天使で悪魔




孤独な放浪者




  人が人たる所以。
  愛。
  家族愛。

  もちろん獣には獣の愛がある。哺乳類的な動物には、伴侶をもつモノもいるし子供を愛するモノいる。
  しかし私は思う。
  人のように、複雑な感情を動物は有しない。
  それが高等なのか。
  それが下等なのか。
  優越の証拠なのか劣等なのか、分からない。もしかしたら濃厚で濃密な関係や感情などハンデなのかもしれない。

  しかし、私は思うのだ。
  それが人が人たる所以だと。
  そこが獣との違いだと。

  人が人たる所以、濃密で濃厚で、煩わしいまでの人間関係。緊密で束縛的な世界観。
  ここには、それがある。
  私はフィッツガルド・エメラルダ。凄惨な過去を持つ女。私以上の過去を持つ者は、そうはいない。
  アントワネッタ・マリーもまだまだだ。
  だから思うのだ。
  ここには家族愛がある。歪んだ、禍々しい、血の匂いのする家族愛。
  ……それでもいつしか溶け込んでいる自分がいる事を、私は確かに感じていた……。
  ……私は今もそこに……。




  「妹よ。熱心ですね。しかし、貴女に対する任務はもうありませんよ」
  「あら残念。不景気なの?」
  シェイディンハルの聖域。
  私はアダマス暗殺の手はずが整ったか、毎日の日課として聞きに言った時、まずヴィンセンテにそう言われた。

  ……私は仕事熱心なビジネス的なウーマンか……。
  ふと気付けば、いつも仕事を押し付けられていた気がする。
  まあ、それはいい。
  「貴女との関係は終わりました」
  「……お兄様……私の体に飽きたのね……」
  「相変わらず面白い冗談をどうもありがとう」
  「……すいませんお兄様その感情が一切こもらない絶賛は何……?」

  「妹よ。貴女は階級的に既に私ではなく、オチーヴァと仕事が出来るほど高まってます」
  階級?
  そんなのあったのか。あんまり気にしないで、暗殺抹殺してたなぁ。
  オチーヴァから仕事を受けろ、という事なのだろうけど……それは名誉な事なのだろうか?
  「今現在オチーヴァから任務が受けられるのはテレンドリルだけですね」
  「へー。じゃあ、名誉なんだ」
  「そうですよ、妹。胸を張って仕事を受け、標的を楽しんで抹殺しなさい」
  笑顔で言える話題でしょうか?
  実ににこやかな吸血鬼。
  まっ、こいつらにはこのノリが普通なんだろうけど……って、おい。私は仕事を請けにきたわけじゃあ……。
  ……ま、また利用されるわけね。
  確かに暇だけどさ。
  私は踵を返し、ともかくオチーヴァに暇潰しの仕事を受けに行く事にした。
  ……暇潰しの仕事、ね。
  そんな私もとっても暗殺者♪
  「待ちなさい、妹よ」
  「何?」
  「あなたは実によく私に仕えてくれました。兄として、嬉しく思いますよ」
  「それはどうもご丁寧に」
  「それに対して何か礼がしたいのです。……その、どうでしょう、私の伴侶になりませんか?」
  「……」
  は、伴侶?
  つ、つまり私を嫁さんにするって事?
  「ど、どうでしょうか、妹よ。わ、私の永遠の伴侶になりませんか?」
  「いや、その、あの」
  「妹よ。永遠に、共に生きましょう」
  ……永遠……。
  「ああああああああああああああああんたつまりは私に吸血鬼になれという事か却下よ却下っ!」
  ……あ、危ねぇ。
  ……つ、ついトキメキ……はしてないけど、危うく言葉のマジックに引っ掛かるところだったー。
  なんて危険な罠。これも孔明の仕業ねっ!
  おおぅ。
  「残念です、妹よ。家族を超える、間柄になれると思ったのに」
  「悪いけどそんな越え方はしたくないわよ」
  「何故?」
  「そりゃ血を摂取しなければ顔が老ける崩れる、太陽は浴びれないわニンニクが嫌いになるわ……最悪じゃんか」
  「ふむ。最近の若い者の考える事はよく分かりませんね」
  「い、いや昔の人も進んで吸血鬼になろうとはしなかったと思うけど」
  「まあ、いいでしょう。それに、アントワネッタ・マリーに恨まれる事にもなりますしね。はははははは」
  「……すいません彼女の名前出すのはやめて頂けませんかトラウマなんで……」
  懲罰房での一夜。
  ……。
  ……。
  ……。
  記憶から消去マスコミにも情報を規制します私は黙秘権を行使しますっ!
  ああああああああああああああああああああああああああああああああああ過去には触れないでぇーっ!
  ……ちくしょう。



  ヴィンセンテと別れ、オチーヴァの私室に。
  ちょうどテイナーヴァ、双子のアルゴニアンの男の方が談笑に来ていた。
  「ああ、よく来ましたね妹よ。ヴィンセンテから聞いたでしょうが、今後の任務は私が差配します」
  「はーい」
  「では早速任務を受けますか受けますね受けるのですねそれは良かった」
  「……すんません何も言ってないんですけど……」
  テイナーヴァが含み笑いをする。
  目でそんな彼にオチーヴァが黙るように合図する。
  テイナーヴァは椅子に座って私とのやり取りを傍観するらしくニヤニヤ。
  変なトカゲの双子だ。
  「今回の任務の舞台は帝都です。貴女にはハイエルフを抹殺してもらいます」
  ハイエルフ。
  卓越した魔力を誇る、高貴なるエルフ。その魔力、種族として優遇されまくり。全種族最高だ。
  生まれながらにそれだけの差がある。
  それは天才とか努力とかでは補えない、種族としての大きな差。
  有史以前、アイレイドが栄えたのもそんな種族的な生まれながらの特権的な魔力のお陰だ。
  さて。
  「標的の名はフェイリアン。帝都のどこかを彷徨っています」
  「どこ?」
  「どこかです」
  「……私に探せと……?」
  「今回の任務は多少探偵的な要素があるのは事実です。我々が分かっているのは帝都に住んでいる事、ハイエルフである事、
  名前がフェイリアンである事。しかし無理ではないでしょう。ここまで分かれば、見つけるのも不可能ではない」
  「面倒だけどね」
  「それと帝都で仕事をすると喜ばない者がいます」
  「誰?」
  「ダークブラザーフッド壊滅を志す高潔なる帝都軍総司令官アダマス・フィリダです。彼に悟られてはいけませんましてや襲撃
  などもってのほか。下手な仕事をして嗅ぎ回れる事のないように。分かりましたね」
  「はーい」
  多少の嫌味も込められている。
  ああ、いや、悪趣味なユーモアか。まあ、なんでもいいわ。
  確かにあのおっさんは憎いけど、名前聞いただけで取り乱して悪態つくほど、興味もないのよ。
  舐めた事をしてくれた。
  だから殺すの。
  でもね、殺そうと思えばいつでも殺せるの。そこが、今取り乱さなかった理由。
  闇の一党に属しているのはあくまで私の身が綺麗でいる為だけに在籍し利用しているだけ。
  だから、ここで殺さないと次がないー、という危機的な気持ちはない。
  あっちが談笑してきたら、私は談笑するわよ。
  普通の時は普通の顔。
  暗殺の時は暗殺の顔。
  私は使い分けれる自信がある。本当に強い者は、どんな時でも慌てないもの。
  そんなものよ。
  ……だからね、たまに思う。この聖域の中で私が一番殺し屋らしい殺し屋だってね。くすくす。
  「屋内での殺しがいいわねぇ。それもただの殺し、つまり闇の一党が絡んでいない殺し方をしなさい」
  ……どんな殺し方よそれは。
  テイナーヴァが口を挟む。
  「標的がハイエルフなら比較的簡単だ。帝都のハイエルフは一種独自のコミュニティを形成しているからな。ハイエルフの誰から
  聞けば、容易に場所が聞き出せれるはずだ」
  「へー、そうなんだ」
  そりゃ知らなかったわ。
  確か帝都のどこだっけな……タイバーセプティムホテルという高級ホテルがあったわね。タロス地区だっけ?
  そこのオーナーはハイエルフ。名前はオーガスタだっけな。
  美人がいるって前に帝都軍巡察隊にいる時聞いた事がある。うん、確かオーガスタ。
  あそこはハイエルフの客が多い。
  なるほど、そういう社交の場を形成しているのは知らなかったわ。
  まずそこに顔を出してみよう。
  「ありがと、テイナーヴァ。参考になったわ」
  「これぐらい任せろ、フィー。それよりも一つ聞きたいのだが……」
  「何?」
  「あの懲罰房での夜、アントワネッタ・マリーと何してたんだ?」
  「いやああああああああああああああああああああああああオチーヴァ何とか言ってよプライバシーだって言ってやってっ!」
  「聖域管理者として詰問します。……2人で何してました?」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃあんたもか興味津々かこのトカゲどもめぇっ!」
  おおぅ。



  まだ、聖域にいる。
  私は着替えをする為に、私物の入った箱を開けて着替える。夜の任務の時とかは気分出るしそれ以上に闇に同化できるから黒い
  服を選ぶ。でも今回はまず聞き込みからだ。
  別に黒い服来てる=暗殺者、なわけではないがやっぱり少し浮く。
  久し振りにお洒落して、で帝都を歩きながら店の冷やかしでもしよう。腰には短刀。炎の魔法をエンチャント。
  「フィー♪」
  ぞくぞくぞくぅっ。
  鳥肌が立つ。振り返ると……アントワネッタ・マリーお姉様。そうなんです、お姉様なんです。
  ……意味は詮索しては駄目です想像しても駄目です。
  おおぅ。
  「仕事?」
  「帝都に仕事に」

  「どんな仕事?」
  「ハイエルフの暗殺。屋内で殺せとオチーヴァに言われたけど、さてどうしたものか」
  「ねっ、ねっ、良い方法教えようか?」

  「良い方法?」
  「まずその男の好みを調べるの。でね、屋内に誘い込むのよ。会話次第で人気のないところに連れ込む事出来るでしょ。うふふ♪」
  エロかお前は。
  なんだかんだでこいつはやっぱり暗殺者。
  まあ、別にその生き方を否定はしないけどさ。それはそれで、生き方だ。需要がある時点で立派にね。
  オークのゴグロンが口を挟む。
  「おいおい真っ向から殺れよ場所は、まあアントワネッタの言う人気のない場所でもいいけどな。がっはっはっはっはっ、お互いの呼
  吸音が聞えるほどの近くで、真っ二つにしちまいな。そういう仕事ばっかりなら、楽しいんだがなぁ」

  「……豪快ねゴグロン」
  「がっはっはっはっはっはっ!」
  ……戦士ギルドなら喜んで受け入れてくれただろうに。
  豪快で陰湿さのない、オークの戦士。これで暗殺者でなければ……ふむ、一流の戦士でも通るのに。
  ちなみにさきほどヴィンセンテに聞いたところ彼が一番任務達成率が低いらしい。
  納得。

  「あら何、屋内での暗殺の話?」
  テレンドリルだ。
  私服姿……でも弓矢は背負ってる。何かの捜査をしているらしいけど……街娘、じゃないわね。
  どちらかというと狩人。
  街をうろつくにはかなり違和感あると思うけど。
  「屋内で殺す、のはもっともだけど場合によっては人気のない路地とかで狙撃するのもいいかもね」
  「参考にさせていただきます」
  弓矢の扱いに長け、それに対して誇りを持つボズマーらしい意見だ。

  ……暗殺の話を抜けばね。
  「まっ、ともかく行ってきます」
  「頑張れよ」
  「シシスの加護を」
  「待って、フィー」
  「何、お姉様?」
  「行って来ますのチューは?」
  「……すいませんお姉様もうマジ勘弁してください……」
  おおぅ。







  帝都タロス地区。
  帝都随一とも言えるアイレイドの遺産コレクターである大富豪ウンバカノの豪邸があるのも、この地区だ。
  裕福層が多い地区。

  まず、タイバーセプティムホテルで聞き込みでもしますか。
  「あらトレイブンの子猫ちゃん」

  「うっわ久し振り」
  カラーニャ。
  アルケイン大学の評議員の1人で、マスタートレイブンの腹心。そうか、この女もハイエルフだっけ。
  「子猫ちゃん、じゃあ急ぐから」
  「はっ?」
  待て待て待て待て待てっ!
  すたすたと歩き去る。私はその後姿を眺めながら……私世間的には死んでるのよね、と心の中で自問自答。
  皇帝を救った(最終的には失敗したけど)報酬としてボーラスが死んだ事にしてくれた、と私は認識してる。
  もしかしたら理由は違うかもしれない。
  ともかく、私は死んだ事になってる。死んだ人間は罪科を抹消される。もう罪の書類はないだろう。
  戸籍?
  そもそも私に戸籍なんかないわよ、オブリの彼方に転送されて十歳まで暮らしてたんだから。
  その後、ハンぞぅに召喚されて大学で暮らしてたけど、多分私には戸籍はないんだと思う。気にした事ないし特に支障はないから、そ
  の辺りはどうでもいいのよ。まあ多分年金もらえないだろうけど。
  ああ私は未納。
  でもいいんだ。支払ってても未納扱いされる今日この頃。それに私の将来は比較的安泰だし。
  冒険者は儲かります。
  暗殺者は儲かります。
  魔術師でいる限りはアルケイン大学や各都市の魔術師ギルドで衣食住には困る事はないし、最近戦士ギルドで幹部待遇で迎えられてる。
  ふっ、私の老後は安泰ですなぁ。
  ……で、何でその話に……?
  と、ともかく死んだ事になってる割にはカラーニャは反応薄い。まあ、そもそも仲良くないけど。
  この仕事終わったら、一度大学に顔出してみよう。
  さて。
  「高級ホテルにレッツでゴー♪」
  何となく生きた年代を特定されるような古い言葉を口にして、私はホテルの扉を開けた。
  ……へぇ。
  思わず感嘆。着飾ったエルフ達が大勢いる。
  どうもこのホテルに来るのはハイソサエティなハイエルフのステータスらしい。
  ハイエルフは有史以前の統一国家アイレイドの末裔。直系、ではないものの自らの地に絶対的な誇りを持っている。
  ハイエルフのハイは高貴、という意味と同時に傲慢という揶揄でもある。
  アイレイドはとうの昔に当時奴隷だった人間の反乱により崩壊し、今現現在の帝国の皇帝(は死んだけど)がインペリアルという事も
  あり、インペリアルが特権階級として存在している。
  しかし、それは建前だ。
  遥かに長命なハイエルフが幅を利かせている。
  命が長い、という事は知識を蓄えるに優れている事であり、また元老院の総書記で現在治世の権を振るっているオカートもまたハイ
  エルフなのだ。この世の春、ではあるわね、昨今の情勢はハイエルフにとって。
  「ハイ」
  私は1人の男性ハイエルフに声を掛ける。
  もちろん、ハイエルフだけではない。さすがに客にカジートやアルゴニアン、オークといった外観的に人ではない連中(種族としてのカ
  テゴリーは人だけど)はいないけど、インペリアルもブレトンもいる。
  少なくとも私だけ場違いな場所にいる、わけではない。
  「何か用かい、ブレトンのお嬢さん」
  「すいません、フェイリアンという人を知りませんか?」
  顔色が変わった。
  怒り、というより気分を害した、という感じか。私にではなくその者の名に対して。
  ……嫌われ者か。
  「フェイリアンはここに長期滞在している。聞きたいならオーナーのオーガスタに聞く事だ。それと」
  「……?」
  「フェイリアンには近づかない方が良い。お嬢さんの為だ」
  意味が分からない。
  強い、という意味か。……いやそれだけなら嫌われる要因にはならない。粗暴、という事かな。
  「ありがと」
  「君のような華奢で可憐な女性を気遣うのは男の務めさ」
  何人にその言葉を吐いた事やら。
  なおも何か喋ろうとする男に丁重にお礼を言って分かれ、オーナーのオーガスタに話を聞く事に。
  オーガスタはハイエルフの美人。
  なるほど、噂になるだけはあるわね。素敵な淑女だ。
  ……まっ、私の次に美人よねぇ。おーほっほっほっほっほっ♪
  「フェイリアンについて聞きたいんですけど」
  「フェイリアン? ……何かされた?」
  何かされた、ね。粗暴で間違いないみたい。
  「そうじゃなくて、私は……」
  「ああ別に理由は何でもいいのよ。で、フェイリアンね。彼はここに住んでるけど、正直生きてる意味はないわね」
  「はっ?」
  「アトレーナ……ああ、フェイリアンの恋人よ。かなり裕福なんでしょうね、彼女。フェイリアンのために惜し気もなくお金を使ってるわ。彼
  女がフェイリアンに何を見出し、何に惹かれてるのかは分からないし、きっと私には永遠に解けないわ」
  「そんなに酷い奴、なの?」
  「昔は紳士だったのよ、お金も持ってた。……でもね、スクゥーマに溺れて破滅したの。自業自得だけどね」
  「……」
  それが嫌われる理由、か。
  スクゥーマ。麻薬だ。カジートが持ち込んだ、中毒性の高い薬。しかし当のカジートにしてみれば別に害はない飲み物。
  ようは肉体的な差だ。
  エルフも人も、まあ人間種。対してカジートはネコだ。肉体的器官の構造も違うのだろう。
  カジートはスクゥーマで死なないし中毒にもならない。だから、連中に使用の罪悪感もなければ持ち込む罪悪感もない。
  それが今シロディールで蔓延している。
  カジートにはただの薬でも、人間種にしてみれば毒以外の何物でもない。
  「今じゃフェイリアンはここにはあまり寄り付かない。……アトレーナと寝る時以外はね。それ以外は街をふらつきスクゥーマを買い
  漁るか、スクゥーマをやってるかのどちらかね。どっちにしろ、あいつの命もそう長くないよ」
  何故、そう断言できるのか?
  ……依頼人は彼女?
  それもありえる。薬中なのが泊まってるのは、ホテルの品格に問われる。
  「あの、フェイリアン見ませんでした?」
  ハイエルフの女性が、おずおずと私と会話をしているオーガスタに声を掛けた。
  オーガスタの眼が語っている。
  彼女が恋人の、アトレーナか。さて、どう声を掛けよう。
  「貴女がアトレーナさん?」
  「ええ、そうですけど……」
  「私はアルケイン大学のフィッツガルド・エメラルダ。スクゥーマに関して、研究しているものです」
  はっ、とする顔をした。
  魔術師ギルドの研究の一つに摂取し体内に残るスクゥーマの中和、つまり薬物中毒状態の者を救う為の研究が行われているの
  は広く知られている。私は、一切関係ないけど。
  しかしアトレーナはそれを聞き、突然泣き出した。なだめる私に、どうか部屋に来て欲しいと言う。
  話があるのだと。
  部屋に、ホテルの一室ね。アトレーナの借りている一室には、大きなベッドがある。枕は二つ。
  なるほど、ここで夜を共にするわけか。
  「……どうしていいか分からないんです」
  「フェイリアンの事?」
  「彼も昔は素敵でした。紳士で、優しく、美しかった。……でも、でも今の彼は変わってしまった。スクゥーマだけなんです。今の彼が
  関心があるのは。そして失ってしまった。財産も、容姿も、自分自身も、私に対する……感情も……」
  「……」
  なら別れなさいあんた地獄に落ちるわよ、とはさすがに言えない。
  当事者の問題だ。
  なるほど、確かに意見は出来る。しかし結果として結末を出すのは二人だ。私が断定すべき事じゃない。
  ……それに、私には愛は分からない。専門外よ。
  「フェイリアンは街をふらついています。一度、後をつけたんです。ロルクミールという人の家に行ってました」
  「ロルク……誰?」
  「さあ、そこまでは。エルフガーデン地区にあるんです、その家。その家の中で数時間、過ごした後に私のところに来るんです。私と、そ
  の一夜を共にする為に。でも私に対する愛はもう、ないんです。ただ、抱きに来るだけ」
  「そう」
  「彼は、救えるんでしょうか?」
  まっすぐと私の瞳を見据える。
  ……依頼人は彼女か。それもまた、ありえる。変わっていく最愛の人が恐ろしいのだ。
  ……自分の中の彼のイメージが壊れていくのが怖いのだ。
  「何とも言えないわね。まず、彼がスクゥーマをやめる努力をしなきゃ」
  「そう、ですね」
  もっとも既に末期なら救いようがないけど。
  治療にしても、やめる意思にしても、既に手遅れだ。末期なら、廃人とそう変わらない。いや自我的なものがまだ存在し健康なだけに
  厄介かもしれない。私も、彼女の瞳を見返しながら言う。
  「一つだけ聞かせてください。彼を、愛してる?」
  「愛してます。誰よりも。だから、もう終わりにしてあげたいんです。これ以上狂わないように」
  「そう」
  「貴女は優しい良い人ですね。彼の事、よろしくお願いします」
  言っている意味は、二つに取れる。
  私を大学の人間で、いや大学の人間だけど、ともかくスクゥーマの彼を救いに来たと。
  そしてもう一つは……。
  「アトレーナ」
  「……」
  「救うわ、約束する。だから、貴女だけは信じて、愛してあげて」
  「……はい」
  きっと彼女は気付いてる。
  私が暗殺者だと。アトレーナ自身が呼んだ、暗殺者だと。
  ……おかしな気持ちね。
  ……殺しにお礼を言われるなんて。



  複雑な気持ちで、エルフガーデン地区に足を運ぶ。
  まあ、複雑な心境でも殺る事は殺るけど。
  衛兵に、聞こうとも思ったけどロルクミールの家でフェイリアンを暗殺する事に決めた為、衛兵に聞くと今後に何か影響すると判断し私
  は側を歩いていたウッドエルフに尋ねる。偶然とは怖いものだ、尋ねた場所のすぐ目の前にあった。
  コンコン。
  ノックをするも反応なし。ノブに手を掛けても、やはり開いていない。
  さてどうしよう。
  その時……。
  「わあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  喧騒に包まれる。
  絶叫をあげて逃げる人々。
  ……?
  見ると純白の鎧を着込んだ……アダマス・フィリダ。あの老いぼれが、すぐ近くで襲われていた。
  襲ってるのは囚人服の男。手には鉄の剣。
  「よくも俺を牢に入れてくれたなっ! 護ってくれると思ってたのにっ!」
  「捕らえよ。抵抗すらなら斬殺も許可する」
  「何の為に今までお前に賄賂……っ!」
  「殺せ」
  衛兵達は脱獄して来たであろう男を、アダマスの号令の元に斬殺。……いや、惨殺。
  終わった時、人相の判別すら出来なかった。ズタズタだ。
  しかし私には分かる。あの囚人、オーデンスだ。確か、そんな名前だったと思う。汚職衛兵隊長だ。
  自分が任命した衛兵隊長の汚職を揉み消す為に、告発した私を地下牢獄に閉じ込めて衛兵隊長を護ったものの、市民の告発はさす
  がに揉み消せないらしくあっさりと切り捨てた。もちろん、その考えはあっている。
  汚職を隠すのは上司としていかがなものかと。
  だから、オーデンスの件は妥当よ。
  今の賄賂云々は、衛兵隊長になる為にオーデンスから送ったのかアダマスが要求したのかは知らないけどね。
  そこはいい。
  私が殺意を抱く理由は、あの爺は私を腐らそうとした。
  自分の権威を護る為に。
  そして身内を護る行為が失敗しても、私を出そうとしなかった。ふん、後悔させてあげるからねぇ。くすくす。
  グイ。
  一連のパフォーマンスが終わり、アダマスと衛兵達が去り、見物人達も早足に去った後、誰かが私の肩を触った。
  「……っ!」
  思わず息を呑んだ。
  その人物は、頬は痩せこけ、髪は……まあ遺伝なのか知らないけど禿げ上がっている。ハイエルフだ。
  寿命が長い連中の歳は正確には分からないけど、肌見る限りはまだ現役だ。
  問題なのが眼。
  まるで眼だけが別の生き物のように、ギョロギョロと動いている。私を見ているかすら怪しい。
  「……お前……お前……俺と仲良くしたいのか……うけけけ……?」
  「それは、どうかしら」
  「仲良くしてやってもいいぞ。だって俺達、友達だもんな」
  「そうだった?」
  酔ってるのか、と思ったけど酔ってるにしては病的すぎる。
  これはまさか……ふむ、多分私は運がいい。こいつがフェイリアンだ。よっぽど前世で良い事をしたのだろう。
  まっ、現世の私にそれが分かるわけないけど。
  「貴方フェイリアン?」
  「おーおー、やっぱり俺達友達だったか。うけけけ。友達は友達の望むものをあげなくちゃならん。お前、持ってるか?」
  「当然」
  私は砂糖一杯含んだあまぁい微笑をフェイリアンに見せる。
  何が言いたいかぐらい、心得ている。
  秘密めかして彼の耳元で囁いた。
  「スクゥーマ、手に入れてきたわ」
  「おお、おお、そうかそうかぁ。うけけけけ。この家で一緒にやろう、ここなら誰の邪魔も入らない。天国へ行こうぜうけけけけぇ」
  スクゥーマやめますか?
  それとも人間やめますか?
  ふん、聞くまでもない。こいつは既に人間やめてる。オーガスタの言う事は正しい。
  私が手を下さなくてもこいつは死ぬ。
  自壊してね。
  それでも、依頼は依頼だ。私が幕を下ろしてあげよう。その無意味な人生を。
  「ここは貴方の家?」
  「おお、おお、そうだ、そうだ。昔ここの家の奴は俺にスクゥーマをくれたんだ。でも最近、家の地下で腐ってるぅ。友達のお前にだけ
  言うけど、俺が殺したんだ。……うけけけ、騙された騙された? 勝手に腐ってるんだ、あいつ。変な奴だなぁ」
  狂ったように笑いながら、ロルクミールの家に招き入れてくれる。
  ここなら誰にも漏れる事はない。
  ……しかし。
  「アトレーナ、まさか……」
  ありえない話じゃない。
  彼女はこの家の存在を知ってる。考えようによっては、スクゥーマ仲間の……一緒にやってるのか、売人なのかは知らないけどロル
  クミールを殺す事でフェイリアンのスクゥーマ狂いをやめさせようとしたのかもしれない。
  ……もちろん、憶測だが。
  さて、もういいだろう。私は狂ったように哄笑を続けるフェイリアンに宣告する。
  「お前の魂をもらう」
  「いいよ」
  「……はっ?」
  「その代わりお前の魂を俺がもらうぅ。うけけけけ、喉から手を入れて魂取り出してお互いに入れ替えっこだぁ、うけけけけけ」
  「……」
  救われない。
  こいつ自身も、アトレーナも、誰も救われない。
  ……お前が生きている限りは。
  「慈悲で殺してあげる。死ね」



  私のした事は殺人。
  それを否定しないし、自分でも認めてる。私は人を殺すのに躊躇わない。
  でも、思うのだ。
  これは救いでもあるのではないかと。
  あいつは死ぬ事でしか救われない存在に成り下がっていた。全能な神様なんか存在しない、存在するならばこの世界に不幸
  という要素もなく誰もが笑っているはずだ。そして、暗殺者達もいないはず。
  神様なんていない。
  だから、私は思うのだ。こんな歪で混沌とした、美しくも残酷な世界だから、死んで救われる者もいるのだと。
  ……ふと、漠然としながらも考えていた。
  ……ふと、漠然と……。