天使で悪魔




最後の正義




  変化は常に唐突に訪れる。
  私はフィッツガルド・エメラルダ。
  闇の一党ダークブラザーフッドの幹部であるブラックハンドの1人、奪いし者。
  直属の上司に当たる伝えし者ルシエンの手駒として暗殺を続けている。

  目的は出世?
  目的は忠誠?
  ……違う。
  幹部の面々の信頼を得て、近づき、一網打尽にする事。
  喧嘩売られたからね、買ったまでよ。
  しかし唐突に変化が起きる。
  ルシエンが幹部殺しを指示して来たのだ。
  指令状的には普通の暗殺ではあるものの、標的はブラックハンドの1人だった。
  ……思ったより機会は早く訪れた。
  ……今だけはルシエン、貴方の指示通りに動くわ。

  ……今だけは……。





  「あったあった」
  帝都南の、橋の下。
  腐った木箱の中に今回の指令と、前回の報酬の金貨が入った袋があった。
  奪いし者としての報酬は一律金貨500枚らしい。
  わざわざ数えるほど守銭奴ではないものの、前回までと同じ重さだからそう誤差はないはず。
  暗殺家業、儲かります。
  まっ、家族も増えたしさすがにハシルドア伯爵もローズソーン邸の維持費まで出してくれないから丁度
  いいわね、このお金。

  グランドチャンピオン戦の賞金も、デステスト勝ち抜けの賞金も入ったし当分働かなくても生きていける。
  当分ってどれぐらい?
  ……。
  んー、エイジャの給金と家族の生活費、ローズソーン邸の維持費と諸経費込みで……一年ぐらいかなぁ。
  この世界、街で働いて生きると生活苦しいけど冒険者として外で暮らすとガンガン儲かります。
  さて。
  「指令状、次の標的は誰かな」


  『ジュガスタは死んだっ!
  さすがは奪いし者だ、君に任務を与えたのはまさに正解だったな。
  しかしいい気になるな?
  次の任務をこなせ。私の期待通りの人材であるか、それを見せて欲しい。
  次の任務の地はブラヴィル北にある、水浸しの洞窟だ。

  そこにはシャリーズという名のアルゴニアンが潜伏している。
  ダンマーの一家を惨殺した狩人だ。
  惨殺された一家の親族が我々に祈った、これはその正当なる報復である。
  しかし注意せよ。
  シャリーズは熟練した狩人あり、自分が狙われている事に気づいている為、必死で抵抗するだろう。
  我々は正義を成す。
  暗殺者である我々にとって皮肉ではあるものの、我々こそが最後の正義なのである。
  シャリーズを無事暗殺出来たのであれば、レッドマン砦に向え。
  砦の外の棺の中に指令状と報酬を用意しておく』


  ……棺の中って……まともな場所に隠せないのかお前は。
  レッドマン砦?
  ……またか。
  ……また未開の地に行くのか。確かそんな名前の砦が会った気がする。
  気のせい?
  そうかもしれないけど、今は暗殺に専念するとしよう。

  それにしてもルシエンの文面は、異常だ。
  異様にハイ。
  あいつ変な薬でもやってるんじゃないでしょうね?
  「前から変なニヤデレ男だと思ってたけど、とうとう変になったかぁ」
  私の美貌が彼を狂わせた?
  くっはぁー♪
  私の美貌は罪ですなぁー♪
  ほほほー♪
  「水浸しの洞窟ね」
  これまた変な洞窟の名前。
  多分、名前の通り水浸しなのだろう。んー、そのまんまだけど、分かり易くていいわね。
  今回の標的もブラックハンドなのかな?
  ……それならそれでいい。
  利用されてあげよう。
  別にルシエンに利用されて、幹部全部殺して、あいつが頂点に立って実権握って私に刺客送りつけてくるなら
  それはそれでいい。

  最後に全部引っくり返すだけだから。
  ……安心して、ルシエン。
  ……どの道お前らを一人として生かしておくつもりないから。
  ……浄化の儀式は、皆殺しが原則でしょ?






  指令状のあった橋から南東に行くと、水浸しの洞窟。
  今回は指令状と任務の場所、近くていいわね。
  ……。
  前回のスキングラードに指令状、標的はブルーマはやめて欲しいわね。
  無駄に距離あるし。
  「久し振りだなぁ」
  私は水浸しの洞窟から、さらに南にシャドウメアに乗って移動。
  ブラヴィルに到着。
  ……あれからどれだけ経った?
  ……。
  帝都軍巡察隊に所属して、この街に来たのはいつだっけ?
  哀しげな番兵、エイルロンを殺した高利貸し、あのいきさつが随分昔に思える。
  感慨深くはあるわね。
  感慨深くは……。
  「グッドねぇに会いに行こうかな」
  久しく会わないアルゴニアンの女性の顔を思い出す。
  私が大学の召喚実験の失敗でオブリから戻された時に出会った。ター・ミーナ同様に良いお姉ちゃんとして
  接してくれたなぁ。

  何だかんだでラミナスも私に優しかったし。
  「んー、早く自由になりたいなぁ」
  アダマス・フィリダ。
  あいつの所為で闇の一党に関わった。
  ……。
  まあ、関わった結果として家族が増えたんだけど……ともかく、今後の私&家族の為にも闇の一党は潰さなきゃ
  いけない。だって目障りだもの。だって喧嘩売ってきたもの。
  ほほほ。私に嫌われる者は全て不幸になるのよー♪

  「それにしてもブラヴィルは落ち着くなぁ」
  貧相な街並み。
  しかし街の中に水路があったり吊り橋があったりと、なかなか見所はある。
  田舎ではあるけどね。

  この街の観光名所で有名なのが……。
  「幸運の老女像。相変わらず……」
  そこで私は言葉を呑んだ。
  相変わらず嫌な空気発してるなぁ、そう呟くつもりだったけど、一応この街の観光名所でありこの街の住人の誇り。
  ただなぜか私はこの象が嫌いだった。
  何故、幸運の老女像なのか?
  確か前にグッドねぇに逸話を聞いたはずなんだけど、何度聞いても忘れる。
  大した事ないからかもしれない。
  まあ、いい。
  「……?」
  ふとその幸運の老女像に恭しく跪き、ブツブツと何か呟いてるボズマーが眼に入る。

  何あいつ?
  街を巡回している衛兵達も通り過ぎる度に眼でちらりと見るものの、それだけ。
  この街では年中行事なのかな?
  「おやエメラダ坊や」
  そう呼ぶのは一人しかいない。
  エメラルダ、オブリから戻された時言葉が喋れなかった。ほとんど忘れてた。
  私は片言でエメラダ、と名乗った。
  だから当分の間そう呼ばれてた。グッドねぇはそれを今もその呼称を口にしている。

  「久し振りね、グッドねぇ」
  アルゴニアンの淑女がいた。
  正確にはグッド・エイ。
  魔術師ギルドブラヴィル支部の支部長だ。現在アルトマーとの異種間恋愛実施中。
  ……。
  そういえば私逮捕されてたの知ってるかな?
  「エメラダ坊や、脱獄かい?」
  「いや、そういうわけでも……まあ、あるけど……」
  実際脱獄だし。
  深遠の暁とかいうカルト集団の襲撃のドサクサに紛れて逃げたしね。
  「帝都軍は辞めたのかい?」
  「まあ、そんな感じで」
  「今は何してるの?」
  「んー、冒険者」
  闇の一党ダークブラザーフッドに勤めてます、最近奪いし者に出世したのー……とはさすがに言えないって。
  値踏みするように私を見るトカゲ。
  「今、暇かい?」
  「何か私がする事ある?」
  「頼み事があるんだけど嫌ならいいよ別に。エメラダ坊やが15歳までオネショしてたの街中に広めるだけだから」

  「絶対にやめてっ!」
  「ハンカチ王子ならぬオモラシ王女。……世間にばれたら笑い者だねぇ」

  「何でもしますさせてくださいっ!」
  「そこまで言われると、こっちも恐縮だよ」
  ……ちくしょう。
  付き合い長いという事は、弱点も全部知られてるという事か。
  多分こういうネタを駆使して一生私をいびるんだろうなぁ。
  おおぅ。
  「で、でもグッドねぇ、明日じゃ駄目? する事あるんだけど……」
  「いいよ。……ただし期日を過ぎると……くっくっくっ……」
  「……」
  怖いから怖いから。
  でもこうやって考えてみると、私も普通に家族してたんだなぁとつくづく思う。
  血は繋がってないしそもそも種族違うけど、家族って大切な絆だなと思う今日この頃。
  まあ、いい。
  とっととシャリーズ始末しよう。
  「あっ、ところでグッドねぇ。シャリーズってお尋ね者知ってる?」
  「……?」
  知らないようだ。
  まあ犯罪者だから誰もが知ってるとは限らないだろう。
  さて、暗殺始めますか。







  水浸しの洞窟。
  ……何の捻りもなく、本気で水浸しだった。
  「ふぅ。面倒だなぁ」
  ガチャガチャ。
  私は鎧を脱ぐ。
  ついでに服も脱ぐ。濡れるのが嫌だ、という以前に水中戦での考慮だ。
  これが多種族なら鎧は脱いでも服までは脱がないものの、向こうはアルゴニアン。水中呼吸出来る種族だし、自らを
  それに特化種族だとも自負している節がある。水中戦を挑んでくる可能性はかなり高い。
  布製の服とはいえ水を含むとかなり重くなる。
  水中戦では遅れをとると思っての考慮だ。
  ……ちなみに下着はそのまま。
  ……全裸で戦え?
  ……今から殺すとはいえそこまで冥土の土産をくれてやる必要性はないでしょうよ。

  「ふむ」
  ぺろり。
  水が多少、塩っぽい。
  すぐ近くが海だし、海水が流れ込んでいるのだろうか?
  ただ完全に海水ではないので地下水も浸透しているのかもしれない。
  「さて、行くか」
  抜き身の、雷属性の魔法剣を片手に私は水の中に飛び込んだ。
  水中呼吸の魔法。
  これで水中とはいえ息は出来るし、例え水中戦でも遅れは取らない。
  ……。
  それにぶっちゃけた話、それほど水の中のアルゴニアンが怖いとは思わない。
  水の中では基本攻撃魔法が使えないものの、別に水の中のトカゲがそれほど脅威になるとは思わない。
  まあ、いい。
  有言実行するまでよね。

  「……」
  右手に剣を、左手で水を掻いて進む。
  水は不透明であり、視界は不鮮明。
  ……。
  無音。
  無音が続く。
  たまに私の姿に驚いて魚が逃げるものの、別におかしなものはない。
  「……」
  ゆっくりゆっくりと進む。
  今のところ一本道だけど、何本も道が分かれてると……正直まずいなぁ。
  方向感覚が狂う。
  これで迷子になって、水死体になったら笑い者だ。少なくとも私だったら、笑う。
  殺しに入って溺死かよ、ってね。
  「……」

  簡単な任務かと思ったけど、意外に面倒かもしれない。
  建物と違って規模が掴みにくい。
  それに考えてみたら標的が水の中にいるのか洞窟内の陸の上にいるのか、それすらも一定ではないわけだから
  気付かないうちに背後に回られている可能性もある。

  そんな事になったらいくら私でもバッサリ殺られるだけだ。
  無音。
  無音。
  無音。

  人食い魚がいないだけマシだけど……変わり映えしない洞窟内。
  ただ天井が、幅が進む度に広くなっていく。

  結構広いわね、ここ。
  水の不透明さもあって、天井と床が見えない。
  「……」
  まずい、本気で迷う。
  まっすぐ進んでいるはずが実は脇道に入っても気付かないだろう。既に天井と床が見えないのだから。
  一度、止まる。
  ……どうしよう?
  このまま進むか、それとも戻って、洞窟の入り口で持久戦的にテントでも張って標的が外に出てくるのを待つか?
  持久戦が得策かもしれないけど問題は出入り口の数よね。
  ……どうする?
  周囲を見渡す。
  何もおかしなものはない。水の濁り具合が最悪なので、あまり遠くは見通せないし。
  「……」
  まあ、とりあえずは戻ろう。
  アルゴニアンは怖くないけど迷子になって溺死する方が怖い。
  「……?」
  その時、何かぼんやりと光るものが見えた。
  あれは何?
  ……。
  ま、まさか巨大な魚の光る目とかそんなんじゃないでしょうね?

  前にブラヴィルの近海で異常にでかい、人間飲み込めるほどのスローターフィッシュが出現したという事件が
  黒馬新聞に載ってた気がする。

  溺死も嫌だけど、魚の胃の中で溶けるのも嫌だ。
  「……」
  近づいてくる。
  近づいてくる。
  近づいてくる。
  私は剣の柄を強く握り、不意打ちに備える。
  アルゴニアンは怖くないが魚となると話は別だ。向こうの方が水中に特化した存在だからね。
  ただ……。
  「……」
  これはラッキーだ。
  向こうからおいでくださった。光っているのは魔法剣、そしてそれを持つのはアルゴニアン。
  シャリーズだっ!
  鉄の鎧に身を包んだトカゲが一直線に……。
  「……っ!」
  「……っ!」

  刃と刃が交差する。
  水中ゆえに金属音が、妙に重く鈍る。それに動きも双方、緩慢だ。
  ……。
  なるほど、私の抜き身の魔法剣も光ってるから、それを頼りに襲ってきたのかこいつ。

  このトカゲがブラックハンドなのかは知らないけど常に臨戦態勢は嘘ではないらしい。
  まあ、いい。
  殺すまでの事っ!
  お互いに剣を繰り出すものの、避けるし避けられる。

  鋭い突きも水の中ではあまり意味がない。
  「……っ!」
  「……っ!」
  お互い、水の中では喋れないものの……私のは勝利の叫びであり、シャリーズのは苦痛の声。

  次第に私の方が優勢になりつつある。
  私は裸。……正確には下着のみ。
  それに対してシャリーズは鉄の鎧を着込んでる。
  確かに、確かにアルゴニアンは水中に適応している。しかしそんなもの、魔法で簡単に覆せる。
  現に私も水中呼吸している、魔法の力でだ。
  呼吸が出来るという点で互角なら、後は水中で動きやすい格好している方が優勢に決まってる。
  シャリーズは考え違いしている。
  自分は水中に特化している種族だから、水中戦では万能。
  違う。
  それは違う。
  ただ呼吸出来るだけの、トカゲに過ぎない。
  重い甲冑着込めば水中ではただの的であり、それを理解している私の敵じゃないっ!

  「……っ!」
  泳いで来た道を戻ろうとするシャリーズの背後から、剣を突き刺す。
  心臓を貫通。
  二度三度と痙攣し、そのままトカゲは果てた。
  ……水は真紅を薄く広げていく……。






  「ふぅ」
  持参したタオルで体を拭きながら、嘆息。
  水に浸かり過ぎたから体がふやけた。
  それに水中戦だと体が疲れるなぁ、妙に疲労感を覚えていた。
  風が涼しい。
  夕暮れ時が迫っている。
  このままブラヴィルの魔術師ギルドに行くと、グッドねぇの頼み事とやらに酷使されそうだから今夜は宿にでも
  泊まろうかな。

  哀しげな番兵の件でお世話になったギルゴンドリンの宿にでも泊まろう。
  ……たまにはグッドねぇと水入らずに過ごせ?
  ……。
  意外に彼女、人使い荒いのよ?
  今日は勘弁して欲しいから宿に泊まろう。うん、決定っ!

  それにしても……。
  「今回の標的はブラックハンドだったのかな?」
  何もそれらしい確証はなかった。
  もしかしたら違うのかもしれない。
  まあ、いい。
  一度幹部殺したんだ、殺した以上ルシエンとしても殺し続けるだろう。
  私の独走と片付けられる問題じゃあない。
  裏切り者としてルシエンも連座するはず。

  そうなる前に他の幹部も殺すだろうよ、一度指示した以上この後も指示してくるはず。
  中途半端な野心で幹部殺すなんてありえない。
  一人殺せば次も殺さないと自分の身が危うくなるからだ。

  ……まあ、何人殺そうと身の破滅だけどねぇ。
  ……私が控えてるもの。くすくす♪
  「さて、ブラヴィルに戻ろう」