天使で悪魔




悪夢の闇を越えて





  ジュガスタ、シャリーズ。
  どうもグレイプリンス以降の指示はブラックハンドの幹部暗殺のような気がする。
  少なくともジュガスタは闇の一党の幹部だ。
  ルシエン・ラシャンスが何を考えているかは知らないけど、私を利用して幹部を殺す……つまりは実権を
  握りたいんだろう。

  手伝いましょう手伝ってあげましょうとも。
  ……次は誰殺す?
  ……次はどの幹部?
  ……そして最後は……ふふふ、誰かしらねぇ?






  「また来ておくれ、お嬢ちゃん」
  「ええ。じゃあね」
  ギルゴンドリンが経営する宿の清算を済ませ、私はブラヴィルの魔術師ギルドの支部に向う。
  場所はブラヴィル。
  水浸しの洞窟でのシャリーズ暗殺……まあ、既に暗殺の類ではなく正面からの戦いだったけど、ともかく指示
  通り彼女を始末した。

  闇の一党の幹部クラスだったのか、それとも本当にただの犯罪者なのか?
  よく分からない。
  ……まあ、いい。
  殺せと言われれば殺す、それが正しい暗殺者と言うものだ。

  でもごめんルシエン、私は悪い子。
  ……殺さなくてもいい幹部まで殺しそう。その時は笑って許してね。
  ……目の前で刃を振りかざす女を、笑って許してね。
  ……くすくす♪
  「んー、今日も良い天気」
  ブラヴィルは今日も平和日和。
  観光名所である幸運の老女像の前で今日もまたボズマーが恭しく跪いている。
  何なの、あいつ?
  信仰か何かの一環だろうか?
  「ああエメラダ坊や」
  「いい加減坊やはやめてよ」
  「オモラシ王女」
  「……すいません出来たら坊やがいいです……」
  トカゲの淑女、無敵です。
  支部長のグッドねぇだ。
  ギルド会館で待ってるはずなのに、わざわざ迎えに来るなんて……それにあまり顔色が良くない。
  ……。
  アルゴニアン。
  基本表情分からない種族だけど、付き合いが長い人のだけ何となく分かる。

  絆ってやつかな?
  そう考えると……オチーヴァとテイナーヴァの表情も分かる私は……んー、本気で暗殺者と家族。
  まあ、それはいい。
  「どうしたの、そんなに急ぎだったの?」
  「ええ、まあ」
  いつになく言葉を濁らせている。
  明快さがまるでない。
  気まずい空気を察したのか、彼女は少し話題を転じた。ワンクッション入れてから本題、ってわけね。

  「彼はウンゴリム」
  幸運の老女像に跪いているボズマーを指差して言う。
  この街の名物男らしい。
  無愛想な男、幸運の老女像に半日佇む、それが定説の人物。
  ……。
  グラアシアを思い出す。
  スキングラードの偏執症のボズマー、ウンゴリムもボズマー。

  ボズマーって変わり者多いのかな?
  「で? 本題に入ろうよ。私は味方よ?」
  少し、私は優しい口調に変わる。

  大学時代、数少ない味方の1人だったのが彼女だ。
  邪教集団にオブリに転送され、そこで生き、大学の実験の際にたまたまこちら側に戻された、貴重なサンプル。

  ハンぞぅや彼女がいなければ人として扱ってもらえなかっただろう。
  恩義はある。
  敬慕はある。

  そして情愛も。
  私で出来る事なら、力になろう。
  ……それが、家族じゃないの。
  ……それが……。
  「ありがとう、オモラシエメラダ坊や」
  「すいません出来たら足さないでもらえます?」
  ……ちくしょう。






  ヘナンティア。
  それがグッド・エイの恋人の名前。
  私は会った事ないけど、ブラヴィル支部では有名な話だ。
  支部長と支部員の恋。
  それだけなら三流恋愛ドラマだが、有名なのはそれなりに訳がある。異種間恋愛なのだ。
  アルゴニアンはトカゲ、アルトマーはエルフ。
  本来恋愛対象にならないであろう種族同士が、愛し合う。そこが有名な理由。

  ……。
  ……あー、でもうちに住んでる暗殺者のテレンドリルとゴグロンは恋人同士とか聞いた事あるな。
  ボズマーとオーク。
  意外に結構異種間恋愛はよくある話なのかな?
  まあ、それはいい。
  ともかくグッドねぇの悩みはヘナンティアの事でだ。
  恋愛の悩みを私にされても困るけど、よく聞くとその悩みは私にしか解決出来ないでしょうね。
  「……うーん、うーん……」
  で今、私達がいるのはそのヘナンティアの家。
  ベッドの上でアルトマーがうなされている。
  来客なのに無礼にも寝たまま、ではない。彼は眼を覚まさないのだ、自らに呪いを掛けて眠り続けている。
  「エメラダ坊や、見ての通りです。今、彼は夢の世界に囚われています」
  「ふむ」
  実験の結果が、これだ。
  どうもヘナンティアはギルド会館で立会いの下にしなければならない実験を、その申請の手間を省く為に自宅で延々
  と実験をしていたらしい。支部長としてグッドねぇは警告したものの彼は聞き入れなかった。

  「……うーん、うーん……」
  で、こうなってると。
  眠りながら、何かと戦っているのか手をバタバタさせている。
  魔術師なんてこんなもの。
  世間一般では浮世離れしていて、自分勝手と認識されてるけど大体そんなものだ。
  ヘナンティアもその例に洩れない。
  「だけど何でこんな事したの、彼?」
  「夢の中で自らを鍛える為」
  「はっ?」
  「彼は非常に優秀で、非常に野心的な魔術師。新たな境地を開拓したかったのでしょう」
  「……なんと迷惑な奴……」
  「私は警告しました。しかし彼は聞き入れない。……夢世界のアミュレット、彼が首にしているその首飾りが夢世界
  に入る為の許可証のようなもの。おそらく能力を封じたのがまずかったのでしょう」
  「能力を封じる?」
  「自らの能力を全て封じて、夢世界で鍛える。……私にも理屈はよく分かりません。そこまでする意味があるのかも」

  「……付き合うのやめれば……?」
  「エメラダ坊やはまだまだ子供ねぇ。そういうところが、母性をくすぐるのよ」
  「……くすぐらなくてもいいです、私は」
  理解出来ねぇ。

  でもまあ、彼女は私の姉のような人だし、少しぐらい面倒でも力になれる時はなりたいし。
  「それでどうすればいいの?」
  「貴女も夢世界に行って、彼の思念体を連れ戻してください。アミュレットをして眠れば行けるはずです」
  「ふーん」
  ふと思う。
  どうして自分で行かないのだろう?
  私の考えが分かったのか、彼女は苦笑いをする。
  「出来れば私が行きたいですけどね。おそらく私では無理でしょう。彼の知っている人物が夢の中に出てくる、つまり
  彼にしてみれば夢の中の産物として認識される可能性があります。最悪、私の言葉を無視する」

  「なるほど」
  「でもエメラダ坊やは彼を知らない、会った事がない。貴女の言葉ならまだ可能性はあります」

  「そんなものかなぁ」
  グッドねぇは彼の首飾りを外し、私の首に。
  「で、どうするの?」
  「彼の隣に寝てください」
  「何でこんな奴とベッドインしなきゃならないのよっ!」

  「離れて寝ると一緒の夢の中に入れない可能性がありますから。……これだけは言っておきますけどね」
  「……? 何?」
  「貴女は変に悪乗りするところがありますから警告しておきますけど、人の恋人を寝取ろうとかは考えないように」

  ……ちくしょう。
  一瞬やめようかと思うものの、彼女には色々と弱みを握られている。
  別に金銭要求されるような事でもないし、彼女も別にそれを世間にばらす性格でもない。
  そんなに大層な事じゃないけどね。
  ……いつまでオネショしてたとか喋られると、二度とこの街に来れなくなるし。
  ……色々と弱み握られてるなぁ、私。
  おおぅ。
  ともかく、言われるままに同じベッドに入る。
  「ああ、言い忘れてました」
  「何を?」
  「夢の中で死ねば、生身の体も死ぬそうです。では良い夢を♪」
  「ちょ、ちょっと待てぇーっ!」
  睡魔が襲ってくる。グッドねぇの魔法だ。
  夢で死ぬと現実でも死ぬ。そ、そんな事を直前に言うなよ。

  ……ちくしょう。








  「……?」
  その世界は、真紅。
  気付けば私は、どこかの部屋の中に立っていた。真紅、全てが真紅。
  それは視界が真紅という事?
  いや、そうじゃない。
  花瓶、羽ペン、インク、食べ物……それぞれに色調が多少違う為、見分けがつくものの真紅なのよ。
  眼がチカチカする。
  「君は、誰だい?」
  気付くと長身のエルフが立っている。ローブを着たハイエルフ、アルトマーだ。
  彼がヘナンティアなのだろう。
  「ハイ」
  「……」
  「……?」
  「……」
  無言。
  ただヘナンティアは、視線が下の方を向いているだけ。
  人の顔見て話せない男かこいつ?
  マジマジと見ている。何なの?
  「あのね……」
  言いかけて、妙にスースーするのに気付く。
  アルトマーの視線は下。
  私も視線を下に移し……。
  「うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「ぐはぁっ!」
  バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  そのままアルトマーを殴り倒す。
  盛大に吹っ飛ぶ。
  ……彼が死ねば、彼の夢の中にいる私も死ぬ?
  知った事かボケーっ!
  死んでしまえーっ!
  「見るな見るな見るなーっ!」
  そのまま蹲り、体を隠す。
  ……冷静に判断しよう。これは、おそらく正しい現象よね。
  夢の中だから現実世界のモノは持ち込めない。今の私の所持品は首から下げている夢世界のアミュレットのみ。

  ……それのみ?
  ……それのみ?
  ……それのみ?
  そーれーのーみーっ!
  今の私はおそらく思念体なのだろうけど……それでも全裸は全裸だ、こ、このアルトマーは私の裸見やがったっ!
  あああああああああああああああああああああああああ結婚前に関係ない男に肌晒したもうお嫁にいけないぃーっ!

  ……ちくしょうっ!
  「服脱げ服、お前の服よこせぇーっ!」
  全裸の私は半分泣きながら、引っくり返っているヘナンティアのローブを剥ぎ、着る。
  さすがに下着まで奪おうとは思わない。
  ……いや奪いたくないっ!
  ローブの下がスースーするけど、それは仕方ない。
  夢世界とはいえ、肉体ではなく思念体とはいえ普通の世界と大して違いはないらしい。

  スースーするし、殴ると手が痛い。
  なるほど。
  夢の中とはいえ、想像力さえあればなんでも出来る……わけではないらしい。
  さて、話を元に戻そう。

  「ハイ。私はフィッツガルド・エメラルダ。よろしくね」
  半分泣いてるのは、無視してください。
  意外に私も普通の女の子。

  「君は、ここがどこだか知っているのかい?」
  「あんたの夢の世界」
  「夢? ……ああ分からない。僕は迷っている、どうしてここに、どうやって外に?」

  「はっ?」
  一瞬、ボコった所為かと思うものの、違うだろう。
  彼は自分がここにいる理由が当初から分からないのだ。だから、帰れない。

  「夢から覚めなさい」
  「ここが本当に夢の中なら、これは悪夢だっ!」
  まあこれがいい夢とは思わない。
  ……私も全裸見られると言う悪夢を味わったばかりだし。
  ……ちくしょう。
  「僕はこんな場所好きじゃない。この先の扉の向こうに行かなくちゃいけない気がするけど……僕にはそんな勇気もない」
  この先の扉、ああ、あれか。
  グッドねぇ曰く、彼は夢の世界を鍛錬場にするつもりだったらしい。
  その際にどういう理屈でそうなったかは知らないけど、能力を封じて縛りプレイにするつもりだった。
  どういうわけか記憶まで封じてる?
  ……いや、誤算なのだろうね。
  わざわざ帰る方法すら分からないように記憶を封じる意味がない。
  どうも記憶だけではなく勇気とかそんな関連も封じられてるらしい。

  こいつ馬鹿だ。
  救いようのない馬鹿だ。
  ともかく悪夢から覚める為には、奥に進むしかないようだ。






  「うにょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  何もない虚空から突然、大量の岩が降ってくる。
  私は既に全力疾走中。
  何故なら後ろの道がどんどん崩れていくからだ。
  ドゴォォォォォォォォンっ!
  岩が降る、道が崩れる。
  その道だって、今走ってる場所だって漆黒の闇にポツンと浮かぶ一本道。

  ……考えたくはないけど、足を踏み外せばお終い。
  底があるかすら怪しい。
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  岩が降る。
  一応、私の走るスピードの方が速いので降って来た……と認識した時はその場は通り過ぎている。
  落下音は後ろから聞える。
  その後は後で問題山積。
  繰り返すけど通り過ぎる度に道が崩れて虚空に消えていく。
  「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  どういう理屈かは知らないけど、息切れがする。
  夢の世界とはいえ、肉体の時と制限は変わらないらしい。
  走れば息は切れるし、疲れもある。
  そのくせ魔法が完全に封じられている。武器もない。
  ……ついでに言うなら下着すら着けてないのだー。
  ……ここはセクハラ世界か。
  ……ちくしょう。

  「ぜぇぜぇっ!」
  次第にスタミナが低下してくる。
  しかしスピード鈍れば岩に潰されるか、道と一緒に虚空に落ちるかのどちらか。
  光が見える。
  私はあの光を目指して全力疾走している。
  そしてその光が次第に近づいている。ゴールは直だ……おそらくは……。
  ただ……。
  「……」
  出来れば見なかった事にしたいし、本来ならそのまま引き返したい。
  振り子がある。
  鋭利な刃で装備された振り子。
  天井もないのに何で吊られているかは不明だけど、私が通るのを待って元気よく振っている。
  ……ちくしょう。
  「うにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

  スピードアップっ!
  止まれば岩に潰されるか虚空に落ちる。
  私は眼で振り子の動きを追い、今だと思ってさらに全力で走る。走る。走るぅーっ!

  タイミング間違えれば切り刻まれるものの、何とか突破。
  そして光に到達すると……。






  「はっ!」
  気付くと、水辺に立っていた。洞窟だ。
  しかしいきなり行き止まり。
  あるのは大きな水溜り。水は鮮明で、底の方に穴が見える。
  後ろを見る。
  「……行くしかないのかよ」
  後には何もない。あるのは岩肌だけ。

  要は水の洞窟を突破しろという事なのだろうけど……あのアルトマー、夢の世界で何するつもりだった?
  どう考えても盗賊養成の試験だと思うぞ、さっきのやつにしても。
  「すーはー」
  深呼吸。
  魔法が使えない以上、自力の肺活量に頼るしかない。
  思念体なのに肉体の基本概念に縛られる……ああいう実験型の魔術師の考える事はよく分からない。
  ここまで縛りプレイする必要あるのか?
  正直、グッドねぇの恋人じゃなかったら放置するわよ、普通に。
  「すーはー」
  基本概念に縛られるという事は、着衣で潜ると溺れかねないけど……夢の中とはいえ服を脱ぐ必要があるのか?
  否っ!
  いくら夢とはいえ、全裸になって堪るものかぁっ!
  ざばぁぁぁぁぁぁんっ!
  水に飛び込む。
  泳ぎにくいけど、私は必死に水を掻いて進む。
  道は一本道。
  途中、息切れしそうになるものの……その前に、目的の場所……かは知らないけど、扉に辿り着いた。
  ……。
  そうよね、これが普通よね。
  いくら縛りプレイするにしても、本来の肺活量以上の道程を試練にするはずがない。
  そんな事したらクリア出来ないでしょうし。
  まあ、ヘナンティアがこの試練場を完全に制御し、構築してるかは疑問だけど。
  その扉に手を掛けると……。






  「えーっと、次は……ああ、ここか」
  次の試練は簡単だった。
  ふと気付くと私は床一面に変な図柄が並ぶ、場所に立っていた。
  壁一面には小さな穴が開いている。
  冒険者たるもの、どんなトラップかは容易に分かる。
  これはおそらく決められた道順以外、つまり一定のパターンの図柄以外を踏むとトラップが発動するのだろう。
  穴の中から出てくるのはおそらく矢。
  あれだけの穴から一斉に出たら、一瞬で蜂の巣だろう。
  しかし今回の問題は簡単。
  床を見ると、図柄はランダムのようで実はそうではなく。
  同じ図柄のモノが道を描くようにある。それを踏んで出口まで行けばいいわけだ。

  そして突破すると……。





  「はっ!」
  そこは闘技場の、ゲートだった。
  この間デステスト&グランドチャンピオン戦で、馴染みとなった場所。
  いつの間にか私は片手斧を腰に差し、本来着込まないように甲冑を全身に纏っている。
  今更だけど、夢の中とはいえ重いものは重い。
  「……ここは……」
  帝都の闘技場?
  確かに、闘技場の、剣闘士達が死闘を演じる場所なんだけど……空の色が真紅。
  私はこの空の色を知っている。
  「……オブリビオン……」
  悪魔達の世界オブリビオン。
  そうか、ここはオブリビオンなんだ。
  基本的にタムリエルとオブリビオンの間には魔力障壁があり、双方干渉できない。
  しかし私も出来るけど、悪魔を召喚したり出来るし、人を向こうに転送も出来る。オブリビオンの魔王達も大規模侵攻は
  出来ないもののちょっかい程度には手を出している。

  確か魔王の1人ヴァーミルナは悪夢を支配している存在。
  人は寝て、悪夢を見ている時は彼女に支配されているのだろう。ただ悪夢で死ぬ人はいないから、おそらくはヴァーミルナ
  は人が怯える悪夢を見て喜んでいるのだけか、もしくは恐怖心を食っているのだろう。

  本来ならば悪夢といえどいずれは醒める。
  「……あの馬鹿……」
  夢を変に弄るからこんな事になったわけか。
  ……ちくしょう。

  重い甲冑のまま、私は進む。
  こんな格好してるという事は、敵がいるという事だ。
  そして……。
  「来たわね」
  雄牛の頭に、屈強な人の肉体。ミノタウロスだ。
  タムリエルでもトップに輝く上位モンスター。それも二匹。なかなか楽しいじゃないのっ!
  「はぁっ!」
  片手斧を胸元に叩き込む。
  一瞬のぞけるものの、そのまま猛攻。
  ガンっ!
  重い甲冑のお陰でそれほどの痛みはないものの、これが厄介ね。どうも軽快な動きが出来ない。
  ……。
  そりゃそうだ。
  こんな甲冑着て普通に動けるのはゴグロンぐらいでしょうよ。
  闘牛の如く突進してくる二匹のミノタウロス。
  「裁きの天雷っ!」
  ……。
  ……あっ、魔法使えないんだったっ!
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  放たれた電撃が二体を焼き尽くす。
  「はっ?」
  ……ああ、魔法使えたのか。
  ……よ、よかった。今の間合いで魔法不発なら、私は死んでたわ。
  ブォンっ!
  「ひゃぁっ!」
  突然、球体が私の目の前に現れ、そこから光が溢れて……。











  「んー、やっぱり空はこの色よねー」
  いつの間にか夕暮れになっていたものの、オブリビオンの真紅とはまったく違う優しい色。
  舞台はブラヴィル。
  ミノタウロス撃破した直後、私達は現実に戻っていた。

  ヘナンティアは夢での出来事を覚えていなかった。
  そりゃ結構な事よね。
  ……何しろ裸見られたもの、忘れてなかったら強制的に記憶消してあげるわ。
  ……くすくす♪
  「フィッツガルド、貴女に感謝を」
  「グッドねぇ、エメラダ坊やでいいわ。……却って落ち着かないもの」
  深々と頭を下げる親愛なるトカゲの淑女に、私は苦笑した。
  ヘナンティアは自分の過信を恥じ、アミュレットを破壊した。それでいいと思う。
  正直、たかが悪夢とはいえ恐ろしい。
  ……醒めなければ、そこは本当に地獄なのだから。

  「ところで、これでオネショ云々は封印してくれるんでしょうね?」
  「ええ」
  「よかった」
  「でもまだ色々と弱み握ってるけどねぇ。……そういえば薬の納期が迫ってたっけ……」
  「是非手伝わせてくださいお姉さまっ!」
  「そうお願いされると弱いわねぇ」
  ……さすがは私の敬愛するお姉さまですわっ!
  ……ちくしょう。