天使で悪魔




破られた誓約




  一つ。夜母の存在を汚してはならない。
  一つ。闇の一党の情報を外に洩らしてはならない。
  一つ。全ての命令に対して決して背いてはならない。また拒否も許されない。
  一つ。兄弟姉妹の財産を奪ってはならない。
  一つ。兄弟姉妹の生命を奪ってはならない。

  闇の一党ダークブラザーフッドの戒律であり誓約。
  属する全ての者は、闇の一党を従える『夜母』の子供であり家族。
  家族という言葉で縛る事により、長い間な絶対的な統率で纏め上げてきた。
  私の知る暗殺者達は家族を信じていた。
  精一杯、家族をしていた。
  それは血に塗れ、死に彩られていたものの、おそらくは普通の家族以上の家族愛に包まれていた。

  でもそんな家族愛は統率上のただの建前。
  裏切り者がいるかもも知れない、不確定なただそれだけの理由で私の家族は殺される事になった。
  ……ただ、私が土壇場でルシエンの操り人形にならなかった。
  家族は生きている、今もなお。

  基本、私は闇の一党に敵意はなかった。
  アダマス暗殺。
  思惑付であったものの、その手助けをしてくれた彼らに感謝すらしていた。
  でもそれももうお終い。
  私達家族が生きるには夜母はもういらない。ルシエンももういらない。ブラックハンドも闇の一党も必要ない。
  ……。
  さて、夜母とブラックハンドの皆様。
  浄化の儀式はお好き?





  スキングラード中庭。井戸。
  その中に指令状の報酬があるらしい。
  グレイプレンスとの死闘が終わり、私は剣闘士仲間から祝宴と称して昼酒飲まされたので頭が痛いものの、
  終わると同時にシャドウメアに乗ってスキングラードに。
  逃げた、とも言う。
  ハチミツ酒一本越えたのでフィーちゃんってば、大暴れしました。
  まあ、あれよね。
  新生グランドチャンピオン直々の稽古、みたいな感じ。
  ……違うかな?
  ま、まあ賞金の一部を置いて来たから勘弁してもらえたけど。
  シャドウメア、とっても駿馬。
  深夜ではあるもののその日の内に……正確には三時間過ぎてるけど、スキングラードに到着。
  ……。
  そろそろね、闇の一党がうざくなってきたのよ。
  ルシエンの手駒としてシロディール中飛び回るのはいい加減、面倒。
  とっとと任務こなして、ルシエンを初めとする幹部集団ブラックハンドの面々と会える機会を持ちたい。
  もしくは一足飛びに夜母に会いたい。
  会ってどうする?
  決まってる、殺すだけよ。
  フォルトナも一応は脱走扱いになってるはずだから、ローズソーン邸で身動き取れない。
  あの子もマリオネットのフィフス探しに行きたいでしょうし。
  その為にも任務を精力的にこなそう。
  さて、指令状を読もう。


  『さあ、次の任務の用意はいいかな、奪いし者よ。
  君の次なる標的はジュガスタという名の、カジートの貴族だ。北方都市ブルーマに住んでいる。

  奴は最近シロディールでも名のある貴族の娘と婚約したのだが持参金の少なさを知った途端に婚約を解消した。
  恥をかかされたその娘の家族は奴を憎み、ジュガスタに無礼の代償として命を奪う事を考えた。
  そう、我々闇の一党が憎しみを代行するのだ。
  奴に惨めな最後を与えよ。
  しかし用心せよ。
  ジュガスタは暇をもてあましており肉体の鍛錬に余念がない。つまり体術を極めている。

  地下にある訓練室で日々鍛錬をしているはずだ。
  武器を使わずに素手、だが侮るな。
  それだけの自信があるのだ。侮りは死に直結するぞ。

  さらに悪い事にジュガスタは狙われている事を知っているらしく、衛兵を抱きこんでいる。
  野外での戦闘の際にはいかなる事があっても衛兵は干渉する事はない。

  無事暗殺が完了したら帝都の南にある橋の下を探せ。
  そこの木箱の中に次の指令状と、今回の報酬が入っている』




  「……?」
  何か違和感を感じた。
  まあ、どこがと問われたら分からないけど……違和感がある。
  ……。
  そう、あえて言うならば標的の暗殺理由。
  今までそこまで依頼人の情報はなかった気がするけど。
  それと標的の情報。
  地下室で鍛錬してる……いや、そこまで情報ゲットするなら、いっそ自分で殺してくれた方が私としても楽
  なんですけどね。あのニヤデレ男、いきなりキャラ変えたのか?
  まあいい。
  「ふぁぁぁぁっ。今日は家に帰って寝よう」
  人間、夜は寝るものだ。
  さあて帰ろう帰ろう。
  「そこで何をしている?」
  衛兵?
  城内、ではなく中庭だから立ち入りフリーと思ったけど、まずかったか?
  伯爵と懇意と口にして、見逃してもらおう。
  「実は私は伯爵と懇意……」
  「私がどうした?」
  「へっ?」
  ちょいワル親父で、ダンディーな『おじさま♪』出現。
  別に私の好みの年頃じゃないけど、世間的にそれなりにニーズはあるわね、この年齢の男性は。
  まあ、それはいい。
  声を掛けて来たのはスキングラード領主である、ハシルドア伯爵。
  吸血病の治療薬の際に、交友関係を築いた現役(?)吸血鬼。
  「伯爵、何してるんです?」
  「君こそ何をしている?」
  「まあ、色々と」
  闇の一党の事は伏せる。
  さすがにそこまで口にしようとは思わない。信用出来る出来ない以前の問題だし。
  「伯爵は何してるんです? ヒッキーなのに……あっ、自立に目覚めた?」

  「君は馬鹿か」
  「すいません馬鹿と言う時心底私を蔑んでません?」
  「気のせいだ」
  「そ、そうかなー?」
  「私は月光浴だ。今宵の満月は気持ち良い光だな」
  「月光浴ねぇ」
  まあ、気持ちは分かる。
  吸血鬼だから日光は天敵。体が本気で炎上し、灰になるのだ日光は。
  日光浴出来ないから月光浴。
  「伯爵は完全に夜型人間なんですね。ヒッキーで夜型。……何か人間として間違ってません?」
  「君は本気で馬鹿か」
  「そ、そこまで伯爵に言われたくないですよ」
  「ふぅ」
  伯爵、どこかニヤニヤしている気がする。伯爵は伯爵で、私を弄って遊んでいるらしい。
  ……ちくしょう。

  「時にフィッツガルド、最近お前の家は住人が増えたそうだな」
  「よく知ってますね」
  「一応、あの区画は高級住宅街……つまり、貴族や富豪の屋敷が多い。万全の警備をと陳情されている」
  「ああ、そういえばあの近辺衛兵の見回り多いですね」
  「そういう事だ。報告の類は全て把握している」
  「へぇ」
  断っておく方がいいのかな。
  「私の家族が住んでるんです。……それで実は、1人吸血鬼なんですけど」
  「街中で吸血行為しない限りは問題ではない」
  「よかった。安心しました」
  「ただ忠告しておく。この街で犯罪行為はするな」
  「……えっ……?」
  見透かされてる?
  私が、あの屋敷に住む者達が、実はエイジャ以外は全て闇の一党の暗殺者だという事を。

  ……ある意味、聖域と化してるもんな、あの家。
  「この街の重犯罪者は二度と日を見る事は出来ない」
  「はっ?」
  伯爵は、別の事を言ってるらしい。
  つまり暗殺者達とは気付いていない模様。そうすると、この街の心得的な内容か。
  「フィッツガルド、仮に君でも重犯罪を犯した場合は、二度と出られない。その日の内に隠し部屋に監禁される」

  「世間的に私が死んだ事にして、監禁して永遠に私の体を貪るつもりなのねこのエロ伯爵っ!」
  「君は救いようのない馬鹿か」
  「……すいませんさすがに救いようはあると思います……」
  「やれやれ」
  「まあ、伯爵の言いたい事は分かりましたよ。餌ですか?」
  「そうだ。なかなか鋭いな」
  犯罪者の血を吸ってるのか、このおっさん。
  わざわざ忠告してくれるという事は、私の事をそれなりに気遣ってくれているらしい。
  「城の中に居る私の眷属が重犯罪者の生き血を抜く。……私が抜くわけではないのでな、仮に君が犯罪者で、餌
  として扱われても私は気付かないわけだ。そういう意味合いだから手心が加えられない」
  「手心……何で?」
  「君はトレイブンの養女だからだ。どんな経緯であろうとも、君の身に何かあれば彼は私を必ず殺すよ」
  「ふーん。でも本当は私に気があるからなんじゃないの? 妄想で何回私を脱がせたのー?」

  「君は死んだ方がマシな馬鹿か」
  「……伯爵って口が悪くて友達去っていくタイプでしょ……?」

  おおぅ。





  既に深夜。
  いくらメイドの鑑のエイジャとはいえ、寝ているだろうし扉は完全に施錠されている。
  ……まあ、私の持ち家ですから、鍵は持ってますけどね。
  「ふぁぁぁぁっ。眠い」
  扉を開き、中に入る。
  考えてみれば凄いわよね、吸血病の治療薬の際に伯爵に尽力したからとはいえ、豪邸であるローズソーン邸
  を無料で提供されるなんてさ。

  そしてそれが今に生きてる。
  これだけの豪邸があるからこそ、闇の一党の家族達を匿う事が出来るのだから。
  ……。
  まあ、広い広いと言ってもクヴァッチ聖域のフォルトナも住む事になったわけだから、そろそろ客間がない。

  それでもまだ二部屋ぐらい空きがあるけどさ。
  さて。
  「眠いけど、小腹も空いたかなぁ」
  家の醍醐味は、安心感よね。
  肩肘張らずにいれるもの。心地良いわねぇ。
  食べ物、何かないかな?
  食堂に入る。
  当然の事ながら、食卓には何もない。彩として華が飾られているだけ。
  ……ああ、いや……。
  「そういえばここに……」
  ガサゴソ。
  ……。
  ……ああ、あったあった。
  買い置きのパンがあった。
  日持ちするように焼いてあるので堅いけど、闘技場で食べたクッキーほどの堅さではない。
  バターとジャムも、あったあった。
  ココアでも入れようかな。
  「……誰ですか?」
  女の子の声がした。
  「あれ、フォルトナ? ……夢でうなされた?」
  「どうして分かるんですか?」
  驚くフォルトナに、私は静かに微笑み返した。
  ……私もそうだったからよ。
  ……。
  そういえばクヴァッチで別れてから、フォルトナとは会っていないけど……顔のやつれは消えてる。
  「座ろうか」
  椅子に座り、彼女にも勧める。
  ここに住む事を了承しておきながらも、あまり深い関係でない事に気付いた。
  うなされて眼が覚めてしまったフォルトナはすぐに寝るつもりがないようなので、少し話してみよう。
  コミュニケーションは大切です。
  「フォルトナ、毎日何してるの?」
  「ヴィセンテさんに文字教えてもらったり、テイナーヴァさんと釣りに行ったり、ムラージさんと買い物に行ったり。
  くすくす、でも遊んでばっかりじゃなくてエイジャさんのお手伝いもちゃんとしてます」

  「そう、楽しそうで良かったわ」
  笑いながらもフォルトナの顔には幾分か憂いもある。
  ……怖い。
  ……自分が怖い。
  ……こんなにも人の心が分かるなんて、私は自分が怖いわー。
  まあ、ぶっちゃけ私もそうだっただけなんだけどね。経験ありだから、フォルトナの今の心情は。
  「捨てたりしないわよ」
  「……えっ……?」
  「私もそうだったけど、そもそも同情だけで一緒に暮らせたりはしないものなのよ。途中でいらなくなるぐらいなら、最初
  から拾ったりしない。今の表現は上から目線だけど、別に貴女を蔑んでもないし恩着せがましくもするつもりないわ」

  「……」
  「私に媚びる必要もないし、気を遣う必要もない」
  「……」
  「ただ一生私に感謝して、『偉大なるフィー様、一生奴隷のフォルトナにご命令を』と敬いなさいよ」
  「はぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
  「その反応、アリスに似てるわねぇ」

  「誰です?」
  「んー、戦士ギルドの後輩。凄く似てるわ、今の反応」
  「きっとこの世界の神様は異なるキャラをたくさん作れない人なんですよ」
  「……フォルトナ、今の問題発言よ。きっと貴女にはこの先も不運の出来事が大口開けて待ってるわよーっ!」
  「はぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
  可愛い子。
  ……。
  フォルトナの危惧は分かる。
  ここから追い出されたらどうしよう?
  毎日が楽しいら却って不安になる、捨てられる恐怖。居場所のない絶望感。
  ……分かるなぁ。
  大学に拾われてから、最初はずっとハンぞぅやラミナスの顔色ばかり窺ってた。
  捨てられたくない。
  捨てられたくない。
  捨てられたくない。

  その一心で楽しくないのに笑ったり、良い子でいたり、泣かないようにしたりと、してたもの。
  本当に愛されていると知った時は突然体の力抜けて、泣いたわよ。
  フォルトナの気持ちは分かる。
  ……痛いほどに分かる。

  「貴女はあなたのやりたい事を見つけなさいな」
  ポンポン。
  撫でるように彼女の頭に、一度二度と触れる。
  スキンシップに慣れてないらしい。
  「あらフォルトナ、スキンシップ慣れてない?」
  「ええ、まあ」
  ……私もそうだったなぁ。
  「フィー好きぃー♪」
  むぎゅー♪
  ……彼女のはスキンシップではなくただのセクハラです。
  おおぅ。
  「お帰り、フィー♪」
  「ただいま、アン。……まだ起きてたの? こんなに遅いのに」
  「フィーを待ってたの。一緒に寝室にごー♪」
  「……」
  「二人の人間一つのベッド。今開演される愛の劇場ー♪」
  「……」
  ガンっ!
  「フィーがぶったぁー」
  「うっさいっ!」
  ……フォルトナの教育としてこの環境はどうだろう?
  ……性格歪まなきゃいいけど……。
  当のフォルトナは可愛らしい笑い声を立てた。
  「くすくす♪」
  まあ、楽しそうだからいっか。
  楽しい日々が過去の不幸を、特に最近の投獄の際の心の傷が消えるわけじゃないけど、人は不幸だけでは
  生きられない。

  楽しみなさい、日々を。
  「フィーは明日もいる?」
  「まあ、ブルーマに行くけど……お昼ぐらいまではいるかな」
  久し振りにくつろごう。
  グレイプリンスとの決戦の疲れをとろう。そして彼の冥福を。
  ふと思い出す。
  「フォルトナ、フィフスの件はもう少し待って」

  「はい?」
  「闇の一党を私が潰す。……そうしたらみんな自由に動けるわ。それまで待って」

  「……」
  「フォルトナ?」
  「実はあたし、力がなくなっちゃって……」
  「力?」
  「糸が出ないんです」
  「……ふむ」
  魔力の糸。
  フォルトナの能力は、古代アイレイド王家のモノ。
  ……いや厳密に同じものかは知らないけど、文献によるとそうなってる。
  アイレイドの王族は魔力を糸状にして鉄すらも寸断し、戦闘型自律人形マリオネットを自分の意思だけで
  支配できる事から『人形遣い』と呼ばれていたらしい。
  ……。
  さらに言うなら、フォルトナにはもう一つ人格があるようだ。
  どのような条件でそんな人格が発動するのかは分からないけど、おそらくはクヴァッチの一件が初めてだろう。
  何故って?
  決まってるじゃない。あの人格がそう何度も何度も発動してるなら、事件になってるわ。
  あの人格は、自らをアイレイドの人形姫と自称していた。
  少なくともあの人格が発現する度に死体の山築く事になるわけだから、過去今回のような事件が起きていない
  ところを見ると今回が初めてだったと推察できる。

  さて。
  「ふぅむ」
  「ひゃっ!」
  まじまじと顔を見た後、彼女の頬に手を当てると悲鳴。
  スキンシップが怖い、というわけではなさそう。
  何故なら胸元隠して怯えているから。

  ……?
  「フォルトナ? 私はただ貴女の状態を調べるだけなんだけど」
  「そ、そうなんですか? ……襲われると思いました」
  「はっ?」
  「フィーもフォルトナも、おやすみーっ!」
  フォルトナの視線はアンに……当のアンはおやすみなさいと走って逃げた。
  あの女、何言った?

  「アンは何て言ってたの?」
  「その、フィーさんは女性に手を出すのが早いって」
  「は、ははは、そっか」
  あの女ーっ!
  フォルトナの微妙に距離を置きたいと語る視線が痛い今日この頃。
  ……。
  あの女さえいなければっ!
  あの女さえいなければ私は『フィーさんは優しくて素敵なお姉さんです。あたしも将来あんな風になりたいです♪』という
  作文をフォルトナが書きたくなるぐらい、好印象だったのにぃーっ!

  ……ちくしょう。
  「フォルトナ、アンの言う事はデタラメよ」
  「でも……」
  「デタラメーっ!」
  「は、はいデタラメですっ!」
  「よろしい」
  こほん、一息置いてからフォルトナの頬に手を当てる。今度は嫌がらない。
  ……怯えてるけど。
  「んー、別におかしい感じはしないけどなぁ」
  「……?」
  「魔力の糸も、まあ魔法の類だからね。おそらく精神的なものだと思うけど。呪いとかの影響はないみたいだし」

  「精神的?」
  「そう。魔法は精神と密接だからね。肉体は関係ないの。……フィフスがいないからじゃない?」
  「そうかもしれません。ううん、きっとそうです」
  「まっ、近い内に闇の一党潰すから待って。そしたら自由に動ける。そしたら私も暇になるし、手伝うわ」
  にこりと笑うと彼女は微笑み返した。
  うん、可愛い笑顔。
  「おや妹よ、お帰り。旅はどうでしたか?」
  「あらお兄様。元気……よね、夜だもん」
  我が家の吸血鬼ヴィンセンテ登場。
  聖域潰れたんだからお兄様と呼ぶ必要はないんだけど、そう呼ばないとしっくり来ないのよねぇ。
  ……完全に頭腐ったらしい、私。
  ……暗殺者達と家族してるもんなぁ、普通に。
  「今から月光浴に行ってきます。妹達もどうですか?」
  「私はパス。少し食べてから、寝るとするわ」
  「あたしは、行きたいです」
  意外にフォルトナ、ファザコンかもね。
  まあ、人間なんて究極的にマザコンかファザコンのどちらかに属すわけなんだろうけど。
  自分を考える。
  ……私もファザコンね、ハンぞぅがある意味父親だし。
  「では妹よ、フォルトナと少し出歩いてきます」
  「行ってきます」
  「行ってらっしゃい二人とも。……フォルトナは美容も考えて、あまり夜更かししない方がいいわよ?」 
 






  スキングラードで半日過ごした後、私はシャドウメアに乗って一路ブルーマに。
  雪国。
  ……寒いです、私はやっぱり寒いの嫌いです。
  到着してまず思ったのは、人口増えた?
  住人に聞くと学者達が最近、訪れているらしい。
  何でも伝説のベイル峠が見つかって、学者達がこぞって集まってきているそうな。
  まあ、そこはいい。
  ジュガスタの家を探す。
  しかし衛兵には聞けないし住人にも聞けない。今から暗殺するのに、足がつくような事はしたくない。
  どの街にもいる物乞い。
  私はその1人に金貨100枚渡して、ジュガスタの家の場所を聞き、情報を聞く。
  1人暮らし。
  滅多に出歩かない。
  まあ、その程度の情報でもないよりマシだ。
  ただ……。
  「貴族?」
  宿で時間を潰して深夜。
  既にジュガスタの家に忍び込み、この家の主を暗殺する為に当のご主人様を探しているんだけど、貴族
  とは到底思えない。

  確かに広い家だけど、金目のモノとかないし思いっきり質素。
  金持ちの家とは本来こうあるべきだ、という私の勝手な思い込みと偏見かもしれないけどイメージとは違う。

  まあ、いいけど。
  どこにもいない。
  「あれー?」
  指令状を思い出す。

  確か地下があるとか書いてあったけど……どこにも地下なんてないじゃない。
  変に散らかってるだけ。布が散乱している。
  ……待てよ?
  布の類を退ける。

  ビンゴ。
  地下室の入り口を見つけた。とりあえずもう一度家の中を探す。
  地下室入った瞬間に、どこかの部屋に隠れていた標的に閉じ込められただとただの笑い話だから。
  どこにもいない。
  よし、地下室に入るとしようか。



  地下。
  指令状の通り、体鍛えるのが好きらしい。
  サンドバックを延々と殴り続けるカジートがいる。
  「……」
  すらり。
  無言のまま剣を抜く。
  「誰だっ!」
  ……へぇ。
  私の殺気を感じたのか。なるほど、それなりに歯応えがありそうじゃないの。
  もちろん別に戦闘を楽しむつもりはない。
  依頼人の憎しみも私には理解出来ないし、理解しようとも思わない。
  私は暗殺者。
  殺すのが商売。
  「泥棒か? 悪いが盗みに入る家を間違えたな」
  どっちの意味だろう?
  貴族の家にしては小さいし、金目のモノがないから?
  それともそれだけ自分の腕に自信がある。
  「夜母の名の元に死んでもらう」
  「夜母っ!」
  闇の一党の創設者であり、死んでるのか生きてるのか、幽霊なのか精霊なのかそれともただの偶像なのか
  よく分からない婆さん。それが夜母。
  一応世間一般的に浸透している。
  夜母=闇の一党、そんな方程式として世間に浸透してる。
  その名を聞きジュガスタは驚いた。

  「誰の手の者だっ! 誰に指示されたっ!」
  「……えっ……?」
  驚きの意味が、違う?
  誰の手の者……ええっ?
  こうなると話が変わってくる。こういう受け答えするという事か、こいつも闇の一党?
  しかも誰に指示されたとか言ってる辺り、こいつも幹部クラスの可能性がある。ブラックハンドの1人か?
  聞えし者か、伝えし者か、奪いし者かは知らないけど。
  「私は奪いし者、フィッツガルド・エメラルダ。……幹部なら却って都合がいい、お前殺すよ」
  「ほざけっ!」
  素早い動きで突っ込んでくる。
  ……馬鹿め。
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  どんなに体術極めてようが問答無用で魔法の餌食になれば意味ないでしょうに。
  ぶわぁっ。
  爆炎と黒煙の中から飛び出すジュガスタ。
  所々焦げてるし燃えてるけど、なかなかタフね。……正確には死に損ねたともいうけど。
  鋭い突きを繰り出してくる。
  軽く頭をかすったものの、私は紙一重で回避してそのままジュガスタの体を両断すべく剣を横に振るい……。

  がくっ。
  途端、力が抜ける。
  「……あ、あれ?」
  「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  野獣のような咆哮を上げて私の首を掴み、そのまま壁に押し付ける。
  息が、苦しい。
  「言え。誰の手の者だ? それとも個人的な造反か?」
  「……」
  くそ。侮った。
  頭をかすった瞬間、軽く脳震盪起こしたらしい。

  それだけあいつの拳の一撃が鋭かったわけだ。くそ、素手だと思って油断した。
  ……くすくす、でも甘いわねぇ……。

  首を絞める彼の手に触れる。
  「能書きなしで殺せばいいのに。それがお前の敗因」
  「……何?」

  「炎帝」
  ゴゥっ。
  手から発せられる、業火。
  ゼロ距離専用ではあるものの火力は煉獄の比じゃない。
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  野獣のような咆哮。
  しかしそれは得意げなものではなく、どこまでもどこまでも苦悶に満ちている。
  火達磨となったジュガスタは頼りない足取りで二歩、三歩ほど部屋を意味もなく歩き、そのまま倒れて果てた。
  肉を焼く匂いが充満する。
  「惜しかったわね。……まっ、手持ちの技能の数の差よ。体術だけで私に勝てるものか」






  雪が舞う。
  「それはとても晴れた日で、未来なんていらないと思ってた。私は無力で、言葉も選べずに……♪」
  シャドウメアの背に乗り揺られながら、私は上機嫌で歌を歌っていた。
  あの後。
  私はすぐさまブルーマを発った。
  追われてるわけでもないけど、留まる必要もない。
  「ふふふ」
  楽しい。
  楽しいわ。
  今回の暗殺の相手はジュガスタ。階級は分からないものの、幹部集団ブラックハンドの1人には間違いない。
  彼の台詞がそれを物語っていた。
  裏付けの為に家を家捜し。
  その結果、酒樽に偽装されたところから、闇の一党の経典と、幹部用の法衣が出てきた。
  私?
  私もルシエンから法衣もらったわよ、シェイディンハル聖域の浄化の儀式の後にね。
  センス悪いから着ないけど。
  「シャドウメア、今日は良い日だから後でたっぷり人参ご馳走してあげるわね」
  首筋を撫でてあげる。
  シャドウメアは嬉しそうに嘶いた。本当に可愛いなぁ、この子。
  「ルシエン、貴方は最高の三流脚本家ね」
  微笑を湛えて呟く。
  裏切り者とは、おそらくは奴だ。
  裏切り者騒動で追及をかわす為に、私にシェイディンハル聖域の浄化を命じたのだろう。生贄として、彼らを犯人に
  仕立て上げた。私が結局、言いなりにならずに彼らは今も私の家で生きてるけどね。
  考えてみれば、ルシエンは口を滑らしたわね。
  その裏切り者はシェイディンハル聖域で長い間活動していた……つまりルシエン本人だ。
  あのニヤデレ男の管轄だったのよ、あの聖域。
  あの男もそのカテゴリーに入るわけだ。
  ……なるほどねぇ。
  何を企んでるのかは知らないけど、組織を乗っ取るつもりか、組織を潰すつもりなのか。
  ただの内部抗争?
  そうかもしれない。
  いずれにしてもこの状況は利用出来る。
  私は気付かない振りして、今後も幹部殺しを匂わせる展開なら嬉々として幹部を抹殺しよう。
  立場悪くなればルシエンは私の独走、そう他の幹部に説明するはず。
  でもそれはそれでいい。
  幹部殺せるだけの実力がある私を、利用しようという幹部も出てくるはず。
  闇の一党の結束が意外に脆い事を私は既に知ってる。
  幹部殺しが頻発すれば、おそらくは殺される前に殺してやると疑心暗鬼から幹部同士の殺し合いになる可能性
  だってあるわけだ。私は止めないわ、どうぞご自由に殺し合いしていてくださいませ。
  残っても心配ないわ、私が綺麗に掃除するから。
  ……1人残らずね。
  「ふふふ」
  すでに戒律は朽ち果て、誓約は破られた。

  闇の一党の推奨する偽りの家族ごっこはもうお終い。
  幹部達の結束もいずれは崩れる。
  「楽しいわね。……シャドウメア、そう思わない? ふふふ」
  共食いを開始した幹部集団ブラックハンド。
  この機会、利用させてもらうわ。