天使で悪魔






暗殺姉妹の午後 〜フィーの最悪な1日〜






  厄年?
  いいえ受難体質は最初から仕様です。





  虫の王マニマルコとの最終決戦。
  場所は雪原の大地。
  ブルーマ近郊にある山彦の洞穴にて最後の戦いがあった。
  黒蟲教団の軍団。
  魔術師ギルド&戦士ギルド&シャイア財団&3つの都市軍(シェイディンハル、スキングラード、ブルーマ)といった多様な混成軍。
  双方激突っ!
  放たれる魔法、突撃を叫ぶ声、そして剣戟。
  それらが雪原の大地を揺らす。
  まさに最終決戦。
  私、アリス、アルラ、フォルトナは少数で山彦の洞穴に突入。
  虫の王の腹心であり奴の魔力を与えられた四大弟子と交戦、撃破。連携攻撃の末についに虫の王マニマルコに永遠の眠りを与えた。
  こうして戦いは終わった。
  この期に及んで戦力の出し惜しみを相手もするわけがなく事実上黒蟲教団は壊滅。
  虫の王マニマルコは滅した。
  そして……。




  「フィッツガルドさん、お邪魔しました」
  「スリリー産ワインは美味でしたわ。御機嫌よう。……かつての名門シャイア家所有のローズソーン邸に客として来るのはなかなか屈辱ですわー……」
  「高潔なる血の一団の仕事があるので帝都に行きます。またフィーさんと旅の途中に会いたいです」
  最終決戦から一週間後。
  スキングラードのローズソーン邸。
  私の自宅。
  ここで3日間ぶっ通しでお祝いしてた。
  何のお祝い?
  決戦の勝利のお祝い。
  「うー。みんな、じゃあね」
  私は痛む頭を押さえながら別々の方向に帰っていく仲間達を見送った。
  飲み過ぎで頭が痛い。
  自分がまるで酒樽になった感覚。
  昼下がりの太陽が眩しい。
  帰っていく仲間達、それはアリス、フォルトナ、アルラ。
  アリスは現在戦士ギルドから離れて見聞の旅するらしい。いや私が許可したんだけどギルドマスターだし。
  フォルトナは高潔なる血の一団の依頼で帝都に。どうも私と共闘する為にわざわざ依頼を仲間であるフラガリアのメンバーに託して抜けてきたみたい。
  アルラとはなかなか縁がなかったけど、今後は仲良くしたいものです。疲れない程度にね。少なくとも敵に回すより仲良くしてた方が楽。強いし。
  「うー」
  頭が痛い。
  ガンガンするーっ!
  3日間飲みっぱなしだもんなぁ。
  酒宴には当然うちの家族も参加してる。うちの家族、つまりは元シェイディンハル聖域メンバー。
  暗殺一家も最終決戦の際に参戦、敵の旗を奪って敵軍に偽の指示を送って隙を作り出した。ある意味で最大の功労者でもある。結果的は偽報を信じて
  全軍無謀な突撃してきたわけだから。あれ以上の持久戦になっていたらおそらく混成軍は負けていたかもしれない。
  仮に負けないにしても死傷者の数は跳ね上がった。
  しかし……。
  「さすがに飲み過ぎたなぁ……うっぷ……」
  気分悪い。
  あー、太陽が黄色い。
  「ご主人様」
  「ん?」
  エイジャが出てきた。
  大特価のメイドさん、かと思えば元々の素性は諜報員。帝国元老院直属の諜報機関アートルムの出身というけっこうデタラメな経歴の持ち主。
  今はただのメイドだけどね。
  ……。
  ……訂正。当時の情報網やツテが今もまだある、ただのメイド。
  つーか既にただのメイドじゃないねー。
  おおぅ。
  「大丈夫ですか?」
  「まあ、3日ぶっ通しだからね。無理も出てくるわ」
  「3日ぶっ通しで乱交パーティーなんてご主人様はまだまだお若いですね」
  「……」
  「入浴してさっぱりしたらいかがですか? 他のご家族も大半は酔い潰れてますし」
  「……そ、そうね」
  「ではご用意します」
  「……お、お願い」
  一礼して屋敷に戻るエイジャ。その後姿を見ながら思う。
  まともな奴は知り合いにいないのか?
  うがーっ!



  「ふぅ」
  浴槽に浸りながら私は安堵の息を吐く。
  シロディールにはあまり温浴の習慣はない。元々このローズソーン邸には大した浴室はなかった。
  大体この地方の人達は川で水浴びが主流。
  ちょっと富裕層になると屋内に浴室を作るもののそれでも貧弱なものだしお湯ではなく水を使う。公衆浴場もあるけどあまりシロディールでは入浴は
  好まれない。気候的な理由もあると思う。レヤウィンとブルーマは寒暖の差が激しいけど他の都市は気候は涼しげで汗もかきにくい。
  入浴が一般的ではない理由はたぶんそこだと思う。
  私はお湯が好き。
  だから温浴。
  基本的に収入はあっても使うことがない私だけど浴室だけは凝ってる。
  かなりの金額を投じた。
  照明にウェルキンド石を使ってる、上質なやつだ。
  それを加工して浴槽に埋め込んであるから窓の外に取り付けられている木製の雨戸を閉めると、暗がりの浴室はアクアマリンに輝いている。
  幻想的な素敵な気分になる。
  今がその時だ。
  まだ外は昼間だけど私は雨戸を閉めてアクアマリンの世界を楽しんでいる。
  「あー、気持ちいい」
  瞳を閉じめて幻想に酔う。
  体を満たすお酒の酔いが幻想の酔いに混じりより一層夢見心地になる。
  「うとうとしてきた」
  やばい。
  眠くなってきちゃった。
  浴槽の広さにも拘ってかなり広い。
  足を伸ばしてリラックスモード。
  これよ。
  これが私には必要だったのよ、この安息感が。
  思えば戦い尽くめだった今日この頃。
  魔術師ギルドから自立したくて趣味で帝都軍巡察隊に入ったのがこの冒険の始まりだったなぁ。
  アダマス・フィリダに関わり闇の一党に所属。
  あのおっさん殺すことだけに血道をあげてた、それだけで終わるはずだった。だけど私は与えられた家族に安心感を覚えた。そして捨てたくないという執着心。
  その結果、ルシエン・ラシャンスを利用して闇の一党を敵に回した。
  だけどあれはルシエンの所為よね。
  私は我侭だから与えられたものは取り上げられたくない性格。
  奴は奪おうとした。
  だから闇の一党を潰した。
  もちろんその他諸々の厄介もある、ブラックウッド団とか色々とね。あー、やっぱり私は働き過ぎだ。
  よし決めた。
  「だらけよう」
  それも全力で。
  働き尽くめだったからしばらくは楽隠居でもしようかなー。はっきり言ってお金使う暇ないほど働いてますから、私。それに更新するたびに「殺す殺す」言って
  暴れまわる主人公なんてナンセンス。時代は今、そう、理知的な淑女を求めてる。
  だから、だらけよう。
  決定っ!
  
  ぶくぶくぶく。

  顔まで湯船に沈める。
  あー、極楽ですなぁ。
  完全にリラックスな私。いつもならアンがエロエロトークしてくるんだろうけど、あの子も3日間連続で飲みまくって酔い潰れてる。
  平和です。
  平和。
  もちろんいつまでもこうしてはいられない。
  私はお父さんから魔術師ギルドを引き継いだからその責務を果たす必要がある。
  戦士ギルド?
  戦士ギルドもそうだけど戦士ギルドと魔術師ギルドは性質が異なる。基本的に戦士ギルドに所属している戦士はそれぞれが独立した存在。任務の際に
  動員は出来るけど全員がそれぞれ個人として動く。規律や規約はあるけどね。だからオレインに一任しても特に問題はない。
  何故なら戦士達はそれぞれの生活を持ってる。
  つまり報酬の必要なときに働く。
  大して魔術師ギルドはある意味で学術的な団体。研究の支援、生活、古文書や遺宝の収集、遺跡の保護と修復、バトルマージの選別や訓練などなどを
  アークメイジが面倒を見る必要がある。組織というより1つの大きな家族と考えたほうがいいのかもしれない。
  所属している魔術師やバトルマージは一緒に暮らしてる。まあ、住み込みみたいなもんかな。
  戦士ギルドにも調整すべき事柄がたくさんあるけど魔術師ギルドはその比じゃない。
  どうしてもアークメイジの最終的な裁可が必要になってくる。
  それに戦士ギルドは元老院の認可組織、対して魔術師ギルドは元老院議員でもある私の管轄。つまり元老院直下(例え元老院といえども議会の裁可もしくは
  私の許可なくアルケイン大学には入れないが)の団体であり格式が異なる。重要な案件はラミナスではなく私が必要になる。
  もうちょっとしたら戻ろう。
  もうちょっと……。
  「ん?」
  視線を感じた。
  湯船から顔を出して周囲を見渡す。アクアマリンの世界には私以外には誰もいない。
  アンかと思ったけどあの子なら堂々と入ってくるし。
  ……。
  ……べ、別に妙なことはしてませんよ、と弁解しておく。
  私はノーマルっ!
  うがーっ!
  「気のせい、か」
  視界の中には誰もいない。一応生命探知の魔法を発動してみるものの、やはりいない。
  私の首を狙う者は多い。
  用心はするに限る。
  まあ、わざわざ暗殺家族の巣窟と化しているローズソーン邸に押し入れる技量のある奴はいないだろう。例え押し入れても返り討ちにあうだけだ。
  うちの家族は敵には容赦ない面々ですしね。
  それは私もだけどさ。
  さて。
  「上がるかな」

  ざばぁ。

  私は立ち上がってお湯の中から出る。肌に纏わりつく水滴が伝って流れる。
  浴室を出ようと数歩歩いて気付く。
  扉が少し開いてる。
  脱衣所に通じる扉だ。
  「……」
  手を扉に向ける。
  侵入者はおそらくありえない。正直な話ここは一騎当千の暗殺者の巣窟、そんな家族をやり過ごしてここまで到達することはありえない。
  少なくとも相手が人間ならね。
  わりとこの世界には規格外の存在がごろごろしてる。
  私も?
  私もそうかもしれないなぁ。
  「……」
  扉を押し開けて私は浴室を出る。
  そこには誰もいなかった。
  気配もない。
  もう一度生命探知を発動してみるものの……やはり誰もいない。
  「考え過ぎ、か」
  苦笑。
  最近ハードだったから過敏になってるらしい。
  エイジャが用意してくれた赤いバスタオルで全身を拭う。
  あー、お風呂気持ちよかった。
  バスタオルを両手で使ってくしゃくしゃと髪を拭きながら私は替えの下着のある場所を見る。
  「あれ?」
  ない。
  おかしいな、エイジャ用意してくれなかったのかな。いつもなら籠の中にあるはずなのに。
  用意されてなかった。
  ……。
  ……いやそんなはずはない。
  入る際にはちゃんと下着はあった。
  バスタオルを肩に掛けて私は入念に調べる。何もない。つーか私の下着がまったくない、さっきまで履いてたやつもない。
  どういうことだ?

  ガチャ。





  「きゃっ!」
  「おっ? 何だ入ってたのか。がっはっはっはっはっはっ! 悪い悪い。だが出たんだろ? じゃあ次は俺が酔い覚ましに入るぜ」
  入ってきたのはゴグロン。脱衣所に入るより以前に既に上半身裸。
  筋肉の塊のようなオーク。
  上半身裸なのはガサツとか粗野とかは差し引いて、家族だから上半身裸で屋敷の中を徘徊しても別に気にしないという意味合いだろう。
  いや私は気にするけどねーっ!
  「ハッピーハッピーハンティングー♪」
  妙な鼻歌を歌いながら彼はズボンを下ろす。
  特に他意はないのだろう。
  つまり「ご馳走様です。げっへっへっ」という感情はなさそうだ。
  つまり普通にお風呂に入りに来ただけ。
  私の裸に反応しないのはオーク以外に興味がないからか妹だからか、まあ、多分両方だろう。
  「……」
  しかし私は自分に幻滅中。
  きゃって何だ、きゃって。
  それにバスタオルで咄嗟に体を隠す仕草がとっても女の子。あんなり趣味じゃないというかこういう自分が新鮮。
  もちろん今の状況を新鮮だと感じ入っている場合ではない。
  「出てけ煉獄ーっ!」
  「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  死にはしないだろ、タフだし。
  問題は壁がそれほどタフではなかったということ、そして予想よりもゴグロンが吹っ飛んだこと。
  壁を突破りゴグロンはリビングで酒宴真っ最中の家族の下に強制送還。
  つまり?
  つまり浴室とリビングが開通しました。
  シーンと静まり返る家族。そして何故か私に突き刺さる無数の視線。その意味に気付いて私は慌てて叫ぶ。
  「み、見るなーっ! 記憶を削除しろさもないと眼球抉るぞーっ!」
  「フィー」
  「な、何よ、アン」
  「ご馳走様です☆ くっはぁー。あれから成長しましたなー☆ きっとあたしのお陰だぞ☆」
  「……」
  死んでしまいたい今日この頃。
  ちくしょうっ!




  「ふぅむ。これは由々しきことかもしれませんね、妹よ」
  そう言ったのは長兄ヴィンセンテだった。
  あれから家族会議。
  ゴグロンはあの程度ではまったく大したことないようでピンピンしてる。
  私?
  私は精神的なショックでかいかも。
  おおぅ。
  「紅茶をどうぞ、皆さん」
  「おお。ありがとうございます、エイジャさん」
  紅茶を人数分カップに注ぎ、一礼して退室するノルドのメイド。
  プロ意識が徹底してるなぁと思う。
  主人を弄るのはプロとしてどうなのかと思いますけどねー。
  「ふー、ふー」
  猫舌のムラージ・ダールが紅茶に苦戦。
  まあ、見たまんま猫だし。
  「どう由々しきことなんだい、ヴィンセンテ」
  「オチーヴァよ、これは大問題だ」
  議題は私の下着の紛失について。
  つーか嫌な議題だ(汗)
  「だからヴィンセンテ、どうして?」
  「ふむ。妹の下着の紛失が彼女によるものなら微笑ましい出来事として解決するだろう」
  アントワネッタ・マリーを見て彼は言う。
  ほ、微笑ましいのかっ!
  あの子が私の下着を全部盗んだのであれば微笑ましいのかっ!
  ……。
  ……この家族半端ないなぁ。
  前にフォルトナがいたクヴァッチ聖域は陰険で険悪で殺伐としていたと、フォルトナが言ってた。私としては闇の一党はそっちの方のイメージだった。
  改めてシェイディンハル聖域は特殊な場所だったんだなぁと思う。
  そしてもしクヴァッチ聖域に私がいたのであれば。
  その時はおそらく感情を動かさずに浄化の儀式を完遂し、闇の一党の再起動のゴタゴタに関与せずに済んだと思う。つまり私は上層部を一網打尽にしようとは
  思わなかっただろうしそうすれば夜母の目にも留まることはなかった。必然的に第二部はスリム化していたに違いない(笑)
  ふぅん。
  つまりルシエン君の配属ミスよね、彼の没落も闇の一党の末路も。
  さて話を元に戻そう。
  「アントワネッタ・マリー、本当に関知していないのだね?」
  「あたし知らないよ。だってフィーの下着盗まなくても、下着の本体はあたしのものだもん☆ わざわざ下着なんて必要ないない☆」
  「そうだろうね。君たちの微笑ましい関係を考えれば下着などいらないだろう。愛し合う姉妹に祝福を」
  「わーい☆」
  話が脱線しているように思えるのは私だけでしょうか?
  弓矢娘テレンドリルが結論を促す。
  「つまり下着を盗んだのは外部の者の犯行だと?」
  「おそらくは」
  「そんな馬鹿な」
  テレンドリルは失笑した。
  そう。
  確かにこれは失笑すべきことだと思う。
  闇の一党の暗殺者達の巣窟に外部の者が潜入できるわけがない。彼に出来来たとしても下着だけ盗む……こ、これは失笑するわよね……。
  動機も行動も意味不明。
  視線は感じたように思えるけど気配はなかった、生命探知にも引っかからなかった。
  それにここにいる卓越した暗殺者達の人数を考慮すると誰にも見つからないなんて理論上ありえない。
  人間ならね。
  オブリビオンの悪魔なら?
  ま、まあ、連中が下着を盗みに来る理由は分からないけど……連中でも無理だろう。空間を捻じ曲げて侵入してきても魔力の歪みで私には分かる。
  でも何も感じなかった。
  気配も歪みも。
  何も。
  唯一ありえるとしたらこの屋敷の誰かが犯人もしくは内通しているということだけど……それはないだろうなぁ。
  家族の気質は知ってる。
  まあ、下着泥と内通すると言う意味も分からんけど(苦笑)
  アン?
  アンはしないだろうなぁ、この手の馬鹿な真似。
  ここまで事を無駄に大きくするような子じゃないし、そういうタイプの子でもない。
  だとしたら……。
  「犯人は誰?」
  つぶやく。
  まったく分からない。
  やってることは下着泥なんだけど、その行った方法が謎過ぎる。
  方法が単純明快とは言い難い。
  まるで見当がつかない。
  下着だから、まあ、許し難いけど特に私の命に別状はない。現在の不利益は私の精神的ショックと私がノーパン生活を始めたということだけだ(泣)
  だけどこれがもし命に関わることに発展したら?
  ありえない話じゃない。
  暗殺として動いてきた場合、少々厄介かもしれない。
  下着泥ならそれはそれでいい。
  半殺しにするだけだ。
  でも暗殺者として動いて来ようものなら、これは相手を確実に殺すしかない。厄介すぎる能力だと思う。
  まずは見極めよう、犯人を。
  「ヴィンセンテ、オチーヴァ」
  長兄と長姉を見る。
  「この一件、協力してくれる?」
  「当たり前ではないですか妹よ。我らは家族、ともに解決しましょう。そうですね、オチーヴァ」
  「可愛い妹の為だから当然」
  私は笑う。
  2人の返答が面白かったからじゃない。
  シェイディンハル聖域のメンバーが家族愛に溢れていなかったら私はミイラ取りがミイラにならずに済んだ、それが面白かった。深みに嵌ったわよね、
  彼ら彼女らの性格のお陰でさ。ルシエンが何故シェイディンハルに配属したかは知らないけど感謝はしてる。奴はその為に没落したけど。
  トカゲ姉弟の弟が疑問を呈する。
  「しかしフィーよ、どうするんだ?」
  「下着泥なら私の下着持ってるはずだから、魔術師ギルドで失せ物探ししてもらう。魔法で追跡すれば分かると思う。テイナーヴァ達は聞き込みをお願い」
  「よっしゃ。任せとけ」
  「行動開始ですね」
  ヴィンセンテが場を締めくくるように静かに宣言した。

  


  「フィー、犯人見つかるといいね」
  「そうね。お姉様」
  アントワネッタ・マリーを伴って私は街に出る。
  一応完全武装。
  魔力で強化した鉄の鎧を着込み、パラケルススの魔剣を背負ってる。私1人でも何とかなるとは思うけどオチーヴァがアンを同行させろとわりと執拗に
  言ってきたからそのようにした。意味は分かる。私を心配してアンを付けてくれてるんだろうけど……人選選んでください。
  「フィー」
  「ん?」
  「ノーパン生活1日目、開始☆」
  「……」
  人選選んでくださいーっ!
  うがーっ!
  と、ともかく私達は通りを歩く。
  目指す魔術師ギルドのスキングラード支部はローズソーン邸と同じ通りにある。
  ご近所だ。
  もっとも私は同じ街に住みながらスキングラード支部とはさほど懇意ではない。いや正確にはまったく付き合いがない。一度同支部のアーソンとかいう
  魔術師に会った程度で支部長の顔も知らない。アークメイジとしてはいささか問題ありかな?
  まあいいか。
  今回、アークメイジとして初訪問するとしよう。
  支部会館に到着。
  すぐ隣は戦士ギルドの支部会館。
  「あっ、そうだ」
  「どうしたのフィー? スースーするからあたしの下着を今すぐ貸して欲しい? おっけぇ、じゃあそこの路地に一緒に行こう☆」
  「アホかお前はーっ!」
  「いつでもどこでもあたし達は愛し合える仕様です☆」
  「……」
  「それで何?」
  「お姉様は戦士ギルドで何か聞いてきて。下着泥とはいえあの屋敷に入り込めるなんて大した腕だと思う。名のある盗賊か何かが街にいるのかもしれない」
  「それを聞いてくればいいの?」
  「お願いできる?」
  「チューしてくれたらお願い聞いてあげる☆」
  「……」
  「じゃあ仕方ないな、チューしてあげる☆」

  ちゅっ。

  私の頬にチューしてくるお姉様。
  相変わらず半端ないなぁ。
  「もう人前でチュー催促するなんて相変わらずフィーって淫乱なんだからー☆」
  「殺すわよ本気で殺すわよっ!」
  「じゃあ聞いてくるね。もしかしたらグレイフォックス絡みかもしれないもんね」
  戦士ギルドの建物に入っていくアンの言葉に苦笑する。
  グレイフォックスね。
  伝説の義賊が何故私の下着をわざわざ盗む?
  確かにあの下着は帝都の有名ブランドだけど盗賊ギルドが狙うって……どんな変態集団だ……。
  「まったく」
  破天荒な姉君だ。
  まあいい。
  私は魔術師ギルドに入るべく扉に手を伸ばすと……。

  ガチャ。

  向うから開いた。
  「あっ」
  「あっ」
  声がはもる。
  出てきたのはフォルトナだった。
  「フィーさん、また会いましたね。会えて嬉しいです」
  「あれ帝都に向ったんじゃないの?」
  「えっと、帝都での仕事は高潔なる血の一団からの依頼、つまり吸血鬼絡みですから対策として薬買ってきました」
  「薬。ああ血友病の?」
  「はい」
  吸血鬼は血友病の保菌者。
  その菌は3日の潜伏期間の後に吸血病に変異して感染者を吸血鬼に変じさせる。吸血病は不治の病だけど血友病には特効薬がある。
  感染しても服用すれば簡単に治療できる。
  私は指輪を外す。
  高潔なる血の一団に貰った名誉会員の印の指輪。病に対しての耐性が上がる。これを装着していれば血友病の感染もある程度防げる。フォルトナは
  強いから特に心配はないけど保険は最低限常に必要だ。
  彼女の手を取ると私は指輪を握らせた。
  「フォルトナ、あげるわ」
  「指輪?」
  「前に高潔なる血の一団のローランドに貰ったのよ。病に対しての耐性を底上げできる。血友病にも効果的よ」
  「こんな大事なもの……っ!」
  「いいわ。要はローランドの心意気を私が忘れなければいいだけだし。物は物よ。役立てれる者が持った方がいい。それに心配はいらないわ。例え吸血鬼に
  噛まれても私は感染しない。前にとある一件で完全なる免疫を得たからね。それともこれもあげる。魔法耐性底上げの指輪」
  「あ、あの」
  ポッケから予備の指輪を出して彼女に渡した。
  効力は私が常にしている指輪と同じ。
  私は自分の能力を魔力を込めたアクセサリーで強化してる。もっと早くにこの子にもあげるべきだったと今思った。
  「あの、フィーさん」
  「ん?」
  「い、いいんですか? ここまでしてもらって……」
  「家族でしょ私ら」
  基本的にすれ違いの連続だけど私はフォルトナの姉の気分でいる。
  聖域メンバー=家族。
  ローズソーン邸の関係は当時の聖域の間柄が引き継がれてる。
  そういう形の上でこの子は私の妹だ。
  「フィーさん、ありがとう」
  「私が困ったらその時は助けてね」
  「はいっ!」
  元気一杯な子だ。
  アリスに少し似てるような気がする。
  「あっ、そうだフィーさん、あの人がいましたよ魔術師ギルドに」
  「あの人?」
  「決戦の時に軍団を指揮してた魔術師の人」
  「ラミナスがこの街に?」
  何故ここにいるんだろ。
  というか正式にはうちの家族には誰にも紹介してないな、ラミナス。あの時も結構ゴタゴタしてたし事後処理。功労者のヴィンセンテたち家族も
  引き合わせたけど挨拶程度だったし。あの時バタバタしてたもんなぁ。考えてみたらラミナスを知ってるのはアンだけだ。
  あの子帝都にいた時ウンバカノの一件でアンは雇われてたし。
  「フィーさん、指輪ありがとうございました」
  「いいのよ別に」
  ナデナデ。
  頭を撫でてあげる。
  たまには姉のように接するのも悪くないものだ。
  「また旅の途中で会えるといいわね。じゃあね」
  「はい。また会いましょう」




  「ハイ」
  「フィッツガルド? ここで何している?」
  「それは私の台詞よ」
  確かに。
  確かにフォルトナの言うようにスキングラード支部にはラミナスがいた。フォルトナと別れた後、私は支部会館の閲覧室に籠もるラミナスと遭遇。
  閲覧室には他に人はいない。
  「何してるの?」
  帝都にいるものだとばかり思ってた。
  ラミナスは机に向って何かの調べ物をしているようだ。
  「出張と妻に偽ってここまで来た。そして旅先には愛人のお前がいる。意味は分かるだろ?」
  「誰があんたと不倫旅行するかボケーっ!」
  「ちっ。相変わらず生意気な奴だ。もういい、どんなに泣いて頼まれてもお前なんて抱いてやらん」
  「抱いていらんわーっ!」
  「ハハハ。お前を弄ると本当に楽しいなー☆」
  「ぜえぜえ」
  疲れる。
  疲れるよーっ!
  何気に今日は厄日です。こんなに疲れる1日は始めてかも。
  おおぅ。
  「そういえばフィッツガルド」
  「ん?」
  「この貧乳めっ!」
  「……」
  脈絡なさ過ぎです。
  「そういえばフィッツガルド、フォルトナって子が来てたぞ。お前の妹分なんだろ? 最終決戦の時に助勢してくれたあの子だが、ここには何しに?」
  「血友病の薬を買いに来てたみたい。帝都に向ったわ」
  「そうか。でお前は何しに?」
  「失せ物探し」
  「失せ物探し?」
  「ええ」
  「魔法で何かを探して欲しいのか。……ああ、お前はその手のスキルはなかったな、確か。丁度休憩しようとしていたところだ。探してやる、何をなくした?」
  「……」
  「フィッツガルド?」
  「それは、物が何かを言わなきゃ駄目……?」
  「当然だ」
  言えない。
  言えないぞ下着が全部盗まれたなんてノーパン生活1日目だなんて口が裂けても言えないぞーっ!
  私は黙る。
  「どうした?」
  「……いえ、何でもない」
  「わけありか」
  勝手に納得してくれるラミナス。
  「ではどういう形状かだけ教えてくれ。もしくは用途だけでもいい。何に使う物なのかを教えてくれれば名称が分からずとも探査は可能だ」
  「何に使う……」
  「そうだ。ペンダントなら首に掛けるものだ。指輪なら指に嵌めるもの。それでお前がなくした物はどこに装着するものだ? もしくはどんな意味がある?」
  「装着する場所は私の……うがーっ!」
  「ど、どうした?」
  罰ゲームかこれはーっ!
  言えるもんか口が裂けても言えるもんかーっ!
  下着を全部盗まれましたとも言えないし、どういう用途で使う物かも言えるわけがない。
  下着の用途の説明?
  そんな説明出来るかボケーっ!
  セクハラだーっ!
  「よっぽど深刻な問題なのだな」
  「あ、ある意味ではね」
  「魔術師ギルドの総力を挙げるべきことなら急いで帝都に戻ってバトルマージを編成するぞ?」
  「そ、それはやめて」
  「なるほどな。穏便に済ませたいということか」
  「そ、そう」

  「戦士ギルドに聞き込んだらフィーの下着盗んだっぽい奴が落盤の洞穴に向ったって聞き込んだよ。これでノーパン生活ともオサラバだね」

  部屋に飛び込んできたアントワネッタ・マリーの言動。
  罰ゲーム?
  罰ゲームですこれは罰ゲームです。
  私は前世で何をしたーっ!
  うがーっ!
  さすがにラミナスも何を言っていいか咄嗟には判断できず曖昧な笑みを浮かべて私に呟く。
  「ノーパン生活始めました、か、冷やし中華始めました的な軽いノリで考えれば大したことはないさ。長い人生、時に履いてない日もあるさ」
  「意味不明な同情なんていらないーっ!」
  私のHPは0になりました。
  ぐはぁっ!







  ラミナスとアンを連れて私はスキングラードを出る。
  ラミナス?
  わざわざ同行してくれた。
  何の仕事かは知らないけどそれを中断してくれて手伝ってくれるのはありがたい。
  穏やかな日差しの午後。
  移動は徒歩。
  そんなに遠出じゃないし徒歩で充分。
  落盤の洞穴までは特に危険な障害はない。
  スキングラード周辺はゴブリンの部族が乱立してるけど戦士ギルドの働きである程度排除されてるし、うちの暗殺家族がたまにこの近辺の賊を狩ってる
  ようなので道中支障はない。まあゴブリンや賊なんて怖くないけど。
  それにしても。
  「落盤の洞穴か」
  以前戦士ギルドの任務で行ったなぁ。
  守銭奴ボズマーのマグリールが放棄した任務の尻拭いの為にアリスと共に行った洞穴だ。あの時、あの洞穴は死霊術師の手に落ちていた。
  既に排除したけどね。
  「どうした、フィッツガルド? スースーするのか? ……私としてはやはりノーパンの際にはミニスカが希望だな。チラリズムはご馳走……」
  「うるせぇーっ!」
  もうやだよこのセクハラな展開(泣)
  「フィー、当然奪い返した人がその下着貰えるんだよね?」
  「……」
  アンは相変わらずだし。
  もうやだ(泣)
  「そ、それよりもアン、確かでしょうね?」
  「下着泥かってこと?」
  「そう」
  「それは分からないけど挙動不審な奴がローズソーン邸から出てきたんだって。そうそうあの屋敷から出てくる部外者っていないと思うから当たりだよ」
  「なるほど。確かに」
  私は頷く。
  普通なら五体満足では出れない。
  ラミナスが付け足す。
  「アントワネッタ君の聞き込みは正しい。お前の使用済みパンティを探査してみたが確かにこの方面にある」
  「し、使用済み」
  間違ってはない。
  間違ってはないけどいかがわしく響くのは何故だろう?
  おおぅ。
  「ん?」
  落盤の洞穴が見えてきた。その時、周囲に殺気が満ちていることに気付いた。
  歩きながら私は呟く。
  「アン、感じる?」
  「感じる、それって真面目な話? やらしー話?」
  「ま、真面目な話」
  「じゃあさっきから感じてるよ。落盤の洞穴か、ってフィーが言った時点であたし達取り囲まれてる。戦士ギルドにお願いって言われた時にも見られてたし」
  「はっ?」
  涼しい顔で言ってのけるアン。
  この子の気配を読む能力は群を抜いてる。おそらく他の家族でも敵うまい。
  なるほど。
  聖域時代にオチーヴァの地位を狙ってる発言は確かに妥当だ。この子にはそれだけの能力がある。そして多分私がいなければ奪いし者はこの子だった。
  世の中広いな、身近にも私の能力と競ってる奴がいる。
  虫の王倒したからって大きな顔は出来ない。
  「襲ってくると思う?」
  「それはないと思うな。そのつもりがあるならとっくにしてるよ。17人いる。ずっとその数で増えてない。襲うつもりならとっくにしてると思うな」
  「ふぅん」
  数まで特定できるのか、それも自信満々に。
  侮れん。
  「ラミナス、用意はいい?」
  「構わんよ。書類整理ばかりだったから体を動かしたいと思っていたところだ。……しかし下着盗む奴が徒党を組んで襲ってくるのか? 何の為に?」
  「さあ? 排除してから適当に理由は考えればいいんじゃない?」
  「言えてるな」
  「でしょ」
  軽口を叩きながら落盤の洞穴の前に到着。
  洞穴の前には2人の男がいた。
  どちらも黒いフードとローブを身に付けている。腰にはショートソード。私達は一定の間合を保って止まる。その時、姿を隠して周囲を囲んでいた面々も現れる。
  囲んでいる数は数は17人。
  アンの読み通りだ。
  そしてそいつらの装備を見て私は気付く。
  独特な黒い皮鎧。
  「闇の一党ダークブラザーフッドの残党か」
  ふぅん。
  どうやらこいつらが暗躍してたらしい。
  だけど何故下着を盗む?
  「待っていたぞ、フィッツガルド・エメラルダ。我こそは聞こえし者ルクセンバーグっ! 組織の仇を返させて貰うぞっ!」
  「聞こえし者? 聞こえし者だって、フィー、あいつ聞こえし者だって」
  アンは指差してフードの1人を笑う。
  気持ちは分かる。
  最高幹部の称号も安くなったものだ。もう1人の幹部と思われる奴は無言で俯いたままだった。
  ルクセンバーグが吼える。
  「笑っていられるのも今だけだっ! 挑戦状を読んでたった3人で来るとは馬鹿な奴らだっ! 我が最強の暗殺者達に勝てると思うのか、馬鹿めっ!」
  「挑戦状? 何の事?」
  「……待てお前ら挑戦状を読んできたんじゃないのか?」
  「下着泥棒したから探してここまで来た、だけよ。あんたらが関わってるなんて想定してない」
  「な、何?」
  ルクセンバーグは唖然とした顔をする。
  それから隣の幹部を見た。
  「お前挑戦状はどうしたっ! 置いてこなかったのかっ!」
  「忘れてた。俺あの女の下着全部貰った。下着はいいよねー。うへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへっ!」
  懐から私の下着を出して悦に浸る幹部。
  ぞわぞわぞわーっ!
  鳥肌立った。
  あいつ変態だーっ!
  「うわぁあいつフィーの下着被ったよ何重にして頭に被ってるよっ!」
  「言わないでアン言わないでーっ!」
  誰だか知らないけどあいつが下着を盗んだのか。
  浴室で視線を感じたからあいつが覗いてたか。
  うがーっ!
  「ルクセンバーグ様、使用済みあげる。献上品。うへうへうへー」
  「……」
  さすがに最高幹部も困った顔をして差し出された下着を受け取った。
  闇の一党、完全に終わったな変態集団と化してる。
  消し炭にしてやるっ!
  「煉獄っ!」

  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!

  ルクセンバーグに直撃。
  爆発が隣の変態も巻き込む。
  勝った。
  「お前達、射よっ!」
  ルクセンバーグの攻撃命令が下る。
  生きてたっ!
  なるほど、わざわざ喧嘩売るわけだから備えはあるってわけか。この間まで再起動してた闇の一党よりはまともな対応してる。
  矢が無数に放たれ私達に降り注ぐ。
  「ラミナス」
  「心得てる」
  彼が頷く。
  次の瞬間、降り注いだ矢は全て地面に転がっていた。
  物理障壁。
  この程度の攻撃が私達に届く理由はない。
  「さすがと言うべきだな」
  煙が晴れる。
  ルクセンバーグも変態も健在。魔力障壁を張ったような感じはしない、魔力に揺らめきはなかった。じゃあ多分あの衣服に魔法耐性を付与してあるのだろう。
  煉獄程度なら防げても裁きの天雷はどうかしらね?
  終わらせるっ!
  「ガルダ、奴らを殺せ」
  「うへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへっ!」
  ガルダと呼ばれた変態が剣を引き抜いて笑う。
  そしてフッと視界から消えた。
  透明化の魔法か。
  下らない。
  生命探知の魔法を……あ、あれ……?
  「み、見えない?」
  「私もだフィッツ……ぐあっ!」
  「ラミナスっ!」
  左肩が突然裂けて地に屈するラミナス。
  かなりの深い。
  「……っ!」
  嫌な予感がして私は転がった。
  本能的なものだ。
  ただ、あのまま立っていたら首がなくなったような気がした。
  どういうこと?
  どういうことよこれはっ!
  生命探知でも見えない、気配も感じない、まるで何も感じない。
  アンが呟く。
  「何も感じない」
  「ちょっ!」
  この子が感じないのであれば相手はまさに幽霊そのものだ。
  そうか。
  どういう原理かは知らないけどこいつがローズソーン邸に入り込めたのは分かる気がする。誰も気付かなかったんだ、本当に誰も気付けなかった。
  透明化して気配もなければ生命探知でも分からないのであれば対処の仕様がない。
  「くっ」
  ラミナスが自分の肩に手を置きながら立ち上がる。
  手が淡く光っている。
  回復魔法だろう。
  彼は呻きながら言う。
  「特異体質だな。あのガルダとかいう奴はおそらく無魂症(むこんしょう)だ」
  「無魂症?」
  「症例として見るのは初めてだ。過去の文献にも2回位しか出てこない症例だよ。生まれながらに魂がない、ホムンクルスのような奴だ」
  「ホムンクルスか」
  宮廷魔術師が作り出した人造人間の総称だ。
  知識をいくらでも吸収するけど魂がないから自我がない。命じられたことは命じられたとおりに出来る(あくまで単純作業)けどそれ以上の事は出来ない。
  自分で考えるという事がそもそも出来ないから物事の応用も出来ない。
  無魂症もホムンクルスの特性と同義的な奴なのかもね。
  生命探知で分からないわけだ、あの魔法は魂を感知する魔法だから魂がなければどうにもならない。
  新規メンバーなのかな、ガルダ。
  もしももっと早くに実戦投入されていたら私は途中でやられてたかもしれない。
  危ない危ない。
  「フィー、ラミナス、円陣組んで。背中合わせて防御しよう」
  「了解」
  「心得た」
  他の敵は矢を射掛けてこない。
  連中にも透明化しているガルダが見えてないから矢を放ちようがない。同士討ちになる可能性があるからね。ルクセンバーグも攻撃指示しないのはガルダ
  の能力が今後も必要だからだ。性格に難アリだけどガルダの能力は捨て難いのだろう。代わりなんていないわけだし。
  「……」
  「……」
  「……」
  背を合わせて私達はガルダを迎え撃つべき構える。
  だけど気配は読めない、生命探知は効かない、透明化で見えない、広範囲魔法で対処しようものなら仲間を巻き込む可能性がある。
  どうすればいい。
  どうすれば……。

  ガッ。

  突然アンが私の肩に手を当て、上から力を掛ける。その際に私の足を後ろから払う。
  たまらずその場に屈する。
  物言わずにアンはそのまま刃を抜き放ってさっきまで私の頭があった場所に剣を突いた。意味が分かるより先に大量の血が私に降り注ぐ。
  えっ?
  「排除したよ、フィー」
  「はい?」
  「気配読めなくても、姿見えなくても相手に近付けば息遣いで位置分かるから。背中合わせに1つの場所に固まったのも相手の攻撃範囲を限定させる為」
  「……」
  「別に大した理屈じゃないよ。フィーにだって出来るでしょ?」
  「多分、無理」
  涼しい顔してとんでもないことを言う。
  もしかしたら白兵戦においては私はこの子に勝てないのかもしれない。いや太刀筋の鋭さでは多分私が勝てるけど、夜戦とかの場合だとおそらく勝てない。
  ある特定の状況次第では昨日の英雄も今日は屍ってわけか。
  日々精進です。
  日々精進。
  虫の王を倒したからって大きな顔をしてばかりいたら先がないってのいうのを学びました。
  さて。
  「ガ、ガルダをよくもっ! 射よっ!  射殺してしまえっ!」

  「分かったわ、そうする」

  空気を裂いて1本の矢がルクセンバーグの右肩を貫いた。続いて右足の太股。
  声の主は……。
  「テレンドリルっ!」
  「助けに来たわよ。まあ、助けなんていらなさそうだけど」
  弓矢娘テレンドリル登場。
  それだけじゃない。
  「親友、大丈夫か」
  「ハッピーハッピーハンティングっ!」
  「残り物は雑魚だけかよ。フィーが相手するまでもないだろ。後は俺らでやるよ。なあ、オチーヴァ?」
  「残党といえどもかつての同胞。全員惨殺するのは気が引けるねぇ」
  「しかし我らの妹に手を出した以上、全員殺すまでです」
  元シェイディンハル聖域のメンバー集結。
  ヴィンセンテは太陽光を嫌ってフードとローブを纏ってる。
  その姿は闇の一党の幹部集団ブラックハンドっぽい。
  そうね。
  彼だったらブラックハンドでもやっていけるでしょうね。もっとも組織は既に存在しないと同義なんだけど。
  ルクセンバーグが叫ぶ。
  「シェイディンハルの裏切り者どもめっ! 揃いも揃って我が精鋭に勝てると思っているとはおめでたい連中だっ! そしてぇーっ!」

  パン。

  彼は両手を合わせる。
  そして印を切る。
  これは……。
  「死霊術」
  「そうだなフィッツガルド。どこで学んだかは知らないがこいつは死霊術を使うようだ。それもかなり高度。……誰に学んだか知る必要があるな」
  無数の亡霊が奴の周囲に現れる。
  ゾンビも。
  スケルトンも。
  その数は30。軍団とは言いがたいけど、アンデッド軍団が出現する。
  ふぅん。
  30も召喚するのはかなり高度。雑魚死霊術師に出来る芸当じゃない。つまりこいつは死霊術に長けてる。長けてるっていっても中堅どころだけど。
  よほど修練したのか、もしくはよほど高位に学んだのか。高位死霊術師に伝授さえたのであればこの数は一朝一夕で召喚できる。
  まあ、死霊術師は秘密主義で独占主義だから伝授は基本ありえないけど。
  「こいつらを食い殺せっ! そして我が精鋭暗殺者よ、こいつらを殺せっ! 任せたぞっ!」
  捨て台詞を残して落盤の洞穴に消える。
  あいつ逃げやがった。
  もっとも洞穴に逃げ場なんてないから何か奥の手があるのかもしれない。
  「妹よ」
  「ヴィンセンテお兄様、何?」
  「洞穴に立て籠もってアンデッドを投入されても厄介です。術者が死ねば召喚された存在は消える。固定化されていない以上はね。ここは我々が引き受けます」
  「分かった」
  申し出は理解した。一気に頭を潰すのは確かに上策。
  私、ラミナス、アンは洞穴に走る。



  落盤の洞穴。内部。
  以前ここには来たことがある。落盤はと名ばかりで内部は水浸し。地底個と繋がってるのか雨水が長い年月をかけて貯まったのかは不明。
  「光よ」
  ラミナスが照明の魔法を発動。
  洞穴内が照らされる。
  「ふぅん」
  照られたのは内部だけじゃない。
  こちらに向かってくるアンデッドの群れも照らし出されていた。
  数20。
  今回の闇の一党の残党はなかなかやる。
  少なくとも夜母が直接陣頭指揮していた再起動後の闇の一党よりはだいぶ質が良い。そうね、初代ブラックハンドでもルクセンバーグは充分やれたと思う。
  まあ私の評価はどうであれ敵対した以上は等しく殺すけど。
  奴の姿はない。
  これまた上手い手だ。
  どこかに隠れてアンデッドだけ召喚してけし掛け、持久戦の構えか。
  普通ならそれで良い。
  普通ならね。
  満点とは言い難いけど良い戦略だ。
  だけど相手は私とラミナス。
  「ラミナス」
  「ああ。久し振りに暴れてみるか。……いや暴れれるような展開ではないか?」
  「そうね。一撃必殺で終わる展開は、暴れるとは言わないと思う」
  「属性は雷でいいか?」
  「いいわ」
  私とラミナスはアンデッドの群れに手を向けた。
  手のひらに宿る魔力。
  「裁きの天雷っ!」
  「致死の閃光っ!」

  
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  雷撃のコラボ。
  アンデッドの群れを一蹴っ!
  「うわぁ。すごい」
  アンは感嘆する。
  ラミナスはこう見えて破壊魔法に長けている。ただの外部との折衝役じゃあない。
  正直な話、実戦派魔術師の10指には入るんじゃないかな。
  アンデッドは沈黙。
  「く、くそ」
  足を引き摺りながら姿を現すルクセンバーグ。
  アンが投げナイフを構える。
  私がそれを制して奴の呼びかけた。
  「ここまでのようね」
  「ま、まだだっ! まだ終わってないっ! ……お、おい、そろそろ手助けしてくれてもいいんじゃないのかっ!」
  「手助け?」
  仲間がいるのか。
  そしてそれは奴の手下ではないようだ。
  手下なら手助けという表現は使わないはずだ。
  奴のあの口振りから察すると闇の一党における対等な立場の奴か、もしくは闇の一党とはまったく無縁な同盟者って言ったところだけど……。

  「随分とあっさり負けたものじゃな。豪語したわりには情けない。闇の一党とやらも大したことはないのぅ」

  「な、何だとっ! 手下を動員したのは俺だぞっ! 奴を誘い出したのも俺っ! お前はここで引き篭もっていただけじゃないかっ!」
  闇がある。
  闇が。
  照明の魔法によって浮かび上がる、闇を纏いし存在。その存在が軽く手を振るうと何かが砕ける嫌な音がした。
  ばしゃんと水音を立てて首なしの闇の一党の死体が浮かぶ。
  「こりゃ厄介なのが出てきたわね」
  私は呟いた。
  まさかまだ残っていたとはね。
  「虫の隠者」
  そう。
  そこにいたのは虫の隠者。死霊術を極めたリッチだった。
  黒蟲教団滅びてまだ残りがいたのか。
  少し意外。
  「これで分かったよフィッツガルド。さっきの奴が何故死霊術が使えたのかが」
  「そうね」
  こいつだ。
  こいつが伝授したのだ。おそらく死霊術をまったくかじった事のないルクセンバーグに死霊術を授けたのはこいつだ。そして心得のないであろうルクセンバーグが
  あれだけの死霊術が使えたとなるとも、このリッチはかなり高位な奴らしい。
  「アン、下がってて」
  「でも」
  「下がってて」
  「分かった」
  2度言うと彼女はあっさり引き下がった。
  その方がいい。
  アンは強いけど戦いには相性ってものがある。どんなに卓越した剣術と暗殺術があろうとも魔術を操る相手では相性が悪い。むしろまったく歯が立たない。
  魔術師には魔術師を。
  これが上策。
  「久しいな、小娘」
  「……?」
  私を知ってる?
  悪いけどリッチの見分けなんて私には出来ない。
  「あんた誰?」
  「我こそは虫の隠者トレェンツァラ」
  「トレ……ああ」
  以前ここにいたリッチか。
  戦士ギルドの依頼でここに来た際にたまたま遭遇、アリスと一緒に倒したっけ。しかし果てたわけではなかったらしい。
  復活しやがった。
  ……。
  ……そうそう。その後倒した虫の従者メルカトール曰く、虫の隠者最強らしい。
  最強説、それは否定しない。
  確かにこいつは今まで倒してきたどの虫の隠者よりも強かった。
  虫の賢者カラーニャには到底敵わないけど他の四大弟子より強いかもしれない。少なくとも山彦の洞穴の入り口護ってた四大弟子のダンマーよりは強いわね。
  私は腕組みをする。
  「あんたが今回の騒動の元凶?」
  「持ちかけて来たのは連中じゃよ。正確にはここを拠点にお前を殺すべく画策しておった。我の存在を見て、ルクセンバーグは利用できると踏んだんじゃろう」
  「それで組んだ? ここに私を誘い込む為に?」
  「左様。この姿ではスキングラード市内にはいささか入り辛いであろうからな」
  「納得」
  闇の一党はただの駒か。
  ただ今回の駒はなかなか強かった、統率されていた、そこは評価してあげましょう。
  「だけどあんた何で存在してる?」
  「我は確かにあの時敗れた。しかし敗れた瞬間から今日まで猊下のお情けに縋ろうと祈り続けた。……くふふ、我が願いを猊下は聞き届けてくださったっ!」
  「……?」
  何だこいつ。
  何言ってる?
  「愚かなるトレイブンの支配は直に終わるっ! 猊下は不滅、猊下は絶対、あのお方の前にお前達は滅するであろうっ! 我こそは虫の隠者トレェンツァラなりっ!」
  「はっ?」
  虫の王マニマルコは既に滅してる。
  山彦の洞穴で滅んだ。
  黒蟲教団もろとも。
  怪訝そうなのはラミナスも同じ。彼は憶測を口にした。
  「多分奴は虫の王が滅したのを知らないのだろう、ここに引き篭もっていたようだからな」
  「なるほど」
  妄想今だ覚めないってわけか。
  リッチとなって頭の中まで腐ってるから思考も停止しているらしい。
  まあいい。
  その妄想を抱いて果てるがいいっ!
  「トレェンツァラっ!」
  「トレイブンのクソ養女め、今度はあの時のようにはいかぬぞっ!」
  パラケルススの魔剣を引き抜いて走る。
  奴は杖の先端をこちらに向ける。
  「死ねぃっ!」
  「裁きの天雷っ!」

  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  走りながら雷撃を放つ。
  奴の杖から放たれた雷撃と相殺。いや、そのまま奴は後ろによろめいた。完全には相殺されていない、私の方の威力が勝ってた。余波でリッチはよろめく。
  私は走る。
  間合いを詰める。
  「わ、我が力を上回っただと?」
  「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ブースト1回。
  パラケルススの魔剣は持ち主の魔力に比例して威力が増す。
  奴に肉薄、魔剣を一閃。
  虫の隠者は手にしていた杖で防御する。
  刃と杖が交差。
  だけど鍔迫り合いはわずか一瞬だった。そのまま私は杖を両断、驚愕のうめき発した虫の隠者トレェンツァラに対して追撃。横に一閃。しかし虫の隠者トレェン
  ツァラの動きは私よりもわずか数秒早かった。水面を滑るように、いやまあ実際少し宙に浮いてるんだけど、ともかく滑るように奴は後退した。
  私は追わない。
  「ば、馬鹿な。我が杖がっ! 我が力の象徴がっ!」
  リッチにとって杖は自分の魔力の象徴。リッチの能力に比例して杖の魔力と強度は増す。
  それが斬られた。
  奴が動揺するのは分かる気がする。
  虫の隠者トレェンツァラは決して弱くない。強い部類の方だ。今回の復活後、能力が増しているのかはまだよく分からないけど、少なくとも弱体化はしていない。
  当時の強さのままだとしたら何故ここまで遅れを取る?
  答えは簡単だ。
  「虫の隠者トレェンツァラ。全てを停止しているお前が私に勝てるものか」
  「な、何?」
  「思考も、時間も、肉体も、全てを過去のままに留めて停止しているお前なんかが私に勝てるものか」
  「き、貴様」
  「私は自分を止めない。だからたくさん友達が出来た。家族が出来た。強くなった。弱さを見せれる仲間だっている。でもお前は違う、ただただ過去にしがみ付い
  て歩くことをやめてしまっている。その時点でお前は私に勝てる道理がないのよ。死者は永久の眠りに付くべきであり彷徨うべきじゃあない」
  「き、貴様」
  「私が慈悲で滅してやる。感謝しなさい」
  「貴様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  奴の両手に漆黒の塊が宿る。
  何の魔法かは知らないけど勝負を決めるつもりか。
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  ブーストっ!
  魔力が極限まで膨れ上がる。
  これ以上ブーストすると肉体の限界を超えて爆ぜる一歩手前。ギリギリラインまで魔力を高める。
  その瞬間、リッチの動きが止まった。
  漆黒の塊が消える。





  「な、何故だ、何故生身の分際でそんな出力が出せるっ! 我ら虫の隠者は人間の限界を超えている、なのに何故お前はそれすらも超えているっ!」
  「進むことをやめたあんたに最初から先なんてないのよ」
  「げ、猊下、我にお力をっ! あんな人間風情になど負けぬお力を授けてくださいっ! 猊下、我ら虫の隠者は究極の存在ではないのですかっ!」
  「私が命じる。滅しろ過去の亡霊」
  「究極の存在と化した我が何故こんな人間如きに滅ぼされることになるのですか猊下っ! 一体何故ーっ!」
  「神罰っ!」
  そして。
  そして荒れ狂う雷撃が全てを焼き尽くした。



  虫の隠者は滅した。
  私達は洞穴を出る。血の匂いが鼻孔をくすぐる。外でも全てが終わっていた。
  闇の一党の残党は全滅。
  ルクセンバーグが死んだので早々にアンデッド軍団は存在を保てず消滅したらしい。
  アンが秘密めいた声で私の耳元で囁く。
  「フィー」
  「何?」
  「フィーの下着、こんなにもびしょびしょに濡れてるよ? もういけない子ねー☆ この淫乱ー☆」
  「……」
  すいませんガルダに下着を押し付けられたルクセンバーグが私の下着を所持したまま水没してました、だから濡れてただけです。
  なのに何故エロっぽい表現?
  「フィッツガルド、その下着は魔術師ギルドで預かろう。死霊術の影響があるかもしれないから押収する」
  「嘘でしょラミナスその理由はーっ!」
  「ハハハ。お前を弄ると楽しいなー☆」
  ちくしょうっ!
  まともな奴がいないーっ!
  「しかしフィッツガルド、これで終わりではないのかもしれないな」
  「そうね」
  「お前のノーパン生活は続くってわけだ」
  「今日中に買ってくるわよっ!」
  「少しは落ち着けフィッツガルド。私が言いたいのはそんな下らない話ではない。少しは大人になれ」
  「……はいはい私が悪かったわよ」
  まったく。
  ラミナスの真意は分かってる。終わりではない、それはつまり死霊術師達のことだ。確かに雪原の大地で決戦は行われ、黒蟲教団は壊滅した。決戦に
  参加しなかった生身の構成員達は組織の壊滅と虫の王の敗北を知ってる。街は情報で溢れているし現在最大の話題はその決戦の話題だ。
  だから。
  だから生身の連中はもうちょっかいは出してこないだろう。
  少なくとも伝説の存在マニマルコの敗北と滅亡が確定された以上、攻勢を仕掛けてこないに違いない。
  奴らは知った。
  虫の王が不死身ではなかったことを。
  強大な魔力とカリスマは失墜した以上、虫の王を信奉する連中はもういない。ある意味で連中はカルトだった。
  信奉先がないのであれば闇の一党と同じような没落を辿るしかないってわけだ。
  ただ問題は虫の隠者達だ。
  連中は街に入れない、あんな目立つ外見では入れるわけがない。つまり情報が入手できない。
  虫の王の滅亡を知らずに洞穴とか遺跡に籠もっているのがいても不思議じゃあない。
  厄介ね。
  「ラミナス・ボラス殿、ですな」
  「ええ。そうです」
  ヴィンセンテがラミナスに握手を求める。
  2人は握手。
  「私はヴィンセンテ・ヴァルティエリ。山彦の洞穴の一件で一度お会いしていますがあなたは忙しそうでしたので正式な挨拶はこれが初めてですな」
  「事後処理に追われていまして挨拶が遅れて申し訳ありません。決戦の際にはご尽力いただき、感謝しています」
  「いや愛しい妹の為にしたまでのこと。自侭の行動なので感謝は無用です。……ところでどうでしょう、今からローズソーン邸に遊びにこられては」
  ヴィンセンテは微笑した。
  他の家族も温かみのある顔をしている。
  暗殺者家族なのに、温かみか。
  こういう連中じゃなかったら私も今のルートはなかったかもしれないな。もちろん今のルート、悪い気はしない。
  「ラミナス殿は彼女の兄同然の方と伺ってます。我ら家族も彼女の兄であり姉として接しています。この機会にお近づきになりたいものです」
  「ヴィンセンテさん、お誘い感謝します。しかし私はスリリー産のワインしか飲めませんよ?」
  そう言ってラミナスは笑った。
  ヴィンセンテも笑う。
  「ビンテージものがあります。今宵は彼女の兄同士、飲み明かしたいものですな」
  「実に心躍るお誘いです。では参りましょうか」
  わりと2人は気が合うのかもしれないなと思った。
  私はラミナスに聞く。
  「いいの?」
  「仕事ならいいさ。1日や2日は私も休みたいものだ。……アークメイジ、私は有給休暇を消化したいのだが問題はあるか? 申請用紙に書くか?」
  「あははは」
  「私は明日には帰るがお前はしばらく骨休みしていろ。少なくとも一週間ぐらいだけだがな。休暇が終わったら帝都に来てくれ、裁可して欲しい書類がある」
  「分かったわ」
  「ところで」
  「……?」
  「ノーパンでは心許ないだろう。私の生下着を貸してやろうか?」
  「ラミナスーっ!」
  「ハハハ。お前を弄ると楽しいなー☆」















  ※今回のイラストは全てイチマルイチ様が描いてくださったものです。
  この場をお借りして感謝。