天使で悪魔





浄化の儀式



  物事には二つしかない。
  始まりと、終わり。
  終わりが嫌ならそもそも始めてはならない。そうすれば、終わらない。
  しかし人は勝手なもの。
  終わりが嫌なくせに、始める。
  そして終わりたくないと泣き叫び、暴れる。我侭な子供のように。
  命も同じ。
  生まれたら最後、絶対に死ぬ。
  絶対に。
  私の名はフィッツガルド・エメラルダ。私は今、選択を強いられている。
  始めるか、終わらせるか。
  何を始め、何を終わらせるべきかは……。
  ……。
  ……私の口から語ろう。
  ……私の口から……。






  「おめでとう、妹よ」
  いつにもなく陽気な声にオチーヴァ。私は何の事か分からずに、面食らう。
  場所はシェイディンハル聖域。
  この間のフォルトナとの出会いから三日後。まだ、聖域にいた。
  「おめでとう、妹よ」
  オチーヴァはもう一度、繰り返した。私は苦笑する。
  何なの?
  「何がおめでたいの、オチーヴァお姉様? ……まさか私とアンの結婚の事?」
  「まさか」
  「だよねー」
  「もう私達の気持ちの中では貴女達は結婚しています。初夜も……そうですね、一週間前に済んでるでしょう?」
  「そ、そうなのっ!」

  「最初の子供は女の子が良いですね、エメラルダ夫妻♪」
  ……ちくしょう。
  誰だ誰だ誰だぁーっ!
  そんな風に言いふらしたのはどこのどいつだぁーっ!
  ネコだろうって?
  はっはっはっ、そんな甘い考えじゃこの過酷でワーキングプアな時代を生きていけないぜぇー。
  いるじゃないかもう1人ある意味で私の誹謗中傷する女がぁーっ!
  ……けっ、アントワネッタ・マリーですよ。
  「そ、それでオチーヴァ、何の用? テレンドリルが呼んでるよーって教えたくれたんだけど」
  そしたらいきなり誉められた。
  意味が分からない。
  「フィッツガルド、貴女の活躍は上層部ブラックハンドにも響いています」
  「そりゃどうも」
  興味ない。
  別に闇の一党ダークブラザーフットで立身出世したいわけではない。

  既にカビの生えた話だけど、私はアダマス・フィリダを殺す為だけにここにいるわけ。その為の同盟。
  どうもルシエンは私を臣従させてるものだと思う込んでる節があるけどね。
  さて。
  「勅命です。ブラックハンドからの、勅命です。先程使いの者が来ました」
  「ふーん?」
  「気のない返事ですね。……まあ今は新婚ホヤホヤ。新妻にニヤデレなのは分かりますけど公私はしっかりと分けなさい。
  仕事は仕事として受ける、それが真の社会人です。貴女の顔は、夜の営みしか考えてない顔です」

  ……ちくしょう。
  し、しかもかなりショックだぞ今の言葉はぁーっ!
  私の顔はエロかそんなに物欲しそうなのか欲求不満なのかぁーっ!
  ……。
  ……はぁ。明日から鏡で爽やかな顔、練習しよう。
  おおぅ。
  「聖域管理者として命令します。貴女は今すぐにシェイディンハル東にあるファラガット砦に赴き、そこで伝えし者
  ルシエン・ラシャンスに拝謁して彼から辞令を受けるように。本日を持って貴女は昇格となります」
  「昇格?」
  「奪いし者です。……おめでとう、妹よ」
  闇の一党の上層部であるブラックハンド。
  最高幹部が『聞えし者』。1人。
  次席が『伝えし者』。4人。
  聞えし者&伝えし者の直属の暗殺者『奪いし者』。5人。
  この計10人が上層部である『ブラックハンド』。
  私はその末席の地位を与えられるらしい。つまり、人間として忌み嫌われる立場になるわけだ。
  「それ名誉なの?」
  「名誉です。貴女は最短記録を更新しましたよ。こんなに短期間で上層部に行けるなんて、鼻が高いです」
  「ありがと」
  「今後の事は私が言わなくても、ルシエンから聞けるでしょう」
  「はいな」
  ……はぁ。行かなきゃ駄目?
  別に興味ないんだけどなぁ。どんどん抜け辛くなってく。
  さて、どうしたもんかな。



  とりあえず、部屋に顔を出してみた。
  珍しくテレンドリルがいる。
  「ハイ」
  「あらフィッツガルド。どうしたの?」
  「いや別に用はないけど。珍しくここにいるから、声掛けたみただけ」
  大体聖域を離れている事が多い。
  任務は裏切り者の探索。
  それじゃあ、言い残してテレンドリルは部屋を後にした。考えてみれば彼女とまともに話をした事ないなぁ。
  まあ、別にいいけど。
  「フィー好きぃー♪」
  むぎゅー。
  もう驚かない。ハグして来たのは、アントワネッタ・マリー。
  ハグのついで(メインか?)に胸を鷲掴みにされ、お尻を我が物顔で触られても、私もう驚かないっ!
  ……ちくしょう。
  「フィー、紅茶飲む?」
  「紅茶?」
  「そう。愛しの新妻特製の媚薬入り……じゃない、愛情たっぷりの紅茶♪」
  「……今媚薬って言ったよね?」

  「大丈夫。悪影響ないから。ちょっと体の芯から『お姉様抱いてー♪』になるだけだからさ」
  ガンっ!
  「フィーがぶったぁ」
  「殺されないだけありがたいと思えーっ!」
  な、何て恐ろしい子なのっ!
  こんなのが野放しとは、さすがは闇の一党。恐るべき恐怖を内包してるわねっ!
  おおぅ。
  「冗談だよ、普通の紅茶。クッキーもあるよ、ティータイムしよ」
  「そうしたいけど急ぎの仕事なのよ」
  「えー」
  「ごめんね。またね」
  ……別に私、謝る必要ないんじゃないの?
  はぁ。
  どうも価値観が狂って困る。家族なんて、ただの形だけのつもりが……ふむ、私も家族してるらしい。
  まあいい。

  「そう言えばフィー、あたし最近思うんだけど」
  「何を?」
  「あたしとフィー、夫婦になるにしてもどっちが夫でどっちが婦なの?」
  「……そんなもん知るか」

  言及は避けましょう。
  何気に、何気に言及するとそのままエロに直結しそうだし。
  危険な地雷足元に置いたわねアンっ!
  さて。
  「行ってきます」
  「行ってらっしゃい。……変な女と浮気なんてしないでよ?」
  「すいません私は女性に眼がないんですか一応はノーマル仕様のつもりなんですけど」
  「えー?」
  「えー、じゃないっ!」
  「はいはい。……あっ、あたしは浮気なんてしないよ。フィー一筋♪ むふふ、フィー色に染められちゃいましたぁー♪」
  「……」
  おおぅ。









  「何か用?」
  「挨拶だな。久し振りに会ったというのに」
  ファラガット砦。
  一見すると廃墟。中に入っても廃墟。しかし置くまで進むと、そこには居住空間があった。
  ……内装最悪だし、多少はマシだけどやっぱり廃墟。
  そこにルシエン・ラシャンスがいた。
  私を闇の一党にスカウトした男。
  ニヤデレ顔の、それでいて幹部クラス。シェイディンハル聖域のメンバーからの人望は意外にも厚い。
  私は、嫌いだけど。
  見下されるのがね、嫌いなの。
  一応私は天上天下唯我独尊、とまでは言わないけどそれなりにプライドは高い方だしね。
  まあ、幼年期の反動かな。
  ふむ。虐げられる方が多かったからなぁ。だから、今は強くあろうとする気持ち方が強いし。

  さて。
  「久し振りだな我が暗殺者よ。お前の仕事振りはブラックハンドでも評価が高い。だからこそ今回の任務に抜擢する」
  「任務?」
  「状況はかなり悪い方向に進みつつある。お前の卓越した能力と闇の神シシスへの忠誠心、そのどちらもが試される
  事になるだろう」

  「……」
  ふん。鼻で笑う。
  この男が嫌いな最大の理由はその嫌味なまでに芝居掛かった行動だ。

  両腕を大きく広げて、何を語ってるんだお前。
  「今、闇の一党は危機に瀕している。内部に裏切り者を抱えているのだ」
  「へー」
  別に興味深い、わけじゃない。
  実際に裏切り者の偽装任務を二度も体験してるし、裏切り云々はオチーヴァからも聞いてる。
  ルシエンは続ける。
  「それが誰なのか、何の目的があるのかは不明だ」
  「なんだ何も分かってないわけ? 分かってから言って……」
  「シェイディンハル」
  「ん?」
  「シェイディンハル聖域と裏切り者の関連性は濃厚だ。裏切り者の存在のお陰でかの聖域は修復不可能なまでに穢されている。
  かなり長期間活動しているのが判明している。お前は除外される。裏切り行為がお前の加盟以前から続いているからだ」

  「……」
  こいつ何言ってるの?
  こいつ何言ってるの?
  こいつ何言ってるの?

  「聖域を浄化せよ」
  「……何?」
  「シェイディンハル聖域の全てのメンバーを処刑せよ。シシスの名の元に連中を1人残らず抹殺せよ」
  「……」
  私は常に自分の行動を計算して行ってる。
  それが私の処世術。

  でも、今は自分がどんな顔しているのか、自分では分からない。……鏡持って来ればよかった。
  自分の顔が分からない。
  でも、想像は出来る。
  ……今の顔は、きっと驚愕に満ち満ちている。悲しみと、嘆きと、理不尽に憤った顔。
  ……皆を、殺す……?
  「な、なんでっ!」
  「お前は今この時を持って戒律から解放される。家族だったモノを抹殺せよ。処刑せよ」
  「い、嫌だって言ったら?」
  「お前を殺す。聖域の者達も殺す。三日の猶予を与えよう。それまでに殺せ。……三日過ぎても実行しないのであれば私の手
  の者がシェイディンハル聖域の者達を惨殺し、私を失望させてくれた最大限の苦痛を与えてお前を殺すとしよう」

  「……」
  口の中が渇く。
  何か飲みたい。アンが入れてくれた紅茶、今から戻って飲みたい。
  ……久し振りの感情だ。
  ……怖い。
  ……走って逃げたい。走って、走って、走って家族達の元に逃げたい。
  怖いのはルシエンじゃない。
  こいつ、実は私も裏切り者じゃないかって疑ってる。隙を見せて、私に斬りかかって来るように誘ってる。
  ルシエンの誤算は、そんな事したら自分が死ぬ事を知らない事。
  ふん。こんな奴、殺そうと思えば簡単に消せる。
  しかしこいつを消すと、手掛かりがなくなる。
  ルシエンを消すという事は闇の一党を敵に回すという事。闇の潜む連中である以上、夜陰に乗じて襲撃してくるだろう。
  ……永遠に。

  そうなったら一生付き纏われる。
  それは面倒。
  ルシエン殺す時は、幹部であるブラックハンドの面々を芋蔓式か一網打尽に出来る状況じゃないと駄目だ。
  ……こいつ殺すのは容易いんだけどねぇ。

  「オチーヴァ、テイナーヴァ、テレンドリル、ヴィンセンテ、ゴグロン、ムラージ、アントワネッタ。全員を始末せよ」
  何で、何でこんな事に?
  こんな事は予測してなかった。今の私には、殺せない。殺したくない。
  どうして馴染んでから殺すように指示するの?
  どうして……?
  「我々闇の一党ダークブラザーフッドは長い歴史を持っている。しかし今回の浄化の儀式は実に稀なケースなのだ。過去
  にも二度しか行われていない。しかしこれは必要な犠牲である。組織の腐った部分は斬り捨てて、より強くなる」

  「それで裏切り者は誰?」
  「言ったはずだ。誰かは特定出来ていない。今回の浄化の儀式により命を落とした者達はシシスへの献上品としてその魂を
  貪られ最後の奉公をした事となる。いずれにせよ聖域一つ潰す事により、うまくいけば裏切り者の抹殺も完了する」

  「……」
  こいつらに命の価値は分からない。
  私もまた、語れる立場じゃないし語ろうと思わない。
  だがこいつらは何?
  家族云々言ったって結局は利己的なエゴイストかっ!
  裏切り者がいるかもしれない全員処刑したらその中に混じってるかもしれない、その程度かっ!
  そして万が一混じってなくても、見せしめとしては役に立つわけだ。
  ……皆、これがあなた達の信頼してた男の正体よ。
  ……そして闇の一党の。

  「もしもお前が欠片ほどの良心の呵責があるのであれば、こう命令しよう。お前が生き延びる為に殺せ」
  「……」
  私は無言で踵を返す。
  返す言葉も見当たらない。正確には、そんな気力もない。
  「待ちたまえ」
  「……何?」
  「楽しんできたまえ」
  薄く笑った。残忍な、愉悦の混じった顔。
  ルフィオを暗殺しに行った時と同じ台詞を吐かれた。しかし今はあの時ほど受け流す余裕がない。
  ……ほらね。
  ……家族なんて、しない方がよかったのよ……。






  ファラガット砦を出た時、夕闇が迫っていた。
  シェイディンハルはブルーマほどの寒冷地帯ではないものの、気候的には涼しい。
  外に出たのが良かったのだろう。
  気持ちが落ち着いていた。
  柄にもなく冷静さを失っていたものの、何とか自分を取り戻しつつある。
  家族を殺す。
  ……考えただけでも嫌だった。
  しかしそれと同時に私は死にたくない。絶対に死を免れないのであれば受け入れるものの、回避可能であるならば私
  はどのような手段でも行使する。

  では家族を殺すか?
  ……。
  ルシエンとの面談、そして今。
  数名が潜んでいる。ルシエンの手の者だろう。私が変な気を起こせば、私が三日の猶予の間に殺さなければ連中が
  浄化の儀式を実行するのだろう。ふん。あれで隠れてるつもりか?
  それとも私を牽制してる?
  どっちにしろ潜み方が下手くそだ。能力としたら、二流程度だろう。
  さて。どうする?
  浄化の儀式。
  こういう場合は優先順位を、何が大切かを判断しておく必要がある。そして結末。何を望んで何を捨てるか。
  それが大切であり絶対のルール。
  私は……。






  聖域に戻ったのは、次の日だった。
  シェイディンハルに宿に泊まった……わけではない。
  色々と考えたかった。
  それには宿はまずい。暗殺者どもに張り付かれると面倒だったからね。
  私はシェイディンハルの魔術師ギルド支部に一泊。あそこのギルドは地下に宿泊出来るので、暗殺者どもも忍んで
  来れなかった。地下だから窓ないし、入り口さえ押さえておけば侵入は不可能。
  それに調合もしたかった。
  ……毒。
  毒で始末する。
  その為の機材をギルドで借り、私は毒を調合した。
  アルゴニアンには毒は効かないものの、以前『吸血病の治療薬』関連の際にヴィンセンテに必要な材料である
  アルゴニアンの血を都合してもらった。

  その際の研究の結果、無効化できない毒の種類も熟知している。
  それを私はスリリー産のビンテージ物のワインに混ぜた。即効性。それでも五分は掛かるけど、一度体内に入り全身に毒が
  浸透するとほぼ一瞬で死ぬ。苦痛も何もない。ただ突然死ぬ。

  この為にある毒と言っても過言ではない。
  「フィーお帰りぃー♪」
  むぎゅー。
  帰ると早々に、アンが抱きついてきた。

  「……あっ……」
  抱きつかれて、一瞬自分を見失いかける。
  「どうしたの、フィー?」
  「えっ、ああ、何でもない」
  「……」
  「何でもないってば」
  慌てて目を逸らした。自分でも、取り繕えてないのが分かる。
  アンはしばらく不思議そうに見ていたけど、私の手を引っ張って奥に。

  「じゃーん♪」
  「……あっ……」
  奥に行くと、そこには飾り付けられた空間があった。テーブルには豪華な食事、そして家族達。
  奪いし者。
  あの後、私はそれに任命された。
  祝ってくれるの?

  ……これから毒殺する私を。
  「おめでとう、妹よ。……さあ、ムラージ・ダール」
  「あ、ああ」
  オチーヴァに促されて、ばつの悪そうな顔をしたネコが一歩前に出る。
  カジート、落ち込むと耳が垂れ下がってて可愛い。
  「何? また喧嘩?」
  「そのぉ、謝ろうと思って」
  「はっ?」
  「俺、今まであんたにしてみれば面白くない態度取ってただろ? 全部水に流して欲しいんだ。俺、あんた誤解してたよ」

  「……?」
  殊勝な態度。
  ……でも貴方も私は殺すのよ?
  ……それでも謝れる?

  「今まであんたの事をルシエンの機嫌取りの阿諛のうまい女だとか思ってなかった。でも違った。あんたは聖域の誰もが出
  来なかった事をこなしてきた。そして今回の昇進。あんたは自分の力で、ここまでやったんだ。それはとても凄い事だよ」

  「そう?」
  「その、だから出来れば仲直りしたいんだ」
  おずおずと手を出すムラージ。
  「妹よ」
  ヴィンセンテが私の名を呼び、それから静かに頷いた。
  ここの暗殺者は全力で家族している。

  ……でも知ってるの?
  ……それを推奨している男はあなた達を嘲笑い、殺したがってる事を。
  「ムラージ、仲良くしましょう」
  「俺、あんたとうまくやっていけると思うんだ」
  握手。
  意思疎通だけで全てがうまくいけばいいのに。
  ……世の中はとかく残酷で……。
  「フィー素敵ぃー♪」
  むぎゅー。
  さわりさわり。
  「すいませんお姉様お尻触ってます触りまくってますその摩擦とスピードだとただのスキンシップ超えてますけど」
  「むふふー♪」
  ……こ、怖い子。
  「フィーは、何悩んでるの?」
  「別に悩んでない」
  「そう? お姉ちゃんには何でも言ってもいいんだよ?」
  「悩み、出来たらそうするわ」
  「悩んでるならとりあえずやっちゃいなよ。それで失敗したら、また最初からやればいいよ」

  「乾杯しよ、乾杯」
  私はワインのボトルを掲げて見せた。
  これ以上会話すると駄目。
  ……感情が昂ぶると、抑えが利かなくなる。理性的でいる間に、殺してしまおう。
  ……さようなら。




  最初に息絶えたのはヴィンセンテ。
  ゴグロンは椅子から崩れ落ちた。
  テレンドリルは甲高く叫び、チキンサラダの盛り付けたお皿に顔を埋めた。
  アルゴニアンの兄妹にも毒は効いた。信じられない、そんな顔をオチーヴァはしたみたいだった。
  ムラージは胸を押さえたまま絶命。
  そして……。
  「フィー、どうして? ……どうしてなのぉー……?」

  「……」



  この選択は正しいのか?
  この選択は……。
  私は終わらせた、ここでの生活を。
  私はそして始めるのだ。
  ……奪いし者としての、生き方を……。




  「……あはははは……はは、は、ははは……」
  ドサっ。
  私は壁に寄りかかり、そのままズリズリと背中を滑らせてその場に座った。体中の力が抜けていく。
  まるで芯が抜けたような。
  「……はははは、はは、あっははははははは……」
  笑える。
  ただ、笑える。
  何の感情も湧いてこない。
  悲しみも、怒りも、何もない。何も湧いてこない。私はただ空虚に、笑い続けているだけ。
  感情はないのに心はざらつく。
  不快なまでに心は疼き、乾き、渇く。なのに感情は込み上げてこない。
  無感情なのに心は不穏。
  こんな感情もあるのかと、こんな心の感じ方もあるのだと私はどこか冷静に考えていた。
  「……あっははははははははっ!」
  笑える?
  笑える。
  笑える?
  笑える。
  ……本当に?
  ……本当……。
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  壊してしまった。
  壊してしまった。
  壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊してぇっ!
  私は壊してしまったっ!
  自分が助かりたいばかりにっ!
  家族を壊してしまったっ!
  これが結末かっ!

  これが……。
  「ちくしょう。これが……結末、か」
  何の音もない。
  あるのは静寂。
  何の音もない。
  あるのは、死にたくない一心で家族を殺して生き延びてる愚か者の心臓の音だけ。
  ……私の心臓の音だけ……。
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  獣のように吼える。
  そう。私は獣以下だ。どんな獣だって情愛はある。私はそれを自ら断ち切った。
  自ら?
  そうよ自らっ!
  泣いて泣いて心が苦しくて。
  この虚無は何?
  この空虚は何?

  心が求めてる。心が、絶対に手に入らないものを求めている。
  でも私は知ってる。
  その空白感を埋める事はもう出来ない。永遠に、未来永劫にその空白は空白のまま。
  私が殺した。皆を。
  私が殺した。心を。
  もう後戻りは出来ない。私はこの先、立ち止まる事も後戻りする事も出来ない。
  自分で下した決断。
  ……そうよ。死にたくなかった私が、生贄として家族を殺したのよ。
  アン。
  ああ、私のアン。笑って。……もう一度……もう一度だけ……もう……。
  「ううう。私は、私は、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  壊したものは戻らない。
  だから心戻らない。
  そう私は壊れた壊れた方が楽壊れた方がいい。
  ……ほらね?
  心を遮断したら何も辛くない痛くない。だから壊れた方がいいの。そして人を殺そう。ルシエンの道具になろう。
  ……そうすれば、何も考えずに済む……。
  ……そうすれば……。
  「私はまた……一人ぼっちからやり直しだ……」
  さあ。壊れた心と体を引き摺りどこに行こう?
  さあ。私はどこに?