天使で悪魔





極寒の眠り




  また1人、ブラックハンドは地に落ちた。
  残りの幹部は何人?
  加速度的に崩壊を続ける闇の一党ダークブラザーフッド。
  私の思惑と、ルシエンの思惑が今は重なっている。
  ……今はね。
  望む結末は違うだろうけど……そこは問題ではない。
  要は今望む事が同じなら、進む道が一緒なら特に支障はないのだ。
  ルシエンの目的?
  ルシエンの野心?
  さあ?
  私には関係ない。
  私がしたいのは、奴と同じなのはその過程だけ。幹部を殺し続ける、ただそれだけだ。
  全ての人間の意志を同じにするなんて無理。
  人はそれぞれ違う生き物だから。
  だから結末が異なっても特におかしくはないでしょう?
  ……まあ、最後は私の結末にルシエン君も合わせてもらいますけどねぇ。






  毎度恒例の指令状を読むとしよう。
  既に指令状の隠し場所、完璧にランダム。統一性は何もない。
  ある時は井戸の中、ある時は街中、ある時は棺桶の中?
  ……。
  他人に見せない、つまり私以外に見つからない場所に隠した方がいいと思うけど。
  今回は空洞になってる切り株の中だ。
  それも帝都の一番活気が良い商業地区。
  既に意味不明。
  「はぁ」
  まあいいけどね。
  直にこの世からオサラバするルシエン君の思考を理解しようとは思わないし、どうでもいい。
  私は切り株から離れ、タロス地区に行く。
  タイバーセプティム。
  高級サロン兼高級ホテルだ。
  「一部屋お願い」
  「一泊ですか?」
  「ええ」
  「先払いとなって……」
  「はい」
  チャリンチャリーン♪
  オーナーのオーガスタに即金で払う。フェイリアンの暗殺の際に聞き込みに来たけど、グランドチャンピオン戦前にも
  オーウィンとも来たけどアルトマーのオーナーは私の顔を覚えていないらしい。

  まあ、わざわざ客の顔はそうそう覚えてないでしょうね。
  「ふんふーん♪」
  鍵を受け取り、部屋に入った私は鉄の鎧を脱いでくつろぐ。剣は壁に立て掛けた。
  ここ最近シロディールを飛び回っている。
  休息は必要だ。

  「ふぅー♪」
  バフっ。
  ベッドに倒れ込む。ふわふわして気持ち良い。
  さすがは高級ホテル、良いベッド使ってるわねぇ。ベッドに沈み込むと体の底から疲労が這い出てきて、
  たまには休もうぜと私を促す。ええ、ええ、まったく仰る通り。

  熱いお風呂に入って体を休めよう。
  食事も特別豪勢なのを、食べよう。
  ……。
  基本、派手好きに見えるけど……まあ社交的に振舞ってるけど、結構私は内向的。
  知らない人の前で食事をするのが嫌い。
  部屋に運んでもらうとしよう。
  1人で食べた方が心落ち着くし、おいしいし。
  まあ、その前に……。
  「指令状読むかなぁ」
  ガサガサ。
  荷物袋から指令状を取り出す。今回も、報酬は金貨500枚だった。
  かなり高額よね。
  闇の一党潰した時、私はかなりの資産家になるだろう。
  さて。



  『アルヴァル・ウヴァーニは死んだか?
  君は実に有望な人材だ。組織は君のような愛すべき存在を常に求めている。今後も精進を忘れるな。

  さて次の標的はノルド。
  名をハヴィルステイン・ホア=ブラッド。
  北方都市ブルーマの北に連なるノール山の頂上にキャンプを張っている。
  彼は族長を殺し、逃げた殺人者だ。
  族長の遺族が彼の死を願い、無残な最期を演出する為に我々が雇われた。
  そう、君の出番だ。
  彼を処刑して、依頼人の心に平穏を取り戻すのだ。
  ノルドに死を。
  極寒の眠りを授けたまえ。
  猛威を振るう吹雪ではない、極寒とはシシスの凍れる邪悪な欲望の事だ。
  彼を闇の神の御許に送るのだ。
  なお無事暗殺が完了したのであればアイレイドの遺跡である、ノルナルに向いたまえ。

  そこに次の指令状と、今回の報酬を用意しておく』


  「はーい、ルシエンの旦那、承知しましたー♪」
  寝そべりながら指令状を読み終わり、枕に顔を埋める。
  次第に震える体。
  そして……。
  「あっははははははははっ。もう、ルシエン最高ー♪」
  爆笑。
  私はごろんと体を反転、天井を仰いで笑う。体は愉悦に対応し、小刻みに震えていた。

  あいつどんどんブラックハンドの面々を消す任務を回して来ている。
  この任務も、偽物だろう。
  むろんそこは批判しない。私の敬愛する闇の一党が潰れる様を楽しんでやるとしよう。
  何を画策してるか?
  何を策謀してるか?
  そんな事はどうでもいい。
  私に大切なのはいかにして幹部を始末していくか、それだけだ。

  本来敵対するはずではなかった闇の一党。
  感謝はしてるのよ?
  アダマス暗殺、手伝ってくれてありがとう。
  家族もくれた。
  家族も。
  「でもそれを奪おうとした。……私、もらったモノを取り上げられるの嫌いなの」

  排除しよう。
  抹殺しよう。
  始末しよう。
  家族をありがとう。

  でもその家族を消そうとした、それが私に癇に障った。
  夜母は要らない、幹部は要らない、闇の一党ももう要らない。私は自分勝手な女なの。
  ……私の都合の為に幹部の皆様死んで。
  ……それが私の敵対理由。
  ……それが私の……。







  シャドウメアに乗って帝都から再び北方都市ブルーマに。
  ブルーマで山登りの装備を整え、私はさらに北に位置するノール山に向うべく移動を開始する。
  ひゅぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
  「さぶぅっ!」

  吹き荒ぶ、吹雪。
  私は寒さに弱い。
  いくら防寒着を着ても寒いものは寒いし、この吹雪はその程度の装備で凌げるものではない。
  気力の問題だろう。
  雪を踏む音と吹雪の音だけが耳に響く。
  「ごめんね、頑張って」
  ヒヒーン。
  首筋を撫でるとシャドウメアは『任してください姐さんっ!』とあたかも語っているように、心強く嘶く。
  ……いえ馬語は出来ませんから勝手な解釈ですけど。
  シャドウメア、万能です。
  雪山でも、吹雪でもモノともせずに進んでいく。

  属性不死は伊達じゃない。
  どういう経緯でシャドウメアが不死なのかは知らないけど、死霊術か何かが関係しているのだろう。
  ひゅぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
  「はぅー、雪山なんて人生の天敵よねぇ」

  雪山を愛する登山家の心が私には理解出来ない。
  それにノルドの感性も意味不明。
  寒さを感じない?
  あんたら人間じゃねぇーっ!
  ……別に人種差別じゃないけど、ノルドは鈍いから寒さ感じないだけじゃないの?
  標高が高くなるほど寒さは増す。
  吹雪もまた然り。
  それに伴い私のお上品な仮面が剥がれていくー。
  ノルドに対する批判も、その1つだ。

  「こ、これで遭難したら笑うわね」
  少なくとも私は笑う。
  意外に間抜けな顛末は、笑えるものだ。とりあえずはね。
  ……まあ、当事者としては勘弁願いたいけど。
  「シャドウメア、頑張れ」
  不死の馬はスピード、変わらず。
  いや、正確には雪に足を取られてスピードは鈍っているものの、それでも人の足より早く力強い。
  私だったら?
  ……。
  ふむ、仮に私が自分の足で進んでいるのであればこんなペースは維持出来ないしおそらく遭難して今頃は雪に
  屈しているだろう。

  まさにシャドウメア様様だ。
  不意に傾斜が緩やかになってきたのを、シャドウメアの背に乗りながら私は気付いた。
  それに幸いな事に天候も変わっていく。
  山の天候は不順。
  しかし逆の場合はありがたい。
  つまり、空が晴れていく。
  次第に吹雪も止み、視界が開けていく。遠くに人影が見える。……多分、人影。
  それが人なのか人型モンスターなのかは判別できないものの、何かいる。
  「シャドウメア」
  低く呟くと、愛馬は立ち止まった。

  お利口さん♪
  馬から下り、首筋を撫でると甘えながら鼻面を押し付けてくる。
  「後で一杯良い子良い子してあげるから、待ってて」

  私はそう言い残し、忍び足で近づく。
  雪が足音を消してくれる。
  一歩。
  一歩。
  また一歩。
  右手で剣の柄を握り、しゃがみ込みながらゆっくりと進む。人だ。判別出来るほど近づいた結果、人だ。

  向こうはノルド。
  ただこの近辺は極寒に特化したノルドが多い。
  標的以外のノルドが寒さを物ともせずにキャンプしててもおかしくない。
  さすがに標的と間違えて関係ないノルドを殺すのは嫌だ。

  ……幹部を殺したと思い込んで、見逃してしまうからねぇ。
  まあ、話は簡単だ。
  「ハイ」
  声を掛ける。
  ノルドの武装は皮の鎧に、両手斧。さらに腰には剣が差してある。

  別に普通の武装。
  この近辺でキャンプ張るには、重装備過ぎず軽装備過ぎない、一般的な武装だ。暗殺者かどうか分からない。
  ノルドの右側は崖。
  ……。
  まあ、暗殺者が常に世間一般的な暗殺者ルックしているとは限らないけれども。
  せめて読んでる本が闇の一党の経典なら分かりやすいんだけど。
  「なんだてめぇ?」
  あまり口がよろしくないけど、ノルドらしい口調。
  そんなにお上品な連中はいないし、これが一般的なノルドではある。
  「私はフィッツガルド・エメラルダ。貴方は……」
  「ん?」
  「んー」
  名前を思い出そうとするものの、ノルドの名前はオーク同様に分かり辛い。
  まあ、簡潔に行こう。
  「私は最近幹部殺して回ってる陽気で気の良い奪いし者。……ルシエンの命令で動き回ってる」
  「ルシエン・ラシャンスの手の者かっ!」
  ……何と単純な奴。
  ……こんな奴幹部の資格ないだろうが……。
  まあ、いい。ビンゴだ。
  「悪いけどここで死んでもらうよ」
  すらり。
  剣を抜き、走る。私の方が敏捷性で……あわわっ!
  「ひゃっ!」
  バタリ。
  雪で足を取られてこける。
  こ、こんな状態で殺されたらただの馬鹿じゃないのーっ!
  「へっ!」
  鼻で笑うノルド。
  ……そりゃ笑いたくもなるでしょうね……。
  両手斧を私に繰り出す。
  私は片膝をついて剣で防御をして受け止め……くぅっ、重いっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  澄んだ金属音を立てて刀身が折れた。
  嘘っ!
  「ハッハーっ! 雪山での戦闘に勝てるものなんていねぇっ!」
  「くっ!」
  私は転がり、回避。
  その際に使い物にならなくなった刀身を失った剣をノルドの顔にぶつけた。攻撃の最中だったノルドはかわしきれずに
  まともに顔に当たる。当然そんな事で死ぬ事はないものの、バランスをまともに崩すノルド。
  いまだっ!
  「裁きの天雷……いひぃーっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  手から発する電撃の反動で私はその場に仰向けに倒れる。……もう嫌……。
  踏ん張れなかった為、電撃はノルドとは関係ない方向に。
  ドス、ドス、ドス。

  独特の歩き方で私に迫り、斧を繰り出す。まともに当たれば、死ぬか四肢を失う。
  ……どちらも嫌だ。
  「きゃあっ!」
  回避し切れず、その一撃は太股を深く傷付けた。足はついてるものの……その、プラプラとしてる。
  動けない。
  ……変に動いて足がもげるのは嫌だけど……死ぬのも嫌だ。
  殺すのは?
  殺すのはおっけぇーっ!
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  私は自分の足元に、炎を爆発させる。
  これなら体勢崩さずに狙い通り放てるし、私は魔法はほぼ無効化できる。
  しゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
  炎と雪が混ざり合い、結果として蒸気となる。薄い霧状となって視界を覆う。
  ノルド、喋らない。
  ……声を出したら位置を特定される、その点の配慮だ。なるほどなかなか頭が良い。
  ……でもねぇ……。
  ドス、ドス、ドス。
  その足音が命取りよっ!
  私は煉獄を叩き込んだ位置にしゃがみ込む。雪が解けて一時的に地面が露出している、これなら体勢的にも滑らない。
  太股の傷がかなり深いのがネックで、踏ん張れるかどうか疑問だけど雪の上じゃないから、まだマシか。
  ドス、ドス、ドス。

  音を頼りに……。
  「煉獄っ!」
  「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!

  爆音と悲鳴が重なる。
  爆風が霧を晴らし、ノルドの末路が眼に飛び込んでくる。
  狙い違わずに直撃し、ノルドはそのまま崖から落下していく。

  痛む足を引き摺り崖下を見る。
  「……動かないけど、死んだみたいね」
  ブラックハンド、また1人始末完了。
  残りは何人?






  傷は深かった。
  骨が見えてたから、もう少しで骨まで切断されるところだった。
  少し侮ってた。
  なるほど、相手の得意な環境だとそれなりに苦戦するわけだ。
  それにしても剣がなくなった。
  またアルケイン大学に行って、魔法剣を作らないといけない。
  いずれにせよゴールは近いだろう。
  ……終焉はすぐそこだ……。