただ闇雲に亡骸を増やすだけ。
  「闇の一党、質が落ちたわね」
  雑魚でしかない。
  そもそも暗殺者が正面から挑む事自体が間違い。
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  炎の魔法で消し飛ばし、私はそのまま走った。
  このまま相手してられるか。
  「……やれやれ」
  走って逃げる、と思い走り掛けたものの運が悪い奴が私以外にもいた。
  目撃者を消す、という名目で殺そうとしたのだろう。逆に目撃者であるインペリアルに暗殺者は叩きのめされていた。
  見覚えのあるインペリアルの女。
  そう、マラーダで私と張り合った、あの女だ。

  「巡り合わせが悪いわね」
  「あなたはっ!」
  驚いた顔をする。
  そりゃそうだ。私もこんな場面でまた会うとは思ってもなかった。
  「あなたは……っ!」
  何か文句を言いかけるインペリアル。
  しかし口喧嘩を買ってる場合ではなさそうだ。
  帝都兵の介入を防ぐ為、巡察してた連中を始末してた暗殺者達がこの場にいる暗殺者達と合流。数が再び膨れ上がる。
  ……やれやれ。
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  向かいの屋根で矢を構えていた暗殺者達を始末。
  あの家は石造りだから燃える事はないだろう。……多分ね。
  「死ねぇっ!」
  ショートソードを閃かせ、1人が突進してくる。黒い皮鎧を着込んだ男。
  身を捻り、斬り伏せようとする。
  その時、インペリアルが動いた。暗殺者目掛けて突進。手には煌くナイフ。
  「はぁっ!」
  「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  刃を深く、暗殺者の首筋に突き立てた。
  「冷たい墓標っ!」
  冷気の魔法でさらに撃破。
  なかなかやるわねぇ。
  私は私で向ってくる連中を的確に、切り伏せる。一度刃を振るうと、確実に一つの命を終わらせている。
  ふふふ。私を敵に回すと怖いのよ。お分かりかしら?
  ほほほー♪
  「……やば」
  切り伏せてから、我に返る。
  今切り伏せた2人は黒いローブを着込んでいた。おそらくは幹部。伝えし者か、聞えし者だ。
  情報源がぁー。
  ……。
  まあ、いいけど。
  私が狙いならばいずれ次の連中が刺客として放たれる。次を待てばいいだけの話だ。
  今はこいつらを始末するとしよう。
  ……癪だけど、手を組んでね。
  「悪いわね、妙な事に付き合わせて」
  「本当ですわ。……まあ、今回限りの同盟ですわ。わたくしは忙しいの。一気に決めますわよ」
  「おっけぇ」
  じりじりと間合いを詰める、暗殺者達。
  そして……。
  「霊峰の指っ!」
  「裁きの天雷っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  同時に放った電撃が白く閃いた。
  ……。
  私と互角だから、あまり楽しいお相手ではないものの……組むとなると、最強の組み合わせね。
  だけどこの女、誰だろう?
  ハンニバル・トレイブンの直弟子である私と張り合うなんてね。
  ふぅ。
  世の中広いなぁ。