天使で悪魔




高潔なる血の一団



  魔術師ギルドの権威を失墜させた、扇動者は逮捕された。
  ……いや逮捕したの私だけど。
  ……いや権威なんてないけど。

  結局何も判明しなかった。
  あの扇動者は、金で雇われた扇動のプロでしかなく、首謀者ではなかった。依頼人の情報もなし。
  ただ、名前だけが分かった。
  依頼人はファルカー。先の『ファルカーの反乱』の首謀者であり、死霊術師。
  腹心も組織も失ってまだなお活動を続けているらしい。
  ……ファルカー、ね。
  ……何を考えているやら。
  





  「んー。おいしい♪」
  クレープを食べながら、静かな午前の帝都を歩く。
  帝都神殿地区。
  この区画の中心には、区画名の通り荘厳な神殿がある。観光名所の一つだ。
  私は神殿、興味ない。
  ただ静かな雰囲気の街並みを歩きたいだけだ。
  神殿地区というだけあって霊気的なモノが漂っているのか、どこか静かな街並み。商業地区のような喧騒じみた活気も
  ここにはない。私は信心深くないし、そもそも神なんて信じてないけど、こういう静かな雰囲気は好きだ。

  「ふぅ」
  嘆息。
  人間、息抜きが必要だ。
  帝都に来てからワイズナーの実験、扇動事件と休まる暇がなかった。
  扇動は依頼人がファルカーだと判明しただけでそれ以上の進展はないし、そこから先の調査は大学で進めるそうだ。
  私は外された。
  ハンぞぅの配慮だ。ラミナスの進言の結果でもある。
  能力的に、調査系ではないというのが大学の判断だ。確かに私は調査云々、好きではない。
  ……。
  まあ、ハンぞぅやラミナスにしてみればこれ以上私を束縛したくないのが正直なところだろう。……多分ね。
  死霊術師との抗争と確執は、大学の政治抗争の暗部なのだ。
  そこに私を極力巻き込みたくない。
  そこには優しさがあると、私は思ってる。

  「あの」
  「……?」
  散歩していたら一人の女性に呼び止められる。ダンマーの女性だ。
  この手の展開。
  ……既に日常茶飯事だぁ……。
  ……きっと今度も厄介押し付けられるのだろう。
  おおぅ。
  「あの、失礼ですけどレディラックですよね? グランドチャンピオンの」

  「ええ、そうですけど」
  サインかな?
  考えてみたら闘技場を最年少であると同時に女性初のグランドチャンピオン。10年以上王座に君臨していたグレイプリンス
  との激闘のお陰で今や私は帝都の生ける伝説。

  ほほほー♪
  「私はラルザ・ノルヴァロ。実は夫のギレンから貴女を見かけたので、探すように言われてたんです」
  「……?」
  また話が分からなくなった。
  やっぱりサインじゃなくて厄介かそうなのかっ!
  ふぅ。
  気分転換の為に散歩してるだけなのにー。
  「実は夫は少々妄想癖があるんです。でも今回のは、どうも違うみたいなんです。取り乱し方が違うんです。レディラック、
  貴女の助力がなければ帝都は闇に落ちると言うんです。話半分でも、恐ろしくて」
  「それで?」
  「セリデュールという貴族がこの地区に住んでいます。夫は彼の元によく出入りしてるんです。そこで何か重大な話を貴女に
  すると。ぶしつけで大変申し訳ないのですが、一度足を運んでいただけませんか?」

  「ふーん」
  これ以上は、何も知らないと彼女は言う。
  ここから先は旦那に聞け、という事か。
  しかし帝都は闇の落ちる?
  ……。
  確かに話半分でも事実なら由々しき事だけど……グラアシア並にプッツンならどうするよ?
  まあ、いい。
  「分かったわ。会ってみる」
  「本当ですかっ!」
  与太話なら、それはそれでいい。楽しんであげようじゃないの。
  それに散歩より疲れるかもしれないけど……刺激的であるのは確かだろう。
  私はセリデュールの屋敷に足を向けた。






  そこは豪邸だった。
  帝都タロス地区にある大富豪ウンバカノの豪邸ほどではないものの、セリデュールの家も上流階級に位置するものの
  佇まいとしては相応しい豪邸だ。貴族という肩書きは嘘ではないらしい。

  全身フル装備のボディーガードまでいる。
  そのボディーガードが私の行く手を塞ぐ。
  「何の用だ」
  「セリデュール氏に会いに来たわ」
  「旦那様に? ……お前みたいな、小娘が?」
  「ギレンの奥さんにここに行くよう、指示されたんだけど?」
  「ようこそおいでくださいました。旦那様がお待ちかねです。どうぞ、こちらに」
  ……変わり身の早い奴。
  まあ、いい。
  私は彼の案内で豪邸に入る。書斎に通される、ボディーガードは一礼して下がる。
  その部屋にソフトクリーム風の髪型をした者がいた。
  ……すげぇ髪型。
  ……戦士ギルドのオレインのモヒカンも凄いけど、この髪型もインパクトがある。
  アルトマーだ。
  彼がセリデュールなのだろう。

  「おお、貴女があの有名なレディラックですか。貴女がこの街に滞在していると聞き、助力を賜らんと思い立ちギレンの
  細君を使いに出したのはこちらの無作法ではあるものの、それを寛大なお心でお許しください」

  「貴方は……セリデュール?」
  「そうです。私がセリデュール。……貴女をお呼びしたのは他でもない。実は貴女のお力が必要なのです」
  「……」
  「お付き合い願えませんか?」
  「まあ、いいわよ。……どうせ暇だし」
  「ありがたいお言葉ですな。では、地下にご案内しましょう。……我々の聖域に」
  「地下?」
  聖域、という名称はあまり好きではない。
  闇の一党ダークブラザーフッドの各支部の名称が聖域だからだ。
  ともかく、彼は私を連れ立って地下へと誘う。
  「……へぇ」
  地下は思いの他、広かった。
  きちんと整頓され、整理され、清掃されている。その部屋の内装は、どこか宗教じみていた。
  宗教か何かの勧誘かな?
  私は九大神に興味はない。オブリの魔王も嫌いだし、闇の神シシスも嫌い。
  神様系は大嫌い。
  「こちらです」
  ダンマーとトカゲがいる。
  視線が合うと、セリデュールが二人を紹介した。
  「ギレンとグレイです。私の、そう同志と申しましょうか」
  一人一人握手。
  あのダンマーが、旦那なわけね。奥様は旦那のしてる事を知らない風だけど……この地下室の雰囲気からして何かの
  組織なのは間違いないだろう。
  セリデュールは咳払いをしてから、重々しく語る。
  「改めて歓迎します。我々は高潔なる血の一団と名乗る、吸血鬼ハンターなのです」
  「吸血鬼ハンター?」
  「我々は吸血鬼を狩る者達に対しての支援と報酬を約束しています。今現在、吸血鬼ハンターを名乗る者達は我々の同志
  であると御認識ください。いくら正義感溢れていても、生活が成り立たなければどうにもなりませんからな」

  「なるほど」
  吸血鬼ハンターを名乗る連中は確かにいる。
  だが基本的にボランティア。
  モンスターと一緒くたにするのもどうかと思うけど、世間一般としての認識はそんなもの。
  退治したところで(依頼としては、別として)誰も感謝しないし報酬もない。
  なるほどなぁ。
  吸血鬼ハンターは、セリデュールの傘下にあるわけだ。
  吸血鬼ハンターの集団である高潔なる血の一団。
  初めて聞いた名称だけど、そんな組織もあったんだなぁ。世の中、果てしなく広い。
  さて。
  「貴女はグランドチャンピオン。そして、それ以前に冒険者であられる。……ならば吸血鬼の所業とその悪意がお分かりで
  しょう。我々は帝都を守る為に結成された組織であり、吸血鬼と戦う事を使命とし誇りとしているのです」

  「はっ?」
  「どうです。我々のお手伝いをしてくださいませんか?」
  流れ的に途中から気付いてたけど……組織に加入?
  魔術師ギルド。
  戦士ギルド。
  壊滅したけど闇の一党ダークブラザーフッドの最高幹部である、聞えし者。
  ……。
  さらに加盟組織が増えるのはちょっと……。
  「君を推薦したのは、私なんだ。……我々は少数精鋭。卓越した実力者が欲しいんだ」
  ギレンは口を開く。グレイ、トカゲの彼もそれに同意して頷く。
  ふぅん。
  アルトマーに私を内に加える事を進言したのは彼か。なかなか見る眼あるじゃないの。
  吸血鬼なんて物の数ではない。
  「レディラック」
  「セリデュール、私はフィッツガルド・エメラルダよ」
  「では、ミス・エメラルダ。……我々にお付き合いいただけませんか? 今、すぐ目の前で災いが横たわっているのです」
  「すぐ目の前?」
  「左様。この地区に吸血鬼がいるのです」
  「へー」
  気のない口調の私。
  一般人ならガクブルするけれど、実際問題として帝都の地下にすら吸血鬼は巣食ってる。
  そんなに珍しい敵じゃない。
  「ローランド・ジェンセリク。この地区に住む男なのですが彼は吸血鬼だと判明しました」
  「その証拠は?」
  「私が目撃しました。……被害者は、救えませんでしたよ。恥ずかしい事ですが、自分の身を護る事しか出来なかった」
  「……」
  「私やギレン、グレイは吸血鬼狩りという仕事柄、昼夜が逆転しています。吸血鬼が活動するのは夜。私は夜道を巡回していたら
  突然悲鳴が聞えたのです。慌てて悲鳴の元に駆けつけると、レルフィナが襲われていました」
  「レル……誰?」
  「ローランドの恋人です。……私は止めに入ったものの、彼の強大な力の前に敗れ表道に逃げました。……戻った時には既
  にローランドの姿はなく、代わりに無残な死体と化したレルフィナが横たわっていました。首には牙の痕」
  「……」
  「奴は血に飢えた吸血鬼だ。……今動けるハンターはいないのです。貴女の善意と助力を、我々にください」





  ローランドの家には誰もいなかった。
  あったのは一通の手紙のみ。

  部屋の感じからして、ここ最近は家に戻っていないらしい。埃の具合から、推定したけどセリデュールが凶行を目撃した
  日から家には戻っていないようだ。



  『貴方がブラヴィルからお帰りになる日が待ちきれません。
  もうすぐ貴方に会える喜びで私の胸は打ち震えています。
  毎晩ベッドの隣を見ても、そこに貴方はいないのです。
  一緒に旅立てばよかったと思う日々が続きますが、この危険な時代に足手纏いでしかない事は分かっています。
  貴方と一緒に帝都の混沌とした情勢から離れてるのもいいかもしれません。

  そう。あの森の丸太小屋。
  貴方が世界中の恐ろしい事から離れて安らげると言った、貴方が私を抱いて月光と星光の中で私に愛を謳った、貴方が
  私に愛していると言ってくださったあの場所で暮らせたらどんなに幸福でしょうか。

  愛する人。
  どうか早く帰ってきてください。
  レルフィナ』



  手紙の内容は、切々とした想いが秘められていた。
  そして私は思う。
  もしもローランドが吸血鬼で、自我を保つタイプなら……街中で暮らしていた以上、自我を保つ高位タイプの吸血鬼なのは
  間違いないだろう。ならわざわざ足のつく相手を殺すだろうか?

  それにここまで愛される?
  人らしく振舞うにしても、相手の女性にここまで愛されるのであるならば……本当の愛なのだろう。
  その人間を殺すだろうか?
  「……これは違うかもしれないわね」







  手紙の内容から総合すると、ローランドは帝都以外にも隠れ家的な場所を有している事になる。
  それはすぐに分かった。
  ギレンとグレイに相談したら、場所を教えてくれた。帝都の東に、丸太小屋があるらしい。
  実は二人はローランドとは親しい間柄で、吸血鬼だとは信じられないそうだ。
  セリデュールは睡眠中。
  仕事柄昼夜逆転は嘘ではないらしい。
  私はシャドウメアを駆ってグレートフォレストにある、ローランドの小屋に。
  時は午後。
  吸血鬼なら寝ている……偏見もあるけど、夜中に出歩く為に日中は寝ているのが通例だ。
  もちろん肌さえ露出しなければ日光にも影響されないけど、吸血鬼は性格的に日中歩くのを好まない。
  さて。
  「……」
  がちゃり。
  私は無言で扉を開く。鍵は掛かっていたものの、魔法で解除した。
  魔法は偉大だ。

  「出て行けっ! お前の考えている事は分かってる、この使い魔めっ!」
  ……使い魔?
  意外にもローランドは起きていた。手元には剣がある。彼が手を伸ばそうとすると……。
  私は地を蹴り、彼を蹴飛ばす。
  大きく吹き飛び、壁に叩きつけられた彼に抜き放った剣を突きつけた。
  「動くと殺す今すぐ殺す。……質問に答えて。答えなくても殺す。おっけぇ?」
  「……あ、ああ……」

  「吸血鬼、お好き?」
  「吸血鬼……何故、何故そんな事を聞くんだ?」
  「だって貴方吸血鬼なんでしょう?」
  「私が吸血……な、何? 誰がそんな……ちくしょうっ! セリデュールめ、嵌めやがったなっ!」
  この期に及んで無駄な抵抗?
  少し違う気もする。
  まあ、無駄な足掻きなら最後の御託を聞いてあげるのも酔狂だ。もちろんその後で……ふふふ、分かるでしょう?
  始末よ始末。
  それは対して手間ではない。
  「セリデュールに嵌められたって何?」
  「あ、あんたが何を言われたかは想像がつくが……それはまったくのデタラメだっ! 聞く耳があるかは知らないが聞いてくれ。
  私か吸血鬼ではない、セリデュールの方が吸血鬼なんだっ!」

  「……はっ?」
  それだと話はまったく変わってくる。
  逆転する。
  もちろんローランドが嘘をついている、私を油断させようとしている、命乞いをしている、とも考えられるけど話をしている様は
  真剣そのものだし嘘だと決め付ける材料が私には何もない。

  どうする?
  剣を突きつけたまま、私は自問自答する。
  無駄な殺生はしたくない。
  心が痛むから?
  ……まあ、正確には無意味だから、かな。
  私は無駄な殺しは嫌いです。面倒だから。
  さて。
  「私は、私はレルフィナを心の底から愛していた。彼女を傷つけるぐらいなら、私は自分の命を断つ」
  「……」
  「彼女は私の全てだった。初めて本気で愛した女性だ。……その彼女を、セリデュールはいつも眺めていた。いつもニヤニヤ
  と遠目で眺めていたんだ。いつからだろう、彼女は夜中に出歩く事が多くなった。……私は疑心に駆られた」
  「……」
  「私は彼女を信じるべきだった。疑うべきではなかった。……せめて、せめて別の方法を……ああ、くそっ!」

  「落ち着きなさい」
  「す、すまん。そ、それで私は彼女の後を付けた。人影があった。セリデュールだった。私の心は暗転した。二人は抱き合った。
  少なくとも私にはそう見えた。レルフィナは嬌声を上げていた。私は我を忘れて飛び出した」

  「……」
  「あいつは一瞬驚いた。そしてレルフィナを地面に叩きつけた。……何かが砕けた音がしたよ。私は奴に飛び掛ったが負けた。
  意識の遠のく瞬間、奴は私を見下ろしながら笑った。気付くとレルフィナの死体もセリデュールもいなかった」
  「……」
  「奴は貴族だ。告発しても握り潰されるし信頼もある。……それに奴は今、私を吸血鬼に仕立て上げている。どちらが信頼され
  るかは自明の理だ。そしてあんたが差し向けられた。わ、私を殺すのか?」
  「……」
  浮気ではない。
  セリデュールとレルフィナの関係は、吸血鬼の従属的な関係だ。
  「利用されたのは私も同じ。気に食わないから、あんたは見逃すわ。……面倒だし」
  「……ありがとう」
  「セリデュールの詳細の情報が聞きたいんだけど、何か知ってる?」
  「奴が吸血鬼狩りの元締めで、その施設が自宅の地下にある事は知ってる。……うまいよな、吸血鬼が狩る側に姿を隠す。情報
  操作もお手の物というわけだ。ただギレンとグレイは……分からんよ、あの二人は……」

  「違うわ」
  「……? 何を根拠にそんな……」
  「私を推薦したもの」
  わざわざ外部の人間を内に加える必要はない。
  ローランド抹殺を願うなら、手の者……吸血鬼の眷族を差し向ける方が手っ取り早いし、合法的に始末するなら自前の
  吸血鬼ハンターを差し向けるだろう。
  既にローランドは吸血鬼として情報操作されている以上、わざわざ私を加え、差し向ける手間は必要ない。

  推薦したのはギレン、それに同意したのがグレイ。
  二人はおそらくは吸血鬼ではない。
  「そうだ。帝都商業地区のファースト書店に行くといい」
  「何で?」
  「よくそこにセリデュールが出入りしてる。本が好きなのか知らんが、頻繁に出入りしている。そこで聞き込むといい」
  「了解」
  「……ああ、あと一つだけ」

  「何?」
  「……君の善意と慈悲に感謝を」







  帝都に舞い戻った私は、商業地区に足を運んだ。
  セリデュールに報告?
  しないわ。したらまずいもの。
  野良なのかセリデュールの手の者かは知らないけど、小屋を出るとフードとローブを纏った吸血鬼が果ててた。
  我が愛馬シャドウメアの蹴りで昇天したのだ。
  セリデュールの目的は、ローランドの抹殺。私が仏心を出した時の備えに密偵を放っていた可能性もある。
  わざわざ殺せるのに見逃し、吸血鬼に仕立てておきながら、今さら殺そうとする。
  ……。
  もしかしたらギレンとグレイの所為かも知れないわね。
  私を組み込んだ二人の行動が、セリデュールの描いた謀計を狂わせた。ローランドをとっとと殺して私を追い払いたい、
  なるほどそれなら何となく分かる気がする。私が側にいると餌に困るからだろう。
  確かに私は吸血鬼狩りに精通してるし、それは正しい判断ね。
  今は分からなくても付き合う内に彼の病気に気付く自信はある。だからセリデュールは予定を変更してとっととローランドを消し、
  私を丁重に追い出し、気ままな吸血ライフを送るつもりなのだろう。
  ……そんな事は私は断固許しません。
  ……私を引っ張り出した以上、等しく不幸になってもらいますわ。
  ……セリデュール本人とその眷属もねぇ。
  ほほほー♪
  「ハイ」
  「いらっしゃい」
  ローランドの提案通り、帝都商業地区にあるファースト書店に。
  セリデュールがよく出入りしているらしいし、何か聞けるかもしれない。
  それを問うものの……。
  「駄目だ。客の情報は教えられない」
  フィンティアス、という名の店主は頑なに拒む。
  そりゃそうだ。
  安易に客の情報を教えていたら、店の評判と沽券に関わる。買収でもする?
  「あれっ!」
  ……突然素っ頓狂な声を上げたのは、彼だった。
  私の顔を熱意の籠もった瞳で見つめる。
  ま、まさか私に惚れたかっ!
  くっはぁー♪
  私の美貌、まさに罪ですなぁ。360度全方位攻撃で周囲の男どもの心を狂わせます♪
  ほほほー♪
  「あんたレディラックだろっ! あの『英雄への道 〜レディラックの全て〜』という自叙伝を発表したっ!」
  「はっ?」
  「うちにもあんたの本を置いてるし、絶賛発売中だ。それに闘技場であんたの活躍もこの眼で見たしファンなんだよっ!」
  「はっ?」
  本を受け取る。かなり分厚い。
  著者は私。
  ……何も知りません、つまりこれは騙り……。
  ……。
  ……ちくしょう。
  共同執筆者にラミナス・ボラスと書いてある。あ、あの男なんてあくどい金儲けしやがるんだーっ!
  今度会ったら何割かもらわないとやってられない。
  ふと思いつく。
  これを利用して、突破口を開くか。
  「ねぇ。この本は今、在庫どれだけあるの?」
  「さっき入荷して十冊ほどだよ。すぐに売り切れるから、困っちゃうよ」
  「全部に私のサイン、してあげようか」
  「本当にっ!」
  「その代わり、教えて欲しいんだけど。セリデュールの事をね」

  「いいとも。セリデュール……ああ。あのアルトマーか。よく来るよ。鞄にたくさん食料詰めてね」
  「食料?」
  「いつだったか忘れたが訊ねた事があるんだ。なんでも街を離れる、とか言ってたな。……そうそう思い出の洞穴に行くとか
  言ってた。そこで泊り込むのが月に何度かの日課なんだとさ。買ってった本もその際に読むんだろう」

  「思い出の洞穴?」
  確か帝都のすぐ東にある、洞穴だった気がする。
  行った事はないけど。

  「何で貴族が洞穴に行くの?」
  「思い出の洞穴は大昔に死んだ軍人の墓、らしいよ。行った事ないから知らないがそう聞いた事がある。多分セリデュールの
  祖先か親族かが埋葬されているのだろう。信心深い奴さ。今時、あんな危険な所に誰も行かないのに」

  「危険?」
  「危険さ。だって洞穴だぞ?」
  「まあ、その理屈は分かるけどね」
  皇帝死んでで治安は最悪。

  さらに洞穴や遺跡は死霊術師やゴブリン等のモンスター、盗賊の類が住み着いている。
  ……吸血鬼もね。
  「さっき彼が来たよ。大急ぎで街を離れるとか言ってね。行き先は聞いてないがおそらくは……」
  「思い出の洞穴。行ってみるしかないか」

  興味本位で手を出した結末が、これなわけか。
  外は夕闇に包まれている。
  おそらく思い出の洞穴に殴りこむ際には夜になっているだろう。しかしわざわざ朝まで待つ必要はない。
  そこまで万全を期すまでの相手でもあるまい。

  セリデュール。
  ……私を利用した事、後悔するがいい。

  ……くすくす♪






  思い出の洞穴。
  昔の戦争で死んだ者達を埋葬している、と本屋のおっさんは言ってたけど……。
  「血血血血血血血血血血血血血っ!」
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  群がる吸血鬼三体を焼き尽くす。
  墓地?
  墓場?
  ……いいえ。ここは巣窟。吸血鬼どもの巣だ。
  「はぁっ!」
  手近に迫ったゾンビを切り伏せる。
  電撃をエンチャントされた剣は、ゾンビの首を簡単に焼き切った。
  洞穴の奥に行けば行くほど、敵の攻勢は激しくなる。
  大半は吸血鬼。
  残りは亡霊、スケルトン、ゾンビ……アンデッド系の混成軍だ。
  「セリデュールめぇ。私を利用したわねぇーっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  裁きの天雷が弓矢を構えたスケルトンを吹き飛ばす。
  数こそ向こうが圧倒的大多数ではあるものの、洞穴内という閉鎖空間である為にさほど苦ではない。野外ならともかく、
  包囲され波状攻撃される恐れはないからだ。密集さえしてるなら、魔法で一網打尽で撃破出来る。
  奥へ奥へと。
  私は敵を蹴散らしながら進む。
  ラスボスは奥にいるのが相場だ。そしてそれはおそらくはセリデュール。
  ……。
  もしかしたらあいつが首謀者ではないのかもしれない。
  しかし、こんな敵の巣窟の場所に何度も訪れ、何度も無事に帰れる奴が敵と何の接点がないとは言えない。
  首謀者ではないのかもしれない。
  それでも、少なくとも敵の一味だ。
  「はぁっ! やぁっ! ……ええぃ面倒ね、裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  私にしてみれば数揃えても紙に等しい。
  斬るのも魔法で吹き飛ばすのも、紙を破る如く容易いという事だ。
  それでも数は数だ。
  圧倒的多数で迫ってくる以上、暇はない。剣と魔法の連打で、私は道を切り開き進む。
  「……悪趣味」
  洞穴内はところどころ、死体で内装を飾ってある。
  照明代わりに岩肌に死体を貼り付け、油でも染み込ませているのかその死体は炎に燃えて周囲を照らしている。
  ……。
  感性が分からない。
  死霊術師と死体は切り離せない、アンデッド軍団もまた然り。
  しかし吸血鬼は何なのだろう?
  あの病気持ち連中も死体が大好き人間だ。
  吸血鬼になると死体愛に目覚めるのかどうか知らないけど……まあ、理解できない世界観を持つに至るのだろう。
  理解できなくて喜ばしいし、理解しようとも思わない。
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  派手に吹き飛ばす。
  いくつ私は消した?
  吸血鬼だけでも二十か、三十か。アンデッド軍団も入れればさらに跳ね上がる。
  ともかく敵は沈黙した。
  洞穴は静寂が支配される。しかし静寂はまだ早い。
  あいつがまだ、残ってる。
  静寂はそれまで待ってもらおう。
  「……」

  立っているのは、私だけ。
  全部片付けた。
  正直、吸血鬼の最大の武器は『吸血病』の菌。……正確には、その前兆タイプである『血友病』。
  私は吸血病の治療薬を飲んでいる為、既に抗体がある。
  菌が効かない以上、私にしてみれば吸血鬼は野党や死霊術師と変わらない。
  つまり雑魚。
  「手下は全て片付けたわ。お遊びはお終いよ。出て来なさい、セリデュールっ!」
  この期に及んで、実は彼は無関係……では通らない。
  吸血鬼の巣窟であるここに何度も出入りしているという事実だけでも、彼もまた同類なのは否定しようがない。
  そして……。
  「やりますね。お遊びの戦闘のグランドチャンピオン、だけではないようですね。ここまで強いとは。計算外でした」
  「今から自分が死ぬのは計算してる?」
  茶色の皮鎧に身を包み、腰にはショートソード。
  不敵に笑うのは、セリデュール。
  どうやらローランドの言い分は正しいらしい。まあ、ここまで来れば馬鹿でも分かる事実ではあるけどね。
  笑う奴の口から2本の牙が覗いている。
  「くくく。意外かね?」
  「はっ?」
  「君が現れるのを驚くと思っていたか? 生憎だが、私が君をここに誘い込んだのだよ。まさか眷属を全て皆殺しにする
  とは正直計算外だが……それも君をここで殺せば修正は容易い。ここなら誰の邪魔も入らんしな」
  「邪魔、ね。私も助かるわ。その方が楽でいい」
  「痕跡など残さぬ。君の血という血を吸い、干乾びた肉体はアンデッドに転じて利用しよう。ローランドの恋人の時には妙な
  邪魔が入ったが私は同じ過ちを二度起こすような馬鹿な真似はしない」
  「単純ばぁか」
  何だこいつ、自分を悪の大魔王とでも思ってるの?
  吸血鬼。
  闇の眷属でも、不老不死(少なくとも寿命では死なないものの)でもない。ただの病気持ち、吸血病の感染者だ。
  確かにその中でも、高等な部類だとは思う。
  自我を有している。
  獣同然の下級連中よりは優れているだろう。血の渇きも理性で抑えられるし、頭使えるから狡猾に振舞える。
  それにどういう原理か知らないけど、下級を飼いならしてる。
  ……。
  ああ、ヒンダリルもそうだったなぁ。
  自分の巣窟に手下吸血鬼飼ってた。おそらく血を吸って吸血鬼にした奴を『眷属』として従えれるのだろう。
  もっとも。
  ……あまり威張れる存在でもないけどねぇ。
  セリデュールは続ける。
  少々芝居掛かっているものの、故ルシエン・ラシャンスに比べたらまだまだ甘い。
  あの世で三流悪役とは何かを、教えてもらいなさいな。
  さて。
  「君をここで始末する。そしてローランドも始末する。……あの野郎に食事を見られた、つまり私の失態から始まった。
  ギレンとグレイが高潔なる血の一団の強化の為に君を引き入れようと画策した。それがどのような事になるかは分かって
  いたが、組織の創設者としての体裁が私にはあった」
  「……」
  つまりあの2人は潔白。
  吸血鬼ハンターを名乗ってはいるものの、あの2人は知識のみで実戦はないのだろうけど……それでもセリデュールの
  演技力は大したものだ。なかなか狡猾に振舞う。吸血鬼の基本は抑えてるわね。
  「君を始末する。ローランドも当然だが、あの二匹の餌も目障りだ。まだ何か喋ってない事はあったかな? ……ないな。
  さあ私のミスから始まった一連を終わらせ、全ての帳尻合わせをするとしようっ!」
  「やれるものならね」
  「はぁっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  繰り出される鋭い一撃を刃で受け止め、弾く。弾いた時、胸がはだけていた。
  「なっ!」
  血が滴る。
  薄皮一枚の傷。……そりゃそうだ。私が、斬ったんだからね。もちろんわざと外した。
  「あんたそんな腕で私に勝てるつもりだったの?」
  「な、なにぃっ!」
  「それ笑える」
  「ブレトンめぇーっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  切り結ぶものの、私は適当にあしらう。悪い腕ではないけど、誉めれる腕でもない。
  ……。
  ふん。
  闘技場で名誉の最後を迎えたグレイプリンスの王座、今は私が受け継いでいるけどグランドチャンピオンを貶した報い。
  本物の戦いをこいつは知らない。
  「その程度?」
  「……っ!」
  「甘い甘い。そこっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  セリデュールの剣が宙を舞い、光届かぬ闇に落ちる。
  「それで?」
  「くっ!」
  ブゥン。
  姿が、消えた。吸血鬼は背景に溶け込む、擬態化能力がある。……まあ、魔法使えば一般人でも出来るし、影座と呼ばれる
  特殊な天賦の才能がある奴は生まれながらに使える。
  別に吸血鬼の専売能力というわけじゃあない。
  「……ちっ」
  あの馬鹿、逃げやがった。
  足音が遠ざかって行く。……ふん。背後から襲い掛かる度胸もないと見える。
  どうすっかなぁ。










  勝者と敗者は紙一重。
  ほんのわずかな事が差となり結末へと結びつく。

  だが結末は、容易にひっくり返る。
  「ぜぇぜぇ」
  セリデュールは逃げる。
  透明化したまま、洞窟内を逃げ回る。外はおそらく、満天の星空だろう。外にさえ逃げれば、容易に逃げれる。
  眷属は全て倒され、正体は露見した。
  帝都には戻れない。
  貴族の地位も財産も、あの女を殺せなかった以上全て失ったも同然ではあるものの、吸血鬼の潜める場所はこの世界には
  どこにでもある。完全に見えるようで、不完全な世界。

  居場所はどこにでもある。
  居場所は……。
  「ぜぇぜぇ」
  出口はもうすぐだ。

  どこに逃げようか。スキングラードの伯爵は吸血鬼という噂もある。うまく取り入れないものか?
  ……。
  ふと、思い出す。
  どこかに吸血鬼の街があるという伝説を聞いた事がある。
  正直、現実味に欠けるが探すのも一興だ。
  吸血鬼である自分には終わる事のない時間があるのだから。それでいい。それにしよう。
  洞窟の出口だ。
  急ぎ足で出る。月光が降り注ぎ、体に活力を与える。
  逃げ切れた。
  逃げ切れた。
  逃げ切れた。
  哄笑が口から湧き上がる。
  「くくくっ! はっははははははははぁーっ!」
  「楽しそうね。待ちくたびれたわ」
  「……っ!」
  「楽しい楽しい吸血鬼狩り、続けよっか♪ ……逃げていいよ。どこに逃げても、追い詰めて追い詰めて嬲り殺すからさ」
  女は静かに微笑んだ。
  瞬間、心臓が凍りつく。
  そして……。











  「私は高潔なる血の一団を引き継ごうと思う。……セリデュールの遺産を継ぐのは、運命的皮肉ではあるけどね」


  正真正銘の吸血鬼であるセリデュールに、吸血鬼に仕立てられて命を狙われていたローランドは力強く語った。
  小屋に隠れていたローランドにその事を告げると歓喜と同時に新たな決意が彼の中に生まれたのだ。
  つまり、吸血鬼ハンターの支援の存続を。
  帝都でまた会おう、そう言った彼と分かれた。
  それから三日後。
  どういう経緯で、どういう手段を用いたかは知らないけど……セリデュールの財産、家屋も含めてローランドが引き継いで
  いた。もちろん高潔なる血の一団も。ついでにボディーガードも。
  ……。
  ……なかなかこいつ、政治的手腕あるみたいね。
  ともかく、例の地下室でローランドは私を待っていた。傍らにはギレンとグレイ。
  二人も心機一転、組織の為に尽力する覚悟を新たにしていた。
  熱血してるわね、3人。
  セリデュールとはあまり性格的に会わなかったらしい二人は、同じ熱血属性のローランドとはうまくやれるだろう。
  「おめでとう。ローランド。頑張ってね」
  「自分は関係ない、それはないだろう? ……君の力を我々は求めている」
  「はっ?」
  「これでも高潔なる血の一団に所属する吸血鬼ハンターはそれなりに多い。君にはその象徴となって欲しい。頼む、是非とも
  加わってくれ。我々は君を名誉団員として迎えるよ。それに報奨金も、色を付ける」
  「報奨金?」
  「五倍出す。吸血鬼1人分の遺灰が金貨50枚。だが君には250枚支払おう。……金額を背景に強談するのは好きじゃないが
  君の才能と実力が惜しい。それに、君が加わってくれるなら私も頑張り甲斐がある」
  「……はぁ」
  金貨250枚。
  闇の一党ダークブラザーフッドの幹部である『奪いし者』としての、暗殺一回分の報酬は金貨500枚。
  そう考えるとかなり破格よね。
  ……。
  ふむ。
  楽に稼げる口を蹴る事は、ないか。
  「いいわ。ローランド、貴方達の大義の為に尽力は尽くすわ」
  「ありがとうっ!」
  ガシッ。
  両手で私の手を強く握る。そして、何かを握らせる。
  なんだろう?
  手のひらを開くと、綺麗な指輪があった。
  「何これ? くれるの?」
  「魔法の指輪だ。疫病全般に対する抵抗を強化する魔法がエンチャントされている。ハンター全員に渡しているんだ」
  なるほど。
  吸血鬼は病気持ち。その対策か。
  私は吸血病&血友病は効かないものの、この指輪は前述の病気限定ではなく様々な病気を防ぐのに効果がある。
  ありがたくもらっておこう。
  「君のは台座がプラチナだ。それは特別なハンターにしか送られない、ある意味で称号だ。そして君が一番目。吸血鬼
  ハンターにそれを見せれば、余計なトラブルを回避出来るし、手助けも得られるだろう」
  「ありがたく頂くわ。ローランド」
  「ただ気をつけてくれ。最近、吸血鬼が活性化しつつあるとギレンとグレイが警告している。何か起きるのかもしれない」
  「気をつける」
  こうして吸血鬼騒動は幕を下ろした。
  最近、組織に属し過ぎているものの……まあ、問題ないか。身動き取れないほどじゃあない。
  ……。
  吸血鬼が活性化している、か。
  世界では常にあの手この手とトラブルが起きているらしい。
  組織化され一斉蜂起直前に発覚し、魔術師ギルドに掃討された『ファルカーの反乱』。
  皇帝と三皇子を暗殺した『深遠の暁』による行動。
  レヤウィンを強襲した深緑旅団による『レヤウィン攻防戦』。
  内部抗争で崩壊した『闇の一党ダークブラザーフッド』の泥沼的感情の暴走と、その結末。
  そして新たに吸血鬼?
  願わくば。
  願わくば、私がその騒動に関わりませんように。
  ……。
  ……だって面倒、嫌いだもの。
  ……少しぐらい休ませてよー。