天使で悪魔






帝都の長い一日



  魔術師ギルドは、ウンバカノを警戒している。
  経済力を?
  政治力を?
  どちらも違う。
  魔術師ギルドは、基本的に……というかほぼ確実に、世間一般の魔術師像と被る。
  世間知らず。傲慢。
  それが魔術師の、一般的な感じだ。
  魔術師達の集団である、魔術師ギルドもそれと同じ。例え誰が世界を支配しようと、そこには関知しないし興味すら抱かない。
  ただ自分達の権威さえ維持できれば、それでいいのだ。
  その権威を脅かす可能性があるのが、ウンバカノ。


  ここ最近、魔術師ギルドは周囲に敵を作っている。
  ……。
  まあ、元々世間的に受けはよくないけど。
  元シェイディンハル支部長ファルカーが引き起こした《ファルカーの反乱》。
  反乱そのものは未然に叩き潰したものの、各地に潜伏している死霊術師達との小競り合いはまだ続いている。
  それに加え、魔術師達の不祥事の連発。
  ウンバカノは、魔術師ギルドとは関係ない。しかし魔法に長けている、そういう情報もある。
  今、ウンバカノはアイレイドの遺産を買い漁っている。
  その中には禁呪に近い魔法もあるだろうし、戦闘型自律人形マリオネットもある。万が一厄介を起こせば、例えばマリオネット
  が暴走したらそれはそのまま魔術師ギルドに対するしわ寄せとなる。

  世間の線引きは曖昧。
  ウンバカノは魔術師ギルドとは何の係わり合いもないものの、厄介の種が《魔法関係》となれば魔術師を憎むだろう。
  そして魔術師の巣窟であるアルケイン大学を憎む。


  どの道、厄介の火種としてウンバカノは充分に警戒すべき対象だ。
  アイレイドの遺産はそれだけ危険なシロモノ。
  それをここ最近では大量に買い漁っている。何か起こる前に内偵を。そう、ハンニバル・トレイブンは判断した。任務は潜入調査。
  それが今回、私フィッツガルド・エメラルダに与えられた使命なのだ。








  「これは見事な品ですね。さすがです。喜んで買い取りましょう」
  「どうも」
  ウンバカノは喜色を浮かべて、自分の手にした物を魅入る。

  古文書の類だ。
  文字は私には読めなかった。当然、アイレイドの書物だ。
  ター・ミーナにあげれば喜んだだろうけど、それも出来ない。これは、とあるアイレイドの遺跡からウンバカノの命令でゲットし
  てきたお宝だからだ。クライアントに渡さないとさすがにまずい。

  私の任務は潜入調査。
  彼がただのコレクターなのか、それとも何かの思惑があるのかを調べるのが仕事。
  その為には信頼を得ないとね。
  言われるがままに遺跡に潜り、お宝を手に入れる必要がある。
  「君を雇って正解だったな」
  「それはどうも、ボス」
  レスニリアンの一件が終わり、帝都に戻ってから既に三日。
  その三日の間に指示されたアイレイドの遺産二つを私は手にし、彼に渡した。
  この短期間で二つの宝をゲットした理由は二つある。
  一つは私が有能だから♪
  もう一つは、シャドウメアの脚力と不死身がもっとも大きな理由だ。スタミナの要素もないから、無限に走り続けれる。
  速度を落とさずに。
  そのくせ、食べ物(人参ラブ♪)を食べるんだから、不思議よねぇ。
  元々は闇の一党の幹部であるルシエンの愛馬を、私が幹部昇進の際に拝領したのだけど……この馬、死霊術の類で生み出
  されたのかもしれない。

  「エメラルダ様、これを。報酬にございます」
  「どうも」
  銀の盆に、金貨の袋を置いて差し出す執事。
  今回の報酬だ。
  この膨らみからして、金貨200枚と見た。
  契約料に金貨50000枚(まだ全額ではなく手付金しかもらってないけど)とは別に、成功報酬も支払うとウンバカノは確約
  してくれたけど……こいつ本当に金と暇をもてあましているわね。

  ……。
  まあ、私も美貌と優しい心を持て余してるけれどね有り余りすぎて困りますわー♪
  ほほほー♪
  「君は実に有能だ。近々、大きな仕事を任せたいと考えている」
  「大きな仕事?」
  「今、調査を進めている。調整するまでは待って欲しい」
  「了解」
  調査?
  調整?
  下準備、という事かな。あまり知られていない……おそらく、まだ調査団の入っていない場所を探索するのだろう。多分ね。
  ウンバカノの私室を改めてみる。
  私室、というより純粋に博物館だ。この部屋にあるもので、アイレイドのものではないのはウンバカノ本人だけだ。
  調度品の類は全てアイレイド製。
  有史以前にシロディールを支配した古代文明の遺産。
  ここまで買い漁れば、確かにただのコレクターとは思えない。アイレイドにこだわり過ぎている風がある。
  まあ、人の趣味だからそこはいい。
  「……」
  「どうした? 私の部屋が、どうかしたか?」
  「良いご趣味なことで」
  「人生の大半を掛けている、と言っても過言ではない。私はあの時代に魅せられているんだよ」
  「……」
  憑り付かれてるの間違いでしょ。
  さすがにその言葉だけは飲み込み、心の中で囁くに留めた。
  今のところ、別に不審な点はない。
  アイレイドにこだわり過ぎているものの、特に不審に思う点はない。たかがコレクターにそこまで警戒するな?
  ……。
  いいえ。ハンぞぅの危惧は正しい。私を潜入任務で派遣した意味は、確かにある。
  アイレイドの魔法技術は今の魔道を遥かに超えている。
  魔法一つにしても威力の桁が違う。
  暴走した程度なら何とかなるかもしれないけど、ウンバカノが故意に、意識して、組織的にそれを運用した場合が手が付けら
  れなくなる。あくまで危惧だ。この時点ではあくまで想像だ。

  しかしそれが間違いではなかったら?
  保険は必要だ。
  そして万が一の為に、私が派遣されたのだ。
  その時……。
  「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  絶叫が響いた。
  下の階からだ。男の、悲鳴としか形容のし難い声が響いてきた。
  ウンバカノは平然と、執事に紅茶を注がせ、口に運ぶ。

  「君も紅茶はどうかね?」
  「いえ結構。……で? 今の悲鳴は?」
  「今の?」
  「下から聞こえた声よ」
  「下から?」
  「……聞えたでしょ、今の悲鳴」
  こいつすっ呆けているのか?
  わざとらしく、考えて見せる。それから陶器のカップをテーブルに置き、手をポンと叩いた。
  ……わざとらしい。
  「私の使用人がね、他のコレクターに私の大切な品物を横流ししていたんだよ」
  「じゃああの声は、制裁ってやつ?」
  「そんなところだ」
  「厳しいのね」
  「不義は嫌いでね。……私を失望させた奴は、等しく罰を与える。男だろうが女だろうが、後悔してもらうまで罰するのだよ」
  眼を細め、私を見据えるウンバカノ。
  私を疑ってる、というか牽制しているつもりなのだろう。皮肉を込めて、感心してみせる。
  「躾けの行き届いた事で」
  「誉めて頂き光栄だね。ありがとう」

  「……」
  向こうの方が遥かに、役者は上か。
  ふぅん。中々タヌキじゃないの。すっ呆けは、なかなかうまい。少なくとも、故ルシエン・ラシャンスよりは役者が上だ。
  この旨、魔術師ギルドに……直接の上司、というか上役というか、ともかくラミナスに報告する?
  ……しないわね、しない。
  犯罪は別に魔術師ギルドの範疇じゃあない。
  あくまでアイレイドの遺産を悪用するかどうかが問題であり、私の立場は色々と微妙なのよ。
  それに相手を殺したわけでは……ないだろう、今のところは。
  この程度の制裁はおそらく罪にはならない。
  理由としてウンバカノが貴族や元老院以上の資産家であり、彼らと親しい事。帝都軍も金で黙らせるだろう。
  もう一つの理由がある。
  それは今回、横流しされた……つまりウンバカノが被害者であるという事。
  制裁程度なら(殺しはNG)罪には見られない。
  殺したら?
  ……んー、殺しても罪にならないかもね。多分、横流しした奴の痕跡そのものを消すでしょうよ。
  それをするだけの金も組織力も、あるだろうから。
  さて。
  「君に次の仕事を与えたいと思う」
  「はっ?」
  さっき調査&調整云々が必要だって言ってたのに。
  「別の任務だ。……ジェルリン」
  「はい」
  執事が、主に恭しく頭を下げ、それから私にも下げ、任務の説明を始める。
  内容は、トレジャーハンターと掛け離れていた。
  ……こいつ私を私兵と勘違いしてるのか。
  ……ちくしょう。少し、腹が立つ。
  つまり。
  「それは私に、横流しを依頼したコレクターを叩きのめせって事なわけ?」
  「いえ。そうは申しません。警告をして欲しいだけです。……警告の方法はお任せいたしますが」
  ……うまい手ね。
  つまり、ウンバカノ側は《警告しろ。方法は任せる》と言っている。
  ここで私が叩きのめすという方法を選択し、横流しを依頼していたコレクターを半殺しにして問題となった場合、私を切り捨てる
  というわけだ。

  私兵の勝手な判断、ウンバカノ氏には罪はない……まあ、そうなるでしょうね。
  「それで、いかがいたします?」
  「受けるかって事?」
  「左様にございます」
  「ふむ」
  一種の試金石でもあるだろうよ、きっとね。
  私が本当に信頼に足る人物か、そして命令されれば喜んでウンバカノの足の裏でも舐めるような忠誠心を持っているかを
  見極めたいのだろう。

  命令されたから見ず知らずの相手を叩きのめす。……はっきり言って並みの忠誠心では出来ない事だ。
  しかし私にとっては容易い。
  私は天使で悪魔、誰がどうなろうと知って事か。
  「いいわよ。受けましょう。それで誰殺す?」




  帝都。エルフガーデン地区。
  別にエルフの居住地域、ではない。この区画も高級住宅が続いている。
  帝国の貴族達が多く住む場所であり、つい最近までは貴族同士の抗争が続いていたらしい。
  あまり立ち寄らない区域だから、よくは知らない。
  「ここ、か」
  ルーヴェンス・ジェベボレとかいう、ふざけた姓を持つアイレイドコレクターの豪邸だ。
  ウンバカノのライバルの1人らしい。
  この豪邸の主がウンバカノの私兵の一人を抱きこみ、アイレイドの遺宝を横流しさせていた。
  幸い、特に価値のある代物(それでも捨て値でも金貨3000枚は軽い)を2、3失った程度ではあるもののウンバカノにしては許せる
  ものではなく、報復というてを使わないとメンツが立たない、らしい。

  そこは理解出来る。
  勝手に自分のお気に入りを盗まれて、何もしないのであれば舐められる。
  かといって言葉で責めたところで、あまり意味はないだろう。
  文句言われて心改めるぐらいなら、盗み(正確には抱き込んだ私兵に示唆)はしない。叩きのめすに限る。
  ……。
  まあ、私が《誰殺す?》と言った時、さすがにウンバカノは慌ててそれだけは止めた。
  まだまだ甘いですなぁ。

  日は高い。
  まだ昼前だから当然だ。
  わざわざ気分出す為に、それと正体を隠す為に黒いフードと黒いローブを纏い、暗殺者然としているもののこう太陽が高いと
  滅茶苦茶目立つ。暗殺者ルックは、夜限定よね、やっぱり。
  とっとと終わらせるとしよう。
  「さて、始めるか」






  「ばれただとっ!」
  「はい。ジェベボレ様」
  帝都。エルフガーデン地区で、その権勢を誇る貴族であるルーヴェンス・ジェベボレは不快そうに執事にそう叫んだ。
  ジェベボレは小太りのインペリアルであり、名門中の名門の生まれ。
  姻戚関係で、皇族の縁続き。
  帝都内でその権勢を知らない者はいないものの、ウンバカノにだけは及ばなかった。
  立場の面では彼の方が上だ。
  しかし経済面やアイレイドの知識に関しては、ウンバカノには歯が立たない。
  元々ジェベボレはアイレイドの遺産には何の興味も示していなかった。
  ただ、自分の権勢の及ばない相手であるウンバカノが収集している、その理由だけで大金を投じて遺産を買い漁った。
  嫌がらせ。
  そう、最初はただの嫌がらせだった。
  ウンバカノが唯一切望し、情熱を注ぐ古代遺産の収集の邪魔をする、それだけの理由。
  しかし今は違う。
  いつの間にかジェベボレ自身もアイレイドの遺産に、秘宝に魅入られていた。
  だから、今の収集理由は純粋に遺産に魅入られたから。
  ……。
  もちろん、ウンバカノに対する嫌がらせもあるにはあるのだが。
  「ちっ」
  「いかがいたしましょう」
  「放っておけ放っておけ。あのマティアスとかいうノルドの若造が持ち掛けてきた……いやアイレイドの遺産を持ち込んだ事
  にすればいいのだ。私が指示したという証拠はどこにもない。私はただ買い取った、それだけだ。よいなっ!」
  「ではウンバカノ氏の抗議の者が来ましたら、そのように対処いたします」
  「ああ、任せる。……それと」
  「何でございましょう?」
  「《流浪の魔剣》が近くの洞穴に現れたという話を聞いた。誰かを差し向けよ。バーボも狙ってる。急げよ」
  「では、そのように」
  「うむ」
  ウンバカノはアイレイドの遺産以外には見向きもしない。
  それが例えどんなに価値のある代物でも、だ。
  《流浪の魔剣》はアイレイドの遺物ではない。しかし価値ある一振りの剣であり、ジェベボレはそういう代物に眼がない。
  ウンバカノとは違い、価値あるもの全てを収集するのがジェベボレのコレクターとしての主義。
  ……。
  主義と言うか、貪欲というのかは個人の価値観に任せるが……。
  「では、失礼を」
  白髪の、ブレトンの老執事は恭しく一礼。
  扉の方に向おうとした瞬間……。
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  扉が粉々となり、そのまま破片と一緒に弾き飛ばされた。意識を失う。
  肥え太った富豪はテーブルの下に隠れる。
  スタスタスタ。
  無造作に、何の警戒もなく部屋に入り込んでくる黒衣の女。フードを目深に被っている為、顔はよく分からない。
  露出している顔の下半分を見て、ジェベボレは場違いにも白くて美しい肌だな、と思った。
  ……もっとも。
  ……それは危険な美でもあったのだが……。
  「侵入者めぇーっ!」
  果敢にも黒衣の女の背後に、ジェベボレの私兵が挑みかかる。手には輝く刃。鋼鉄製の、ショートソードだ。
  女は笑う。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  抜き打ちで私兵の剣を切り落し、そのまま左手で首を掴み壁際まで押し付ける。
  ガン。
  容赦なく殺すのか、とジェベボレは戦慄したものの女は柄で私兵の頭を強打しただけだ。私兵は、崩れ落ちる。
  気絶したのか、それとも……。
  「ひ、ひぃっ!」
  少なくとも女は自分に危害を加えようとしている。
  ここに侵入するまでに私兵は残らず叩きのめされたのだろう。助けはない来そうもない。
  衛兵?
  衛兵も来ないだろう。
  貴族の邸宅に衛兵が介入してはいけない、その旨を元老院に押し付け、可決させ、成立させたのは他ならぬ自分なのだ。
  成立させた最大の理由が、禁制の代物があるからだ。
  アイレイドの古代遺産にしてもそうだが全て合法で手に入れた、ものではない。
  衛兵が邸内に入り、その結果それが発覚したら?
  そういう危惧から生まれた法律なのだ。
  もちろん、ジェベボレ1人が言い出したのではない。他の貴族も、多かれ少なかれ屋敷を調べられたらまずい理由があるも
  のだ。その為の法律が、今は裏目に出ている。
  例えここで殺されそうになってても、衛兵は屋敷には入って来れない。
  外に逃げなければ。
  「ひぃっ!」
  しかし日頃運動不足が祟り、機敏な動きは出来ない。
  黒衣の女はジェベボレの腕を掴み、捻り、悲鳴を上げるジェベボレの体をテーブルに叩きつけた。
  ガン。
  「い、痛いっ! 歯が、歯が俺折れたじゃないかぁっ!」
  「……」
  グイ。
  女は無言でテーブルから肥満体を引き剥がすと、右手を掴みテーブルに置かせた。
  ザシュ。
  ……。
  ……。
  ……。
  一瞬、間があった。何をされたか、ジェベボレは分からなかった。
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
  ナイフで右手を突き刺されたのだ。
  ナイフは右手を貫通し、そのままテーブルに深く刺さっている。
  さらに女は左手を掴むと、テーブルに置かせる。
  何をされるのか?
  もう、ジェベボレは説明されなくても理解出来る。女は懐から二本目のナイフを取り出していた。
  「待て、待てぇっ!」
  「……」
  「誰に雇われたっ! 倍払うっ! ……い、いや、お前の言い値でいいぞっ!」
  「……」
  ザシュ。
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「……」
  左手も、テーブルに繋ぎ止められる。
  右も左も、ナイフはテーブルを深く貫通しているので抜く事すら叶わない。
  血塗れのテーブルに両手を串刺しにされたままジェベボレは泣き叫ぶ。そこには今まで上に立つ者、として保っていた威厳はどこ
  にもなかった。女は抑揚のない声で、彼の耳元で囁く。
  「ウンバカノのコレクションには手を出すな」
  「……お、お前あいつの……っ!」
  「……」
  「い、良い事を聞いたぞっ! この旨を元老院に話してやるっ! あいつを破滅させてやるっ!」
  「……そうなの?」
  「お前もだっ! ひゃはははははははははっ! 絶対に後悔させてやるぞ、私の力を見せてやるからなっ!」
  「そりゃ残念。……ここで殺すしかないか」
  「……な、なにぃっ!」
  「生かして置いたら厄介にしかならない。殺す方が手っ取り早いわね。悪いけど、お前殺すよ」
  「ひぃっ!」
  ジェベボレは動けない。
  蛇に睨まれた蛙状態ではあるものの、逃げないのはテーブルにナイフで繋ぎ止められているから。
  昆虫採集の標本のように、動けない。
  ガッ。
  「ひぃっ!」
  黒衣の女がジェベボレノ頭を手を置くと哀れそうな声を発し、ガクガクと震える。
  女は耳元で囁いた。
  「ウンバカノのコレクションに手を出すな」
  「は、はい」
  「お利口さんね。……次に私が来なければならない時は……分かると思うけど、こんなに優しくはしないわよ」
  「は、はい」
  「誠意ある示談の会話って、素敵ね」





  「話し合いの結果、ジェベボレ氏は二度とこんな事をしないと紳士的に誓ってくれたわよ」
  「そうか。ご苦労」
  帝都。タロス広場地区にある、ウンバカの邸。
  私は報告の為に舞い戻った。
  何の報告?
  決まってるじゃないの。ジェベボレ氏との話し合いに決まってるじゃない。
  紳士と淑女の話し合いはそれはそれは優雅で、気品に満ちていましたわぁー♪
  ほほほー♪
  「でも本当によかったの?」
  「うむ?」
  「横流しされたコレクション、取り戻さなくて」
  「それほどの価値の代物でもないしな、別にいい。……それに」
  そこでウンバカノ、皮肉そうに笑う。
  「見舞いの品と私は認識しているよ」
  「見舞い? 何の事?」
  「ほう、心当たりないか。まあいいさ。ははははははは」
  「……」
  私がどう振舞ったか、知ってるのか?
  そうかもしれない。
  ローブは脱いで、普段の格好に戻っているものの真新しい血の臭いは消せてはいないだろう。
  話題を転じる。
  「それでボスは《流浪の魔剣》には興味ないの? 街の近くに現れたみたいだけど」
  「《流浪の魔剣》?」
  ここ100年ほど、大陸を転々としている謎の魔剣だ。
  アイレイドの遺産、ではいなもののかなり有名な一振りの剣で狙っている者は大勢いる。
  「ああ、あの剣か。私には必要ないな。興味がない」
  「そう?」
  「ああ。私はアイレイド専門のコレクターだ。ジェベボレやバーボあたりなら狙うだろうがな」
  「バーボって誰?」
  「《刀狩のバーボ》と呼ばれる、刀剣のコレクターだ。金にモノを言わせるだけの、俗物だよ。三流コレクター風情だ。今頃は
  帝都中の、魔剣の関連書を買い占めているはずだ。小さい男だよ」
  「ふぅん」
  あなたもそう変わらないと思いますけどねぇ。
  さすがにその言葉は飲み込んだけれども。一応、私の《ボス》だし。
  「それで今日はもうお終い?」
  「ああ。今日は特に用はない。数日したら来てくれ、次の任務の準備は出来ているはずだ。……もちろんその間遺跡に潜って
  アイレイドの遺産をせっせと手に入れて欲しいものだがな。報酬は存分に支払うぞ」
  「了解」
  ……ほらね。
  ……あんたも金にモノ言わせるだけの、俗物じゃないの。
  まあ、私は儲かるからいいけど。
  「ああ、そうだ。あの私兵はどうしたの? 帝都軍に突き出したの?」
  「私兵?」
  「ほら、横流ししてた奴」
  「ああ、あいつか。故郷に帰ったよ、首にしたからな」
  「故郷に?」
  「マティアス・ドラニコスはアップルウォッチ農場に帰ったよ。最近、母親が病気だそうだしな」
  「へぇ」
  ……殺したのかこいつ。
  多分、始末したのだろう。首にした、のではなく首だけにした……その可能性もあるなぁ。
  何故断言するのかって?
  闇の一党の、クヴァッチ聖域がアップルウォッチ農場の女主人を始末したからよ。きっとマティアスの母親。
  殺したのは随分前の話。
  既に死んでるのに病気、というのはありえない。
  ああ、そうそう。あの農場はルシエンがブラックハンドに追われている際に、隠れ家にしてたわね。
  どの道、農場の持ち主はとうの昔に死んでる。
  ウンバカノの誤算は、私がその老婦人の死を演出した組織のメンバーだったことを知らない事だ。
  横流しした奴を殺す。
  そこはもう、制裁では済まないだろう。
  「じゃあね、ボス」
  「ああ。休暇を楽しみたまえ」
  ……ラミナスに報告するか。



  「ター・ミーナにお土産でも買ってやるかなぁ」
  大学に行く……のはそうなんだけど、手土産に珍しい本でも購入しようという事で商業地区に足を運んだ。
  人が集まるのは、この二つが主だ。
  観光と商業。
  この二つが揃っている帝都は、まさに経済の中心地に相応しい。
  そういう意味で、数多の商店が所狭しと立ち並ぶ商業地区は帝都でももっとも人の密集率が激しい場所だろう。
  人並みを掻き分け、帝都で最も書物を多く取り揃えるファースト書店に向かう。
  今日は特に人通りが激しいなぁ。
  それも冒険者風の姿がひどく目立つ。
  ……。
  ああ、《流浪の魔剣》目当ての冒険者達か。
  確かにあの剣にはそれだけの価値はある。100年以上、誰の手にも収まった事のない伝説の魔剣。
  私は、興味ないけど。
  流浪している時点でスルーだ。君子危うきに近寄らず。
  かなぁり危険な匂いがする。
  別らに求める人に意見はしない。けれど、私はパスする。わざわざ危険な代物を手にしなくても、捨て値で売っても金貨1000枚
  以上する魔法剣を作成する技術が私にはあるのだから、危ない橋渡って魔剣を手にする必要性はどこにもない。
  「技能職よねぇ」
  魔法の武具の作成に長けている私。
  稼ぐ手段はいくらでもある。このご時世、たくさん資格持っている人の勝ちであり、それが価値よねー♪
  ほほほー♪
  「ちくしょうっ! ここも買い占められていたっ!」
  「どうするよ、ディック」
  「どうするもこうするもっ! ……情報なしに突っ込むのは危険だろう。アリシアもそう思うだろう?」
  「そうね、そうよね。今回はパスしましょう」
  3人の冒険者が、一軒の店から出て来た途端に悪態めいた会話をしていた。
  剣目当ての冒険者だろう、きっと。
  鉄の鎧に身固めしたアルトマーの三人組だ。……へぇ。珍しい。
  私が知る限り、アルトマーの戦士系装備はあまり見た事がない。大抵は魔法戦力で行くからだ。
  まあ、別にいいけど。
  出てきた店は雑貨屋。だがどの店でもそうだけど、中古買取もしている。
  さすがに本屋で武具は買い取らないけど、雑貨屋で本を買い取る事はある。情報なしに、と言う当たりこいつらは……。
  「ああ、なるほどなぁ」
  そうか。
  先程ウンバカノの言ってた、バーボを思い出す。
  魔剣の関連本を買い占めているのだろう。ふぅん。噂に勝る、雑魚雑魚な駄目駄目男じゃないのよ。
  3人の冒険者は諦めたのか、別の建物に入っていった。酒場だ。
  まあ、いい。
  「本屋本屋っと」
  私はファースト書店を、目指す。
  欲しいのは別に《流浪の魔剣》の書物ではないので、特に支障はない。
  それに目指すつもりなら、大学にたくさん本があるし。魔剣の本も、より上等な内容のがゴロゴロしている。
  歩くたびに人だかりが増していく。
  何なの?
  その時、1人の男が吼えているのが聞えた。人垣に囲まれて、どんな奴かは見れない。
  人垣を分けて、喧騒の特等席に進むと……。
  「あれは……」
  男の方は全身をドワーフ製の、金色の武具に身を包んだ奴だ。
  フルフェイスなので種族は判別出来ないものの、人間種かエルフ種だろう。こいつが誰かは知らない。
  ただひどく横柄な、傲慢な奴だ。本を大量に抱え込んでいる。
  誰こいつ?
  ただ怒鳴れているのは薄い色をした蒼い肌のダンマーの少女。この子は知ってる。
  アリスだ。アイリス・グラスフィル。
  戦士ギルドの、新人だ。
  一応、私は戦士ギルドの幹部だし、アリスとは面識もあるし嫌いではない。少なくとも悪い印象は持ってない、好印象だ。
  通り過ぎるのも、寝覚めが悪そうだ。
  それにアリスは悪くなさそう。
  会話の内容を聞く限り、魔剣関係の書物を一冊譲って欲しいと談判しているらしい。ただ男が一方的に高飛車だ。
  ふと思う。
  ああ、こいつがバーボか。多分、そうだ。
  本を買い漁って、買占めとは……餓鬼かお前は。それも人を使わずに自分で買い占める。
  スケールが大きいのか小さいのか分からない。
  まあ、多分、小さいのだろう。

  「無料で欲しいなら、ここで土下座しろ」
  「……っ!」
  「倍払う、といったらこの子に本を渡してくれる? ……いいえ無理ね、あんたみたいな低俗野郎にそんな度量はないか」

  アリスの背後から、私はが口を挟む。
  くすくすと笑いながら、バーボの言葉を逆に嘲笑う。
  フルフェイスのバーボの表情は分からないものの、怒っているに違いない。

  アリスが振り向く。
  「フィッツガルドさんっ!」
  「ハイ。久しぶりね、アリス」
  魔法は使えないものの、アリスの剣は光るものがある。
  ……。
  あー、厳密には使えない……じゃなくて、習わないの間違いね。
  アイレイドの時代ならともかく、今のご時世は素質関係なしに魔法は使える。……低レベルの奴ならね。
  ともかく、使い方さえ教えれば誰でも身に付けれるのだ。
  もちろん低レベル以上のを使おうと考えるのであれば、修行と勉強が必要であり、素質も関わってくるけどある程度までなら
  簡単に習得出来る。今度暇があったら使い方教えてあげようかしら?
  さて。
  「こんな奴から買う必要ないわ、頭も下げる必要もない。……それにそんなクズ本にそんな価値ないわ」
  「な、なにぃっ! 俺を誰だと……っ!」
  「知ってるわ、バーボでしょ? ウンバカノが言ってたわ。三流コレクターだってね。収集品も三流。……流浪の魔剣の価値は
  私も知ってる、あれは超一級よね。でもあんたは三流野郎。自分よりでかい物には手を出さない方がいいわよ?」
  「……っ!」
  くすくすと笑う。

  ウンバカノは間違ってない。
  こいつ三流だ。
  「お、俺を怒らせたなっ!」
  「あらその程度で怒る? 大人げないわねぇ」
  「ふはははははははっ! 帝都中の本は買い占めた、そして俺を怒らせたっ! 本はその女には絶対に渡さんぞっ!」
  「そんなに本買ってどうするの? ……ああ本屋になるの? 開店したら教えて。花輪の一つぐらい送るわ」
  「……っ!」
  『はははははははははっ!』
  やり取りを見物している人々は大笑い。
  私は彼ら彼女らに向って微笑を浮かべて優雅に一礼。見物人達はさらに笑った。
  バーボの無理難題は、彼らにとってもあまり楽しいものではなかったらしい。華麗に跳ね返す美貌のフィーちゃん♪
  私の人徳よね、人の心を鷲掴みだなんてさ。
  ほほほー♪

  「それにしても無駄金使ったわねぇ」
  「な、なにぃっ!」
  「アリス、行きましょう。本が欲しいなら、良い場所がある。……あげれないけどね、読む程度なら私が交渉してあげるから、
  行きましょう。あいつが買い占めた本より、良い物があるのよ」
  「嘘だっ!」
  バーボは叫ぶ。そんなはずない、そんな口調だ。
  しかしその見識は甘い。
  私を誰だとお思いで?
  「俺は金にモノを言わせて、出回っている《流浪の魔剣》の資料は全て買い占めたっ! 全てだっ!」
  「出回ってるのは、それが全てでしょうね」
  「……えっ……?」

  「アルケイン大学には古書がたくさんあるのよ。あなたの持ってるやつより上等な内容のね。……さっ、行きましょう、アリス」
  「アルケ……アルケインっ!」
  「ここで馬鹿な事口走ってるぐらいなら、洞穴に行けば? ……剣手に入れれなかったら散財でしょう?」
  絶句。
  ここまでとことん叩き潰して可哀想だったかしら?
  可哀想な人には優しくしてあげないと人間として失格よね。あーあー……次から気をつけよう。

  「行きましょ、アリス」
  「はいっ!」




  アルケイン大学。
  魔術師ギルドの中心であり、本部。全ての知識が集う、至高の場所。
  ここに入れる魔術師は各地の支部の推薦を受けた一握りの者達のみ。ここにトップとして君臨するのはハンニバル・トレイブン。
  評議長であるハンぞぅは、帝国元老院議員でもある。
  私はその後継者候補。
  いや。別にそれを求めたわけではないけど……ハンぞぅの言動の端々から、それを望んでいるような感じはある。
  評議長になって欲しいとハンぞぅが言うのであれば、それはそれでいいと思う。
  恩人だし。
  恩師だし。
  義理とはいえ一応は私の、お、お、お父さんだし。
  ……。
  ……。
  ……。
  きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  フィーちゃん恥かしい発言しちゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
  と、ともかく。
  「アリス、ここよここ」
  「はい」
  本来なら外部の者は進入禁止。
  例え魔術師ギルド加盟者であっても、大学に立ち入れる権利を持たない限りは立ち入りを許されない。
  案内した場所は神性の書庫。
  最大の書物の数を誇る。
  少なくとも、バーボの手にした書物の質も内容も、ここには劣る。
  物事を調べるのにここより適した場所はないし、情報もない。一般には開放されてないから、そのすごさは世間的には
  分からないだろうけどね。
  おそらくは、ウンバカノが大金を支払う価値のあるアイレイドの書物も多数あるだろう。
  別に横流しはしないけど。
  さて。
  「ター・ミーナ」
  書庫内にいる、万年図書委員のトカゲに挨拶。
  当然、アリスを伴っている。
  「あらぁこの子だぁれ? 大学には……」
  「分かってるわ、規則は。部外者よ、アリスは。でも私の友達なのよ。……いいでしょう?」
  普通ならアリスは即拘束される。
  私がいるから、バトルマージも止めなかったしフリーパス状態だ。
  私、だからだ。
  これが普通の大学のメンバーなら止められていたはず。
  トカゲはニコニコと笑いながら賄賂を要求する。はふ、悪い奴だなぁ、このトカゲは。
  「お礼に何くれるぅ?」
  「この不良トカゲめ。ウンバカノ関係で色んな遺跡巡りさせられそうだから、貴重な本のゲットに全力を注ぐわ。それでいい?」
  「フィーもワルよのぅ」
  「……あんたほどじゃないわよ。まったく」
  溜息する。
  まあ、安いものだ。それに手間としては大した事はない。
  アリスを見ると、驚きの顔で書庫を見ている。噂に違わぬ書物の量に度肝を抜かれているのだろう。
  ……多分。
  「アリス、ここで調べてもらいなさいな。ター・ミーナに希望の本言えば、探してくれるから」
  「はいっ!」
  ター・ミーナはここの書物の全てを暗記している。
  内容も、置いてある場所も。
  頭が良いのか馬鹿なのかは、少し疑問。
  「相変わらず元気良いわねぇ。……ああ、言っとくけど持ち出しは出来ないからね。必要に応じて、資料としてメモにでも取る事ね。
  私はラミナスに話があるし、仕事もあるから今日はもう会わないけど、またどこかで会いましょう」
  「ありがとうございますっ!」

  ……。
  ああ、ター・ミーナのお土産買ってくるの忘れたけど……まあ、いっかー。
  私はウンバカノの調査の、中間報告をするべくラミナスの元に。



  アリスと別れ、私はラミナス・ボラスに経過状況を報告する。
  「……以上よ」
  「ふむ」
  今のところ、遺産を悪用するようなことはないという事。
  コレクションを横流しした私兵を処刑(おそらくは)の疑惑。
  中間管理職であるラミナスは、言葉少なく報告を聞き入っていた。直接、報告する相手はラミナスではあるものの潜入調査の
  命令を出しているのはハンぞぅ。

  ハンぞぅの意思だから私は動いている。それ以外では、私は動かない。
  まあ、ラミナスの命令でも動くけどね。
  ともかく。
  私は他の評議員どもの命令では動かない、お高い女なのだ。

  「その私兵の名は?」
  「確か、マティアス・ドラニコスだったと思うけど……」
  「その者に対する調査には別の者に任せるとしよう。調べた上で、帝都軍に任せるとしよう」
  「そうね」
  殺人云々は、帝都軍の管轄だ。
  関わらなければ特に調べる対象ではなかったものの、ウンバカノ調査の都合で知った殺人だ。ウンバカノ危険かどうかを調べる
  に当たっての判断材料としては使えるだろう。

  ただ、あくまで魔術師ギルドが警戒しているのは《遺産の悪用》である。
  あくまでね。
  「しかし何故、その私兵が殺されたとお前は思うのだ?」
  「さぁ? 女の勘、かな」
  「……ふっ」
  「な、何その笑いは?」

  「性転換した元男が、女の勘とはよく言うものだと思ってな」
  「私は最初から女よっ!」
  「ああはいはいお前は女だよははははははは」
  「……すいませんその棒読みの台詞は私を馬鹿にしているんですか……?」
  「失礼な奴だなっ! お前の価値を貶しているだけだっ! 間違えるな馬鹿っ!」
  ……ちくしょう。

  「と、ともかく女の勘よ」
  言葉を濁す。
  闇の一党ダークブラザーフッドに関与しているのをラミナス達は知らないし、最高幹部である《聞こえし者》だとは知らないし
  言ってない。というか言えるわけがないでしょう。

  最近病気になったらしいマティアスの母親、マティアスは仕事を首になり看護の為に帰った……的にはなってるけど、随分前に
  母親は別の聖域の依頼で始末されている。だから、マティアス帰宅説は嘘っぽい。
  さすがにそこはリアルには言えないけどね。
  さて。
  「しかしフィッツガルド。お前も随分とヤンチャしたな」
  「ヤンチャ?」
  「とぼけるな。貴族の邸宅に殴りこんだだろう?」
  「さあ? そうだっけ?」
  随分と耳の早い事で。しかも私が、まだ報告していないのに。

  ラミナスはニヤニヤと笑っている。
  監視か。
  ラミナスは私の行動を、監視させているらしい。不快ではあるものの、意味は分かる。
  「それで? 私に監視はついてた?」
  「ああ。ウンバカノはお前に監視をつけていたよ。貴族を叩きのめした時点で、監視は消えたようだがな」
  「そう」
  ウンバカノは私を信じたらしい。
  そりゃそうだ。
  横流しを指示したコレクターを半殺しにしたのだから、信頼に値するだろうよ。
  ラミナスが私に監視をつけたのは、私の身を案じてだ。ウンバカノの放った監視の動向を探るためだろう。
  まっ、心配を好意と思ってありがたく受け取っておきましょ。
  「随分とヤンチャしたそうだな」
  「まあ、仕事ですから」
  「安心しろ。マスター・トレイブンがなかった事にしてくれるはずだ。……まあ、私としては違うがな」
  「はっ?」
  「お前を監獄送りにし、一生涯そこで苦しんで暮らして欲しいと最近よく夢に見る。どうしてお前は娑婆にいるんだっ!」
  「鬼かお前は」
  「ちっ。口だけは達者になりやがって」
  「それよりラミナス、私の自叙伝勝手に出したでしょっ!」
  私には肩書きが多い。
  その中に、《グランドチャンピオン》という肩書きがある。そして《レディラック》という称号も。
  現在、闘技場でトップに君臨しているのは他ならぬ私だ。
  その私の自叙伝を勝手にラミナスは発表し、その本は絶賛発売中。ラミナスはかなり稼いでいるはず。
  全部よこせとは言わない。そもそもいらない。
  しかし一言ぐらいは文句が言いたいのが、普通だろう。
  「ラミナス、私にもお金受け取る権利があるんじゃないの?」
  「……」
  「ラミナス?」
  「……愛人が儲かれば分け前をせびる。お前はそんな女ではないと思っていたよ、幻滅だ。愛人関係もお終いだな」
  「いやそもそも私達愛人でも何でもないですから」
  「そうなのか?」
  「そうよ」
  「そうだな。お前はあくまで遊びの女だもんな、愛人ではないな。ハハハハハハハハハハ♪」
  ……ちくしょう。
  ハンぞぅが父親(祖父のような感じでもある)だとしたら、ター・ミーナやグッドねぇは姉。ラミナスは……兄かな?
  かなり歳の離れた兄ではあるけどね。
  誤解のないように明言するけどラミナスとは愛人関係ではありません。以上っ!
  ……。
  アントワネッタ・マリーとは、恋人だろうって?
  そ、その件はノーコメントで。
  一度や二度……三度くらいは愛し合ったと……仮定、そうよ仮定してもそれがすぐに愛人関係には結びつかない。
  以上、申告終わりっ!
  おーわーりーっ!
  しかし私は誰に弁解しているのだろう?
  おおぅ。
  「ほら、分け前だ。大切に使えよ」
  「……すいませんその笑顔をどう使えばいいんですか?」
  「使い方は任すよ。色々とあるだろう?」
  「……」
  色々と……ないだろうよ、笑顔の使い道なんて。
  まあ、いいけど。
  「ところでフィッツガルド。お前も大変だなぁ。いや同情するよ」
  「はっ?」
  「最近、お前運が悪いだろう?」
  「はっ?」
  言っている意味が分からない。そんな顔をしているのだろう。
  ラミナスは額に手を当てて笑った。
  意味が分からない。任務の事?
  確かに最近運が悪い。今年に入って色々と面倒が立て続けに起こっている。
  魔術師ギルドに。
  戦士ギルドに。
  帝国に。
  それぞれが独立した面倒ごとが怒涛の如く押し寄せ、その全てに私は巻き込まれている。
  深緑旅団だけは、奇跡的に関わらなかったけど。
  「実はアンコターから連絡が来た」
  「アン……ああ、あいつね」
  透明人間事件の犯人だ。
  透明化は故意にではない?
  いやいや。それに対して対応しなかった時点で、犯人でしょうよ。私がラミナスの意を含んで穏便に解決したけど。
  それにしても珍しい名前だ。
  「あいつ、なんだって?」
  「指輪を間違えたそうだ」
  ニヤニヤは消えない。
  「指輪?」
  「透明化の魔法、お前が解いただろう? 解除の魔法には副作用がある、それを防ぐ為にお前は指輪を受け取った」
  「ええ。副作用防止の指輪ちゃんと嵌めて、呪文唱えたわよ」
  「指輪を間違えたそうだ」
  「はっ?」
  「それに気付き、連絡してきた。……気付いたのは随分前らしいのだが、連絡が億劫だったそうだ」
  「あのね、意味分からないんですけど」

  「では簡潔に言おう。お前はもう、運が尽きている」
  「ケンシロウかお前は。それに簡潔すぎて意味分かんないわよ」
  「つまり、だ。お前は間違った指輪をしていた、副作用は防げない、その結果お前の運は副作用で消失した。以上だ」
  「……」
  「つまり、お前の運は最悪というわけだ」
  「……」
  それでか。
  それで厄介が色々と降りかかってくるのか。
  もちろん厄介は運が悪かろうが良かろうが、起こる予定なのだ。しかし私の運の悪さが、私の行動を《厄介に関わる方向》に
  向わせているのだろう。死霊術師も皇帝暗殺犯の集団も、闇の一党も、アダマスも、全部その所為かっ!
  ……ちくしょうっ!

  「アンコター殺すぅーっ!」
  「手紙を預かっている」
  「手紙っ!」
  手渡された封書を、開けてみる。ただ一行だけ、こう記されていた。


  『旅に出ます。探さないでください』

  「ちくしょう逃げやがったーっ!」
  「ハハハハハハハ♪ 良い気味だ♪」
  ……ちくしょう。






  「ちくしょーっ!」
  「お客さん、飲み過ぎだよ」
  帝都波止場地区にある、船上ホテル(主人はそう言い張る)で私は飲んで、飲んで、飲んで管を巻いていた。
  ゴクゴクゴク。
  「ぷはぁーっ!」
  カップ一杯のハチミツ酒を一気に飲み干し、瓶を手に取り、新たにナミナミと注ぐ。
  手酌で、ヤケ酒だ。
  既に半分は飲んでいる。
  どういう体質でそうなるのかは不明だけど、私は一本空けると攻撃魔法を所構わず乱打する……というタイプ
  の酒乱(どんなタイプよ?)だ。

  さすがに泥酔するまで飲もう、とは思っていない。
  一本空けない程度に、飲もう。
  「……ちくしょう……」
  カウンターで、突っ伏して泣き出す私。
  アルトマーで確かオルミル……とかいう名前の店主は、困ったもんだという顔をしている。
  あれから。
  あれから、大学を後にしてから私はお酒を飲んでいる。
  アリスは大学にいなかった。

  調べ終わったから大学を後にした、ター・ミーナはそう言っていた。
  「私の人生、何なんのよーっ!」
  アンコターの魔法の所為で運が尽きている?
  うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  普通に泣くわよっ!
  普通に嘆くわよっ!

  さすがに私も凹むわよ、しかも解く手段が不明ですってーっ!
  しくしく。
  神様、私何か悪い事しました?

  ……。
  ……。
  ……。

  ま、まあ色々とやってるかな。殺すところでは私はちゃんと殺しているし。
  ま、まあいい。
  「ちくしょーっ!」
  とりあえず飲もう。
  酒だ酒だ、酒持ってこーいっ!




  「……うー、飲んだー……」
  暴れるまでは飲まなかったものの、酔った。
  係留されていたものの、船は船だ。水の上に浮かんでいる時点で、揺れる。その揺れが酔いを増幅したらしい。
  かなり、酔った。
  空は満月。
  結構、船上ホテルに入り浸ってたみたい。
  そんなには飲んでない、一本空けてないもの。ほぼ食べる割合の方が多かったわね。
  料理はそれほど悪くなかった。
  「……うー、今日はきつかったー……」
  呪いで運が尽きているから?

  もちろん、それもある。それが大半ではあるものの……ウンバカノの仕事とか色々と、疲れた。
  「はぁ」
  私が寝泊りしているのは、帝都ではアルケイン大学だ。
  評議員でもなければ講師でもないものの、ハンぞぅの好意で研究室付きのプライベートルームを与えてもらっている。
  ……だから、ハンぞぅの愛人だと言われるわけだ。
  まあ、いい。
  他人の下らない誹謗中傷に惑わされるほど、品の人生は送ってない。受け流す事ぐらい、造作もない。
  それにしても……。
  「んー、酔ってるなぁ」
  アルケイン大学……ではなく、私はスラム街にいた波止場地区に隣接している、税金を納めない者達の区画。
  税金納めない=てめぇら帝都市民じゃねぇ……という理屈から、城壁の外にある。
  まあ、そこはいい。
  私は以前、ここに家を持っていた。
  家、というか小屋。
  しばらく前までは大学の世話(純粋にハンぞぅ)になり過ぎるのが心苦しく、スラム街に家を買って住んでいた。
  帝都軍巡察隊にも就職したし。
  結局、アダマスの謀略で逮捕された際に資産全て没収。家も、接収されたわけだ。
  「……」
  今、かつての自分の家の前に立っている。
  いかん。完全に酔ってる。ここに帰ってきてどーする。いかんいかん、結構酔ってるらしい。
  「たまにはいいよ後戻りー♪」
  訳の分からないフレーズを自然口走りながら、私は回れ右をして大学に足を向ける。
  酔い覚ましにはちょうどいいかもしれない。
  「うー」
  スラム街の人影は、疎らだ。夜だから。まあ、夜だからか。
  一説では、ここは盗賊ギルドの拠点の一つらしい。本当かどうかは知らないし、どうでもいいけど。

  大学に向かう私。
  スラム街に向かう人影。
  みすぼらしい格好をした、年配の女性だ。スラム街は総じて、貧しい者が多い。……スラム街だしね。
  通り過ぎる、その瞬間に……。
  「……あぅ……」
  女が突進してきた。交差した瞬間、血が滴る。女はナイフを手にしていたのだ。
  血が大地を染めていく。
  人影が、増えた。増えていく。
  「殺ったか?」
  人影の一つ、声の質からしてオークだろう。オークの男が、年配の殺し屋に確認する。
  その時、別の1人が警告の声を上げる。
  「ま、待て標的は……っ!」
  それが最後の言葉になった。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  大きく弾け飛ぶ謎の襲撃者達。
  裁きの天雷は、直撃は避けても広範囲に及ぶ余波までは避けきれない。
  バタバタと倒れ伏す。
  全員、みすぼらしい格好ではあるものの、偽装か。何者だろう?
  少なくとも、盗賊ギルドではなさそうだ。連中は殺しご法度って聞いた事あるし、連中に喧嘩を売った事はない。
  ……存在しているかは知らないけどね。
  「それでお前ら何者? ……ええい、懐くな」
  私にもたれ掛かっている、年配の殺し屋を強く押すとそのまま倒れた。お腹にナイフが深々と突き刺さっている。
  刺されそうになった瞬間、逆に相手の手首を捻ってナイフを奪い、突き刺した。
  傍から見たら私が刺されたように見えたでしょうね。
  だからこそ、こいつらがノコノコと出てきたわけだ。まだ息のあるオークに問い質す。虫の息だけど、生きてるには生きてる。
  「それでお前ら何者?」
  「……」
  「言わなきゃ殺すよ。……ああ、まずいっ! 言っても殺す主義だったわー。それでも、言ってくれる?」
  「……」
  「言え。言えば楽にしてやる」
  「……くくく、シシスの憤怒と夜母の憎悪に魂を焼かれるといいっ!」
  そのまま、ぐふっ、と呟いて絶命していた。
  舌を噛み切ったのだ。
  この間襲って来た奴といい、追い込まれると自害するこいつらは……闇の一党の残党か。
  前回の奴は《聞こえし者》に命令された風に言ってた。
  ただの残党ならいい。捻じ伏せる。
  もしも組織が再建され、組織的に私を付け狙うのであれば……少し面倒だ。
  他の連中を見渡す。
  生きてる連中はいないらしい。全部殺したのはまずかったか。
  反省反省っと。
  「長い一日の締めくくりがこれとは……運が悪いのは、本当みたい」