天使で悪魔




グランドチャンピオン





  デステスト。
  五戦連続勝利する事により、本来の流れを無視してグランドチャンピオンに挑戦権を得れる特別戦。

  私はそれに勝利した。
  与えられた称号は『レディラック』。
  栄光?
  名誉?
  正直、そんなものに興味はない。
  与えられた任務をこなすだけだ、私は闇の一党の奪いし者。こなすのは常に人の死を演出する事。
  殺すとしよう。
  ……グランドチャンピオンを殺す。






  「はあ、食べた食べた」
  オーウィンのお誘いで、奢りで食事。夕食。
  もちろん闘技場の地下にある、剣闘士用の安食堂ではない。
  タロス地区にある『タイバーセプティム』という高級サロン兼高級ホテルでだ。
  お祝い。
  無事、チャンピオンになったお祝い。
  ……。
  猪がチャンピオンだろう?
  あ、あれはアナウンスの冗談だったのよ。ポークチョップ、活躍した(?)功績を称えられ、今夜は特別
  メニューを平らげているでしょうねぇ。

  「ふぅ」
  夜風が気持ち良い。

  明日が決戦。
  本来ならば、チャンピオン戦の後にグランドチャンピオン戦へ移行するはずであったものの一日延びた。

  その要因は二つ。
  1つは私の疲労。さすがに五戦連続……は大した事ないんだけどね、そのままいけばさ。
  ただ黄軍は最終戦で自軍の剣闘士全てを投入した。
  いくら私でも30人抜きは応えますって。
  それを考慮して明日になった。
  もう1つは私が英雄になってしまった事。
  元ブレイズの剣闘士戦から『レディラック』とか呼ばれるし、私へ賭ける人が跳ね上がった。
  これは商売になるぞ、という事で闘技場サイドは明日に回したのだ。
  まあいいわ。
  私は休まるし。さすがにあのままグランドチャンピオン戦だと、面倒だし。
  「ふぅ」
  闘技場近くまで戻ってくると異様な熱気がある。
  わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
  喚声が聞える。
  本日最終の、特別の試合が催されているのだ。
  グランドチャンピオンであるグレイプリンスが、モンスター相手にエキジビジョン的な試合を行っている。
  「吸血鬼、か」
  彼は自覚していない。
  それはつまり血への渇望がない、血の供給がなくても死ぬ事はないんだろうけど……血を求めてはいる。
  そうじゃなきゃ鮮血飛び散る闘技場に身を投じるわけがない。
  偶然かもしれない。
  しかし、偶然にしては出来すぎてる。
  「殺すだけよ」
  口元に冷酷な色を浮かべて、私は吐き捨てる。
  いつもの暗殺と違うのは闘技場で、試合として彼を殺す事。誰が依頼したのかは知らないけど、彼は剣闘士として
  死ぬ事になる。

  それはそれで綺麗な死に方だと思うわ。
  剣闘士。
  剣闘士として戦い、死ぬ。それは綺麗でしょうよ。
  帝国も元老院も観客達も、本来なら忌み嫌う殺人を愉しむ連中は吐き気がするほど嫌いだけど、自ら剣闘士になる
  連中は嫌いではない。自らの命を賭けて名誉を手にしようとする、馬鹿だけど純粋なだけに気持ち良い。

  グレイプリンスにも悪い感情はない。
  華々しく散らしてあげるわ、私のせめてもの敬意の証としてね。

  「さて、と」
  闘技場の前で立ち止まる。
  別にここに戻る必要はないのよ、試合は明日だし、宿泊施設はあるだろうけど剣闘士用の施設汗臭そうだし。

  あのまま高級ホテルに泊まっても良かった。
  ……でも邪魔したくなかったし。
  「家族かぁ」
  微笑ましいじゃないの。
  たまたまデステスト戦後にオーウィンの娘を名乗る、剣闘士志望の少女と出会った。
  いつかグランドチャンピオンになるから、その時は認知して欲しい。娘と認めて欲しい。そう言った。
  健気だったから、仲介してあげた。
  まあ娘と認めてもらうもらえないはともかく、タイバーセプティムでまだ食事してるはず。
  結構良い雰囲気だった。
  ……たまには私も善行しないとね。
  ……暗殺ばかりだと表情険しくなりそうだし。






  異様な熱気に包まれる、闘技場の地下。
  剣闘士達の楽園。
  「……はぁ」
  やっぱり来るんじゃなかった。
  汗臭い。
  ただ一番最初に来た時とは違い、剣闘士達は私に畏敬と畏怖の表情を浮かべていた。
  デステストを乗り越えた剣闘士レディラック。

  デステストは今回を合わせてまだ二度しか行われていないらしい。
  前回のデステストは、グレイプリンス。
  彼はその試練を乗り越えグレイプリンスという称号を手に入れた。

  今のところ『グランドチャンピオン』の最短記録を所持しているのは彼。私の場合は、闘技場サイドの都合で連戦ではなく、
  グランドチャンピオン戦が明日になった為に記録的に最短ではなくなってしまった。
  しかし別の伝説は創れる。
  女性最初のグランドチャンピオンだ。
  ……まあ、目的がグレイプリンスの死だけであり、グランドチャンピオンには興味ないけど彼を殺せば必然的に私にその
  地位が回ってくる。

  英雄として色々と伝説を作るというのも楽しいものだ。
  「あれ?」
  人だかりがある。

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  剣戟が聞えるから、誰かが訓練しているのだろうけどものすごい人だかりだ。
  気になった。
  どうやって人垣を割っては入ろう、と考えていると……。
  「これはレディラックっ! お、おい道を開けて差し上げろ」

  「え、ええそうね。私達青軍の英雄だものね。どうぞ、レディラック」
  二人の剣闘士が道を開けてくれる。
  私も有名になったものだ。
  ……。
  まあ、今までチャンピオンとして君臨していた黄軍のノルドの大女を引き摺り下ろし(正確には猪ですけどねぇー)、
  その際に黄軍はほぼ壊滅状態。有力な剣闘士達も地に屈した。青軍の天下だ。
  剣闘士の確執はよく知らないしどうでもいいけど、青軍は今まで黄軍に劣等感を抱いていたようだ。
  質の面で劣っていたからね。
  その形勢を逆転させた私は、青軍で英雄。

  まあ、悪い気はしない。
  さて。

  二人のオークが、模範試合をしていた。
  訓練、とは言い難い。
  お互いに使っているのは模擬用の木刀ではなく、お互いの愛刀。つまり白刃を閃かせ、斬り合っている。

  飽きる事なく、刃を交えている。
  周囲の事などまるで眼中にない、そんな彼らに声を掛けることなどないし反応もしてくれないだろう。
  1人はグレイプリンス。モンスター相手の試合終わったらしい。早いわねぇ。
  1人は白いオーク。
  腕は甲乙つけ難いものの、グレイプリンスの方が修羅場を踏んでいるからか次第に優勢に傾いていく。
  最終的にモノをいうのは、経験だ。
  見物人の剣闘士に聞いてみる。

  「相手は誰なの?」
  「グレイズ・エル・トレヴァーというオークですよ、レディラック」
  丁重に返答してくれる、アルトマーの男性剣闘士。
  アルトマーが剣闘士というのも珍しい気がするわね。お上品な、高貴な種族なのに。
  魔法が得意なタイプの剣闘士なのかな?

  「強いわね、彼」
  「ええ。実力で行けば、貴女が倒したノルドの前チャンピオンより強いですよ。……ただ妙な騎士道精神持ってましてね、
  女性相手だと降伏しちゃうんですよ。女性は護るものであって刃を向けるものではない、それが口癖でして」
  「ふーん」
  「それに彼、太陽の光は跳ね返せないんですよ」
  「はっ?」
  「肌白いでしょう? 遺伝的な病気らしいです。日光浴びれない体質らしいです」
  「へー」
  吸血鬼、ではないみたいだけど……世の中色々な病気があるのね。
  グレイプリンスとは旧知の間らしく、たまに剣を交えているみたいだけど大抵見物の剣闘士でごった返すらしい。
  分かる気がする。
  あのグレイズという白オーク、強い。
  私が倒した(正確には猪が倒した)ノルドの大女より強い。
  経験的な差が勝敗を分けてるみたいだけど、純粋な剣の腕ならグレイプリンスと良い勝負じゃないかな?
  今のところその経験の差が大きいらしく、グレイプリンスが全勝してるみたいだけど。
  「……ふむ」
  意外にやり辛いかもな。
  見る限りグレイプリンスは王座に踏ん反り返ってるだけじゃない。
  実力が伴いすぎてるだろう、これは。
  ……明日は疲れる事になりそうね。











  翌日。
  ついにこの日が来た。グランドチャンピオン戦。
  グレイプリンスが王座に君臨していた最大の理由は誰も挑戦しなかったから。
  長い間ノルドの大女がチャンピオンの地位に着いていたものの、グレイプリンスに挑戦する根性と
  勇気がなかったらしい。
  その結果、長い間グレイプリンスが王者として君臨していたのだ。
  むろん挑戦できなかった理由もある。
  グレイプリンスはチャンピオンが挑戦してこないので、暇なのか闘技場サイドの商売の一環なのか知らないけど
  モンスター相手の試合をこなしてきた。
  大抵は挑戦する気は湧かないでしょうね。同時にミノタウロス三匹相手に勝てるだけの実力がある。
  ノルドの大女は挑戦しなかった。
  しかし私は違う。
  闇の一党の任務の一環ではあるけれども、彼に挑戦した。
  歴史的な一戦が、今から始まる。
  「長年グレイプリンスは王座に君臨してきた。シロディール中が彼を最強だと認識している」
  オーウィンが激励の言葉を私に告げる。
  これから先の戦いは、青軍と黄軍双方の頂点に立つ、王者の地位を賭けた戦い。
  剣闘士達もこの一戦を、称える。
  私の勝利を。
  彼の勝利を。
  この一戦、観客はともかく……剣闘士達にとってはどちらが勝っても負けても称えるべき事柄なのだ。
  そういう意味では彼らは純粋なのだと思う。
  飽くなき強さへの道へと突き進むだけ。
  グレイプリンスは既にゲートで待機しているらしい。私も行くとしよう。
  「エメラルダ……いや、気高きチャンピオン」
  「ふふふ。照れ臭いんですけど。……それよりオーウィン、娘と認めてあげた?」
  「それは、家族の問題だ。お前の口にする事じゃないぞ。お前少し気安すぎるだろう?」
  「それは失礼。貴方の家族の事柄ですもんね」
  家族、そう口にする以上そう問題はないみたい。
  憎まれ口を叩きつつ、オーウィンは言う。
  「グレイプリンスは良い奴だ。俺はそう思ってる。……しかしグランドチャンピオン戦で生き残るのは一人だけ、降伏
  は許されない。お前は俺達青軍の誇りだエメラルダ。さあ誰が真の最強か示して来いっ!」
  『我々の英雄に勝利をっ!』
  ……脳まで筋肉の単純馬鹿ばっか。
  ……でも嫌いじゃないわね。私の価値観として、嫌いじゃない。
  ウインクして私はゲートに向う。
  青軍剣闘士達の敬意を胸に秘め、その快感をぬるま湯のように浸りながら進むに連れて、別の歓声を聞く。
  この歓声は、正直不快だったりする。
  ……私、気難しい女なので。

  ほほほ。
  わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!

  「……うるさい」
  世紀の一戦。
  観客達がその開始を今か今かと待ちわびている。
  ……俗物どもめ。
  命は大切です、そんな顔しながら生き死にを愉しむ。
  正直気に食わない。
  観客達に踊らされるつもりはないが、今は闘技場の剣闘士として命懸けで戦うとしよう。
  日記。
  吸血鬼である事を記した、彼の父親の日記を見せていればおそらくは激闘にはならなかったはず。
  彼は自暴自棄になる。
  簡単に殺せる可能性もあったわけだが……私はその方法を放棄した。
  私は人を殺す。
  人の皮を被った悪魔ではあるのも自覚してる。
  でも……。
  「……」
  今更どうにもならないわね、もう日記は存在しないもの。
  天使で悪魔。
  どちらにしても死を演出するのだから、それが天使であろうと悪魔であろうとどちらでもいい。
  天使として相手してあげよう。
  ……小細工なしで、王者として奴を殺す。
  私はいつもの鉄の鎧を身に纏い、ゲートまで足を進める。。
  グランドチャンピオン戦は装備自由。
  最高のコンディションに、最高の武装。鎧も魔法で強度を強化してある。まさに完璧の、装備状態。

  アナウンスが語る。
  同時に、観客達は静かになった。

  「シロディールの皆さんっ! とうとう無敗と無敵を誇るグランドチャンピオンであるグレイプリンスに挑戦する者が現れ
  ました。その無謀な考えをする者は誰か? 大胆不敵にも王者の座を狙う者は誰なのか?」

  静まり返る闘技場。
  アナウンスはその静まりとは相反して、たぎる思いで胸一杯の観客達を焦らすように煽るように文句を続ける。
  ……もう聞き慣れたけど、人の真理衝くのうまいなぁ、このアナウンスの人。
  「グレイプリンスは無敵。10年以上、王者の座に君臨し挑戦者を寄せ付けない至高の存在。そんな王者に挑戦するのは
  一体誰なのか? その挑戦は無謀なのかこの戦闘は常識を覆すのか?」

  すらり。
  鞘から剣を抜き、刃の具合を確認。
  ……完璧っ!
  この戦闘では剣しか使わないつもり。どこまで通用するのか試してみるのも悪くない。
  剣を戻し、深呼吸。
  「シロディールの人々よっ! 自信を持って紹介しましょう、レディラックですっ!」
  ゲートが開く。
  私の姿を見て、観客達はヒートアップしていた。
  うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!

  向こうのゲート、グレイプリンスの側も開いている。
  しかしまだ戦闘開始は告げられていない。
  最初に闘技場サイドに決められた打ち合わせ通り、私達は悠然と中央まで進み、止まる。

  『レディラックっ! レディラックっ! レディラックっ!』
  『グレイプリンスっ! グレイプリンスっ! グレイプリンスっ!』
  観客達の声援とは関係なく、私と彼の顔は冷静そのもの。
  王者らしくにやりと笑った。私も不敵に微笑み返す。

  アナウンスの声は続く。
  「運命的な出会いです、双方共にデステストを経てチャンピオンになった者同士っ! 王者は王座に君臨したままか、
  それとも若き挑戦者がその座を奪うのかっ! 世紀の一戦の火蓋が今、降ろされたのですっ!」
  戦闘開始のアナウンス。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  同時に私達は刃を抜き、互いに一閃。
  刃を交え、互いに後に引いた。
  「はぁっ!」
  グレイプリンスが仕掛けてくる。足元からすくうような一撃。
  私は基本、待ちの体勢。
  強力な使い手相手ではスピードでは勝てても、大抵力で負ける。積極的に攻めると不利だ。
  私は剣を振り上げ……。
  「はっ!」
  気合を込め、刃を振り下ろす。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  狙いはグレイプリンス……の剣。
  彼の剣を上から斬撃を加えると、彼の剣は私の剣に押さえ込まれるような形になる。
  そのまま私は剣を横に一閃……。

  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「……えっ!」
  力で上に振り上げるグレイプリンス。
  危うく顔面を割られるところを、体勢を崩しながらも私は後ろに飛んだ。その後を追撃してくる。
  「……」
  「くぅっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  連撃っ!
  種族としてオークの方が力が強いのは分かるけど、そこは理解出来るけど、グレイプリンスの太刀筋は私よりも鋭く
  無駄がない。辛うじてスピードは私が速いけど……力に押し切られて大抵は弾かれる。
  相手の剣戟の隙間を縫って……
  「はぁっ!」
  「……」
  僅かな隙を狙い、渾身の突きを繰り出す。
  グレイプリンスは喉元で笑う。積極的な攻めから一転して受けに回り、私の一撃を受け流す。
  ……まずい……。
  「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  思った時は遅かった。
  左腕が切り裂かれる。
  鎧の鉄板の合間と合間を縫って、斬られたのだ。
  腕は落ちてはいないけど使い物にはならない。私はその場に倒れつつも、相手の足を狙って切り払う。
  キィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  その払いを剣で上から叩き、私の攻撃が不発に終わって倒れこんだ時、グレイプリンスが私を串刺しにする態勢を
  取っていた。上段に振りかぶる様な大仰な事はしない。

  グレイプリンスは倒れる私目掛けて……。
  ガっ。
  私は相手の足を払う。

  無様と言うなかれ。戦闘とは、格好良いものではないのだ。
  「なっ!」
  「ふふふ」
  さっき笑われたお返しだ。

  グレイプリンスは堪らず体勢を崩した瞬間に、私は剣を突きつけながら間合いを保った。
  「やるな」
  「貴方もね」
  うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
  息もつかぬ戦闘。
  観客達は熱狂していた。
  表面的に私は不敵に見せているものの、実は内心では冷や汗をかいていた。
  ……まずい。
  左腕はまともに動かない。

  左腕を添えなければ相手の剣は受け流せない、それだけ重いのだ。
  それに出血。
  魔法で回復出来るけど……それには右手で魔法を掛けなければならない。傷に手を当てながらね。
  そんな余裕ある?
  ……。
  ありえない。
  そんな隙作れば私は斬られる。かといってそう簡単に間合いも保てないし。
  どうする?

  グレイプリンスは正眼に構える。
  なるほど、長年王座にいただけある。無駄な、大仰な構えは一切しない。実に理に叶った構え。
  私は剣を鞘に戻した。
  力では勝てないし、キャリアでも向こうが上。辛うじてスピードで勝るものの、相手の方が有利なのは変わりない。
  加えて私は出血中で左腕使えない。
  居合い。
  居合いで、勝負を決めるまで。
  一瞬の閃きで勝敗を決する。それしか、私にしか手がない。
  「……」
  「……」
  静かに対峙する。
  じりじりと向こうは間合いを詰めようとする、私は動かない。相手が左に動けば私は左に、右に動けば右に。
  常に相手と相対する動き。
  「……」
  「……」
  無言で正眼の構えのまま、ゆっくりと動くグレイプリンス。
  静かではあるものの、無敗の王者の体からは次第に気合が高まっていくのを感じる。
  気圧されそうになる。
  ……ちくしょう。
  ……こんなマジバトル、闇の一党の任務じゃないでしょうに。
  ……熱血嫌いなのにぃーっ!
  そして……。
  「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  激しい気合の掛け声と共に剣を繰り出すグレイプリンス。
  狙いは私の……胴か。
  首狙うよりも胴狙う方が楽だし、手堅い。華やかな王座にいながら地味な戦法。それでこそ、王者。
  王者に君臨するには積極さと慎重さが必要なのだ。
  グレイプリンス、侮れない。
  彼が動いた時、私もほぼ同時に動いていた。
  「はぁっ!」
  短い気合と共に私も同時に抜刀する。私の方が一瞬速いっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  私の剣が閃く。金属の音が響く。
  しかしグレイプリンスの剣はそのまま私の体を、横に薙いだ。
  「……なっ……?」
  間の抜けた声を発するグレイプリンス。渾身の一撃なのに私が立っている。
  何が起きたかを理解していない。
  その為、対応が遅れた。
  私は気合失せないままグレイプリンスに剣を向ける。
  グレイプリンスはグレイプリンスで、一瞬躊躇った。渾身の一撃で私の腹を薙いだ、鎧諸共私は真っ二つになったはず
  だったのに私は生きている。切り裂いたはずなのに、手応えのなさも驚愕に繋がる。
  それが彼を動揺させた。私はその隙を見逃さない。
  「やあっ!」
  「……っ!」
  そのまま、私は彼の胸に飛び込んだ。
  刃が彼を貫通している。私の突きは、グレイプリンスの、無敗の王者の腹を貫いていた。
  傷口からは血が流れ続ける。
  私の腕より出血が激しい。もう助からないだろう。
  持久戦となっても彼に分はない。剣を振るう力もないのか、それともこれ以上の戦いは無意味と悟ったのか彼
  は手にしていた剣を離して、捨てた。
  グレイプリンスの愛刀は、刃が半ばなくなっていた。
  私が狙ったのは、彼ではなく剣の方。
  渾身の一撃を放つのに全神経を集中していた彼は半分刀身がなくなってるのに気付かなかったのだ。
  半ば刀身のない剣は、私の腹をかすっただけ。鎧着てたから傷はない。
  「……さすがだなぁ。挑戦してくるだけあるよ、あんたは……」
  「……貴方も、さすがはグランドチャンピオンね。正直、負けると思った戦いは貴方が初めてよ……」
  「……ふふふ。光栄だよ」
  剣を体から抜くとグレイプリンスはにやりと笑い、後に下がった。
  王者に相応しい、不敵な面構えは失われないまま。
  「……今日からあんたがグランドチャンピオンだ、あんたなら相応しいよ。あんたなら……」
  「……ありがとう……」
  「……これで、終われる……」
  ドサァっ!
  その場に倒れ付す。己の血溜まりに沈むグレイプリンス。
  事切れていた。
  彼の最後の言葉、何を意味するのだろうか?
  ……もしかしたら彼自身、自分が吸血鬼の遺児である事を気付いていたのかもしれない。
  ……もしかしたら……。
  うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
  騒ぐ観客達。
  煽るアナウンス。
  帝国も元老院も、ただの不快でしかなかった。
  剣闘士達は己の命を賭けて栄光と名誉を手にする。私はそこに対して何の疑問もない。
  それでいいと思う。
  命を賭ける、自らの腕だけを信じて……いいと思うわ、美しい。実に理に叶ってる。
  しかしこいつらは何?
  『レディラックっ! レディラックっ! レディラックっ! レディラックっ! レディラックっ! レディラックっ!』
  こいつらは決して自分の手は汚さない。
  殺人を恐れるくせに、見世物の殺人を愉しむ。
  その所業はある意味で闇の一党ダークブラザーフットにも劣るのではないか?
  私は腹が立っていた。
  私は腹が……。



















  グレイプリンス。
  アグロナック・グロ=マログが、フィッツガルド・エメラルダに宛てた遺書。


  『私は自らの生命に、自らの人生に幕を下ろしたいと願っていた。
  ……。
  ずっと自分が貴族の子供だと自負してきた。
  ずっとその為に勇猛であり勇敢であるべきだと心に秘め、今まで生きてきた。
  剣闘士になったのはその手段だった。
  栄光と名誉。
  貴族としての証明が出来ない私にとって、剣闘士として、グランドチャンピオンとして君臨する事は唯一の
  栄光と名誉の方法だと信じて疑わなかった』
  
  『母はいつも遠い目をしていた。
  寂しそうで、儚げな瞳をいつも私に向けていた。
  ずっとそれを、貴族の血を受け継ぎながらその恩恵を何一つ得られない私が不憫でならない、そういう意味だと
  思っていた。

  しかし違った。私は知ってしまったのだ、母の死後、遺品の中の日記から知ってしまった。
  私は英雄なんかじゃない。
  私は貴族なんかじゃない。
  私は吸血鬼の遺児。
  悪意の塊、世界にとって忌むべき存在だったのだ』


  『自殺も考えた。
  しかしグランドチャンピオンとしての誇りがそれを許さなかった。
  闘技場で死ぬ。
  戦って死ぬ。
  それが相応しいと思ったがチャンピオンは私には挑戦して来ない。それに彼女では私の相手は務まらない。
  苦肉の策だった。
  私は闇の一党に依頼した。
  殺すべき相手は私、しかし条件として闘技場で、観客の前で私を殺す事。
  ……。
  そう、君を雇ったのは私だ』


  『クロウへイブンの砦の探索の際、君は故意に日記の類を紛失させなかったか?
  私の思い違いかもしれない。
  本当になかったのかもしれない。
  しかし母もそうだが、隠し事をする者は何かにその内容を吐露したいものなのだ。
  私も習慣がなかった日記を、自分の正体を知ってからは記すようになった。
  いずれにせよ君は父と遭遇したはずだ。
  扉の向こうに閉じ込められていた父を。手渡した短剣は、父を殺した際に手にしたもののはず。
  君は何も言わない。
  君は何も……』


  『私は八百長をするつもりでいた。
  君に殺される、わざと殺される。観客に分からない程度に、手を抜いて殺される。
  そのつもりでいた。
  ……。
  君は高潔だ。
  死にゆく私の名誉を護ろうとした。真実を隠した。だから私も名誉と共に殉じよう。
  王者として君と刃を交えよう。

  私の人生は常に偽りだった、しかし君は私に英雄としての最後を用意してくれた。華々しい一戦を。
  私の人生が何だったのか、一体どういう意味があったのか。
  それは分からない。おそらく分からないまま終わるだろう。
  だが私は思うのだ。

  人生の最後に、君のような高潔な好敵手に会えた事は私にとって望外の喜びなのだ』