天使で悪魔





帰るべき場所




  ルシエンからの最初の勅命。
  魔術師ギルドのブラックリストにも載ってた死霊術師セレデインの抹殺。
  まあ、丁度よかったわね。
  私は喉元に迫る。
  闇の一党ダークブラザーフッドに。
  家族達は逃がした。しかしいつかは気付くだろう。ルシエンはともかく、他の連中は相場かではないはず。
  ルシエン?
  あれはただのニヤデレ馬鹿。
  私は闇の一党に直接的に殺意は抱いていなかった。

  しかし今は違う。
  家族を殺せ、そう命令された時から私は闇の一党の排除を誓った。命令を、宣戦布告と受け取った。
  浄化の儀式?
  大いに結構。
  ……組織そのものを浄化してあげるわ。今の貴方達は、私のただの敵なのだから。

  ……暗殺業も、近々廃業ね。次の仕事は見つかった?
  ……それはもうすぐよ。もうすぐ……。






  本来なら報告は後でもよかった。
  けどまあ、次の指令状はコロールにある。通り道だ。

  「虫の隠者セレデイン。これで三件目か」
  「まっ。今回のは成り損ないだけどね」
  「さすがだな、フィッツガルド。さすがはその為だけの存在価値の女だ。他の価値は完全なっしんぐっ!」
  ……ちくしょう。
  相変わらずラミナスの口は悪い。
  場所は帝都、知識の最高峰であり宝庫であるアルケイン大学。
  魔術師達の憧れの場所。
  ここに立ち入れる魔術師は、シロディールに点在する各都市の魔術師ギルドの支部長全ての推薦状が必要となる。
  まあ、たまに私のような変り種もいるけど、大抵はその地獄の推薦状集めで泣くのだ。
  私は今、アルケイン大学にいる。
  正確には塔。
  周囲は鉄柵で覆われ、外壁で覆われ、アルケイン大学に入るにはこの塔を通過しなければならない。
  そしてこの塔の先に様々な施設がある。
  しかし塔そのものも重要であり中枢。評議会メンバー達の私室や会議室がある。
  まあ、そこはいい。
  ともかく私は塔の中にいる。塔の一階。
  「それでラミナス、これが押収品」
  「なるほど。これがフィッツガルドの万引きした品か」
  「人聞き悪い事言わないでっ!」
  「まだ持ってるんだろう? ほらポケットの中も全部出すんだ。……まったく万引きするなんて、幼児体型だな」
  「すいませんあからさまな悪口ですよね?」
  「ハハハハハハ♪」
  ……ちくしょう。
  ラミナス・ボラスはアルケイン大学と外部との折衝役。その他色々の何でも屋、というか中間管理職。
  口悪いんだよこいつ。
  私は気安い相手なのか……まあ、そりゃそうだ。
  十年の付き合いだ。
  召喚実験の失敗で、私はオブリから戻された。その際の私は言葉は忘れてるわ生肉食うわで人間じゃなかった。
  そんな私を育ててくれたのがハンぞぅでありター・ミーナでありグッドねぇであり、ラミナスなのだ。
  一応、ラミナスと私は裸を見せ合った仲です♪
  ……十年前だけどねぇ。
  昔はよくお風呂に一緒に入ったものだ。
  さて。
  「超越者への道、か。……大した題名だな」
  「そうね」
  押収品として渡したのは、セレデインの日記。超越者への道とは日記のタイトル。
  中身を確認するラミナス、表情が険しい。
  確かに現体制の、ハンニバル・トレイブンをアークメイジとして尊敬している私達にしてみれば内容的に面白くない。
  二言目には『愚かなるトレイブン』という言葉が出てくるもの。
  「ご苦労だったな、フィッツガルド」
  「いいわよ、別に」
  「報酬をやろう。私の笑顔だ♪」
  「だからそれいらないから」
  今までその報酬で満足した者はいるのだろうか?
  おおぅ。
  「ラミナス、聞きたい事があるんだけど」
  「私のスリーサイズか?」
  「いるかぁそんなもんっ!」
  「じゃあ、何だ?」
  「虫の隠者って何?」
  「リッチの別称……」
  「今更オトボケはなしよ。その日記読んだもの。虫の王マニマルコは生きてるの?」
  「さあ、私には分からんよ」
  「……」
  はぐらかしてる?
  まあ、確かに常識的に考えたら生きてるはずないか。三百年も前の死霊術師だし、体はバラバラにされてる。
  生きてるはずはないか。
  子供向けの御伽噺だ。
  ふぅ。
  溜息。最近、妙に気が張りすぎてる。
  家族殺しとか、結局家族逃がしたけどそれに伴い私が闇の一党に狙われる可能性もあるとか、死霊術師達の策謀とか、
  先日消したセレデインの戯言で叔母さんとの生活を思い出したとか、最近神経が参ってる。
  少し緩く生きよう。
  ……そうね。
  ある意味、リラックスしたかったから無意識にここに来たのかもしれない。
  ここは私の帰るべき場所だから。
  ここは私の……。
  「ふふふ」
  「どうした、フィッツガルド?」
  「えっ? ああ、何でもない」
  「変な顔だな」
  「変な奴だな、の間違いでしょうがちくしょうめぇーっ!」
  「ほう。変な奴だとは自覚してるんだな? ははは、お前も謙虚になったものだ。ハハハハハ♪」
  ……ちくしょう。
  ……ここ、私の居場所じゃないかもしれない……。
  おおぅ。
  「ところでラミナス、前も言ったけどフィッツガルドって言いにくいでしょ? フィーって呼べば?」
  「ば、馬鹿っ!」
  「はぁ?」
  「こんなところでそんな風に呼んだら愛人関係がばれるじゃないかっ! 不倫ばれてキャリアを不意にしたくないっ!」
  「いつ私があんたと不倫したいつ愛人になったーっ!」
  早く奥さんと別れてよっ!
  ……そう叫んだ方が、おいしかっただろうか?
  ……ふむ。少し軽率だった。あーあー、せっかくおいしい役どころだったのになぁ。
  ……って、違うかー。
  「ラミナス、結婚してたっけ? ……いや、してないでしょうに」
  「フィッツガルドが大きくなったら私と結婚すると言ったから、婚期を逃したんだ。……お前の所為だっ!」
  「子供かお前は」
  やれやれ。
  ここに来ると、まあ色んな意味でストレスが発散できる。
  「この幼児体型め」
  ……その代償に、別のストレスは堪るけどねぇ。
  「言っとくけど私が評議長になったらラミナスはブルーマ辺りに左遷してあげるから覚悟なさい」
  「人事に私情は挟んではいけないよ」
  「偉そうによく……言う……?」
  ラミナスじゃない?
  当のラミナスは直立不動に立ち、キリリと表情は引き締まる。
  ままままままままままさかー。
  「フィーが私の後を継ぐ気になってくれたのは嬉しいが、人事も含め全て公平でなければいけないよ。上に立つ者
  にとって一番大切なのは公正、公平。これが一番大切だ。……分かるね?」
  「は、はい」
  評議長ハンニバル・トレイブン。
  アルケイン大学の頂点に立つアークメイジ。白髪の初老の魔術師は、柔らかく微笑んだ。
  ……この微笑、和むなぁ……。
  「フィー、お帰り」
  「た、ただいま。……あっ、でもすぐにいなくなりますけどね。用があるので」
  「そうか。残念だ。でも寄ってくれて嬉しいよ」
  私の事を娘として扱ってくれる。
  魔術師ギルド内でも私は『トレイブンの養女』として認識されてる。
  この人のお陰で私はどんなに救われた事か。
  い、いかん。
  最近ハードな展開が多いから、ハンぞぅ見たら泣けてきた。いかんいかん。涙腺弱いなぁ。
  ハンぞぅがそれに気付く前に、ラミナスは直立不動のままテキパキと報告する。
  ……ああ、真面目も出来るんだ。
  ……ちょっと意外。
  「マスター。フィッツガルドがセレデインを討伐しました。これで残るはファルカーだけです」
  「おお、そうか。さすがはフィー、その魔術の才能は私をも超えているな」
  「や、やだなぁ」
  照れる。
  「マスター、これがセレデインの日記です」
  「……ふむ」
  「……おそらくは、黒蟲教団の関与があるかと……」
  黒蟲教団?
  なんじゃそりゃ?
  「……いかがなさいますか?」
  「そんなモノが存在しているという確証はない。だが、いずれにせよ確かめる必要があるな」
  「はい」
  「評議員を招集させよ」
  「はい、ただちに」
  囁き合われる内容を、私は聞き耳を立てていたものの、よく聞き取れない。
  聞いたらまずい内容?
  そうかもしれない。
  ハンぞぅは私にオープンだから、何でも話してくれる。大抵はね。
  聞いてはいけない内容だから、多分評議会に関わる機密なのだろう。私は聞かないように努力する。
  ……まあ、努力しても聞えてくるものは聞えてくるんだけれども。
  「フィー、悪いね。私は今から評議会だ」
  「頑張って来てね。ハンぞぅ、舐められないようにね」
  「ははは。肝に銘じておくよ。それとフィー」
  「はい?」
  「今、何をしているかは聞かないけど私はいつでも味方だ。それを忘れてはいけないよ」
  「は、はい」
  ……弱い。
  ……私はこうやって親身になって接してくれる人に弱い。耐性がないのか免疫がないのか。
  そう言ってくれるのが大好きなハンぞぅだから、究極に弱い。
  愛されてるんだなぁ。私。
  そう、ハンぞぅの後姿を見ながら感じていた。
  「フィッツガルド」
  「何? ラミナス?」
  「私はいつでもお前と敵対する道を選ぶ。何があってもお前を潰す。それを忘れてはいけないよ」
  「あ、あんたという奴は……」
  「惚れたろ?」
  「惚れるかボケーっ!」
  「さてフィッツガルド。私は今から評議員を招集し、司会進行の任に忙しくなる。さらばだ」
  「……相変わらず中途半端な役割なのね」
  「ちっ。口だけは達者になりやがって」
  「ね、ねぇラミナスは他の人には普通に話すの?」
  「当然だ。付き合いが長くても、事務口調だな。この間アルラが来たが、基本的に事務口調だよ。職業病だな」
  「へー」
  アルラは、確かハンぞぅの数少ない直弟子の1人……らしい。
  らしい、と言うのは私は会った事ないから。
  弟子でいる、というのはそれなりの期間師事を受けていたわけでラミナスとの付き合いもあるはずなのに事務口調?
  これ、私が愛されてるのか弄られてるだけなのか少し疑問。
  んー、どっち?
  「さてフィッツガルド、外まで送ってやろう」
  「いいわよ別に。忙しいんでしょう?」
  「忙しい。忙しいが、この眼で失せたのを確認しないとどうも落ち着かない。何しでかすか分からん女だからな♪」
  ……ちくしょう。
  ただ弄られていただけに決定っ!
  おおぅ。





  「シャドウメア、黒馬新聞の配達人を追い抜いたぁー♪」
  ガッツポーズをしながら、私はシャドウメアに跨って街道を爆走。
  不思議げな配達人。
  ……まあ、いきなりテンション高い女が自分を追い抜いて高笑いしてりゃ、不思議でしょうよ。
  黒馬新聞とは帝都に拠点を持つ、新聞社の事。
  元老院から助成金が出ているので、新聞は基本的に無料。それでいて内容は薄くなく、しっかりとして読み応えが
  ある為に本来帝都でしか購読できないのが近年、読者の要望に応えて各都市に配送している。
  配達人は大抵、青い馬に乗った女性。見かけるのはこの人だけ。
  同一人物?
  顔立ちの似た親類?
  まあ、そこはいい。
  私が追い抜いたのはその、配達人。
  「速い速い、ひゃっほぉー♪」
  ……別に気が狂ったわけではあらず。
  アルケイン大学で気晴らしが出来た、最近は重い展開が多かったし。
  人間、気晴らしが必要だ。
  向かう先は指令状のあるコロール、ではない。
  スキングラードだ。
  特に意味はないけど久し振りに家に帰ろうと思った。エイジャの顔最近見てないし。
  ルシエンの任務?
  別に期日は通達されてない。いつでもいいって事かもしれない。
  ……ただ、コロールにある巨木の根元に報酬と指令状が置いてあるって、盗まれたらどうなるわけ?
  ……ルシエン、そこ気がついてるのかな?
  んー、微妙なところ。
  馬の蹄が迫って……。
  「悪いね、職業柄乗馬には自信があるんだ。お先に」
  く、黒馬新聞の配達人に抜かれたぁっ!
  ニヤッと笑い、そのまま疾走。ま、まさかあの乗り方は競馬界の王者の竹豊っ!
  あの女、やるなっ!
  「シャドウメア、行くよぉーっ!」
  これだから旅はやめられない。
  楽しいなぁ。





  スキングラード。
  芳醇なワインとチーズ、トマトに愛された街。最近は天候も丁度よく、ブドウの育ちもいいようだ。

  私は基本的にハチミツ酒が大好きだけど、ワインもいける口。
  ……何を飲んでも一本越すと、大虎ですけどねぇー……。
  ローズソーン邸。
  スキングラード領主であるハシルドア伯爵から、進呈された豪邸だ。
  借金の形、らしい。
  没落貴族のシャイア家が自己破産した際に、スキングラードが接収したそうな。
  吸血病の治療薬関連の際に、尽力した私へのお礼として無料で進呈された。伯爵、気前がいい。
  ……もしかして私を後妻に?
  ほほほ。愛される女って罪ですわー♪

  「ただいまー」
  「お帰りなさいませ、ご主人様」
  恭しく頭を下げる、ノルドのメイド。
  「留守中、何か変わりなかった?」
  「ご主人様の留守中にお姉様が3日ほど滞在していましたが」
  「ああ、それは聞いたわ」
  アダマス暗殺後、聖域を離れてアルケイン大学で研究をしていた際に、アンは私に会えると思って泊まっていたらしい。
  直接本人から聞いたので、それは知ってるけどエイジャはアンを本当の姉と思っているのだろうか?

  見た目からしてアンの方が年下だと思うけどねぇ。
  実際の歳、知らないけどアンは年下です。
  私?
  私は二十歳。
  「夕食は定刻でよろしいでしょうか?」
  「ええ」
  一応、食事の時間はエイジャが管理してる。
  こういう管理してくれると助かる。いくら家ではリラックスタイム、堕落した生活は心身が鈍る。
  それに生活のリズム的にも、その方がいい。
  既に夕闇。
  帝都から飛ばしてきて、あー疲れた。
  シャドウメアはスキングラードが管理運営してる共同厩舎に預けてきた。
  新鮮な水と新鮮な人参をたっぷりあげたし、体も洗ってあげたからゆっくり休めるだろう。
  ……疲れ感じるのか微妙だけど。
  さて、と。
  「ふぅ。部屋で少しくつろぐわ。鎧脱ぎたいし」
  「かしこまりました」
  恭しく一礼。
  んー、相変わらず困った人。別にそこまで『私はメイド、出過ぎちゃ駄目駄目』を押し通してくれなくてもいいのになぁ。
  プロ意識と言えばそれまでなんだけど。
  まあ、馴れ馴れし過ぎるメイドと言うのも考え物だけどさ。
  私の部屋は三階。
  今日の充実した、心地良い疲れを感じながら階段を上る私。丁度降りてくる人とすれ違う。
  「フィーお帰りぃー♪」
  「アン、ただいま。……階段で抱きついたら危ないでしょうが。まったく」
  むぎゅー。
  元気一杯のハグ。最近、そんなに嫌ではない。
  まあ『ハグしてくれなきゃ……えっぐ、えっぐ、私泣いちゃうもん』という事はない断じてない。
  おおぅ。
  ……。
  ……。
  ……はっ?
  「な、何であんたがここにいるのっ!」
  「うっわフィーまるで恐竜並の鈍さだね。でも夜のフィーは反応可愛い敏感肌です♪」
  「いや意味分かんないから」
  死んだ事になってるアントワネッタ・マリー。
  今更言うまでもないけど、幹部集団ブラックハンドから裏切り者候補として、私が始末すべき人物の1人。
  結局、土壇場で勅命を無視した私の行動で、生き延びたわけだ。
  しかしいずれは生きてる事が発覚するかも知れない。
  そういう配慮でシロディールを離れたはずなのに、アンだけ居残ったのだろうか?
  ……なんて馬鹿な事を……。
  「アン、この間はうまく死んだ事に出来たけど、何度もうまく行くなんて約束されてないのよ。なのに……」
  「心配してくれるんだやっぱりあたしなしじゃ生きられないのねー♪」
  「アンっ!」
  つい声を荒げる。
  だって、そうでしょう?
  わざわざ死地に残るなんて。私だって万能じゃない。自分の事ならまだ何とでもなるけど、他の人の事まで手が
  回るほど優れてるとは思わない。
  なのにアンは……まったく。
  エイジャは何も知らないわけだから文句は言えないけど、今もアンが来てるのならそこは言って欲しいわよ。
  どうしよう、アンの事。
  「お前らうるさいぞ。……まったく、いい気分で寝てたのに」
  「ゴ、ゴグロン?」
  大欠伸をしながら階段を下りてくる緑色の戦士風暗殺者。オークのゴグロンだ。
  こ、こいつもいるの?
  何故に?
  「アントワネッタ、オチーヴァがお風呂空いたから入ればって。……あらフィッツガルド、お帰りなさい」
  「テ、テレンドリル?」
  ボズマーの弓矢娘。
  ……まあ、正確には娘ではないですけどね。かなり歳いってると思う。弓矢おばちゃんが妥当?
  「ふぅ。良いお湯でした。……おや妹よ、旅から戻りましたか? ……そうだ、すいませんがパジャマ借りていますよ」
  アルゴニアンのオチーヴァ。
  アルゴニアンは外見では判断できない。最初は性別違うオチーヴァとテイナーヴァの見分けがつかなかったものの
  今は不思議と見分けがつく。
  家族になった、というかな。
  まあ、それはいい。
  「ちょ、ちょっと待ってよ。どうして皆ここに……ま、まさか……?」
  私は下に降りる。
  丁度エイジャが玄関で応対しているところだった。階段から眺めている限りでは、何かの配達人。
  木箱を抱えるエイジャ。
  お届け物?
  「おおエイジャさん、届きましたか。それは私が通販で頼んだ血酒です。どうもありがとう」
  「地酒ですか、おいしそうですね」
  血酒です。
  地酒ではないわよ、エイジャ。
  ニコニコ顔で血酒の瓶の入った木の箱を受け取るのは吸血鬼ヴィンセンテ。
  こ、こいつもいるのかよ。
  がちゃり。
  また来客?
  「買ってきましたよ、食材。……あっ、これ値切って浮いた分です。これでも俺、聖域では商品販売してたもので」
  「ありがとうございます」
  がくっ。
  私は力なく、膝をつく。
  買出しに行ってたのはネコ。ムラージ・ダールだ。
  そういやあいつ、聖域では呪いの道具から生活用品まで一手に扱ってたわね。商売人の素質あり、らしい。
  あ、あいつもいるのかよ。
  ……。
  ま、待てよ。これだけいるなら、そしてオチーヴァがいるなら当然……。
  がちゃり。
  「ただいまー」
  「お帰りなさいませ」
  ……やっぱりテイナーヴァもいるのかよ。
  釣竿と魚籠を持っている。釣りに行って来たのだろうか。
  しかし何気に釣竿使う前にお前泳いで捕まえた方がお似合いだ、という意見は偏見だろうか?
  そしてエイジャ。
  その他大勢にまで恭しく頭下げる必要なっしんぐっ!
  おおぅ。
  「これ、食材に使ってくれよ」
  「まあ。ご主人様は魚お好きなので喜びますわ」
  そりゃ魚好きですけどね。
  「何、フィッツガルドが……おお、フィッツガルド、邪魔してるぞ」
  シェイディンハル聖域壊滅後、シロディールを離れたはずの元闇の一党の暗殺者達は何故か私の家にいる。
  どういう経緯で?
  どういう理由で?
  神様、私は信じてないけど……もしもいるなら教えてください。
  ……これ新手の嫌がらせ?
  おおぅ。





  「テイナーヴァ、この魚は本当に美味ですね」
  「新鮮だからな。だが、やっぱ料理人の腕次第だと思うぜ?」
  「がっはははははっ。うまいぞうまいぞ」
  「ほほほ。ゴグロンは何食べてもおいしいのね。そんな豪快なところ、素敵よ」
  「テイナーヴァ本当にありがとう。俺、魚に眼がないんだ」
  「家族達の明日の健康を祈って」
  ……。
  な、何なんだこいつら?
  シロディールとっくに離れたもんだと思ってた。おそらくはもう二度と会えないもんだと思ってた。
  なのにここにいる。
  私の、家に、勝手に、いる、理由を述べよ正確に的確に誤字脱字なく述べてみよーっ!
  「フィー、あーん♪」
  「……」
  「じゃあ、口移し攻撃だぁー♪」
  ガンっ。
  「フィーがぶったぁー」
  「……皆、聞きたい事があるんだけど」
  「なんなりと」
  オチーヴァが代表して答える。
  聖域管理者の威厳は今だ消えていない。おそらく、この元暗殺者達はかつての管理者であるオチーヴァ主導で
  動いているのだろう。そしてまだ家族としての感覚が生きてる。
  そこは評価出来るところだよなぁ。
  ここにいる元暗殺者達は家族を家族という言葉&意味として受け止めてる。
  上層部の統制上の建前ではない。
  そこは評価出来る。
  だけどどうしてここにいる?
  「シロディール、離れたんじゃなかったの、オチーヴァお姉様」

  「ええ。そう思いましたよ。あんな後ですから」
  エイジャが給仕に立っている。
  オチーヴァもそのあたりを考慮して、言葉を選んでる。下がってもらってもいいけど……まあ、いい。
  薄々気付いてると思うし。
  私が暗殺者、として気付いてるかはともかくサミットミスト邸の一件で刺されて致命的な状態の私をエイジャは見てる。
  あまり良いお仕事してないぐらいは分かってるはず。
  さて。
  「なのにどうしてここにいるの?」
  「灯台下暗しと言いますからね。シロディールを離れる、という大掛かりな行動の方が却って危険と判断しました」
  「なるほど」
  「それに、今各地で粛清が始まってます。ここに来る最中の荒野の洞窟に、実は聖域があるんですけどね。
  そこは全滅させられていましたよ。上層部は混乱し、暴走している。却って動くのは危険だと思いまして」
  「ふーん」
  あいつ裏切り者かも、じゃあ全員殺しておくか。
  上層部ブラックハンドはこんなノリなのだろう。それを考えると、確かに動くのは逆に危ない。得策ではない。
  なるほど。理解出来る。
  「でもなんで私の家なわけ?」
  「実はここを聖域として新たな門出にしようかと思いまして」
  「……絶対にやめて」

  「冗談ですよ」
  まあ、別にいいけどね。

  そういう正当な理由と、正当な判断の元での決断なら。それに私は基本、家を空けてるし。
  エイジャもメイドとして暇だろうし。
  「フィー、皆追い出したほうがいいよ」
  「はっ?」
  「あたしとフィーのスイートな夜の邪魔だしね。……むふ、むふふ……」
  怖いから怖いから。
  「それにしてもエイジャ、よく家に入れたわね」
  アンとは見知ってる。
  アンは私の姉として紹介してるし、その関係で……にしても、その他大勢が多過ぎるでしょうに。
  「ご主人様のお姉様が、全員家族だと仰いましたので」
  「家族ねぇ」
  「あの、ご主人様。差し出がましいようですけど……ご両親は何度も再婚し、連れ子もいたのですか?」
  アルゴニアンはいるわボズマー、オーク、カジート、インペリアル、そして私はブレトン。
  ……どんな家族構成だ。
  ……どんな夫婦がここまで子供を多種族にするんだ。
  かなり無理があるわね、家族だと言うと。
  「まっ、義兄弟みたいなもんだと思って」
  「ああ、なるほど」
  「あたしとフィーは恋人だけどね♪」
  「絶対に違うっ!」
  「えー? もう、フィーってば照れ屋さん♪」
  これは照れ屋という問題だろうか?
  むぎゅー。
  「そんなフィーも好きぃー♪」
  「はいはい」
  聖域での暮らし、続行らしい。
  聞けばオチーヴァ、聖域から出る時に聖域運営資金をそのまま持ち出したらしく、金貨にして二万枚ほど所有してる。
  月々生活費も払うと私に言ってきた。
  私は固辞した。
  別にお金が欲しいわけではない。
  それに今、この間殺人騒ぎのあった(張本人は私ですけど)為に二束三文の格安価格で売りに出されているサミットミスト邸
  を買い取る方針だとか。そっちに最終的に移り住むつもりらしい。

  妥当な判断ね。
  いくら私の家が広いと言っても、これだけ人がいれば手狭に感じる。
  それにいつでも会える。
  サミットミスト邸、ローズソーン邸の斜め向かい。歩いて二分。バルコニーから見える場所にあるのだ。

  「フィーは嬉しい? あたしがいて?」
  「アンがいなかったら平和なんだけどねぇ」
  「もう、フィーってば酷い。でも酷くされればされるほど私は熱く燃えあがるのー♪」
  「いや意味分かんないから」
  あの聖域での暮らしは、この後の人生でも続くらしい。
  煩わしい?
  騒がしい?
  そうね。そうかもしれないけど……にやけてる自分がいるのを、ちゃんと理解している。
  暇しなくて済むわね。少なくとも。
  アルケイン大学同様に、ここもまた私の帰るべき場所なのだ。
  安らげる場所。
  私はグラスを掲げる。
  「家族に乾杯♪」