天使で悪魔





家族達の絆




  目標が消えた。
  私はフィッツガルド・エメラルダ。元帝都軍総司令官アダマス・フィリダに罪人に仕立て上げられ、懲役30年を食らった女。
  まあ、逃げたけど。
  闇の一党ダークブラザーフッドに加盟。
  全てはアダマスを殺す為だけの組織。それだけの為に、利用した。
  でも、それももう終わり。
  アダマスは死んだ。私が殺した。そう、この私が。復讐は果たした、正義は成した。
  殺せば組織にもう用はない。
  ……だけど、情がある。
  長く居過ぎた所為だ。簡単に切り捨てる事が出来ない。私は今、目標がない。今まで熱くなり過ぎていたから、突然目標がなく
  なると面食らい、戸惑い、躊躇う。このままここにいるべきか、去るべきか。
  ……これから、私はどうしよう?








  黒馬新聞より抜粋。
  『闇の一党ダークブラザーフッドの撲滅を公約に掲げてきた元帝都軍総司令官、レヤウィンにて暗殺』
  『その手口、目撃証言等により帝都軍は闇の一党の暗殺者が犯人であると公式発表した』
  『新任の帝都軍総司令官のコメント。アダマス・フィリダは偉大であり勇敢だった。彼の死は無駄に出来ない』
  『しかし今後の方針等を記者に尋ねられると、言及は避けて退席した』








  「ふぅ」
  今日、何度目の溜息だろう?
  シェイディンハルの聖域。共同部屋。ベッドの上。私は寝転がり、天井を見てる。
  今、ここにいるのは私だけだ。自然、考える時間が多くなる。
  アダマス暗殺は、昨日の事だ。
  「ふぅ」
  聖域のメンバーでネコ以外は私を大絶賛。聖域に貢献したとか聖域の宝だとか、私を褒め称え、敬愛してくれた。
  闇の一党にとってアダマスは天敵。
  闇の一党にとってアダマスは宿敵。
  それを殺せば、殺した人間は英雄になる。……まあ、血塗れな黒い英雄だけれども。
  祝賀会開きましたよこの聖域の面々。
  妙にアットホームなんだよなぁ。もっと暗殺者を前面に出した殺人狂達の巣窟なら後腐れないように皆殺しにして出奔出来た。
  もっと早くにアダマスを殺せていれば。
  それでも、全員抹殺した逃げれた。でも今はそれが出来ない。
  ……いつの間にか、私はここの家族が好きになってた。
  ……ちくしょう。
  「ふぅ」
  盛り上がった祝賀会ではあるものの、私は正直楽しくなかったし酔えなかった。
  殺しに抵抗を覚えてる?
  全然。それはない。なっしんぐ。
  アダマスは死んで当然だったし、私は別に殺しに嫌悪感は持ってない。
  いつでもどこでも人は死んでる。
  だから、何?
  ……ふむ、こういう点は昔と変わらないんだよなぁ。何が変わったんだ?
  「家族かぁ」
  変わったのは聖域の面々が家族に思えるようになった事。
  つまり、位置付け的にはアルケインの面々と同じ位置になったわけだ。私の中で、ここの血塗れ家族も大切な家族。
  ……歪んでるわ。
  ……不毛だわ。
  「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
  大きく息を吐く。
  原因は分かってる。あれよね、アダマス殺しちゃったからもうやる事がないんだ。当面の目標達成。
  別の目標探して生きなきゃ。
  暗殺に抵抗はないけど、別に暗殺者として生きるほど三度の飯より殺し好き、というわけではないしなぁ。大学に正式に戻れ
  ば多分評議員に抜擢されて外に自由に出れなくなるし。
  ……ああ、勝手な思い込みじゃないわよ?
  マスター・トレイブンももういい歳だ。
  自分が後継者になれるとは思わないしそこはどうでもいいんだけど、一応は私は数少ない直弟子だからなぁ。
  後継者の補佐ぐらいには抜擢されるっぽいしなぁ。
  自由がなくなるから、大学もどうかな。
  でもハンぞぅには恩義がある。
  最大限の恩返しはしたいから、もしもそういう要請があったら……ふむ、まあもしもの想像はどうでもよろしい。
  「冒険かぁ」
  世界にはまだ見ぬ不思議がたくさんある。
  それを見て回るというのも楽しそうだ。何にも縛られないし、一番自由だろうなぁ。
  ……それいいかもしれない。
  「よし、冒険者の方向で行くかな」
  「フィー好きぃー♪」
  むぎゅー。
  脈絡もなくアン登場。既に年中行事である抱擁も気にならない。自分からはしないけど、ハグされたら私もハグしてあげる程度
  の余裕は出来た。ま、まあそれが余裕なのか神経麻痺してるのかは不明だけど。
  「どうしたの、昨日から浮かない顔して」
  「昨日?」
  楽しめなかったけど祝賀会、表面的にははしゃいでたつもりだけど?
  「フィー何か心配事があるの? あたしはお姉ちゃんだから何でも聞いてあげるよ?」

  「……」
  これだからこの子、侮れない。
  私の顔見て、微かな憂いを察知したわけだ。何よそれ、本物の家族みたいな会話じゃないの。……暗殺者のくせに。
  「目標がなくなったからね。少し鬱なのよ」
  「あっ、それあたし分かる」
  「そう?」
  「あたしもフィーと結婚出来ると決まったら、急に沈んじゃうもの。マリッジブルーだね。フィー、幸せになろうね♪」
  ……ちくしょう。
  ……全然分かってないこいつは全然分かってない。
  「アン、あのね……」
  「いいよね、こういうの」
  「はっ?」
  「アンって呼んでくれて嬉しいなぁ。あたしね、ずっと妹が欲しかったの。……暗殺者になる前からさ、欲しかった。そりゃフィーの
  方が本当は年上なの知ってるけど、お姉ちゃんしてるから毎日楽しいなぁ」
  「そっか」
  変わった子ね。相変わらず。
  変に私に懐いてる。どっちが姉なんだか妹なんだか、微妙なところよね。
  「それでフィー、アダマス殺して楽しくないの?」
  「ちょっと想像してた感情とは違うのよね。ふむ、まあこんなもんかな。盛り上がりに欠ける、結末だったわ」
  ドラマチックに人生は出来ていない。
  どんなに高揚感が続いてもいつかは醒めるし、結末なんてこんなものだ。どんなに燃えてもね。
  「それでフィーはこれからどうするの?」
  痛いところ突くわね。
  「今考え中」
  「仕事は辞めて子育てに専念した方がいいと思う。子供には、愛と時間が必要だから。蓄えはかなりあるし」
  「誰の子供よ誰のっ!」
  「あたしとフィー♪」
  「どーやって妊娠すればいいのどーやってっ!」
  「妊娠するまで頑張ろう♪」
  ……ちくしょう。
  悩める場所じゃないわね、ここ。……そもそも悩む必要性もないんだけどね。そんなにはさ。
  「おお、妹よ。ここにいましたか」
  「ヴィンセンテお兄様、どうしたの?」
  ちらりとアンの方を見て、私に眼で今いいかと訪ねる吸血鬼。
  マジ二人は出来てるという設定なのですかここまで来たら結婚しないと収まりつきませんかー?
  ……ちくしょう。
  「オチーヴァが探してましたよ。任務があるそうですよ。急ぎですが実入りの良い仕事です」
  「今は仕事はいらない」
  「ほう? 何故?」
  「フィーはマリッジブルーなの」
  「なるほど。結婚するのは人生のイベントの一つ。不安になるのは分かりますよ、妹よ」
  ……殺すこいつらやっぱり殺すぅーっ!
  おおぅ。
  「と、ともかく今は仕事やめとく。いいよね?」
  「確かに休養期間も必要ですし、任務は強制ではない。ふむ、ならばそう伝えておきます。ところで妹よ、顔色が昨日からおか
  しいですが何かありましたか?」
  ……こいつもかよ。
  何なのよここの暗殺者は。家族大好き人間か。
  この聖域の暗殺者は家族想いで、依頼人の方がどす黒く見えるから不思議だ。
  まあ、正真正銘の暗殺者で人殺しを厭わない連中なんだけれども。

  「大丈夫ですか?」
  「心配ない。それで、話を変えるけど、聞きたい事があるのよ」
  「私で分かる事でしたら」
  「深遠の暁って何?」
  「深遠の暁?」
  スキングラードでの一件を話した。
  皇帝暗殺犯と同じ、武装召喚をし同じ言葉を口にしていた事も。
  確かに武装召喚は卓越した召喚技能の持ち主なら誰でも出来る。だから、エルズが使えたとしても別に=皇帝暗殺犯の一味、と
  は言えない。しかし同じようなフレーズの言葉を口にした。関連はありだろう。
  エルズは言った。暁の到来の為に。
  皇帝暗殺犯の、犯人達もそれを口にしていた。
  別に皇帝暗殺云々はどうでもいい。それほど皇帝好きでもないし帝国に恩も義理もない。潰れても知った事ではない。
  でも気持ち悪いのよ。
  謎のままで終わるとさ。それで、聖域でおそらく一番の知識を誇るヴィンセンテに聞いてみた。
  結果、ヴィンセンテは博識だった。
  「カルト教団ですよ」 
  「カルト教団?」
  「世間から隠れてる連中なので、私も詳しく知りませんけどオブリビオンの魔王を信仰している、と記憶しています」
  「ふーん」

  「確か、そう、メルエーンズ・デイゴンだったと思いますよ。連中が崇拝している魔王は」
  「終末思想か。厄介ね」
  「まったく」
  別次元の世界オブリビオン。
  そこには16体の魔王が存在している。そもそもがタムリエルとは違う次元の存在の為、人間の善悪は通用しない。
  必ずしも邪悪とは言い切れない。
  人を愛する、というよりは懐くならまあ加護してやるか程度なんだろうけど、そういう魔王も少なくない。
  しかし当然、魔王の名に相応しい邪悪な魔王も存在するのだ。
  その内の一体がメルエーンズ・デイゴン。
  破壊と天災を司る魔王。
  ある意味で人類の天敵とも呼べる存在であり、そんな奴を崇拝する者達は世界の終末を望んでいるに他ならない。
  そうじゃなかったらこんな魔王を崇拝する理由がない。
  「すると妹よ、皇帝暗殺は深遠の暁?」
  「総合するとそんな感じだと思うけど」
  「ふむ。……オチーヴァを通じて上層部に報告するとしましょう。闇の一党でも皇帝暗殺の真相は把握していませんし、興味
  があるでしょう。妹よ、貴女の貢献はこの聖域の宝ですよ」
  「どーも」
  微妙に誉められてない気もする。
  ただのゴシップ。それを口にしたら聖域の宝、ね。ここの連中は総じて誉め上手というか何というか。
  「さて妹よ。アダマス暗殺は終わった今、今後は如何に?」
  「貴方も? ふぅ、アンにも聞かれたわ」
  アダマス・フィリダ暗殺。
  ルシエンは勧誘の際に、組織に加盟するならアダマス暗殺の手助けをすると言った。
  その条件で私は暗殺者に。
  そして暗殺は達成され、アダマスは死に、私の目標は消え、当初の盟約もここに終わった。私は去る。それは背反?
  正直微妙だ。
  ルシエンの取り方次第。手助けを条件に永続的な加盟と見ているか、ただの一時的な同盟と見ているか。
  ……。
  まあ、どちらにせよ私を逃がす気はないでしょうね。
  一応、聞いてみる。ヴィンセンテはどう反応するかな?
  「私がここを辞めると言ったらどうする?」
  「お別れ会をします。妹よ、たくさん語らいましょう」
  「……」
  「おや、激励会の方がいいですか?」
  「そ、そうじゃなくて……」
  「その時はフィー、あたしが刺客になる」
  「へぇ、お姉様が?」
  「そう。刺客。……スキングラードの豪邸に押しかけ女房になるの♪ さあ、あたしの胸の中で悶え死ねー♪」
  「おお妹よ。まさに無敵の刺客、二人の妹達よ、末永い愛で結ばれん事を。私は祝福しますよ。君達の愛は美しい」
  「わーい♪」
  ……ちくしょう。
  ……真面目な話できる奴は皆無かよ。

  「行ってくれば。フィー、行ってきなよ」
  「どこに?」
  「レヤウィン。目的果たした場所に戻って、もう一度考えてみれば?」
  「レヤウィン、か」
  「行って今後の事を考えておいでよ。あたしはも人の生き方は人それぞれだと思う。そこに口出しはしないよ。フィーはフィーの生
  き方を考えておいでよ。その先の事は知らないけど、あたしは応援するよ」
  「ありがと」
  悪くない発想ね。それ悪くない。

  レヤウィンね。
  「ヴィンセンテお兄様、いい?」
  「ははは。今更何を。暗殺以外にも色々とやってたでしょう、今までだって。許可なんて、必要ないですよ」
  「そう? 了解」
  「では私はこれで。急ぎの仕事なので、オチーヴァに別の者を抜擢するように言っておきますよ」

  「お願い」
  ヴィンセンテの後姿を見ながら、私は考える。
  ……私、変わったかな?
  そもそも人に固定は存在しないか。様々な出来事の中で人は変わり、考え方も変わり、成長していくもの。
  変わった変わらないの問題ではなく、私は成長出来てるのかの問題かな、うん。

  「ところでお姉様、他の面々は?」
  「ゴグロンは今日はオフだから飲みに行って、テレンドリルは裏切り者の探索、ムラージ・ダールは生活用品の仕入れに行ってるし
  テイナーヴァは任務。そしてあたしとフィーは……むふふー……♪」
  「すいませんその微笑みは何ですかというかその手はなんですかその何か揉もうという手の動きは何ですかー?」

  「えー、嫌なの? フィーのケチ。懲罰房での夜はあんなに素敵で積極的だったのにー」
  「あ、あれは存在しない方向でお願いしますっ!」
  「クールな外見とは裏腹にフィーは意外に情熱的です♪」
  「いや意味分かんないから」
  ……ちくしょう。

  ともかく、アンの言うようにレヤウィンに行ってみよう。
  別に行って何か目的が生まれるわけではないだろうけど、この間までの殺意の目標の終焉の地。
  終わりから、何かまた見つけよう。
  それほど強迫観念というか、追い込まれてもないけど、当面の目標があると人はやる気が出るものだ。

  急に目的なくなると、どうも調子が出ない。
  「あたしも行きたいなぁ」
  「ええ、行きましょ」

  「……」
  「な、何よ?」
  「フィー優しくなったね。前だったら丁重に断ったのに。今は、心から行く事許してるよね。フィーは優しい良い妹だねぇー♪」

  「……っ!」
  顔が真っ赤になったのが分かる。上気してる。
  くそ、どうしてこいつらに心許しての私っ!
  ただの殺し屋よ暗殺者。私も人を殺すけど、こいつらは札付きの悪党で大陸最悪のレッテル貼られてる。
  生きてて最悪。
  死んだら最高。
  大体、世間一般の価値観としたらそんなものだ。仮に私がここにいる連中を全部殺しても、世間は私を拍手して迎えてくれる。
  まあ、そもそも私も暗殺者なんだけどね。
  「フィー、ハグしていい?」
  「い、いいけど」
  「キスは?」
  「それは駄目っ!」
  「ちぇっ。じゃあ胸タッチで我慢する」
  「それも駄目ぇーっ!」
  「フィーのそういう我慢強いところ好きかなぁ」
  「いやこれ我慢と違うから」
  ……まずい。毒されてる。
  ……本気で私は家族してる。まずい、まずい、まずいよなぁ。
  「フィー好きぃー♪」
  むぎゅー。
  こいつらと馴れ合っちゃ駄目なのに。
  ……でもどうして心地良いんだろう?
  「さてと、あたしも任務に行こうかな」
  「はっ?」
  「一緒に行きたいけど、あたし任務だから。……あっ、そういえばレヤウィンにすごい占い師いるの聞いた事ない?」
  「占い師?」
  「あれ、フィーは知らない? 同じ魔術師ギルドなのに」
  「あー、あの人ね」
  魔術師ギルドのレヤウィン支部の、支部長が確か占い師だとか聞いたような覚えがある。
  ダゲイルだっけ?
  会った事ないけど、そんな噂は聞いた事がある。
  「折角だから占ってもらえば?」
  「別に占いとか興味ないけど」
  「でも今後の事とか、一応は参考に出来ると思うんだ。ほら、結婚するわけだから前途多難か占ってもらった方が……」
  「どーしても私に殺されたいようねぇー?」
  「ほ、本気ねフィーっ!」
  「本気と書いてマジですお姉様♪」

  護身用のナイフを喉元に突きつける私。
  当初いつ寝首掻かれるか疑問だった為、枕の下にはいつもナイフを忍ばせてあったのだけど……こんな形で役に立つ
  とは世の中分からない。

  「ともかく、レヤウィンに行ってくるわ。お姉様も来る?」
  「あたし任務だから。行きたいけど、行けないなぁ。フィーゆっくり考えてきなよ。一生問題だから」
  「そうね」
  「あたしは覚悟出来てる」
  「ま、まだ戻って来ないとは……」
  「あたしは覚悟出来てるよ。フィーとこの先の人生を、同じ人生を歩む事に躊躇いなんてないない♪」
  「どーしてもこのナイフで喉抉られたいわけ?」
  「ほ、本気ねフィーっ!」
  「はぁ」
  ……ちくしょう。
  ……真面目なオチは、ないのかよ。