天使で悪魔




名誉が問われる日




  崩壊は急速に加速するだろう。
  一度殺せば躊躇いもない。
  躊躇えば終わり。
  止まれば終わり。
  事態は坂道を転がるが如く、加速の一途を続けるだろう。
  指令者の思惑。
  実行者の思惑。
  それらが複雑にそれでいて簡単明瞭に絡み合い、それぞれの打算と計算が終局へと導くのだ。
  ……あと何人殺せば夜母に辿り着く?
  ……あと何人殺せば……。





  ブラヴィルでの、グッドねぇとの一件が終わり一路レッドマン砦に。
  その砦の外に放置されている棺桶の中に、前回の指示の通り指令状と報酬があった。
  「……」
  正直、感性が分からない。
  棺桶の中?
  ……どういう基準で指令状の隠し場所を決めているのかよく分からない。

  他人が触らないような場所、確かに今回はそうだ。
  でもコロールの街中にあったりもした。
  ルシエンの感性が分からない。
  それに……。
  「ここは死霊術師かヴァンパイアの巣窟かぁ」
  レッドマン砦。
  こういう砦や塔の類は、帝都軍の軍事費削減の一環で放棄されてるんだけど……大抵何かが巣食ってる。
  私、色々と冒険してるので何が巣食ってるか概ね分かる。
  死霊術師や吸血鬼は死体を飾ってる。
  砦の外壁に、死体が打ち付けられてるし。警告なのかオブジェなのかは知らないけどね。

  死臭。
  腐臭。
  血臭。
  なかなかすげぇところに指令状隠すわね。
  砦の中の連中と関わり合いにならないうちに退散するとしよう。

  でもその前に指令状だけ読もう。
  指令状読まずに『街に移動してから読もう』の場合、標的の潜伏場所を通り過ぎる可能性があるからだ。
  時間は有効に。
  闇の一党殲滅の為とはいえ、シロディール全域を行ったり来たりもそろそろ面倒になってきたし。

  「あのニヤデレ男、今回は何を書いたのかな?」
  意外に楽しみだったりする。

  最近の文面、段々と人格崩壊してるし。
  さて。


  『この指令状を読んでいるという事は、君は勝ち残り、シャリーズは死んだという事だ。
  君は素晴しい。
  この行為は正義であり、奉仕。これで世界はまた救われた。
  さて、仕事の話をしよう。
  今回の標的はダンマーの商人で、名をアルヴァル・ウヴァーニ。
  彼は本来はモロウウィンドに住む商人なのだが、商売を手広く拡大した為に家には落ち着かず最近でシロディール
  のレヤウィンに1人で居を構えている。

  彼の妻は、彼が浮気していると勘繰り詰め寄ったものの逆に辱められた。
  名誉を傷付けられた妻が我々に暗殺を依頼してきたのだ。
  アルヴァル・ウヴァーニは昔気質の商売人であり、事業が拡大した今でも重要な取引が自身が各地を赴いている。

  旅をする為の防衛手段としてか破壊魔法を習得しており、かなりの難敵となるだろう。
  しかし奪いし者よ、臆せず殺せ。
  君は正義だ。
  この暗殺は、依頼人である妻の名誉が問われているのと同義なのだ。

  補足ではあるが標的はハチミツへの重度のアレルギーがある。
  ハチミツ酒を飲めば彼は神経が麻痺する症状に陥るらしい。暗殺の参考にしてくれ。
  なお今回の暗殺が終了したら、帝都の商業地区に向え。
  武具屋の裏に空き地があり、中が空洞になっている切り株がある。
  そこに次の指令状と今回の報酬を用意しておく』



  「あっははははははっ」
  あいつちょっと調子に乗ってない?
  ルシエンめ、小躍りしながら指令状作成してるんじゃないでしょうね。妙にテンション高い。
  それに最近手が込んでいる。

  今回の指令状には標的の日程表も付随している。
  おそらく商売の都合でシロディールを飛び回っているのだろうけど……そこまで明確に調べられるんならそのまま
  始末してくれたらいいのに。

  当然、自らは手を下さず私の独走にしたいんでしょうけど。
  土壇場で家族逃がしたものの、一応浄化の儀式でシェイディンハル聖域の面々は私が始末した事になってる。
  つまり、私には叛意があってもおかしくない。
  ……。
  まあ、私の独走じゃすまないでしょうけど。
  直属の上司のルシエンも連座しますよ、おそらくは。

  言い逃れ出来ると思ってるのかそこまで考える頭ないのか、それとも……。
  「お仕事お仕事っと」
  まあいい。
  殺せと言われれば殺しましょう。ここに至ればルシエンも躊躇わずに幹部を殺す。
  この指令状もでっち上げだと私は既に認識している。
  殺してあげましょう。
  殺してあげましょうとも。

  夜母を殺し、幹部全てを殺せば組織は完全に形骸化する。
  依頼を仕切ってるのは上層部。
  機密性の高い任務を直属の部下の奪いし者に、それ以外の任務を総合レベルに合わせて各聖域に振り分ける。
  頭さえ潰せば各聖域は勝手に干上がる。
  いずれは分裂し、ただの暗殺組織にまで落ちる。
  そうなれば怖くない。
  私が恐れているのは徒党を組んだ場合であり、分裂し堕落すればどうでもいい。
  頭全て潰した時点で私の浄化の儀式は終わる。
  「さて、次の幹部を消すとしましょうか」








  「意外に荒れてるわね」
  戦争の爪跡は深い。
  レヤウィンは全焼……とは言わないけど、焼け落ちた家屋が目立つ。
  深緑旅団。
  トロルどもを戦力とするあいつらがレヤウィンを攻撃した。
  結局帝都軍とブラヴィルの都市軍の援助を受けて一掃、レヤウィンは解放されたもののその損害は大きい。
  「さて、家を探すかな」
  街の状況は私には関係ない。

  直接関わってないし、それほど問題にはしていない。
  いや冷たいと言うなかれ。
  見るもの全て、聞く事全てを自分の事として背負い込んでいたらその重みで潰されてしまう。

  聖人君子ではないからね、私。
  ……。
  まあ、暗殺してる時点で善人じゃないわね。
  でも善人ぶったりするし悪人に徹したりもする。人間だもの。そう、私は健全な人間だもの。
  健全な人間たるもの、天使で悪魔が普通なのだ。
  世界の常識に反して善行だけしたいなら、霞食って喜んでる仙人にでもなればいい。

  さて。
  「美しい方、どうぞお恵みを」
  「はい」
  チャリンチャリーン♪
  最近、儲け過ぎてる私。
  闘技場関連然り、奪いし者としての報酬然り。
  おそらく家屋が焼け落ち家財を失った……のではなく、それ以前から物乞いをしている風貌のトカゲの女性に
  お金を握らせる。

  数えてないけど金貨30枚ぐらい。
  ホテルが一泊高くても金貨30枚だから、まあ食糧買うには結構な額でしょうよ。
  「こ、これはありがとうございますっ! こんなにっ!」
  「他言無用なんだけど……」
  チャリンチャリーン♪
  さらに金貨を握らせてから、物陰にトカゲを連れて行く。
  周囲に人がいないのを確かめてから……。
  「私、探偵。アルヴァル・ウヴァーニの素行調査をしているの。……彼の家はどこ?」

  「アルヴァル……ああ、あの気難しいダンマーの」
  チャリンチャリーン♪
  衛兵に聞けば一発で解決だろうけど、ブルーまでも配慮をしたけどやる事は殺人。
  足がつくような事はしたくない。
  お金で味方に付けれるのならそうするに限る。
  お金なんて結局、その為の手段だ。
  溜め込んでニヤデレする為のものじゃない。

  ……。
  私は指令状に添付されていた日程表を無視した。
  いや、レヤウィンにいる期間は考慮の範囲に加えたけど、旅程はどうでもいい。
  街中で始末するより街道で始末した方が安全かもしれないけど……そもそも私はそのダンマーの顔を知らない。
  街道を旅しているダンマー全てに名前を聞くのも変だ。
  それを考えて家で待つ事にした。
  それが一番手っ取り早いし、頭も体も使わずに住む。
  果報は寝て待て。
  ……いいえ、阿呆は寝て待て。
  ふふふ。
  労せず相手を始末する、それが一番楽だし手軽よ。
  さて。
  「どの家に住んでるの? ……浮気調査でね。これで教えてくれるし他言しないでしょう?」
  「ええ、ええ、もちろん」
  総額で金貨100枚ぐらい使う。
  結構街によって物価が違うからどの程度の価値を持つかは微妙だけど……物乞いにしてみたら大金。
  ……。
  そうね。
  前にブラヴィルで金貨500枚の借金で首回らなかったロシュ夫妻がいたわね。
  私は冒険者だし、大学に研究室持ってたりするしあまりお金に苦労してないけど、大金なのだろう。
  物乞いはペラペラ喋った。
  大半は取るに足らない彼の憤慨、そこはどうでもいい。
  要は家の位置さえ分かればそれでいいのだ。
  懐が暖かくなってニコニコ顔のトカゲに礼を言い、その場を後にした。





  当初、色々と考えた。
  どう殺すかを。
  ハチミツに対してアレルギーがあるらしいので騙してハチミツ酒を飲まし、私もハチミツ酒を一本空けて酔って大暴れ
  して相手を殺す……というのを考えたけど、酔っ払って殺害した=そっか次から気をつけろ、にはならない。

  普通に逮捕されるもんな、そんな殺し方をしても。
  街道で狙うにしてもどいつか分からないし。
  まっ、そんなわけで一番良いのは……。
  「んー♪ ハーブティーおいしぃー♪」
  彼の家でくつろぐ事。
  おそらくは私室なのだろう、そこで私はクッキーやマフィンを食べながら満喫していた。
  指令状に添付されていた日程表ではそろそろレヤウィンに帰ってくるはず。
  もちろんある程度の誤差はあるだろうけど、もう直だ。
  あれから。
  あれから二日ほどこの家に籠もっている。
  誰の家?

  アルヴァル・ウヴァーニよ。
  トカゲの物乞いに家を聞いたその日の夜、扉を開錠して家に忍び込んだ。
  一流の魔術師は一流の盗賊でもあるのよ。
  鍵開け魔法『盗賊王の極意』を駆使すればどんな扉でも簡単に開錠出来る。
  魔術師は万物を統べる存在なのだ。
  ほほほー♪
  鉄の鎧も脱ぎ、平服に着替えてある。剣はテーブルに立て掛けてある。
  もちろん何か有事の際にはすぐ抜けるのは言うまでもない。
  「あちっ!」
  注ぎ足したハーブティーに口を火傷し、大慌て。
  その拍子にポットを落としてしまう。
  「あっちゃー」
  家の中汚しちゃった。
  いかんいかん。お友達の家ではお行儀よくしなきゃいけないのに。
  「そこで何しているっ!」
  ほら怒られた。
  「ごめんごめん。今掃除するわ」
  「貴様誰だっ!」
  扉の方にダンマー。
  商人……には惜しい面構えね。少なくとも殺気が全開、旅人襲って生きてる盗賊風情なら走って逃げる。
  それだけの殺意を発していた。
  私は黒い布キレを手に取り、床を拭く。
  家の中は綺麗にしないとねー。
  「……お前、泥棒か? いずれにしても生きては出られんぞ。何者か吐くまで尋問させてもらおうか」
  「凄むなばぁか」
  ベー、舌を出してハーブティーを吸った布キレを彼に投げる。
  視線はそのままで私は剣を手に取る。
  「ごめんね、ブラックハンドの法衣で床拭いちゃって」
  投げた布キレとは、ブラックハンド用の法衣。
  既に家捜しして経典と法衣を見つけた。
  こいつはブラックハンドの幹部の1人だ。ルシエンめ、もしかしてあいつは私のファンか?
  わざわざ幹部殺し手伝ってくれてるもの。
  「貴様、何者だっ!」
  「フィッツガルド・エメラルダ。階級は奪いし者。……現在浄化の儀式実施中。お手伝いいただけますか?」
  「貴様ぁっ!」
  「ふふふ」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  ダンマーの放つ火の玉が爆ぜた。

  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  そのまま壁に叩きつけられる、ダンマー。
  私がイスを投げたのだ。
  それが炎の魔法に直撃、ダンマーの目の前で爆ぜた。
  「このご時世、スキルたくさんないと生きられないわよ?」
  「くっ!」
  剣を鞘から抜き放ち、私は壁に叩きつけられたダンマー目掛けて突きを繰り出す。
  バチバチバチィィィィィィっ!
  苦悶の表情を浮かべながら電撃を浴びせてくるものの、無駄無駄無駄ぁーっ!

  「はぁっ!」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

  音が二つ響いた。
  肉に刺さる音。
  壁に刺さる音。
  アルヴァル・ウヴァーニは剣で腹を貫かれ、そのまま壁に飾られるオブジェと化す。
  何とか抜け出ようとするものの壁にも深く突き刺さっている。
  それにあの出血では力が出まい。
  「さて尋問タイム。……答えたら殺してあげる。黙秘するなら喋るまで、死ぬまで私はここで粘るわ。喋るまでね」

  「こ、殺せぇーっ!」
  「殺すわよ。喋ればね」
  「こ、殺せぇーっ!」
  「この場合、どうなるか知らないけど割腹しても介錯ない場合は一日ぐらい生きるみたいよ? どうするかは貴方次第。
  それに大した質問じゃないのよ。貴方は闇の一党の、階級は何?」
  「……っ!」
  「……ちぇ。意外に根性あるのね」
  口から血の泡を吹いて苦悶の表情のまま、事切れていた。
  自らの舌を噛み切った。

  ……。
  まあ、いい。
  質問の内容はそれほど重要ではない。
  こいつが既にブラックハンドの一人である事は判明してある。その他の内部事情とか聞きたいだけだった。
  それほど大した事じゃない。

  まさか自裁するとは思ってなかったけど。
  剣を引き抜く。
  アルヴァル・ウヴァーニは解放され、床に崩れた。
  これでまた1人ブラックハンドの1人が地に落ちた。
  ルシエンの奴、認識してるかな?
  私は踊らされた振りをしているだけ。
  「ふふふ。それまで精一杯心の底からニヤデレしてなさいな」
  幹部を1人、1人と殺して行けば行くほど私は夜母に近づいていく。そしてルシエンにも。

  ジュガスタ、シャリーズ、アルヴァル・ウヴァーニ。
  シャリーズはどうか知らないけど、少なくとも2人は消えた。
  消そう。
  消そう。
  消そう。
  全部消した後に残るのは、追憶という墓標だけ。そしてそれが私の門出を祝う、道標になるのだ。
  その時まで……。
  「残り少ない人生を謳歌して楽しむ事ね、ルシエン」