天使で悪魔





悪魔になれなかった女





  私は家族を殺した。
  私は家族を殺した。
  私は家族を殺した。

  自分が助かりたい一心で、ただ利己的な望みの為だけに私は家族を殺しのだ。
  それでいて罪悪感に苛まれる。
  人とは、私とは何て自分勝手なのだろう?
  ……私は、悪魔にすらなれなかった。







  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  レンツの叫びが木霊する。
  静寂の、聖域に響き渡る。

  しかし静寂の方が強くて。悲鳴はすぐに掻き消され、世界に静寂が戻る。
  誰も助けに何て来ない。
  あのインペリアルの暗殺者は本当に逃げてしまったらしい。
  正確にはルシエンに報告に戻ったわけだが……専門用語では『敵前逃亡』だろうね。
  綺麗に言えば『戦略的撤退』になる?
  まあいい。
  どの道、あいつは戻ってこない。お代わりを連れて来るかも知れないけどそれならそれで返り討ちにするまでだ。
  造反?
  ……いえ、ルシエンのあの態度から察するにそうは取らないだろう。
  これはこれで私の価値を高めたはず。
  その卓越した暗殺能力を、ルシエンは再確認したはず。
  奪いし者とは聞こえし者&伝えし者の、直轄の暗殺者。私はおそらくルシエンの直属になるわけで、直属の暗殺者の
  能力が高ければ高いほどルシエンの株も上がる。

  ルシエンの性格上、部下をいくら殺しても気にもしないだろうよ。
  ……自分に危害が及ばない限りはね。

  私の腹は決まっている。
  ブラックハンドを全員殺す。その為に、ルシエンを利用する。
  幹部どもとの接点を近づかせ、いずれは全員始末して闇の一党を潰す。頭さえ潰せば後はただの暗殺集団。
  求心力を奪えば、次第に形骸化し、分裂し、どうにでもなる。
  頭を潰す。
  それがまず、私がすべき最優先事項であり常套手段だ。

  さて。
  「お前どうしてあげようか?」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  レンツ、絶叫。
  さっきまでの高飛車はどこに言った?
  なるほど、こいつも結局は俗物か。手下がゾロゾロいる間は強気だけどそれを失うとただの小心者へと早変わり。
  ……ルシエン。
  ……ふふふ。あいつもこんな風にビビらせてやりたいわねぇ。

  「私の家族、皆死んだのにあんたが生きてるなんておかしくない?」
  「待てぇーっ! 俺じゃない、命令したの俺じゃないっ!」
  「裏切り者は誰なの?」
  「ル、ルシエン様はあんたも実は疑ってた。だから、結果次第では我々に殺すように指示してたっ!」
  ガンっ!
  視力を失い、立つ事すらままならないレンツを殴り倒す。
  「そんな事は聞いてない。誰が裏切り者?」
  「し、知らないっ!」
  「ここで死ぬ?」
  「本当に知らないんだっ! 信じてくれ、信じてぇーっ!」
  「それ無理」
  こいつもそうだけど、手下どもも強くなかった。

  最初押さえつけられただろうって?
  あれは演技よ演技。
  その後の一方的な毎回私のターン的な行動見れば分かるでしょう?
  ともかく強くなかった。
  しかしその意味も分かる気がする。こいつらは結局、暗殺者でしかない。潜んで、忍んで、寝首を掻くのは得意かもしれな
  いけど面と向って相対すればさほどの難敵ではない。むろんこいつらは二流以下。

  それでも、強くない。
  並みの冒険者以下の腕。確かにナイフ捌きとか、人体の急所となる部分を的確に攻撃してきたけど総合的に見ても強く
  はない。もしかしたらこれは闇の一党全般に言える事かも知れない。
  だとしたら幹部と言えど、別に怖くはない。
  ……まあたまにゴグロンみたいなのがいるだろうけどね。

  「つまり何? 裏切り者がいるかも不明なのに浄化の儀式をしたわけ?」
  「ち、違うぅー。俺は関係ないんだ俺は何も知らないぃー」
  「……皆、死んでしまった……」
  涙。
  感極まって涙が流れる。駄目。もう駄目。心が折れそう。
  そして私は……。
  「はい皆様、お疲れっしたーっ!」
  「……は、はあ?」
  ガンっ!
  不思議そうに眺め、間の抜けた声を出すレンツを殴り倒し、私は高らかに笑った。
  駄目。もう耐えられない。
  気分高める為に悲壮を演じちゃってたけど、もう限界。自分を高めて高めて、悲劇を演じて演じて涙まで流すなんて私は
  もしかしたら『女優フィー♪』にすらなれるのかもしれない。
  何でも出来るなんて、天才は怖いものですなぁー♪
  ほほほー♪

  「ううう。まだ頭がガンガンしますよ、妹よ」
  ヴィンセンテ。
  「……おっ、もう朝か? ふぁぁぁぁぁぁっ、さーて飯でも食うかな」
  ゴグロン。
  「まったく、つまりこれは……どういう事だったわけ?」
  テレンドリル。
  「殺された、と思ったけど生きてる……なぁ、説明してくれよ。親友だろ、俺達」
  ムラージ。
  「無茶しますよ、妹よ。しかし大体の察しは付きます。ルシエンの下した勅命は、我々の始末だったわけですか」
  オチーヴァ。
  「マジか? ……暗殺者に情けは必要ないか。確かに、昔聞いたルシエンの言葉どおりだな」

  テイナーヴァ。
  誰1人殺してなんかいない。
  ……ああ、いや……正確には殺したわ。検分役の暗殺者どももそれを確認していた。
  息は止めれても心臓を止めるなんて器用な奴はいない。

  全員確かに死んだ。
  私がワインに混ぜた毒でね。全員死亡。心拍停止。
  「ど、どういう……っ!」
  ガンっ!
  レンツを殴る。
  これでいいのよ。報告はさっきのインペリアルが済ませているはず。私の手下抹殺も報告しているだろうけど、聖域メンバーを
  殺した事もルシエンにはちゃんと伝わってる。

  それでいい。
  それでいいのよ。
  「……あれ、フィー……?」
  「おはよ、アン」
  むぎゅー。
  途端、抱きついてきた。……ついでに色々とセクハラされてる事は、割愛させていただきます。
  何故って?
  ふっ、いちいちそれを明記していたら『18禁小説オブリビオン♪』になってしまうからだーっ!
  ……ちくしょう。
  でもまあ、そんなに過激な事はされてないっす。
  一応、自分のイメージを守る為の補足。
  おおぅ。
  「だけどあたし、死んだんじゃ……あっ、もしかしてフィーも後追ってきたの? 素敵ぃー♪」
  「何でそんなもったいない事しなきゃいけないのよ」
  むぎゅー。
  ハグにはハグを。
  私は適度にアンに甘えながらも、他の家族達の温かみに満ちた視線を照れていた。
  「妹よ」
  「何、ヴィンセンテお兄様」
  「それで結局、どういう事なんです?」
  「簡単よ。オチーヴァお姉様は、他の皆に言っているのか知らないけど、裏切り者が最近仲間を殺してるわけ。私もその
  偽装任務に二度ほど関わったけど、確かに裏切り工作は存在してる。上層部はこの聖域を怪しんでるわけ」
  「まさかっ!」
  「いいえオチーヴァお姉様、これは事実よ」
  「……まさか、まさか……」
  オチーヴゥはオチーヴァで、裏切り者を探していた。それは純粋に家族メンバーを守る為だ。
  しかし上層部は違う。
  冷酷に、内部粛清を進めている。裏切り者がいる形跡がある、ただそれだけの理由でこの聖域は潰された。
  あと、どれだけのメンバーが疑われて消されるのだろうか?
  結局、家族を推奨するこの組織の実態がこれだ。

  「フィー、あたし死んだよね?」
  「ええ。物の見事に死んでたわね」
  「なのになんで……まさかっ!」
  「察しがいいわね、気付いたの?」
  「うんっ! 愛の力だねっ! お姫様の愛のキッスであたしは蘇ったのねっ! フィー好きぃー♪」
  「違うっ!」

  むぎゅー。
  じゃれるアンはとりあえず無視して、私は種明かしをする。簡単な事なのよ、使ったの二度目なんだけどねぇ。
  まあ家族に行使したのは当然初めてだけど。
  「妹よ。これは……ランガワインですか?」
  「さすがは博識なヴィンセンテお兄様ね。そうよ、その通り。ランガワイン」
  ランガワイン。
  血液に一滴混ざっただけで、対象は死ぬ。正確には仮死状態。
  解毒薬を投与するまでは傍目からは死んでいる。呼吸もしてないし心臓も止まってる、体温すらなくなる。
  ただランガワインの原料は当の昔に絶滅しているから、今では作り出せない。
  現存しているのはわずかだ。
  アルケイン大学で一度実物を見た事あるけど、たった一滴しか保存されていない。

  おそらくオリジナルはもう存在しない。
  全部合計しても、瓶一本分にも満たないだろう。
  「ワインにね、混ぜちゃった。ワインにランガワイン、洒落ね、これ」
  私が作り出せるのは廉価版。
  オリジナルに真似て作り出しただけで、本家と違いわずか一時間程度の仮死状態で、その時間が過ぎると効力が
  消えて肉体は活性化し、時間を取り戻す。

  解毒薬は必要ない。
  投与するほどの必要性はないから、作り出してないし。
  ただ問題は体内に摂取した場合の、実験はしてないからどんな副作用があるか少し怖かったけど……問題ないみたい。

  殺せない。
  正確には、殺したくない。
  殺したくないと殺せないは別物。殺せるけど、意識としては避けたいわけよ。殺すのをね。
  それに命令されて殺すなんてナンセンス。
  私は私。
  命令出来るのは私だけ。
  「私はルシエンに命令されて殺すのが気に入らなかったわけ。見下されるの、嫌いだからね」
  「さすがは親友ですねっ!」
  「……ネコさん、キャラ変わりすぎだと思うんですけど……?」
  ムラージ・ダール、意外に良い性格なご様子。
  ランガワイン廉価版は魔術師ギルドで精製した。これをワインに混ぜて殺したように見せかける。
  それが私の偽装殺人の真相。
  一時的には死んでたからね。ルシエンの手下もころりと騙されたわけだ。
  しかしいつまでも欺けない。
  「ゴグロン、力仕事お願い。他にも手伝ってあげて」
  「力仕事は俺に任せろ。……で、何をするんだ?」
  「ルシエンの手下どもの死体を墓地に埋葬して。あんた達の死体を埋葬した事にしても、そいつらの死体が残ってると
  厄介……とは言わないけど、遺体を埋葬した事実は欲しいからね。そこにあなた達が埋まってないにしてもね」

  「なるほどな」
  「だけどフィー、貴女はどうするの? もしかしてあたしと一緒に愛の逃避行? きゃーきゃー♪」
  「絶対に違うっ!」
  ふぅ、と私は一息ついてから話を続ける。
  「私はルシエンに従う。従って従って従って、出世して一網打尽に幹部どもを始末する。意義はないわね?」
  家族の一人一人の顔を見る。
  彼ら彼女らは暗殺者であり闇の一党は家であり家族、そして上層部は神。
  そいつらを殺すのだ、普通なら問題はある。
  しかし上層部ブラックハンドの出した結末は受け入れられるものではないはず。
  家族たちは無言のまま、私の提案を受け入れた。

  「あなた達は早々にここから出た方がいい。出来たらシロディールを離れた方がいいわね」
  「やだっ!」
  「やだってアン、危ない……」

  「シロディール離れたらフィーは浮気しまくるじゃんっ!」
  「しないわボケーっ!」
  「じゃああたし一筋?」
  「そ、それもどうかな」
  むぎゅー。
  無言のまま、アンは抱きついてくる。多分二度と会う事はないだろう。私も強く抱きしめてあげよう。

  短い間だったけど楽しかった。
  それは嘘じゃない。
  歪んだ家族愛だったけど、ここのメンバーは上層部の価値観とは違い本気で家族していた。
  ブラックハンドの統率に必要なデタラメな家族愛ではなく、本気の家族だった。
  家族に本気という表現は妥当じゃないけど、本物だった。
  そこは敬意に値するわ。
  「じゃあね」
  私は笑って手を振る。
  全員抹殺、ではなく全員偽装殺人を演じたのは……まあ我ながらうまい手だったと思う。
  殺したくはなかった。
  それはうまく行った。この聖域は浄化され、ルシエンは喜ぶだろう。
  ……いずれルシエン、貴方も別の幹部も皆殺しにしてあげるわ。夜母も例外ではない。
  私を敵に回した以上、不幸になってもらわなきゃねぇ。

  それが報いってもんでしょ?
  「フィーっ!」
  「なあに、お姉様?」
  「……お腹の中の子供、あたし一人で育てるからね」
  「何想像妊娠してるのよあんたはぁーっ!」
  「いつも夢の中ではフィーに激しく優しく愛しく抱かれてます♪」

  既に想像通り越して妄想だし。
  最後の最後まで、こんなノリかよ。まあ私達らしいといえば、らしいのかな。
  「……ああ、そうだ」
  ふと思い出す。
  両目潰されたレンツの後始末だ。
  「そいつはさ、皆を殺せ殺せと息巻いてたわけよ。丁重にお送りしてあげて」
  「たすたすたす助け……っ!」

  ゴグロンが喚声を上げる。
  暗殺者の群れの中に置き去りにされた、使い物にならない暗殺者。
  殺す殺されるの立場は容易に逆転するものらしい。

  どんな始末のされ方?
  ……さあ?
  そこは当事者達の感性の問題だから私には何とも言えないけど……楽には死ねないわねぇ。
  ショック死したら楽かもね、レンツ君。

  さて。
  「皆、バイバイ♪」