天使で悪魔




吸血病の治療薬




  フェイリアン暗殺。
  その遺体は翌日、帝都軍に発見された。
  私の暗殺が発覚した、わけではない。異臭騒ぎだ。
  地下で腐っていたロクミールの遺体が臭っていた。その関係で近隣住民が帝都軍に訴え出て、それを受けた帝都軍はロク
  ミールの家を捜索。で家宅捜索した結果、遺体を二つ発見。
  片方はスクゥーマ密売人。

  片方はスクゥーマ中毒者。
  片方の死体は腐乱。
  片方の死体は新品。

  スクゥーマを巡っての殺し合いなら、時間的に合わない。フェイリアンは誰に殺された?
  帝都軍は現在、それを捜査中だ。
  帝都軍の兵士に賄賂を渡し、捜査状況を聞いたところでは、今のところは闇の一党関連が関わっているという有力な情報は出
  ていない。普通の殺人事件、というわけだ。
  ……まあ、どうでもいい。




  帝都軍の捜査が難航している時、私はある場所にいた。
  シェイディンハルの聖域?
  違う、私のもう一つの家。もう一つの家族のいる場所。
  アルケイン大学。
  アダマス・フィリダに投獄されて以来、ここに帰ってくるのは久し振りだ。何度か帝都に暗殺の仕事で来てたのにね。
  「ご苦労様です、魔術師殿」
  「ご苦労様」
  守衛のバトルマージが私に敬礼。
  私が誰か知っている、のかは分からないけどアルケイン大学に出入り出来るのはほんの一握りの魔術師だけだ。
  守衛という役柄上、出入りできる魔術師の顔ぐらいは覚えているのだろう。
  久し振りだ。
  シェイディンハルの聖域は地下にあるから、暗いし、まさに闇。
  それに対してアルケイン大学はやはりどこか開放的だ。やはり閉鎖的魔術師の巣窟とはいえ外界に適応している世界だ。
  苦労顔の魔術師が、大学の出入り口で空を見上げて立っていた。
  ……相変わらずの中間管理職ね。
  ラミナス・ボラス。
  外界と世間知らずな魔術師達の折衝役。
  「ハイ。ラミラス」
  「ちっ」
  「……その舌打ちの心は……?」
  「お前が現世にいるからだ♪」
  「え、笑顔で言うべき事かよっ!」
  「ハハハハハハ♪」
  「爽やかに笑うとこじゃないでしょうがぁっ!」
  「お前があの程度で死ぬならば、私もそんなに苦労はしなかったよ。暗殺毒殺……数え上げたらキリがない」
  「……すいません今まで私を殺そうとしてました……?」
  「些細な事だ。気にするな♪」
  そ、そうでした。こんな奴でした。
  ……ちくしょう。
  ……それにしても、評議員カラーニャにもフェイリアン暗殺の際に会ったけど、そんなに感動なかったなぁ。
  まあ、あの女との嫌い合う仲なんだけど。
  それにでも一応は死んだ事になってる私に会ってあの反応。ラミナスもそうだけど……何故に?
  実は大学で嫌われ者?
  「ラミナス、私は死んだ事に……」
  「心配するな。そんな事は誰も信じてはいなかったよ」
  「……ラミナス……」
  「安心しろ。死に損なったお前を、我々が責任持ってあの世に送ってやるから」
  「……」
  「お前があの程度で死ぬわけないだろうが。なんと言ってもマスタートレイブンの直弟子であり愛弟子だからな」
  「……えっ?」
  信頼、してくれてたんだ。
  私が自力で脱出し、生き延びる事が出来ると信頼してくれてたんだ。
  ……なんか、嬉しい。
  「さて、社交辞令はこのぐらいにして……ちっ、生きていやがった」
  「社交辞令かよっ!」
  「それで、今は何してる?」
  「暗殺者」
  「そうか。元気でやってるならそれでいい。マスターも安心するだろう」
  「信じてないの?」
  「いや信じてるよ。お前みたいな人間の屑はいつかそうなるとある意味信じてたからな」
  ……ちくしょう。
  「ハンぞぅはいる?」
  「マスターは今はいないよ。各地の視察に行っている。最近各都市の支部の風紀が乱れているからな」
  残念。
  私にとっては師であり祖父のような存在なのに。
  もっとも、実の祖父の記憶がないのでこれが世間一般の祖父に抱く感情かは定かではないけど。
  「ター・ミーナは?」
  アルゴニアンの、図書委員の顔を思い出す。
  「彼女はいるよ。年がら年中、書庫に閉じこもってるヒッキーだからな」
  「……す、凄い偏見持ってるわねラミナス」
  「冗談だ」
  「……」
  どこまで冗談かは、不明だけど。
  世間知らずの魔術師達と世間との調整やらを担当しているだけあってストレスがたまるのだろう。
  私に対して嫌味やら皮肉ぶつけまくり。
  ……信頼の証?
  ……そ、そうかもしれないけど、何気に嬉しくない信頼の仕方だと思われー。
  おおぅ。
  「ところでフェッツガルド」
  「……私の名前はフィッツガルドなんですけど……」
  「おお、そうだったな。死んだと心の底から信じていたので名前を消去していたのだ。ははは、許せ♪」
  「……」
  「大学はお前を追放はしていないが……」
  そこで一度、言葉を区切った。
  追放。
  アダマスの件だろう。投獄により、私の処分を評議会で揉めたに違いない。
  「面会にも行った時に言ったが、お前は除籍されていない。しかしそれなりに復帰の条件……はないがな、追放を訴えた評議
  員の口を黙らせる為にもお前は何か業績を残さなくてはならん。いちいち蒸し返されても嫌だろう?」
  「そうね」
  「私は蒸し返してチクチクとお前をいびりたいがな♪」
  ……ちくしょう。
  「何かレポートを出せ」
  「どんな研究テーマがいい?」
  「そうだな……他の者では出来ないような物がいい。この題材をよくぞここまで、と唸らせるようなものを選択しろ。そうすればお前
  の追放を訴えた評議員どもも黙るだろう。喋らせるな文句言わせるな、あいつらの度肝を抜け」
  「……ラミナス……?」
  「マスターは常々言っている。お前はいずれ大学を背負う者だと。政治家気取りの俗物評議員を黙らせろ。分かったか?」
  「う、うん」
  ラミナスは私を心配してくれている。
  ラミナスは私を信頼してくれている。
  ……少し、嬉しい。
  「テーマは何がいい?」
  「ふむ、そうだな。……吸血鬼に関してはどうだ?」
  「吸血鬼?」
  「治療薬だ。スクゥーマ中毒の治療薬に並んで、今現在も大学では確立していない治療法だ。見つければノーベル賞ものだぞ」
  「……すいませんノーベル賞って何……?」
  「分かりやすい、モノの例えだ。さて、テーマはこれで決定か?」
  「いいわね。面白そう」
  笑うラミナスに、私も微笑み返した。



  吸血鬼。
  冒険小説では闇の眷属とか魔族の次に高等な種族とか、色々とあるけど小説は小説。
  実際は化け物ではない。
  そう、オブリビオンに住む悪魔達でもないし、タムリエルに生息するオーガやらミノタウロス、ゴブリンでもない。
  またタムリエルの全種族の中の一つ、でもない。
  病気。
  そう、吸血鬼とは全員が病人。疫病なのだ。
  血友病というのがある。
  それが体内に入り込むみ、三日間の潜伏期間中に体内の構造を弄繰り回し、そして三日後には発症、吸血鬼の出来上がり。
  この血友病に関しては治療法は確立されている。
  薬もあるし神殿の魔術師が治療もしてくれる。薬のレシピもあるし販売もしている。
  ここまではいい。
  しかし三日の潜伏期間を過ぎると、血友病は吸血病へと進行する。
  こうなるともう治らない。
  治療薬は効かない。何故ならその治療薬は血友病のものであり吸血病のものではない。
  三日の期間に……そうね、別の菌に変異すると思ってくれてもいい。
  吸血鬼になると血への衝動に支配される。
  以前、帝都の地下で出会った吸血鬼は血への衝動に完全に支配され、ただの獣に成り下がっていた。自我が崩壊していた。
  あれがまあ、普通の吸血鬼。下級タイプね。
  その反面、血への渇望を意識して抑える吸血鬼もいる。それでも血の摂取は不可欠ではあるものの、聖域のヴィンセンテの
  ように自我を保ったまま存在している者達もいる。噂では街に住み、普通の人間のように振舞う者もいるらしい。
  ヴィンセンテの様な吸血鬼は上級タイプね。
  諸説あるけど吸血鬼を支配する、渇きの王やら渇きの女王もいるらしい。まあ、眉唾物だ。
  で、吸血鬼の共通点。
  吸血病の進行度によってまちまちなんだけど、基本的に太陽の光が苦手。
  重度の吸血鬼は燃え上がる。
  比較的軽い症状の吸血鬼は燃え上がることはないにしても、太陽の光を極端に嫌う。
  そして総じて炎の魔法に耐性がない。
  小説のように銀の武器でなければ死なないとか、心臓を杭で刺さなければ復活するとか、そんな事はない。不死でもない。
  不老ではあるものの顔が崩れる為に、もう年齢関係なく高齢者並だし。
  ヴィンセンテはニンニクが嫌いらしいけど……書物にはそう書かれていない。ふむ、だとすると個人差みたいなものがあるのかな。
  帝国の法律で吸血鬼には基本的人権は存在しない。
  ……まっ、この程度かな。書物から分かるのは。



  「あーあー。疲れたぁ」
  私は神秘の書庫で、大きく伸びをした。眼の裏にまで文字が張り付いていそう。籠もって一週間。読書三昧。
  大学の知識の源である神秘の書庫。
  各地から珍しい古書から重要な文献まで、全てが集う場所。
  私は机に突っ伏した。
  ……眼が、疲れまくり……。
  「フィー、お疲れのようねぇ」
  「ター・ミーナ。吸血鬼関連の書物はこれだけ?」
  机に山積みにされた書物を私は指差す。読破するのに……全精力全気力が消耗されたわぁ……。
  それでいて書かれている事はその逸話とか伝承とか、解決策は一切書かれていない。
  もちろんそんなものがこの一冊の中に一行でも書かれていたら吸血病にお手上げ、という事もないのだろうけどさ。
  万が一もある、と思って読んだけど完璧無意味。
  「小説みたいなものならたくさんあるけど」
  「その手のやつはパス。読むだけ無駄」
  「それでフィー。前に頼んだバレンシアシリーズ、いつ買って来てくれるのぉ?」
  「……あの、私逮捕されてたんだけど……」
  「買って来てくれるなら、ラミナス・ボラスのスリーサイズ教えるわよぉ?」
  「いらんわそんな無駄知識っ!」
  「じゃあ吸血病の治療の材料は?」
  「いらん……し、知ってるのっ!」
  「この書庫の書物は全てこの頭脳に収まってるのよぉ。我が知識に、敵なしっ!」
  「す、すごいんだか馬鹿なのかは理解し難いけど……」
  「馬鹿って何よぉ?」
  「だ、だってこれだけの本を全て暗記する……ま、まあいいわ。で、でもこの中の本にはそんな事一行も……」
  「故意に避けたもの。渡すの」
  「なっ! ……わ、私は一週間も読んでたのよ当たりを抜かれた本読んでた日々は全部無駄な方向かぁーっ!」
  「くすくす♪」
  ……ちくしょう。
  グッドねぇにしてもラミナスにしても……うー、私に気を許してくれてるんだろうけど……どうなんだこの関係?
  結構扱い雑な気もする。
  教訓。人は仲良くなりすぎると手を抜きます。
  おおぅ。
  「はい、どうぞ」
  古ぼけた書物。
  私はパラパラとめくるものの、大半は汚れ、ページは欠落し、内容が分からない。そもそもこれは……。
  「ごめん、私はルーン文字は読めないんだけど」
  「はい。どーぞ」
  ドン、と無茶苦茶厚い辞書を机の上に置くター・ミーナ。
  こ、ここから検索して調べろと……?
  「何世紀掛かるのよ一体っ!」
  「バレンシアシリーズ、欲しいなぁ?」
  「わ、分かったわよ負けたわよ。買ってくるわよ、それでいい?」
  「それでいいわよぉ」
  商売人かお前は。
  交渉が滅茶苦茶うまいぞこのトカゲ女。
  本の虫、というのは嘘ではなく辞書をしまうと古ぼけた文献に目を通す事なく結論を提供した。
  ……覚えてるんだろうなぁこの文献の内容も辞書の中身も……。
  ……すげぇ。
  「この文献、大抵は汚れで読めないし破れてて内容分からないけど……必要な材料だけはピックアップできるわよぉ」
  「そうなの?」
  どんな高価な材料か、と思えばそんなに大した事はない。
  ニンニク。べランドナ。ブラッドグラス。全部錬金術を嗜む者にとっては馴染みのものだ。
  ただブラッドグラスは、悪魔の世界であり別次元であるオブリビオン原生の植物。
  でもここをどこだとお思いですか?
  魔術師ギルドの最高峰のアルケイン大学ですよ。どんな材料だろうと手に入る。それに、オブリ原生とは言ってもタムリエル
  全土かは知らないけどここシロディール地方にも存在している。
  誰かが持ち込んで種を撒いたのかは知らないけど、ブラッドグラスは手に入る。
  「随分簡単な治療薬の材料ね。他には?」
  「吸血鬼の遺灰」
  「ふーん。つまり何? 吸血鬼から元に戻る為には、吸血鬼1人殺すわけ?」
  「そうなるねぇ」
  「結構えげつない治療薬ね。治す為には同じ病気の奴一人の死が必要とはね」
  「でもそう簡単でもないみたいよぉ」
  「……?」
  「ここには高位ヴァンパイアの遺灰が必要と書いてあるもの」
  「高位、ね」
  血への渇望を自ら抑えられるタイプの吸血鬼の遺灰、か。
  そうそう手に入るものじゃあない。
  大抵そういう奴は人間社会に入り込み、見分けがつかない。ヴィンセンテは頬がこけ、顔崩れてるのはおそらく血の摂取量が少な
  いから、つまり栄養状態が悪いからだ。だから見れば吸血鬼だと分かる。それでも彼は高位で、自我を保ってる。
  だけど街に住むには外観それだとばれるでしょう?
  栄養状態がいいと、外見では判断しづらいし世間でもそうは認識していない。だから、問答無用で退治すると殺人になり兼ねない。
  確かに容易ではないかも。
  高位の吸血鬼なんてそうそういるもんじゃないし。
  「でフィー、最期はアルゴニアンの血」
  「何で?」
  「多分、あれよねぇ。アルゴニアンは毒や病の耐性があるから。その血が薬になるんでしょうねぇ」
  「なるほど。理に叶ってるわね」
  メモメモっと。
  しかしふと、メモりながら不思議に思う。違和感。
  こんな文献が存在するのにどうして治療法方が確立されていないんだろう?
  「ター・ミーナ、その本って……」
  「想像してる事は理解出来るわよぉ。そう、破れてるし汚れてるからこれ以上は判別できないの。過去何度か大学でもこれを
  元に治療薬を開発研究してきたけど、その調合方法が不明なのよぉ」
  「なるほど。理に叶った意見よね」
  他の文献は、これ以上はないらしい。
  やはり壁にぶつかるわよね、ノーベル賞ものだもの。となると、今聞いた材料を元に実地で治療薬作る必要性があるわね。
  私はシェイディンハルに向った。






  「私、ヴィンセンテお兄様の遺灰が欲しいなぁ♪」
  「……妹よ。さすがにそれは無理ですって」
  「そこをなんとかっ! 可愛い妹の頼みを聞いてあげてっ!」
  「……妹よ。さすがに私は命も惜しい。他の頼みなら聞いてあげてもいいですけどね」
  「ちぇっ、ケチ」
  「……既にケチの一言で済ませることの出来ない問題でしょうに、それは」
  シェイディンハルの聖域。
  フェイリアン暗殺の報告もしていなかったので、まずオチーヴァにそれを報告した後にお兄様におねだり。
  でも結果は空振り。
  高位の吸血鬼、基本的に普通の人間と見分けがつかないからやり辛い。
  「それで妹よ、何故私の遺灰が欲しいのですか?」
  「アルケイン大学に復帰する為の、レポートの為よ。吸血病の治療薬のレポート作成中なの」
  「ほう。治療できるのですか?」
  「そういう文献はあるのよ。まっ、真実か嘘かは不明だけど。材料は分かったんだけどね、調合法は不明。で、私が実地で作って
  みようかなぁって。前に言わなかったっけ、私は錬金術師でもあるし」
  「何が必要なのです?」
  「ニンニク、ベランドナ、ブラッドグラスに高位の吸血鬼の遺灰、アルゴニアンの血」
  「アルゴニアンの血、なら手に入れましょうか?」
  「まさかオチーヴァ&テイナーヴァを殺っちゃうのっ! ……うっわ内部抗争勃発?」
  「……その手の話は冗談でも嫌いですから今後はやめてください」
  「ごめんなさい、お兄様」
  「妹よ、分かってくれたらいいのです。それでどれだけ欲しいですか? 一リットル? それとも十リットルぐらい?」
  「ぶ、分量は知らないし実験もするから多い方がいいけど……どこでそんなに手に入れるの……?」
  「通販です」
  「そ、そうですか」
  「世の中、ありえないと思う事でも実際はありえるものなのです」
  そ、そうよね。
  毎日飲んでる血酒も通販らしいし。
  「じゃあ高位の吸血鬼の遺灰は?」
  「さすがにそれは心当たりがありませんねぇ。通販でもありませんよ、それは」
  ふむ。ここで壁か。
  「しかし手に入る入らないは別ですが、高位の吸血鬼は知っています」
  「どこにいるの?」
  「スキングラード伯爵の夜の姿を貴女は知っていますか? ……くくく」
  「……?」
  さも可笑しそうに、ヴィンセンテは笑った。
  夜の姿?
  スキングラードの領主のハシルドア伯爵は強力な魔術師として有名だ。マスタートレイブンにも匹敵すると言われている。
  まさか……。
  「ヴァンパイア?」
  「そういう事です」
  「まさかっ! そんな事は……」
  「行って確かめてみるといいでしょう。それに吸血病の治療薬の研究もしている、らしいですしね」





  真相を確かめるべく、スキングラードに。
  ……いや。
  別に現役の領主が吸血鬼でも、私はどうでもいいのよ。かなり、驚いたけど。
  問題は治療薬の研究をしているという事。
  ここまで調べた以上、なんとしてもレポートを完成させ治療薬も完成させたい。じゃなきゃ時間の無駄だ。
  スキングラードの城。
  ここの体制はどうやら変わっているらしい。執事にオークとアルゴニアン?
  別に差別されている種族ではないけど、外観的にあまり好ましくないという風潮がある。
  特にレヤウィンではその傾向が強い。
  レヤウィンの伯爵夫人は大のアルゴニアン嫌いとしても有名だ。
  さて。
  「ハシルドア伯爵に面会したいのですが」
  「申し訳ありませんが伯爵様は約束のない方とはお会いになりません」
  アルゴニアンの執事の女性から、当たり前のコメント。
  まあ、普通はそうよね。
  「私はアルケイン大学のフィッツガルド・エメラルダと申します」
  「アルケイン……と言うと、ハンニバル・トレイブン評議長のお使いで?」
  ……?
  まるでよく使いが来ている……ははぁ、連絡取り合ってるのか。そうなるとヴィンセンテの言葉もあながち無視できない。
  もしかしたらアルケイン大学は伯爵が吸血鬼である事を知っているのかもしれない。
  それでも告発しない。
  別に吸血鬼は罪ではないけど、発覚すれば領主ではいられないだろう。
  大学と伯爵は何らかの提携か、盟約を結んでいるに違いない。
  「いえ、そうではありません。吸血病の治療薬の事で、伯爵もまた研究しているという事を聞きまして。ご助力をお願いしようかと」
  「……」
  執事は私の顔をしばらく見ていた。
  アルゴニアンは、表情で感情を読み取りにくい。しばらくしてから、口を開いた。
  「どうぞこちらに」



  スキングラード。
  他の都市の城が開放的過ぎる事もあるんだけど……ここはかなり、閉鎖的過ぎる。
  内部には兵士の姿も少ない。
  堅く閉ざされた扉。
  一つ一つ、アルゴニアンの執事が鍵で開錠し、通る度に施錠する。しかも扉一つ一つによって鍵は違う。
  かなり重そうな鍵の束だ。
  ……よく覚えられるわね。
  「伯爵様。アルケイン大学の方がお見えになりました」
  「アルケイン? トレイブンの使いが何しに来た?」
  やっぱり繋がってるんだ、大学と伯爵。
  もちろん、伯爵が吸血鬼とは言わないしその証拠も何もないけどね。
  「お初にお目にかかります。フィッツガルド・エメラルダと申します。マスタートレイブンの直弟子です。が、今回は私の私情により
  ここに参上しました。実は今、吸血病の治療薬の研究をしているのですが、ご助力いただけないかと」
  恭しく一礼する。
  それぐらいの教養は、私にだってある。
  伯爵はそれを眺めながら執事に下がれと手で合図した。
  ハシルドア伯爵は……ふぅん、素敵なオジサマだ。オジサマ好きならイチコロでしょうねぇ。
  「誰から聞いた、私が研究をしていると」
  「知り合いの吸血鬼に」
  「吸血鬼に基本的人権はない」
  「法律では。しかし、私の友人、良い人ですよ」
  ……暗殺者だけど。
  「それに吸血病は病気です。ただの病気。つまり吸血鬼と呼ばれているのは皆病人です。彼らを恐れるよりも、その彼らの救
  済策を放置し狩るように進める帝国の法律に疑問を感じますね、私は」
  「……」
  「そりゃ餌として襲われたら、始末しますけど。……それ以外なら、別に私は気にしませんよ」
  「……」
  伯爵は無言のまま、私に座るように椅子を勧めた。お言葉に甘えて私は座る。
  ワイングラス二つをテーブルに並べ、芳醇な葡萄のワインを私のグラスに。そして別のボトルを手に取り微かに血の匂いのす
  る真紅の液体を自分のグラスに注いだ。ヴィンセンテの言うとおりか。あれは、血酒。
  チン。
  私のグラスに自らのグラスをぶつけ、右手で軽く掲げ、口に含む。
  「いいんですか?」
  「ああ、飲みたまえ」
  「いや、そうじゃなくて……」
  「構わんよ。大学の上層部と私は繋がっている。トレイブンの高弟なら、素性がばれてもさほど害にはなるまい。大学とはお互い
  に、そう共生関係だ。利用し合う関係と言ってもいい。利用し合う限り、私の身は安全だ」

  「……」
  「トレイブンと私は気が合うのだよ。ならば、彼の高弟のお前とも仲良くした方がいいからな。お前がいずれマスターになった時を
  考慮して今から良い関係を築いても問題はないだろう。……で何が聞きたい?」

  「調合方法と、高位の吸血鬼の居場所を」
  「調合方法か。それなら知っている。私と妻、共通の友人である魔女がな」
  「その方はどこに?」
  「それは教えられん。……いや教えてもいいが、調合方法は魔女の専売特許でな。聞き出せんよ」
  「そうですか」
  「しかし高位の吸血鬼の場所は教えてやれる。……始末しに行くか?」
  「伯爵さえよければその御首、頂戴いたします」
  「君は馬鹿か」
  「……馬鹿って……」
  「さて、高位の吸血鬼の場所。教えてもいいが条件がある」
  「わ、私の体ねっ! 吸血鬼+伯爵=女好きのエロ部長が方程式だもんっ! ……ああ、私奪われる……」
  「だから君は馬鹿か」
  「……すいません馬鹿と言う時に滅茶苦茶感情籠もってません……?」
  ふぅ。伯爵は溜息をつく。
  その時、気付いた。これだけ城の警備厳重で、極力側に使用人を近づけないという事は、皆知っている?
  「伯爵、皆知っているんですか?」
  「一部の信頼出来る者達は知っている。知っていて仕えてくれている」
  「へぇ」
  「お前のような考え方を持つ者がいるという事だ。素性を明かしたのは、そういう意味でもある」
  「それはどうも。……で、条件とは?」
  「治療薬が欲しい」
  「あっ、はい。私は別にいりませんから。レポート書ければそれでいいんです」
  「結構。取引成立だな」
  満足そうに笑い、自分のグラスの中身を飲み干した伯爵の口には、鋭い牙があった。
  ……血に塗れた鋭い牙が……。





  「ここ、か」
  場所はシェイディンハル南部。帝都から見れば東部に位置する。
  この辺りは未開の地が多い。
  そう、虫の隠者ヴァンガリルを撃破した迷子の洞窟もその未開の地のカテゴリーに含まれる。
  場所はレッドウォータ沼沢の洞窟。
  ここには強力な吸血鬼ヒンダリルがいるらしい。
  そいつが何をしてここに引き篭もってるかは知らないけど、かつて討伐に赴いた帝都軍の一部隊を単身で撃破したらしい。
  その後討伐を諦めた帝都軍は洞窟を封鎖。
  ヒンダリルは洞窟に閉じ込められているという。そのヒンダリルは高位の吸血鬼。
  ハシルドア伯爵が知っていながら、吸血病の治療薬を欲していながらヒンダリルを始末しなかったのは一つは遠いから。
  旅してる間に太陽の光で炎上したら事だからね。
  それともう一つが、ヒンダリルを倒せる人材が手元にいなかったからだ。
  同盟相手の大学に頼む?
  ある意味、大学は吸血鬼として絶大な力を誇るハシルドア伯爵を必要としているらしい。つまり、病が治り普通の人間になれ
  ば利用価値がなくなるから、というのが本音だろう。大学は手助けを拒否するに違いない。
  ……まっ、私は助けちゃう事になるわけだけど。
  洞窟の入り口には鉄が貼り付けてある。
  ……。
  ……強力な吸血鬼の割りに、こんなのどうにも出来んのか……?
  ……ああ、いや。外に出る意味がそれほどないのか。ここからは人里は遠い。高位の吸血鬼ほど、太陽の光に弱い。
  籠もっていた方が安全か。
  そして足を踏み入れる馬鹿な冒険者を貪るのだ。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィっ!
  入り口を塞ぐ戒めを破壊。
  さて、始めますか。



  ガッシャガッシャ。
  鋼鉄の盾を持ち、銀の剣を持った骸骨の兵士たちが私に向って突撃してくる。
  あの盾と剣。
  ……ふむ、帝都軍のものだ。となるとあの骸骨どもは例の撃破された帝都軍の部隊の成れの果て。
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!

  スケルトン撃破。
  スラリと私は剣を抜く。今日は冒険者ルックだ。と言っても鎧の類は纏わない。布製の服装。全身のコーディネートはエンチャント
  済みだ。対魔法戦においては無敵の服装に仕立て上げてる。
  指に嵌めている指輪には疫病耐性。
  剣は銀の剣に雷の魔法をエンチャントしてある。雷は、万能の威力を誇る属性だ。

  「血血血血血血血血血血血血血ぃっ!」
  「血血血血血血血血血血血血血ぃっ!」
  「血血血血血血血血血血血血血ぃっ!」
  ヒンダリルの下僕の吸血鬼どもが、久々に現れたお馬鹿さんの冒険者に襲い掛かる。
  柔らかい肌に牙を突き立て、温かい血を貪るのだ。
  ……出来ればね。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィっ!
  ストレートに決まり、自我の崩壊した吸血鬼三体は面白いほど吹き飛んだ。感電死はお嫌い?
  突然、闇の中から影が飛び出してくる。
  人の動きよりも吸血鬼の動きよりも素早い、獰猛な獣だ。ハイイロオオカミ。数は三。稀に吸血鬼はオオカミやネズミを支配する。
  横に剣を一閃。
  キャン。
  勢い余って突っ込んできたオオカミ一頭を切り捨てる。

  私は無言で突き進み首を刎ね、胴を払った。
  「血血血血血血血血血血血血血ぃっ!」
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!

  暗がりに潜んでいた吸血鬼を焼き払う。
  ふん。私に隙はない。まさに無敵、まさに完璧、まさに……美形♪
  おーほっほっほっほっほっ!
  全ての愚か者は私の足元に跪くのよぉーっ!

  「さて、邪魔者は消えた。……先に進むかな」
  レッドウォーター沼沢の洞窟。
  レッド、の意味は分かりかねるけど……まー、吸血鬼いるから血を意味するのかな?
  まあそれはいい。しかし、ウォータの意味はよく分かる。ところどころ雨水で浸水している。いや地底湖と繋がっているのか?

  じゃぶじゃぶ。
  私は腰のところまで冷たい水で満ちている道を歩く。
  ……ちくしょう。
  ……あまり気持ちの良い感触ではない。

  じゃぶじゃぶ。
  進む事数分。ようやく水の上に這い上がる事が出来た。うー、濡れて気持ち悪い。
  「……ん?」
  何か聞える。
  何か……そう、まるで忍び歩くような足音……。
  ぶぅん。
  私は後ろにそのまま、躊躇いなく倒れた。つぅっ。受身を取るけど、足元は石だから、痛い。
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  音のした方に炎の魔法を放つ。
  外れたっ!

  壁に当たり爆発、しかし巻き込まれた者はいないようだ。私は立ち上がり、剣を構えて周囲を見渡す。
  「……横かっ!」
  ぶぅん。
  耳のすぐ隣で剣を振るう音。あ、危ない。咄嗟に動かなければ、首がなかった。
  ヒンダリルだ。
  呼吸音は正常。自我の崩壊した吸血鬼なら、血に飢えてまともじゃないはずだ。もちろん下級全てが自我が崩壊している、とは
  言わないけどこの透明化している奴は戦い慣れている。完全に殺気を消している。
  そうそう、こんな芸当が出来る奴はいない。
  帝都軍の部隊を1人で撃破した吸血鬼じゃないと、まず出来ない。
  「煉獄ぅっ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  ミスったか。
  どうも当たっているという感触はない。例え姿を消していても、炎に包まれれば分かるはずだ。
  ……ちっ。
  私は来た道を元に戻る。
  ぶぅん。
  背中に、何かが掠る。くそ、少し斬られたか。
  どういう原理か知らないけど透明化すると服も武器も全て消える。切っ先が見えない以上、剣で勝負なんて出来ない。
  「はあはあ」
  じゃぶじゃぶ。
  再び水の満ちた道に。
  じゃぶじゃぶ。
  調子に乗って追いかけてくるとは……愚か者めっ!
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィっ!
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  まともに電撃の洗礼を受けたヒンダリルは黒コゲとなって具現化、水の上に浮いた。
  ……馬鹿め。
  水を掻き分ける音、そして水の中を動く際に生じる揺れ動く水面。
  透明化しようとまる分かりだこのど素人め。
  「さて、灰も手に入った。スキングラードに戻りますか」





  スキングラードに戻ると、ハシルドア伯爵に全ての材料を手渡した。
  ヒンダリルを倒せる者がいるとは、と感嘆するところを見ると私が死ぬと思っていた節もある。
  利用されてる?
  ……そうね、体よく利用されてるわねぇ。
  魔女も既に来ていた。多分、あの老女が魔女なのでしょう。根回しのよろしい事で。
  伯爵は魔女と知り合いだったのだ。
  つまり作り方は熟知していた。最後の灰だけを、手に入れれなかっただけで……ちっ、私は動かされていただけか。
  まあ、いい。
  それから一日。それだけの時間が調合に掛かったのだ。
  レポートに書く都合上、調合方法が知りたかったものの秘伝だから、と魔女に言われシャットアウト。
  観念し、部屋でくつろぐ事にした。
  私が伯爵に提供された部屋で眠り、朝食を取り、お風呂も堪能し、髪を梳かしているとアルゴニアンの執事に呼ばれる。
  「薬の調合が終わったようです」
  「ありがと」

  案内された場所は、城の中庭。兵士は誰もいない。
  ……いや、故意にここの警備にはいないのか。
  執事が壁を触ると、壁がせり上がって入り口が現れる。大層な仕掛けですことで。
  「こちらです」
  促されるまま、私は中に入る。執事は……は入らないようだ。
  私が扉をくぐるとがたぁん、と大きな音が後ろでした。なるほど、仕掛けを元に戻したのか。
  ……まさか私を生き埋めにする?
  ……伯爵は手にする物を手にしたし、私は邪魔だから?
  ははは。私はすぐ、無邪気に心の中で笑った。
  この先で話し声が聞える。最低でも2人だ。1人はハシルドア伯爵。もう1人は……魔女。
  声の方向に歩いてみよう。

  いや、声を辿るまでもない。明るい光が向こうに満ちている。私はそこに向って歩く。
  「……ああ、来たか」
  ハシルドア伯爵はそう呟いた。
  大きなベッドが一つある。そう、開けた場所にポツンと一つ。その場違いなベッドに横たわる、一人の美しい女性。
  ポツリと伯爵は言った。
  「妻だ」
  「奥様?」
  「君はよく理解してくれている通り、吸血鬼は病気だ。私と妻は旅行中に吸血鬼に襲われ、感染した。五十年も前の話だ」
  「……」
  「私は吸血鬼としての人生を受け入れた。しかし妻はその呪われた人生を受け入れる事はなかった。私は何度も説得したよ。何
  度も、何度も。しかし妻は絶望し、生きることすら拒絶した。……ははは、君に分かるか? 頭が生きる事を否定するのだ」

  「……」
  「自分の命を妻は、否定した。頭で、心で否定した。妻はいつしか生きる屍となった。それで私は求めたのだ、治療薬を」
  「……」
  掛けるべき言葉が見つからない。
  魔女が完成した薬を、薬の液体の入った瓶を手渡す。
  「妻よ、私の愛しい人よ。眼を覚ましておくれ」
  「……あなた?」
  「そうだ、私だ。愛しい人よ、眼を覚まし、どうか私に笑いかけておくれ」
  「……どうして眠らせておいてくれないの? 私は、私はあなたのように割り切れない。呪われたこの運命を受け入れてなお生きる
  なんて出来ない。ああ体が痛い、心が痛い。眠らせて、自分だけの世界に浸らせて……」

  「もう苦痛に苛む事はない。この薬を飲めば、解放される」
  「……治療薬を……?」
  「ああ、君の為に持ってきたよ」
  「……ありがとう……」
  伯爵と夫人は口付けを交わした。そして夫人は勧められるがまま、その薬を飲み干し微笑みながらベッドに倒れた。
  ……えっ?
  伯爵は泣いている。
  ……えっ?
  「これは治療薬じゃないのっ!」
  「奥方様は自害なされた。しかし吸血鬼としての生命力で、死ねなかった。直後に吸血鬼としての力を呪い、封じ、眠りにつか
  れていた。治療された今、吸血鬼の生命力は消え致命的な傷だけが残る人になった。永遠の、眠りにつかれたのです」

  「そんな馬鹿な事っ!」
  「奥方様はそれを知った上で、伯爵様もご同意の上で飲ませたのです」
  「傷を治してから……っ!」
  「既に不可能でした。心で自らの命を否定した時から、あのお方は死んでいたのです。ただ、吸血鬼としての力が生かしていた
  だけ。どうせ眠るならば苦痛よりも安らぎを与えたい、それが伯爵様の愛なのです」
  「……愛って、そんなもの? ……そんな……」
  私には愛なんて分からない。
  夫婦の愛も。
  ……誰かの愛し方も。こんな悲劇的な終わり方も、また愛がなせる事?
  ……愛ってなんなの?
  「フィッツガルド・エメラルダ」
  「何?」
  「君はよくやってくれた。薬はまだ数回分残っている。持って行きたまえ。調合法は教えられないが現物さえあれば証拠になるだろ
  う。治療薬は実在するとな。薬は、君のものだ。好きに使いたまえ」
  「調合法を知る者として、一つ助言を与えましょう。感染していない者が飲めば抗体が出来、生涯吸血病に感染する事はありませ
  ん。貴女は冒険者、ならばこれ以上の報酬はないでしょう」
  手渡された薬に満たされた瓶を見て、私は伯爵に言う。
  「あなたは治さないの?」
  「難しいところだな。完全に体全体に吸血病の菌が浸透している以上、飲めばどんな副作用が出るか分からん。それに私には理
  解者が側に仕えてくれている。別に今のままでも構わんさ。……永遠に妻を弔えるのは、捨て難いしな」
  照れ臭そうに笑った。
  私も微笑む。
  結婚する気はないけど、夫婦というのも捨て難い。
  「そうだ君にもう一つ、報いる術があるな。実は借金の抵当としてローズソーン邸という屋敷を領主として接収してある。それを君
  に譲ろう。面倒な書類作成や手続きはこちらで済ませておく。君は即座に屋敷に入って暮らすだけでいい」
  「ありがとうございます」
  「これで、私の身は安泰だな。……ふふふ。ヒンダリルを倒すほどの実力、さすがはトレイブンの弟子だ。君がマスターになって
  くれれば今後の大学との関係も良好だな。もっとも君にはトレイブンにない馬鹿さがあるが」
  「なっ!」
  「おおっと、失礼。馬鹿さではなく若さ、の間違いだ」
  「嘘だ嘘だ絶対嘘だぁっ!」





  レポート作成。
  アルケイン大学復帰の為のレポート作成が、いつの間にかかなりの大冒険になっていたけど、それはそれ、だ。
  私の作成したレポートには薬の調合方は書かれていないものの、綿密な下調べや材料などが事細かに記載され大学評議会でも
  高い評価を受けた。何よりも重大だったのが治療薬の存在。それも実物だ。
  大学は今後、治療薬の成分を研究し、実用化に向けることだろう。
  ……それでも、十年以上は掛かるだろうけど。
  薬?
  私、一口頂きました。おーほっほっほっほっ、これで抗体が出来て私は吸血病には感染しない。
  ふっ、対吸血鬼戦でももう恐れる事なぁいっ!
  また一つ無敵に近づいたわね、私。
  ……まっ、ムカつくのはラミナスよね。彼に提出し、評議会に回してもらう際にレポート足しやがった。
  そう、ラミナスも研究していたのだ。
  私とラミナスの共同研究にいつの間にかなってたけど……まあ、ラミナスの調べた部分がなければここまで高評価にならなかっ
  ただろうからよしとするか。スキングラードにメイド付きの豪邸手に入れたしねぇ。
  こうして、私はアルケイン大学にめでたく復帰しましたとさ。
  めでたしめでたし♪