天使で悪魔







グレイランドへの強襲







  「んんー♪ 良い天気ねぇー♪」
  本日は晴天なりぃー♪
  馬に揺られながら私は大きく伸びをした。ふぁぁぁ、眠いなぁ。
  この程よく心地よい揺れと気持ちの良い陽光を浴びると眠気を感じてる。世界は平和で一杯だぁ。
  天を仰ぎ見る。
  太陽がキラキラとしていた。これも旅の醍醐味だ。
  こんな人間的な、普遍的な幸福を享受出来ない穴蔵に潜む吸血鬼連中はまさに人生負け組み。
  能力高める為に進んで吸血鬼になる奴もいるという。
  しかしデメリットの方が大きい気もするけどねぇ。不老……は当たってるけど、大抵は吟遊詩人の語る冒険譚のように
  無敵でも不死でもない。別に銀製の武器じゃなくても死ぬし。
  カッポカッポ。
  軽快な足音を響かせながら軍馬は街道を行く。時折商人とすれ違うものの、基本街道は無人。
  ……。
  ……ああ、いや。
  身の程知らず君登場。
  「死にたくなければ金を出せっ!」
  「はい、葬式代」
  ネコ型種族のカジートの盗賊を一刀の元に斬って捨てた。右肩から入りそのまま臍の辺りまで刃は通り過ぎた。
  即死だ。

  金貨数枚を亡骸に投げ捨てて馬を進ませた。
  最近横行している。
  物騒ですなぁ。
  特に今から向っているレヤウィン周辺にはかなり強力な盗賊団『ブラックボウ』とかいう連中が勢力を伸ばしているらしい。
  基本、各都市軍の警備状況は都市とそのわずかな周辺のみ。
  私のような帝都軍巡察隊は都市間の街道を周るものの、それを外れる事はまずないので根本が解決できない。
  つまり街道から離れた砦やら遺跡に巣食う盗賊達はノーマークなのだ。
  今回のように盗賊一人斬り捨ててもあまり意味はない。
  ストレス解消程度かな。
  ほほほ☆
  「まぁ知った事じゃないけどね。……職務的にはさ」
  どんだけ始末しても報奨金は出ない。
  だから仕事として退治する気はないのよ。趣味としては……んふふ、懐具合によっては壊滅させるわねぇ。
  盗賊に基本的人権は存在しない。
  どこぞの元新撰組幹部の言葉を借りるならば『悪・即・斬』なのだ。問答無用で殲滅してもいいのだ、例え帝国関係者でなくてただの冒険者でもね。
  一番実入りが良いし楽。
  奇襲を掛けて殲滅して溜め込んだお宝&装備品を剥ぎ取ればいいのだから。
  んー、私がしてるのは『追い剥ぎ剥ぎ』ってやつ?
  はっはっはっ。
  ダークヒロイン登場さ☆
  「ふぁぁぁぁっ。レヤウィンに着いたら寝るかなぁ。あーあ、労働は疲れるわー」
  大きく口を開けて欠伸。
  こんなに帝都軍が面倒だとは思わなかったわ。
  アルケイン大学で研究、という柄じゃないし給料もらえて自由な冒険だと思ったけど……意外に窮屈よねぇ。
  帝都軍は完全男世界だから風当たり強いし。
  「ん?」
  ふと、視界に入る巨大な像。女性の像だ。
  へー。こんな所にあったのか。意外に開放的じゃない、ここは。基本辺鄙な場所にあるのに。
  数名の者達が臓の前に跪いていた。
  「あれは……んー、ノクターナルね。オブリビオンの魔王の一人の」

  悪魔達の世界オブリビオン。
  そこに住まうデイドラと呼ばれる悪魔達の指導者の一人がノクターナルだ。盗賊が信仰する影の支配者。

  そのままノクターナルの祠を通り過ぎた。
  タムリエルにおいて宗教は自由。
  九大神と呼ばれる神々、オブリビオンの16体の魔王。何を祈っても犯罪ではない。
  霊感商法とか生贄儀式とかしない限りはね。



  ゴロゴロゴロ。
  「うげ。空がどんよりしてきたなぁ」
  レヤウィンは天候が変わりやすいと聞いていたが本当らしい。でもまぁ一雨来る前に街に着いてよかった。
  今日はここにお泊りだ。
  「あんたもようやく暖かい寝床で休めるわね。たっぷり人参あげるからね」
  ポンポンとロドリゲスの首を叩いた。
  厩舎に入ろうとすると武装した男が声を掛けてきた。……このパターン、またお願い事かよ……。
  「やあ帝都兵。少し力を貸してくれないか」

  レレクサス・カリダス。

  男はそう名乗った。レヤウィンの警備隊の隊長らしい。ふぅ。聞こえないように溜息をつき、ともかく馬を厩舎に入れた。
  「この子の世話を頼むわ」
  「了解でさぁ」

  何枚か確認せずに金貨を厩舎の世話役に手渡した。馬から降り私は兜を脱ぐ。
  「で? 何?」
  「こいつは驚いた。女性か?」
  「うっわそうやって脱がして女かどうか確かめるのが手? ……このエロめ」

  「失礼な事を言うなボケーっ!」
  「はいはい。で、何?」

  「スクゥーマの密売人を追っているんだ」
  「つまりー」
  「そうだ。話が早いな。分かってくれるか?」
  「この近辺で顔の売れてるあんたじゃ麻薬を大っぴらに買えないから私に代理を頼みたいわけね。この悪徳衛兵め」
  「最後まで聞けよ頼むからよぉーっ!」
  とても人に物を頼む態度ではない。レヤウィンの衛兵は態度悪いなぁ。
  「それにしても……」
  スクゥーマ密売人かぁ。また微妙なお仕事な事で。
  スクゥーマとは中毒性の高い薬。まあ麻薬だ。しかし完全には麻薬ではない。だから帝国的には合法ドラッグ。
  タムリエルには十の種族がいる。
  そして全土を統一したのが帝国、結果全ての種族は帝国の庇護下に入り全員が帝国臣民。ここシロディールは大陸
  中心部であり帝都のある場所。当然の事ながら全ての物産が集まり種族も交じり合う。
  スクゥーマもその一つだ。
  どの種族が持ち込んだものかは知らないけど、その者達にとってはただの興奮剤でしかない。中毒性もない。
  しかし元々シロディールにいた私のようなブレトンやインペリアルなどの人間種、エルフ種にとっては中毒性のある、身も
  命も生活をも滅ぼす忌むべき麻薬ではあるものの別の種族的には体に良い飲み物なのだ。
  帝国の元老院は今なお合法か違法かを論争し合っていて決着がつかないでいる。
  変な話、帝都のど真ん中で、衆人環視の元でスクゥーマを飲んでも逮捕されない。軽蔑的な眼では見られるだろうけどさ。
  「知ってると思うけど違法じゃないわよ?」
  クスクスと私は悪戯っぽく笑って見せる。
  それに気を悪くしたのか、一瞬しかめっ面をしたものの気を取り直して続けた。
  「分かっている。……ただ密売人は他の禁制品も他所から持ち込んだ。これに関しては逮捕の権限がある」
  「なぁるほどねぇ」
  おそらくその密売人の過去、してきた事を色々と穿り返したのだろう。スクゥーマでは逮捕できない。
  だから、逮捕の口実を洗いざらい調べて探し出したのだ。
  「カイリアス・ロネィヴォと名乗るダークエルフのスクゥーマ売りがこの先にあるグレイランドを拠点にしている」
  「グレイ……それって村?」
  「いや一軒家だ。何ヶ月も捕らえようとしているのだが近づく度に見張りに見つかり逃げられてしまうのだ」
  「なんなら家ごと吹き飛ばそうか?」
  「穏便に解決してくれ頼むからさぁーっ!」
  「さっきから人に頼む態度じゃないわよ? ……まあいいわ。で、私が引き継ぐそのココロは?」
  「レヤウィン所属の我々では連中に逃げられる。つまり、見知らぬ者が必要なのだ。手段は問わない、あの毒をこれ以上蔓延させるわけ
  には行かないのだ。頼む、力を貸して欲しい」
  「手段は問わない……りょーかい。入り口に放火して丸焼きにしてあげるわ♪」
  「だからそれはやめろってっ!」
  「はいはい」
  「奴には気を許すな。躊躇わず背中から刺されるぞ」



  「はぁ。この……お人好しがぁー……」
  自分で自分が恨めしい。
  そもそもこの任務はレヤウィン警備隊の範疇だ。街道から離れた目の前にある建物『グレイランド』に対する殴りこみをする理
  由が帝都巡察隊の私には一切ない。完全になっしんぐ。
  ちゃちゃっと終わらせましょうかねぇ。
  見張りに見つかって逃げられたら面倒なので途中の茂みの中で鎧を脱いで隠してきた。女の子ですから街で羽伸ばす用な
  服装はいつだって所持している。それに着替え、剣も茂みの中に隠して扉を叩いた。
  スクゥーマを買いに来た客に見えるだろう。
  ギギギギギギ。
  扉を開くとダンマーとインペリアルの二人だけ。何だ拍子抜け。もっといるかと思った。
  あのダンマーがヒットすべき対象か。
  「ああ、ああああああーっ! おねぇげぇしますだぁスクゥーマを酢熊をくださいませぇだぁぅぁぅうへへーっ!」
  精一杯禁断症状なブレトン美少女を演じるものの……。
  「……」
  「……」
  密売人どもは無言でこちらを見ているだけ。
  な、なにこの空気?
  末期症状な奴見た事ないから独断と偏見で演技したけど……もしかして全然違うわけ……?
  「……」
  「……」
  「……」
  こ、この空気どうすればいいんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
  あーもうめんどくせぇっ!
  「裁きの天雷ぃっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィっ!
  電子レンジで一分チンでこんなに香ばしく焼けます事よー。
  黒焦げになった二人を見下ろしながら呟く。
  「……最初からこうすればよかったじゃん……」
  おおぅ。



  「殺ってくれたのかっ! いくら礼を言っても足りないよっ!」
  いえいえどういたしまして。
  「神々の名において君に敬意を表するよ。これを礼として受け取ってくれ」
  金貨の詰まった袋を彼は私の手の上に置いた。
  「奴の首に掛かっていた賞金だ。君にこそ相応しい」
  いえいえ自分の為でしたから。
  あんな寒い空気を漂わせた私のあの演技を知る者を滅する為の、行為ですから。
  ふっ、完全なる口封じ成功。
  だけど私は心に誓う。
  ……今後二度と金輪際演技なんてしないと。あの空気は居たたまれない救われない。
  ……ちくしょう。