天使で悪魔




危険な薬




  世界には、紙一重と呼ばれるものがある。
  善人も悪人も。
  天才も狂人も。
  天使も悪魔も。
  皆、一枚の薄いちっぽけな紙に隔てられている。

  その薄紙を少しでも破った方に、そちらの側の領域に踏み込んだ時、その人の属性が決まる。
  曖昧な事。
  滑稽な事。
  その価値観を決めるのは他人であり、自分ではない。
  押し付けられる価値観。
  押し通せない自分の存在。
  それは全て曖昧で、滑稽な事だ。
  ここに、一人の病人がいるとする。その者はもう助からない。日々、苦痛に苛まれて生きている。
  十年投与する事で治る良薬。

  一度投与する事で死ぬ毒薬。
  どちらが善意?
  どちらが悪意?
  ……価値観なんか人それぞれだ。
  それを決められた枠で考える事がそもそもの間違いなのだ。








  黒馬新聞より抜粋。
  『シェイディンハルにおいて、闇の一党による暗殺』
  『伯爵夫人ラザーサ暗殺』
  『闇の一党の拠点がシェイディンハルにあるとし、その撲滅を公約した伯爵に招かれ、長年暗殺者達の一掃を公約に掲げ今回
  伯爵に招かれていた帝都軍総司令官アダマス・フィリダはなす術もなく、醜態をさらした』

  『元老院は帝都軍総司令官の地位を剥奪』
  『アダマス元指令は近くレヤウィンへの出向が命じられる予定』






  来たぞ来たぞ来たぞー。
  私は新聞を読みながら、心の中でガッツポーズをしていた。
  アダマス・フィリダはレヤウィンへと左遷された。鉄壁の……というか人海戦術で肉の壁状態の帝都軍がいなければ、始末する
  のはそんなに難しい事じゃない。

  それに闇の一党に属す前に、アダマス子飼いの親衛隊を10名屠った。
  左遷に伴い、残りの親衛隊の2人もレヤウィン行きになったらしいし、一網打尽的に始末出来るってわけね。

  アダマス・フィリダ。
  ……私に喧嘩売るからよ、こんなに悲惨な余生送る破目になるのはさぁ。

  ……。
  まっ、私絡みじゃなくても破滅する運命か。
  闇の一党がアダマスを嵌めた最大の理由は、私が所属する以前にルシエンと決めた取り決めを守る為、ではない。
  闇の一党とアダマスが天敵だからだ。
  あくまで私はオマケ。
  どの道、当初の予定からアダマスを追い落とす事だけが目的だったのだろうよ、組織にとってはさ。
  たまたまそれが私の要求と被っただけ。
  まっ、それはそれでいい。
  無実の罪で、あの爺も無実と知った上で私を30年地下監獄に閉じ込めるつもりだったわけだから……自業自得よねぇ。
  ふふふ。
  あー、楽しみだなぁ♪
  「どうしたの、妹」
  「ああ、ごめん悦に浸ってた。でオチーヴァ、任務って何?」
  オチーヴァの私室。
  呼び出され、その際に黒馬新聞を渡されて今、読んでたわけよ。
  アダマスが左遷された以上、別にこの組織にこだわる必要も留まる必要もないんだけど、万が一という事もある。
  つまり暗殺が発覚して私の綺麗な履歴が汚れると困る。
  ……闇の一党に属しておけば、連中に罪被せられるしねぇ。くすくす♪
  「今回の任務はフィッツガルド、毒殺です」
  「毒殺?」
  まだ、別の任務を押し付けられるらしい。
  何だかんだで先延ばしにされてる気がする。アダマスの件が終わる前に、私を完全に闇の一党色に染めたいらしい。
  「シロディールの遥か西にサッチ砦と呼ばれる場所があります。今回の貴女の任務はサッチ砦を拠点にしている傭兵の隊長の毒殺
  です。隊長の名はロドリック。カリスマ的な存在で、部下の傭兵達は彼に心酔しています」
  「毒に頼らなくても私、普通に殺せるけど?」
  ダース単位の傭兵がいてもそう怖くないし。
  暗殺。
  ……そう、最近は暗殺にこだわった戦闘しかしてないから広範囲魔法で一掃、とか出来ずに欲求溜まりまくり。
  私の戦闘の真髄は魔法にあるのだ。
  ふっ、傭兵なんぞ砦諸共消し飛ばしてやるぅーっ!
  開発したはいいけど試してない魔法たくさんあるし。いい実験台よ、おーほっほっほっほっ!
  「今回は、毒殺が絶対条件です」
  「何で?」
  「ロドリックは最近、重い病に倒れました。現在の医療では完治不可能です。本来なら既に死んでいるのですが、部下が投与してい
  る強力な薬で無理矢理死を回避しています。ロドリックは既に意識はありません。毒で始末するのが、依頼の内容です」
  「……部下の1人が依頼したわけ?」
  「我々はそこには関知しないのですよ、フィッツガルド。ただ依頼を遂行する、それだけです」
  「プロ意識さすがですなぁ」
  「これが毒薬です。彼の薬と交換しなさい。薬は不要です、廃棄してくれて構いません」
  「りょーかい」
  カリスマ的な傭兵隊長。
  その彼が病に倒れた、治る見込みもなく、意識すら既にない生きた屍。
  部下は彼を救うべく、延命した。
  ……だが、見るに耐えないものが依頼してきたのだろう。日々苦しむだけの生を送る、治る見込みすらないのに苦しめるのが辛い
  のだ。しかし暗殺は不名誉。だから、毒殺なのだ。自然に死んだように見せる為に。
  「では行ってくるわ、オチーヴァお姉様」
  「待って、フィッツガルド」
  「何?」
  オチーヴァは威儀を正し、私に一礼した。
  一瞬、何の事か分からなかったが、おそらくはこの間のスカーテイルの事だ。
  ……実際は見逃したけど。
  「貴女の善意に感謝を」
  「いいわよ、別に」
  「スカーテイルの事では個人的にお世話になりました。テイナーヴァも、それは深く感じています。ですからお礼に貴女とアント
  ワネッタ・マリーの事を聖域統率者として公のものとし、結婚までお世話する事にしました」
  「結婚なんかするかボケーっ!」
  「貴女の危惧、よぉく分かってます。確かに籍を入れるのは無理な話。しかし、この聖域においては貴女方は夫婦っ! これより先は
  エメラルダ夫妻もしくはマリー夫妻と呼ぶ事にしますよ。ふふふ、愛しき妹達に幸あれ♪」
  ……ちくしょう。
  なんなんだこの聖域の連中は。闇の一党は皆こんな奴らか、それともここが異常なのか?
  大学時代に読んだ文献とはかなり違う面々。
  「エメラルダ夫妻♪」
  「……」
  「新婚、いかがお過ごしですか?」
  「……」
  ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああイライラするぅーっ!
  なんなのさっ!
  なんなのよっ!
  私が一体何をしたそんなに私を弄るのが楽しいのかっ!
  うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  ぜぇぜぇ。
  「……オチーヴァ、言っとくけどあのネコが言ってるのは全部でたらめだからね……」
  「ネコ……ああ、ムラージ・ダールの事ですか」
  「そう、全部嘘。そもそも私を敵視する意味分かんないんですけど?」
  「ヤンチャな盛りなのです。見逃してあげてください」
  ……ヤンチャで済ませるのかよ。
  「それに嘘から出た真、火のないところに煙は立たない、とも言いますからね。話半分でも、本当なのでしょう?」
  「だから、それは……」
  「懲罰房の夜、何もなかったと?」
  「あ、あれは一夜の過ちというか……」
  「ほら、二人は出来てるじゃないですか」
  「……」
  ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ泥沼だぁーっ!
  抜け出せない、私抜け出せないよ底なしだぁーっ!
  ……ちくしょう。
  「任務、頑張ってください」
  「……行ってきます」
  パトラッシュ。僕もう疲れたよ。
  おおぅ。





  最近、大学にいるよりもここにいる割合の方が増えている。
  もちろん、距離の問題もある。
  毎日行ったり来たりするのは、正直面倒。スキングラードの自宅に戻る、のも同様に面倒だ。
  だからといって聖域に入り浸る意味合いもそれほどない。
  なのに、私はここにいる。
  ……。
  まっ、いいわ。
  人生そんなものでしょ。いちいち理由考えて行動してたらあっという間におばあちゃんだ。
  私は私の心のままに行動する。
  もっと言えば、心のままに人の生き死にを左右させちゃうわけだ。
  「フィー♪」
  「ああ、お姉様」
  「フィー、好きぃー♪」
  むぎゅー。
  当初ほど、抱きついてくる彼女もそう煩わしくない。
  ……言わせてもらうならば、私の方が姉みたいな感覚ではあるけれども。
  いつの間にか私は家族していた。
  他人から見れば歪で禍々しい家族なのだろうけど、私には家族という言葉は非常に意味があり、また重いものだ。
  その重さがまた、心地良い。
  重いは想いなのだ。
  家族という記憶が欠落している私にとって、またここに住む者達にとって、家族という言葉ほど価値ある言葉はない。
  ……根が暗殺者で、犯罪者であるけれども。
  「フィーは今からお仕事?」
  「そう」
  「あたしも。……テイナーヴァ、そろそろ行きましょう」
  「おう」
  コンビで仕事、らしい。
  仕事と言っても殺し、なんだけどさ。
  「フィーは今回は何するの?」
  「毒殺」
  「毒殺かぁ。懐かしいなぁ♪」
  瞳をキラキラさせるアントワネッタ・マリー。夢見る少女だ。
  ……もちろん、見る夢は死に彩られてるけれども。
  「昔、あたしを虐待してた叔母さんのシチューに毒を混ぜた事があるの。シチュー口に含んだ叔母さん、目を大きく見開いてそのま
  まお皿に顔から突っ込んで死んじゃった。あれ笑ったなぁ。あっはははははは♪」
  残酷で無邪気。
  不幸でどん底。
  私も人の事言えないけど、更生は無理っぽいですね。はい。
  ひとしきり笑った後、寂しそうに私を見つめた。
  「フィーは肉親に虐げられた事、ある?」
  「お姉様はまだまだ甘いわね。私なんて叔母さんにゾンビの具材にされかかった事があるのよ?」
  「ほんと? ……で、でも囚人船に乗せられた事は……」
  「私はオーガに非常食として飼われてました」
  「で、でもでも監獄に送られ……」
  「私はオブリの彼方に送られてました。悪魔達に何度殺され掛けた事か」
  「……フィー、凄い」
  「どうだ参ったか」
  「さすがあたしの愛した妹ね。その傷、あたしが癒してあげるぅー♪」
  「お姉様すいません胸にダブルタッチはやめてくださいテイナーヴァ見てますからマジお願いします」
  「ふふふ♪」
  ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ薮蛇だぁーっ!
  不幸の女王に輝いたら、こんな洗礼が待っていたとはーっ!
  ……ちくしょう。
  「相変わらずディープだな、お前達」
  「テイナーヴァ私は含まないで抵抗してるの分かるでしょ私はノーマルなの普通なのー」
  説得力ない光景ですけどねぇ。
  「ところでフィー、どこに任務に行くんだ?」
  「サッチ砦」
  「サッチ砦……ああ、あそこか。あそこなら、情報があるぞ。スカーテイルの件のお礼に教えてやるよ」
  「お願い」
  情報のあるなしでは、全然違う。
  「周囲を山に囲まれている、天然の要害でな。砦の内部構造自体も複雑で、小勢でも大軍相手に篭城出来る仕組みだ」
  「へぇ」
  戦争時代の名残か。
  ……というか帝都軍の方々、放棄した砦やらを放置プレイしないでください。
  盗賊やら怪物やらが住み着いて困ってる人はたくさんいると思いますが、どうでしょう?
  「テイナーヴァ、私に難攻不落で忍び込むの無理と教えてくれてどーもありがとう」

  「皮肉的に言うのはやめろよ。難攻不落、ではあるが弱点もあるんだ」
  「弱点?」
  「フィー、あたしの弱点は甘い言葉♪ 囁いて囁いて♪」
  ……聞いてない聞いてない。
  とりあえずアントワネッタ・マリーの台詞は無視の方向で。てか、聞いてられませんから。
  「砦から離れたところに、廃墟の塔がある。昔は砦と繋がっていた礼拝堂の廃墟でな、廃墟となった今では一見すると別の建物
  だ。しかし地下部分では繋がっている。あのあたりは地底湖があるから、おそらく浸水してるだろうが、安全に侵入できる」
  「へぇ」

  その方法でいくか。
  傭兵全員あの世に送っちゃうぞキャンペーン実施中なら、魔法連打して無理攻めしても良いけど今回の任務はあくまで毒殺。
  それも虫の息の傭兵隊長を薬と毒交換して病死に見せちゃいなさい、というのが任務の概要だ。
  忍び込まなきゃ、まず無理だ。
  「テイナーヴァ、感謝するわ」
  「力になれて光栄だ。……さて、アントワネッタ・マリー、俺達も任務に行くぞ」
  「ええ。……フィー」
  「な、なに?」
  「無事に帰ってきてね」
  「う、うん」
  そのまま、私達は別れた。
  ……でも何、この物足りない感は……?
  ……はあ。毒されてる。私、この聖域の家族に毒されてる。柄でもない、理由するだけの間柄じゃないの。
  ……毒されて……。

  「ふっふっふっ。フィー、あたしに抱き締められないと不安? もしかして欲しがり屋さん?」
  「そんなわけないでしょ」
  「あたしの胸に飛び込んでおいで、フィー♪」
  「遠慮しとく」
  「そんな我慢してるフィーも好きぃー♪」
  「すいませんお姉様胸揉んでますものの見事に揉んでますやめてくださいマジお願いします」

  「ふふふ♪」
  ……で、結局オチはこうなると。
  ……な、なんて怖い子……。






  シロディール最西端……とは言わないけど、実質もっとも西に位置する場所の一つ。
  サッチ砦に到着。
  最近、シロディール全域を行ったり来たりしている気がする。
  ……道路特定財源で高速道路作ってもらえないでしょうか……?
  「圧巻ね」
  雄大な自然に囲まれた、サッチ砦。
  既に帝都軍が放棄して久しく、外観は朽ちつつあるものの砦としてはまだ現役であり、機能している。
  今、ここを拠点としているのは帝都軍ではなく傭兵集団。
  どの程度名の知れた連中かは情報にない。
  まっ、今回の任務はとりあえずは傭兵の制圧は含まれていないから、戦闘能力に関しては興味ない。
  ……とりあえず、はね。
  見つかって騒ぎになったら始末する必要性はあるけど。
  きょろきょろ。
  周囲を探す。テイナーヴァの言ってた礼拝堂の廃墟が見当たらない。
  「どこよ。まさかデタラメか、あのトカゲ」
  探す事30分。
  あったあった。廃墟、ですらない。完全に更地じゃん。まあ、多少瓦礫が残ってる程度。既にその場所は草が多い茂り、自然に
  浸食されていた。結局のところ、人間様よりも自然の方が図太く、逞しいわけだ。
  草の中を這いずり回りながら、地下の入り口部分を探す。
  ……ああ、これか。
  地下への扉、というのか蓋というのか。ともかく私はそれを開けて、中に潜入した。





  じゃぶじゃぶ。
  サッチ砦本体と、礼拝堂を地下で繋ぐトンネルは浸水していた。
  浸水、と言っても腰が浸る程度だから、進むのに障害はない。ただ水の中を進む音を消すのが難点といえば難点だ。
  テイナーヴァの情報は正しかった。
  だけどあのトカゲ、どこで情報を仕入れているのだろう?
  どの程度の傭兵がいるのかは知らないけど、この浸水したトンネル部分には見張りはいなかった。
  それはそうだろう。
  水は冷たい。
  私は身震いしながら進んでいた。うう、寒いー。
  トンネルを抜けると、そこは雪国だった。
  ……。
  ……。
  ……。
  ち、違うか。いかん、水のあまりの冷たさに幻覚が見えてたー。危ない危ない。
  トンネルを抜けた途端、乾いた、埃っぽい場所に変わる。砦の内部だ。
  ここからは気をつけよう。
  傭兵の足音、話し声が聞える。ただ、少なくとも水の中にいるよりはマシではある。
  がっちゃがっちゃ。
  鎧の音を鳴らしながら、傭兵が通り過ぎる。私は咄嗟に暗がりに潜んでやり過ごし、先に進む。
  警戒している、というレベルではない。
  傭兵達にしても、私が侵入してきた水路は気付いているだろうけど、そこが外に繋がっているのは気付いていないように思える。
  ……そうね、それは妥当かも。
  彼らは帝都軍じゃない。
  そう、傭兵だ。つまり、ここに籠もって篭城しているわけじゃないから、別に外に通じる道が正規の入り口以外にあっても別に
  困らない。これが盗賊なら、また別なんだけど彼らは傭兵だ。
  出入り口に見張りぐらいは置くだろうけど、わざわざ完全封鎖して立て籠もる必要はないのだ。
  何故なら、ここは寝泊りする拠点であって護るべき城ではない。
  まっ、それでも侵入者は喜ばないだろう。
  私は忍び、隠れ、やり過ごし先を行く。
  ……しかし。
  「まずいわね」
  小声で溜息。
  ここから先は一本道の通路しかないのだが……傭兵が2人、そこで話し込んでいる。
  少し戻って迂回する?
  それともここで待つ……にしても、背後から別の傭兵が来たらはさまれる形となり、身動きが取れなくなる。
  全員皆殺しにするのは骨が折れるしなぁ。
  さて、どうします、私?

  すらり。所属した当初にルシエンからもらった黒いナイフを抜く。
  場合によってはこの2人は消す。
  もっと必要ならもっと消す。
  ……そうね。それが一番楽よねぇ。

  「俺には理解出来ないよ」
  「何がよ?」
  「本当にロドリックはあの薬で治るのか? ……いやそうは思えない、あの薬はただロドリックを無意味に延命させているだけ
  だろう。そもそもあの熱で、生きていられるわけがない」
  「だが現に生きてる。あの薬は、少なくともロドリックをこちら側に引き止めてる。そこに何が不満があるの。私はもちろん、あんただっ
  てロドリックには散々世話になったのよ。それを忘れたわけじゃないだろうね?」
  「忘れちゃいないさ。今、俺が生きてるのは彼のお陰だ」
  「だったらブツブツ言わないでお祈りしてなさい」
  「お祈り? はっ、そんな神頼み、ロドリックだって笑い飛ばすぜっ!」
  「あの薬はロドリックを生かしてる、今はそれ以上に考えられる手立てはないでしょうっ!」
  「分かってるんだ、俺だって。お前や他の仲間がロドリックを懸命に救おうとしているのは知ってるしそれを侮辱する気はないんだ。
  俺だって彼が治るのを祈ってる。だが、だがこれ以上彼が無意味に苦しむのを見たくないんだっ!」

  「分かってるわ皆そうよ。でも私は確信してる、あの薬はロドリックを救うわ」
  「だが」
  「必ず治るわ。ただ時間が掛かるだけなのよ。信じなさいよ」

  「……そうだな。俺は棚に置いてある薬を護るとしよう。今の俺の、最大の任務だ」
  「私はロドリックの看病に戻るわ。大丈夫、無敵のロドリックはもうすぐ解放される。私の心はそれを感じ取ってるのよ」

  会話を終えた二人は、そのまま歩いて行く。
  私の進行方向に。
  ……ふむ。殺す必要はなくなったか。
  ナイフを鞘に戻し、私は薬を護ると言った……オークか、オークについて行く。
  もちろん肩を並べて、ではない。

  オークの背後を影のように歩きながら、彼が依頼人ではないとか推測した。
  頼りがいのある恩人が苦しむ様が見たくないのだ。

  それも治る病ならともかく、治る見込みがないのに苦しめるのが嫌なのだ。それでいて暗殺ではなく、病死を偽装した毒殺を望むのは
  傭兵隊長の最後を無様なものにしたくないからか。

  まあいい。
  消せと言われれば消す、それが暗殺者だ。
  ……補足。私は自分の価値観にそぐわなければ依頼人でも消しますけどねぇ。
  ケインリン、フランソワ、立派に死んだ依頼人の方々です♪
  オークは、薬の入った棚の場所に私を案内し……私は隠れてるけど……ともかく、オークは周辺を確認した後で、そのまま持ち場
  を離れた。これは私に毒と交換しろという事かしら?
  彼が依頼人とは言わないけど、それらしい振る舞いではある。
  では、お言葉に甘えて。
  薬の瓶と、毒の瓶を変える。薬は不要とオチーヴァは言ったけどここで廃棄するわけにもいくまい。
  薬を懐にしまうと、私はサッチ砦を後にした。





  あの後、ロドリック傭兵隊長がどうなったかは知らない。
  持ち直したのか。
  あるいは……。
  ただ言えるのは、彼は部下達にとって英雄だったのだ。
  だからこそ、英雄だったからこそ英雄として死なせてやりたかった部下の一存で、彼は神の御手に送られた。

  ……神は神でも、闇の神シシスだけどねぇ。
  優しさ?
  それは優しさか、はたまたその逆か。
  人によっては判断が違うだろう。しかし私は……これはまた、一つの救いではないかとさえ思うのだ。
  別に直接手を汚した私自身に対する弁護ではない。
  ただ、私は思うのだ。
  これもまた、一つの結末なのだと。
  結末も救いも人によって異なる。立場が違えば、また異なる。
  看病する者。
  看病される者。
  そのどちらの結末も救いも、違うのだ。看病する側は懸命に尽くす事が最善と考えても、される側は安らかな死を望む事だってあ
  るのだ。答えは断定しない。それは私の領分でも問題もはない。だから、どうでもいい。
  でもロドリックの感情は?
  治らない病。
  苦しむだけの時間。
  私は、1人の部下の決断は英断だと思うし、ロドリック自身にとっても救いだと思う。
  ……ある意味では救いではないかと……。