天使で悪魔





死にゆく君に口づけを






  物事は転々とし、物事は変化を続ける。
  ルシエンの造反。
  私はそれに気付かない振りをして、指示通りにブラックハンドの面々を始末してきた。
  残りは何人?
  私の自由の為に、家族の自由の為に連中を殺そう。
  しかし物事は簡単には行かないものらしい。
  運命か?
  これも運命か?

  事態はさらに混乱を極めていく。
  もしもこれが運命なら、神様がいるのであれば。
  ……暇なのね、神様は。
  ……混乱極めた現状を楽しもうだなんて、悪趣味。
  だから私は神様も運命も、嫌いなのよ。

  さあ。
  始めましょうか、最後の仕上げを始めるとしましょう。








  殺し続ける。
  命じられるままに、私はブラックハンドのメンバーを次々と殺し続ける。

  そこはいい。
  ……ただ……。
  「あぅぅぅぅ、寒いぃ」
  焚き火に当たりながら、体を乾かす。
  夜はさすがに冷えますなぁ。
  しかも外だし。
  木の枝を放り込むと、火が爆ぜる音。
  ……あー、暖かいなぁ……。
  鎧は脱ぎ、服も脱ぎ、私は毛布に包まって焚き火に当たっている。

  別に盗賊に鞍替えして野営しているわけではない。
  ……。
  まあ、盗賊や死霊術師、吸血鬼に相手にそれと同様の事はしてるけど。連中の資産を没収してます。

  さて。
  「あのニヤデレめぇー」
  くしゅん。
  可愛らしく、くしゃみ。
  風邪ひいたらどうしてくれるんだ。指令状と報酬隠す場所、かなり嫌がらせの類よね。
  ……これ職場のイジメ?

  以前まで勤めてた職場(シェイディンハル聖域を指す)では女性社員にセクハラされるし、今ではルシエン部長の補佐として
  各地を飛び回ってるけど大分サービス残業あるし、労働法に違反してない?
  「くしゅんっ!」
  あー、寒い。
  今回の指令状の隠し場所は、アイレイドの遺跡。名称はノルナル。名前だけは知ってた。
  アイレイドの遺跡は魔術師ギルドの管轄にある。

  いや、所有権はない。
  ただ遺跡の発掘と調査の関係上、魔術師ギルドの考古学専門の学者達が潜ったりもしてる。
  まあ、そこはいい。
  ともかく今回の指令状はノルナル内部の、水没した一画にあった。
  ……あいつ、何考えてる?
  ルシエンも隠すに当たって水に潜ったんだろうけど……もっと場所選べって。
  友達出来ないわよ、そんな性格だと。

  「くしゅんっ!」
  報酬は今まで同様に金貨500枚。
  幹部の面々殺して、生活費も手に入る……まさに一石二鳥。
  これで当分は働かなくても生きてける。
  指令状は濡れていない。防水の袋……何の皮の袋かは知らないけど、それに包まれていた為に濡れてはいない。
  濡れて読めませんでした、という状態にならない程度の頭はルシエンにはあるらしい。
  さて、指令状読むとしますか。



  『よくやったっ!
  お前の働きは賞賛に値する。あのノルドは人間の屑、ケダモノだ。死んで当然の野蛮人だっ!
  だがまだ満足してはならない、殺し続けろっ!
  さて、次の標的はボズマー。
  名はウンゴリム。ブラヴィルに住んでいる。
  君は幸運の老女像を知っているかな?
  その名の通り幸運を象徴する像で、住人や観光客はありがたがって崇拝している。
  ウンゴリムは毎日その像の元で願っている。
  奴は既婚の女性に横恋慕しており、粘着的な性質も手伝い、女性の夫は何か起こる前に何とかしないといけない
  という危惧から我々の出番となった。

  だが注意せよ。
  ウンゴリムは弓の達人として知られている。気を抜けばお前の心臓は射抜かれているだろう。
  あと、ブルーマのジュガスタを覚えているか?
  奴同様に衛兵を抱きこんでいる。
  よっぽどの事がない限り衛兵は介入してこない、見て見ぬ振りするだろう。
  失敗は許さないっ!
  ウンゴリムを始末したらアンヴィルに飛べ。
  人魚のような奇妙な像がある池を知っているか?
  その近くに樽がある。
  次の任務の指令状と今回の報酬が入っている』



  ウンゴリム?
  ……。
  ああ、あいつか。
  偶然とは怖いわね。この間グッドねぇに聞いた名前だ。
  ブラヴィルの観光名所である『幸運の老女像』に跪いて何か祈ってるボズマー。
  あいつが標的。
  つまり……。
  「あいつも幹部なわけか、闇の一党の」
  世の中意外性に満ちているものらしい。
  闇の一党ダークブラザーフッドの幹部であるブラックハンド、そのメンバーが普通の住人然として生きている。
  ……。
  ふと思う。
  私も幹部じゃん、ブラックハンドの奪いし者。
  ふむ、人の事は言えないか。
  「くしゅんっ!」
  うー、さぶぅ。
  闇の一党は病欠許されないもんなぁ。何世紀前の職場の規律なのよ、まったく。

  指令状は、ここ最近の通例通りテンション居様に高い。
  とうとうルシエンの頭は腐ったらしい。
  「どこまで幹部なのかな?」
  指令状のテンション変わってから、幹部の面々だろうか?

  ……そうかもしれない。
  あのカジートのジュガスタから闇の一党の幹部だろう、おそらくは。

  まあ、いいわ。
  「寝よ」
  くしゅんっ!
  マジで風邪ひくけど、まだ乾いてない服を着て街に行くほどの気力もない。
  毛布に包まり、私は眠りについた。







  「くしゅんっ!」
  ……ちくしょう。
  ……本気で風邪ひいたじゃないの。体が妙に火照る。
  場所はブラヴィル。
  最近来たばかりだけど、ここが今回の暗殺場所。
  幸運の老女像の前に、恭しく跪くボズマーがいる。今回はただの変な奴と認識はしていない。
  標的として認識している。
  しかしあれは何をしているんだ?
  この間まではただの変な奴だからそれで済んだし、それ以上追求しようとは思わなかったけど闇の一党のブラックハンド
  の一人だと分かった異常、あの行為は気になる。

  何かの儀式だろうか?
  でも、何の?
  「くしゅんっ!」
  私の腰には魔法剣。属性は雷。
  ただ以前までの材質とは違う。この間のノルドに折られた愛用の剣は銀製だったけど、これは鋼鉄製。
  そもそも手製のものではなく、武器屋で購入した間に合わせのもの。
  アルケイン大学に寄る暇がなかったのだ。
  ……。
  この剣、高い割には雷の属性が弱いけど……まあ仕方ない。
  それにここ最近はかなりリッチだから、さほど金貨が惜しいとは思わない。
  成金?
  ほほほ、セレブと呼んでよろしくてよー♪

  ほほほー♪
  「うー、悪寒がする」

  ブルブルと小刻みに体を震わせながら、私は物陰に潜んで機会を窺う。
  ウンゴリム、襲われるのを知っているらしい。
  ……。
  いや、厳密に言えば幹部が襲われているのを知っているのだろう。
  襲撃がいつ自分の身に降り掛かっても対処できるように背には弓矢。迂闊に動くと矢で射抜かれるだろう。

  熟練した狩人は恐ろしい。
  ……間合いさえ詰めれば問題ではないけど。
  それに指令状の通り、見回りの衛兵達はこの区画を無視しているのか、警備に隙がありまくり。
  戦闘になっても知らぬ存ぜぬか。
  実際そんな事が起き得るのか不明だけど……邪魔が入らないなら特に文句はない。

  さて。
  「狩るか」

  何食わぬ顔して近づく。
  剣を柄に……掛けたらばれるから、普通に歩く。
  鉄の鎧を着込み、剣を腰に差す。
  別に物騒でも何でもない。昨今の状況考えると、街道歩くにもこの格好ではまだ警戒足りないぐらいだ。
  「くしゅんっ!」
  「……」
  ウンゴリムが振り返る。

  ……ああ、指令状は嘘か。
  こいつの眼に宿るモノは素人に出せるモノじゃない。殺意、それも殺しに慣れた暗殺者の眼だ。
  とてもじゃないけど横恋慕してるに軟派ヤローではない。
  仮にそうだとしても神頼みするタイプじゃないわね。旦那殺して奥さんを力尽くでモノにするでしょうよ。

  「うー、さぶぅ」
  幸運の老女像に、私は祈る振りをしてウンゴリムの横に立つ。

  斬り殺す間合いを保つ。
  「幸運の老女様、どうか私にお力を」
  ちらりとウンゴリムを視界に捕える。
  向こうは向こうで警戒している。最近の幹部殺しを意識しているのだろうか?
  「幸運の老女様、闇の一党の幹部を殺すお力を」
  「ブレトンっ!」
  抜き様に相手を斬って捨てる。
  しかし向こうも腕こそ振るえなかったものの弓矢の達人は偽りではないらしい。矢をつがえた。
  ドサリ。
  そのまま崩れ落ちるボズマー。
  ……。
  言ったでしょ、腕こそ『振るえなかったものの』ってね。

  剣を抜いて斬ると、矢をつがえて放つ。
  動作の数が違いすぎる。
  間合いさえあれば向こうに利があったものの、私の間合いに入ったウンゴリムに勝機などあるはずがない。

  明確な殺意持つ者の方が強いに決まってる。
  つまり、私だ。
  敵ではないかと疑問持ってるウンゴリムに勝てるチャンスはありえなかったわけだ。
  任務終了。
  「さて、次に……」
  ……えっ?

  ヴゥン。
  背景が歪む、人型に歪む。
  背景に溶け込んでいる……透明化の魔法っ!
  そして……。
  「くそっ! 駄目か! 間に合うと思ったのだが……くそぅ、遅かったかっ!」
  「はっ?」
  現れたのは伝えし者であり私の直属の上司であるルシエン・ラシャンス。
  いつにもなく激しい形相。

  気配が周囲に現れる、包囲されている……いや、包囲というほどの数ではないか。数は6名。
  黒い皮の鎧。
  闇の一党ダークブラザーフッド専用の、皮鎧だ。
  ルシエンの手下か。
  「ハイ、ルシエン。初めて貴方の素顔が見れたわ。いつもは汚い笑顔で素顔隠してたもんね」
  「……貴様、気は確かか?」

  「……?」
  「何故だっ! 何故裏切る、何がお前を裏切りに駆り立てたっ! 一体何故っ!」
  「……」
  意味が分からない。
  意味が分からないけど、裏切る理由は一杯あるでしょうよ。
  そもそも家族を殺せと言わなければ私もここまでする気はなかったわ。
  理由はたくさんあると思うけど、自覚してなかったらしい。
  理想の上司とでも思ってたのか?
  ……何という自意識過剰な奴。

  殺意が膨れ上がる。
  「お前の惨めな人生に幕を下ろしてやろうっ!」
  「へー、それ面白い冗談ね」
  ルシエンの殺意が膨れ上がると同時に、手下どもが短剣を抜く。
  ここで全面対決?
  ルシエンの怒りが意味不明ではあるものの、こいつもまた幹部の1人。ここで消しても何の問題もない。
  周囲の状況に目を光らせる。
  暗殺者といえど正面切って戦えば怖くない。
  忍んで殺すが前提の連中だからガチンコ勝負ならそれほど怖い相手ではないのだ。
  ……。
  まあ、ゴグロンみたいなのは例外。
  あれは戦士ギルドか闘技場に就職予定なのを間違えたような奴だから。
  さて。

  「殺し合い、始めてみる?」
  「……しかし、お前の瞳には混乱も見えるな、お前は何も分かっていない。……違うか?」
  「はっ?」
  私が本気と分かると戦闘を回避するつもりらしい。

  根性なしめ。
  ……。
  でもまあ、その方がいいか。
  ここでこいつ殺すと他の幹部の居場所が分からなくなる。情報源としてまだ利用価値があるもの。

  まだ利用価値がある。
  「お前は奪いし者として任務を続けてきた。死霊術師セレデイン、グレイプリンス、指令通り殺し続けてきた」
  「ええ。それで?」
  「だがその後だっ! お前は指令状の隠し場所に来なくなり、裏切りを始めたっ! 私を欺き続けたっ! 私が指示した
  標的は無視され、お前はブラックハンドのメンバーを殺し続けたっ!」

  「人生は悲劇の連続ね」
  「お前は自分のした事の意味をまるで分かってないっ! ブラックハンドの伝えし者と奪いし者を殺したのだぞっ! そ、それ
  に今お前が殺したのは聞えし者だっ! お前はまるで事の重要性を分かっておらんっ!」
  「らっきぃー♪」
  本気でブラックハンドの面々だったらしい。そこはいい。
  しかしルシエンはそれを関知していない?
  そうなると話が変わってくる。
  じゃあ指令状は誰が?
  ……私は誰の指示で動いてた……?
  ……何それ、気に食わないなぁ。
  「生き残りの幹部達はお前に罪がないと認識している、お前は指示に従ったただけだと、利用されてるだけだと。れ、連中は
  私が裏切ったと思ってる、私が組織を乗っ取る為だとっ!」

  「……」
  「私ではない、そしてお前でもない……分かるか、裏切り者は指令状を摩り替えたんだっ! 我々は利用されたのだっ!」
  「……」
  そこが気に食わない。
  私が利用された、この私が……ちっ、腹が立つ。
  踊ってやってる気で、自発的に利用されている振りをしてやったのに……誰かも知らない奴に本気で利用され、踊らされている
  とは正直片腹痛い。ルシエン同様私も踊らされていた。

  ……ちくしょう。
  「裏切り者は誰?」
  「裏切り者が誰かを探らねばならん。だが私は身動きが取れない、生き残りの幹部達は私に刺客を差し向けている、私は
  終始追われているのだっ! ファラガット砦も襲われた、私には安全な場所がないっ!」

  「そりゃ大変ね」
  「ブルーマ近隣にある農場に身を隠す。アップルウォッチと呼ばれる農場だ。クヴァッチ聖域の任務の際に持ち主の老婆は
  死んでいる、今は無人だからそこに身を隠す。裏切り者の正体が分かったらそこに来いっ!」
  ……。
  完全にテンパってる。迫真の演技ね。
  えっ、本気で怯えてる?
  なんだ、いつもの芝居掛かった動作の延長かと思ったわ。
  ルシエンは天を仰ぐ。
  「シシスよ、夜母よっ! ど、どうか私をお救いくださいっ!」

  まるで逃げるように……まあ、逃げてるんだけど、泣くように叫びながら部下を引き連れて立ち去る。
  あのニヤデレ男、完全に追い込まれてる。

  ……まあ、いい。
  どっちにしても私が追い込むつもりだったから、意味は同じだけど。
  ただ問題は、私すらも利用された事かな。
  「……」
  さすがに衛兵達が騒ぎ始めている。
  そもそも買収されたら見て見ぬ振り……結局は俗物か。衛兵といえど、人間か。
  立ち去るとしよう。
  しかし……。
  「気に入らないなぁ」
  私すら利用する?
  この私を……気に食わない、大いに不満です。
  ルシエンが二度とニヤデレ出来なくなったのは嬉しい限りだけど、利用されるのは気に食わない。
  とりあえずはまだルシエンの為に働いてあげよう。
  とりあえずは……。
  「アンヴィルに行くとしますか」

  夜母の意思を聞く事の出来る『聞えし者』は死んだ。
  さらに『伝えし者』『奪いし者』も含めて幹部は半分は死んでいる。

  ……しかしルシエンは裏切り者ではなく、本当の裏切り者に利用されていただけ。
  背後にいるのは誰?
  楽しいじゃないの。
  少なくともルシエンの人生は終わったも同然。奴は追われている、生き残りの幹部が奴を追い詰めている。
  私は無実扱いらしい。結構な事ね。
  ルシエンを思いやる。
  「人生は悲劇の連続ね」