天使で悪魔




犯人は誰だ




  仮面。
  人は誰しもが仮面を被る。
  表の顔。
  裏の顔。
  家族と接する時、友達、恋人、上司、先生エトセトラエトセトラ。
  人は誰しもが仮面を被る。
  日常の生活では、日常の顔を。
  殺人を犯す時は、殺人者の顔を。人は誰しもが、数多の仮面を使い分ける。
  ……。
  私はフィッツガルド・エメラルダ。
  故合って暗殺者として生きる、女。
  必要に応じて私は仮面を使い分ける。でも、私の本当の素顔は誰が知っているの?
  ……少なくとも、私は知らない。





  「フィッツガルド、貴女はパーティは好きですか?」

  「パーティー?」
  「今回の任務はパーティーです」

  シェイディンハル聖域。
  呼び出されて行ってみると、オチーヴァはゆったりと椅子に腰掛けたまま口を開いた。
  ……第一声がそれかい。
  アダマス・フィリダがレヤウィンに左遷された。しかし今だ、その任務が回ってこない。
  どうもまだ利用されるらしい。
  別の任務を私に押し付けるのが、闇の一党の方針らしい。
  まっ、気持ちは分かる。
  ほほほ。私みたいに何やっても有能で出来る女はそうそういないしねぇ。それに、可愛いしスタイルいいし可愛いし可愛いしぃ。
  ほほほー♪

  「……パーティーねぇ……」
  「おや、嫌いですか?」

  「嫌いとは言わないけど、あんまり賑やかなのは苦手かなぁ」
  「あなたの言葉とは思えませんね、フィッツガルド」
  「そう? 私は基本的に、あんまり華やかとか賑やかは好きじゃないのよ。……んー、慣れてないし」
  今更ですけど、私はあまり良い育ち方をしていない。
  確かにアルケイン大学に拾われてからは人並み以上の生活してきたけど……だからといって凄惨な過去が消えるわけでもなくな
  るわけでもなければ、帳消しになるわけでもない。
  今現在もかなぁり引き摺ってる。
  ……パーティーねぇ……。
  ……あんまりそういうのは好きじゃないなぁ……。
  大学に拾われてからも、追い出されないように、好かれるように最初は振舞ってたもんなぁ。
  今はそうでもないけど、1人で元気に空回りするのは苦痛。
  パーティー?
  そう、パーティー。ハンぞぅが色々と私を楽しませる為に開いてくれたけど、正直心の底から楽しいという記憶はなく、どちらかと
  いうと気を遣って逆に嫌だったなぁ。好意はありがたいんだけどそれ以来パーティーはトラウマ。
  「パーティーが嫌いとは思いませんでしたよ。明るい貴女がねぇ」
  基本、ノリは軽い私。
  でもだからといって心の底から明るいなんて誰が証明できる?
  ……まあ、暗いつもりはないけど。
  「オチーヴァ。私はアダマス……」
  「この次です」
  「何故に?」
  「アダマス暗殺は貴女の私怨を晴らす為、であると同時に闇の一党の威信を掛けた行為です」
  あの元帝都軍総司令官は闇の一党撲滅を掲げ、有言実行して来た。
  闇の一党にしては宿敵だ。
  仕損じがないように最終調整をしているのだろう。
  だけどアダマス、正義感溢れると同時に妙に屈折した性格なのよね、あの爺。
  その屈折がなければ私の恨み買わなくて済んだのにねぇ。
  可哀想可哀想。
  「今、アダマスの行動などを詳細に調べています。それが終わるまではお預け。……それで、パーティのお仕事です」
  「パーティーが仕事の意味分かんないんだけど?」
  「パーティの開催場所はスキングラード市内のサミットミストという名の豪邸」
  スキングラード。サミットミスト邸。
  ……。
  偶然とは怖いものだ。
  私がスキングラード領主であるハシルドア伯爵からもらった豪邸ローズソーン邸のすぐ近くにある、屋敷の名前。
  「そこで貴女は5人の哀れな招待客に出会うでしょう」
  「つまり、そいつらを暗殺するの?」
  「飲み込みが早いですね。その通りです。今回の依頼人は過去にその5人にそれぞれ許しがたい仕打ちを受けています。そこで
  我々闇の一党の出番です。招待客を全員、個別に抹殺しなさい。それも誰にも気付かれずに」
  誰にも気付かれずに。
  ……つまり、わざわざそれを念を押す理由はただ一つ。
  獲物達に、死の瞬間まで暗殺者である事を気付かれてはいけないという事。
  「1人ずつ始末して、疑心暗鬼と恐怖を与えるというわけ?」
  「そう。そして最終的に死を賜ってください」
  「なかなかエゲツないですなぁ。私の善良な心では、耐えられないかも。ほら、私は平和主義だし」
  「貴女が平和主義なら、世の中に争いはありませんよ。人類皆兄弟状態でしょうねぇ」
  「……少し嫌味な言い方ね」
  「さて、話を戻しましょう。招待客達は、屋敷に監禁されている状態になっています。もちろん、自主的に。あの屋敷には大量の金貨
  が隠されており、それを探している。つまり、合意の上の宝探しというわけです」
  「主催者は依頼人なわけよね」
  「その通り」
  「で、その撒き餌の金貨はあるわけ?」
  「ありません。撒き餌なのは、話だけ。ともかく、獲物は餌に食いつきました。貴女は恐怖を演出し、全員を始末しなさい」
  「始末、ね。誰かが気付いて逃げたら?」
  「無理ですね。サミットミスト邸は強固な造りです。破壊して逃げる、は不可能。それに各々が金貨を見つけるまで出ない、という条
  件設定のゲームなので長引かない限りは出ようとは思わないでしょう。それに前述に戻りますが強固ですので逃げるのも不可能」
  「なるほど」
  欲を利用して標的を一箇所に集め、暗殺者に始末させる。
  殺すのはいい。殺すのはいいんだけど、依頼人はとことん精神歪んでるわねぇ。
  普通に殺す、という発想はないらしい。
  ……もちろん、その依頼を受諾した闇の一党も、任務受けてる私も精神歪んでるのはお互い様か。
  パーティーは好きではない。
  好きではない、が任務なら仕方ない。
  これを受けるまではアダマス暗殺が回してもらえないっぽいし、受けましょうか。
  「受けるのですか受けたいのですね是非ともやりたいと分かりましたそこまでいうなら貴女に任せましょう」
  「……」
  すいません私の意志は関係ないのですか?
  おおぅ。
  「詳細は向こうで聞いてください。屋敷の前に待機している男が教えてくれますから。いいですね?」
  「りょーかい」
  「よろしい。ではフィッツガルド、着飾りお洒落して、パーティーを愉しんで来てください」
  「まっ、努力するわ」
  「アントワネッタ・マリーとの婚約披露宴の予行練習だと思って、頑張ってきてください。ふふふ。愛しき妹に祝福を」
  ……ちくしょう。





  「んー、何着ようかなぁ」
  着飾って、か。
  スキングラードに家があるのは幸いした。自宅に戻り、色々と試行錯誤してお洒落してみよう。
  メイドのエイジャに見立ててもらうのもありだ。
  ……。
  ……ああ、メイドのエイジャ。
  ノルドの長身美人で、メイドさん。多分私より年上だと思う。
  ローズソーン邸に飾ったり生活で使ったりする小物類を揃える為に市内のコロンヴィア商会に買い物に行った際に出会った女性。

  格安料金だったから、雇ったわけよ。
  炊事洗濯掃除で金貨150枚は安い。しかも夜の営み対応済みとは……げっへっへっ……。
  ……いや、冗談ですから。

  「フィー」
  「ああ、お姉様」
  「どうしたの、フィー。そんなにエロい顔して」
  「エ、エロっすか?」
  「もう、言ってくれたらいつでもどこでもあたしは受け入れ態勢おっけぇなのにー。フィー好きぃー♪」
  むぎゅー。
  ふっ、もう驚いたりしません。私はこの生活、このパターンになれました。
  ……もう、世間の目なんて痛くないやい……。
  おおぅ。

  「じゃ、じゃあ私は仕事があるから」
  「いよいよアダマスの豚を殺すのね。フィー、あたしの愛を持って暗殺に行って来てね」
  アダマスの豚、ね。
  まあ闇の一党の天敵的な人物だから、毛嫌いされているからそう呼んでいるのだろう。
  「違う違う。今から私、パーティーなの」
  「乱交パーティーっ! フィー、もしかして底なし的な欲望を抱えてるのねっ! ……言ってくれたらいいのに」
  「違うわボケーっ!」

  こんなんばっかこんなんばっか。
  ここの聖域(ここの連中が特別なのかは知らないけど)連中、こんなノリばっかーっ!

  ……ちくしょう。
  任務の内容を話す。
  「なぁんだ。あたしがフィーの体の疼き、解消してあげようと思ったのにぃ」
  すいません話題際どいんですけど?
  落胆したアントワネッタ。
  ……こ、こいつやっぱりすげぇ。

  おおぅ。
  「フィー、貴女は一流の暗殺者である以上に一流の役者であるべきよ。まず相手の信頼を勝ち取るの、相手の心を自分の元に手繰
  り寄せておいて、おもむろに喉を掻き切り心臓を突き刺すの。演技力が必要よ、フィー」
  これだからこの子、底知れない。
  無邪気なのか残虐なのか。
  この性格はおそらく悲惨な境遇を救ってくれた闇の一党に対する恩義とそこでの暮らしから生じるものなんだろうけど、それ以上に
  彼女は子供なんだ。子供のように、無邪気で残酷。それは、紙一重の感情だろう。
  「フィー、参考になった?」
  「まっ、頑張ってきますわ。お姉様」
  「必ず帰ってきてね」
  ……必ず、ねぇ。
  アダマス殺したらこことオサラバするつもりなんだけど……どうもそれを許されない状況になりつつある。
  ここの家族との暮らし、じゃない。
  私を離さないのは、おそらく闇の一党上層部。

  機密も知ってるし所業も知っている。今更逃がす、とは思えない。
  ……まあ、いいか。
  「じゃあねー」
  「フィー、行ってきますのムニュムニュしてくれないの?」
  「すいませんムニュムニュって何ですか?」
  「あたしの胸をフィーのか細く美しい指で……むふふふふー……」
  はい、言わなくても分かりましたー。

  あんたは変人。
  私も変人。ほほほ、既に私もこの聖域内では同類項として認定されてまするー♪
  ……ちくしょう。





  スキングラード。
  この街に着いた時、空はどんよりと曇っていた。ハシルドア伯爵から進呈された自宅ローズソーン邸で、メイドのエイジャにドレスを
  選んでもらい、着付けも手伝ってもらい、外に出たとき大雨。
  ゴロゴロ、ピシャーン。
  雷雨です。
  これは闇の神シシスの演出だろうか?
  まさに暗殺日和。粋な演出してくれますなぁ。
  ……しかし、ふと気付く。
  オチーヴァに言われるままに、お洒落したけど意味ないんじゃないの?
  別にパーティーと言っても宝探しゲームであり、その実ただの暗殺ゲーム。どちらをとっても、別に着飾る意味はない。
  ……ま、まあいっかぁ。
  私も女だ。
  着飾るのは嫌いじゃない。
  「ようこそようこそ。貴女が最後のゲストですね。他の方は既にお揃いですよ」
  「そう。どーも」
  妙に派手な服を着たノルドの男が、サミットミスト邸の前に立っていた。
  サミットミストは自宅であるローズソーンのすぐ近く。
  バルコニーから見える位置にあるので、豪雨でもそんなに濡れずに済んだ。
  「宝探しゲームの説明を簡単にしましょう。貴女が最後のゲスト、貴女が屋敷に入った後に私が扉に鍵を閉めます。出るのは宝
  が見つかってからです。皆様それに了承しています。貴女もよろしいですね?」
  「はいな」
  「それと、これは皆様に言ってない事ですが貴女と私は同じは母を持つ子供」
  ……闇の一党ダークブラザーフッドの構成員か。
  お金で雇われたメッセンジャーだと思ってたけど、別の聖域の暗殺者のようね。
  その男は私に鍵を手渡した。
  「人殺しゲームの説明は簡単にしますか?」
  「必要ない」
  「結構。では、ゲームの開始です。どうぞ中に。……ああ、お食事は用意してありますから晩餐をお楽しみに」
  閉鎖された密室の屋敷の中で全員を殺し、唯一鍵を持つ私がその鍵を使いバイバイさよなら。
  分かりやすいルール。
  「偽善の仮面を被って他者を欺き、隙だらけの胸にナイフを突き立てる愉悦に、心壊れぬように。くくく、はっははははははっ!」
  「……」
  ご愁傷様。
  まともかと思ったけどこいつも心の底から暗殺者。
  哄笑をバックミュージックに、屋敷の中に足を踏み入れた。
  パーティーを開始しましょうか。





  「……ああ、貴女が6人目のゲストですか。ようやく揃いましたね。待っていたらこんな歳になってしまいしましたよ」
  屋敷に入るなり早々にブレトンの老女がまくし立てた。
  生贄ゲストの人か。
  屋敷の中は広い。
  シェイディンハル聖域でオチーヴァが、任務に出る前に見取り図をくれたけどサミットミストは豪邸。三階建てだ。
  二階はダイニングで、三階は寝室が三つ。地下はワインセラーと食糧貯蔵庫。
  標的は五人。
  しかも宝に目が眩んだ連中だから、群れる事はない。個別に各個暗殺していこう。
  しかしまあ、とりあえずは自己紹介。

  「遅くなってごめんなさい。突然の雨で」
  「いいのよいいのよ。ブレトンは知的でエレガントな種族だとは存じてますの。ほほほ、お互い仲良くしましょうね」
  いや意味分かんないんですけど。
  どういう流れで知的でエレガントなわけ?
  まあ、同族というだけで確かに親しみは湧く時も私だってあるから、何となくは理解できるけど。
  「私の名はマチルド・ペティット。この名がお分かりですか?」
  「はっ?」
  「ほほほ、ではこの機会に覚えて置いてくださいね。ブレトン名家の一つですわ、私の姓は」
  「はぁ」
  曖昧に頷いておく。
  名門とか名族には興味ないから正直有名なのかは知らない。
  しかし本当に名門ならば何故ここにいる?
  ……没落貴族か。
  なるほど、そういう可能性は大いにあるわね。彼女にある財産は誇りだけなわけだ。
  まあ、殺す相手の素性なんて正直どうでもいい。
  「それにしてもこのゲームの主催者は私達とどういう繋がりがあるんでしょうね。宝探しの招待状なんて、本当に不思議」
  不思議でもないわ。
  貴女達、今から私に殺される為だけにここに集まってるのよ?
  「ところで貴女の事、教えてくれません? ほら、しばらくここで一緒にいるわけだから仲良くしましょう」
  「私はフィッツガルド・エメラルダ。目的は暗殺」
  「ほほほ、貴女は殺し屋さんなのですか。よかった、ユーモアのある人がいて。楽しいですものね、そういう方がいると」
  楽しそうに微笑む。
  食事でもいかが、と私を誘う。そういえば食事が用意してあるとか言ってたわね。
  そうね。最後の晩餐を愉しむとしましょうか。
  ……ああ、違うか。
  ……ここにいる者達に最後の晩餐愉しんでもらいましょう。くすくす。






  二階のダイニングには他の招待客は既に集まっていた。
  マチルド曰く、もう自己紹介も済ませたし屋敷の探索も各々少しは行ったらしい。
  客は五人。
  死のリストに記されている、不運な客人達。
  私は自己紹介し、料理の並んだテーブルを囲んで食事がはじまった。
  ……ふむ、なかなかいけるじゃない、この若鶏のソテー。
  闇の一党が用意した食事なのだろうけど、味は悪くない。これで毒でも入れたら一網打尽なのにね。
  そしたら私も楽なのになぁ。
  「ねぇ、君」
  「はい?」
  「楽しいね、こういうゲーム。……ああ、僕はお金には興味ないんだ。僕は名門貴族の家柄なんだ。ここに来たのは楽しみたい
  だけ。誰が招待状をくれたのかは知らないけど、僕は必ず勝つよ。ははは、その時は祝福してくれよ」
  「ええ。でも私が勝ったら誉めてくれる?」
  「ああ。その時は……そうだな、賞賛の思いを込めて君に食事を振舞うよ。ただし君が負けたら僕を誘ってくれよ?」
  はははと笑い、優雅にワイングラスを傾けた。 

  プリモ・アントニウスという名のインペリアル。名門貴族の生まれを自負する、青二才だ。
  ……それにしてもこいつ、私を口説いてる?

  ……ああ神様ごめんなさい。また1人、私に惚れて人生棒に振る男を作ってしまいました。
  私の美貌は、まさに罪♪
  ほほほー♪
  「ねぇねぇ。彼、素敵だと思わない?」
  「そうー?」
  「同盟組まない? 彼、私が落とす。手伝ってくれたら、宝なんていらないわ」
  ……でしょうね。あの名門のボンクラを落とせば逆玉だもんねぇ。
  ダンマーの女性、ドヴェシ・ドランはそう私に耳打ちし、少し淫らに笑った。その様子を見て、マチルドは舌打ち。
  あの自称名門ブレトン貴族の老女は、人種差別者らしい。
  残りの招待客の中の一人、ノルドのネルズに対しても険しい視線を向けている。しかし当のネルズはそんな事はお構いなしに酒を
  煽り、レッドガードのネヴィルと口論を続けていた。ネヴィルは元帝都軍の将校。
  以下、2人の口論。
  ……。
  「北の蛮族のお前に金貨は必要なのか? ……まあ、大体察しは付くよ。お前らのようなゴロツキの種族は安酒と売春婦さえい
  れば極楽だからな。おお、それと蛮族らしく斧でも買うか?」

  「俺は宝を手に入れたら酒場でも開くさ。だがお前もお前の同類も入店はさせねぇぞ。まだ家畜を入れた方が臭わないからな。お前ら
  軍の人間は反吐が出るほど臭い。それだけ、汚い生き方をしてるって事だ」

  「ははは。そうだったな、お前らノルドは酒しか脳にインプットされてなかったな。悪かった間違えたよ、低脳民族め」
  「俺達を蛮族と言うなら、まあそれは笑って許してやるよ。確かに、野蛮で下品だからな、俺達は。だがお前ら帝都の犬に言われる
  ほど落ちぶれてはいねぇよ。今度同じ事を言ってみろ、蛮族の力を思い知らせてやるぜっ!」

  「小汚い肉食主義者め。帝国に感謝しろよ、帝国の版図に組み込まれたから、今の生活があるんだぞ」
  「はっ、ほざいてろ」

  ……。
  なかなかエキサイトしてますなぁ。
  私は食事を楽しみながら、一皮向けば全員欲の塊集団の会話を楽しんでいた。ここにはお宝なんてない。
  私はそれを知っている。
  だから、この連中とは違う視点からこの状況を楽しみ、気楽でいれる。ドッキリは、する側に回ったほうがいい。
  楽しさが全然違う。
  「まあまあ、2人ともやめましょう。そりゃお互いに立場違うから喧嘩する意味も分かるけど、今は同じ立場で同じ挑戦者。まずは食事
  を楽しんでから、宝探しで勝負しましょうよ。ねっ?」
  1人違う立場の私は、2人を嗜める。
  ……殺す対象ではあるけど、ノルドのネルズの言い分の方がある意味正しい。
  帝国はタムリエルを統一している。
  しかし、全ての基準は帝国のものであり、征服も支配も一方的なものだ。
  この間ころされた皇帝もそれほど善人でもなかった。その人生の大半を侵略戦争に捧げてたわけだし。
  世の中、勝てば官軍。
  主張も正義も勝った者が自由に出来る。
  その勝者に与えられる歴史だけを信じていると、痛い目に合うぐらいは私にだって分かる。
  それはあくまで勝者の歴史なのだ。
  ……必ずしも正しい、とは言えないのだ。
  だから、ネヴィルの帝国万歳帝国最高は、私もいただけない。
  そこは帝国に侵略されたモロウウィンド出身のダンマーであるドヴェシ・ドランも同じようだ。
  「……嬢ちゃん、確かにあんたの言うとおりだぜ」
  「……私も大人気なかったな」
  カン。
  2人は木製のグラスをぶつけ合い、乾杯と眼で語って飲み干す。男の友情って素敵ー♪
  ……今夜のうちに全員始末するけど。
  私もにこやかに微笑み、久し振りに飲むハチミツ酒を口に含み……。
  「げっほげほぅーっ!」
  「きゃっ!」
  「ちょっとあなた、ブレトン淑女ならそんな汚い事はマナー違反ですわよ」
  「……げほげほ、ごめんなさい。咽たのよ、ごめんなさい」
  私はナプキンで口元を拭いながら、今口から噴出したハチミツ酒の味を舌で味わう。
  ……毒だ。これは毒の味。
  錬金術に精通しているという事は、薬と毒に精通しているという事。毒の味が分かる、というのもおかしな話だけどこの独特の舌の痺れ
  からして、ある種の毒が混ぜられていると考えて間違いない。
  グビグビ。
  隣でダンマーのドヴェシ・ドランが同じ瓶から注いだハチミツ酒を飲み干した。
  ……何も起こらない。
  ……つまりこれは、ハチミツ酒に混合されていたのではなく、グラスの内側に塗られていた?
  しかしグラスはランダムで、私達が自分で取った。
  私が一番最初にグラスを選んだ。
  競争相手を消す為に、この中の誰かが仕組んでいるの?
  ……ふん、面白いじゃないの。
  「じゃあ改めて、乾杯」
  少しは楽しめそうね、このパーティー。





  既に深夜。
  だが、誰1人眠ろうともせずに屋敷内を徘徊している。
  そりゃそうだ。
  この屋敷にはとんでもないお宝が隠されている、という話で誘き寄せた連中だ。誰も彼もが他人を蹴落としてでもお宝を手にしようと
  思うだろう。それにどんなに広いと言っても、五人で探すのだ。そんなに時間を掛けて、持久戦の構えで探す意味合いはない。
  おちおち寝てたら宝は手に入れられてしまう。
  「……」
  私は、宝なんてないのを知ってるから悠々としたものよ。
  かといって、何もしないでいるのは不審だから地下室でリンゴを齧りながら、鼻歌。
  んんー、リンゴはやっぱりスキングラード産ですなぁ。
  スキングラードはワインの名産地。
  つまり、ブドウの名産地でもあるものの、私はどちらかというとリンゴ派だ。
  しゃりしゃり。
  食べながら、考える。誰から消そう?
  服装はドレス、武器なんか当然持ってない。別にそういうルールではないけど、相手を安心させる為には無手の方が都合いいし。
  ……殺そうと思えば素手でも人は殺せるしねぇ。くすくす。
  もぐもぐ、ごっくん。
  くっはー、美味でしたなぁー♪
  ……さて、そろそろ狩るか。
  ひゅん。
  「なっ!」
  空気を裂く音。私は本能的に、その場に転がった。
  私が先程立っていた場所に一本の矢が通り過ぎる。殺意の込められた、一本の悪意。
  ……私は経験よりも本能に重きを置いている。そのお陰で助かったわけだ。
  ……危ない危ない。
  それにしても実力行使かよ。この宝探しゲーム、明らかに殺意を持った者がいる。
  ……あー、そりゃ私ですね、はい。
  おそらく宝を独り占めにしようとしている奴がいるのだろう。そいつがグラスに毒を塗ったり、弓矢で狙撃したに違いない。
  私は矢を拾い、上にあがった。





  上は上で、異変があった。
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「落ち着け、落ち着くんだ、ドヴェシ・ドランっ!」
  ノルドのネルズが、絶叫を続けるダンマのー女性の肩を抱いた。
  何が起きた?
  私はおろおろしている、貴族の坊ちゃんに声をかけた。
  「どうしたの?」
  「そ、それが……彼女が寝室に戻ると、あのブレトンの老女が死んでたって……」
  「それ本当?」
  「あ、ああ」
  「ところで今、誰か地下室から上がって来なかった?」
  「い、いや分からない。彼女が取り乱してるのを見て、僕も動揺してるから」
  「そう」
  ブレトンの老女マチルド・ペティットが殺された。
  ふと、気付く。
  元帝都軍将校の、レッドガードのネヴィルがいない。ネルズもそれに気付き、吼えた。
  「あいつはどこにいるっ!」
  「あいつ……ああ、彼は寝室に……」
  「はっ、分かるもんか。死体を見下ろしてたのかも知れんぞ。残忍な、帝都軍将校だからなぁ」
  受け答えするアントニウスに噛み付きそうな口調。
  少し雲行きがおかしくなってきた。
  オチーヴァからは別の暗殺者がいるとは聞いていない。つまり、ただの宝探しゲームのライバルを消す行為なんだろうけど、こうい
  う突発的な事はあまり好きじゃない。何故なら、誰が犯人か分からずいつ襲われるかも分からないからだ。
  ……まあ、暗殺者が考えるべき事じゃないか。
  「か、彼女寝室のベッドの上で胸を一突きにされて……わ、私じゃない。私じゃないっ! そ、そりゃお金は欲しいし家族の助けに
  なるわ。でも誰かを殺していい理由にはならない。帰りたい、家に帰りたいっ!」
  「分かってる、誰だって同じだ」
  取り乱すダンマー。
  意外に冷静なノルド。
  貴族のインペリアルは、ダンマーに引き摺られる形で憂鬱になっている。
  そして……。
  「ついに恐れていた事が起きたようだな」
  悠々とした足取りで、レッドガードの元将校が姿を現した。
  私の手にしている矢を見て、こう断言した。
  「君も襲われたか」
  その言葉の続きは私も襲われたに繋がるのだろうが、それ以上は語らずに話題を転じた。
  「マチルドの遺体は見たよ。心臓を一突き。ただの金目当ての者の仕業ではない。プロの殺し屋の仕事だ」
  プロの殺し屋?
  まだ私は手を下してないけど。私以外にも、殺し屋が混ざっている?
  ネルズが噛み付く。
  「お前だって殺しの技術に卓越しているだろうがっ!」
  「落ちつきたまえ」
  荒れるネルズとは対照的に、冷静すぎるレッドガード。
  元帝都軍将校の肩書きは、嘘ではないらしい。少なくとも、この状況下の中で一番冷静であり、主導権を握っている。
  ……まずい。
  どうであろうとも、ここにいる連中が結束するとやり辛い。
  どうする?
  「私はこのゲームが最初から怪しいと思っていた。誰が好んで宝を進呈する? 何の得にもならないのに。そもそも我々は共通の
  友人が誰か、このゲームの主催者が誰かも知らない。これは罠だ。我々をここに誘い込む、死の罠」
  「では、貴方は何の為に参加したのですか?」
  「君のような貴族には分からないだろうな、アントニウス君。私は軍人だ、三代続けて軍人。帝都に尽くし、忠誠を誓い、人生の大半を
  軍の中で生きてきた。誇りも名声もある。しかしそれらは私の空腹を満たしてはくれないのだよ」
  「けっ、結局は金目当てでお前も引っ掛かったわけだ」
  「諍いはやめようノルド。……ああ、ネルズ。我々は結束せねばならない。私は帝都軍の鎧と武器を持参している。寝室に、ある。私は
  それを着込んでここに戻ってくる。それと君たちも来てくれ。マチルドの遺体を、せめてシーツで包んであげよう」
  君達、とは私とダンマーだ。
  私達はレッドガードとともに三階へ。
  残ったノルドと貴族のインペリアルはここで待機。武器になりそうな物がないかを、探すのが役目。
  ……妙な展開になってきたわねぇ。





  主導権を握ったレッドガードは、参加者達の意識を一つにした。
  本来ならば好ましい展開。
  そう、ついに種族間の諍いと偏見を捨てて今、私達は一つになったの人類皆兄弟ー♪
  ……でもこれ、闇の一党の任務ですよ?
  正直、愛と勇気と友情ほど似合わないものはない。
  ただ、あえて言うならば第三の暗殺者がいるという風になった事だ。参加者とは別に誰かが潜んでおり、その者がブレトン老女を暗殺
  した事になっている。それは幾らなんでも出来すぎてるでしょ。
  まっ、利用するだけよねぇ。
  ……恐怖感を煽ってそろそろこいつらを狩るとしよう。
  「うっわマジで死んでんだぁ」
  ナイフが深々と胸に刺さった、ブレトン老女の遺体。小声だし、ダンマーは彼女の体にシーツを被せて一応は死者に安らぎを与えて
  いる。私は静かに部屋を出て、向かいの部屋に入った。向かいはレッドガードに宛がわれている寝室。
  ガチャガチャ。
  こちらに気付いていないのか、気にも留めていないのか甲冑を着込むのに忙しいようだ。
  私が与えるのは死。
  それも今回の死の定義は、苦痛と恐怖の死、なので魔法で瞬殺というのもいかないだろう。
  ……まあ、誰が惨劇を見てるわけでもないけど。
  ぽぅっ。
  武装召喚、弓。
  私の手に魔法で召喚した、弓が宿る。矢は先程私に向けられた、あの矢だ。
  ひゅん。
  「がっ!」
  がちがちゃあんっ!
  兜を被って帝都兵の出来上がりー……の直前に、私の放った矢が後頭部に食い込み、額に抜けて出た。
  まず1人目。
  骸となったレッドガードの腰にはメイスが差してある。私はそれを手に取り、部屋を出て行く。
  ……いや、扉に手をかけた瞬間、ダンマーが都合よく扉を開けた。
  「今、何か凄い音……」
  ガンっ!
  出会い頭にメイスを頭に叩き込む。ダンマーの頭蓋骨は砕けて、果てた。
  これで2人目。
  どんどんと行きましょう、次行きましょう。
  二階。リビング。
  貴族はテーブルの周りをウロウロしていた。落ち着かないらしい。まあ、これから死ぬのだから不安だろう。
  ノルドの方は貧乏ゆすりをしながら椅子に座っていた。
  テーブルにはどこかで見つけた武器。
  私はメイスを投げた。
  「……っ!」
  軟弱貴族の坊やの頭に直撃、首が不自然なほどに曲がって倒れ込む。カルシウムが足りてないらしい。
  3人目。
  「くそっ!」
  テーブルには屋敷のどこかで見つけたショートソードが無造作に置いてある。ノルドは手を伸ばそうとする。
  私は走る。
  走ったところで向こうの方が手に取るのが早いのは分かる。
  「ブレトンめぇっ!」
  刃を抜き、椅子から立ち上がろうとする。しかしそれは叶わない。
  私はテーブルを思いっきり押す。
  ノルドはそのまま後ろに大きく倒れた。頭を打ったらしく、対応が三秒ほど止まっている。私はそのままノルドの喉元を踏み……。
  「バイ♪」
  「……っ!」
  めきゃっ。
  喉が潰れる嫌な音がした。
  これで四人目。
  ミッション終了。まあ、悪い殺し方ではなかったと思う。
  残念なのは誰がブレトン老女を殺したのかが分からない事か。無理よね、全員殺したんだから。
  「うー、でもブレトン老女殺したのが誰かが気になるなぁ」
  「ブレトン女殺すのは私ですけどね」
  「……っ!」
  後ろから、腰の部分に冷たい何かが私の体の奥深くに侵入してきたのが分かった。
  その冷たい感触は次第に熱くなり、力が抜けてくる。
  どさぁっ。
  立っていられなくなり、私はその場に崩れ落ちた。そして見る。血塗られた刃を持つ、ブレトン老女の姿を。
  ……抜かったわ……。
  「死んだはずじゃないの?」
  「アカデミー賞ものでしたでしょう、私の死んだ振り」
  「つまりー……推測や憶測、考察とか全部抜かして……皆グルだったわけよね?」
  レッドガードもダンマーも死体は確認してた。
  他の二人は知らないけど、あの二人だけは確実に死体を確認し、死んでいると断言していた。私は近くで見たわけではないから、ただ
  見ただけだから気付かないけどあの二人は断言してた。なのに生きてる。
  死んだ振り?
  そうね。遠目で見ただけの私には分からなかったけど、ダンマーはシーツ被せたのよ。幾らなんでも気付くでしょうよ。
  ブレトン老女はあっさりと肯定した。
  「そう。私達は全員グル。貴女を殺す為にね、色々とやってたわけ。……まさか全部殺すとは思ってなかったけど。貴女何者?」
  何者、と聞くという事はこいつらは闇の一党ではない。
  一瞬、オチーヴァの顔が浮かぶけど、違うわね。
  アダマス暗殺したら裏切るであろう私をそろそろ始末しようかという画策なら、こいつらも闇の一党のはず。
  差し向けられたこいつらが私の素性を知らないのはおかしい。
  「これ、差し上げるわ」
  カラン。
  傷口を押さえ、蹲る私の前に真ん中で刃の欠けたナイフを投げる。しかも玩具だ。
  なるほど。これを胸に立てて、刺さってるぜあいつ死んでるー、を演出してたわけだ。
  胸に付着してたのは血ではなく、染料か何かか。
  ……私の馬鹿。
  あいつが私に刺した刃には何かの魔法……まあ、魔法が使えない時点で沈黙の魔法か、それがエンチャントされている。
  つまり私、長くても数分は回復出来ない。
  少し、まずい。
  思ったより深く刺されたらしく、血が止まらない。次第に力が抜けてくる。
  ブレトン老女が大げさな造作で一歩、一歩と近づいてくる。
  私は無様に這いずりながら、距離を保とうとするものの、逃げ切れない。ニヤニヤと見下す老女。
  ……それでいい。
  魔法を封じられた魔術師ほど無意味な存在はないけど、私は剣士でもあるのよ。研究一辺倒の体力ゼロ魔術師でもない。
  もっと近づいて来い。
  トドメの一撃を繰り出した時、その刃をもぎ取って心臓を一突きにするか、手っ取り早く首の骨をへし折ってやる。
  「お名残惜しいわ。さ・よ・な・ら」
  「……」
  来いっ!
  刃を振り上げたブレトン老女は……まるで突然悪戯をされたように、驚き、目を大きく見開いた。
  振り下ろされない刃。
  ……いや。
  カタン。
  刃は落ちた。正確には、刃と一緒に彼女の手首も。
  「私のフィーを傷付ける奴は許さない」
  アントワネッタ・マリーっ!
  オチーヴァもいる。つまり、オチーヴァも偽の依頼である事を知らなかった、私を送り出してから知ったという事か?
  次第に私の意識は飛んでいく。
  ……安堵したからか。
  立て直す機会をアントワネッタ・マリーは与えない。手にした短刀をブレトン老女の両膝に素早く突き立てる。堪らずその場に崩れる
  彼女に馬乗りになると、冷酷な暗殺者は死よりも残酷な判決を下す。
  「まさか簡単に殺してもらえるとは思ってないよね。まずは右目からいっとこうか」
  「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  悲鳴を聞きながら、私の意識は暗転した。
  ……そして……。











  「……?」
  見知った天井。ここは、スキングラードの自宅ローズソーン邸の、私の寝室の天井だ。
  手が暖かい。
  ふと見ると、アントワネッタ・マリーが私の手を握っていた。
  瞳を潤ませ、微笑む彼女。
  いつものようなノリはない。ただ、私を心底心配している瞳だ。
  ……弱いのよね、こういう心配そうな眼は。
  大学にいた時からそうだった。病気か何かで寝込むと、ハンぞぅとかラミナスもそんな顔をするから、無理に元気に振舞ったものだ。

  今も、そう。
  「お姉様好きぃー♪」
  むぎゅー。
  いつもの逆バージョン。私にそんな趣味はないけど……たまにはいいものだ。一応、姉妹だしね。
  「あん♪」
  「……はっ?」
  「フィーそんなところに手を入れちゃ駄目あっあーんそこは乙女の秘密の小部屋ー♪」
  「いや意味わかんないから」
  「フィー好きー♪」
  むぎゅー。
  私が無事と分かると、調子が出てきたのだろう。アントワネッタは無邪気に甘えた。
  ……その彼女は、さっきは冷酷な悪魔だったわけだ。そもそもあいつらはなんだったのだろう?
  「オチーヴァ、私はどれだけ寝てたの?」
  「5時間でございます。ご主人様」
  「エイジャ」
  濡れタオルを持ってきたメイドのエイジャは、私の額に乗っていた古いタオルと交換してくれる。ああ、気持ちいい。
  「フィッツガルドを背負って屋敷を出た時、彼女に会ったんだよ」
  オチーヴァが、あの後の事の続きを話す。
  診療所に担ぎ込もうとした私を背負って外に出た時、買出しに丁度出たエイジャと遭遇。エイジャは魔術師ギルドに運ぶべきだと言った
  らしい。魔法は万能。確かに、スキングラード支部とも懇意だし、ご近所付き合いしてる。
  屋敷とギルドは同じ通りだし。
  傷は癒えたものの私は意識が戻らなかった。それで暗殺者二人を伴い、屋敷に戻り、私をここに寝かした。
  ……ああ、しかしあんな雑魚にここまで追い込まれるとは。
  ……私ってば無様。
  「うー、頭がくらくらする」
  「大丈夫ですか、ご主人様」
  「ええ、大丈夫。傷は……完璧にないしね」
  布団を被ったまま、腰の傷を触ってみるものの傷はない。
  私が倒れて動けない理由は、血を流しすぎたからだ。傷は癒えるし骨は元通りになる。しかし失った血はどうにもならない。
  精のつくもの食べよう。
  「エイジャ、何かがっつり食べたいな」
  「食べれるのですか?」
  「うん。今、私に足りないのは血なの。何か血となり肉となる、そんな料理をお願い」
  「かしこまりました」
  一礼し、退室するとアントワネッタが噛み付いてくる。
  まあ、そんな気はしたけど。
  「フィーまさか浮気してるの?」
  「してないわよ」
  「私一筋?」
  「い、いやそれもどうかな」
  「愛しき妹達よ。実は、誰にも言っていないことを今から打ち明けます」
  「まさかオチーヴァもフィー狙いっ!」
  「いいえまさか。二人の愛しき姉妹達よ、背徳と悦楽の日々を、二人で純愛な日々お過ごしください」
  「わーい♪」
  ……すいません背徳と悦楽の時点で純愛ではない気がするんですけど……?
  おおぅ。
  「フィッツガルド。まずはお詫びを。今回の任務は偽装でした」
  「でしょうね」
  任務は上層部が各聖域に振り分け、そこから聖域管理者達が構成員に振り分ける。
  つまり私限定の、私を嵌める為の偽の依頼ではなく闇の一党を狙っての策略。
  オチーヴァは任務と依頼人に矛盾を感じ、調べたところ偽の依頼と判明。アントワネッタ・マリーを伴い飛んできたのだ。
  「あのメンバーはどうなったの?」
  サミットミスト邸の前にいたメッセンジャーの暗殺者を思い出す。
  「実はシェイディンハルからスキングラードに向う際に、街道で斬殺死体となっていました」
  「狙われてるわけ、闇の一党?」
  「実はテレンドリルに私が与えている任務は、裏切り者の探索なのです。その為に各地を回ってもらっています」
  「裏切り者?」
  「ここ最近、偽の依頼で殺される仲間が多いのです。普通に歩いていて、突然殺されるケースも」
  狙われてる、か。
  無理もない。闇の一党は今まで大陸に暗殺と恐怖を撒き散らしてきた。
  恨む者がいても当然。
  でも内部に裏切り者、か。そうなると少し話が変わってくる。
  闇の一党ダークブラザーフッド、一枚岩ではないのか。
  「あいつらはなんだったの?」
  「別口の暗殺者の組織。最近売り出し中みたいですけど、クヴァッチの聖域に伝令を飛ばし壊滅を依頼しました。その組織はクヴァ
  ッチ方面の組織なので。もっとも、闇の一党とは知らずに貴女に襲い掛かったようですけどね」
  「でしょうね」
  あの老女は、何者と聞いた。つまり知らなかった。
  多分、知ってたら襲わないでしょうよ。
  文献などで読む限り、闇の一党は結束堅い組織。末端の暗殺者がいじめられたら、上の連中が仕返しに行くほどの結束だ。
  ……世間的にはね。私もさっきまではそう思ってた。
  ともかく、敵に回すには大きすぎるのも確か。新興の組織風情が喧嘩を売るはずがない。
  「報酬は支払います。ごめんなさいね、フィッツガルド」
  「いいわ、別に。それに教訓になった。一流でも、大した事ない奴に殺される事があるんだと分かったわ」
  正直、死に掛けた。
  危ない危ない。
  「治り次第、聖域に顔を出してください。アダマス暗殺の辞令があると思いますから」
  「分かった」
  「アントワネッタ・マリー。貴女は看病に残りなさい。いいですね?」
  「はーい♪」
  待て待て待て待て待て待て待てぃっ!
  「オチーヴァこの子持って帰ってぇーっ!」
  「愛しい妹達に安らぎを♪」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃつれて帰れーっ! カームバーックっ!」
  「さぁてフィー♪ 力はいらなくて抵抗できない今なら……うふふふふふふふふふふふふふふふふ……」
  「ひぃっ! たーすーけーてーっ!」
  「……」
  そっと、アントワネッタ・マリーは私の手を両手に惜しい抱き、ただ微笑んでいた。
  ただ、笑ってる。
  「アン?」
  愛称、で呼ぶのは初めてだけど、それだけ彼女の顔は静かで優しかった。
  奇妙な間柄になりつつある。
  私はただの闇の一党を利用しているだけ。アダマス暗殺は目前だ、それが終わればいる意味がない。簡単に私は切り捨てる。
  その時、おそらくは敵同士になる。
  私はこの子を殺せるだろうか?
  即答を求められると、少し自信がない。この子の命を奪う事に、平然といられるだろうか?
  ……私は悪魔でいられるだろうか?
  ……私は悪魔で……。
  ただ二人で静かに微笑んでいた。静かに、優しく、穏やかに。
  エイジャが料理を運んでくるまで。ただ、ただ、ただ。
  「……」
  「……」
  もしも殺すその時は。
  私は貴女を苦しませずに殺しますから。だからどうか、その時は安らかに逝って。
  夢見心地のままで逝って。
  ……その時は……。