天使で悪魔
手掛かりを追って
世の中、意外性に満ちているものらしい。
私はそれなりに世故長けた人間だと思っていたけど、まだまだ甘いらしい。
指令状の文面。
なるほど、摩り替えられていた可能性もあったわけか。
……まあ、問題はない。
いずれにしても幹部殺したかったのには違いない。
普通に私も裏切り者だし。
ただ、今のところ私は生き残りの幹部から絶大の信頼を得ている。全てはルシエンの謀略だと。
誰が裏切り者?
そんなのは関係ない、そんなのは後から考えよう。
……全てを死体にしてからね。
アンヴィルに着いたのは夜だった。
私は闇に溶け込む為に黒いローブに身を包み、フードを目深に被っている。
もちろん戦闘も考慮してローブの下は普通に鉄の鎧を着込んでいる。
シャドウメアは本当に駿馬。
不死ゆえか基本的に休息を必要としない。
ブラヴィルから私は一気にアンヴィルまで急行した、ノンストップで。
「ルシエン、今頃震えてるかな?」
ニヤデレ顔を維持出来ずにガクブルしているルシエンに同情する。
追われる者の心理、お楽しみいただいていますか?
人生は悲劇の連続。
……本当、人事ながら同情する。
夜母の指示を仰ぐ事の出来る唯一の人物、闇の一党の最高幹部『聞えし者』が死に、『伝えし者』『奪いし者』達幹部
の数は半減。既に組織として機能していない。
叩くなら混乱状態の今しかない。
……本当、好都合。
次の指令状の隠し場所である、女性の像がある池に到着。
「人魚ねぇ」
上半身は女性で下半身は……魚……かなぁ?
海性哺乳類の類だと思うけど、もちろん私は専門家ではない。こういう魚がいるのかもしれない。
まあいい。
池の側、像の側には樽がある。
調べてみると……空。
指令状と報酬を隠す前に私が来たわけか。
ふぅん。
意外にラッキーかもしれないわね。この場で裏切り者が分かるならそれはそれでいい。
むしろ望ましい。
裏切り者を殺し……出来れば生け捕りにして、ルシエンの前に引き立てよう。
組織存亡の危機を救うわけだから、夜母も私を誉める為に出張ってくる可能性もある。合法的に接触出来るだろうし、
そしたらこっちのものだ。
夜母を殺す、ルシエンを殺す、残りの幹部も殺す。
うん、万々歳じゃないの。
ルシエンではなく、真の裏切り者に踊らされていたのは気に食わないけど……お陰で手早く幹部度も始末できたし、お陰さま
で夜母も残りの幹部も始末出来る機会に恵まれた。
ツキは私にある。
ツキは……。
「……」
像の陰に隠れる。
今宵は満月はないし、鎧の上に纏っている黒衣のローブ、そしてフードが私を闇に同化している。
沈黙。
その後に訪れる、静寂を破る足音。
忍び足、とは言いがたい素人臭い歩き方。
……なるほど。
……裏切り者、なかなか用意周到ね。自分から指令状と報酬隠す事はしないか。
ガサガサ。
樽に何かを隠しているのは、ボズマーの若い男性。……いや、少年かな?
生意気そうな、まあ普通の少年だ。
この時分の少年は生意気でないとおかしい。
さて。
「誰に頼まれた?」
「ひっ!」
闇から這い出た、闇を引き剥がして現れ、喉元に短剣を突きつけられ小さく悲鳴を上げるボズマー。
押し殺した声で私は囁く。
「騒ぐと殺す嘘をつけば殺す沈黙しても殺す」
「……わ、分かったよ……」
「樽に入れた指令状を出せ」
「……は、はい……」
ガサガサ。
背後で短剣を突きつける女性……私の事だけど……私の持つ短剣に意識と視線を集中させながらも、少年は樽から指令状
の入った封筒を取り出す。一瞬拘束を解き、左手で指令状を奪い、再び押さえつける。
まだ聞きたい事がある。
「名前は?」
「……エネロス」
「私に殺されても仕方ない事してる?」
「か、鍛冶屋で住み込みしてます」
「ふぅん。……じゃあ誰かに頼まれた? それは誰?」
「く、黒いローブを着た奴に頼まれたんだ。フードを被ってて顔が分からなかった嘘じゃないっ! 小遣いやるから言う事
聞けって、ただそれだけなんだっ! そ、そいつは灯台に住んでるんだ、でも街を離れるって……っ!」
「……」
少なくとも嘘は言ってないだろう。
……血の匂いがしない。
体に染み付いた血の匂いがしない。少なくともこいつは暗殺者ではない。
「他には?」
「ウルフガー・フォグ=アイという灯台守が知ってる、僕に頼んだ男はその灯台の地下に住んでるんだっ! だから彼が、
ウルフガーが何か知ってるはずだっ!」
「……」
「た、ただ気をつけた方がいいと思うな。そのローブの男の地下室に入った事はないけど、何か肉が腐ったような臭いがしたし、
危なそうな奴だったんだ。し、知ってるのはそれだけだ、見逃してくれよっ!」
「……」
これ以上は無意味か。
本当にこいつはただの使い。
それに街を離れる云々なら……急いで現場に行った方がいいか。
耳元で囁く。
「長生きしたいならうまい話には乗らない事ね」
「は、はい」
「樽に入れた報酬は貴方に上げるわ。……だからこの事、他言無用よ」
「は、はい」
「じゃあね、ボク」
アンヴィル港。
西の海路の玄関口。ここで降ろされる物資は街道を東に運ばれ、クヴァッチ、スキングラードを潤していく。
巨大な灯台が港と街を見下ろしている。
それは城よりも高く聳え立っている。
「ハイ」
「……っ!」
灯台守は私室で眠っていた。
時刻は深夜だ。
眠っていても何もおかしくない。私は漆黒のフードを目深に被り、ローブに身を包んだまま。
泥棒?
……。
私なら暗殺者と認識するわね。
どちらにしてもお近づきにはなりたくないでしょうけど。
「動くな」
「……」
男は、初老の灯台守はベッドに転がりながら頷いた。
柄に手を掛けたまま、私は一歩、一歩と下がる。
「座れ」
「……」
コクン。
頷き、怯えながら身起こして座る。わざわざ私が下がったのは、間合いを保つ為だ。
座り直した途端、襲ってくる可能性もあった為に下がった。
「結構。……地下室の鍵を出してもらおう」
「な、何で?」
「夜母の意思だ」
「ダ、ダークブラザーフッドっ!」
夜母=闇の一党ダークブラザーフッド。
世間一般にはこの方程式で浸透している。色々と物騒な噂を尾鰭につけてね。
彼は座ったまま、手近にあった箪笥に手を伸ばして鍵を取り出し、私に手渡した。恐怖だけではない。
どこか安堵感もある。
……何故?
「随分と素直ね」
「あ、あんたが闇の一党の殺し屋で、あの地下室の男を始末してくれるなら願ったり叶ったりだよっ! 邪魔なんてしない、
衛兵にも言わない、もしよければ手伝ってもいい。そ、それだけ気味の悪い奴なんだっ!」
「……へぇ」
「あんな奴に部屋なんて貸すんじゃなかったっ! 何してるのか知らないが絶対まともじゃないっ! 悲鳴とか呻き声とか
するし肉の腐った臭いもするんだ。始末に来たなら大歓迎だ、喜んであんたを称え迎えるよっ!」
「……」
また腐臭、それも肉の……。
なかなか物騒な奴みたいね。地下で肉の解体でもしてるのかしら?
……何の肉かは口にしたくもないけど。
私はフードを目深に被っている。
顔の判別は出来てないはず。今後は一市民として生きるから顔を覚えられると面倒。
押し殺した声のまま私は彼に言う。
「安心しろ。お前の憂い、始末してくる」
いずれにしても幹部は皆殺しする基本方針に違いはない。
嘘はついてない。
……たまには私も人様の心を満たす良い事をしなくちゃねぇ。
地下室の扉の前。
しばらく灯台の外で見ていたものの、ウルフガーは外に出てくる気配はない。
通報する気はないらしい。
「感心ね」
そうでなければこのご時世、あの歳まで生きられないだろう。
世渡り上手、感心ね。
地下室の扉は、灯台の外にある。
「確かに臭い凄いわね」
腐臭がする。
私は鍵穴に鍵を差し、開く。
途端、臭いが解放され腐臭をぶちまける。……なるほど、まともな奴ではないわね。
人だ。
他にも混じってるかもしれないけど……人の腐った臭いだ。
鼻が曲がりそうになるけど……。
「……懐かしい」
ふふふ。
私も充分に怪しい。
でも一応、弁解させてもらうと私に責任はないと思うけど。
両親が賊に殺され、その後は親戚にたらい回し。最終的には死霊術師のレイリン叔母さんに預けられた。
その際に宛がわれた子供部屋が、死体の貯蔵庫だったわけ。
地下室に下りる。
「……」
そこは、叔母さんの死体の貯蔵庫よりも酷い。
人間、ヒツジ、犬、様々な死体が散乱していた。散乱、というのはバラバラにされ肉片になってる、という意味だ。
まともじゃない。
まともじゃ……。
「……」
ついさっきまでいたのか、ロウソクにはまだ明かりが灯っている。
それともまだいるのか?
半ば腐った女性の遺体、誰だろう?
「……常軌を逸してる」
この部屋の借り主は、死霊術師よりも酷い。
……いや。死霊術師がまともとは言わない。あの連中も外道。しかし、まだ理由がある。目的がある。
死霊術師はリッチになる事、不老不死になる事。その為に死体を弄る。
だがここの借り主は違う。
無目的に切り刻んで愉悦している。
少なくとも、歪んだ欲求……死霊術師もそこは変わらないものの……少なくとも、あの連中にもここの主は劣る。
錯乱。
狂気。
憎悪。
怨嗟。
……あまり精神的によろしくない思念が満ちている気がする。
そうそうに裏切り者である証拠か何かを探すとしよう。
ここにはあまりいたくない。
奥へと通じる扉を開こうとすると、鍵が掛かっている。ウルフガーの鍵でも……開かない。別の鍵か。
しかし老人がくれたのは一本の鍵のみ。
「盗賊王の極意」
開錠の魔法。
どんな鍵でも……ああ、じゃあ別に鍵もらう必要はなかった気が……まあ、いい。
開けると同時に半狂乱になった狂犬が襲い掛かってくる。
……。
闇の一党潰そうとしてる女が犬に負けるはずもない。
可哀想だけど一刀の元に屠った。
ここも死と血と肉と骨に彩られていた。
……レイリン叔母さんもここまで酷くなかったわね。ここまで無意味に死を撒き散らしてなかった。
まあ、理由があればいいとは言わないけど。
私は人を殺す。
でも……少なくとも、ここの主はまた別次元にいると思う。
世間一般ではどちらも忌み嫌われるけど、この部屋の主の精神構造は人の範疇を超えている。
壊れている。
テーブルがある。おそらく、エネロスに指令状と報酬隠すように指示してからこの部屋の主、裏切り者はアンヴィルを
離れたのだろう。そしてまた戻ってくるつもりなのだ。
何故なら大切なものが置かれているから。
「……狂ってる……」
銀のお皿の上には女性の生首があった。
昨日今日飾られたものではない。干乾びた、女性の首。首の飾られた皿の周りには火を灯したロウソクが無数に立て
られてある。テーブルの前には椅子。
想像するのもおぞましいけど、裏切り者は椅子に座って首と話をする習慣があるのだろう。
身震いがする。
……人として、絶対に慣れてはいけない感性が私には存在している。
……狂気に怯える心が私にはある。
……よかった。私はこの部屋の主より、まともだ。
ふと気付く。
椅子の上には一冊の本。それは日記だった。
それも血で彩られた、狂気の日記。
死体の使い道の一つが、血のインクというわけか。これがまともな行為なら、世界はとっくに滅びてる。
裏切り者は心が完全にまともじゃない。
おそらく世間では暗殺者と同じように忌み嫌うんだろうけど……私はそこに異議を唱えたい。
こいつの所業は暗殺者ですら恐れる。
ルシエンはまだまともだ。
私が殺してきた幹部もまともだった、今私の家で暮らしてる家族達もまとも。
死霊術師の感性もまだ理解出来るけど……こいつは……。
「……」
私は無言で炎の魔法、煉獄を放つ。
ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
裏切り者かどうかなんてどうでもいい。
ただこの場にいる事が不愉快で、ただこの場所がおぞましいだけ。
炎は地下室を焼いていく。
灯台に登り、最上層で私は日記を開いた。
今、人が怖い。
あの惨状を見た後だと……裏切り者の顔が分からない以上、人に会うといつ襲われるか分からない恐怖が私の心
を駆け巡っている。
この場所なら問題ない。唯一の出入り口さえ見張っていれば、襲われる事はない。
日記は、完全に狂っている事を示していた。
精神的によくないな、これ。
……。
何よ、ルシエンなんてまだ可愛いタイプの暗殺者じゃない。
日記を読みながら私はそう考えていた。
『大丈夫だよ母さん。もうすぐ終わるから。もうすぐ。
本当にもうすぐなんだ。どれだけ長く苦しんだんだろう?
どれだけ待ったんだろう?
長すぎたよね。
でももうすぐ本当に終わりだ。約束するよ』
『アイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロス
アイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロス
アイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロス
アイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロスアイツコロス』
『ママがよこになってるとやみの人がきてママをしなせてしまうパパの手は赤くなってる。
ぼくらのじんせいをころしたつみだ』
『大嫌いだ嘘ばかり見せ掛けばかりっ!
シシスも戒律も知った事かっ!
一体いつまで奴らに従わなきゃいけないんだ、いつになったらチャンスが来るんだっ!
昨日、ルシエン・ラシャンスに会ったよ。
オチーヴァと話す為に聖域に来ていたんだ。すぐそこに奴がいたんだっ!
心臓が脈打つよりも早く奴を殺す事が出来たんだっ!
ああ、母さん。
あんなに自分を抑えるのが大変だった事はないよ。
皮肉だけど闇の一党の戒律と規律のお陰で自分を抑えられたんだ。僕は長い間連中の家族であり続けて
いるからね。だから嫌でも戒律が身に付いているんだ。
オチーヴァ達は僕が信頼出来る家族だと思ってる。ルシエンも僕を信頼している。
いいとも、その信頼に応えて、その信頼を利用して上に行ってやる。
そして夜母の首を引き千切ってやるっ!
……もちろん僕の母さんを奪ったルシエンにも特別なおもてなしを考えてあるよ』
『ちくしょうっ!
マリアは本当に美しい娘だったんだ、なのになんでこんな事になったんだっ!
あの娘はどうして闇の一党の家族が、実は本当には愛していない事を気付かなかったんだろう?
彼女とならうまくやっていけると思ったのにっ!
彼女も僕を愛していると言ったのにっ!
本当の愛で結ばれた、本当の家族になれると信じてたのに彼女は僕を裏切ったんだっ!
母さんを否定したんだっ!
貴方は病気よ、一緒にシロディールを離れて二人で逃げましょう……ふざけるなっ!
消えてもらったよ、この世から永遠に。
母さんの悪口言ったんだ、母さんを否定したんだ、生きてる方がおかしいだろう?
あんな女に母さんを紹介するんじゃなかった。
ごめん、本当にごめん。
もう二度とあんな真似しないし、マリアの存在も痕跡も何一つ残してない。
だから安心して』
『クサキニネソベッテアリヲミテイルノガスキダボクモアリニナッテツチノナカノメイロニハイレタラキショクワルイ
ヤツラノクラヤミカラノガレルタメニミンナコロスヒトヲコロスアリヲコロスゼンブコロス』
『やったよ母さんっ!
皆殺してやった、皆殺してアンデッドにしてやったっ!
奴らは船乗りで、灯台の爺に話があって来たんだ。僕の姿を見た時、そのまま通り過ぎる事も出来たんだ。
でも連中は愚かにも僕を笑った。笑ったんだよ母さんっ!
おかしな奴だ、灯台の地下に暮らすなんてまるでお前はヒトネズミじゃないか。
……。
連中は知らなかったんだよ、誰に口を利いてるのかをね。
だから船に乗り込んで全員殺してやった。
船長は土下座して命乞いしたから、優しく一センチずつ体を切り刻んでやった。最後は発狂して死んだよっ!
僕の呪いで今も亡霊として船に縛られてる。
だからサーペント・ウェイク号は、今ではアンヴィルの亡霊船と呼ばれているのさ』
『素晴しい知らせがあるんだ母さんっ!
とうとう出世したよ、奪いし者になったんだっ!
ルシエンが聖域にやって来て、別の伝えし者の奪いし者に僕を推薦してくれた。
ハハハっ!
ルシエンは僕に夜母の暗殺を請け負わせたのにも等しいっ!
夜母の正体を突き止めて、心臓を抉り出してやるっ!
……。
ママどこに行ったの?
ママ、またキスして欲しいよ。闇が怖いよ』
『父さんが祈ったらフードの男が来てママは僕をベッドの下に隠して隠れているとママの首が床に落ちてその眼と
僕の眼が合って僕は闇の一党に思い知らせてやるんだ家族を奪った報いを与えてやるんだママの首を落としたように
連中のママを奪ってやるんだでもその前にノウノウト肥え太ってイビキをかいているパパの心臓を抉っていつかは
ルシエンを殺して祝って歌って踊ろう』
『ミドリアオアカダイダイキイロミドリキイロミドリアカアカダイダイミドリアオアカキイロシロミドリクロくろくろくろくろっ!』
『迂闊だったっ!
あまりにも軽率だった。馬鹿なブランシャールを始末した場面を見られたっ!
幸いフードも被ってたし誰かまでは判別していないけど、ブラックハンドが騒いでいるっ!
裏切り者がいるんじゃないかって、騒いでるっ!
自分ではこの先、動けない。何とかしなきゃいけない』
『雪に寝そべって腕を組んで死を待ちたい』
『黒の派閥と名乗る連中が接触してきた。
マリオネット技術と引き換えに復讐を手伝うと申し入れてきた。
ルシエンの行動を監視してくれると。
利用できるかもしれない』
『摩り替えてやったっ!
黒の派閥の援助で、ルシエンの指令状を摩り替えてやったっ!
これでルシエンの奪いし者は、僕と母さんの為に幹部を殺し続けてくれるだろう。
ブラックハンドの会合の際に最近必ずルシエンの奪いし者の話題が出る。
何でもその女は実に意欲的な奴であんなにも冷酷で有能な暗殺者は闇の一党始まって以来らしい。
実に結構っ!
その腕を生かして幹部を1人殺し、また1人殺し、次から次にと殺し続けるだろう。
そして組織再建の為に生き残った幹部達が古来からの儀式に則って夜母に助言を求めるに違いない。
その日が来たら僕は夜母の腐った心臓にナイフを突き立てて殺してやるっ!
ぬしはスンャシラ・ンエシル』
「……」
危うかった。
私も普通に浄化の儀式を実行していたら、この裏切り者と同じ末路になってた。
同じ狂気に落ちていただろう。
私は土壇場で踏み止まった。家族を逃がした。
だからまともでいられた。
でもこいつは……。
「……」
そもそもこいつに罪はない。
人生狂わせたのはルシエンだ。
依頼したのは父親。
……救われないわね。
むろん私も殺しを撒き散らしてきた。その結果裏切り者のように心を狂わせた者もいるだろう。
自分を善人とは言わない、私は悪人だ。
「……行こうか」
意外な感じで終焉は訪れる事になりそうだ。
少なくともこのような結末の迎え方は想像していなかった。私は行かなければならない。
それがこんな訳の分からない復讐に巻き込まれた、私の責任なのだ。
……終わらせよう、全てを……。
アップルウォッチ農場。
農場、と言ってもそれほどの規模ではない。別の聖域での任務で今現在は無人になっているらしく、ルシエンは隠れ
場所は絶好だと判断してしたとともに逃げ隠れている。
……そうかな?
私なら街中に隠れる。
こんな辺鄙で人気のない場所は、殺してくれと言ってるようなものだ。
まあいい。
「……」
私は異変に気付いていた。
人が倒れている。
ルシエンが従えていた、暗殺者達だ。皆、首を掻っ切られている。
刺客に先を越されたか。
しかしルシエンの姿はない。
「ここで待ってて」
シャドウメアはある意味でシロディールを今日一日で半周ほどしている、それほどの距離を走っている。
後で労おう。
建物に入ると、血の臭いが充満していた。
「ああ、ようやく来ましたね」
長身の女が出迎えた。
アルトマーの、女性。黒衣のローブとフード。
他にも三名いた。全員がブラックハンド。生き残りの幹部全てだ。しかしルシエンがいない。
あのニヤデレ、どこにいる?
逃げたのだろうか?
「貴女、夜母?」
立ち位置からしてここの最高幹部に位置するであろう、アルトマーにそう問い質す。
「私が? ほほほ、あの尊いお方と間違えられるなんて光栄ね。でも間違いよ、私はアークエン。伝えし者」
「私は……」
「知っていますよ、フィッツガルド・エメラルダ」
「……ルシエンは……?」
「そこにいますよ」
「……あっ……」
後ろ手に縛られ、裸にされ、逆さにロープで縛られている、人間の成れの果てがあった。
あれがルシエン?
頭皮ごと髪は抜かれ、両目は抉られ、鼻は削がれ、歯が一本もない。歯茎ごと、ない。
性器は切り取られ、内臓は引きずり出されていた。
……どの時点で死んだかは知らないけど……これが、ルシエン……?
人間、ここまで残酷になれるものか。
だとすると、私はまだまだ修行が足りないらしい。でも、どこか安心していた。
私はまだ、まともだ。
「さてフィッツガルド・エメラルダ。あなたの判決に移りましょうか」
アークエンは妖艶に微笑んだ。
……邪悪な笑みを……。