天使で悪魔




追憶という名の道標





  夜母。
  その存在は、既に人でもなければ幽霊でもない、思念の残滓。
  闇の神シシスに自らの子供5人と、自らの命すらも生贄として永遠に存在し続ける老女。
  目的?
  老女は永遠に殺人を楽しみたかっただけ。
  自らをシシスの呪縛でこの世に縛りつけ、暗殺を繰り広げ、その血と肉の饗宴を貪り続けるのだ。

  これは祝福?
  これは呪縛?

  捉え方は人それぞれだろうけど、夜母にとっては祝福だろう。
  シシスの恩恵により永遠の存在になった彼女は、自分の手足の闇の一党を使って殺しの夢を見続ける。
  夜母は全ての殺意と怨嗟を見通す力がある。
  その力を駆使し、世界中の他者の死を願う者達の祈りを拾い集め、聞えし者にそれを伝達。
  聞えし者は伝えし者に、伝えし者は各聖域と奪いし者に命じて暗殺を繰り広げる。
  真の目的はビジネスですらなかった。夜母の欲望を叶える為だけの死なのだ。


  私の名はフィッツガルド・エメラルダ。
  本来関わるはずのなかった組織、闇の一党ダークブラザーフッド。
  全ては私怨。
  正当ではあるものの、私はアダマス・フィリダを暗殺する為だけに組織に関わった。
  ただそれだけだ。
  しかし事ここに至ると私も結末を紡がなければならない。
  私の選ぶ結末は……。
  私の……。






  「まあ、堅くなるな小娘。ずっと見ていたぞ、お前の旅をずっと見ていた」
  「……」
  私はそれには答えない。
  そうね、全ての事象を見通す力がなければ依頼人の暗殺の祈りを聞き届ける事も出来ないし、それを闇の一党に
  受けさせ、殺しの饗宴を堪能することも出来ない。

  見ていた発言はハッタリではないはず。
  微かにマシウ・ベラモントの苦悶の呻きが耳に付く。
  人生を狂わされ、自らも狂った男はアークエンに全身を切り刻まれていた。かといって死ぬほどの傷ではなく、拷問。
  時間を掛けて殺すのだろう。
  ……悪趣味な女。
  夜母は構わずに続ける。
  「お前は様々な人間を始末してきた。ルフィオ、ガストンを初めとする小物だけではなく闇の一党撲滅を掲げていた
  アダマス・フィリダ、不死を得んとした死霊術師セレデイン、グランドチャンピオンであるグレイプリンス。見事っ!」
  「それはどうも」
  思えば私も随分殺したものだ。
  アダマス・フィリダ暗殺。
  それだけの為に私は闇の一党に属し、家族と生活をし、その家族を捨て切れないが為に組織の壊滅を願った。

  私の旅路は過ちか、正しいのか。
  ……。
  少なくとも、私は自分の感情に素直なだけ。
  その結果が、今の状況だ。
  もちろん私が関わらなくともこのような状況が起きていたとは思う。マシウの復讐は私とは基本、関係ないからだ。
  私の存在がそれを輪に掛けて混乱を生じさせた。
  終焉を。
  終局を。
  終幕を。
  いずれにしても今、私は闇の一党を終わらせる為にここにいる。
  こんな組織、ない方がいい。
  こんな組織は……。
  「まさに理想的な存在じゃな、お前は。ただの駒風情の存在が、ブラックハンドの半数すら単独で潰した。そして駒の
  お前が今、盤上を支配せんとしている。決断力、狡猾さ、残酷さ、実行力、そして生きる為だけにお前は他者を殺す」
  「……」
  「なんと美しい存在じゃっ! 唯一にして、絶大な賛辞をお前に送ろうっ!」

  「……」
  微妙に誉めてない気がする。
  ……ちくしょう。
  「ほほほ。沈黙を保つか。神や魔にも等しい存在を眼にしても物怖じせぬか。それでこそじゃ」

  「……」
  大して珍しくないですけどねぇ。
  この世界には以外に伝説級な事が意外に簡単に転がってる。
  アイレイドの人形姫とも戦ったし。
  たかだか闇の神シシスの呪いで絞りカス状態の幽霊が大きな口叩いて欲しくないわね。
  「……」
  内心ではボロカスに批判している。
  敬え、と言われても土台無理な話だ。大抵聞き流していたものの、夜母はとんでもない事を口にした。
  「ほほほ。わらわはマシウ・ベラモントが裏切る事を知っていた」
  「……えっ?」

  声は二つした。
  私と名指しされた本人だ。知っていた?

  「奴が復讐を胸に闇の一党に加わった事も知っていたし、造反も知っていた。この旨を聞えし者ウンゴリムに警告する事
  も出来たがそれはしなかった。ほほほ。いかに最高幹部といえど無能者に用はない。奴は無能だった」
  「……」
  「無能は淘汰される悪であり無駄。無意味は嫌いでな。人もモノものぅ」
  「……」
  確かにウンゴリムは雑魚だった。

  でもこの場合、どうなるの?
  つまり最初から私達はこいつの手の上で踊らされていただけか?

  ……。
  ……何て無駄な死を撒き散らしていたんだろう。
  死んだ連中に同情はしないけど、こいつは悪だ。存在していてはいけない奴だ。
  こいつは……。

  「そう、わらわは故意に、自ら組織の存亡を演出した。お前達の憤りは美味であり、お前達の生き死には最高の法悦。そして
  小娘よ、お前はその中で稀有の存在じゃ。お前の彩りし殺意、お前の奏でし断末魔、全てが鮮明に美しいっ!」
  「……」
  「今ここにお前を聞えし者に任命しよう。今後は無能で既に腐っているウンゴリムに代わり、お前がわらわの言葉を聞き、その
  言葉を我が子供達に伝達しこの世界に死を撒き散らせっ! 命ある限り血と肉と死の饗宴は不滅なりっ!」
  「……仰せのままに偉大なる夜母」
  「ほほほ」
  私は恭しく、その場に頭を垂れた。
  一層甲高く哄笑する夜母。
  ……こいつは悪だ。
  存在してはいけない。しかし実際のところ、生きてすらいないこの老女は消せない。
  でも否定する方法はある。
  私は否定する。
  「今後、我ら二人は同じ人生を歩む者同士。わらわの殺意の衝動をお前が実行し、わらわがそれを満たす。なぁにわらわ
  とお前じゃ、同じ殺戮を愛する者としてすぐにでも懇意になろうっ!」
  「夜母」
  「なんじゃ?」
  闇の一党ダークブラザーフッドを。
  幹部集団ブラックハンドを。
  夜母を。
  私は否定する。
  私は……。
  「夜母、私はお前を否定する」
  「なんじゃと?」
  「そしてここに預言しよう。お前は未来永劫、誰にも気付かれる事なく惨めに存在し続ける。嘆き、足掻き、絶望しろ」
  「……小娘、撤回せよ」
  「しない」
  「……ほぉう」
  すぅぅぅぅと眼を細める夜母。
  こちら側からの攻撃は当たらない。反面、向こうもこちらに干渉出来ない。
  「どうやってわらわを消す?」
  「粋がらない事ね、もう肉体もないくせに、ただの残滓のくせに。お前はただの残りカスよ」
  「小娘ぇーっ!」
  「あっちを消せば、あんたの存在は消えるも同じっ!」
  「……っ! アークエン、よけ……っ!」
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  マシウの拷問、私と夜母の会話。
  いずれにしてもアークエンは高みの見物状態だった。夜母にしてもそうだ。
  自分は絶対に消せない、その自信が命取りになった。警告は間に合わず、回避も間に合わず、断末魔すらないままに
  アークエンは電撃に焼かれ、そのまま壁に叩きつけられた。
  確認するまでもない。
  ……自信の一撃だもの、即死よ。
  「夜母、私はお前を否定する」
  「それで小娘、どうするつもりじゃ? わらわは決して滅びる事はないっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  異音が響く。
  頭の中に何かが入ってくるっ!
  「お前の頭の中に恐怖を植え込んでやろう、絶対的な恐怖を知れっ!」
  「ふっ……っ!」
  「ほほほ。その上で壊れたお前の心と魂を食ってやろうっ!」
  「ふっざけるなぁーっ!」
  音が、消えた。
  「な、なんじゃと?」
  「ぜぇぜぇ」
  精神系の攻撃か。
  くだらん技使いやがって。そんなものが私に効くかっ!
  「……弾いた……?」
  「そんなもん効くか。オブリに飛ばされ、生き抜いた恐怖に比べたら……あんたなんて温室の花みたいなもんよ。ああ
  綺麗ってわけじゃないわ、貧弱って事よ。あんたの思い描く恐怖なんて、真の恐怖じゃない」
  「それで、次はお前の攻撃か?」
  「そうなるわね」
  「ほほほ。無益っ!」
  「もちろんそれは知ってるわ。でも言ったでしょ? ……嘆き、足掻き、絶望しろ」
  正直どんなのを想像してた?
  夜母。どんな怪物、どんな神格化された存在。……ふん、笑わせる。こいつはただの影だ。ただの残滓に過ぎない。
  シシスの呪縛で未来永劫この世界に繋がれているただの囚人。
  大好きな殺しの夢を取り上げてやる。
  「マシウ・ベラモント」
  半ば瀕死の狂気の男に声を掛ける。
  瀕死ではあるものの意識はしっかりしているらしく、身動ぎをした。
  「お前の復讐、これでいいわよね?」
  「……?」
  「私は聞えし者の責務を放棄する、夜母の秘密を知るアークエンは死んだ、そして夜母自身はこちら側から干渉出来ない
  変わりに彼女の方からも干渉出来ない。こいつは既に終わったも同義。殺しの夢は取り上げた。唯一の存在理由をね」

  「……く、くく……」
  動かぬ唇を懸命に動かし、ひき付けの様な笑いを口から発した。
  マシウの復讐は成就した。
  ブラックハンドは全滅(私は基本マシウの生涯に関係していないので除外の方向で)したし夜母は死んだも同然。
  満足でしょう?
  充分でしょう?
  せめてもの、私の善意よ。受け取りなさい。

  「ま、待て小娘っ!」
  「何?」
  「わらわから夢を取り上げるのかっ! よせ、やめろっ! 殺しの夢を返せっ!」
  「亡霊は成仏すりゃいいのよ。……あんたはシシスの呪縛でこの世界に縛られ続けるけどね、この先も、この先も」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「単純ばぁか」
  永遠に続く。
  夜母にとって最大の苦痛であり、マシウにとっては最高の復讐だろう。
  私はマシウを見る。
  直視を避けたい姿。アークエンは私と夜母の会話の最中、色々と拷問してた。
  こいつは死ぬ。
  「君に……感謝を……」
  弱々しく彼は呟いた。
  この場には似合わない、満ち足りた優しく無邪気な微笑み。
  そうね。
  彼はこれで満足でしょうね。
  この為だけに今まで生きてきた彼にとって、これで生きた意味を成した。
  この為だけに……。
  「君は美しい。本当に。……背徳と慈愛の混沌、まさに究極の美。……出会い方が違えば、惚れてたかもな……」
  「それ失礼。良い女はどんな状況でも口説きたいものよ?」
  「……ははは」
  「それであんた、どうする?」
  「……ここが私の墓標だ。夜母の嘆きが、子守唄になるさ……」
  「そう。ご勝手に」
  夜母が始めた暗殺劇。
  皮肉な事に、ここから始まりここで終わる。それもある意味で、自分で終わらせたも同じだ。
  妙な過信するから、こんな結末になる。
  本当、皮肉ね。
  「バイバイ、夜母。楽しい夢を見てね」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」











  翌日。
  幸運の老女像は、元の姿に戻っていた。
  夜母の元に通じる扉も消失していた。
  それが何を意味するのか?
  ……考えたくもない。
  聞えし者である私が役割を放棄し、夜母の秘密を知る者達は全て死んだ。幹部集団ブラックハンドは壊滅した。
  夜母はこの世界に干渉する術を失ったも等しい。
  しかしあの女は存在し続ける。
  この先も。
  この先も。
  この先も。
  未来永劫、夜母は存在するのだ。それが闇の神シシスの祝福であり、呪縛なのだ。

  「呆気ないものね」
  まだ熱があるものの、幾分かは楽になった。

  大陸に死と恐怖を蔓延させてきた闇の一党ダークブラザーフッドは壊滅した。
  ……。
  正確にはまだ存在している。
  各地には聖域があり、そこに暗殺者達が集い任務をこなしている。
  だが私が幹部集団ブラックハンドを潰した。
  聞えし者である私は夜母が世界各地から拾い上げた殺意の欠片を、指令を放棄しているので任務はこの先、ない。
  いずれ各地の聖域も任務がなくなり、いずれは干上がって潰れる。
  分裂?
  独立?
  そうね、それもある。
  でも、どの道『闇の一党』としての形の組織はこれでお終い。壊滅する。
  「……とりあえずはね」
  使い古した言葉だろうけど、第二第三の闇の一党が生まれるだろう。
  いつの日か夜母の殺意を煽る声を聞いた者が、再び闇の一党ダークブラザーフッドを再建するに違いない。
  既に殺意と夜母は同じ。
  どこにでも存在し、誰の心にも住まう存在。
  私はそれを否定しない。
  いつか、必ず、またどこかで……。

  まあいいわ。
  その時はその時だ。とりあえず、私の旅は終わった。

  アダマスによる投獄から始まった一連の騒動。
  あの爺は闇の一党壊滅を謳っていた、私を投獄した事により、そこから自身の没落然りだけど闇の一党の最後もまた
  あの時宿命付けられたようなものだから、アダマス・フィリダは闇の一党に祟ったわねぇ。

  旅はお終い。
  もうこれ以上シロディールを駆け巡る必要はどこにもないのだ。

  それでも……。
  「次はどんな冒険追いかけようかな。……ふふふ、楽しみ」
  私の冒険は終わらない。