天使で悪魔





黄金街道の脅威



  「貴女の未来が見えます。それは貴女の身に、という事でもありこの世界に起きる事。起ころうという事。貴女の未来は世界と連動
  しています。私には見える。数多の命は貴女の行動に支配されます。救うも奪うも、貴女次第」
  「生と死は表裏一体。容易に変わるモノ。でも忘れないで。貴女は、それらを握っているという事を」

  ……。
  レヤウィン魔術師ギルド支部長であり預言者であるダゲイルはそう言った。

  妙にスケールの大きなお話。
  皇帝に対しては反感があったから、話半分も聞いてなかったけどダゲイルに対しては特に悪い感情はない。
  まっ、一応は覚えておきましょう。
  私が世界の命運握ってる……ふふふ。それはそれで悪い気はしないわね。
  勇者様気取り?
  はっ、まさか。
  私が世界の命運を握る、つまり私が世界を統べる女王様という事だ。
  ほほほ。まあ、そんな程度の認識だ。
  私はシェイディンハルの聖域には戻らず、そのまま帝都のアルケイン大学に足を向けた。






  「だから、理論的にこの魔法力じゃ無理だから……そう、一時的にキャパシティの増幅を……でもこの計算だと……」
  帝都。
  全ての知識の集う、魔術師ギルドの中枢であり知識の最高峰アルケイン大学。
  レヤウィンからここに来て既に二日。

  私は現在、研究中。
  「属性は雷、それで……うーん、駄目だ。魔法力足りない。ブーストの回数をもっと増やして……」
  新しい魔法の研究中。

  広範囲高威力。
  遠距離でありそれなりに広い範囲と高い威力の裁きの天雷、煉獄、絶対零度。
  ゼロ距離の炎帝。
  麻痺魔法の毒蜂の針。
  回復魔法も使えるし開錠魔法も使える。水中呼吸も水中歩行も使える。
  特に開発する必要はないけど、ダゲイルが妙な事を行ってたからね。オブリビオンの悪魔ですらダース単位で屠れる魔法を作っ
  ておこうかと思ってね。それに、久々の勉強もなかなか楽しいものだ。
  「オブリビオンの悪魔かぁ」

  邪教集団にオブリに転送され、生きてきた日々。
  人が生きれる世界ではない。
  私は罠に掛けて殺した悪魔を食べて……。
  ……。
  ……やめ。考えて鬱になる事は、考えない方がいいのだ。
  ともかくそのトラウマで私は召喚技術がマスタークラスではあるものの、叔母に仕込まれたスケルトン召喚しか使えない。
  ここらで一つ、オブリの悪魔を召喚して従える魔法も覚えるべきかも知れない。
  私の、レベルアップの為にもね。
  さて。勉強勉強。
  「フィッツガルド」
  「あらラミナス。どうしたの?」
  中間管理職ラミナス・ボラス。
  ダゲイルの一件は既に報告した。……正確にはカルタールの件ね。更に訂正するなら、報告ではなく世間話。
  公式として報告するとダゲイルの進退にも関わるからだ。
  その点はラミナスも分かってる。
  だから、世間話として受理し、その旨をハンぞぅに伝えたはずだ。
  「フィッツガルド。君に任務がある」
  「任務?」
  「そう。任務だ。……それはつまりこの大学から即刻出て行け留まるな臭いが染み付くだろう、という意味だ」
  ……ちくしょう。
  ……秀才だし魔術師にしては現実路線の男だけど、私に対しては愚痴が多い。
  信頼の証?
  まあ、それもある。付き合い長いし、私は家族だと思ってる。
  でもね?
  心の底から信頼してくれなくてもいいですからもっと大切に扱ってください。
  「任務を受ける心構えは?」
  「あんまりないけど、聞くだけ聞いてあげるわ」
  魔法の勉強中だし。
  魔法の考案中だし。
  出来ればスルーの方向でお願いしたいけど、それを承知で私に依頼するのだから、急ぎなのだろう。
  基本、大学内にいる魔術師のほぼ全てが浮世離れした世間知らずばかり。
  更に言うなら、研究馬鹿で魔法戦には長けてない。長けているのは理論だけの、研究肌が多い。
  かといってバトルマージを派遣すると、大事になる。
  だから私をよく使うのよ、ラミナスは。
  一番穏便に終わり、一番信頼出来るから。
  ……この場合、信頼も必ずしも幸せではないわねぇ。それはつまり、誰の助けも得ずに独力でこなせという意味だからだ。
  「それで何? 何すればいい? まっ、ちょっと体動かした方が気分転換になるしね。私、何でもするわよ?」
  「こ、このふしだらなブレトン娘めっ!」
  「何でもすると言ってもエロは含まれないわよこのボケーっ!」
  ……ちくしょう。
  「そうか。違うのか」
  「当たり前じゃないの」
  「そうだな。お前みたいな幼児体型では……ふん、期待するだけ損だったな。この発育不良めが」
  ……ちくしょう。
  ……私の扱い日に日に雑。いつからこんな感じに?
  「アンヴィルに飛んで欲しい」
  「アンヴィル?」
  「ここ最近、アンヴィル方面はかなり忙しい。この間もアルラが虫の隠者を倒したしな」
  虫の隠者。
  死霊術師風に言う、リッチの事らしいけどどうも違うような気がする。
  「アルラって誰?」
  「マスター・トレイブンの弟子……いや正確にはギルドの人間ではなく、父親がマスターと知り合いでな。その関係で教えを受
  けたのだ。一応はフィッツガルド、お前の先輩に当たる人物だな」
  「へー」
  知らないなぁ。
  「私、会った事ある?」
  「ないだろう。確か」
  「ふーん」
  アルラ=ギア=シャイア。インペリアル。女性。名門貴族の令嬢らしいけど、既に没落。
  魔術の才能はずば抜けているらしい。
  「おそらくはフィッツガルド、お前と良い勝負だろうな。……体型では無条件降伏するほど、お前が劣っているが」
  ……ちくしょう。
  「その人、ハンぞぅと親しいのかぁ」
  マスター・トレイブンの弟子は少ない。
  私にとっては師匠である以上に、祖父同然の人。だから、かな。別の人とも親しいと聞くと、どうも面白くない。
  嫉妬、かな。
  「安心しろフィッツガルド。お前の方が、マスターのお気に入りだ。愛人一号だもんな」
  「……」
  あまり好きではない言い方。
  ラミナスは多分、そんな陰口が実際にあるのを知らないのだろう。そうでなきゃそんな事は言わない男だ。
  私がラミナスに何言われても心底嫌と感じないのは、どこか温かみがあるからだ。つまり、冗談と分かるからだ。
  だから嫌じゃない。
  「どうした、フィッツガルド?」
  「なんでもないわ」
  「なんでもない顔ではないだろう。……そう、まるで人生を悔いる極悪非道な人間の顔をしてるぞ」
  ……ちくしょう。
  ……前言撤回します。
  「ラミナスは知らない? 私、ハンぞぅの愛人で、それで異例のスピードで栄達の道歩いてるって噂あるの」
  ハンぞぅは評議長。アークメイジ。マスター。
  魔術師ギルドの最高位であり、大学で屈指の知識と能力を誇る人物。当然、全てを極めた付随品として栄華も手にしている。
  評議長は世襲制、ではないもののハンぞぅに気に入られれば後ろ盾として絶大な権力を得る事になる。
  つまりそれを背景に次期評議長にもなれる。……可能性もある。まあ、断定はしない。
  私には敵が多い。
  ハンぞぅに近すぎるからだ。
  もちろん実績を正当に評価してくれる人もいるしライバルのような人もいるし友人もいるし慕ってくれる人もいる。
  ……そうね。どこにでも、一握りの嫌な奴はいるものだ。
  ともかくその嫌な奴らは私の事を否定し、毛嫌いする。何故なら、ハンぞぅに近いからだ。
  直弟子。
  愛弟子。
  孫同然。
  ……そして、愛人。
  愛人ではないものの、ともかく私はハンぞぅに近いし愛されてる。次期評議長の椅子に近く、恵まれすぎてる立場がハンぞぅの退任
  後の地位を狙う連中には疎ましいらしい。

  だから、私を愛人だと決め付ける。それが、今の出世に繋がってると。
  「ラミナスは知らない? 私、体をハンぞぅに売って出世してるって噂」
  「知らないな」
  「そう」
  事実ではないし、デタラメだ。去る友人もいるし軽蔑する人もいる。でも去らない人は去らないし、優しい友人は優しいままだ。
  まあ、見極めが出来ていいのかもしれないけど。
  「礼儀も弁えない愚かな連中の戯言だ。気にするな。それに、お前は私の愛人だしな」
  「いつよそれは一体いつからそうなったのよっ!」

  「ハハハハハハハハ♪」
  「……爽やかに笑ってるんじゃないわよ。まったく」
  「嫌な奴はどこにでもいる。そんなものだ。……まあ、いいんじゃないか? 疎まれるという事は、それだけ未来は明るいという事
  だ。お前は確かにマスターの椅子に近いよ、フィッツガルド。羨ましいのさ、連中は。そうだろう?」
  「あはははは。そういう考え方もあるわね」
  笑いながら私はウインク。
  見極め。そうね。これは好都合な見極め。誰が本当の友人か、見極める絶好の機会。
  前向きに考えよう。
  「くっ! フィッツガルドのウインクの所為で眼が潰れたっ! ……ああ、穢れを飛ばすな」
  ……ちくしょう。
  ともかく任務はアンヴィル。魔法の研究も、とりあえず暗礁に乗ってるからここでやめておこう。
  根を詰めると疲れるし、余計手間取る。
  「アンヴィルで何するの?」
  「キャラヒル支部長が指示をくれる。向こうで指示をもらいたまえ。……ああ、キャラヒルはマスターの後輩だ。話が合うかもしれ
  ないな。マスター・トレイブンの教えの信奉者で、それを実践している。ただの崇拝者ではなく、才女でもある。優れた女性だ」

  「そう、楽しみね。それで報酬は?」
  「私の笑顔だ♪」
  「そ、そう」
  だからそれはいらないって。
  別に報酬はが必要なほど、お金には困ってないし大学に恩返しがしたいし。
  正確にはお世話になってるハンぞぅにね。
  「ところでフィッツガルド。前から気になってたんだが、どうしてハンぞぅなんだ?」

  「初めて一緒にお風呂に入った時にゾウがいたから」
  「……偉大なるマスターの愛称は下ネタから来たわけか……」
  「あはははは。初めて男の人とお風呂入ったんだもの、インパクトはあったわね。ゾウよゾウ。だから、ハンぞぅ」






  私はフィッツガルド・エメラルダ。
  数奇な、不幸な、人生の底辺を生きた女。
  叔母に虐待されゾンビにされそうになるわオーガに非常食として飼われるわ、挙句に邪教集団にオブリに転送。

  悪魔の世界オブリビオンで生きた。
  ……ほんと、よく生きれたわね。今でも悪夢を見るし、うなされる。
  10才の時に偶然この世界に舞い戻る。
  召喚実験の、失敗という偶然。偶然という名の幸運。
  その術者がハンニバル・トレイブン。
  彼は私を養女として可愛がってくれた。もっとも、最初の頃は私は完全に野生化してたから迷惑も掛けたなぁ。
  言葉も忘れてたし、生肉貪ったり。……はふ、それも悪夢ね。
  今の私があるのはハンぞぅが温かく包み込んでくれたからだ。だから私は幸せだし、今も生きてる。
  まっ、今の私はダゲイル曰く『世界の命運を握る女』らしいし、かつての不幸は返上かしら?
  ほほほ。運命の女王として君臨してあげましょうか?
  ふむ。それも悪くない。
  悪くないけど、何にも縛られずに生きていこうと思う。
  ……その為に、強くなったのよ、私は。
  ……何にも縛られない為に……。





  アンヴィル。風光明媚な港湾都市……であると同時に、海の男臭い都市。
  確かに夕日に沈んでいく海を眺める、そんな生活は理想ではあるものの……船乗り達の体臭はきつい。
  理想と現実。
  ……ああ、何て残酷な世界なんだろう……?
  人はメルヘンには暮らせないらしい。

  到着した時は既に薄暗かったから私は宿を取り……もちろん観光客用の、高級ホテル。一晩ゆっくり眠ってからアンヴィルの
  魔術師ギルドに足を運んだ。あまり親交がないから、というよりアンヴィルにあまり足を運んだ事ないし。
  さて。
  「あの、私はフィッツガルド・エメラルダ。ラミナスからの依頼で来ました」

  「ああ、ラミナス・ボラスが送ってくれたのは貴女ですか。私がキャラヒルです。初めまして」
  長身のアルトマーの女性。美女だ。
  ……少しきつそうだけど。
  「評議会が貴女を……その、送ったわけですよね?」
  私の実力を疑ってるらしい。
  その気になればマスタークラスの魔術師なんですけどねぇ。
  ……多分ね。
  「評議会、というよりラミナスの人選ですね。ラミナスの人選は、マスターの意思。私、一応は養女なもので。権力者の娘の特
  権ですね。こうやって優先的に任務を選べる権限があるのは」

  「まあ、ハンニバル・トレイブンの……ようこそ、お会い出来て光栄ですわ」
  手のひら返したように優しくなるキャラヒル。
  それはつまりハンぞぅの人望を示している。そう考えると、私も少し嬉しいなぁ。
  「マスターはお元気ですか?」
  最近会ってない。
  「元気よ。また少し、頭が進行したけど」
  「まあ。あっははははは……ああ、いえ、失礼」
  ラミナスに聞いた近況。
  また最近禿げ上がってたらしい。毛生え薬、あまり効き目ないらしく気にしているらしい。
  今度、効きそうなやつをプレゼントしよう。
  「そういえばこの街に虫の隠者が出たとか」
  「ええ、虫の隠者ローグレン。私が以前、致命傷を与えた死霊術師の成れの果てです。……正確には死霊術マニアの偏屈
  爺さん、ですけどね。ベニラス邸の地下で虎視眈々と復活の機会を窺っていたらしいですね」

  「虫の隠者ってなんですか?」
  ただのリッチの別称、とは思えない。
  「虫の王の下僕の事ですよ」

  「虫の王?」
  どこかで聞いた……えーっと……脳の情報を総検索……あー……そうそう、虫の隠者ヴァンガリル。

  レイリン叔母さんが崇めてたあの虫の隠者の残したメモに書いてあったわね。
  虫の王の声を聞いたって。
  ……ん……?

  「それってあの虫の王?」
  御伽噺。
  御伽噺、魔術師ギルド創設者ガレリオンが倒した死霊術師の元締め。死霊王。無敵のリッチマスター。虫の王。
  激しい戦いの末に五体バラバラにされて死んだ。
  どっちにしろ、昔の話。300年も前の話だ。
  「つまりー……」
  「虫の隠者とは、自分を虫の王の腹心だと思い込んでる連中の事ですよ。昇華した存在だと、信じてる愚か者達ですよ」
  「なるほど」
  だけど何でそれをハンぞぅもラミナスも私に言ってくれないんだろう?
  カラーニャだってそうだ。リッチの別称だなんて言ってたし。
  ……何か死霊術師の動きがまだ水面下で活性化しているのかしら……?
  「それでその……ローグレン、だっけ? 倒したのはアルラだっけ?」
  「アルラ=ギア=シャイア。貴女と同じマスターの高弟だと……」
  「そうみたいね。会った事ないけど。今まで聞いた事もなかったけど」
  「かなりの魔術の使い手ですよ。アンヴィルの幽霊船、それも彼女が解決したと聞いてます」
  「へー」
  さて、とキャラヒルは言った。和むのはそろそろ終わりにして、お仕事しようか。
  「実は最近、黄金街道で殺人が連続しています。遺体は商人。全て商人、です。致命傷は全て凍傷。この時期、しかもこの近辺
  で凍傷で死ぬ事はありません。自然現象では天変地異が起きる末世でない限り、ありえません」

  犯人は魔術師か。
  しかもおそらく、身内。そうでなければ魔術師ギルドではなく、公的組織が動くはずだ。
  キャラヒルは続ける。
  「黄金街道は……知ってますよね?」
  「アンヴィル、クヴァッチ、スキングラード、帝都と続く交易の街道。莫大な金貨の動く、街道。……常識よ」
  よく出来ました、という風にキャラヒルは笑う。
  意外に親しみある人だ。
  機会があったらまた会いに来よう。
  「アンヴィルからクヴァッチへと続く街道沿いに、プリナ・クロスという宿屋があります。そこにアリーレ・ジェラードという名のバトル
  マージがいます。彼女と接触し、状況と次の指示を受けてください」

  「内偵?」
  その宿屋に犯人と思われる人物がいるのかしら?
  ……つまり、私は餌か。
  ……商人の振りして、そいつを誘き出す、ってところかしら?

  「じゃあ行って来るわ」
  「吉報をお待ちしていますわ」






  黄金街道。
  アンヴィル〜クヴァッチ間の街道にある、プリナ・クロスという宿屋に私は向った。
  「へぇ」
  意外に立派だ。
  まあ、そりゃそうよね。黄金街道は大量の金貨を生む、交易路。
  そういう連中が落とす金貨で宿屋は繁盛するし、商人も足休めに宿屋は必要。そういう相互関係で発展したのだ。
  ……発展はしたんだけどねぇ。
  「いらっしゃい」
  「ハイ。お部屋空いてるかしら?」
  「ああ。がら空きさ」
  強盗殺人騒ぎからか、あまり賑わってない。
  もちろんキャラバン組んだりしてる連中は私兵も従えてるだろうから特に問題はないだろうけど、そんな大商人は稀であり基本的に
  は個人でやってる商人が普通だ。殺人の噂が立てば、客足は遠のくは当然の理。
  ブレトンの女性が、湯気の立つカップを手にしてこちらを見ていた。
  アリーレはブレトンだと聞いてる。多分、彼女だ。

  他にいる客はアルトマーの中年女性だけ。
  「どうしました、旅人の方。もしかして道に迷いましたか?」
  誘い水だろう。
  私は彼女のテーブルに近づき、椅子に腰掛けた。
  今の私の恰好は旅人。
  武装もしてない。護身用の短刀だけ。一応、各地を回り調合した薬を売っているという設定。
  「どこへ向うんですか? ……貴女、キャラヒルが放った人ですよね?」
  「そうよ」
  小声で会話。アルトマーの女性はこちらをちらちら見ていた。
  彼女が犯人?
  「部屋を借りてください。後で訪ねますから。あと、誰かに聞かれたら商人だと名乗ってください。いいですね?」
  「了解」
  「えーっと、すいませんね。私は方向音痴なので道の説明下手で」

  ……下手なのは演技です。
  ともかく、私は宿の主のいるカウンターの前に行き、一部屋借りる事に。
  「今夜、泊まりたいんだけど」
  「見た感じ冒険者には見えないから……どこかに小旅行かい?」
  「いえ。私は商人なのよ」
  「何も荷物持ってないのに?」
  「クヴァッチにある荷物を引き取りに行くのよ。買い付けの為にたくさん現金持ちすぎて、心臓バクバクよ」

  「……」
  「何?」
  「い、いえ、最近殺人騒ぎが多くて。それで、気をつけてくださいね。昔はここも賑わってましたけど今じゃこんな有様。この商売
  しているのもひとえに出会いが好きだから。出会った人が死ぬなんて、これ以上聞きたくないですから」

  「優しいのね。ありがと」
  宿泊代金を支払い、部屋に向おうとすると誰かが肩を掴んだ。
  振り向くとアルトマー。
  ゴルゴ13並の神経質なら、今頃死んでるわよ?
  「何か?」
  「あなた商人なんですって?」
  「ええ。クヴァッチまで買い付けに行くので、ここで足休めしようかと」
  「……怖くないんですか? 最近、商人が狙われてるんですよ、この街道で。たくさん殺されました。私なんて怖くて怖くて宿から
  出られずにいるんですよ。本当にもう、怖いですよ」

  そんなに怖いなら一生宿屋に引き籠もれ。
  「ともかく、旅の安全を祈ってますわ」
  なんなんだこの婆さん?
  わざわざ私を商人かと確認したから、こいつが犯人なのかそれともただ心配してるのか?
  まあ、いい。
  部屋は二階だというので私は階段を上り、借りた一室に。3号室、ここね。
  部屋に入って旅装を解くと、アリーレが入ってきた。
  「それで私はどうすればいい? 餌を撒いたんだから、喰らいつく魚な犯人を釣るのは貴女?」

  釣りに例えて今の状況を茶化しながら話すと、アリーレは苦笑した。
  「このままクヴァッチ方面に向ってください。私、それともう一人同僚のバトルマージが貴女を護衛しながら進みます。もちろん姿を隠
  してですし、貴女も悪戯で我々を探したり話し掛けたりしないでくださいね」

  「はいな」
  「そこで犯人と遭遇するはずです。貴女は全力で自分の身を護ってください。現行犯で我々が犯人を倒します。だから、それまでは
  自分の身は自分で護ってください。犯人の対処はこちらでしますから」
  ただ、一つだけ聞きたい事がある。
  「犯人は殺してもおっけぇ?」

  「ギルドはこれ以上の犯行を許せない、と思っています。生かして司法機関に引き渡すのも駄目です。殺すだけですね」
  「了解」
  ……やっぱりギルド関係者なんだ。
  もしくは元、なのか。
  いずれにせよ生きて司法機関に渡せば尋問で色々と喋り、ギルド関係者だったと明るみに出れば魔術師ギルドの看板に傷が付く。
  だから殺すのだろう。もちろん犯人に慈悲は必要ない。殺すに値する犯罪者だ。
  ……まっ、私が言っても説得力ないけど。
  「少し休んでください」
  「別に眠くないけど。いつ頃まで?」
  「最低でも夕刻まで」
  「じゃあ夕刻ね」
  「分かりました。こちらも準備をしておきます。それまで、ゆっくり休んでください」






  プリナ・クロスを出たのは、夕刻だった。
  アリーレは既に宿を出ていたし、アルトマーの女性もいなかった。彼女が同僚か、と思ったものの違うでしょうよ。
  ギルドの人間だとアリーレは察知してた。
  同僚の人間だけ全力で私を商人と思い込む?
  演技だとしても、わざとらしすぎて逆にありえない。宿の主人に聞くところ、アルトマーの女性はかなり長期に渡って宿泊しており
  かなりの料金を支払ってる。それでも干上がらない理由。
  余程の資産家か、秘密の収入源があるか。
  女性の名はカミナルダ。
  ……そう。私の目の前にいる女性が、犯人のカミナルダ。
  「ここで貴女の旅はおしまいよ。残念だったわね」
  街道をクヴァッチに向けて歩き出して20分。
  完全に人気のない場所に、立ち塞がり私の顔を見てニヤニヤと笑っている。犯人はこいつで決定。
  ……えっ?
  ……実は私が教われないか心配で見に来た?
  そんなわけないない。
  「この間のカモは期待外れだったわ。がっかりだった。だから、あなたは満足させてくれるのかしらね? ……ああ別に有り金よこせ
  とは言わないわ。貴女を殺したあとに勝手に頂くから、心配しないで」

  「ひぃっ。お、お金なら差し上げます、だ、だから殺さないでぇ」
  「残念ね。さようなら」
  放たれた氷の魔法が、私の命を凍らせた……。
  「ふふふ。そんなわきゃないわね」
  「……っ!」
  「効くか、そんな程度の魔法」
  私の身につけてる指輪や装飾品は、魔法攻撃に対する耐性を増幅している。更に言うならブレトンは種族の特性として魔法への
  抵抗力が高い。つまり攻撃魔法に対して強い。しかもそれを増幅してるから、あの程度の攻撃は痛くもない。
  少し冷たい程度。
  「慈悲は嫌いみたいだから、私もやめとく」
  「お、お前誰だっ!」
  「知りたい? 簡単よ、よく聞いておく事ね」
  「くっ!」
  「お前を殺す者よ」









  「そうですか。彼女は死にましたか」
  「ええ」
  「アリーレ達は、役に立てずに終了。さすがはマスターの愛弟子ですわね。大した能力です」
  あの後。
  カミナルダは私の放った『裁きの天雷』で黒コゲとなりあっさり昇天。アリーレと同僚のバトルマージは、ただ私をストーカーした
  だけで任務終了。まっ、任務の効率化よね。
  「これで街道も静かになりますね。全て貴女のお陰です」
  「どーも」
  結局、カミナルダがギルド関係者なのか違うのかは、議論しなかったし向こうも語らなかった。

  知らなくてもいい暗部というものがあるし、特に私も興味はない。
  私は帝都に向けて、帰るべく安全となった黄金街道を一人歩いた。

  「んー、労働は気持ちいいですなぁ」