天使で悪魔




再起動




  物事は容易に完結しない。
  必ず、何かの形でそれは残り続ける。
  永遠に。

  永久に。
  その証拠にファルカーが指揮した死霊術師達のクーデターである《ファルカーの反乱》終結後も、ファルカーは色々と
  ちょっかいを出してくる。

  深緑旅団だってそうだ。
  私自身介入はしていないものの《深緑旅団戦争》の結果、制御を失ったトロルの群れがレヤウィン周辺を中心に暴れ回って
  深刻な問題になっている。

  終わりがないのだ。
  どんなに叩いて潰しても、僅かには必ず残る。
  そこから再び増殖し、または形を変え、世界に介入し続ける。
  それが世界の常なのだ。







  「ただいま」
  「お帰りなさいませ、ご主人様」
  私は帰ってきた。
  スキングラードの自宅である、ローズソーン邸に。
  メイドのエイジャは恭しく一礼。
  正直、この応対にはいつも照れる。
  それにしても帝都からここまでノンストップで来たから、疲れた。鎧を脱いで休もう。
  3階の自室に足を向ける。数歩離れて、メイドは付き従う。
  ……律儀な人。
  「何か変わった事はあった?」
  「ゴグロン様達がお帰りになりました。収穫はなかったそうです」
  「そう」
  ゴグロン、テイナーヴァ、テレンドリルの三人にはクヴァッチに行ってたけど……収穫はゼロか。
  何しに行ったかって?
  フォルトナの《マリオネット》を探しに行ってた。名をフィフス。
  フォルトナ自身は脱獄囚であり、あの街をうろつけないので代わりに行ってもらったけど空振りかぁ。
  さぞ落胆しているでしょうね、フォルトナ。
  「がっかりしてた?」
  「いえ。ゴグロン様達がお戻りになる前に、フォルトナ様はレヤウィンに」
  「はっ?」
  「なんでも有名な占い師に会いに行くとか」
  「有名な……ああ、ダゲイルか」
  レヤウィン魔術師ギルド支部長である、ダゲイルは預言者。これまた空振りでしょうね。
  預言は預言だ。
  失せ物探しには向かない。
  「ご主人様、大変申し訳ありません」
  「フォルトナの事?」
  「はい」
  「いいわよ、別に。1人の人間なんだから、行動縛る事は出来ない……というか、そもそも縛るつもりないし」
  家族と言えどそれぞれが1人の人間。
  行動を制限するのは、そもそもおかしい。
  ……。
  心配ではある、けどね。

  「ご主人様、ご夕食はいかがいたしますか?」
  「食べる。……ただ、朝にはいないけどね。すぐに帝都に戻るから」
  アイレイドの彫像。
  スキングラードに戻ったのは、以前ヴィンセンテと一緒に赴いたアンガ遺跡で手に入れたアイレイドの彫像を取りに
  来ただけ。
  真意はよく分からないけど、ラミナスが欲しいらしい。
  私には必要ない。欲しければあげるとしよう。
  歴史的に価値がある代物だから、大学に飾るのかな?
  まっ、何でもいいけどね。
  「すぐ帝都にお戻りに……お仕事、でございますか?」
  「そう。魔術師ギルドの仕事」
  「ご苦労様にございます」
  「……」
  硬い、口調が硬いっ!
  律儀すぎるのか分を弁えているのか。
  まあ、確かに充分な給金を支払っているのであまりタメ口で話されても心中落ち着かないけど、ここまで《私はメイド、ご主人様
  に仕える忠実なメイドなのよぉーっ!》とされても落ち着かない。
  礼儀正しいのは良い事だろうけどね。
  「ね、ねぇ、もう少し砕けない?」
  「……と、言いますと?」
  「だから……」
  「ご安心ください。ご主人様がお留守の間、ご主人様の部屋で寛いでいますので」
  「そ、それはまずいでしょうよ」
  「冗談でございます」
  「……」
  さすがはメイドっ!
  主人の無理難題を受け流すのは得意分野なわけか。別に無理難題言ってるつもりはないけど。
  「毎日きつくない? 変に世話する人増えてるけど」
  「そうでもありませんよ」
  「そう?」
  「ええ。皆様、手伝ってくれますし。……それにヴィンセンテ様、素敵な方ですし……」
  「はっ?」
  「とても紳士的な方で、お優しいお方ですわ」
  「……」
  まあ、いいけど。
  紳士的……という事は吸血鬼としての生活は抑えているのだろう。
  私ってば温厚で寛容なつもりだけど、さすがに家の中で吸血行為されるのはたまらない。
  勝手に私の使用人に手を出されても困るし。
  「それでは、お寛ぎくださいませ」
  「ええ。そうする。ありがと」
  自室の扉を開き、中に。後ろを見て苦笑。扉が閉まるまで、エイジャは一礼し続けるのだろう。
  プロ意識凄いなぁ。
  バタン。
  「ふぅ」
  扉を閉め、自室に入ると……やはり、落ち着く。
  別に部屋に戻るまでは気が張り詰めている、わけではないものの自室には特有の安堵感というか開放感がある。
  そうそう丁度トイレで得られる開放感みたいな感じかな。
  ……。
  ま、まあ例え悪いかな。
  おおぅ。
  「ふぅ」
  剣を置き、鎧を脱ぐ。
  置物として、飾ってあるアイレイドの彫像に目をやる。特に必要ではない。魔術師ギルドが欲しいと言うなら、進呈しよう。
  報酬?
  無料でいいわ、別に。それにきっと報酬は《ラミナスの笑顔♪》だろうし。
  ……あれはいらないなぁ……。
  「さぁて。夕食まで何して過ごそうかなぁ」
  「あたしと一緒に仲良く過ごそー♪」
  「うひゃっ!」
  「フィー好きぃー♪」
  むぎゅー♪
  背後から抱きつかれる。
  言わずと知れた、愛の狩人アントワネッタ・マリー。それにしても気配がまるでしないとは……さすがは元暗殺者っ!
  「フィーお帰り♪」
  「ただいま。元気にしてた、お姉様」
  「もっちろん♪ フィーを押し倒す為に、毎日元気にしてたよー♪」
  「……すいません出来たらたまには寝込んでください毎日絶好調でいる必要はないので……」
  「えー?」
  「えー、じゃないっ!」
  ……ちくしょう。
  ニコニコしながら私に纏わりつく。好かれて悪い気はしない。しないけど……まあ、いっかぁ。
  人間好かれる内が華だ。
  ま、まあ《好かれる》のカテゴリーがアン相手だと少々違うんだけどね。かなり妖しい姉妹愛。
  おおぅ。
  「そうだアン、貴女達大丈夫なの?」
  「貴女達? ……あー、もっちろん大丈夫だよ。母子ともに、健康そのものです♪ フィーの愛はあたしの中で芽吹いてる♪」
  「いや女同士で妊娠ありえないから」
  「想像妊娠があるんだから、想像出産があってもおかしくないない♪」
  ……すげぇ理論。
  ……こいつすげぇ。
  「わ、私が言いたいのはそうじゃなくて……元暗殺者である貴女達が日常の生活、営めてるのかって事よ」
  「えー。あたし達信用してないのー?」
  「それは無理。暗殺者は信用出来ません」
  唇尖らせて不満そうな表情。コロコロ変わる表情が、楽しい。
  ……。
  い、いかん。完全に私ってば頭腐ってる。
  少し前まで《殺す殺すぅーっ!》と連呼して闇の一党の幹部狩りという殺伐とした暮らしをしてたのに、今ではご近所様のアイドル
  の女の子になってしまった。んんー、私ってばか弱い乙女ー♪
  ほほほー♪
  「暗殺、懐かしい?」
  「そうでもないよ。別になりたくてなったわけじゃないし。それは皆も同じじゃないかな」
  「なるほど」
  「……そうだ」
  懐から、小さな皮袋を取り出して私に手渡す。
  これは、という顔を向けると彼女は開けていいよと微笑む。
  ジャラジャラ。
  振ってみると、石のような音がする。それが無数に入っている。手のひらに取り出してみると……。
  「へぇ」
  宝石だ。赤、青、黄、色とりどりの宝石。
  「どうしたの、これ?」
  「盗賊から巻き上げたの。……ねっ、暗殺者やらなくても人の生死はそこら中に転がってる」
  「……なるほど」
  苦笑。
  そう、暗殺者=死を振り撒く権化……ではないのだ。まあ、それもあるけど。
  世の中死に溢れている。
  死を演出するのは暗殺者オンリーではない。普通に冒険者してたら人の生死に干渉する事に、自然となる。
  ただそれだけの事だ。
  「それでお姉様、これどうするの?」
  「フィーにあげる」
  「私に?」
  「うん。……白い裸体に彩られた美しい宝石の数々。……くっはぁー♪ フィーの全裸はまさに至高の美ですなぁ♪」
  「すいません私が宝石身に付けるのは全裸じゃなきゃ駄目なんですか?」
  アントワネッタ・マリー。
  彼女に掛かると全てがエロとなります。
  ……ちくしょう。
  「そうだフィー、ゲームしよう」
  「ゲーム?」
  「ゲーム、というかクイズ。あたしの愛称を10回言って♪」
  「10回……ああ、10回クイズね。昔よくやったなぁ。懐かしいなぁ」
  「リアルタイムで楽しんだ、そんな貴女は生きた化石昭和人です♪」
  「いや意味分かんないから」
  「ねぇ、言ってよぉー」
  「ふぅ」
  溜息。
  一応、向こうが姉を気取ってるけど私から見たら妹のような、姉だ。精神的に私より幼い。
  暗殺者、という事もあって冷酷ではあるものの。
  「アンアンアンアンアンアンアンアンアンアン。……それで?」
  「むふふ♪」
  「……?」
  むぎゅー♪
  変な笑いを浮かべて抱きついてくるけど……クイズの問題はどうしたのよ?
  ガチャっ!
  抱き合っていると、突然扉が開く。それも盛大な音を立てて。
  トカゲの女性、オチーヴァだ。
  元シェイディンハル聖域の管理者で、その時の序列が生きているらしく今でも家族の長女。
  「ハイ、久し振りね」
  「
フィッツガルドっ!
  「なっ!」
  怒髪天を突く、という感じだろうか。
  何でこんなに怒るわけ?
  「フィッツガルド、さすがにこれは許せませんっ! いくらなんでも許せませんっ! 家中に喘ぎ声が響いてますよっ!」
  「はっ?」
  「恋人同士……なるほど、2人は愛し合う者同士なのでそれは許せますが……モラルというものも必要でしょうっ!」
  「はっ?」
  「ごめんねオチーヴァ、フィーってば敏感肌だから。……でもあたしを感じてくれて、嬉しいな♪」
  「はっ?」
  オチーヴァは全力で怒り、アントワネッタ・マリーはニコニコしている。
  喘ぎ声って何?
  ……。
  つ、つまりは《アンアンアン》は《あんあんあん♪》に自動的に変換され、階下に響いていたわけですかわけですよね。
  悪意の実行者を見る。
  私にしなだれかかり、ハチミツをたくさん含んだ甘い微笑を浮かべている。
  ……可愛い顔してこいつ思いっきり悪女ね。なんとまあ計算高い女なのよお陰で私のイメージ崩れたじゃないのっ!
  ……ちくしょう。
  「待ちなさいオチーヴァ。君が間違っている」
  現在エイジャの心を掴んで離さない、吸血鬼ヴィンセンテ登場。
  喘ぎ声云々で怒りまくっているオチーヴァを嗜める。
  「愛し合う若い2人、抑えが利かないのは自然の理。戒め縛り付けるのは容易い。しかし、しかしここは見守ろうではないですか。
  純粋な愛は尊い。それは決して阻んではならない事象。そうではありませんか、オチーヴァ」
  「……私が間違ってたわ。2人とも、愛し合う心を大切にね。長女として、全力で応援します」
  「わーい♪」
  「……すいません私置いてけぼりのこのお芝居は一体何……?」
  おおぅ。









  夕食後、しばしの団欒の後に私はローズソーン邸を後にした。
  家族との時間は大切。
  だから、本来なら明日の朝に出立してもよかったんだけどラミナスの頼みも果たさなければならない。
  その為、朝を待たずに出てきた。
  ……。
  もちろん、あのままいたらズルズルと居続けそうな気もしてたけどね。
  アダマス・フィリダ暗殺の為に、出会った家族達。

  それが今ではこんなに尊く感じるとは、正直驚きだ。
  「……らしくない。ふふふ」
  シャドウメアに揺られながら、私は呟いた。
  夜。
  街道を照らすのは、私が左手に持つ松明だけだ。

  スキングラードにあるローズソーン邸、つまりは私の持ち家なわけだけど……夕食は、非常に賑やかで華やかだった。
  久し振りの家族団らん。
  ……おかしなものだ。
  暗殺者達が、組織統率の為の《家族愛》を組織崩壊の後まで続けている……それってどうよ?
  おかしいけど、どこか心地良い。
  「ふふふ」
  思わず、声を立てて笑う。
  帰れる場所がある。
  それはとても素晴しく、とても尊い事だと思った。
  特に好都合なのが、元シェイディンハル聖域の面々が殺しに固執しないという事だ。
  三度の飯より殺しが大好き、というわけではないようだ。
  毎日買い出しに行ったり、釣りに行ったり。
  楽隠居してる暗殺者ってどうよ?

  「それにしても痛いなぁ」
  首が痛い。
  アンが首に噛み付いたからだ。あいつ手加減なく噛み付いたもんなぁ。
  ……。
  ……。
  ……。
  ね、念の為に弁解するけど……じゃれ合ってただけなの。
  そしたらあいつが首筋に噛み付いてきたのよ。ただそれだけ、それだけなのーっ!
  ……しかし私は一体誰に弁解を?
  おおぅ。
  ともかく、街道をゆっくりと進む。目的地は帝都だ。
  アイレイドの彫像が魔術師ギルドに何の関係があるかは知らないけど、私には必要のないものだ。
  欲しいと言うなら持って行くまでだ。色々とお世話になってるし。……お世話もしてますけどね。
  歴史的重要物として飾るのかな?

  「……? シャドウメア?」
  鼻息荒く、左右を見て……それから、左の方向に首を向ける。そして激しく嘶く。
  それと同時に私は馬から落ちた。
  振り落とされたのではなく、自発的に落ちたのだ。シャドウメアの左側に、落ちて身を伏せる。落ちる寸前に松明はシャドウメア
  が嘶いた方向に投げた。松明の光は闇を削るものの、何も見えない。
  ひゅん。
  しかし闇を切り裂いて、空気を切り裂いて何かがシャドウメアに突き刺さる。
  矢だ。
  矢が飛来したのだ。
  「シャドウメアっ!」
  倒れ伏す愛馬。
  ……。
  ま、まあ不死属性利用して盾にしたのは、私なんだけどね。
  あ、後でニンジン山盛りにして謝ろう。
  ごめんねーっ!
  「ちっ」
  舌打ちする。
  ……もちろん、私がだ。盾代わりにしたシャドウメアが舌打ちしたわけではない。
  ポゥ。
  矢で射られたシャドウメアの体が発光し、周囲が光に包まれる。
  周囲、と言っても精々2メートルといったところか。
  圧倒的に広い範囲、光量ではないものの射手にしてみればこれで充分だ。

  闇に目を凝らす。
  ……。
  ……。
  ……。

  見えない。
  投げた松明の光の側には、いない。さらに遥か遠い場所から矢を放っているらしい。
  なかなか腕は良い。
  最初は私の松明の明かりを目印に矢を放ってきた。
  腕は悪くない。
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  盾代わりのシャドウメアから頭を出すものの、矢が三本飛来する。慌てて頭を引っ込めた。
  ごめんシャドウメアさらに矢が増えちゃったーっ!
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  見当をつけて火球を放つ。火球は炸裂するものの効果はない。代わりに矢で仕返しされる。
  どうすっかなぁ。
  適当に魔法を放っても、お返しされるだけ。
  ごぅぅぅぅぅぅっ。
  街道の両脇は草原。さっきの煉獄の影響で一部、燃えて周囲を炎で照らしているものの射手の姿は見えない。
  手当たり次第に煉獄放つ……という手もあるけど、自然は好きだしなぁ。

  環境破壊にノーと言える女、それが私です。
  ほほほー♪
  「シャドウメア、もう少し伏せてて」
  愛馬の首筋を撫でながら私は囁く。
  射手は私の背後に回る、という度胸までは持ち合わせていないらしく矢はもっぱら前方からだけ飛んでくる。
  さぁて、どうする?

  シャドウメアは発光している。おそらく、矢に《発光の魔法》エンチャントされていたのだろう。
  ここから動けない。
  射手の能力は、それなりに高い。
  多分シャドウメアから離れたら、ここから身を乗り出そうものなら瞬時に射抜かれる可能性もある。
  可能性、であって確実でも絶対でもない。
  もちろんそんなリスクを冒してまでする事ではない。
  ……。
  ……そうねぇ、いい手を思いついた。
  すらり。
  剣を抜き放ち、左手で鞘を外す。
  すーはーすーはー。
  呼吸を整え、心の準備を整え、そして鞘を真上に投げた。途端、鞘が弾かれる。矢が当たったのだ。
  ふぅむ。なかなか腕が良い。
  鞘が弾き飛ばされたと同時に私は愛馬の影から飛び出す。
  連続して放つほどの腕ではないらしい。
  少なくとも、正確な狙いは連続では無理のようだ。一瞬の間がある。ただ、私に向けて狙いはつけているだろう。
  それすなわち私に注目しているという事。
  つまり?
  ……つまりっ!

  「光よっ!」
  かっ!
  私の体が光る。《発光の魔法》だ。
  あまりこの手の魔法は好きではない。何故なら、術者を中心に周囲を照らす魔法だからだ。
  冒険中、こんな魔法を使えば敵がいた場合ただの的でしかない。
  それでも《幻惑》系の魔法の初歩なので、私も最初に覚えた。《光よ》は一瞬だけ周囲を照らす。
  一瞬、ではあるもののその効果範囲と光量は凄まじく、目潰し程度には使える。
  今回もその例に当てはまるだろう。
  何故って?
  一瞬の輝きの中で人影が蹲るのを見逃さなかった。そこかっ!
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  人影がいた場所に、炎の球を叩きつける。草原を焼き、炎に照らされた場所には1人の……男だ。
  「シャドウメア」
  声に応えてむくりと起き上がる。
  どういう原理かは知らないけど、不死の馬。今は亡きルシエン・ラシャンスの馬を私が拝領したのだ。
  嫌なニヤデレ男だったけど、シャドウメアをくれた事には感謝している。
  「それで、お前何者?」
  「……」

  無言で放たれた矢を、私は剣で一閃して叩き落す。
  「なにぃっ!」
  「どれだけの技量の差があるかお分かり?」
  「くっ!」
  「ふふふ。お生憎様。喧嘩売ったらもう最後なわけ。……お前殺すよ」
  冷たく私は微笑む。
  ……。
  矢を切り落す……という芸当は、ある条件下でしか出来ない。
  つまり対象の姿が見える事と、矢を放つ瞬間を見る事。後はタイミングと勘で剣を振るっているに過ぎない。
  ある意味、というか大分危険なハッタリ。
  だけど戦闘慣れすれば矢の速度も概ね理解出来るから、あながちデタラメに剣を振るっているわけではない。
  デタラメで矢を切り落すなんて怖い真似は出来ない。
  「……」
  男は観念したのか、こちらに足を進めて来る。ゆっくり、歩いてくる。
  男はインペリアル。
  見た事は……多分ないと思う。印象薄い=雑魚、という方程式が私にはある。
  だから、会った事はあるかもしれないけど雑魚過ぎて覚えてない、という事だ。顔は知らない覚えてない。
  でも纏っている恰好は覚えがある。
  独特の、漆黒の皮の鎧。

  「あんた闇の一党の暗殺者ね」
  「……」
  闇の一党ダークブラザーフッド。
  少し前に私が幹部集団ブラックハンドを消し、夜母の干渉を封じ、指揮系統は消失。完全に潰した。
  もちろん末端は今も生きている。
  存在はしているものの頭が消えた以上、立ち枯れるものと思ってたけど……ふぅん、組織の仇討つ為に私を狙うか。
  たまたま襲ったのが《組織壊滅の美少女♪》だった、というのは確率として低い。
  たまたま、ではなく計画的に私を狙ったのだろう。
  どこで調べたかは知らないけど、ご苦労な事ですなぁ。
  ……わざわざ口を塞がれに来るなんてさ。

  ……くすくす♪
  「今日、スキングラードでお前を見た。……俺はシシスに感謝した」
  「きっかけは偶然ってわけね。そりゃ助かる」
  つまり、元シェイディンハル聖域の面々が私の家で暮らしている事をこいつは知らない。それは助かる。
  こいつは殺す。この場で殺す。だから、こいつの心配はどうでもいい。
  私が危惧するのは仲間がいた場合だ。
  私の家の場所を把握しているとなると厄介ではあるものの……こいつが言うには、あくまで偶然だ。
  ホッと安堵。
  いくら私でも、家族が傷付くのは見たくない。私の唯一のネック。
  さて。
  「ルシエン様の仇、討たせてもらおうっ!」
  「ルシエン? あんたルシエンの手下?」
  「忘れたか俺をっ!」
  「……んー……知らんっ!」
  力一杯断定。
  そもそもルシエンの死は、裏切り者マシウ・ベラモントの画策が原因で私に当たるのは筋違いだと思うけど。
  「貴様ぁっ!」
  「まっ、別に思い出す必要ないじゃん。お前ここで死ぬんだからさ」
  故ルシエンの手下の武装は弓矢、腰にはロングソード。
  単独で挑むには、相手(もちろん私♪)が大きすぎたわねぇ。口に入らないモノには噛み付くべきじゃあない。
  そんなものに噛み付けば顎が外れるだけじゃすまない。
  「ルシエン様の仇、レンツさんの仇、討たせてもらおうっ!」
  「レン……ああ、浄化の儀式の際に私に喧嘩売って尊い死を迎えたあいつか。そしてあんたはあの時無様に逃げた奴ね」
  「あの時の俺と同じに思わないでもらおうか」
  「ふぅん。今度は華々しく死ぬの? ……命は大事に。来世ではそれを忘れないでね。現世では、何も生かせないけどねぇ」
  「ブレトンめぇっ!」
  「ふん」

  弓を捨てて、腰のロングソードを抜いて挑みかかって来る。……馬鹿めっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  キィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  数度、刃を交えるものの力量の差は圧倒的だ。
  私の方が強い。
  インペリアルの暗殺者も腕は悪くないけど私には劣る。こいつの剣術は中の下と言ったところか。
  「はぁっ! やぁっ! たぁっ!」
  「……」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  ……暑苦しい奴。
  異様にテンション上げて、妙な気合の声を発しながら私と切り結んでいる。
  まあ、それも分かる気はする。
  何故って?
  適当にあしらいながら、私は次第に相手を圧倒していく。
  私をただの魔術師と思うなよっ!

  「遅いっ!」
  「がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

  相手の剣を大きく弾き、隙だらけとなった標的の虚を突いて足を切り裂いた。堪らず倒れる暗殺者。
  ドサ。
  そのまま奴の首に剣を突きつけた。
  こんな事しなくても立ち上がる事も出来なければ、戦闘続行する事もこいつには既に出来ないけどね。
  足の長さ、変わっちゃったもんねぇ。
  ほほほー♪
  「それで? 何か私に言いたい事はある?」
  「……」
  「ふぅん。……じゃあこのままお前殺すよ」
  「……お許しを……」
  「はっ?」
  「……お許し……お許しを……お許しをぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  突然叫ぶ。
  びっくりしたぁ。そりゃびっくりするわよ。ここまで盛大に命乞いするとは思ってもなかったし。
  ともかく、少し気分が良くなる。
  サディストなつもりはないけど、いきなり命狙われて良い気分なわけがない。
  腹立つ男が私に哀願する。命乞いする。
  気分も良くなりますわよ。
  ほほほー♪

  「やだなぁ。そこまで命乞いされると、一思いに首刎ねるしかないじゃないの。ふぅ、拷問したかったなぁ」
  「お許しをっ! 聞えし者、どうかお許しをっ!」
  「……ちょっと待ちなさい」
  こいつ今何て言った?
  確か《聞えし者》と言ったわね。闇の一党ダークブラザーフッドの最高幹部の称号だ。
  闇の一党とのラストバトルで私はその地位に着いた。だが誰も知るはずがない。こいつが知るはずがない。
  幹部は全て消したし、夜母は既にこの世界に干渉する事が出来ない。
  私が《聞えし者》である事をこいつが知る術がない。
  なのに何故それを知っている?
  「お前何者?」

  「聞えし者よ、お許しを、どうかお許しをぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  「ちょっとっ!」
  「……はぐぅ……っ!」
  「……ちっ」
  口から血の泡を吐いて数回痙攣し、そのまま地に突っ伏した。小刻みに動いてはいるものの、いずれ止まるだろう。
  舌噛み切って死にやがった。
  何とまあ、役に立たない情報源ですこと。
  ガサガサ。
  死体から何か手掛かりになる物がないかと思い探してみるものの、これといって何も持っていない。
  ならば用はない。
  「行こう、シャドウメア」
  ヒヒーン。
  嘶く愛馬に跨ぎ、そのまま街道を疾走する。向かうは当初の予定通り帝都だ。
  帝国の法律では自衛権の行使は何より尊ばれている。私は純粋に被害者、暗殺者の方が犯人。
  それでも、帝都軍巡察隊に見つかると色々と事情聴取で面倒臭い。
  それを避ける為、誰かが通る前にこの場を後にした。
  ……。
  スキングラードの家族に警告には戻らないのかって?
  その必要はないでしょう。
  家の場所を知っているとは思えない。私なら、寝静まった夜にでも家に放火して丸焼きにする。その方がリスクも少ないし、
  確実だ。なのにそれをしないというのは知らないからだ。シェイディンハル聖域の面々が今なお生きてる事をね。

  もちろん、知ってる可能性もある。
  でもだからどうするの?
  一生怯えて生きる?
  それはナンセンスだ。それにローズソーン邸で暮らしているのは元暗殺者達(エイジャは除く)だから、まず返り討ちにするで
  しょうね。それに平和な暮らしに完全に埋没するほど、彼ら彼女らは軽率ではない。

  根は暗殺者だから、そこはしっかりしてるはず。
  ただ問題は……。
  「……」
  夜に響くのは蹄の音。
  無言で私は疾走するシャドウメアの背に乗り、走る際に生じる振動に身を任せていた。
  考えるのはただ一つ。
  奴の言った《聞えし者》とは誰を指すのだろう?
  幹部集団ブラックハンドは全員始末した。聞えし者、伝えし者、奪いし者は全滅。
  その結果、夜母はこの世界に干渉する術を失ったものの……今でも確実にあの婆は存在している。それを考慮して考えると
  闇の一党の再建はあながちあり得ないとは言い切れない。

  夜母は健在だからだ。
  もちろん必ずしも夜母が関わっているとも言えないだろう。
  闇の一党の残党の誰かが《聞えし者》を騙っているだけかも知れない。それならそれでいい。
  関わらなければ放置するし、向ってくれば皆殺しにするだけの話。それで済む話。
  でも夜母が組織を再建していたら?
  その場合は話がややこしくなる。
  この世界に基本干渉出来ない代わりにあの婆は、全ての事象を見通している。おそらく今も私を見ている。
  その場合、夜母が関わっているのであれば。
  「……面倒ね」
  闇の一党ダークブラザーフッドの再起動は、私にもリアルに面倒な話となる。
  天を仰ぐ。
  月が雲に隠れたからだ。辺りは不意に薄暗くなっていく。
  ……夜はまだ終わらない……。