天使で悪魔




草の根分けても



  コレクター。
  興味のある物を収集する者達の総称。
  コレクションにも様々なものがある。取るに足らないものを集める者もあれば、高価な絵画の類を集める者もいる。
  特定の、例えば芸術家でもいい。
  その芸術家の作ったものなら絵画だろうと彫像だろうと、小さな指輪だろうと書物だろうと手に入れたくなるのが
  コレクターの心情だ。

  他の者から見れば大した事に見えないものにでも貪欲に収集し、多額の代価を支払う事を辞さない。
  それがコレクターの真骨頂だと思う。

  帝都には、1人の名物男がいる。
  ウンバカノ。
  どんな子供でも知っている、帝都随一の富豪であり、アイレイドの遺産コレクター。
  アイレイドに関連するものであれば多額の金貨を惜しげもなく投資している。
  その収集品は他のコレクター達の追随を許さず、一説では魔術師ギルドが保有する遺産よりも多いと言う。
  独自に私兵とトレジャーハンターを抱えている、らしい。

  しかし収集するものに問題がある、魔術師ギルドはそう見ている。
  禁断の魔法の類も多いアイレイドの遺産。
  今回の私の任務は、潜入任務だ。






  帝都タロス広場地区。
  帝都のリッチな連中が多く住む区画であり、アイレイドコレクターであり大富豪のウンバカノの邸宅もここにある。
  また帝都で最高級ホテル兼サロンである《タイバー・セプティム》もこの区画にある。

  もっとも優雅で、豪華。
  帝都の金貨の大半はここにあると言ってもいい。
  「ハイ。ウンバカノ氏にお会いしたいんだけど」
  「ご主人様に?」
  豪邸の、扉の脇に歩哨と立っている私兵に声を掛ける。ノルドの、鎖帷子を着込んだ私兵だ。
  厳密には私兵、ではなくガードマンなのだろうけどね。
  多数の私兵を抱えており、面倒事は武力で片付けるという噂もある。
  まあ、そこはいい。

  私の知った事じゃあない。
  任務の内容は《アイレイドの遺産を悪用しようとしているかどうかを調べる》であって、コレクションの過程のドタバタはどう
  だっていい。直接私に喧嘩を売らない限りはね。
  心が広いでしょう、私?
  ほほほー♪

  「あなたのご主人様に献上品を持ってきたわ」
  背のリュックにはアイレイドの彫像が三つ入っている。
  二つは私が見つけた代物で、もう一つはアルケイン大学に保管されていた物だ。
  ……。
  今回の任務は潜入。
  アイレイドの彫像三つを手土産に《出来るトレジャーハンター》という印象をウンバカノに与え、彼の専属として邸内に入り
  込む事が目的だ。別に大学としても彫像は惜しい代物ではないらしい。撒き餌として惜しげもなく使うつもりだ。
  近年、ウンバカノは大量にアイレイドの遺産を収集しており、魔術師ギルドは警戒している。
  何故?
  簡単よ。遺産と一言で言っても、たくさんある。
  危険な代物だけを言えばアイレイドの魔法とマリオネット。そのどちらも手にしている節がある。
  一歩取り扱いを間違えれば脅威でしかない。

  大げさな事を言えば、帝都を揺るがす事にも成り得るのだ。
  アイレイドの魔法は現代の魔法を遥かに超越した威力(魔力の消耗も激しいものの)しているしマリオネット技術も考えように
  よっては無敵の兵力を得る事にも繋がるからだ。

  ただのコレクターなのか、それとも何かよからぬ事を考えているのか。
  それを突き止めるのが私の任務。
  本当は私に回ってくるわけではなかったんだけど彫像手に入れたというきっかけから、私に回ってきた。
  まあ、暇だったし引き受けた。
  報酬?
  決まってるでしょ。毎度恒例の《ラミナスの笑顔♪》よ。
  ただ働きでしかないものの、ラミナスが喜んでくれるなら別にいいと思う。
  何だかんだ言っても家族だから。
  喜んでくれるなら、私は嬉しい。
  「ウンバカノ氏に取次ぎを」
  「それで、献上品とは、何だ?」
  「……あなた何様?」
  「な、何っ!」
  「私兵の分際で、自分の主の貢物を見たいわけ? ……ウンバカノ氏が知ったら、怒るでしょうね」
  「……っ!」
  高飛車に、相手を押さえつけた口調で私は喋る。
  いちいち押し問答する気はない。
  私兵程度にここまで詰問され、足止めされるのは正直面倒臭い。
  「嫌ならいいのよ。その代わり私は別のコレクターに売る、ウンバカノ氏は損をする、さてあなたはどうなる?」

  「……」
  「じゃあね」
  「ま、待てっ! 今取り次ぐっ! 取り次ぐからっ!」
  「お利口さんね」



  「自分はジェルリンと申します。ウンバカノ様の執事にございます。ご用件を窺いましょう」
  やっと話の分かる奴に出会えたわね。
  邸内に通されると、禿げた執事が取り次ぎに現れた。

  さすがは帝都随一の富豪、ね。
  内装に金を惜しげもなく注いでいる。かといって、成金趣味というわけではない。なかなかセンスの良い内装だ。
  ふぅん。ローズソーン邸を改築する際の参考にしよう。

  「先程はマティアス・ドラニコスが失礼な真似を。どうかその寛大なお心でお許しを」
  「マティ……誰?」
  「先程の私兵です」
  「ああ、そう。別にいい。気にしてないから」

  「主人のウンバカノ様はアイレイドの遺産の収集家としてシロディール中に知られております。あの時代の珍しい秘宝の
  数々には、いつも大変な興味を示されております」

  「ええ。知ってるわ」
  知らない者はいない。
  そもそもウンバカノの邸宅を訪れるのはアイレイドの遺産を売りに来るトレジャーハンターか富豪仲間ぐらいだろう。
  どう見ても私は富豪には見えない。
  つまり、トレジャーハンター以外の何者でもない。

  トレジャーハンターである以上、ウンバカノの興味の対象は当然熟知している。
  さて。

  「それで……主人のウンバカノ様の興味を惹くような代物でも?」
  「アイレイドの彫像を持ってきたわ。三つほどね」
  「本当に? ……拝見させていただいてもよろしいですか? 鑑定士としての能力は私にもありますので」
  「疑い深いのね」
  「まがい物を持ってきて小銭を要求する連中が後を絶ちませんので」

  「どうぞ」
  一つを手渡す。
  ……。
  私は本物か偽物かの判断は出来ない。
  遺跡にあったのが偽物なら、即アウトだ。あまり自信がないので私のは魔術師ギルドが保管していた方の彫像。
  これなら偽物、という事はないだろう。

  「……これは……」
  あまり感情を表に出さないようにして入るものの、そのわずかな言葉には賞賛が込められていた。そして興奮。
  私に彫像を返し、一礼。
  「こちらへどうぞ。ウンバカノ様は今すぐにでも、お会いになりたがると存じます。どうぞこちらに。ご案内します」

  「ええ。ありがと」



  洗練され、優雅。
  お金があるとそれを誇示したくなる。私が知る限り……そんなにたくさんのサンプルを見たわけではないけど、私の知る限り
  では成金趣味で、見てて苦笑したくなったものだ。
  だがウンバカノの邸宅は違う。
  どこにもそのような欠片はない。お金は掛けているのだろうけどそれは材質……例えば柱に最高級の木材を使っているとか、
  そういうお金の掛け方であり、内装も調度品も至ってシックで、どこか心地良い。
  ただ調度品はアイレイドの遺産が目立つ。
  「ウンバカノ様、お客人を連れてまいりました」
  「どうぞ」
  ガチャ。
  二階に上がり、ウンバカノの私室に入るとアイレイドの風潮はさらに強まる。
  私室、というか展示室。
  ……。
  いやウンバカノの家なんだから、展示室だろうが浴室だろうが私室の範疇なんだけど。
  ウンバカノの噂は聞いてるけど、会うのはこれが初めてだ。そもそも見るのも初めて。
  種族はアルトマー。
  ソフトクリームのような、奇妙なエルフ風の髪形をしている。
  エルフの感性は分からないけど、どうもこの髪型はエルフ達を震撼させた流行の髪形らしい。
  ……まあ、色んな意味で震撼してるけど、私も。
  ……変な髪形。
  私を一瞥し、私がお金目当てのトレジャーハンターと判断したらしい。

  「それで何かね。何か私の喜ぶものを持ってきたのかな?」
  「喜ぶかどうかは知らないけど価値はあるはずよ」

  「アイレイドの彫像でございます」
  執事のジェルリンが口添えする。
  執事の肩書きに相応しく、主の側に控えている。近すぎず離れすぎず。出過ぎないのが、執事のモットーらしい。

  「アイレイドの彫像か。……本物か?」
  「どうぞご確認を。気の済むまでね」
  彫像の一つを手渡す。
  半信半疑の表情のウンバカノ。小銭目当てのケチな連中がたかりに来るのは日常茶飯事らしい。
  私のその1人?
  ふん。そう考えると腹が立つ。この私が、ケチな墓荒らしと一緒にされてたまるもんか。
  ただ、ウンバカノの表情が驚きに変わるのを見て、気分が良くなる。

  「これはっ! ……10の先祖の彫像ではないかっ! 明るいところで見せてくれ……うぅむ間違いなく本物だっ!」
  「本物よ。買い取ってくれるかしら?」
  「当然だっ! この美しさは……まさに芸術だ。私のところに持ち込んだのは正解だな」
  「みたいね」
  眼でウンバカノは、彫像の如く控えている執事に合図する。報酬を支払ってやれ、という意味だろう。
  銀のお盆に金貨の袋を三つ載せて私に恭しく差し出した。
  「受け取ってくれたまえ。報酬だ」
  「これはどうも」
  「彫像一つにつき金貨500払おう。ちょうどアイレイドの彫像一式を揃えたいと考えていたところだ。全部集めてくれたら成功
  報酬としてもう5000支払おう。それだけの価値はある」
  「5000っ!」
  彫像はシロディールに10個ある。
  詳細な場所は不明。
  ただ、仮に全てを集めたら彫像の代金が金貨500×彫像10個=金貨5000枚。そこにさらに成功報酬に金貨5000を上乗せ。

  へー、すごい……骨折りよねぇ。
  場所を特定するのに何年掛かるのだろう?
  たまたま見つけたのであって、これ以上幸運と偶然が続くとは私は思わない。
  見つけるのはまず不可能だ。
  良い金額ではあるものの、苦労には報いないわね。

  「君は良い腕の持ち主らしいな」
  「そう? 自分で自分を誉めるのは嫌いなのよ。自画自賛になるでしょう?」

  「さて、別の話に入りたいのだが……私の専属トレジャーハンターにならないか?」
  「私が?」
  「君ほどの腕だ。手放すには惜しい。……それに他のコレクターに付かない内に、契約を交わして置きたいのだよ」
  「私は高いわよ?」

  「契約料を言い値で言いたまえ」
  「五つよ」
  手を開いてみせる。金貨5000。馬鹿げた値段だが、吹っ掛けてみたくなった。
  金持ちとはいえ絶句するでしょうよ。
  別に他意はない。
  ただ金さえ支払えばどんな人間でも言いなりになると思うこいつの態度に腹が立っただけだ。渋ったところで私は任務だから結局
  こいつの専属でいてやるけど、それでも少し嫌がらせしたい。
  ただそれだけだ。
  「いいだろう。50000、支払おうじゃないか」
  「……っ!」
  絶句したのは、私だった。
  ニヤニヤと笑うウンバカノ。こちらの真意を見透かしていたらしい。言い出した手前、私はこいつに従うしかない。
  こいつ意外に勘が鋭いわね。

  私は、吹っ掛けて向こうが渋るのを待っていた。そこで私が折れて、向こうに貸しを作る気でいたのだ。
  なのに10倍の値段を私に支払う。
  これはすなわち、向こうに頭が上がらなくなる。もちろん絶対服従はしないものの、押しが利かなくなるなぁ。

  まあ、いいか。
  儲かるうちに儲けるとしよう。

  「契約成立だな」
  「トレジャーハンター契約だけよ。……あんたの所有物に成り下がるつもりはないからね」
  「ふふふ。そんな気は毛頭ないよ。私が興味あるのはアイレイドの遺産だけ。それ以外には何の興味も示さない」
  「……」

  「さて、遺跡潜りとは別の依頼を頼みたい。依頼料は別に支払おう」
  「……」
  こいつ完全に金と暇が有り余ってるわね。
  総資産幾らなんだろう?
  もしかしたら下手な貴族よりも……持ってるわよね、50000払うだけの財力があるんだから。
  「レスニリアンという学者がいる。私が援助している学者なのだがね」
  「学者?」
  「アイレイドの研究をさせている。現在インペリアル・ブリッジにいる……橋ではないぞ、橋の名を冠する宿だ」
  「分かってるわ」
  ブラヴィルの東に位置する、宿屋だ。
  ニベイ湾を越えた場所にある。
  「ここ最近音信不通だ。研究がどうなっているかを確認してきてくれ」
  「了解、ボス」






  インペリアル・ブリッジ。
  シャドウメアで駆って、着いたのは二日後だった。
  なかなか小奇麗で、宿としては上等な方だ。河に沿った場所に立っているけど……ここに客は来るのかな?
  少なくとも街道沿いではない。
  ああ、川沿いだから魚釣りの客とかが来るのかもしれない。
  まあ、客の素性や売り上げには興味ないけど。
  ガチャ。
  宿に入ると、駐在として帝都兵が1人ひたすらに酒を飲んでいた。
  こういう宿には必ず1人、帝都兵がいる。
  トラブル防止の為だ。
  野生動物やモンスター、賊どもから宿とそこにいる人々を守る為だ。……酔っ払ってて役に立つかどうかは不明だけど。
  店主はダンマーの女性。
  彼女に聞こうか、と思ったもののその必要はないようだ。
  客は1人しかいない。ローブ姿のアルトマー。
  「ハイ。貴方が、レスニリアン……よね?」
  「そうですが……貴女は?」
  「私はフィッツガルド・エメラルダ。同じご主人様を持つ身。研究資料の回収に来たんだけど」
  「それが……」
  ……ご主人様、ね。
  契約金、手付けとして金貨2000として取りあえずもらったけど総額ではまだもらってない。
  そりゃそうだ。
  いきなり50000渡して逃げられた日には、いくら金有り余っているとはいえ腹が立つだろう。
  私の仕事振りを見た上で、信頼に足るかどうかを見極めた上での全額支払だと思う。
  一応、私の仕事はウンバカノの手足になる事。
  まっ、私兵みたいなものよね。
  ともかく内に入り込めたのは、まずますの首尾。もっと信頼される為に仕事をこなすとしよう。
  信頼されない事には、潜入任務はやり辛いしね。
  「研究資料はどこに?」
  「紛失したんですよねこれがまた」
  「はっ?」
  「ブランブルポイント洞穴で調査中に、突然野生動物に襲われまして。それで研究資料は……」
  「置き去りなわけ?」
  「左様でございます」
  「それで研究の中身は?」
  「お互いウンバカノ様の部下。なので隠す必要はないでしょうね。実は私はあのお方の命令でウェルキンド石の研究をしているの
  です。アイレイドの遺跡で見つかるアクアマリン色の結晶の事です。知ってますよね?」

  「ええ。それで?」
  「天然の鉱脈を見つけたんです。私は精製法を研究しているのですよ」
  「なるほど」
  ウェルキンド石は、魔力の結晶。
  鉱脈を見つけた、というのは過去にも聞いた事があるけど精製法……つまり実用的に仕える段階にするのはまったく不明。
  精製されたウェルキンド石を手に持ち、祈るだけで魔力は回復する。

  ウンバカノはその技術を研究しているらしい。
  ……。
  知識の最高峰アルケイン大学ですら確立していない精製法を調べる。
  そして精製法までこぎつけた?
  そうなると、あのコレクターは只者じゃないわ。色んな意味で普通のコレクターではない。
  安全危険の判断はまだつかないけどね。
  それでも、前人未到の事をしようとしている時点で只者ではない。

  「それがブランブルポイント洞穴にあると?」
  「左様でございます」
  「何に襲われたの?」
  「さあ、洞穴内は暗かったので……ただ、緑色の化け物でした。群れをなしていきなり襲ってきたのです」
  「緑……ああ、トロルか」
  人型植物であるスプリガンも緑色ではあるものの群れない。
  おそらくトロルだろう。
  私の実力があればダース単位で現れてもさほど問題ではない。
  件の洞穴はここから西にある。……確かね。
  地図で確かめてみるとすぐ近くだ。歩いて一時間か。シャドウメアに乗ればなら20分もあれば辿り着けるだろう。

  「よろしくお願いします」
  「まっ、善処はするわ」






  淡い光を放つ松明を手にし、私は坂道をゆっくりと下っていく。
  かびたような、臭いがする。
  ジメジメしてるし岩肌はぬめっている。精神的にも衛生的にもあまり好きではない。
  まあ、こういう環境が好き……というの人はそうそういないだろう。
  「何この罰ゲーム?」
  帝都からインペリアル・ブリッジまで二日の行程を掛けて到着。研究の確認の為に来てみれば資料は洞穴に忘れてきちゃ
  いました、ときたもんだっ!
  運が悪い。私は最悪に運が悪いっ!
  ……何かの呪いかしら?
  ……それとも巡り合わせが悪いのかしら?
  今度アルケイン大学で調べてもらおう。いくらなんでも運が悪すぎる。今年はトラブル多いし。
  確か、まだ厄年じゃないとは思うけどなぁ。
  結構、下層にまでこの洞穴は広がっているらしい。ひんやりしてくるならまだしも、このジメジメ感がやり切れない。
  野生動物?
  可愛いものよ、ネズミとかトロルとか、そんな程度。
  シロディールのネズミは意外に大きいけど、所詮はネズミ。病気持ちだから接触に気をつける程度で、あとは特に気を掛
  けるまでもない。トロルと一緒くたに魔法で消し飛ばしながら私は進む。

  「あれは……」
  淡い、蒼い光が視界の先で輝いている。ウェルキンド石の鉱脈が近いのだろうか?
  私は小走りに、走る。
  ……。
  いや、岩肌滑りやすいので走ったら転ぶだろうし。
  ともかく先を急ぐ。
  「ん?」
  人影がある。
  トロル、ではない。辺りを照らしているのは私の持つ松明と、淡い青色の光を放つウェルキンド石の鉱脈だけ。
  誰だろう?
  「おーい、誰ですかぁ?」

  「……」
  返事はない。
  動作はない。
  ただ立っているだけ。敵意があるかないかが分からないのは痛い。
  敵だと知ってたら、遠距離で魔法で吹き飛ばすだけだ。それが出来ないのは痛いなぁ。
  ゆっくりと私は近づく。
  「……?」
  近づきながら、次第におかしな感じに気付いた。人にしては大き過ぎるし、そもそも頭の形が人ではない。
  人間じゃ、ない?
  グァァァァァァァァァァァァァァァァ。
  「げっ!」

  ミ、ミノっ!
  ミノタウロス、このモンスターを知らないものはまずいないだろう。半人半獣のモンスター。
  頭は牛、その下は人間……完全な人間ではないか。
  ところどころ牛がミックスされているものの……。
  「大事な部分は人間かぁ。……ハンぞぅよりすげぇ」
  ついつい《ある部分♪》に視線が集中するのははうら若き女性でも、仕方ないだろう。
  うん、仕方ない。
  いかに女の子といえどああもあからさまに《ある部分♪》を見せ付けられれば、視線が行くというものだ。
  「……?」
  ミノ、変な動きをする。腰を振って、私を見ているけど……何なの?
  何かのダンスなのかな?
  私は学者じゃない。アルケイン大学で勉学に励み、優等生として知られているけど……あくまでそれは魔法学。
  歴史関係もさほど詳しくはないし、モンスターの生態もさほど知らない。
  だから断言できないけど、一種の求愛の踊りかな。
  求愛?
  求愛。
  ……求愛……って、誰に?
  「ま、まさかーっ!」
  私かーっ!
  こ、こいつ私に惚れたのか私を求めているのかそんなにこの体が欲しいのかーっ!
  ガクガクブルブル。
  悪いけど私は人里離れた洞穴でミノタウロスと悦楽と快楽に満ちた自堕落な生活を送る気なんてさらさらないぞっ!
  ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!
  つ、つまりここで負けたら私は……《自主規制》……とか強制されちゃうのかーっ!
  「ごめんなさいっ!」
  頭を下げて、プロポーズを断る。
  人語を理解するほど知能の高くないモンスターではあるものの、拒絶したぐらいは分かるはずだ。
  途端に、プロポーズから力尽くへと変えるつもりらしい。
  グァァァァァァァァァァァァァァァァ、怒りの咆哮を上げて猛り狂う。
  そもそも倒せばいいだけの話だ。
  先程の狼狽が少し恥ずかしい。戦闘モードに移行。これでいつも通りの展開だ。
  敵=倒す、それだけの事だ。簡単な方程式。
  ミノ風情が私に勝てるものか。
  「面白いじゃないの」
  すらり。
  銀のロングソードを抜き放つ。淡く、白く刀身が輝くのは雷の属性を付与してあるからだ。

  鎧ごと雷の力で焼き切れる。
  例えどんな敵でも、臆する状況ではないだけの備えはしてある。
  標的は腹が減っているから攻撃的なわけではなく、テリトリーに入り込んだ不届き者に対しての怒りを露にしている。
  グァァァァァァァァァァァァァァァァァ。
  「はいはいうるさいうるさい」
  ミノタウロス。
  シロディールでもっとも強力なモンスター……だと思う。状況に応じて順位は変動するし、私の知らないモンスターもいるかも
  しれないけど……少なくとも、私が知る限りでは最強のモンスターだ。
  なお私の独断と偏見(?)で最強を冠しちゃいましたけど、文句は受け付けません。
  ミノの外見はわざわざ説明するまでもない。
  筋肉質の大男の体に、牛の頭を持つあの化け物だ。
  たまに大槌を手にしている場合もあるが、こいつは素手だ。もちろん素手だといっても油断は出来ない。
  まともにあの腕の一撃を受けたら鉄の鎧といえどひしゃげるだろう。
  頭などに受けたら当然、頭が砕ける。
  それだけ怪力であり強力なのだ。
  ……。
  まあ、私の鎧は魔法で強度を大幅に強化してあるけどね。普通の鉄の鎧の2倍は硬い。
  直撃を受けたところで死ぬ事はない。
  衝撃はまともに伝わって、骨にヒビ入る程度にはなるかもしれないけど。
  さて。
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  雄叫びを上げて突進してくる《猪突猛進》の化身は爆炎に包まれる。
  ごぅっ。
  炸裂した爆炎と黒煙の中をかいくぐり、現れる。涎を垂らし、血走った瞳を私に向けている。角で突き殺す、のではなく歯で
  噛み付いてくる気らしい。たかが噛み付き攻撃と侮るなかれ。
  牛の顎の力は油断できない。
  簡単に肉を食い千切るだろう。さらにこいつはミノ、普通の牛よりも比べ物にならないほどに強暴だ。
  まあ、それでも素手は素手だ。
  間合にさえ飛び込まれない限りさほどの敵でもない。ましてや相手は私だ。もう一発叩き込むだけっ!
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  「絶対零度っ!」
  コォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!
  「……あー、もうお代わりはいらないか」
  剣抜くまでなかったようだ。
  炎、雷、氷の連続魔法でミノ撃沈。大抵これだけ放てば、オブリの高位悪魔でも一たまりもない。
  フィーちゃん最強ー♪
  ほほほー♪
  「あれが研究資料、かな」
  リュック。私物の類だろう。レスニリアンの物に違いない。回収して、帰るとしよう。
  「みっしょんこんぷりーと♪」






  インペリアル・ブリッジに戻ると、レスニリアンは他の客と談笑しながら酒を飲んでいた。
  ……働けよお前。
  ……。
  あれ?
  一緒に飲んでいるレッドガードの女性は見た事がある。
  確かゴブリン戦争の際にお世話になったミリサだ。そうか、彼女はここが拠点の冒険者なのか。
  向こうもこちらを覚えているらしい。
  にこりと笑って、手を振った。
  旧交を温めるのもいいけど、今はとりあえず任務を終わらせるのが先だ。
  「レスニリアン」

  「ああよかった、戻ってきたのですね。心配していましたが、杞憂のようでした」
  ……心配してたのかよ。
  ……とてもそうは見えませんけどねぇ。
  「これ、どうする?」
  研究資料を振って見せる。
  ウンバカノに差し出すだけなら、このまま帝都に私が持ち帰っても差し支えはないんだけど。
  「まだ研究は中途なのですよ。そう、ウンバカノ様にお伝えください」
  「了解」
  研究資料を彼に渡し、私は帝都へと引き返した。
  まだウンバカノの危険性を、断定する材料はない。しばらくは彼の手足でいるとしよう。