天使で悪魔




デステスト





  グランドチャンピオン。
  闘技場に君臨する、無敗の英雄。無敵の王者。
  今現在の、その玉座に座り名声と栄光を欲しいままにしているのがグレイプリンスの称号を持つ男。
  その男の、そのオークの名はアグロナック・グロ=マログ。
  自らを貴族の末裔と自負する人物。
  しかし……。
  ……。
  私は送ろうと思う。
  いずれは世間にばれる可能性もある、いずれは闇の特性に目覚める可能性だってある。
  彼は貴族。
  それは紛れもない。しかしその父親である貴族は、吸血鬼。
  グレイプリンスは吸血鬼の特性を継いだ、ハーフ。
  彼は悪くない。
  だが私は彼を送ろうと思う。
  善意?
  配慮?
  ……違う。私が闇の一党の暗殺者だから。
  ……依頼通り彼を消す。





  「はい、これ」
  私は紋章の刻まれた短剣を差し出した。彼から預かった鍵も返す。
  紋章は鍵にも刻まれている。
  証明にはならないかもしれないものの、自身の中では納得は出来るはず。
  短剣と鍵に刻まれた、共通の紋章。
  紛れもなく貴族の証明となるだろう。
  場所は帝都の闘技場地区にある、闘技場地下。剣闘士の訓練場に隣接している、休憩室。
  現役のグレイチャンピオンの気に圧されて側に近づく者は誰もいない。
  私と彼の囲むテーブルの周りは、静かなものだ。
  「……」
  無言のグレイプリンス。
  不服?
  ……。
  最大の証明である日記は私が焼いて捨てた。
  確かにそれを見せれば納得するだろうけど……同時に彼は気付くだろう。
  自分が吸血鬼の遺児である事を。
  帝国の政策の所為で、世間一般的には吸血鬼は化け物ではあるものの知識階級でありある意味で学者
  でもある魔術師ギルドの出身の私にしてみれば、吸血鬼は疫病なのだ。
  ただ、この場合どうなるのだろう?
  吸血鬼の血を継ぐ、子供。
  吸血病を受け継いだ場合、どうなるのだろう?
  ……。
  スキングラード領主であるハシルドア伯爵を思い出す。
  彼は治療薬を飲まなかった。菌が肉体に浸透し切っているのに治療したらどうなるか分からないと、そう言った。
  ならグレイプリンスは……。
  「ああ、あとこれ」
  手紙を差し出す。
  書斎で見つけたものだ。内容は検めたけど、吸血鬼と関連する内容ではなかった。
  ……。
  考えない事だ。
  彼が吸血鬼のハーフとか、治る見込み皆無とか、考える必要はない。
  殺すだけだ。
  闇の一党で出世し、幹部全滅させる為に私は暗殺を続ける。ただそれだけの事。
  殺す標的の事情など知った事ではない。
  「……これは、なかなか……」
  「証明になるでしょ?」
  手紙を熱心に読み耽るグレイプリンス。
  内容は切々としたモノ。
  それは……。


  『君に捨てられて私の胸は張り裂けそうだ。
  一体どうすれば私の愛を信じ、君の愛を勝ち取れるのかを教えて欲しい。
  君が望むのであれば私は何でもする。
  茨の道を歩む事も、一週間の断食も厭わない。
  君の人生からどうか私を締め出さないでくれ。
  花が太陽を愛するよりも深く深く、より深く、私は君を愛しているのだから』


  内容は、閉じ込められている間に書いたモノなのだろう。
  ご丁寧に紋章を手紙の末尾に刻印しているし、ある意味で証明になるとは思う。
  「他には?」
  「いえ、これで全部」
  「……ふむ」
  「……」
  しばらく考え込み、それから満足したのか私に手を差し出す。私はその手を掴み、握手した。
  にこやかに微笑するオーク。
  「君の善意に感謝を」
  「別にいいわ。挑戦したいだけだから。……打算付だから、別のお礼はいい」
  「オーウィンが対戦を組んでくれた。……ただ、私はそれに関与していないよ。君が勝ち上がれるのを祈ってる」
  「はっ?」
  意味深な発言を残し、彼は立ち上がり部屋を後にした。
  まあ、いい。
  ともかく彼を引っ張り出したのだ。
  後はグランドチャンピオンに挑戦権を持つ、チャンピオンを倒せばいいのだ。
  さて。始めるとしますか。






  アナウンスは軽やかに、雄大に語る。
  「シロディールの人々よ、闘技場へようこそっ! これより特別な試合が幕を開きますっ!」
  私はゲートの前に立つ。
  ゲートの向こうは、帝都元老院公認の殺し合いの場所だ。
  青い皮鎧に身を包んだ私。
  鎧、と言っても露出している部分が多い。……いや、エロにあらず。
  鎧とは名ばかりで、腕も足も肌が露出しているし剣なんて防げない脆さ。ただ軽い、それだけだ。
  しかしこれが剣闘士のスタイル。
  ちなみに私が選んだのは軽装剣闘士の鎧。
  重装剣闘士の鎧もあるけど、これは無茶苦茶重い。だから軽装を選んだ。基本、私は力ないし。
  鎧は決まってるけど、武器や盾、兜は自由。
  私は剣だけ手にしている。
  剣は自前の剣で、雷属性をエンチャントしている。
  「ふぅ」
  溜息。面倒な事になったものだ。

  アナウンスは続く。
  「このような事態は闘技場の歴史を遡っても、たった一度だけっ! 今日皆様は幸運です、二度目を目にする
  機会を得た善良な人々はまさに生涯の誉れでしょうっ! なお賭けの倍率はそれに伴い跳ね上がりますっ!」
  わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
  喚声が上がる。
  観客は満員なのだろう。
  「さあデステストの開始ですっ! ゲートオープンっ!」

  ゲートが開く。
  それと同時に、向かい側のゲートも当然の如く開く。
  「おりゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「やかましい」
  声を張り上げて、大槌振り上げて突進してくるノルドの男を一刀で切り伏せた。
  ……雑魚め。
  ともかく一勝だ。残り四回勝てば、グランドチャンピオンに挑戦出来る。
  デステストの初戦は楽勝だ。






  デステスト。
  連続五戦勝利する事でグランドチャンピオンに挑戦出来る権利を得る事の出来る、魔の試練。

  グランドチャンピオン挑戦は私の都合。
  それをデステストという形式を取り、宣伝し、観客満員にしたのは闘技場サイドの思惑だ。
  なかなかに商売上手な事で。
  まあ、いい。

  セコンド的な感じで、控え室にはオーウェンがいる。
  この闘技場で試合全般を取り仕切っているらしい。口の悪い頑固親父であるけど、どこか労わりがある。
  デステストが、デスと呼ばれる所以。
  それは一日で五試合を連続してこなすからだ。
  最後まで勝ち残れば、さらにグランドチャンピオン戦に突入する。
  連戦連戦、それがデステストの名前の意味だ。

  最初の相手を倒した10分後、次の試合が開始される。今がその10分後だ。
  「よっと」
  椅子から立ち上がり、ゲートに向う。
  オーウィンが助言。
  「次の相手はウッドエルフの姉妹だ。姉は剣と魔法、妹は弓矢を使う。木登り姉妹に格の差を見せてやれっ!」
  「了解」



  ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオンっ!
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  ゲートが開いた瞬間に炎の球が爆発し、無数の矢が降り注ぐ。
  この戦法はどうよ?
  普通の相手ならいきなり戦死じゃないの。
  普通の相手ならねぇ。
  『なっ!』

  私は爆風を突き破り、一直線に走る。
  魔法は基本効かないし矢は私が爆風に包まれていたので、狙いが甘かった。
  一瞬、姉妹の対応が遅れる。
  「はぁっ!」
  「……なっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  剣でガードする姉を、剣諸共真っ二つにした。
  雷エンチャントの剣を舐めるなよっ!
  妹の方も問題を抱えていた。矢をつがえるのが一瞬、遅れた。それに最大の敗因は、コンビ組んでこその
  強さだった事。姉が倒され、接近を許した今……彼女に勝利はありえない。
  天高く首は舞う。
  観客達の歓声が響いた。
  二勝目。






  ちゅー。
  控え室の椅子に座り、オレンジジュースをストローで飲む。
  次の試合も10分後だ。
  なかなか忙しい。
  闘技場サイドは今日の試合は、全部デステスト一本にしている。
  しかしこの分ならすぐにでも終わりそうだ。
  つまり今のところは誤算なのだ。
  私が数分で相手を沈め、休憩10分だけ。もっと戦闘に時間を食うものだと踏んでいたのに、計算外。
  まあ、いい。
  私には関係ない。
  「次の試合、相手は3人だ」
  「3人ねぇ」
  「向こうは死刑を宣告された囚人でな、お前を殺す事で恩赦が与えられる事になっている」

  「ちょ、ちょっと待ってよ。元老院が……」
  「裁可したんだ、これがまた」
  「……はぁ、そうですか……」

  死刑囚、勝てば解放される。
  それって治安としてどうよ?
  既に娯楽の範疇超えているような気がするけど……まあいいわ。私が死刑を手伝ってあげよう。
  「向こうがどんな罪を犯したかは知らんが、お前の命と交換する必要はない。必ず勝てっ!」
  「当然♪」



  アナウンスが語る。
  「今、ブラックマーシュの残忍なる死刑囚達が解き放たれますっ! これぞまさしくデステストの名に相応しい
  一戦でしょう。華麗なる女剣闘士は生き延びれるのでしょうか? ゲートオープンっ!」

  ゲートが開く。
  アルゴニアンの囚人3人。
  手には粗末なメイスが握られている。
  ふぅん。

  死刑囚解き放つ割には、鋭利な刃物を与える根性までは持ち合わせていないらしい。
  死を見世物にする。
  ……元老院も、大した事はないわねぇ。
  ……。
  あー、それはハンぞぅを批判する事になるかぁ。
  アルケイン大学トップである彼もまた、元老院に名を連ねているのだから。
  まあ、ハンぞぅは預かり知らない事だろうけど(即答っ!)。
  さて。
  「きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  何をして死刑宣告なのかは知らないけど、構えがなってない。
  一閃。
  トカゲの首は天に舞う。
  背後に沸き起こる殺気、もう1人は右斜め前方から突撃してくる。どっちから殺るか?
  私は後ろを見ずに蹴りを叩き込む。よろけた隙に、首を掴んで、折る。
  その光景を見て恐怖が生まれたのか、残りの一人が背を向けて逃げ、そのまま倒れた。
  刃が突き刺さっている。私が投げたのだ。
  歓声が沸き起こる。
  「はぁ」
  次第にイライラして来た。
  殺人をご法度にしている元老院と帝国が、死を合法のビジネスにして見世物にしている。
  観客も街中で人が殺されるのを騒ぐのに、ここでは血が飛び誰かが死ぬと喜ぶ。
  何か違和感を感じていた。
  三勝目。





  「少し疲れるなぁ」
  誰が作ったか知らないけど、鋼鉄のように堅いクッキーを頬張りながら私は椅子に座って溜息。
  それにこのクッキー、味が塩っぽいし。

  ……。
  ああ、闘技場だから顎も鍛える為にこの堅さ?
  ありえるかも。
  「さすがだな、エメラルダ」
  オーウィンが信じていたぞ、そんな顔で語る。
  いつの間にか信頼されてるらしい。
  剣闘士の親玉みたいな男だから、実力発揮して売り出し中の剣闘士になった私に心を許しているのだろう。
  それに私可愛いしぃー♪

  汗臭い剣闘士に囲まれた不毛な日々。
  そんな時、颯爽と現れたのは汗すらかかずに勝ち進む美貌の、可憐の、華奢で聡明なフィーちゃん♪
  分かりますとも分かりますとも、そんな私に心奪われるのは当然ですとも♪
  ほほほー♪
  「しかしエメラルダ、次の相手は少々厄介だぞ」
  「今度は何人?」
  「問題は人数ではない。奴の所属していた集団に問題がある」
  「……?」
  「相手は元ブレイズだ」
  「ブレイズねぇ」

  皇帝直属の諜報機関であり、帝国最強の集団。
  ……皇帝、もういないけど。

  「気をつけろ。元ブレイズを倒す、とは現役チャンピオンを倒すよりも至難の業。お前に倒せるか?」
  「グランドチャンピオンと比べると?」
  「ふふふ、あっはははははははっ! グランドチャンピオン戦に至る道に置かれた小石風情、切り倒せっ!」
  「了解」



  アナウンスが語る。
  なかなか語りがうまい。戦いを盛り上げてくれる。
  「華麗なる女剣闘士は最大の試練に突入。相手はアカヴィリ刀の使い手、つまりは元ブレイズの人間ですっ!」
  ブレイズ。
  卓越した剣の使い手であり、異国の剣であるアカヴィリ刀を扱う集団。
  卓越した腕と切れ味最高の剣。
  それが組み合わさり、最強の集団と世間に認識されている。
  そこは否定しない。
  でも勝てない相手ではないわねぇ。
  アナウンスは続ける。

  私がいかに不利なのか、それを煽り立てる文句を……。
  「しかし不利なのは元ブレイズの剣闘士っ!」
  はっ?
  「相手の女剣闘士は……我々がレディラックという名で敬愛する彼女は僅か数十分でここ闘技場に集う市民達の
  絶大の人気を得るに至った女剣闘士っ! 相手にとってやり辛い相手でありますっ!」
  ……いつの間にか私、人気者?
  レディラックねぇ。

  幸運の女神?
  悪い気はしないわね、それにしてもいきなり持ち上げるとはねぇ。
  「デステスト第四戦目、新たな伝説をレディラックは築くでしょうか? さあゲートオープンっ!」

  ゲートが開く。
  アカヴィリ刀を手に、こちらに向かって走ってくる元ブレイズ。
  基本ブレイズとは関わりないものの、皇帝暗殺の際に出会ったブレイズ達は魔法が使えなかった。
  あくまで剣術の集団という事か。
  今のところ、私は魔法を使わずに勝ち進んでいる。その方が盛り上がると思ってだ。
  それに隠し玉は、最悪まで隠しておく方が得策なのだ。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  刃が交錯。
  ……へぇ。ならばっ!
  「はぁっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!

  キィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  切り結び、同時に後に跳び下がる私と元ブレイズの剣闘士。
  うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
  観客は歓喜する。
  盛り上がる試合、そういう意味での歓声なのだろう。
  普通ならこれに勇気付けられるのだろうけど、私にしてみれば耳障りであり不快でしかない。
  善良な市民様の『殺せ殺せ』の歓声は正直煩わしい。

  突きの構えを取る元ブレイズ。
  私はぶらぶらと剣を下げたまま。
  「……」
  「……」
  沈黙。
  固唾を呑む観客。
  瞬間、元ブレイズは地を蹴り渾身の突きを繰り出す。私は身を捻り、剣を一閃させた。
  タタタタタタタタッ。
  元ブレイズはそのまま私を走って通り過ぎ、そのままドサっと倒れた。
  血が地面に広がる。
  私の剣が彼の胸を切り裂いたのだ。
  うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
  『レディラックっ! レディラックっ! レディラック!』

  煩わしい歓声を背に浴びながら、私は控え室に戻った。
  四勝目。





  「これより特別に一時間の休憩となります」
  「そう。ありがとう」
  闘技場係員が、恭しく私に一礼して下がった。
  控え室で休憩中。
  それにしてもいきなり一時間の休憩って何?
  俄かに私が有名になったから特例の配慮なのかな?
  デステスト。
  結局は金儲けの催し、か。
  よく多く儲ける為に時間を置くのだろう。賭けでお金使い果たした客が家に財布取りに戻る時間なのかな?
  まあ、私は休めていいけどさ。

  すらり。
  剣を抜く。手入れでもするかな。
  一時間。
  意外に微妙な時間なのよねぇ。食事するのには丁度いいけど、食事して急に動くとお腹痛くなるもんなぁ。
  次でラスト、チャンピオン戦だ。
  あのノルドの女を地べたに這い蹲らせてやる。
  ほほほー♪

  「……少し、いいか」
  「……? オーウィン?」
  頑固親父は意気消沈している。
  ま、まさか私に告る気か?
  くっはぁー♪
  罪、この美貌と聡明さ、華奢な物腰、そして憂いを秘めた瞳。
  どんな男の心臓もどきゅーんと射抜くこと間違いなしっ!
  私、とっても罪♪
  ほほほー♪
  「お前は意識してるかどうか知らんが、実はこれは青軍と黄軍の確執でもある」
  「はっ?」
  「お前は青軍であり、俺はそのトレーナーだ」
  「へぇ」
  そういや私の鎧は青。敵さんは瞬殺してるから気にしてなかったけど、黄色だった気がする。
  んー、記憶に薄いけどねぇ。
  「チャンピオンは黄軍、今まで青軍は劣勢だった。チャンピオンの枠は1人だけだからな」
  「ふーん」
  「ここで告白しておくが、俺はお前を利用してる。お前を使って少しでも黄軍の剣闘士を減らそうと思ってる。お前
  一人使い捨てにして向こう数人を運良く減らせれば儲け物、その程度にしか認識していなかった」

  「あっはははははっ。正直ね」
  「お前は強い、誰の眼から見てもお前は青軍最強だ。長年俺の剣闘士達はアカヴィリの奴も倒せなかった」
  「それで?」
  「お前は強い。向こうもそれを認識してる。……問題はここからだ、向こうは次のチャンピオン戦にかなりの人数を
  投入してくる。チャンピオンに多人数で向う、なら分かるのだがその逆だ。さすがに俺も納得できない」
  「……」
  多人数をねぇ。
  あのノルドのチャンピオン、粋がってる割には怖がりじゃないの。
  それにしてもオーウィン正直だなぁ。
  黙ってればいいのにさ。利用してる事。人によっては腹を立てるわよ?
  私?
  私は別に、利用されててもやる事変わらないし。
  それに正直だから、特別に許してあげるとしよう。ファイトマネーは頂きますけどねぇ。
  ほほほー♪
  「俺は反対したんだが、向こうのトレーナーが無理に話を通した。どうも黄軍のチャンピオンは元老院議員の1人の
  お抱え的な存在であるらしくてな、議員の力を背景に強引に捻じ込みやがった。悪いが多数を相手となる」
  「いいわよ、別に」
  デステストだし。
  これぐらいの無理して勝ち残らないと、観客も納得しないだろうし。
  オーウィンの言う数も大した事ないし。
  「チャンピオン込みで3人程度、大した事ないわ」
  「チャンピオン込みで30人だ」
  「ああそっか、ごめん間違えたわって……おいおい待てぇーっ!」
  「黄軍は残ってる剣闘士全部を投入してくる」
  「なのに私1人かありえないでしょうがっ!」
  「すまん」
  「すまんって……」
  ……そうか、その為の休憩1時間か。
  総動員してるのだろう、黄軍の剣闘士を集めているのだろう。
  しかしここまでするか?
  ……ちくしょう。
  「ただこちらも1人助っ人を投入する。ポークチョップという助っ人だ、心強い仲間だ」
  「ふーん。誰か知らないけど奇特な人ね。大軍相手に助っ人してくれるなんてさ」
  30人抜きすればグランドチャンピオンと挑戦するのを、誰もが認めるだろう。
  まあいいわ。
  ……次は魔法を解禁にする、そしたらどんな数でも問題ないわ。
  肩を竦めて、申し訳なさそうなオーウィンに言う。
  「ここで私が全部潰したら、黄軍は再建に何年掛かるんでしょうねぇ?」
  「……はっははははははっ! さすがはお前だ、楽しんで蹴散らして来いっ! 賞金用意して待ってるぞっ!」
  さて、始めますか。


  アナウンスが語る。
  「さあ、大変な事になりましたっ! デステスト最終戦にしてチャンピオン戦であるこの試合、黄軍は
  剣闘士全てを投入してきましたっ! 我らがレディラックは見事勝ち残れるのか?」
  ……。
  ……ちくしょう。
  「はぁ」
  溜息。
  あの親父、正直だったから多少は好感を感じてたけど……これは酷いだろうが……。
  ポークチョップ、猪だしぃーっ!
  せめて人をよこせよ人をよぉーっ!
  さ、さすがはデステスト、簡単には生き残れないような設定らしい。
  おおぅ。
  アナウンスは続ける。
  「レディラックはチャンピオン率いる黄軍を相手に華麗に勝ち残れるでしょうか? 圧倒的強さで勝ち進んで来た
  彼女の真価が今、試されます。これ以上の言葉は必要ないでしょう。ゲートオープンっ!」
  さて始めますか。
  唸りながらズテーンっとその場に転がるポークチョップ選手。
  ……所詮は猪かよ。
  ……ちくしょう。
  向こうは本当に30人……いや正確に数えてるわけじゃないけど、大軍だ。
  そこまでするなよ。
  ちょっと生意気な女相手にそこまでするなぁーっ!
  「……?」
  戦闘開始、ではあるものの向こうは1人だけこちらに向かってくる。悠然と歩きながら。
  抜こうとした剣を収め、私も前に歩く。
  そしてお互いに中央で止まった。向こうはチャンピオンの、ノルドの女だ。
  彼女の肩越しに、貴賓席を見る。
  豪奢な服装に身を包んだインペリアルがいる。あれがこの女の後見役的な、元老院議員の人間?
  大層なお金を彼女に賭けてるんでしょうね。
  ……大損させてやる。
  ……くすくす♪
  「謝れ」
  「はっ?」
  ノルドの女は高飛車に言った。向こうの方が頭二つほど背が高い。
  無礼な奴。
  「この間、私に失礼な事を言ったろ? この場で土下座して謝れ。そうしたら殺さないでおいてやる」
  「先に私に土下座した方がいいと思うよ? 死んでから悔やんでも仕方ないし」
  「……ふふふ」
  「ははは」
  その後、お互いに無言で睨み合う。
  観客の喚声が空虚に聞える。
  「死ね」
  「やだ」
  同時に手が動いた。居合い。
  私の剣は鮮血を振り撒きながら放たれ、ノルドの女の剣は右手と一緒に大きく飛んで行った。
  「……っ!」
  「単純ばぁか」
  ガッ。
  そのまま彼女の腹に蹴りを叩き込み、体を折った時に顔を蹴り上げた。そのまま仰向けに倒れる。
  馬鹿め。
  数で多いんだから、そのまま数で押せばいいのに。
  チャンピオンは意識失ってる。
  このまま消せばいいんだけど、それだと……勝ち方としては、どんなもんでしょう?
  それに土煙を上げて突撃してくる黄軍の剣闘士達。
  土煙上げる剣闘士軍団ってどうよ?
  ……卑怯だろうそれはーっ!
  ……ちくしょう。
  すーはー。
  深呼吸。ここに至ると、魔法使っても観客は受け入れるだろう。
  魔法を使ってはならないというルールはない。
  今まで使わなかったのは、剣術だけで圧倒し、私の腕を際立ったものとして認識させたかったから。
  一応、グランドチャンピオン戦を望む者としての配慮だ。
  魔法だけ連打して勝ち進んだ場合『やっぱあいつグランドチャンピオン戦に適さない』と思われるのが嫌だったし
  暗殺、というか抹殺ではあるものの大勢に認識されるのだから出来るだけ英雄の下地が欲しかった。
  さて。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  気絶してるノルドの体の上を電撃が通り過ぎる。
  私が魔法を使う場合を考慮していなかったらしい。そりゃそうだ、どの戦闘でも使わなかったもの。
  勢いついて突撃している黄軍は回避出来ず、数名が電撃に焼かれる。
  まだまだぁっ!
  「煉獄っ! 煉獄っ! 煉獄ぅーっ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  黄軍の中央、左翼、右翼と均等に放ち相手の出鼻を挫く。炎に包まれ、炎に阻まれ、煙が視界を遮る。
  それほどの損害はないはず。
  今のところ私のターンで進んでいる。
  タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタっ!
  「はぁっ!」
  「……っ!」
  魔法連打で勝とうとは思ってない。
  魔法と剣術、適度に組み合わせた方が戦い易いし、相手にしたら意外性もあるから付け入りやすい。
  駆けて、私は斬り込む。
  ダンマーの剣闘士は血煙に倒れた。まだ相手は立ち直ってない。
  私は剣を振るう。一閃、一閃、突きっ!
  「……っ!」
  「ぎゃあああああああああああっ!」
  「ぐふぁっ!」
  3人撃破っ!
  オークが左斜め後でメイスを振り上げる。烏合の衆かと思ったけど、それなりの奴も混じってるわね。
  ……指揮系統がしっかりしてたら、よかったのにねぇ。
  左翼に崩れてる連中は弓矢を扱えるのが多いらしい。矢を放つ。
  右翼に崩れてる連中は魔法を扱えるのが多いらしい。魔法を放つ。
  同時に矢と魔法が中央で戦ってる私……ではなく、私達に降り注ぐ。立ち直れない連中は仲間の攻撃で
  バタバタ倒れていく。オークもまた然り。
  指揮系統は大切です。
  まだノルドのチャンピオンが健在ならよかったのにねぇ。
  「デイドロスっ!」
  弓矢側の位置に二足歩行のワニの悪魔を召喚、盾に利用する。
  魔法は私にはほとんど効かない。
  種族としての特性、そして指輪などの装飾品に魔法攻撃の耐性を増幅してある。
  対魔法戦において私はほぼ無敵。
  「行けっ!」
  デイドロスを弓矢の剣闘士達の多い、左翼側の相手を。
  私は同士討ちで生き残っていた一人を切り伏せ、右翼側に斬り込む。
  「煉獄っ!」
  「甘いっ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  巨大な盾を持った女剣闘士が前に出てきて、炎の球をガードした。
  ……馬鹿め。
  どんな材質だろうと魔法攻撃を皆無に出来る……。
  「効かないわよっ!」
  「……ちっ」
  魔法抵抗の効果を秘めた盾か。聞いた事あるわ。
  確かイージスの盾。魔法効果を無効にする、有名な盾だ。まさか剣闘士が所持してたとはねぇ。
  「はぁっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  剣戟を連打。
  盾を両手で持ち、ガードに専念している。連携出来ていたらいいんだけど他の剣闘士達は私を恐れて
  近寄ろうとしない。たまに無謀な度胸を持つ奴が突進して来る者の……。
  「絶対零度っ!」
  「があああああああああああああああああああっ!」
  左手では放つ魔法で蹴散らされる。
  斬って斬って斬って。
  イージスの盾を持った奴は後退、相手がよろめいた瞬間に私は盾の下を狙い、つまり足を狙った。
  あまり深くはないものの女はその場に倒れ、剣を振り上げる私に……。
  「こ、降参するっ!」
  「……了解。裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィっ!
  ……。
  いや、鬼畜にあらず。
  降伏はルール的にありえるから、彼女は狙ってない。陣形組んで向ってきた連中を吹き飛ばしただけ。
  降伏した奴はゲートに足を引き摺り逃げていく。
  ……。
  あっ、デイドロス相手にしてる連中はどうするんだろう?
  召喚者の命令聞くけど、降伏しますという奴はどうなるんだろう?
  ……八つ裂きかなぁ、そのまま。
  まあ、いい。
  デイドロスが左翼を崩し、私が右翼を崩す。かなり敵の数は減った。
  ノルドのチャンピオンが起き上がった。
  ガァァァァァァァァァ……。
  断末魔。
  ふと見るとデイドロスが剣闘士の手斧で頭を砕かれて果てていた。なるほど、なかなかやるわね。
  さて、どうする?
  「……この手で行くか」
  ノルドに向って走る。
  半ば崩れていた黄軍は私がチャンピオンの首を狙いに行ったと思い、背後から走って追って来る。
  走る私。
  走る黄軍。
  右足、左足、右足、左足……テンポよく足を動かし走る私。
  右足、左足、右足、左足……右足、で方向転換。走ってくる黄軍に向って突撃。
  「煉獄っ!」
  『……っ!』
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  またかよ、という顔をした剣闘士は爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ。
  踏鞴踏む面々に斬り込む。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  向こうももちろんただ斬られるほどのお人よしではない。彼らの繰り出す白刃を弾きつつ、私は剣を振るう。
  剣を振るう度に指や腕、首が飛ぶ。
  数太刀、私の体に刃が通ったものの薄皮一枚だ。一番酷いのは背中の傷。
  ……背中の傷消しにくいんだよなぁ、手が届かないし。
  「はぁっ!」
  真正面の剣闘士の首を刎ねた。
  「炎帝っ!」
  ゴゥっ!
  ゼロ距離魔法で相手を焼き尽くす。その時、1人の剣闘士が怯えた声で叫んだ。
  「降伏する、降参だぁっ!」
  負けを認めた剣闘士はそのまま囲みから抜けて、ゲートに逃げる。
  弱気な心は他人も引き摺る。
  剣を捨てて口々に降参していく。残ったのはたった三人だった。
  「それでどうする?」
  『……』
  お互いに顔を見合わせ、同じ表情なのを確かめると剣を収めて後退し、走って逃げていった。
  正直ありがたい。
  そろそろ魔法力も心許なかったし、剣を振るうのも億劫になって来ていたからだ。
  さて。
  「ようやくサシでやりあえるわね」
  「ブレトンめぇっ!」
  右腕を失ったチャンピオンは、慣れない左手に剣を握り私に挑みかかって来る。
  馬鹿な奴。
  数で押せばよかったのに。
  ついでに言うと一騎打ちならば私も魔法は使わなかった。そうしないと盛り上がらないし。
  まともに剣で戦えば勝てる見込みもあったのに。
  ……まあ、死んでやるつもりはないけどさ。
  「死ねぇっ!」
  「来なさい」
  そして私達は交差し……。
  「はぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
  思いっきり飛んでいくノルド。
  ……お、おい?
  ポークチョップの突進を背後からまともに受けて、ノルドのチャンピオンは宙を舞った。
  落下した時に、体勢が悪かったのだろう。
  首が折れていた。
  ……こ、これはどうなるの……?
  アナウンスが甲高く宣言する。
  「デステスト最終戦勝利者はポークチョップっ! グランドチャンピオンへの対戦権を得ましたっ!」
  ええーっ!