天使で悪魔






暗殺姉妹の午後 〜姉の秘密のアルバイト〜




  子供時代。
  私は幸せではなかった。
  むしろ不幸だった。
  どんなに今が幸せでも、それを帳消しにする事は叶わない。そしてその心の傷も生涯、消える事はない。
  私が何をした?
  どうして私は不幸なの?
  それは何故?
  何度問うただろう、神様に。でも神様はいつも答えてくれなかった。

  神様は助けてくれない。
  人に叩かれ、閉じ込めれ、何も食べさせてもらえない、愛してもらえない。
  そう、誰一人私という存在に気付いてくれなかった。
  そして思う。
  私は、きっと世界で一番生きていてはいけない人間で、それが生きているという時点で最大の罪人で。
  だから誰もが私を苛めるのだと。

  大学に拾われてからは幸せ、そこから私は今生きてる。あの時、初めて愛されて、人として扱ってもらえた。
  ありがとう、ハンぞぅ。
  ……。
  神様、どうか教えてください。
  あの子供時代の時、私に幸せの選択肢はありましたか?
  一つの箱に幸福と不幸は無数に入れられ、私はその箱に手を入れて幸せが欲しいといつも探し、願ってた。
  神様、どうか教えてください。
  私の箱には、幸福は入ってましたか?






  「エイジャ、この腰周りじゃきついんだけど」
  「お城の晩餐に招かれたのです。正装するのは当然の事」
  スキングラードでの日々はまだ続いてる。
  ゾンビ掃討から一日が過ぎた。
  本来なら、そろそろ聖域に行ってアダマス暗殺の辞令を受けたいところなんだけど、スキングラード領主であるハシルドア伯爵が
  貴女を晩餐に招待したいと申してますと、突然やってきた使者はそう口上した。
  無下には出来ない。
  この屋敷を進呈してくれたのは伯爵だし、アルケイン大学とも親交がある。
  ここで下手に断って大学との関係がこじれるとハンぞぅの立場を悪くする事にもなりかねない。
  それでまあ、正装。
  「ちょ、ちょっとエイジャ。ウエスト締め過ぎ……ぐぇ……ぐるじい……」

  「これぐらい細身でなければ駄目です。真の貴婦人たるもの、清楚で麗しくなくてはいけません」
  「ど、どうやって食べればいいわけ? こんなにお腹絞められたら食べれないって」
  「食べるなんてとんでもない。控えめに口に運べばいいんです。いいですか、ご主人様の魅力を社交界に見せ付けるのです」

  「社交……違う違う。伯爵とサシで食事するだけだって」
  伯爵は吸血鬼。
  だから社交界は嫌いです、ばれちゃうもん……という以前に、あの人はそんなに人間好きには見えない。
  「まあ伯爵様と? ……ならもっとウエスト締めなきゃ」
  「ぐぇー」
  エイジャ、何故か気合は入ってます。
  主人の栄達が、メイドの楽しみなのかは知らないけどむちゃくちゃ気合入ってます。

  おおぅ。
  「これで完璧ですね。……ご主人様の麗しさ、光ってます」
  「どーも」
  着付けの終わった私は、お城に向うべく玄関に。エイジャも見送る為に後に続く。
  アンはいない。朝からいない。
  何して遊んでるんだろ、あの子。

  「……ああ。考えてたら丁度か。お姉様、お帰り」
  「……ふぁぁぁ、眠い。フィー、ただいまー……」
  アントワネッタ、帰宅。
  今日は朝から家にいなかった。眠そうに眼を擦りながら、私を素通り。
  ……珍しい。

  「アン、今から私はお城に晩餐に行くけど……」
  「行ってらっしゃい。楽しんできてね」
  「え、ええ」
  「じゃあねー」
  ……な、何この空しさは……?
  いつものノリじゃないから、どうも私は面食らってたりする。アンはしきりに欠伸をし、奥に消えていった。
  まあ、いいんだけどね。
  ……でも何なのさ、この物足りなさは……。
  「行ってらっしゃいませ、ご主人様」
  「ええ。行ってきます」






  「どうした、気分が優れないのか?」
  「い、いえ」
  食が進まない私を見て、怪訝そうにハシルドア伯爵は問う。理由は二つある。

  一つはドレスがきつすぎる。
  腰周り締め過ぎ。これでモノを食べろ何か飲めという方がおかしい。エイジャが変に張り切った所為だ。
  もう一つはアントワネッタ。
  どうも調子が狂うのよねぇ、あの子がああいう態度だと。
  そりゃ世間一般での姉妹なんてそんなもので、今までの接し方が濃厚過ぎてエロに移行していただけだ。まあこれが普通。
  ……だけどいきなり豹変すると面食らうなぁ。

  ……。
  ……つ、つまり私はアントワネッタ色に既に染められたという事か?
  抱き疲れる等のスキンシップ通り越してセクハラがないて満足しない女の子失格になってしまったわけか?

  わ、私はまとも。
  物足りなさなんて感じるな私ぃっ!
  「ふむ、楽しんでないのか?」
  給仕にアルゴニアンの侍女がいるだけ。伯爵の空になったグラスに、真紅の液体を注いだ。
  血酒。
  あのアルゴニアンは伯爵が吸血鬼だと知っている。
  吸血鬼は総じて病人の事だけど、帝国が治療を放棄している為に基本的には人とは見られない。基本的人権はない。
  それでも伯爵という地位にいれる。
  それはつまり、こういう侍女が手助けしているからだ。
  それが悪いとは言わない。むしろ、好ましい主従関係だと思う。ちゃんと理解しあえてる。
  「伯爵、お招きありがとうございます」
  「ふむ。楽にして、楽しんでくれ」
  「ありがとうございます。……それで伯爵、私を酔わせて何するつもり?」
  「君は馬鹿か」

  「あ、相変わらず馬鹿という時は感情込めまくりですね。いつもは冷たくて淡々としてるのに」
  「私は妻を亡くしたばかりだぞ。まったく、そんな寂しい気持ちを……」
  「寂しい気持ちを私を玩具にする事によって紛らわせるつもりねっ! 伯爵=エロの方程式はモノの見事に的中ねっ!」

  「だから君は馬鹿か」
  「……すいませんそこまで徹底して馬鹿にされると辛いんですけど……?」
  晩餐の趣旨は分かってる。
  寂しい気持ちを、私を招く事によって紛らわせようとしているのだ。それを理解してるからこそ、私も悪ふざけをしてる。
  伯爵。
  そう、立場は伯爵。
  私みたく振舞える人物はそうそういない。全てを知った上で、ね。
  ……ま、まあこういう風に振舞えるのが良いか悪いかは、判断するのはやめましょう。自信ないから。
  ふぅ。伯爵は溜息を吐き、グラスを置いた。
  「君は相変わらず、君は馬鹿で馬鹿だな。だが安心するよ、そんな馬鹿面の君を馬鹿に出来るのは」
  「すいませんまったく誉めてないですしかも馬鹿オンリーですけど」

  ……ちくしょう。
  「時にトレイブンは健勝か?」
  「さあ、ここ最近会ってないもので。……あれ、この間ラミナス来ませんでした? 近況聞かれたのでは……」
  「ああ、そうだったな。そういえば使いが来たな。まあ、仕事の話はいい。今夜はゆっくりしていってくれ」
  ラミナス、仕事なんだ。
  まあわざわざ帝都から来たんだから、仕事だろうね。彼は仕事人間だし。
  「伯爵は毎日何してるんです? ヒッキーなんだから、暇でしょ?」
  「君はデリカシーもない馬鹿か」
  「すいません段々私の扱い雑になってませんか?」

  ……ちくしょう。





  翌日。
  城での晩餐で飲みすぎた所為か、お腹を圧迫されすぎた所為か、気分が優れずにベッドの中から出られなかった。

  「おはようございます、ご主人様」
  「頭痛いしお腹痛いー」
  「ツワリですか?」

  ……ちくしょう。
  まともな奴はシロディールにいないのかよ。皆私をイジるの大好き人間か。
  「あれ、アンは?」
  いつもなら一緒に起こしに来るのに。
  「出かけましたが」
  「出かけた?」
  「はい」
  「そっかぁ」
  何して遊んでるんだろう?
  誘ってもらえない事に、どこか寂しさを……感じてたまるかぁーっ!
  そんなわけないじゃん。うるさくなくて好都合、二度寝しよう二度寝。いやぁ久し振りに安眠できますなぁ。
  「今日、調子悪いから寝るわ。……ごめんね、朝食」
  「大丈夫ですか? 何があっても食欲だけはあるのに」
  「何があってもって……」
  「ふふふ。お姉様の代わりに私が添い寝してあげましょうか?」
  ……ちくしょう。






  更に翌日。
  「おはようございます、ご主人様」
  「おはようエイジャ。……今日も一人?」
  「はい。彼女は朝早くに出かけましたが。夜遅くに帰り、少し寝た後でまた出掛けてますね」
  「そう」
  「破局ですか?」
  「はい?」
  「大丈夫ですわご主人様。私が、いますから」
  ……ちくしょう。
  自分の過去をカミングアウトしてから、エイジャははちゃけてる。ま、まあいいんだけどね、トラウマというか過去から脱却して新
  しい生き方を模索してるいるわけだからそこは歓迎するし応援する。
  けど少し弾け過ぎだろうが。
  「朝食の用意が整っております」
  「すぐに行くわ」
  ……。
  朝食の終わった後で、私は街に出た。
  アンが何してるか知らないけど、別に興味はないけど……もしかしたら仕事をしているのかもしれない。
  聖域から指令が来たとか。
  ありえる話だ。随分とここにいるものね、私達。
  私は療養休みみたいなもんだけど、アンは仕事がたまっているのかもしれない。
  仕事はいい。
  別に暗殺してくれて構わないわ、いつだってどこでだって人は死んでる。それに手を加える、私の感覚として別に問題ない。

  私の人生は『死』の上に成り立ってるし。
  ただスキングラードでの仕事は非常に困る。私はこの街の人間として暮らしてる。
  アンもここ最近はずっと側にいるから、万が一暗殺が世間に広まると私の立場がなくなる。それはまずい。
  仕事なら仕事でいい。
  その時は私も手伝い、世間に洩れないように完璧にこなすだけの話。
  「すいません、金髪の子見ませんでした?」
  衛兵に聞いてみる。もう、顔見知りだ。アンの事も何度か聞かれたし、何度も一緒のところを見られてる。
  姉妹、という事になってる。
  「ああ、彼女か。ブドウ園の方に行ったよ」
  ブドウ園。
  スキングラードは良質なブドウの産地、良質なワインの産地だ。

  城壁の外に、広大なブドウ園がある。スリリー家が所有する、シロディール最大のブドウ園だ。
  衛兵にお礼を言い、城壁の外に出てみると……ああ、いたいた。
  小高い丘にある草原に座り、ブドウ園で働く人達を眺めているアンがいた。
  「ハイ、何してるのお姉様」
  「……フィー」
  ばつが悪そうに、アンは戸惑った。私は隣に座る。
  日向ぼっこしている風ではない。毎朝毎朝、日向ぼっこの為に睡眠削るような子じゃないのはもう理解してる。
  それなりの付き合いだし。
  「べ、別に浮気してるわけじゃないからね、あたしはフィーだけだからね」
  ……ちくしょう。
  「それで何してるんです?」
  「ア、アルバイトしてるの」
  「アルバイト?」
  「そ、そう。素行調査……の部類なのかなぁ。その、まとまったお金が欲しいから」

  「ふーん。誰の素行調査?」
  「今はダヴィドとかいう人」

  今は、という事は毎日違う人を調査しているのだろうか?
  しかもダヴィドはスリリー家の者。つまり、このブドウ園の持ち主であると同時に、一緒に小作人達と農作業するナイスガイ。
  「誰の仕事? まさか一党の……」
  「違う違う。グラアシアとかいう変な人の仕事」
  「……変な人の仕事は請けないでよ」
  「でも即金で毎晩払ってくれるの。あっ、深夜に教会の裏で調査報告と引き換えにお金くれるんだよ」
  「ふーん」
  何て怪しい仕事。
  しかも人目を気にしての、密会。どう考えても、裏がありまくりじゃないの。
  まあ、アントワネッタは強い。
  大陸最悪の悪夢である闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺者。変な奴の依頼だろうが、身の危険はないだろうよ。
  返り討ちにするだろうから。

  聞けば素行調査は今日で3人目らしい。グラアシアという人物は、しきりに陰謀という言葉を口にするそうな。
  調べる必要があるわね。
  仕事とはいえ、利用されるのは危険だ。
  「お姉様、素行調査しましょ」
  「ダヴィドの? 今してるけど?」
  「いいえ。グラアシアのね」






  グラアシア。
  スキングラード在住の、ボズマー。アンに支払った報酬もかなりの金額で、調べた限りでは裕福な生活をしている。
  そうね。上流階級だ。
  この男、調べる限りではかなりの変人。

  ストーカーはする、妙な妄想に取り付かれてる、などなどの苦情の持ち主。
  調べているとこの街の衛兵隊長デュオンが忠告してくれた。
  「今のところ奴を逮捕する要因はない。大人しいからな。……しかしこれからもそうとは思えない、注意しろ」
  ふむ。今のところ逮捕は出来ない。
  ただの妄想野郎なだけだからね。しかし犯罪予備軍ではあるらしい。
  アンが調べていた三人は、グラアシア曰く自分を監視していると思われる人物らしい。だから素性を調べ陰謀を暴いて欲しいとアン
  は頼まれたらしいけど……頼まれた時点で断ろうよ……。
  三人に直接聞いてみたものの、特にそれらしい節はない。
  グラアシアの事は知っているけど、変な隣人程度の認識。三人ともグラアシアの近所に住んでいるけれど、ただの偶然のようだ。
  嘘はついてるとは思えない。
  結局、グラアシア=変な奴という方程式を覆すほどの情報はなかった。
  いや、それ以前にすっげぇ変な奴に進化したわね。

  「今日で調査は終了なの。ダヴィドで、最後みたいだから」
  「それは幸いね」
  酒場で一服。
  さすがに昼間から酒飲むほどお互いに酒好きではないから、ジュースで一服。それと軽くサンドイッチで昼食。
  グラアシアの依頼は、危ない……とは言わないけど場合によっては危なくなる。
  狙われてる、陰謀の犠牲者。
  今のところアンは誰も狙ってないとグラアシアを諭しているみたいだけど、そう報告しているみたいだけどそのままおとなしくなる可
  能性はかなり低い。調べる限りでは、現実と妄想の境界線をうろちょろしてる。

  このまま妄想にダイブする可能性だってあるのだ。
  「報告はしないほうがいいわね」
  「でもお金欲しいし……」
  「あのね、危ない……」
  「だってあたし、フィーの家に寝泊りしてるって言ったもの。フィーの家知ってるし経済状況も下着の場所も全部教えたもの」
  ……ちくしょう。
  つまりここで報告するのやめたら、私も陰謀に加担してる的に誤解される可能性もあるわけか。
  私は構わない。無視する。
  でもエイジャは?
  ……ふぅ。どう考えても、今夜会う必要性があるのか。グラアシアに。
  「面倒ねぇ」
  「ごめんね。どうしてお金が欲しかった……」
  私はもう、その事に注意を払ってなかった。一人の女性が甲高く叫んでる。独自に神様論を酔っ払いに論じてる。
  注意深く聞いてみる。
  「莫大な金使って教会建てて、寄付金支払って九大神に祈って何になる? 馬鹿らしい、何にもなりはしない。その点オブリビオン
  の神々は存在してるし厄介事とはいえ色々とやってる。まだ、信じる価値はある」

  オブリビオンの神々。
  オブリビオンの魔王。

  どちらも同じ存在。似て非なる呼称だけど、同じ。
  この世界タムリエルに唯一神は存在しない。一応は九大神がポピュラーだけど、別にオブリビオンの魔王達を神々として崇拝す
  る事は罪ではない。ダンマー達は特に魔王信仰の傾向が強い。
  結局、何を信じても罪ではない。

  生贄とか、犯罪行為に繋がらなければね。
  ふと、神様論をぶちまける女性と目が合う。自分に興味が向いたと感じたのか、近づいてきた。
  「フィーが色目使うから」
  「い、いや普通に見てただけなんだけど」

  「じゃああたし一筋?」
  「そ、それもどうかな」
  女性は、ノルドだ……私達を立ったまま見下ろしながら、口を開く。名をエルズ。通称神嫌いのエルズ。
  そのまんまね、納得。
  「あんた達も九大神の敬虔なる信者?」
  「いいえ闇の神シシスの信者よ、あたしとフィーは」
  私は厳密には信じてないけどね。アンは、信じてるみたいだけど。
  九大神ともオブリビオンの魔王達とも、また系統が違う神。それが闇の神シシス。暗殺者集団である闇の一党の崇拝する神。
  「シシスか。なるほど、まだ見所はあるね」
  確かに魔王に近い系統だし。
  「それで見所のあるお二人さんは、何をお話かしら?」
  何気に話に加わる気か。
  まあ、それはいい。
  この街の滞在者なら、グラアシアの事を知っているだろう。……少なくとも私達よりは。
  「グラアシア? あいつは街の変わり者、お優しい街の住人達は可哀想可哀想と哀れんでるわね。そして少し変わり者の街の
  住人として生暖かい目で見守ってるのさ。……はん、世間知らずの連中はお優しいねぇ」
  随分と批判的だ。
  警備隊長のデュオンよりも批判的。攻撃的、というのか。
  「あいつはいつか切れるよ。私には分かるんだ、いつか爆発して凄い事しでかすよ」
  ご忠告感謝。
  深夜が楽しみになってきたわね。グラアシア、どんな奴なのかしら?





  「おお待ってたぞ待ってた……誰だ、そいつは?」
  教会の裏。
  時刻は深夜。アンの言ってた場所に、そのボズマーはいた。名をグラアシア。
  街の人間曰く電波系の変わった隣人。
  エルズ曰くいつか切れる危ない奴。
  ……私は後者を取る。
  こいつは危険。今まで色々な人間見てきたけど、このグラアシアという人物はかなり危険な人物。きっかけがあれば切れる。
  それは間違いない。

  「あたしの妹。それでグラアシア、ダヴィドの件だけど……」
  午後はグラアシアの調査で、ダヴィドに関しては調べてない。監視もしてない。
  報告は既に決めてある。
  「関係なかった。彼、潔白」
  「潔白?」
  「そう。……それで、報酬くださいな。あたしにはお金がいるの」
  「……くくく。はっはははははははっ! なるほどなぁ、そういう事か」
  切れた。
  こういう展開になるとは予想はしてた。どう報告しても、次の行動は切れるだろうと予測してた。
  グラアシアを肯定しても、そう展開は変わらなかったはず。
  「やはりお前も陰謀に加担してたんだなっ! その女もそうなんだろそうだろそうだと言えっ! くっくく、俺がこのまま殺されると思う
  のか甘いな俺は殺されんぞこの世界を引っくり返すその陰謀、俺が暴いてやるからなぁっ!」

  ……。
  ……。
  ……。

  「はあ、散々だったわよ。お姉様、もうやめてよ、こういう面倒は」
  「だってお金が欲しかったんだもん」
  酒場に入り、一息つく。
  衛兵に届出はしていない。正当防衛でも、いちいち取調べされるのは厄介だからだ。
  まっ、見られてないから追求される事もないし。
  あの後の結果?
  簡単よ、返り討ちにした。その後、アンは身包み剥いで金品盗んだから……まあ、犯罪といえば犯罪よねぇ。
  「ふぅ」
  ハチミツ酒を口にし、溜息。
  「それでアン、どうしてお金が欲しかったの?」
  「そ、それは……」
  「言ってくれたら都合するのに」
  「駄目ぇっ! 身売りなんてしないでフィーは綺麗なままでいてぇっ!」
  「誰が身売りなんてするかーっ!」
  ……ちくしょう。
  変に大人びているかと思えば、変に幼稚なのよねぇ、この子。……変にエロだし。
  お金が欲しい理由。
  何でもオーダーメイドでブロンズ製の彫像をここスキングラードに作ってくれる店があるらしい。彫像、と言っても机の上に飾れ
  る程度の大きさだ。私とアンの、彫像を作りたかったらしい。
  「あたしこんなにこの街に滞在するとは思ってなかったから持ち合わせ少なかったし」
  「言ってくれたら貸すのに」
  「身売りして?」
  「その発想から脱却しなさい身売りはしないっ!」
  「よかったぁ。だってフィーの肌はあたしだけのモノだもんねー♪」
  ……ちくしょう。

  グラアシアの懐から、一冊の書物が出てきた。めくって中を確認したところ、日記だ。
  それもかなぁり電波な、ね。

  内容はわざわざ丁寧に確認するほどではない。自分が監視され、欺かれ、陰謀の犠牲になるかもしれないといった被害妄想
  が主だ。アンの事も書いてある。信用出来ないかもしれない、陰謀に加担してるのかもしれない、などなど。
  完璧ぷっつんだったわけだ。
  私はつまみに頼んだ唐揚げを食べながら、日記を読む。

  『いい兆候だ。
  まだ自分にもツキがある。自由に動ける女が手伝ってくれる事になった。
  この街の人間じゃない、女。
  この女を使えば陰謀を暴けるかもしれない』

  『ベルナデットが犯人ではない、そう新しい友人は言っている。
  ……ありえない。
  私の予感が間違っている事は、まずありえない。
  この友人も実は陰謀に加担しているのか?
  しかしまだ反逆を裏付ける証拠は、ない。今は友人を信じる事にしよう。
  トウティウスに対する調査次第では、この友人が信じるに値するかが分かるはずだ』

  『陰謀は私が想像していたより、深く根付き進行している。
  ベルナデットとトウティウスの二人が潔白だと?
  自称よそ者の、この友人もやはり陰謀に加担しているのだ。しかし私はまだ、この友人を殺す事はしない。
  何故なら私はより高い思想の持ち主だからだ。
  ダヴィドの動きを観察するよう、指示しよう。世界の終末は、すぐそこまで来ているのかもしれない。
  しかし私は屈しない。
  この私、グラアシアは戦わずに死ぬ事はありえないっ!』

  ……変な奴。
  こんな奴が今まで野放しにされてたこと自体に、問題があるのでは?
  確かに面倒は起こしてなかった。
  しかし起爆剤さえあれば、つまりこの場合はアンね。何かのきっかけで爆発する可能性は大いにあったのだ。
  拘束しろとは言わない。
  でも何らかの処置は必要だったはずだ。エルズの言った事は正しい。
  大目に見すぎていたのだ、今まで。
  「陰謀ねぇ」
  グラアシアは監視されていた。そう、自分で思い込んでいた。その陰謀組織をいくつか挙げている。
  選ばれしマラカティって……何処の組織?
  聞いた事ないなぁ。ただ次の組織は知ってた。ブレイズだ。
  皇帝の親衛隊であり諜報機関。

  『ブレイズ。
  帝都の衛兵を装う諜報機関。
  連中は俺が秘密を知っている事を気付いているのだろうか?
  全てはそれ次第だ』


  ……どんな秘密?
  確かに連中は諜報機関だから……ダンマーの出身地、モロウウィンドでの陰謀は有名だ。
  でもグラアシアに陰謀をする意味が分からない。
  まあ、もちろん陰謀する側はされる側があたかも気が狂っているように情報操作するのはお手の物だろう。
  さて、次の組織は深遠の暁?
  これも知らないなぁ。


  『深遠の暁。
  こいつらは俺が調べた限りでは一番危険だ。
  色々と調べるものの、全て曖昧な情報の切れ端しか残していない。
  つまり、こいつらは完全に世間に溶け込み、その存在を消している。何者だ?
  邪教集団という記述もある。
  こいつらが俺を殺そうとしているのか?』


  邪教集団。
  深遠の暁は邪教……私をオブリに送ったのも邪教集団だった。この手の連中は私の美学に反する。
  まあ、美学以前にトラウマなんだけど。
  「深遠の暁ねぇ」
  「何それ、フィー?」
  「邪教集団みたい。それも陰謀大好き集団。アンは知ってる?」
  「さあ。あたしが知ってるのは今のフィーの下着の色だけ。くすくす、真紅なんてフィー大胆♪」
  「な、何で知ってるのよっ!」
  「全てお見通しさ♪」
  ……ちくしょう。
  ごくごく、ぷはぁー。飲まなきゃやってられません。
  でも一本越えると暴れるから、それはやめよう。一応私はこの街に豪邸を持ち伯爵とも懇意な、名士ですから。
  ほほほー♪
  でも深遠の暁。
  どこかで聞いたようなフレーズ……。
  「暁の到来の為に」
  そうそう、そんな台詞。
  騒然となる酒場の客達、黒い異界の甲冑纏った剣士。そう、こんな感じで……なぬぅーっ!
  武装召喚してるっ!
  皇帝暗殺の同類かっ!
  「フィーっ!」
  「裁きの天雷ぃっ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  一直線に向ってきた暗殺者を撃破。
  電撃で身を焼かれ絶命しているのは女性。それも……エルズ?
  深遠の暁。
  そう、口にした途端に襲って来たようにも感じられる。つまりは深遠の暁という組織は存在し一般人の中に紛れ込んでいる。

  ……なるほど。
  あながちグラアシアはただの電波系ではなかったわけだ。

  いや、誇大妄想なのはまず間違いないけどね。エルズは意にも介してなかった。演技とは思えない。
  それでも、幾分か事実も掴んでたわけだ。

  ……正真正銘の電波系だけどね。





  それから更に三日。
  結局、サミットミストの一件から続く療養は一週間以上続き、スキングラードでの日々は続いてる。
  まあ、私は一向に構わないんだけど。
  どうせ闇の一党とはアダマス暗殺だけの繋がりなんだから。

  それほど強い繋がりではない。
  「フィー、見て見て。ついに完成しましたー♪」
  「へー」
  アンがアルバイトし、そのお金で作ったブロンズの彫像。
  ……って、おい……。
  「アン、これは?」
  「あたしとフィーの理想の姿。くすくす、よく出来てるでしょ?」
  私の顔も、アンの顔もよく似てる。精巧だ。
  倒れているアンを私が抱きかかえている、そう……まるでコロールにあるあのモニュメントのような構図。
  それは、いいのよ。
  ……それはね。
  「すいませんお姉様何故に二人して全裸なわけ?」
  「裸の方が華がある♪」
  「すいませんこれを聖域に飾るわけですよね?」
  「うん。……あっ、フィーの危惧は分かるよ。もっと胸おっきいもんね、この彫像より。あたしは実物知ってます♪」
  ……ちくしょう。
  「それじゃフィー、明日には聖域に戻ろうか」
  「そ、そうね」
  「いつかフィーとはこんな感じになりたいなぁ」
  「……」
  そう言って、惚れ惚れとした感じで彫像を見ているアン。でも私はどこか、寒気を感じていた。
  まるで死に逝く者を見取る、そんな構図。
  死に逝くアンを看取る私。
  ……そういう風にも、私は見えた。それはただの危惧か、それとも……。
  「考えすぎよ、考えすぎ」
  そう、考えすぎよ。
  私は心の中で、そう断定した。ただの、取るに足らない考えすぎ。
  ……考えすぎ……。