天使で悪魔




暗殺された男




  代価。
  全てのものには代価が必要となる。無償のものなど何もない。
  時間。
  金銭。
  生命。
  正気。
  ……。
  数多の物事には、それぞれの代価がいる。
  闇の一党が求めるものは、生命に他ならない。金銭的なものはあくまで付随。
  魂を刈り取り、闇の神シシスに捧げ、夜母の狂気を満たす。
  その為の殺戮であり暗殺だ。
  代価は何を支払う?
  誰かの死を望む時、代価を選べるとしたら何を支払う?
  ……代価は……。




  「大量大量っとー♪」
  どさどさぁー。
  私は戦利品を、机の上にぶちまけた。いやぁ久し振りだけど、良い運動になったぁ。
  洞窟探索。
  厳密には洞窟荒らし、と言う。
  シェイディンハルの西、街道沿いに行ったところにある『不毛の洞窟』を襲撃した。ヴィンセンテに言ったら怒るだろうか?
  不毛の洞窟は吸血鬼の巣窟。
  問答無用に吹っ飛ばしてきた。吸血鬼に基本的人権はないのだ。
  いや私の偏見にあらず。
  帝国の法律でそうなってるのだ。ともかく、消し炭にしてきた。私の炎の魔法で焼き尽くしたのさー♪
  「なんだそりゃ?」
  「灰よ」
  「見りゃ分かるぜ、それぐらいは。で、何にするんだ?」
  オークのゴグロンが変な顔をして問いかけてくる。
  机の上にあるのは全部灰だ。遺灰。それも吸血鬼の、ね。
  お忘れでしょうか私はアルケイン大学の優等生。錬金術は既にマスタークラス。
  吸血鬼の遺灰から薬を作るのだ。
  他にも色々摘んで来た草花、怪物の内的器官などなど。そこから薬や毒を作り出す事が出来る。
  売ればかなりいい金額になるし、元手はいらない。
  まさにぼろ儲け。
  帝都軍にスラム街の家没収されたからね。その他資産も色々。
  そろそろ新しい生活の為の資金集めも必要だと思ったのだよ、私。
  それで今日は冒険してきた。
  「私、錬金術師でもあるからね。薬、作るのよ」
  「なるほどな。それで媚薬を作るのか。うまくアントワネッタ・マリーに使えよ? がっはっはっはっはっ!」
  「ちょっ、ちょっと待てぃーっ!」
  「何だ?」
  「な、何故に媚薬なわけ?」
  「ムラージ・ダールが吹聴してるぜ。若い情熱を2人して夜な夜なぶつけ合ってるって」
  「あんのネコめぇーっ!」

  家族に新入りはいらない。
  そうほざいて私に宣戦布告したあのネコは、宣言どおり私を無視している。私も、無視してる。
  別に私が折れる意味はないし、どうでもいいのよ。
  ……にしてもあのネコめ、情報戦で来やがった。偽報も立派(?)な戦術だ。
  「ゴ、ゴグロン。他に私とアントワネッタ・マリーの噂、あるの?」
  「年内にはゴールインらしいな」
  「……」
  「おお、お前から告白したそうだが……ふむ、なかなか積極的だな。がっはっはっはっはっ! じゃあな、俺は行くぜ」
  「……」
  既に聖域内に広まっている模様。
  ……ちくしょう。
  「あっ、フィー。帰って来たんだ。お帰り」
  「た、ただいまお姉様」
  「フィー好きぃー♪」
  むぎゅー。
  ゴグロンと入れ違いに、噂の相方(?)アントワネッタ・マリーが登場。私に抱きつく。
  スキンシップ、あまり慣れてない。
  嫌とか好きとかの感情以前に、経験があまりない。両親の記憶もほとんどないしなぁ。そういう家庭的な、家族的なふ
  れあいと言うものが欠落している。それは多分彼女も同じだろう。だから、求めるのだ。

  ……ま、まあ彼女が求めてるのは違うものだと思うけど。
  おおぅ。

  「仕事に行く前に会えてよかった。実は選んで欲しいのよ、どれがいいか」
  「選ぶ?」
  「選んで選んで。フィーが選ぶのにするから。自分じゃ決められなくて」

  「あっはははは」
  「何がおかしいの、フィー?」
  「いーえ。別に」

  私にカタログを手渡すアントワネッタ・マリーも、やはり年頃の女の子なのだ。
  ファッション、か。
  別に色恋に興味はないけど、私も可愛い服とか綺麗な服は、帝都にいた頃は目移りしながらも買い揃え、自分でコーディネート
  したものだ。女たるものの、これは特権だ。
  ペラ、ペラ。
  カタログをめくる。どれど……れぇーっ!
  「どう? どれがいい?」
  「すいませんお姉様これって刃物のカタログですよね?」
  「そうよー♪ 女たるもの、やっぱ刃物でしょ♪」
  「……」
  そ、そうか。そうきたか。
  この子やっぱり根っからの暗殺者。
  貴女のプロ根性をすいません見縊ってましたっ!
  おおぅ。
  「どれがいいと思う?」
  「こ、これなんてよろしいのでないかと……」
  「うわぁやっぱりフィーもそう思う? このラインが可愛いよねー♪ ……うふふふふふふふふふふふふふふふ……」
  怖いから怖いから。
  どこまで本気か冗談か……い、いやきっと全力で本気なんだろうなぁ……。
  「じゃあこれにしようっと。フィーの選んでくれた物だから、たくさん暗殺に使うからね♪」
  「……そ、そーですね」
  「じゃあ行って来る。フィーもお仕事行くのなら、気をつけてね♪」
  むぎゅー。
  力一杯にハグして、それからニコニコしながらアントワネッタ・マリーは仕事……暗殺に出掛けて行った。
  悪い子じゃないのよ、悪い子じゃ。
  ……大分天然だけどねぇ……。
  「フィッツガルド」
  「……? ……ああ、テレンドリル。帰ってたの、おかえり」
  「ヴィンセンテが呼んでるわよ。急ぎの仕事だって。場所はコロールみたいだけど、はやく聞いてらっしゃい」
  「ありがと」
  コロールで仕事か。
  ふぅん。まあ、場所はどこでもいいけどアダマス暗殺までは酷使されそうだ。
  さてさて。
  お仕事お仕事っと。



  「今回の任務は殺しの偽装です」
  「はっ?」
  思わず問い返した。場所はヴィンセンテの私室。
  あまり関係ないんだけど私物が以前来た時より減ってるような……。
  ……。
  まままままままままままままままままままままままままままままままままままままさか……。
  私とアントワネッタ・マリーの夢の甘い同居生活の為に部屋を譲る気か?

  ど、どう誤解を解けばいいのだろう?
  これも全部あのネコの所為だ。多分、噂の中では私と彼女は既に『愛し合う二人に障害はないの♪』なのだろう。
  ……ちくしょう。
  「呆気に取られるのは分かります、妹よ」
  「ははは」
  ……そうね。
  別の件で呆気に取られてたわ。

  「今回の任務は極めて特殊です。貴女はコロールにあるフランソワ・モティエールの屋敷に潜入し……」
  「さくっと殺っちゃう?」
  「駄目です。言ったでしょう、最初に。偽装です。殺してはいけません。死んだ風に見せるのです」
  「話見えてこないんだけど」
  「話は単純です。フランソワ・モティエールはコロールでも有数の富豪ですが、その財産はもはや底を尽き、あまりタチのよ
  ろしくない連中から多額の借金をしています。返済期限は当の昔に過ぎている。分かるでしょう?」
  「ふぅん」
  そういう事か。
  「なるほどねぇ。闇の一党が借金肩代わりするんだ。イメージ一新計画中?」
  「くくく。妹よ、貴女は実に頼もしい。殺戮を繰り返してもユーモアを失わない、まさにこの聖域の宝ですね」
  「微妙に褒められてない気もするけど……まあいいわ。そいつ殺し屋差し向けられてんの?」

  「その通りです。……さて、偽装の為の小道具をお渡ししまょう」
  一振りの短刀。
  鞘から抜こうとすると止められた。
  「危険です。やめた方がいい」
  「はいな」
  独特な香りがする。これは……毒の匂い?
  これは……。
  「よ、よく手に入ったわね」
  「なにがですか?」
  「とぼけないでよ。これ、ランガワインでしょう? ……希少な毒薬、まだ現存してるんだ……」
  「素晴しい。妹よ、博識ですね。兄として嬉しく思いますよ」
  「さっきゴグロンにも言ったけど私は錬金術にも心得があるからね。……絶滅した花弁から生成される毒、か。見事ね」
  「芸術的な美でしょう?」
  「うん」
  思わず鞘から刃を抜き、刃に塗られ怪しく輝くその毒を私は見入った。
  この毒を作る際に必要な材料は既に絶滅している。
  ……古代の毒の、美しき結晶……。
  「……素敵……」
  一度この毒が血液に混ざれば、対象者は仮死状態に陥る。解毒しない限りは、死んでると同じ。
  大学の総力を挙げても同じ毒は今では作れない。
  「……お兄様、この毒もっと欲しいなぁ……」
  危ないと言うなかれ。
  私は研究者でもあるのだ。
  未知の毒というわけではないけど今では既に入手不可能とさえ言われている毒なのだ。
  材料がないからね。
  文献で読んだだけだし、ほんの一滴のランガワインの毒をアルケイン大学で見た程度なのだ。
  研究したいっ!
  「ふむ、ご執心か。あげたいがそれしかないのだ」
  「別に死んだ振りする必要ないわよ。私が刺客を殺すわ。で、この毒は私の物ー♪」
  素敵な提案。
  だけど当然却下。
  「それは駄目だ。妹よ、任務はフランソワを刺客の前で仮死状態……傍目では死んでるな、その状態にして刺客に目撃させ、刺
  客の大元にフランソワは殺されたという印象を与えなくてはならん」
  「……」
  「その上で、フランソワに解毒薬を飲ませて蘇生させ、グレイ・メア亭という宿屋に連れて行く。そこまでが任務」
  「……」
  「拗ねるな妹よ。そのかわり、この部屋をお前とアントワネッタ・マリーの為に進呈しよう。この聖域では恋愛はご法度ではないので
  すよ。以前にもマシウ・ベラモンドとマリアというカップルもいましたしね。妹2人で仲良く暮らせるように準備しているところです」
  「やめてぇーっ!」
  2人になったら何されるか分かったもんじゃない。
  ある意味、オブリビオンで生きるのよりも危機感ハラハラ感ありまくりだろうし。
  ……アントワネッタ・マリー。冗談なく襲う子です。
  おおぅ。
  「妹が何を取り乱しているかは分かりませんが……まあ、いいでしょう。今回の任務は最初にも言いましたが特殊です」
  「そうねぇ。誰も死なないなんてね。何気に戦士ギルドでもありそうな任務よね?」
  「それはないでしょう。命は一つ、シシスに捧げられていますから」
  「はっ?」
  「妹が知っての通り、我々にとっての暗殺はシシスに魂を捧げる事であり夜母の殺意の衝動を満たす為の行為。幾ら大金を
  積まれても命の消えない依頼は受けられないのが習わしです」
  「……まさか私の命を捧げるとか言う気? 妹の私を殺す?」
  「冗談とはいえ、好ましくないですね、今の発言は。取り消しなさい」
  「……ご、ごめんなさい」
  な、なに謝ってるのよ私っ!
  最近、調子狂うなぁ。まあ、昔と変わらずに殺しに抵抗は湧かないから、普段の私なんだろうけど。
  「フランソワ・モティエールは自分の母親を生贄に捧げました。既にルシエンが抹殺し、この世にはいませんよ」
  ルシエン、ね。
  あの親父、この聖域にはまったく顔出さないから何やってるかと思ったけど、外回り専門?
  幹部なのに、ふんぞり返ってはいられないらしい。
  まあ、いい。
  「つまり偽装暗殺をし、刺客とその大元に死んだと思わせ、解毒薬を飲まして蘇生させグレイ・メア亭に行く。おっけぇ?」

  「飲み込みが早くて助かります、妹よ」
  「で、私がその男始末したらどうなる?」
  「気に食わないのですか、依頼人が」
  「さあ?」
  「依頼人を殺せば貴女には懲罰が待っています。……出来れば、それは避けたいですね」
  「まっ、期待に沿えるように頑張ってきますわ、お兄様」



  「さぁ走れ走れーっ!」
  ピシ、ピシ。
  私は鞭を振り振り、青毛の馬を駆って街道を爆走中。目指すはコロール。

  帝都を中心に考えると、聖域のあるシェイディンハルが真東。コロールは真西になる。
  何気に最近、シロディールを飛び回ってる私。
  旅行気分でいければいいけど、日程が決まってる。いつまでに暗殺しろー、とかさ。寄り道できません。
  今回だってそうだ。
  親不孝者借金野郎フランソワが、悪徳金融が放った刺客に殺される前にコロールに行く必要がある。
  ……まあ、間に合わなかったわお兄様、でもいいけどね。
  昔ハンぞぅが瞬間移動の魔法陣を研究してたけど……実用化の目処は立ってない。
  「ふぅ。それまでは、歩くか馬か、どっちかかぁ」
  もちろん、それも旅の醍醐味だ。
  旅は、それでいい。
  しかし今回のように急ぎの用件の時は、そんなに悠長な事も言ってられない。
  ピシ、ピシ。
  鞭を振るたびに馬は嘶き、速度を上げる。普通に歩いていって三日、このペースなら丸一日と言ったところか。

  なかなか良い馬だ。悪くない。
  このまま行けば……一日だけど馬だって生き物だ。このペースで爆走はありえない。
  帝都が見える位置まで来た。
  もっとも既に馬は頭を擡げている。今日はこれまで、という事だ。ちょうど以前、苔石の洞窟に巣食っていた墓荒らしのレイリン
  討伐を依頼してきた酒場ロクシーが近くにある。今日はそこで泊まるとしよう。
  「お前もたくさん食べて、ゆっくりお休み」
  ひひーん。
  客用の厩舎に馬を入れ、私も休むべくロクシーに入る。
  馬に乗ってるから楽、とは言い難い。体が結構痛いし、躍動感溢れる旅だったからお尻が痛い。
  「いらっしゃ……ああ、あんたか、あの節はありがとう」
  「そのお礼にマレーン、今夜も宿代は無料ご奉仕サービス中?」
  「誠に勝手ながらサービスは終了させていただきました」
  「何よそれぇ」
  「ははははは。まっ、ビール一杯ぐらいはサービスだね」
  「ハチミツ酒にして」
  「……はい、ハチミツ酒お待ちぃ」



  翌朝。
  青毛の馬……ああ、レンタルですあしからず。生き物飼うと世話しないといけないから、私はあまり飼わない主義。
  ともかく馬は元気一杯ぐっじょぶ♪
  「はぁー、気持ちの良い朝だねぇ」
  私は馬をかっ飛ばしながら爆走、元透明人間の村エイルズウェルを通過。このまま行けば日暮れまでにはつけるだろう。
  馬に揺られながら思う。
  今日は本当に良い気持ちの朝。ざぁざぁに吹き荒ぶ大雨。
  ロクシーの粗末過ぎる寝床の所為で背中が最悪に痛いし、客に吸血鬼がいるのか起きたら首に穴二つ。
  血友病に感染してたから簡易解毒薬作る為に材料探しもしました中和できましたけど飲んだ薬は苦かったです。

  いやぁ今日は良い日和だねぇ。
  あっははははははっ、まさに絶好調だぁねぇ♪

  ……ちくしょう。
  そうよ良い日和ってのは嘘よ悪いかっ!
  ついてない時はとことんついてないらしい。そもそも……そうよ、アダマスの件から運が悪い。
  あの一件がなければ闇の一党には加わる事はなかった。
  確かに任務終了した後の金払いはいいけど……あぅぅぅ、私とアントワネッタ・マリーはあの小ずるいネコのお陰で『二人は出
  来ちゃった♪』という認識になっており、メンバーの眼が痛い。
  最悪なのはそれをアントワネッタ・マリーが否定しない事だ。
  ……いっそ付き合う?
  そうだねぇ。いっそ付き合うかあっははははははははお姉様今夜は寝かさないぞぉ♪
  ……ちくしょう。




  思ったより早く着きそうだ。
  昼頃には帝都とコロールのちょうど中間地点にあるアッシュ砦を通過。
  金銭要求してきたカジートをムラージ・ダールに見立てて首刎ねました♪

  気分爽快です♪
  ……こぉんな具合にあのネコも殺りたいねぇ。くすくす……。

  性が合うとか合わないの問題じゃないのよ、ムラージ・ダールとは。正直、眼中にもない。
  別に闇の一党に骨を埋めるつもりはないし、アダマス始末したらとっとと辞めるまでだ。それを邪魔すりゃ殺すだけだ。
  そろそろコロールに着く。
  途中、色々とあったけど……まぁ、早く着いたほうだろう。
  そういえばコロールの修道院にジェフリーとかいうおっさんがいると、ブレイズのボーラスが言ってたけど寄るつもりはない。

  ボーラスは私を皇帝の親衛隊ブレイズに推挙する手筈を整えておくとか言ってたけど、帝国の犬になるつもりはない。
  というか既に皇帝いないし。皇子も全部死んで血筋絶えたし。

  ……ああ、たぶん愛人の息子なんだろうけど、マーティンを探せとか皇帝は言ってたなぁ。
  うん、却下っ!

  降っていた雨も昼頃から既に小雨となり、この旅も比較的楽になってきた。
  もっとも、もうすぐコロールだ。
  「んー♪ とっとと仕事終わらせてゆっくりしよーっと♪」

  キィィィィィィィィィィィンっ!
  ガァァァァァァァァァァァっ!

  チャンチャンバラバラ……な、何か戦闘の音が聞こえるんですけど……?
  剣戟。
  悲鳴。
  しかもその悲鳴は人ではない。怪物の類……しかもこれは……ゴブリンかっ!
  馬を走らせる、音のする方向に。
  ……見えた。農場がある。そこで三人が、大量のゴブリンを相手に戦っていた。

  そして私はそのまま通り過ぎる。
  ……。
  いや薄情と言うなかれ。そう、私は暗殺偽装の仕事に燃えてるんだ、闇の一党万歳っ!

  私は使命感に燃え……。
  「……はぁ。お人好しめぇ」
  私は馬を降りた。
  ゴブリンは三十から上。迎え撃つ3人は……んー、その内の2人は兄弟だろう、多分。顔がそっくりだ。
  この二人は大した事ない。弱い。雑魚。低俗。そんなんで剣を握る意味が分からない。
  撃墜王は彼女だ。
  「……へぇ」
  思わず感嘆。
  彼女、蒼い肌のダークエルフの少女はゴブ達を圧倒している。彼女が剣を振るう度に、ゴブは倒れ伏す。
  年齢はアントワネッタ・マリーと同じぐらいだろうか?
  しばらく傍観。
  「あれは……」
  明らかに他のゴブリンとは体格の一回り大きい奴が出てくる。ゴブの切り札登場。ゴブリンウォーロード。
  部族の長的存在のゴブリンシャーマンとどちらが地位が上なのか、そこは分からないけどシャーマンが魔力ならこいつは
  腕力だ。一流の戦士でこいつは手強い。タフなのだ、何気にオーガともタメを張れるゴブ。
  でもなんでこんなとこにいる?
  農場を襲って食糧確保、は理解できるのよ。それは良くある事件だし。しかしここはすでにコロール近辺、人里近いのにこん
  なに大挙してゴブが出張ってくるなんてまずない。ここまで目立つと冒険者達に討伐されるからだ。
  ゴブは結構お宝溜め込む連中だし。
  居場所が知れたら、冒険者達が襲撃してくるという事が理解出来るだけの頭はある。

  「はぁっ!」
  蒼いダンマーは剣……あの輝きからして魔法剣の類か。それを突き刺す。
  ギャアアアアアア、断末魔の声を上げて仰け反るゴブリンウォーロード。倒した、という勝利に酔う少女。
  ……甘い。
  ゴブロードは吼え、ダンマーを殴り倒す。虚を突かれて倒れる。

  腹に剣を突き刺したままゴブロードはトドメを刺すべく踊りかかり……雷に絡め取られて吹き飛ぶ。絶命。魔法は偉大だ。
  そう、私の攻撃。

  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィっ!

  二発目を群れるゴブに叩き込む。さらに三発目。最大魔力を持ってすれば裁きの天雷は三連発までいける。
  ゴブ軍団の大半は黒こげとなり、浮き足立った残り数匹を、私は駆け、静かに抹殺。
  怒涛の如く勢いに乗るゴブの集団ほど恐ろしいものはないけど、一度浮き足立てばそれほど大した事はない。
  人間と同じだ。
  群集心理。一度逃げに引き摺られれば、全体の士気が極度に低下する。
  一掃するのに、数分も必要なかった。
  「……」
  ダンマーの少女は、尻餅をついたまま呆然とこちらを見ていた。
  役立たず兄弟は『やったぞ俺達の農場を、俺達の手で護ったんだぁーっ!』とハイテンション。
  ……あんたら何かした?
  「ダンマーちゃん。あまり無理はしない事ね。死んだら終わりなんだから。今、死に掛けてたわよ?」
  「……っ!」
  ムッとした顔をした。
  自尊心が高いのか、未熟を承知しているからこそ指摘され腹が立つのか。
  彼女の刀術を見る限り弱くはないけど……経験が不足してる。どこかで恐怖があるんでしょうねぇ。存分に踏み込んで斬れ
  てない。試合で圧倒的に勝てて実戦であっさり死ぬタイプ。
  「じゃあね」
  「……」
  これも一期一会、だろう。もう二度と会う事もあるまい。
  私は馬に飛び乗る。
  「……アイリス・グラスフィル」
  「んー?」
  「あたしはアリス。……借りは、必ず返すから」
  「また会えばね。まっ、期待しないで待ってるわ。……あー、私はフィッツガルド・エメラルダ。フィーでいいわ」
  「……」
  「じゃあねぇー」
  終始仏頂面のダンマーの少女アリスは私を凝視していた。
  横柄に手を振り、私はコロールに。
  まっ、もう会う事もないでしょう。そんな事よりもお仕事しないとねぇ。



  コロール。
  シェイディンハルから急いで急いで……まっ、さっき余分な事をしたけど。フランソワ・モティエールの家を衛兵に聞く。
  コロール有数の富豪。
  なるほど。家計は火の車で母親生贄にしてまで偽装殺人依頼してくるロクデナシではあるものの、確かに有数の富豪と言う
  肩書きは嘘ではない。家、でかっ!
  今回は向こうから自分を偽装殺人して欲しい、という要望だから私が来る事は知っているだろう。
  忍び込む必要はない。
  コンコン。
  「……だ、誰だ……?」
  気弱そうな声。
  「殺人のデリバリーに参りました、闇の一党の暗殺者でぇーす♪」
  ガチャ。グイ。バタン。
  扉が開いたと同時に私は家に引きずり込まれ扉は閉まる。小心者め。
  まさに『俺小心者なんだノミの心臓より小さいんだぜぇー』と主張しまくってる顔の男性。
  彼がフランソワ・モティエールなのだろう。
  ……あまり好きなタイプの男じゃない。暗殺が任務ならよかったのに。
  「ルシエン・ラシャンスが遣わしたのが、あんたなのか?」
  「そうよ」
  「よかった。実はリミットギリギリだ。じ、直に刺客が来るんだ。私を殺しに」

  「分かった。見届ける。最後くらい男になりなさい」
  「……時間がないんだ。説明、いいかな?」
  「どうぞ」
  心にゆとりのない奴だ。
  「実は事業に失敗して、裏社会から金を借りたんだが……返す当てがなくてね。今じゃ向こうさんも金はいらねぇその代わり命をも
  らうぜと息巻いているんだ。メンツを潰されたって」

  「お金返さなくていいなら良心的じゃない。私もその刺客を手伝おうか?」
  「おい話聞けよ俺の命が掛かってるんだぞこの俺の命がお前らに金払ったんだから言うとおりにしろよ俺の命令を護れっ!」
  「あんたの命なんて興味なぁい」
  声を荒げる……多分、こっちが地なのだろう。
  最初から踏み倒す気だった、とも思えるわね。少なくとも……そうね、ただの小心者なら母親を生贄にはしない。
  この親不孝者め。

  「……話、続けてもいいかい?」
  「どーぞ」
  咳払いをし、幾分か取り繕うかのように口調を元に戻すけど……こりゃ割に合わないかも。
  こんなボケを護るのが仕事とは。
  「と、ともかく刺客が来たら私は少し芝居をする。その時、ルシエンが言ってた例のナイフで私を刺してくれ。で、私は仮死状態にな
  り、外見的には死ぬわけだ。刺客に目撃させ、あんたは逃げる、刺客は殺さない。りょ、了解か?」
  「はいはい」
  「私の遺体はコロールの教会の地下安置室に置かれる。で、解毒薬を飲まして蘇生して欲しい。蘇生したら今度はコロールの安酒
  場グレイ・メア亭に連れて行ってくれ。そこでほとぼりを冷ましてから、私はシロディールを脱出する」
  全部自分メイン。
  他人がどうなろうと知った事じゃない、か。自分勝手人間のお手本かお前は。
  悪徳金融に肩入れはしないけど連中だって金踏み倒されるわけだから被害者、母親は最大の被害者。
  フランソワの代価は?
  良心?
  財産?
  ……ふん、こいつは代価を支払っていない。そういう意味では、嫌いなタイプだ。
  この手の自侭な奴は大嫌いだ。
  ドンドンっ!
  その時、扉が荒っぽく叩かれた。来た、か。
  こんな事ならもっとあのダンマーのアリスと話し込んでいればよかった。
  ごめんヴィンセンテ到着した時には既に惨殺されてたよー。ふん。それでも私は一向に構わない。
  「そこにいるのは分かってんだフランソワっ! ボスはお前が金貨一枚も返済しないのを大変にご立腹だっ! 命乞いをしろ這い
  蹲れ泣いて惨めに哀願しろそうしたら……がっはははははっ、笑いながら殺してやるよっ!」
  ドアを蹴破って入ってくる、刺客。柄の悪いアルゴニアンだ。
  「さぁてフランソワ。たっぷりと後悔させて……あん、何だこの女?」
  全身黒ずくめの、私。手にはランガワインを塗ったナイフ。
  ……こんな奴の為にこんな貴重な毒薬を……なんてもったいない……。
  フランソワはガクガクブルブル。
  芝居をする、とか言ってたから多分これも芝居の一部なのだろう。
  ……こいつ意外に神経図太いなー。
  「ああ何て事だ裏社会の刺客とダークブラザーフッドの暗殺者が同時に哀れな私の命を狙いに来るとは」
  ……すんませんその棒読みの台詞は何ですか?
  そんなんで騙される奴は……。
  「ダークブラザーフッド? おいおいフランソワお前ヤンチャが過ぎるんじゃねぇのか?」
  ……いました、このトカゲはまんまと騙されてます。
  ……はぁ。色々と疲れるお仕事だ。
  「おい闇の一党の殺し屋っ!」
  「なぁに?」
  「こいつは俺の獲物だ俺が殺すだからお前は引っ込んでろ。俺が殺しの手本を見せてやるぜっ!」
  「見本? ……これじゃあお話にならない?」
  ナイフを持つ手を横に一閃。
  わずかに掠っただけのフランソワは、その場で痙攣して倒れ伏す。息もしてない。でも、生きてる。
  一時的に仮死状態になってる。
  解毒薬を飲ませるまでは死者との違いが分からない。
  ……なんて素敵な毒薬なの……。
  な、なのにこんなボケを助ける為に、貴重なランガワインが台無しだ。
  ……ちくしょう。
  「き、貴様ぁっ! 俺の、俺の獲物をーっ!」
  逆上するトカゲ。
  本心から言えばあんたに惨殺して欲しかったわ本当に心の底から切に切に。
  でも一応、仕事だから。
  「毒蜂の針」
  「……ぐっ……」
  麻痺の魔法を叩き込み、私は屋外に。
  トカゲが外に出た時、私は既に姿をくらました後だった。



  「……少し体が強張るが……別に以上はないらしいよ……副作用もないようだ」
  「そりゃ残念」
  翌日。
  私は暗殺され、葬儀も終わり、石の棺桶の蓋を開けて中に横たわっていたフランソワに解毒薬を飲ませた。
  死んでいた顔に、生気が満ちてくる。
  ランガワインすげぇ。
  似たような毒は作れるけど、ここまで死を擬似的に表現出来る毒薬は見た事がない。
  投与された人間の時間を一時的に止めている、とも言えるだろう。
  ……ほんと。マジもったいない。
  「ま、まさか生きているうちに棺桶に入るとは思わなかったよ。……ここは、私の一族が眠る霊廟でもあるんだ」
  「ふーん」
  「じ、実は一つ大事な事を忘れていた。これは、冒涜に値する行為なんだ」
  母親売った時点で人間の屑だけどね。
  「で、冒涜って何?」
  「私は死を擬似的に行った。そして今、蘇生した。つ、つまりご先祖達はこれを自分達の霊廟に対する冒涜と受け取るだろう」
  「だから?」
  「私の蘇生は先祖の眠りを穢した事に相当するんだっ! ああ、来たぞぉーっ!」
  納得。
  石の棺桶を自ら開き、無知で自侭な子孫を祟りに先祖が蘇った。アンデッドとして。
  そういう事か。
  それにしても力持ちなアンデッドね。石の棺桶、開けるのに私三十分掛かったのに。重いんだよなぁ、凄く。
  五体ほどのアンデッド……ゾンビが現れる。
  祟りたくもなるわよ、こんなボケ子孫を持ったらさ。
  本来ならこのままフランソワを差し出してもいいけど、一応は……依頼だ。一応は、ね。
  わざわざランガワインを台無しにしたんだ。死なれては困る。
  「ああマーカレット叔母さん。ず、随分と顔色悪いみたいだけど……元気……?」
  冗談みたいな事を口にして……いきなりゾンビに殴りかかるっ!
  ……はっ?
  弱気なのか強気なのかよく分からん。ゾンビとタイマン勝負してる。先祖の冒涜もいいところだろうが。
  亡霊は銀の武器でしかダメージを与えられないが腐肉とはいえ肉体を持つゾンビ系は素手でも倒せる。まあ相手は既に死んでる
  お方だから滅茶苦茶タフではあるけど。フランソワでは勝てないだろう。貪り食われようが知った事じゃないけど。
  「退きなさい。煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  ごめんなさいね、ご先祖様達。
  不出来な子孫を祟りに現れたゾンビ達を私は焼き払った。まったく、馬鹿げた仕事だ。
  よほど大金が支払われたんだろう、闇の一党に。
  ふん。結局金かよ。
  「さあ暗殺者。私をグレイ・メア亭まで護衛してくれたまえ。はっははははっ。これで借金取りとはオサラバだっ!」
  ……。
  私も人の道に外れた事は平気でする。
  殺しもするし、助けもする。
  しかしそこには私なりの理論が存在していたし、何も後悔する事も嘆く事もなく行動している。
  だから、フランソワはフランソワの理論で行動しているのだろう。それはいい。
  文句は言わない。
  好きにしたらいい。
  どうぞ、ご自由に。
  ……はぁ。
  「さあさあ暗殺者、俺を護衛するんだぞ。はっはははぁっ!」
  ……腹立つんですけど。思いっきり。
  ……さあ、グレイ・メア亭にいきますか。